野見山広明-子どもたちの未来を願い徒然なるままに書き綴るカグヤ社長の惟神の道blog。

南方熊楠と暮らしフルネス

南方熊楠のことを深めていますが、あの時代に実施された神社合祀のおぞましさを知り今に影響を与えていることをより理解できます。そもそも自然を尊重し、自然を崇拝するという生き方は、縄文時代より前から日本人は当たり前の暮らしの中で実践されてきたことです。

杜には様々ないのちが共生し貢献しあって循環し、その恩恵で私たちはみんなで暮らしを営んでいくことができます。それを支えているのは、目には見えない場の力です。この場の力を保つためにも、その中心となる場は神域としてもっとも大切に守り続けていく必要があるものでした。

それが西洋に倣って豪華絢爛の教会のような場所に換えようとし、国策や目先の私利私欲に走った人たちによって破壊されて本来の神社や地域の役割も破壊されました。

そもそもこの神社合祀というのは、簡単に言えば明治末期に約20万社近くあった神社を半分くらいに削減したものです。今でも好む中央集権化というか均一化、合理化によって便利になると考えたのでしょう。しかし実際には、古木や古樹は売り飛ばし鎮守の杜に新たな巨大な神殿を設け、神職の私邸などを建立するなどで人工的に変えていきました。

つまりは、自然よりも人間の方を優先しようとした政策に他なりません。そうやって自然があるところを破壊すればよりその土地を有効活用でき、国に利益が増すと考えたのでしょう。伝統や伝承など、目に見えないものを大切にするよりももっと物質的に価値があるものの方がいいという考え方で今の資本主義の価値観の根幹ともいえるものに転換されていったように思います。

これに対し、南方熊楠はこう反対します。

  1. 民の和融を妨げる
  2. 地方を衰微させる
  3. 国民の慰安を奪い、人情を薄くし、風俗を妨害する
  4. 愛郷心と愛郷心を損ずる
  5. 土地の治安と民利に大害あり
  6. 史蹟と古伝を滅却する
  7. 天然風景と天然記念物を亡滅する

結果的に、目先の利益よりも後世のことを考えたら非常に害があると訴えます。それでも目先の損得に目が眩んでいる人たちからはお上がそういうのだからいいだろうと我先に神社を破壊しては合祀していきます。結局は、大正9年には「神社合祀無益の決議」がなされ、神社合祀は終了しましたがそれまでに壊された杜は元には戻りません。

結局この明治8年頃に行われた廃仏毀釈や神社合祀、山伏禁止令などよくもまあ先人たちはこのような狂ったことをしたなと今でも憤る気持ちがあります。どのような気持ちで仏像や杜を破壊し、山に住む人たちを山から追い出したのか、絶望します。近代国家という幻想を西洋に抱いて、自らの精神の根源を捨て去ろうとする。日本人のアイデンティティが崩れてきたのはこの辺からであったのではないかと私は感じています。

逆を言えば、日本人は自然を尊重し崇拝していくことで甦生するともいえるように私は思います。自然を中心に和合した暮らしを甦生すれば、本来の根源的なものと結ばれ風景や風土と合一し民族の長所が活かされるのです。

今の日本の生活は、自然よりも人間、自然よりも人工、永遠よりも目先の利益といったもので仕上がっています。今更、どうやって元に戻すのかという具合に環境は人間中心のものになっています。故郷を失った根無し草のような環境のなかで路頭に迷っている状態です。

こういう時こそ、原点回帰が必要で何が元だったのか、原点は何かという日本人の初心を思い出す必要があります。縄文から今まで、ずっとつながってきた大切なものに触れることで思い出すのです。

この初心伝承の実践は、丁寧な暮らしからはじまります。子孫のためにも、一つ一つ形にまで甦生し、仕組みにして暮らしフルネスを展開していきたいと思います。

徳の循環と目的

懐かしい暮らしをしている人たちがいます。その方々は、その土地の風土と一体になって祖父母やその先の先祖が辿ってきた道の延長線上に同じような暮らしを現代でも試行錯誤しながら続けています。

産業は発展し、機械化も進んでいきますがそこは風土に見守られ、風土を見守り、節度をもって謙虚に暮らしておられます。お金にはならなくても、とても豊かで幸せな生き方を実践されている方々です。

私たちは百姓というと、何か農民で農業だけをするイメージですがこれは中世のころからそのように定着してきました。本来は、それぞれの姓を持つ公民ともいい、あるいはたくさんの職種や仕事を熟すエキスパートのような存在もいました。

むかしは、一つのことだけをするほどに余裕があるわけではなくあらゆることを熟しながら暮らしを維持してきました。専門職でなくても、それぞれの得意を活かしあって共にその風土の豊かさをいただきながらその自然から与えてくれる利益によって暮らしを味わっていきてきました。

自然の恩恵というものは、人工的につくりだしたものではなくまさに自然界が協力し共生しあって貢献することによっていただける徳のようなものです。その徳をみんなでわけあって循環することで私たちはこの地球で喜びと仕合せで暮らしを永続していく知恵をいただいてきました。

その自然の知恵を人間が勝手に使っては、徳を貪るように消費していけば地球での喜びや仕合せは持続できません。そのうち、徳が減れば減るほどに悲しみや不幸、苦しみが増えていきます。この世に陰陽があってバランスが保たれるように、極端に何かを貪ればその因果が応報して訪れます。

むかしの人はそうならないようにこの世の徳の循環をよく観察して、自然がバランスを保ち続けられるように人間に与えられた徳の役割を真摯に果たしていくことに集中してきました。

その証拠こそが懐かしい暮らしの中に、たくさん遺っています。

時代が変わっても、生き方は変わらない人たちはいます。何のために自分の生を使っていくか、それを覚悟して生ききる人たちがいるのです。百姓が今でもあちこちにいて、それぞれの志で一隅を照らしています。

そういう人たちが協力していきながら、むかしからの道を甦生させていくことが子孫のため、人類の明るい未来を創造していきます。私に与えられた天命は何なのか、よく深めていきたいと思います。

本来の歴史

歴史のある場所を訪ねていると、つい何年前のものかということを意識して考えてしまいます。10年くらいならまだしも、100年、あるいは500年、1000年、もっと前の2000年前のことになると頭では考えられなくなります。特に古代のことになると、1万年や10万年などというとほとんど想像ができません。

自分の人生の時間軸で物事を量ろうとしても、それは量れません。例えば、重量計で載せられる範囲のものはわかっても載せれないほどの壮大なものであったなら私たちはそれを計算で量りますが実際の量は頭で計算した分であり感覚的にはピンとこないものです。

それだけこの世の中は、頭では量ることができない感覚的なもので存在しているのです。歴史も同じく、私たちは時間を量れません。そこに流れてきた経過、そして生き続けている今を量ることはできないからこそ感覚的に感じて近づいていくしかありません。

これは自然に近づいていくことにも似ています。宇宙を量るときもあの膨大で無限に存在する星々をどのように認識するでしょうか。教科書にあるような星座や銀河を想像してもあまりピンとはきません。吸い込まれるような大きな闇に感覚的に近づいていくとき、その無数の星々と一つになります。自分が星になり、星が自分になるかのような一体感があってこそその場に溶け込んでいくことができます。

分けている世界ではなく、分けていない世界に溶け込んでいくのは感覚を用いるものです。この感覚を研ぎ澄ませていくことは、目には見えないもの、また頭では量れないものを感受する仕組みです。

古代の人は、また数千年前、数百年を生きる歴史の人たちはこの感覚の世界に存在していて今も生きています。これを理解するのは、感覚で近づいていくことですがこれをすることが修行の本懐であるようにも私は思います。

子孫のためにも、甦生を続けて本来の歴史を感覚を研ぎ澄ませる仕組みをもって伝承していきたいと思います。

憧れ

暮らしを追及していると、生き方に出会います。生き方は暮らし方になっているからです。そして生き方を見つめていると死に方と向き合います。死に方は暮らし方の延長にあるからです。そして生き様というものが顕れ、死に様というものでその縁起を覚えます。

私が尊敬する人たちは、みんな生き様が見事な方でした。ここ10年で私が憧れた人たちが次々とお亡くなりになりました。ごく自然に、距離を持ち、そして静かに穏やかに逝かれました。

生きているときに常にこれが最期のような感覚をいただき、お別れするときは今世はもうお会いできないのではないかという寂しさがありました。そうしてまたお会いしたいと思ったときにまたタイミングがきてお会いすると、出会えた喜びに生まれ変わったような気がいつもしました。しかしもうお会いできないという状況になると、まるで深山の巨樹のようにまだそこに存在して見守ってくれているのではないかという気配があるものです。

ある方は、光のように、ある方は風のように、ある方は土のように逝かれました。生き方はそのまま死に方になり、生き様はそのままに死に様になりました。

これらはすべてその人の初心が顕現しているとも言えます。どのような初心を以って道を歩んでいくのか、その初心の余韻が場に薫ります。

私たちはその人になることはありません。しかしその人の歩んできた道を共にした経験によって歩き方も変わっていきます。振り返ってみたら、自分もまた歩き方がだいぶ変わってきました。歳をとり、若い時のように歩いていくことはできません。歳相応に歩いていきますが、気が付くと無理ばかりをしているようにも思います。

初心を忘れてはいけないと、歩き方を歩き様を振り返っては反省の日々です。

憧れた大人になるように、そして子どもたちの憧れるような大人になれるようにどう生きるか、どう死ぬか、そしてどう逝くかを見つめています。

盂蘭盆会の準備に入り、夏の風が吹いてくると日が強くなり死が身近に感じられます。日々の小さなことに感謝して前を向いて歩んでいきたいと思います。

伝承的な暮らし

歴史には、知識の方面と知恵の方面のものが二つあるものです。知識としての歴史は、過去にこうであったと切り取られたものです。しかし知恵としての歴史は、今もこうであると生き続けているものです。本来、歴史はその両面を持ち合わせていたものでしたが今は専門家や分類わけが進み知識の歴史の方ばかりが重視されるようになってきました。

例えば、私は暮らしフルネスの実践の中で先人たちが知恵で生み出した知恵の暮らしを伝承していますがそれを使うには自分の五感をはじめ、身近なむかしの知恵の道具たちとの協力が必要です。囲炉裏で何かをしようとすれば、囲炉裏に関わる道具たちと火を上手に調整するための道具たちで構成します。

生活文化の歴史の本では、江戸時代の生活様式と紹介されイラストと一緒にその様子が描かれています。知識としては知っていても、それを使ってくださいとなると簡単には使えません。なので、実際には日々の暮らしで実践してみるなかで知恵を習得し、そのうえで知識としてこれはどのような意味や価値があり創造されているものかを語るとき、先ほどの知識と知恵の両面を持ち合わせることができるのです。

つまり歴史というものも同様に、まずは実践を通して知恵を学び、そのうえで知識を得ることで真実の歴史を伝承していくことができるように私は思います。

私は現在、英彦山の宿坊での伝統的な暮らしを試行錯誤したり、郷里の観音霊場の甦生などに取り組んでいます。失われた伝統文化などを甦生するには、自分の足で自分の身体を使い時間をかけて感覚を優先して会得していくことからはじめます。それと同時に、文献や地域の人たちの口伝、あるいは似たような文化圏を歩いて辿っていきます。

すると、不思議ですがかつての場に遺っている余韻のようなものと和合してかつての暮らしが甦生していきます。これは単に暮らしを追及したのではなく、日本人の追及の上に醸成されたとも言えます。

私たちの本来の日本人の原型というものはどういうものだったのか。先人たちの知恵の結晶の中には、日本人が語られていることに気づきます。自然との共生や真心を持ち、水のような謙虚さや光のような純心さがあります。

親祖から連綿と続いているやまと魂に触れることはとても仕合せなものです。子どもたち、子孫にその仕合せが永続していけるように伝承的な暮らしに取り組んでいきたいと思います。

伝承革新

昨日は、福岡県にある秋月鎧揃え保存会のメンバーが英彦山の守静坊で合宿を行いました。合宿というのは今は多くの人が同じ宿舎で一定期間ともに生活して共同の練習や研修を行うことをいいますが本来は暮らしを通してお互いを見つめ合う一つの作法だったのかもしれません。

郷に入っては郷に従えということわざもあります。もともと何かを取り組むのには目的や初心というものがあります。それを確認するためには、その中に一本流れている筋道やルール、そして理念のようなものをどう理解するかが大切になります。

浅いところしかわかっていないのでは自由に動けば周囲への迷惑にもなります。深いところでお互いがよく理解しあい、規律と方向性を知ることはお互いを活かしあうためには大切です。

宿坊では、朝のお掃除の作務から歴史の勉強会、瞑想や座禅に加え、お昼には精進料理を食べ、振り返りを車座で行いお山の参道をのぼり休憩をして理念を唱和してお礼とお掃除と記念撮影をして終えるという具合でした。

当たり前のことをやっているようですが、私が司る場の中に入り、暮らしを体感するなかでそこに流れている生き方というものが加わり心身が調います。このような体験や気づきは、唯一無二でありその人の一生の思い出にもなります。

人は思い出があることで意識が変わることもあります。どのような思い出をお互いが持っているかは、一生において何よりもかけがえのないものです。

時代が変わりますが、歴史は終わることはなく今に生き続けているものです。その歴史を生きる人たちにとって思い出をさらに甦生させて歴史を刷新していくことは伝承する喜びに満ちています。

本来、歴史を生きるというのは単なる金銭を優先する観光イベントや文化交流ではありません。それは生き方をどう実践するかという、どう生きるかというという話です。

それぞれに人はどう生きるかというものに向き合っています。そこに尊敬する先人たちや今も心に共に生きる先達がいるというのはとてもありがたいことです。

守静坊は、歴史の今を生きる存在であり静的な修行をし続けている場です。これからも、本質を守り、静けさを保ち、本来の宿坊のままに生き続けて伝承革新していきたいと思います。

見極める目

物事を観察するのに、何が本質で何が本質ではないかを見極める目というものがあります。私たちは知識が増えていくうちに、あるがままのものが見えなくなっていくものです。それは知識によって知るという行為で現実が曇っていくからです。現実が曇るというのは、澱んでいる水のようにも似ています。

つまり透明で澄んだ状態ではないので見えるには見えるけれど明瞭に本質が見えないということです。それは心の状態にも影響していきます。そもそも心というのは何もなければ常に自然と同様にあるがままのものが観えるものです。

むかしの人たちはそれが観えていたからこそ、その自然や野生が持つ力を知り、それを活用して暮らしを営んできました。いのちの持つ循環やその効果などもあるがままに澄んで観えていたようにも思います。その証拠に、今でも先住民族や野生がのこっている人たちはその感覚が残っています。

しかし長い時間をかけて感覚ではなく、知識によって知ることを優先されてくると頭ではわかっても実際には観えないという状態がはじまります。こうなってくると、現実が曇ってきてよくわからないことを共同で信仰するかのように理解する社会になってきます。

例えば、地震や自然災害などは本来は畏敬と共にむかしの人たちは備えましたが今では一週間程度の備蓄と多少の装備と訓練すれば大丈夫のような感覚になっています。そんなはずはなく、現実にその時が来たらなぜそんなところに住んだのかやなぜ現実がわからなかったのかと曇りが取れます。

東日本大震災の時も、津波に原発とあの揺れと犠牲の大きさに私たちは自分自身の現実が曇っていたことに気づいた人がたくさんいたように思います。その澱みに気づいて心を澄ませて人生を換えた人も多くいたように思います。知識が通用せず、如何に知恵が大切かということにも目覚めた人も多かったように思います。

しかし歳月が過ぎ、また似たような知識ばかりを詰め込んでいるうちに気づくと曇り澱んできて元の木阿弥になります。

だからこそ如何に人間は曇らないように澱まないように心を澄ませていく暮らしを実践し日々を調えていくかにかかっているように思います。今は、自然災害が猛威をふるい、そして地球環境も人間社会も大変革期に入っているからです。

子どもたちが安心して未来を今を曇らせないように自然に寄り添った生き方、自己を磨き澄ませていくことの大切さなどを伝承していきたいと思います。

暮らしの実践

観えないものを観る力というものは、実践によって磨かれていくものです。日々の掃除をはじめ、日々の内省、初心に向かってコツコツと新鮮な気持ちで取り組み続けることで観えないものが観えるようになる境地の会得というものがあるように思うのです。

これは武道をはじめ、伝統継承の方などもその境地の会得によって一般的に観えないものを観えるようになっています。その証拠に、それを言葉にして実際に見せることができるところまで結果を出しているからです。

続けることというのは、変化を観続ける力です。継続は力なりとありますが、本来は力の本質は継続にこそあるということでもあります。最初は自分が観えるようになるまで実践をし、観えるようになったら気になりますからそれをお手入れし保ちまた時代の変化にあわせて革新し続けるように精進するようになります。

バランスという中庸もですが、中庸がわかるというのは中庸でいるということですがこの中庸は中庸を実践し続けている状態、観えないものが観え続けている状態、たとえば自然の循環やいのちが観え続けている状態のように意識がバランスを保つこと調えてある場に定着して離れないほどに取り組む状態であるということでもあります。そしてこれが暮らしの実践でもあります。私の暮らしというのは、本来その意識を保つためにあるともいえます。

現代は、資本主義などにょり仕事や経済活動が中心になって暮らしはその隙間に少しだけある程度で語られます。経済の中にある暮らしは、道具を販売したり、衣食住がよくなるため、またそれを実践するワークショップや講演会をやったりと経済と紐づいているものとして語られます。しかし本来の暮らしは、そもそも生き方のことであり生き方が暮らしにまで昇華されているということでもあります。

日本人の先人たちは、自分たちの生き方を暮らし方にまで到達させてきました。それを徹底して実践することで、自己の修養や精神、魂を磨き上げてきました。日々が精進と修行のような暮らしをしていますが、その中で感謝に満ちた足るを知る生き方を実践してきたのです。いのちを活かし、ものを活かす、徳に報いて喜ぶ仕合せの境地を会得しておられました。

私の提唱している「暮らしフルネス」はそれを今も先人たちと同じように体験することによって、日常のなかで幸福や仕合せを味わえる生き方を体得できるようになるという仕組みになっています。しかし、これも境地の会得までは実際には実践しないとあくまで一過性の体験で暮らしが変わることにはなりません。

暮らしを変えていくということは、実践をしていくということです。

子どもたちに先人たちの遺してくださった生き方や暮らしの真の豊かさを伝承していけるように引き続き暮らしフルネスの実践を味わっていきたいと思います。

仏陀の絆

現代の私たちはあまりこの150年の間の歴史を知りません。明治に入り激動の時代を超えて今がありますが、この150年間で一体何が起きて何が変わったのかを検証されることもなく前へ前へと進むことばかりに注力してきました。

しかし、時代が変わっても忘れてはいけないものがありますし、今の私たちがなぜこういう生活ができているか、その御恩もいつまでも覚えておく必要があると感じるからです。「懸情流水受恩刻石」という言葉があります。これは受けた恩は石に刻み、かけた情は水に流せというものです。人として、いつまでも恩を忘れす、恩に報いていこうとする生き方は子孫繁栄のためにも大切なものです。

明日、スリランカから来客があり英彦山でおもてなしをする予定があります。

このスリランカというのは、実は私たちは大変な御恩があります。それは1951(昭和26)年9月6日午前11時からのスリランカ代表のJ・R・ジャヤワルダナのサンフランシスコ講和会議です。

実は私たちの日本は、第二次世界大戦の敗戦後、分割統治をされバラバラになるところでした。今のように一つの島国ではなく、ありとあらゆるものが解体され日本という国も失われる寸前でした。戦争に負けるというのは、大変悲惨なものであり歴史をみると文化も人も財産もすべて消失するほどの出来事に遭遇するものです。

その大事な局面が、サンフランシスコ講和条約でした。世界から49か国が署名してくれて私たちの国は主権を回復しました。そこには先ほどのスリランカの故ジャヤワルデネ元大統領が対日賠償請求権の放棄などを訴えた演説がありました。その演説がなければ、今の日本はなかったほどです。こんな大切な徳のことを子孫へ伝えないのは恥ずかしいことです。

その演説では「憎悪は憎悪によってやまず、慈愛によってのみやむ」との仏陀の言葉を引用して語られました。スリランカもまた第二次世界大戦の犠牲をたくさん受けており、損害賠償を請求する立場にあったにも関わらずすべてを放棄され仏陀の言葉を実践する演説をしたのです。他の国々もこの演説に感動して同意してくださった御蔭で、今の日本の主権は守られました。

先人たちが掲げた独立自尊の精神、本来、植民地で支配されるような世の中ではなくそれぞれが尊重しあう社会を求めて国々が平和を結んでいこうと感じたのではないでしょうか。もちろん、歴史ですからそこには大小さまざまな思惑などもあったかもしれません。しかし人の心を打つ演説にはその人の生き方が出ていますからこのJ・R・ジャヤワルダナ元大統領が目指した理想をみんなが共感したからに他なりません。

この方は、そのあとも日本と交流を続けられその後は「自分はこれからもスリランカと日本という二つの国の行く末を見守りたい。だから、二つの目の角膜の一つをスリランカ人に、もう一つを日本人に移植してほしい」と願い、そのこの遺言どおり、片目の角膜は群馬県に住む女性に移植されたといいます。

中国の老子に、「怨みに報いるに徳を以ってす」という言葉もあります。お互いに恨み憎しみあう先に、戦争はなくなりません。戦争をなくすというのは、愛と許しが必要ですがそれは一人からの勇氣ある行動によってからだと感じます。

戦争はいつの時代もいつまでも終わらないものです。憎しみや恨みは停戦しても失われず、溜め込んでは爆発し、冷戦のような陰湿なものになるだけで真の平和は訪れません。難しいことではありますが、平和のために人々はみんな一人一人の中で平和のために仏陀や老子のいうような実践を結んでいくしかありません。

私たちが日々の暮らしの中で、恩や徳に報いていこうとする生き方を実践することで世界の平和も革新していけるように私は思います。仏陀の教えに守られてきた日本とスリランカとの歴史や初心からこれからも平和の絆を維持していきたいと思います。

病気の正体

現代人の病気のほとんどは、がん・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病、そして精神疾患があります。どれも理由ははっきりしていますが、その環境は取り除かずに病気を退治しようとするのでこれらの病気を扱う病院はいつもいっぱいです。それに医療費の負担も増え、そのうち何のために働いているのかと気づくほどにみんな病気に近づいていくかもしれません。

本来の健康は、未病であり、病気にならないような暮らしを調えていくことによります。病気になる生き方には、他人軸といった評価や期待、空気を読みすぎたり、比較されたり自分に厳しすぎて自己を大切にしなかったことなどで頑張り無理がたたり心身が病んでいきます。もちろん、いくら気を付けていても自分のいる環境がそういうところにいる場合は知らず知らずのうちに影響を受けて病気になることもあります。

自分というものを大切にしていれば、環境の影響があっても自分というものを持ち続けることもできるかもしれません。しかし人間は弱いもので、欲望もあり感情もありますからそんなに強いメンタルを維持することはなかなかできません。

そういう時は、自分にもお手入れが必要になります。自分のお手入れというものは、日々に自己の心と対話をする習慣をもったり、身体の声を確認する時間があったり、あるいは環境を変えて心身を調える場に身を置いたりなど工夫はできます。

私の場合は、ライトワークとして徳の循環する経済圏を創生していますから意識的に水や火を用いて自然から離れないよう、不自然と自然が何かを常に確認する機会に恵まれています。そして場づくりで風水をよく感じて、気の流れが澱まないように気を付けています。そもそも病気というのは、気の流れの澱みから発生するのではないかと私は直感しています。気が流れれば、病気は次第に快復していくからです。

例えば水でいえば、澱むことで水は腐ります。私たちは水を纏い循環することで生きていますが、排水や排出ができないと病気になります。植物も同じく、水というものがいのちの中心でありその水の流れ方がどうなっているのかというのはとても大切です。

暮らしフルネスを実践していますが、これはメンタルヘルスにも大いに役立ちます。そもそもむかしの先祖たちは病気を一番、気を付けていました。今では仕事を一番気にして病気になるという悪循環ですが本来は健康であることが一番であったのです。

健康でなければ喜びもしあわせもありません。常に健康で自他が喜び合う中に徳もあります。子どもたちのためにも、暮らしフルネスを伝道して子孫へと先人の生き方の知恵を伝承していきたいと思います。

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