価値の再発見と再定義

人は価値観というものを持っています。それはそれまでに育ってきた自分の境遇や環境によって左右されてきますが、価値があるかないかを決めるのもその人だとも言えます。

その価値観は時代によって左右され、ある時代では価値があったものがある時代ではまるでゴミやガラクタのような価値になっていくことがあります。人が生きていくということは価値観によってですがその自分の価値観がどうなっているのか時折確かめていかなければ時代の価値観だけに流されてしまうのかもしれません。

如何にどのものに対しても自分が新たな価値を見出すか、そしてその価値を自分が再定義するか、そこに時代時代の本質を守る鍵があるように私は思います。

例えば、田舎と都会ということがあります。田舎にも様々な楽しみがありますが、都会にも様々な楽しみがあります。しかし実際は田舎の価値は田舎の人の方が気づいていなかったり、都会の価値も都会の人が気づいていなかったりします。そこでの生活が当たり前になってしまえば価値があるかどうかも分からなくなっていくのです。

これと同様に価値というのは、当たり前になることで価値が失われていきます。如何に当たり前ではないことを自覚し、その当たり前ではないことを活かすかが価値の発見であり価値の再定義になるのです。当然、その当たり前を見破るその根本には感謝が基礎や基本になっています。

温故知新なども同じく、その当たり前であったことをもう一度確認してその上でそれが当たり前ではなかったことを知る。そのことで物事の本質に気づき、価値が新たに生み出されていくのです。ファッションの世界なども、同じく昔のものが時代を経て入れ替わりまたデザインされて順繰りと回転し続けているだけとも言えます。

時代時代で本質をちゃんと維持していく人は、その時代の価値を正しく見極め、そしてその価値を刷新して原点回帰をしてもう一度世の中にその価値を弘げていくことができます。

この「価値に気づかせる」という言葉は、「刷り込みを取り払う」ということと私は同じ意味だと信じています。それまでに当たり前だと思った常識を目から鱗がとれるように取り払ってみる。そして常識を壊して自分の発想を転換して新しい世界に気づかせる。そういうことこそが価値を発見し価値を再定義することだと私は思います。

人間は時代が変わっても実際にやっていくことは同じことですが、本質を維持する人と本質を忘れる人がいるだけの話のようにも思います。本質は考えるだけではなく、自然に触れて自然の本能を同時に磨く必要があるように思います。そしてそれができる人だけが、田舎であろうが都会であろうがどちらでも楽しむことができるのです。

伝統か革新かではなく、常に本質は価値の再発見と再定義です。古来からの魂を維持しながら今に柔軟に合わせていく、いにしえの道具を用いながら、最先端の道具も活かしていく、本当の革新が本来の伝統であるのだからその両輪の一致するところにこそ私は本質があると感じます。

引き続き、理念を優先しつつ実践を愉しんでいきたいと思います。

左官との出会い

昨日、大分である有名な左官の親方とお会いする御縁をいただき土場工場を見学する機会がありました。そこには様々な土壁や漆喰の塗り見本のサンプル、また見たことのないような今の時代に合った商品が開発されていました。すでに40年近くこの道を進まれ、今では伝統や技術を継承するために様々な活動を行っておられました。

今はあまり土壁を塗るという機会が少なくなり、若い人たちに経験させてあげる機会が少ないと仰っていました。文化財の修復や個人の住宅のリフォームなどで土壁を塗る機会があるときは文化伝承のために学ぶ機会をつくっておられました。文化伝承は一度途切れると二度と取り返しがつきません。先人たちからの大切な技術や心を伝えるために、親方として色々と苦心なさっているのが印象的でした。

土については、かねてから御指導いただいている方もいて改めて土に興味を持つと不思議な魅力に満ちているのを発見します。こんな面白い世界があったのかと、炭も鐵も砂も土もどれも自然が産み出した至高の材料たちです。

この「左官」という名の由来には諸説あるそうですが、まず律令制度の時の官位として『官(大匠)を佐たすける』という意味があること。または砂を使うので「砂官」「沙翫」とし土を薄く塗って、向こうが透き通るような「紗(しゃ・うすぎぬ)」を作るから「紗官」の意味もあると言われています。どちらにしても、土や砂、水や鉱物、全ての素材の本質やその徳性を知り尽くしているだけではなく、様々な素材との調合によって様々な色合いや色彩、技法を盡した総合芸術でもあります。

本来、この土を塗るという仕事は遡れば縄文時代の前から行われていたものです。竪穴式住居の壁も土を見分けて塗り固めていました。その後、土器や竃などもすべて土で行われます。どの土を調達するのか、その土をどのように調合するのか、あらゆる素材を知っているからこそその土を産み出すことができるとも言えます。日本の伝統的な和の住空間を考えるとき、そこには必ず左官がいます。今では左官職人が減ってきて伝統が途切れそうになってきているといいますが、和の住空間の需要がそれだけ失われてきているということでもあります。

昨日の御話でとても印象に遺ったのは、「土に近づく」ことの大切さです。現代は、すぐに壁をクロスを貼って部屋をつくりますが土だとすぐに何か物があたったりするとボロボロと壊れていきます。クロスはそれがないから安心といいますが、実際はガラスのように割れるものであり、土は壊れるものです。そこから大切に扱うことを学び、ものを大事に接する素養が自然に身に着きます。自然素材というものは脆いものですがその分、手入れを怠らず丁寧に修理していけば何十年何百年と維持できるものばかりです。

親方は土のワークショップと称し、子ども達が様々な土に触れる機会をつくっています。土に近づくような生き方をしようと、新たな作品を産み出し続けるだけではなくその生き方を通して日本人としての本質と文化、その価値を新たに刷新するために初心の伝承を行っておられました。

今回の聴福庵の復古創新ではじめに出会ったのがこの左官という志事です。どのように今の時代に合わせて伝統の革新をするか、私自身もこの場を見極め本質をさらに深め、よくよく自然から学び直しつつ、生き方と働き方の一致を実践していきたいと思います。

聴福庵の初心

私たち日本人は和風の空間の中に入ると心が和み落ち着くものです。これはもともと私たちが懐かしいと感じる心から来るものです。私たちが心で感じるものは、全てかつて体験したものです。心にそれがあるからこそ、その心が感応してそれが出てくるのです。

この和風の空間というのは、私たちの暮らしの空間のことです。心が落ち着くということは居心地がいいということです。そして居心地がいいというのは、一緒にいたい存在ということです。それだけ永く共に暮らしてきた家族家庭があることを人は「懐かしい」と思うからです。

例えば、和風の空間には様々な家具や道具たちがいます。外からは採光が差し込み現れる薄い陰、縁側から穏かに流れてくる涼しげな風の音、また水や木の薫り、炭の温もりや静かなけむり、それらはすべて懐かしいと感じるものです。

私たちが懐かしいと感じるものは、かつて永い間生活を共にして助け合い認め合い尊重し合った大切な仲間たちでした。自然界では、自分たちが生活を共にする仲間たちとともに文化を形成します。畑で作物一つ育ててみても分かりますが、何かを育てればそれに近しい親類たちが自然に集まってきます。虫なども同じで、自然に親戚が集まってくるのです。

家族というものの定義が何か、親戚たちが集まり仲よく暮らしていく中で自ずから仲間が共に暮らしはじめていく。ここに本来の家族の意味があるように私は思うのです。

今の時代、かつて悠久の歴史を共に生きてきた仲間を思いやらず人間のみ中心の世界を築くことで次第に仲間が減っていき孤立してきています。仲間に対する扱いもただの食べ物として扱い、ただの置き物として扱い、価値がないものとして粗末にしています。大量生産大量消費そのものが、いのちを単なる「物」としてのみ扱い、本来のもののあわれといった心がある存在として感じられなくなってきています。

昔の仲間たちが傍にいる安心感というのは、格別なものでそれによって心は深く和み癒されていきます。今は本来の社会が失われ孤立で苦しみ病み悲しんでいる人たちがたくさん増えてきました。その空間には果たして仲間たちが親しみ合い結び合う「もったいない」という御縁の繋がりといのちの鼓動がいつも聴こえてくる環境なのでしょうか。

私が今、実践し弘げようとしている聴福というのはそのいのちの声を聴くことです。それは仲間であることを思い出させることです。本来、人間も自然の一部、仲間そのものです。そこから離れすぎてしまえば我儘で傲慢さゆえに孤立が深まっていきます。確かに自分の思い通りの道具を仲間と呼ぶ人もいますが、本来の仲間とは自分が扱うように扱われるものです。尊重し認めていないものを果たして仲間と呼ぶのか、そして果たしてどのような親戚が集まってくるのかと私は疑問に思います。仲間と共に暮らす物語を一家として志すことが親祖から連綿と続いてきたいのちの文化を子孫へ譲り渡していくことです。

和風の空間の本質は、仲間と共に暮らす場ということです。

改めて聴福庵の初心との御縁がどのように変化成長していくのか、大義を忘れずに真心を盡していきたいと思います。

立志聴福

昨年、石見銀山の他郷阿部家に訪問するご縁をいただいてから復古創新という言葉に出会いました。論語の温故知新という言葉は知っていましたが、本来の日本の文化である「勿体ない」という考え方に繋がってはいませんでした。

しかしあれから1年近くが過ぎ、価値を新たにするということの深い意味とそれは今を生きるものたちの使命であることを実感しています。

私たちは「不易と流行」という変わるものと変わらないものの中にあってその時代時代を生きそして暮らしを継承していくものです。明治以降、江戸時代の鎖国の反動からか西洋の文化が流入し何でも新しいものに価値があるという価値観が広がり古いものには価値がないとさえされてきました。それからの日本は、本来の価値のある文化遺産をタダ同然に捨てていきました。現在は一部の人だけが骨董品や、嗜好品などといって収集していてそれを売り買いし、本来の伝統や伝承の意味が正しく継承されていないようにも思います。

他郷阿部家の松場さんご夫妻は、『「世の中が捨てたものを拾おう」という考え方を持ち「復古創新(ふっこそうしん)」つまり古いものに固執するのではなく、いにしえの良きものをよみがえらせ、そのうえに新しい時代の良きものを創っていくことを大切にしよう』と実践なさっています。そして最近の解釈では「革新の連続の結果が伝統であり、革新継続の心は伝統より重い」とブログにも紹介されていました。

ただ古いものを遺せばいいというものではなく、それをどのように革新していくか。つまりその時代時代を生きるものの使命として、かつての日本の心や精神を身に着け、さらにはそれを今の時代で反映しより善く発展できるように精進する。「不易と流行」の本質はこの復古創新にこそあるように私も思います。

そしてこれは「生き方」のことを教えてくれているものであり、この時代、どんな生き方をするのかと私たちは今、問われているのです。

世の中がどう変化して変わったとしても、生き方を変える必要はないはずです。生き方を変える必要がないのなら、変わるところはさらりと変わる。変化を愉しみ変化を味わうのは、変わる楽しさを知っているからです。そして変わる楽しさとは、自分が自然に照らして間違ったと気付いたらすぐにそれまでの人間中心の生き方から自然に寄り添い尊重する生き方に変わっていけばいいということです。

謙虚さというものは、自然を尊重し自分を変えていくことです。そして素直さというのは、日本古来の生き方を維持し大切な大和魂を守ることです。この変わるものと変わらないものとは、自然界と人間界の道理であるのです。自然に逆らわず自分たちの方を変えていくことが悠久の歴史において時代を循環し革新していくシンプルな法理なのでしょう。

ここにきて私にも地域への御恩返しができる「場」が与えていただけたこと、さらに一つの出会がから多くの出会う「間」、日本古来の大切な文化を守り生き方を変えて革新していこうとする仲間たちが集まってくる「和」に喜びを感じます。古来のかんながらの道、そして立志聴福、子ども達に安心して時代を譲り渡せるよう日々新たに温故知新していきたいと思います。

水の徳

自然界というものは、常に万物流転しているものです。ありとあらゆるものに容を易えながら消えては現れ、そして顕れては消えていきます。しかしその本体は普遍的なもので存在しています。それは種が育ち花を咲かせ実をつけそしてまた種になるのと同じです。

自然の中においては土があり、木があり、そして鉄があり、火や水があります。私たちは鐵を中心に周りを水で包まれた惑星に住んでいます。私たちがもっとも師とする生き方は水であり、水と一体になって存在するこの地球は水の生き方から離れることはできません。

老子に「上善水如」があります。

「上善は水のごとし。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。故に道に幾し、居るは善く地、心は善く淵、与うるは善く仁、言は善く信、正すは善く治、事は善く能、動くは善く時。それただ争わず、故に尤なし。」

意訳ですが、この世に在る至上の善を司るのは水である。水はこの世にある一切のものの役に立ちそして何ものとも争わず常に人々が嫌がるような低いところに存在している。その水の生き方はまるで道のように謙虚である。よく水が居るところは大地を潤し、その心淵は深く澄み渡っている、思いやりを与え続け、嘘もなくそこには信頼がある、私心なく治め、事は能力を活かし、動く時を知る。どんな時においても何ものとも争うことがない、そして決して誤る事がない。と。

水とはもっとも身近にあって空気のように気づかない存在ですがその持つ「徳」は、自然界では最も至大至高の存在なのです。先祖たちは常に水から学び直し、その謙虚で素直な姿に自らの心を祓い清めて真心を発揮していたように思います。

水の徳性として、「恩恵」「不争」「淡泊」「秘力」があるといいます。それは日頃から万物に利益を与え、常に謙虚でしかも柔軟であり、執着が無くさわやかに振舞い、時には大暴れの実力を秘めているということです。

さらに氷から水蒸気、霧や雨、空気にいたるまであらゆるものに寄り添って変化を已みません。万物流転し循環を促し見守る存在こそ水なのです。

この時期は田植えがはじまり今日も水に学ぶ一日になります。日々、学び直しを繰り返し傲慢になっている自分を省みて穢れを水に流し、新たな気持ちで再生していきたいと思います。

 

福の修行

昨日から新潟の春日山に来て、上杉謙信を深める機会がありました。春日山神社、毘沙門堂、その後、林泉寺に参拝しました。上杉謙信の生き方や思想は、この地に多く遺っています。上杉謙信の「謙信」は、法号であり戒名を不識院殿真光謙信と言います。そして林泉寺には「第一義」という謙信の座右が山門の入口に掲げられています。この法号のはじめにある「不識」というのは禅の達磨大師の言葉です。

「不識」には林泉寺HPにこう紹介されています。

『仏道修業に励んでいた謙信公は、林泉寺八代目の益翁宗謙大和尚「達磨大師の言った不識とはどういう意味か」と問いました。苦修練行数カ月の末、ついにその本旨に達しました。不識の中味に合致した生涯を見出した謙信公は、自ら「不識庵」という号を名乗りました。不識というものの意味は、梁(中国)の武帝と達磨大師の間で取り交わされた問答の中で達磨大師が答えれらた言葉です。不識は、「しらぬ」ということではなく、「ただ頭の中で考えたり、本で学んだ知識などでおしはかれるものではない。あらゆる偏った見方、考え方を捨てて、仏様に身も心も預けて、仏様とともにその教えに生きるとき、初めて真理と自分とがひとつになり、悟りがひらけて、自分も仏様になれるのだ」ということです。』

自ら毘沙門天を志し、戦国時代に生まれ義を貫くことを覚悟し生きた謙信にとってこの「不識」というのは人生の大きな課題だったように思います。何がもっとも善いことなのか、何を信じて生きるのか、その時、経典の中にあった良し悪しをも全て忘れ、無心に私我を手放し捨て去っていく中に「第一義」があったように思います。私も理念で「子ども第一義」としていますが、この第一義はそのまま、あるがままという意味があります。つまりは、子どものままを貫くともいい、子ども心のままともいい、常に子どもの側から物事を観続けるという意味でもあります。

また毘沙門天というのは、サンスクリット語(インドの古語)では「ビシュラバナ」と表記し、この音写が「ビシャモン」と言います。言葉としては「全て丸ごとを聴く」という意味を表しています。そして毘沙門天は七福神の一人に数えられています。私が実践を重んじる「聴福人」というのはこの毘沙門天の生き方、つまり如何に全てを聴いて信じて福に転じるかを徳目に実践するということです。

「義」というのは、古来から続く日本人の生き方を貫くときに顕現するものです。そのあるがまま、自然、かんながらの道の上には義は燦然と輝き子孫たちへの道しるべとして風土の彼方此方に文化として継承されていきます。

毘沙門堂で四方の自然を感じながら毘沙門天を念じ続け、神人合一しようとした謙信の祈りが聴こえてくるかのような感じがしました。人間の世界での筋道もありますが、人間よりも先に自然の筋道というものがこの世には存在します。その人間の小我を手放し、自然の大我を悟るというのは第一義の実践によって実現するように私は思います。

常に自然を優先しているという意味が、「謙」でありそれを「信」じるものとして自然あるがままであったその生き方に私は「義」の本質をいつも感じます。義と言えば、日本には義将と呼ばれる風土自然を顕現した武将たちの生き様や真心がいまでも語り継がれています。

古来から大切にしてきた忠義という言葉も、今の時代は色あせて別の意味で使われます。そのうち自分の価値観に囚われて思い込み、忙しさに流されて大義を忘れて自分をも亡くしてしまっている人も増えたように思います。

こういう時代だからこそ毘沙門天から福の徳目を学び直し、もう一度「第一義」を座右にしていくことが必要になってくると思います。引き続きカグヤは「子ども第一義」を掲げ、この時代に温故知新した福の修行を積み重ねていきたいと思います。

 

 

和とは何か 1

昨年から暮らしの実践をはじめ、身のまわりの道具や環境が和のものに変化してきています。和のものとは、日本古来のものであり先祖たちが手作業で編み出して産み出してきた智慧の姿を顕すものです。

今の時代は、西洋や外来の文化を中心に大量生産されたものを家具や道具に用いることが増えています。家も西洋風になり、家具もその他の生活スタイルも西洋のものを取り容れています。しかし、歴史のある建物や古民家などにはかつての日本の生活スタイルで用いられた文化が遺っていることもあります。

改めて「和」とは何か、少しずつ深めていきたいと思います。

和というものは、辞書をひけば「仲よくすること」や「調和すること」、「協力すること」や「結ぶこと」など書かれています。他にも「やわらぐ」、「おだやかな」という意味もあります。この和という言葉は、私たちは聖徳太子の時からはっきりと意識しはじめたように思います。和の文化と呼ばれる日本文化は、伝統文化の中に色濃く残っています。先祖たちがどのように生きてきたか、どのように暮らしてきたか、その中に和の本質は現存しています。その先祖の智慧を敬い、謙虚にその智慧に触れるとき和は私たちの心の中に感応できるものです。

私の思う「和」というものは、自然に融け合うことです。道具をはじめ家具から家屋、その他の文化はすべて自然に寄り添い自然と融け合う中で自然人一体になっています。自然との共生の中で日本の風土を顕したものが和なのです。そしてその和には、連綿と受け継がれている御縁や繋がりが存在します。その太古の昔から日本人が自然を深く敬愛し、自然の中から学んだ共生の法理、その実践がかんながらの道です。

それらの悠久の歴史の中で、私たちは「和する」ということ、調和し平和することの真心を感じてきました。それは「福する」と言い換えてもいいかもしれません。自然のままにあるがままに生きていけば自ずから全て調和することができるという意味です。

それを間違えるのは人道に反することを行うときであり、我慾や己に負けてしまうときです。そうならないように自然から離れず謙虚に学んできたのが「和の精神」です。今、時代は西洋の考え方を取り容れすぎたために自然を征服しようとまで考えが変わってきました。自然から離れ自然を管理し、人間が傲慢になってくればそれは「和」とは程遠いものになります。

和の文化が消失するのは、この自然から遠ざかることを意味します。先祖たちは数々の道具を自然と一体になって産み出しました。その感性はまさに調和する道具たちであり、その道具たちが周りの道具と一体になるとまるで自然の叡智の中にいるかのようです。この安心感は心を癒し、寛ぎを与え何よりも静けさや穏やかさといった心の平和をもたらしてくれます。和の家や和の部屋に居るだけで、心が穏やかになり静寂が訪れます。

もう一度、日本人とは何か、日本文化とは何か、自らが暮らしの実践を通じてそれを体現していくことです。和風というものは、その生き方を実践する人たちが醸し出した生き様のことでありその生き様が文化継承のカギになるように私は思います。

子ども達のためにも、和をもって貴しとなすような生き方を今の時代の責任を担う世代の責任者として少しでも道を歩みカタチに遺して譲っていきたいと思います。

 

自然の暮らし

神話の時代、私たちの先祖たちが暮らしていた時代は自然に沿った暮らしをすることは当たり前だったように思います。自然の廻りの中で、春夏秋冬、季節の準備や生活道具の準備、その他、様々な食べ物の調達や保存をしながら他の生き物たちと一緒に日々を味わい繋ぎ過ごしていたように思います。

今の時代は、自然に沿わなくても一年中食べ物が豊富にありますし建物の中にいて空調器具を使えば一年中同じ温度で過ごせます。また時間がキメ細かく設定され、スケジュールが決められその通りに進められます。動物や虫たちは生活圏内から姿を消し、植物はコントロールされて栽培されています。

人間の思い通りになる世界というものの中にどっぷりと入り込んでしまうと、自然に沿うということはなくなっていくのかもしれません。人間にとっての便利さを追求しているうちに、不便さの代表のような自然は遠ざけたい存在だったのかもしれません。

しかし自然に沿う暮らしを手放すことで私たちはとても大切なものを失っていくように思います。それは何か、それは自然への畏敬を忘れてしまうことです。そして自然への畏敬とは何か、それは全ては自然のハタラキで私たちが活かされていることを感じなくなることです。それは信じる世界の消失であり、本来の絶対的な安心を手放していくことです。

最近、祭りを深めていく中で気づくのは自然(神様)に祀ろうということの意味です。古代から人々は自分たちが自然の一部として存在し、自分たちをいつも陰ひなたから助けてくださっているのは自然(神様)であると信じていました。これを私は「かんながらの道」の実践の一つだと感じていますが、本来、自分の力などはなくすべては自然のチカラが働き事が為るという発想を持っているということです。

言い換えれば、その頃の人々は自然(神様)の御蔭様を沢山授かることができたことが実力であったのです。だからこそ、自然に沿うように、自然に間違えないように心を清め、素直に正直に純粋に自然の流れが読め、自然と一体になって自分たちが邪念や邪気、我慾などに流されないように創意工夫を施していたように思います。祭りなどはその最たるもので、全国約30万種以上ある日本の祭りはかつての私たちの先祖が常に自然に寄り添って暮らしてきたことの証明でもあるのです。

自然に沿うためには、自分というものを一度見直す必要があります。そして自信というものの本質を改め直す必要があります。自分とは自然の一部であることを決して忘れず、自信とは自分の力ではないという御蔭様の本質を悟ることです。なぜなら自然の一部である時が素直になるときであり、御蔭様の御力を感じるときが謙虚になるときであるからです。

私たちの先祖たちが永らく暮らしてきた自然の暮らしは、とても素直で謙虚だったように思います。そういう暮らしはとても心の安静がありまさに平和で幸福な楽園だったような気がします。かつてできたその暮らしは今ではもう取り戻せないのでしょうか、時代は次代に受け継がれていますが大切なものを失わないように繋いでくださった文化はまだまだこの国の端々に遺っています。

その一つ一つを結び付け、かんながらの道を譲っていくこともまた子どもを深く愛し慈しむことのように私は思います。自然から学び直すことができることは有り難いことで、自然そのものが先祖一体ですからいつまでもなくなることはありません。

刷り込みを取り払い、刷り込みに気付いてどのように現代で折り合いをつけるか。まだまだ実践によって深めて融和していきたいと思います。

 

祭り部発足

昨日、社内の今年の取り組みとして「祭り部」ができました。昨年は「駅伝部」ができて、朝練をはじめ各地の駅伝に参加したり現地の志ある会社を訪問したり、その地域の歴史や生き方、人々や場に触れたりして愉しみ学びを深めましたが今年は「お祭り」を通じてまた新たな社内での実践を象っていくことになりそうです。

先人たちが遺してくださった叡智や智慧に触れることは、自分たちの歴史やアイデンティティがどうなっているのかを自明することにもなり、子ども達に先人たちの願いを繋いでいくことにもなります。今の時代を生きるものとして、何を遺し何を譲るか、それを先祖に学ぶことは何よりも大切な使命のひとつです。毎年、その時々で必要なテーマが降りてくるということはそれだけ前年のテーマが充実していたということです。そうやって哲学や思想がはっきりと明確になり、その明確になったものがテーマになりそのテーマによって人は創造や革新が促されます。

今年は「祭り」になりましたが、祭りというものが何か少し整理してみます。

古事記に本居宣長が祭りとは何かをこう言います。

「祭事(まつりごと)と政事(まつりごと)とは同語で、その語源は奉仕事(まつりごと)から来たのであろう。天皇に仕え奉ることを服従(まつろう)と言い、神に仕えることを祭りと言うも、本は同じである。」

他にも中国の漢字を分解するとこの「祭」という漢字は夕(肉)と又(右手)と示(神示)から成り立ち、右手の肉を持って神にささげる意味です。祀は示(神)に巳(シ)を付けた字で、祭・祀はどちらも神様にささげるという意味になります。

古語辞典「字訓」を書いた白川静氏はこう言います。

「神のあらわれるのを待ち、その神威に服することをいう。「待つ」と同源の語。祭酒を「待酒」という。まつりのことをまた「まち」「日まち」のようにいうところもある。」

古代の神道は、祭政一致であり人々は日々の暮らしを神様に委ね神様の声を聴きながら生活を営みました。神様の声を聴けるというのは、いのちを常に感じてそのいのちを活かしていたからこそ話ができたとも言えます。その一つの神事として「お祭り」があり、お祭りを行うことで穢れを祓い清めたとも言えます。

この「祭り」を「待つ」と同源の語であると言います。私も待つことは信じ切ることで、丸ごと信じていることですから待つことで出づるのを静かに待つという心境は神様を奉る依代としての御役目として必要なことのように思います。

同時に神様が訪れるのを待つ、しかしそれをどのように待つのか、そこに待ち方というものがあると思います。その待ち方こそが祭りの本質であり、ただ待てばいいのではなく神様が顕れるのをどのような姿勢で待つのか。つまり自分たちの中から神様が出てくるのを静かに待つのです。古来、私たちは八百万の神々であり、一人ひとりが魂と命を持っています。だから親祖や先祖の神様たちは自分たちのことを「尊」をつけて尊称するのです。

その尊が出てくるのを待つのに、善いところを観る、信じて観る、素直に明るく、清らかな心になっていくようにして自分の中から出てくる神様と同じ心が顕れるのをみんなで「祭る・祀る・待つ儀式」を行ったのではないかと私は思うのです。

私たちが実践している一円対話においても、御互いが認め合い尊重し受容して清浄で無邪気な場が出来上がると神がかっているような言葉が発言者から出て来ます。これも一つの「お祭り」であり、そのことで人々が素直になり本来の真心や初心を思い出されるのです。

人が初心を思い出すためにお祭りがあり、お祭りを通して一体自分たちは何を大切に生きていけばいいかを反復して理解していく。単なる西洋からきたイベントではなく、日本のお祭りはとても精神的な意味や生き方を観直す内省的な意味を持っているのではないかと感じています。つまり神人合一していくところに、その本質があったのではないかと私は思います。

今年はそれを改めて学び直し深めていく機会をいただけそうです。引き続き、本業であり志業である子ども第一義の理念を自他一体、理想現実一致にしていくためにも一円融合、全てを福に転じて発明を続け実践を弘めていきたいと思います。

本物を譲る~先祖代々の生き方と魂~

それぞれの国にはそれぞれで築いてきた文化があります。その文化は民族の習慣として習得され、それを代々受け継いで今の子孫があるとも言えます。例えば、日本人は礼儀正しいや正直、子どものように明るく無邪気で親切な人が多いなどと海外から評されます。これも先祖代々の生き方が文化として伝承されて継承されてきたのです。

他には、ドイツ人は親切で勤勉だとか、ロシア人は忍耐強いとか、オランダ人は友好的だとか、イギリス人は紳士的だとか、中国人は地縁血縁を重んじるとか、それぞれの国民性の中に先祖代々で築き上げられた智慧が生きています。これらは伝承されてきた大切な無形の文化として脈々と受け継がれてきた生き方であり、その国民性の持ち味とも言えます。

先日、あるヨーロッパの外国人たちが今の日本の状況をこう評しているとお聞きする機会がありました。それは「日本人は、笑いながら価値のある宝をどんどん捨てていく滑稽な民族」と言っていたそうです。

最初は何のことかと思っていましたが、先祖代々受け継がれてきた大切な宝を惜しみもなく笑いながら捨てていくというのです。その大切な宝は何かと聞いたら、日本人の大切にしてきた生き方や暮らし、それまで築き上げてきた文化や智慧のことだそうです。

何でも西洋から入ってきた新しいものが価値があるとし、文明を優先するあまり古いものは不必要だと廃棄されていきます。日本の風土に沿って自然に寄り添った建造物もなくなり、それまで循環し一つのゴミも発生せずに循環した暮らしを手放し、末永く修理して活かせる自然の道具も見なくなり、御互いに助け合い一緒に結束を固かった地域の繋がりも消えていきました。

今の日本人の特徴は果たしてどのようなものか、子ども達に継承されていく文化はどのようなものなのかと感じるのです。文化の本質は、その民族の生き方でありその生き方をどのように継承していくかがその民族の魂を継承していくことになります。子ども達は環境を通して、そしてその大人たちの生き様の背中を通して先祖代々の智慧やメッセージを無言のままに受け取っていきます。その受け取ったものを基本にして、その時代時代に大切な初心が失われないように温故知新して文化を守り文明を従えて発展してきたのです。

文化を排除し、文明だけを優先して目先の利益ばかりに飛びついて何でもかんでも捨てていたら二度と取り返しのつかないことをしてしまうかもしれません。世界が一つになるとき、もっとも必要なのは民族の多様性です。それぞれの国民性の持ち味を活かして、如何に人間が目覚め御互いが仕合わせになり、地球が喜ぶような生活をするかは文化に懸っているともいえ、子々孫々の平安と平和を譲り渡していく先祖代々の真心はそこに生きているとも言えます。

真心を感じてみれば、先祖は子孫のためにと本当に自分の天命を盡し、一生懸命にいのちを今につないでくれました。私たちが子ども達の未来を案じ子どもたちのためにと今できることをやろうと思うように、先祖たちも同じようにそうやって真摯に子孫のためにその時々をより善くしてくださいました。

私たちが今、本当になすべきことは子どもたちに受け継がれていく民族の魂を守ってあげることではないかと思うのです。今一度、日本の文化とは何か、日本人とは何か、世界から何を必要とされているのか、子ども達に譲り遺していきたいものは何か、自問自答しながら子どもの志事の本質を見極めていきたいと思います。

本物を如何に遺して、本物を如何に譲っていくか、今の時代に生きる責任ある大人の一人として真摯に日々の生活を見直し、一つ一つ実践を通してお手本の一つになる様に精進し暮らしていきたいと思います。