牛乳の徳

昨日、地元の中学生たちにノンホモ牛乳のアイスクリームを振る舞いました。もともと鳥羽公園のゴミ拾いを一緒に行った後にみんなで食べる予定でしたが大雨のため急遽日程を変更したために先に掃除の意味や目的などをレクチャーする時間を持つことになったのでその際に一緒に食べました。

もともと、このノンホモ牛乳は嘉麻市の吉村牧場でつくられています。吉村さんとはもう20年以上のお付き合いになりますが素晴らしい生き方をされております。牛を大切に尊重し、放牧して山の中の大自然でストレスなく自由に育てているからまた牛乳もとても美味しいのがわかります。

以前、私は東京でミルクランドというお店と一緒に自然食を守る活動を食べることで行っていました。会社のお昼ご飯はいつもそこの食事でみんなで味付けや内容などを付箋紙でアドバイスしながら生き方を応援し共に守っていました。コロナでやむなく、農園を優先して閉店しましたがその生き方は今も大切に受け継がれています。

そのミルクランドで小寺ときさんと出会い、本物の牛乳の話をお聴きしたのを覚えています。小寺さんがヨーロッパで飲んでいた牛乳と日本の牛乳が全く異なり、日本で子どもたちがアレルギーで大変な目にあい本物の牛乳を飲ませたいというところからはじまった活動がミルクランドでもあります。

今回、中学生たちにも本物の牛乳を飲んでもらいたいと思い吉村さんにお願いして用意してもらいました。

そもそもこのノンホモ牛乳のノンホモとは、「ノンホモジナイズ」の略語です。このホモジナイズ(homogenize)は「均質化」という意味で、これにノンが付いているため「無均質」という意味です。よくスーパーで購入するものは牛乳の中に含まれる乳脂肪分をホモジナイザーと呼ばれる機械によって均質化の処理がされています。これによって大量生産もでき安価で販売できるようになりました。しかしここに大きな問題もあります。そもそも大量生産で安くするということは、本来自然であるものをどこかしらを操作し不自然にする処理をするということです。

特に食品の問題は、そこがほとんど中心で添加物のことや防腐剤、環境ホルモンにいたるまですべて安く大量に販売するために行われているともいえます。便利になってなんでも安く買えるようになりましたが実際には安心して食べれるものがほとんどなくなったという健康の問題がでてきました。お金で健康は買えませんから、未来の人類の食べ物の問題は早晩必ず解決しないといけない問題です。お金にどこまで操作させていくのか、これは生命体の本来の在り方に関わっているように思います。

話を戻せば、このように均質化された牛乳をホモ牛乳と呼び、この処理を行っていない無均質の牛乳をノンホモ牛乳と呼ぶということです。私は、後者のノンホモを自然に近い牛乳と呼んでいます。

なぜ一般的な牛乳ではアレルギーになりやすいのか、その理由はもう科学的に分かってきています。それは高温の熱処理で脂肪球を壊し、その脂肪の膜に保護されていたタンパク質などが急速に体内に取り込まれることで下痢やアレルギーが発生するということです。

本来、牛の赤ちゃんが消化吸収しやすいように自然に乳にしたものを高温で熱処理、均質化したことで胃袋での消化ができなくなり腸に負担をかけることになりました。消化はゆっくりとした方が身体の負担は少ないのですが、それが時間をかけなくすることで消化不良となっていきます。

アレルギーはもともと、消化するときの問題が関係することがほとんどです。つまり吸収できない量が発生するか、そもそも吸収したくないものであるかということです。

吸収しない、できないものを使ってアレルギーが出ているのならそれは自然の反応です。不自然に対してアレルギーが発生しているということでもあります。それは環境のアレルギーもいえるし、人間の感情にもアレルギーがあります。

本来の自然にみんなで近づいていくこと、そして本物を子どもたちに体験することはこれから大切なことです。私も子ども第一義の実践のなかで、常に本物を意識しています。

これからも自然を尊重する生き方をしている人たちを応援し、その徳の循環を増やしていきたいと思います。

基本の深化

先日から続けて創作料理を食べる機会を得ています。創作料理の定義は基本となる料理の伝統や文化を守りながら新しい味への挑戦で生まれた料理といわれます。これは伝統と革新と同様に、温故知新、復古創新したものということになります。

基本を知っているということが大前提ですが、場合によっては身勝手な料理になっているものを創作料理という人もいるように思います。何かが足りないと思うのは、その基本が身についていないということがあるように思います。

基本というのは何か、それはテクニックの基本もあればそのものの素材や成り立ちの基本というもの、さらにはその取り組む際の基本というように、基本にもあらゆる基本があります。

その基本が全部丸ごと自分のものになっていることではじめて基本は身についているということになります。基本が身に着くまでには長い年月が必要です。なぜなら基本は、頭や知識でわかるものではなく長い時間をかけた経験と知恵によってはじめて獲得するものだからです。

基本は探求心が重要になるように思います。よくこだわりが強い人が基本をよく理解しているように、とことん追求していくのでそのものの基本の起源や根源的な意味、そして素材の持っている価値などを深めていきます。そういうものを深めていくなかで、基本が次第に沁みついていくのです。

言い換えるのなら、基本とは物事を深めていく根本的実力ともいえます。

根本的な実力を持っている人は、どの分野においても基本が入っていますから応用もできるようになっていきます。一道を極めていくことは容易ではありませんが、一道を極めるからこそその真価が直観できるようになるということでしょう。

基本はその基本への姿勢が重要ですから、どんな時も基本を怠らずに基本に忠実に取り組んでいきたいと思います。

子ども第一義とは

私たちは幼い頃からあらゆるものの真似をして成長していきます。周囲を観ては、その環境をはじめその環境に適応した生き物たち、あるいは親や周辺の大人、そして兄弟姉妹の姿から学びます。この学ぶということの語源は、真似ぶからという説もあるのがわかります。

そう考えたときに、私たちは子どもたちにとってもっとも大切にしないといけない教育環境は真似されるものかどうかということです。そして真似されるということは、それだけ周囲が魅力的であるか、そして真似したいと思われるような生き方をしているかということは重要です。

子どもたちがあのように生きてみたいと憧れるような存在があればあるほどに、子どもは自らの可能性や夢を拡大していくことができます。つまりは目標として憧れ、そこに向かって真似してみようと思うようになるということです。

この子どもの憧れというものこそ、子ども心の正体でもあります。

子ども心というのは、別の言い方では好奇心ともいいますが子どもがワクワクしたり目がきらきらして夢中になり没頭できるものとシンクロしているということです。これは幸福感を感じているのであり、生まれてきた喜び、自分の使命に直結して全体と結ばれ存在を全肯定できている状態ともいえます。

いのちというものは、そのままの存在でそのままに役立て、そのままで喜べるとき私たちはいのちがイキイキと輝きます。いのちが充実している姿のことです。現代では、何が幸福で何が不幸かもその定義もお金や地位や名誉、財産を多く持っているか、五体満足かどうかなど色々と欲望の話が中心です。

しかしすべての生命やいのちや存在は、ありのままで自然、あるがままで仕合せを感じられるように完全無欠で誕生してくるものです。そこにみんなで近づいていこうと自然界は共生しています。人類もまた同じように、技術や知識で進化したとしても根本的には何も変わっていません。人類の本質や幸福というものは、時代が変わろうが世界が変わろうが普遍的です。

だからこそ私たち、今を生きる大人は子どもの憧れるような生き方と働き方をしているかどうかが常に問われるように思うのです。私がカグヤで子ども第一義の理念を掲げ、働き方と生き方の一致を実践するのもすべては子どもの未来から逆算して今を想像するためです。

たとえ今の時代、それが不可能のように見えても子どもの未来を思えばそれに挑戦する価値があります。暮らしフルネスもまた、それを実現するための挑戦に他なりません。

改めてお盆休みを豊かに暮らしていると、子どもの憧れる未来に思いを馳せます。今の自分の生き方を内省して、襟を正して社業を取り組んでいきたいと思います。

意味の甦生~お中元~

私が小さい頃は、この時期はたくさんのお中元が自宅に届いていました。お盆のご挨拶に、近所の方々や父親の会社の方々がたくさんお中元の贈答品をもってご挨拶に来られました。中身も、お菓子や果物やジュースが多かったのでとても楽しみにしていたのを覚えています。

今ではあまりお中元を贈り合うような文化はなくなりました。世の中の価値観の変化はこういう行事の消失と共に感じるものです。

この「お中元」はもともと中国の道教の旧暦の1月15日は「上元」、旧暦の7月15日「中元」、旧暦の10月15日「下元」の中の「中元」から来ています。この「上元」「中元」「下元」は「三元」と総称され道教の3人の神様を意味します。

この三人は三官大帝(天官、地官、水官)はどれも龍王の孫であり、天官(天官賜福大帝)は福を賜い、地官(地官赦罪大帝)は罪を赦し、水官(水官解厄大帝)は厄を解く神徳があると信じられていました。

中元は、罪を赦す地官赦罪大帝の誕生日である旧暦7月15日が贖罪の日になり、同に地官大帝は同時に地獄の帝でもありましたからその死者の罪が赦されるよう願う日となり今のお中元になった経緯があります。つまりこの日にお供えをして供養することで、罪がゆるされたという行事だったのです。

仏教の年中行事である「盂蘭盆会(うらぼんえ)」も以前ブログで書きましたが、仏陀の弟子の目連が地獄に落ちて飢えに苦しんでいるお母さんを助けるため仏陀の助言に従い、旧暦の7月15日に百味を盆に盛って修行を終えた僧たちに供養して救えたという話がはじまりの由縁です。この仏教と道教、お盆とお中元が結びついてお盆の時期に贈り物をするようになったといいます。

日本人は、時間をかけてあらゆる宗教や信仰を上手に暮らしに取り入れて融和させていきました。その御蔭で、日本ではあらゆる行事の中で知恵が生き続け活かされ続けています。その恩恵はとても大きく、私たちは知らず知らずにして知恵を会得しそれを子どもに伝承して暮らしをさらに豊かにしていたのです。

話をお中元に戻せば、お中元が食べ物が多いのはお互いに共食といって同じ釜の飯を食べたり、煮物を分け合い一緒に食べることがお互いを信頼し合う関係づくりにもなったからです。家族のように心を開いて一緒に食べることで、お互いの結びつきやご縁に感謝することもできます。

これは神道の直会と同じような意味で 神様に供えた御神酒や神饌を弔問客でいただき身を清める、という神事の一つでした。

みんなで分け合う、助け合う、共食することで神様やご先祖様の気持ちになって穢れを祓い、平安の心に甦生します。

むかしの人たちは、このお盆や正月は身を清めるような暮らしをととのえていたように思います。現在はあらゆるものが形骸化して、意味が分からないままにカタチだけになったものが増えてきました。しかしちゃんと意味を理解し、実践する人たちの背中や実践が意味を甦生させてくように思います。

子どもたちにも、本来の姿、何のために行うのかを伝承していきたいと思います。

子ども心と子ども時代

昨日、ある動画を観る機会がありました。それはオードリーヘップバーンの生涯の動画でした。子ども時代に戦争に巻き込まれ、その後は脚光を浴びるような人生を歩み、最後まで子ども心を失わずに子どもを守り続けた人生の動画です。

映画を見たことがありますが、子どものような大人の様子に一様にみんな感動するものです。子どもでもなく大人でもない、その中間のような存在はひときわ私たちの心を揺さぶります。

その中間を生きていたオードリーヘップバーンだったからこそ、生涯をかけて子どもに対して深い愛情をかけたように思います。子どもの定義が、単なる大人と子どもという比較ではなく自分の内面にある子どもであることを語ります。そしてこういう言葉を遺します。

「子どもを無視して 子ども時代を無視するのは 人生に背を向けるのと同じだ 子どもは自ら声を出すことはできない 私たちが代わりにしなければならない。」

自分の人生のなかでもっとも無視してはならないものこそ子どもであり、そしてその子どもの頃に生きた自分を受け容れることです。子どもを無視するというのは、自分の人生を半分やめてしまったことと同じです。その子どもは、日ごろは抑え込まれているからこそ誰も声が出せなくなってしまっている。だからこそ、子ども心を守る私たちが実践し仲間を助け出していくのだという意味だと私は解釈しています。

私がカグヤで子ども第一義の理念を掲げて今も子どもの志事に取り組むのもほぼ同じ理由です。子どもを第一義に取り組む、この時の子どもは子どもが子どもらしくいられる世の中にしていくためでもあります。そのためには、子どもを無視するようなことをするのではなく、子どもを尊重するような世界にしていくことです。

私たちは本来、自然に自分の人生を全うできるような仕合せで豊かな時代を生きていました。それが戦争や競争、差別や貧困によってそれが失われていきました。人間の持つ一つの本性ですが、自然と共生していく生き物たちは自然から学び自然から離れずにひとつのいのちを充実させて終えていきます。そのいのちは全うし、唯一無二の喜びと仕合せを生き切ります。子どもの頃に感じたことをどう癒し、どうゆるすかは大人の話ですが子どもに大人になることを急がせたり無理にそうさせることは不必要です。

平和にみえるこの時代も、子どもは大人の戦争に巻き込まれていきます。できる限り、子どもを守り、子どものためにできることをやることが真の平和を維持することでもあります。

真摯にこれからも自分の役割と全うしていきたいと思います。

使命の全う

昨日からハーバード大学で修験道の研究をされているカナダ人の方がBAに来られています。色々と情報交換をしていると、この道に入ったことの理由やその哲学などを語り合い豊かな時間を一緒に過ごしています。

もともとこの方が大学生の時に、仏教のことを教えるいい先生に出会ったことが切っ掛けだったそうです。この先生は、仏教の教えとして苦労することの大切さ、そして森羅万象の死について話をされたそうです。そこで価値観が転換し、仏教の道を学び始めたそうです。

その後は、カナダの先住民族の儀式で日本でいうお祓いのような行事に3年間をかけて参加して自分の中の価値観を醸成されたそうです。もう日本は12回目の訪問で、少し前までは出羽三山で研究を進めていたそうです。

このカナダの先住民の儀式をきくと面白いもので、シャーマンが石を火にかけてそれを円の中心に置き、サウナのようにみんなでその中に入ります。その石に、聖水や薬草のような何かをいれてかけてその水蒸気を浴びながら祈る、謳うという具合です。夕方17時くらいからはじまり深夜まで行われたそうです。まるで温泉やサウナに入ったあとのようなととのうような感覚だったそうです。

これを何のためにするのかと聴いたら、先住民族の方々は「甦生するため」とあったそうです。毎週1回、これをすることで生まれ変わることができるという意味だそうです。

この感覚は、私の取り組んでいる暮らしフルネスの「お手入れ」と同じです。私も、生きていたら日々に穢れもくすみもでてきます。それは物事が分化して複雑になっていくからこそ、初心に帰るように原点回帰していくためにも行います。

掃除も同じく、洗濯も同じく、使うと器が汚れるからそれを濯ぎ洗い拭いて仕舞うのです。私たちの心身は器ともいえます。その器には何が入っているのか、それをある人は心ともいい、またある人は魂ともいいます。どのような呼び方であっても、私たちは器に盛られた一つの存在です。

どのように生きるのか、器と一緒にどこに向かうのかは自分で決めることができます。どの時代においても、先を観て何が大切なのかと伝承してきた人たちは古から知恵を受け継いで現代も暮らしをととのえています。

暮らしがととのうことは、人間が自然の叡智をもって自然と共生し平和を保っていくことです。人間がこの甦生や生まれ変わりをしなくなれば、そのうち穢れも積もり悲しい出来事が増えていきます。

苦労も死も、私たちがどうにもならない諦観を持つための材料として存在します。何を諦めて、何を諦めないのか。現代のように人間中心の世界や社会が広がるなかで、どのような空気を吸っているのか。私たちは蓮の花のように汚泥で美しい花を咲かせる時、先人の偉大な徳を感じるものです。

子どもたちのためにも、自分の使命を全うしていきたいと思います。

和の伝承

戦争というものには二つのことがあるように思います。一つは、已むに已まれずに義を守るために戦うもの。もう一つは、権力が腐敗して一部の人たちが権益を守るために戦うものです。この二つは似て非なるものですが、見極めるためには歴史の時間や自然の篩にかけることが必要になります。

高杉晋作が、『人は艱難はともにできるが、富貴はともにできぬ。』と言った言葉があります。これは元治の内乱後、藩主からの要職の話を固辞した時に人間は苦楽は仲間と分かち合えるが、ひとたび上に立ち富や権力を手に入れると人は自分を見失い仲間との間に亀裂が生じて純粋な気持ちが失われていくものでそんなものは見たくないという意味だといいます。

苦難を忘れてしまうと人間は、初心も忘れてしまうものです。もっとも忘れるのに効果的なことは安逸や快楽です。苦労を忘れるためには必要ですが、初心を忘れては意味がありません。

今の平和がどのような苦難の歴史があって実現したのか、また現在の私たちの暮らしがどのような先人たちの苦労があってのことか、それを忘れたとき戦争は起こります。

苦しい時こそ、忘れないのが人間ですが苦しみがなくなるとあっという間に過去の大変だったことも忘れて目先の利益や快楽に流されてしまうものです。これは人間の性質でもあります。

だからこそ、人間本来の性質をよく見極め初心を忘れないように教育や内省を繰り返していく必要があります。しかしひとたび、権力や権威を独占し、自我に呑まれたら人間はその不信の連鎖においてあらゆる争いの種を蒔いていきます。そこには差別、自尊心、保身、あらゆるものが発生します。

そしてこれは別に国家という大きな組織のトップでなくても、小さなお山の大将に至るまで発生するものです。人間は誰にしろそういう本性があるということでしょう。だからこそその空気に呑まれないように、自らを正すために内省し、誰かと戦争をするのではなく自分に打ち克ち、常に自分を反省して謙虚に生きることで戦争を生むような状況をつくらないようにみんなで努力していくしかありません。

忠義というものもまた、武士道もまた、平和を維持するために先人たちが磨いてきた力です。今、また世界は権力や権威、あらゆる不信や疑念が渦巻いてきています。それは世界全体であり、人々は今このことの当事者になっていることを思い出す必要があります。

子どもたちに平和の未来を譲りつなげていけるように、自分自身を改革し続けて和を伝承していきたいと思います。

かんながらの道

先日、ある方から本をいただきそこに「誠実自然」という言葉を見つけました。誠実と自然をそのまま並べていた言葉でしたので気になって改めて意味を深めてみました。そもそもこの誠実という言葉は、辞書をひくと「誠実」とは、私利私欲がなく、誠意・真心をもって人や物事に対する様子と書かれます。

さらにこの誠の文字の成り立ちをみると、「神様への祈りが成る」と書き、「想いが神様に真実と証明されたこと」ことを意味するそうです。そして「実」は實とかき、「本当のことがみちる」意味になります。字も「祭壇に貝(’宝)をたばねたものの組み合わせでここから真に中身があるものとされました。

誠実とは、嘘偽りなくそのままであるという意味です。

そしてこのあとの「自然」という言葉、この言葉もまた誠実と同じくあるがまま、そのままであるという姿です。別に無理に自分を装うのではなく、いつもの自分のままであること。これは別に自分のすべてを見せるという意味ではありません。いつも心を開いて神様や天に対して恥じることのないありのままの自分でいることを心がけようとするものだと私は思います。

自然体というものは、自分の定めた初心に対して正直で素直であるということです。つまり自分の心を優先していく生き方を実践しているということです。西郷隆盛なら敬天愛人ともいいましたし、吉田松陰は至誠ともいいました。

天地自然の一部として自分が自分のままに心に正直に生きていくことは、そのまま自然の天命を生きるということでもあります。天寿を全うする生き方をすると、人はその人をみて感動するものです。

私たちは地球が創造したものですから、心は地球そのものです。地球の心を生きることができたとき、そこは自然になります。これを私は「かんながらの道」と呼んでいます。

立場や生まれも異なっても、同じように生きた人。大和魂や武士道を実践した人がいることを知ると嬉しくなります。子どもたちのために、私も生き方を大切に残りの人生を自然体で全うしていきたいと思います。

屈原と真心、粽の祈り

先日、粽(ちまき(のことを深めていたら中国の屈原という人物のことを学びました。もともと端午の節句の食べ物として慣れ親しんできましたがその理由についてはあまり調べていませんでした。時期はズレていますが、少し紹介したいと思います。

もともとこの端午の節句や粽(ちまき)中国の故事にある楚国の詩人屈原(くつげん)の死を供養するためにはじまったものです。この屈原は、王様の側近でしたが陰謀により国を追われ悲観しついには河に身を投げてしまいます。この屈原の命日が5月5日でその屈原の死を嘆いた人々は米を詰めた竹筒を投じて霊に捧げました。理由は屈原の肉体が魚に食べられないようにという意味もあったそうですが同様に河に住む竜に食べられないようにと竜が嫌う葉で米を包み五色の糸で縛ったものを流し供養したといいます。

この風習が日本へは奈良時代には伝わり平安時代では宮中行事になったといいます。他にも神功皇后が三韓征伐の時持ち帰ったとも言われたり仁徳天皇の時代にちまきが宮中に献じられたと言う話、他にも伊勢物語や古今和歌集などに記述があるなどとあります。この「ちまき」と呼ばれるようになったのは、茅(ちがや)の葉が使われたことからつきました。

現在は笹の葉を巻いていますがこれも武士が戦に行く時にもっていくときに殺菌効果もあり腐らないからというのもあります。屈原との縁起を持つこともあったように思います。

では、屈原どのような人物であったのか。日本でいえば吉田松陰に似ているような気がします。澄んだ心で権力に媚びずに王と故郷を守ろうと真摯に忠義を貫きました。王が暗君でも政治が乱れていても、変わらずに自分の言葉と実践を大切にされました。別の言い方では、魂を守り生き方を優先した人生でした。その姿をみた国民や周囲の人々から深く愛され、亡くなってからその真価や徳が顕現した人物です。

自分に素直に生きていくことはもっとも価値があることです。しかし時としてそれは世の中が乱れているときは不器用な生き方です。もっとうまく生きていけばいいという声もあるでしょう。しかし、人生は一度きりですし自分も一人きりです。だからこそその人生おいて、魂を優先して歩み切ったのでしょう。

その清々しい姿、澄んだ真心に人々は心をうたれ歴史の中に生き続けて今もあります。粽はその生き方を尊び、最期まで自分を盡すことができるお守りでもあったのかもしれません。先日のソクラテスも同じですが、この世の自分を守るよりも真の自己を守る生き方。魂を研ぎ澄ませるような美しさは、私たちに目を覚まさせる力を持っています。

最後に、屈原の残した言葉です。

「この世すべて濁るとき、清めるは己れだけ、人々みな酔えるとき、正気なのは己れひとりだけ、されば追放の身となった。」

今の時代も通じることですが、先人の生き方から学び、暮らしを観なおし続けていきたいと思います。

知恵風の知識

ソクラテスという人物がいます。わかっている範囲だと、古代ギリシアの哲学者。アテネに生まれる。自分自身の「魂」(pschē)をたいせつにすることの必要を説き、自分自身にとってもっともたいせつなものは何かを問うて、毎日、町の人々と哲学的対話を交わすことを仕事とした人とあります。

有名な名言に、「無知の知」や「徳は知である」などがあります。特にこの「無知の知」(または「不知の自覚」)は自分に知識がないことを自覚するという概念のことです。

これは「自分に知識がないことに気づいた者は、それに気づかない者よりも賢い」という意味です。これはある日、友人のカイレポンから「アテナイにはソクラテスより賢い者はいない」と神託があったことを知り、自分が一番の知者であるはずがないと思っていたソクラテスはその真意を確かめるためにアテナイの知識人たちに問いかけを繰り返していきます。そしてその中で「知恵があるとされる者が、必ずしも本物の知恵があるわけではない。知らないことを自覚している自分の方が彼らよりは知恵がある」と気づいたという話です。

私はこれは知識の中には知恵はなく、知恵の中にこそ真の知識がある。みんなが知識と思っているものの中には知恵がなかったということでしょう。

これは現代の風潮をみてもわかります。最近は特に、自分で体験せずに知識を得たい人が増えています。実践も体験もせず、気づいたこともなく、気づいた気になれるもの、わかった気になれるもののためにお金を払って知識を購入しています。

お金持ちは時間がもったいないと思い、体験しなくてもその知恵をお金で買おうとします。しかしその知恵は、知恵と思い込んでいるもので本当の知恵ではなく知識です。知識を知恵と勘違いしているからそういうことをしようとします。

オンラインでの講習会や、流行りの講演にいっても知恵のように知識を話していますがその知識は使おうとすると知恵が必要です。しかし知識が知恵になることはなく、知恵だけが知恵になるものです。知恵は知識にはなりますが、それはあくまで知恵を知識にしただけで知恵ではありません。

なので知恵者とは、徳のある人物のことであり、徳を生きるものです。これは世の中のハタラキそのものが知恵であるから使えています。

例えば、二宮尊徳はある知識のある知識人が訪ねてきたときに「お前は豆の字は知っているか」と尋ねた。それでその知識人は紙に豆の字を書くと、尊徳は「おまえの豆は馬は食わぬが、私の豆は馬が食う」と答えたという逸話があります。

これは知恵についての同じ話です。

私は本来の革命は、知識で起こすものではなく知恵がハタラクものであると思います。人類を真に導くには、文字や文章、言葉ではなく知恵が必要なのです。知恵風では真に世界は変革しないと私は経験から感じています。私が「暮らしフルネス」にこだわるのもここがあるからでもあります。

生き方と働き方というのは、単に知識で理解するものではありません。体験して気づき実感して真似ることで得られます。子どもたちのためにも、今日も実践を味わっていきたいと思います。