達人や仙人といわれる人たちがいます。私の知る彼らは、みんな一様に自然の法則に精通しています。というよりも、自然の観察眼が研ぎ澄まされています。その自然の観察眼で何を観るか、それは自然に流れている当たり前の原理を深く掘り下げているのです。
なぜ花が咲き、花が枯れるのか、その背景やその陰に隠れた真実を観ます。たとえば、自然循環の妙です。それを専門的に語るのでもなく、特別に誇張した表現をすることもなく、ごく当たり前に平素な一言で語るのです。
その語りの中には、そのものあるがままを話します。
私もいのちの観察に興味があり、自然のハタラキを尊敬しています。
今年はお水を深め直す一年にしていますが螺旋がさらに観えてきます。
改めて認知を考えてみると、私たちはすべてのことを脳が変換して理解します。音をはじめ、色や臭い、そして想像においても、シンプルな振動をすべて映像や感覚に変換するのです。
宇宙や自然の根底に流れている法則は、本当は眼に見えないもの、耳に聞こえないもの、触れないものです。
それを感覚を使わずに直観する。
つまり直に観るのです。
この世のことを知ることは、いのちの本体を生きることにつながります。
引き続き、大地やいのちと結び合いながら螺旋の真理を求めていきたいと思います。
