初志と予祝

昨日は、無事に妙見神社の御祭と徳積財団設立2周年の座談会を盛況のままに開催することができました。コロナで人数を限定していましたが、心ある仲間たちが参加してくださり気持ちを一つに真暦での正月と予祝を過ごすことができました。

場にはその心地よい余韻がのこり、その余韻でまた夜も直会をして音楽を楽しみ時を忘れて仕合せを噛みしめていました。

思い返せば、もう25年くらい前に国際人とは何か、コスモポリタン、また地球を代表する人類として一体どう生きたらいいのかを模索していました。その頃も、東京の新宿で国際人会というものを私が立ち上げ有志のメンバーでどう生きるか、日本人としてどうあるべきかを語り合っていました。

そのころは、みんな若く情熱だけありましたが実力も時も定まっておらず必死でそれぞれ起業をしたてだったことと、他にも入社したてだったこともあり、気持ちだけで取り組んでいました。

あれからだいぶ経ち、気が付けば日本人とは何か、そして国際人とは何かということがもう身近にあり、今では実力も多少は追いつき、そして時が味方してくれているのを感じます。

初志はずっと変わらず、気がつけばその初志に合わせて人も物も物語も集まってきただけです。

私はこの集まってくるというものがとても多いタイプのようで、身近にはいつも本物や普遍的なものが集まってきます。志を共にする同志は、決して人だけではなく物や物語なども同じです。

たくさんの物語が集まってくると、それが集大成となり偉大な物語になっていきます。

人生は記憶を生きていますが、同時に歴史もつくっています。歴史は決して過ぎ去った過去のことではなく、今もこの瞬間も創られ続けています。どのような歴史を刻んでいくかはその人の生き方、そして信念、志が決めるのです。

他人をみて、他人のことを気にするのではなく、自己を省みて、自己を研ぎ澄まして本来の初心を忘れず初志を貫遂することが自分自身を生きることです。自分自身を生きるというのは、自らの「場」に物語を顕現させ続けることです。

出会いが場をつくるように、歴史が場を育てます。

じっくりと時を遊び、時を活かし、時を信じて、時が集まってくるまでその時を心静かに待ってみたいと思います。英彦山は、日本人の、いや世界人類の心の故郷として間もなく甦生します。

おめでとうござます。

本当の歴史、真実の暦

本日は、旧暦での正月となりいよいよ今年が真にスタートする日です。現在、新暦とか旧暦とかの言い方をしますがもっともここで大切なのは「本当の歴とは何か」ということです。

私は本当の歴である2月4日の正月に、当社の妙見神社(ブロックチェーン神社)を秩父神社と多田妙見宮から勧請して建立したのには深い意味があります。もともと御祭や大祭は一年の中でもっとも大切で重要な御祭りです。かねてからそれを本来の本質的な歴で行いたいという願いと祈りがありました。

先祖や先人たちがなぜもともとこの日にしたのか、なぜ一年のこの場面でこの行事が必要だったのかという記憶に実践をし心を研ぎ澄ますことで直観的にアクセスでき思い出すことができるからです。ある意味、この行事とか御祭りとは子孫たちがいつまでも忘れてはならない「初心を思い出す」ためにあります。この初心を思い出せば、あらゆる記憶や感覚が生まれ変わり新しくなります。神道ではこれを常若という言い方もします。親が子を産み、繁栄していくように繰り返していくなかで初心は伝承されていくのです。それが文化伝承の知恵でもあります。

今年は、午前中にはいつものように初心と甦生を重んじる例大祭を昨年一年の無事と繁栄の感謝をこめて執り行います。そして午後からは、本当の歴史を学び直すための座談会をそれぞれの歴史の道を歩まれる方々と共に語り合います。

そして徳とは何かということを、みんなで分かち合い、先人への感謝と子孫への祈りを共有します。ただの知識ではなく、そこには確かな歴史がありその歴史を私たちは刻み続けている存在であることを学び合うのです。

一年のはじまりに私はこの御祭と理念の共有をするのは、英彦山の予祝でもあります。英彦山がはじまり、このご縁がうまれ、そして甦生が勢いづいてきます。後になって感謝をするではなく、その目出度い吉報とご縁と、そして天命にみんなで先に喜びあうのです。

神様がそうしてくださっているように私たちは真心で取り組めたか、神様にお任せして信じて自分自身の至誠を盡すことができたか。これを先にみんなで覚悟を認め合うのです。

日本の生き方は、先人の真摯な命がけの歴史と共に醸成されてきた一つの大和魂です。素晴らしい一年がはじまることに感謝いたします。

おめでとうございます。

 

暦の知恵

今年は旧暦では2月1日が元旦になっています。これは二十四節気の雨水の前の新月が正月とするという天保暦に沿ったものです。この旧暦は太陽太陰暦のことをいいます。今は、新暦といって自然や季節とあまり関係がないものになっていますが、むかしは農業や漁業、そのほか、自然と調和して暮らしていましたから暦はそれを上手に取り入れるための一つの知恵でした。

例えば、太陽暦というのは太陽と地球の関係性を一年の周期でわかるようにしたものです。1年で365日というのは、今でもわかります。そして月の満ち欠けの周期は、1月で28日ですから少し短く1年354日になります。

もともと陰陽は、女性は陰で男性を陽で例えます。その男女のバランス、生命のリズム、またその持っている性質が備わっているともいえます。特に女性は生理も月の周期と深い関係があります。

私たちは、どのタイミングで生命を調和させていけばいいのかを太陽と月と地球の絶妙なバランスを直感しながら生きてきたともいえます。

つい頭でっかちに私たちは数字の便利な側面だけをみて、歴もただのスケジュールやイベントのように今では考えている人が増えているようにも思います。何かのイベントがある日は、そのイベントをやるという具合に、そこには季節や生命、また忘れていけない初心があるなどとは思ってもいないものです。

しかし実際には、二十四節気は自然の天候や運行とのリズムを観察したものであり、旧暦は太陽と月と地球のバランスとリズムを観察したものです。私たちの生命も体も、この地球の一部ですから確実に太陽や月、そして四季の変化の影響を大きく受けています。

その影響を活かすこともできれば、無視することもできますが自然に逆らうとバランスが崩れて不幸や災難が増え、自然と調和すれば自然体でも仕合せの機会が増えていくものです。

先人の生き方や知恵を学び直すことは、本来の私たちがどのようにこれから暮らしていけばいいのかのヒントを得ることです。なんだか働き方改革とか生き方がどうとか、SNSやテレビなどで最近言葉ばかりが流行っていますが本当は先人はどうしていたのかをもっと丁寧に学び直すことが肝要ではないかと私は思います。

実践をしながら、暮らしの豊かさを子どもたちに伝承していきたいと思います。

場の道場の心得

人は守るものがあることで強くなります。本当の強さとは、守る強さのことです。この守るは、何を守るのかでその強さの質が変わっていきます。人には、それぞれの正義がありその正義を守るために争ったりもします。

しかし本来、守るものは外側にあるのではなく自分の内なるものの中にあります。その内なるものの守るというのは、己の心の中にあるものです。己の心の中にあるものを守るとき、人は争うことをやめととのえようとするのです。

それは敵対するものではなく、自分の一部であることを深く感得するからです。その相対的な存在も含めて自分自身であると悟れば、私たちはそのものを許し、理解し、そのものと一体になった調和の道を探す必要が出てきます。

その時、私たちは己心の平安を保つために精進していくのです。

そうやって何千年も前から、私たちは「人」であろうと努力してきました。人であろうと努力するとき、人は本当の強さを持つように思います。その強さは、「人であることを守る」ということです。

徳を積むことや、恩義に報いること、真心を盡すこと、心を澄ますこと、また信仰や感謝の心で生きることはこの人であることを守るためにあります。外側から教え込まれた知識ではなく、自分の内面の奥深くに学びにいくというような学問がなくなっていき、今は自分をととのえていくことの重要性を理解しない場所が増えていきました。

人類は、過去の歴史がそうであったように一人ひとりが己心を平安に保つように修行しないと人ではなくなるような所業をします。人とは何か、真の人格とは何か、そういうものをむかしはとても重要な徳目として大切に向き合ってきました。

この先の未来、そういうものを学ぶ場が必要で人はそこに出会うと今までとは別人のように変化し学び直しをはじめます。志を持つことで人を本当の人に変えてしまうからです。

松下村塾などもきっと、「人」を育てたのでしょう。志をもって万事の源とすると吉田松陰はいいました。つまり、根源は志であり、それが学問の根幹であるということです。そしてその志に必要なのが、何を守るかという自問自答なのかもしれません。

場の道場では、これを学び、これを体験し気づけるような環境をととのえています。子どもたちの未来に確かな道がつながるように、精進していきたいと思います。

時勢と自然

時勢というものがあります。ある時、急に追い風が吹いてくるように流れが変わる感覚です。これは自然では季節の変わり目や、時間をかけて醸成してきた土が発酵してある瞬間から調和がはじまるようなものです。

これは自分のチカラではなく、何か天の時のチカラが入っているのを感じます。私も、今までの人生を振り返ると何をしても認められず向かい風でまったく前に進めないような状況の時もあれば、自分では無理もせずなにもしていないのに物事が前に進むような時があります。

つまりこの「時」というもの中に、その勢いがあるということです。これは時というものの存在自体が「自然」であるということを意味しています。

そして時勢が働き、自分の生き方が天の意志に叶うという瞬間には自然の加勢が入るということです。これを天の時ともいいます。

人は、偉大な使命や天命に従って己を盡していたら世間の評価は別として己に恥じないように精進することを常とします。それを武士道ともいい、日本には古来から生き方をして恥の文化がありました。侍といわれる人たちは、他人がどう評価しようが己の天命に生きようと志しました。

これは時代が変わっても関係がなく、今の時代にも侍はいます。私利私欲もなく、名誉欲もなく、死よりも大切なもの、つまり恩義や徳に生きようとする。それが侍でしょう。侍という字は、人と寺でできています。これは人であることを守るという意味でもあります。

この「人」というのは、単なる人間のことではありません。立派な人格を持った人間であることを守るという意味です。侍といえば、日本一の兵と天下に評され愛されている真田幸村がいます。

その真田幸村は、最後の戦で徳川家康から10万石で寝返るように声掛けされ、それを断り、その後、信濃一国ではどうかとも打診されます。しかしそれを十万石では不忠者にならぬが、一国では不忠者になるとお思いかと喝破し、その後にこんな言葉を遺しています。

「恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか」

天下は統一され、それぞれが保身で身を寄せ合っているときに本来の侍の生き方を貫いたことでその名を後世にまで轟かせました。本来、武士といえど生き方はその人が決めることができます。そしてその生き方に天が味方することで、奇跡のような力を発揮していくように思います。そして「人の死すべき時至らば、潔く身を失いてこそ、勇士の本意なるべし」ともいいます。

孟子は「義をみてせざるは勇なきなり」と、義と勇が同質であることをいいます。吉田松陰は、「義は勇により行はれ、勇は義により長す」ともいいます。

人の心に生き続けるような生き方は、自然に合致した人の姿そのものです。古の言い方では、それを神人合一ともいいます。

時代が変わりますが、生き方はその時代時代で貫いた人たちは出続けます。今の時代は、刀で切りあったりすることはなくなりましたが、義に生きる人はいます。あとは、時勢が傾くまで粛々と地道に時を待つのみです。

子どもたちの未来につながる道にいてこの先の天命がどうなるのか、それはわかりませんが純粋な真心を保ち、日々に勇気を出して明徳を磨いていきたいと思います。

暦と徳

今週の金曜日、2月4日の立春に例大祭と徳積財団設立2周年記念イベントを行います。私は旧暦に合わせて暮らしのバランスを取っていますから、歴を遊び様々な取り組みをしています。

そもそも本来の暦は、月や太陽の運行に照らして自然と調和しながらその宇宙や地球の機智に合わせながら生きていく仕組みです。全体快適というか、自然との調和の中で暮らしていく方が無駄な力もいらずみんなで共生し支え合っていきますから合理的でシンプルです。

自然界を観察すれば、動植物はじめすべての生き物たちはこの自然暦に沿っていのちを永らえて繋いできました。雨が降る時期には雨を活用し、暑い時にはその暑さを活用する。それぞれのいのちのリズムをととのえながら、他の生き物たちと一緒一体になって自然と上手に力を貸しあい借り合いながらこの世の生を豊かに全うします。

自然と遊ぶのは暦と遊ぶことに似ています。私は旧暦で大事な感謝の行事に取り組みますが、新暦もまた遊び心で楽しみます。日本には古来から予祝の文化がありますから、この少しズレている暦もまた予祝にしてしまえば御蔭様と感謝の二回、その徳を味わうことができます。

例大祭は、毎年、同じことをやっていますがその時々で神様が喜ぶようなことが変わります。それはご縁と出会いが増えていくこと、弥栄といいますか繋がりが豊かになっていきますから回数を重ねるごとに面白く仕合せが増えていきます。そして直来もまた、その時々にいただいたご縁によって変わります。同じことをやっていますが、同じことは一度もなく毎回、この日が来るのが楽しみになっています。

それに今回は、徳積財団設立2周年ということもありまた徳について磨き深める時間が持てます。あっという間の2年でしたが、なんと濃い2年であったかと振り返ると感謝がこみ上げてきます。

むかしから、徳には陰徳というものと明徳というものがあります。

陰徳は見返りを求めずに、自分の真心を盡すこと。そして明徳は、そのものに備わっている使命を明らかにすること。徳は、この世で生きていく上での真の羅針盤であり、この暦と徳を学べば安心立命の境地に入ります。

子どもたちの未来のためにも、本来の生き方を、日本人の道を少しでも後世に繋いでいきたいと思います。

徳の回帰

大分県中津市本耶馬渓に「青の洞門」というものがあります。これは江戸時代、荒瀬井堰が造られたことによって山国川の水がせき止められ、樋田・青地区では川の水位が上がりました。そのため通行人は高い岩壁に作られ鉄の鎖を命綱にした大変危険な道を通ることでしかそこを渡れなくなっていました。

諸国巡礼の旅の途中に耶馬渓に立ち寄った禅海和尚が、この危険な道で人馬が命を落とすのを見て心を痛め、享保20年(1735年)から自力で岩壁を掘り始めたのがはじまりです。

この禅海和尚は最初は、自分一人で3年間ノミと鎚で穴を掘りぬき、その後も托鉢勧進によって雇った石工たちとともに30年余り経った明和元年(1764)、全長342m(うちトンネル部分は144m)の洞門を完成させたという話です。その後は「人は4文、牛馬は8文」の通行料を徴収して工事の費用をもらうことにし、これが日本初の有料道路とも言われています。

私はこの青の洞門に深く心が支えられていることがあります。周囲の誤解で事を邪魔されたり、すべてをひっくり返されるような出来事に出会う時、また一人でコツコツと地道に取り組んでいる最中など、ふとこの禅海和尚のことをいつも思い出し徳を偲ぶのです。

人は、あまりにも偉大なことを発想したり、あまりにも遠大なことに取り組もうとすると周囲から必ず誤解されたり疑われたり、変人や狂人扱いをされるものです。一生懸命それを何度も説明しても誰も本気にはせず、言い訳の一つやもしくは何か裏があるのだろうと思われたりもします。私の人生はいま振り返るとそんなことばかりの連続でした。不可能と思えることや、意味がないといわれることに取り組んでいくことは陰徳のようでそれを誰かに認められたいからなどの気持ちは入りません。でも人は人とあまりにも違う人をみると好奇な目もあり社会秩序などが気になってしまい黙ってはいられないのでしょう。

私の場合は、今まであまり目立たずにこっそりとひっそりとそっとしてもらいながら取り組んでいくように心がけていきました。時折、周囲が盛り上げて運動にしようとされますがそれがいつも返ってそれぞれの我欲望の養分になって大きな邪魔になってしまうことが多く、結局は静かに実践する人たちと穏やかに取り組んだ方が安心して結果が出るまでが早かったりするからです。

人は真の意味で人を信じることができるとき、本当の意味の支援や協力をしてくれるようになります。誤解されたり、いつまでも理解されないのは、まだ自分の真心が人々が信じるほどではないのだと諦めて真摯に取り組むしかありません。

この青の洞門は、そういう意味では私たちが真に徳を積むためのお手本であり模範です。この取り組みをベンチマークして学び、取り組むことで私たちはこの先人の智慧を活かしこの国も人々の心も甦生させていくことができると私は思うのです。

この禅海和尚は、初心を定めてから3年間はまずは一人で掘り続けました。すると3年目にしてはじめてお手伝いしてくれる人が現れ一緒に掘り始めます。その後は、一人二人と協力が現れみんなで掘り始める。今度は、石工たちに費用が払えるように托鉢が広がっていきます。最後は、有料道路にして通行料をとってそれを掘り修繕するための費用にします。この流れで、トンネルが掘られたのです。そしてこの景観と遺徳後世まで守るためにと、福沢諭吉が周囲の土地を買い取り守ります。その後は羅漢寺と共に、現代の資本主義の台風をいわばでしのぎながらも嫋やかにその陰徳を顕彰し続けるために維持します。そしていつまでも多くの人たちが訪れてその価値を学び続けます。それが私のように志を守る勇気をいただく原動力となって心にいつまでも徳が掘り続けられていくのです。

これは一つの真実であり、甦生やコンサルティングのもっとも王道のカタチです。

現在、英彦山の甦生に取り組んでいますが私がいつも心に抱いて見本にしているのはこの禅海和尚の志の貫徹する実践の姿です。信仰というものの本当のチカラは、人々の心に徳を回帰させていくことです。

徳が回帰すれば、人々はその偉大なことをいつまでも学びそれを世の中を導く原動力にしていきます。ひょっとしたら福沢諭吉にもこの禅海和尚は偉大な影響を与えたかもしれません。子どもたちは、このような遺徳が養分になり健康に成長していきます。

1000年後の未来のために、逆算して今、何をすべきかをこれからも真摯に取り組んでいきたいと思います。

 

甦生の流儀

昨日、無事に宿坊の古材とご縁ができこれから祈り場の甦生に入ります。大変有難いことに、福知山とのご縁からその品に相応しい古材が現れたことに深く感謝しています。

この福知山との出会いは何かと、今振り返ってみるとはじまりは福地権現と彫られた額からだったように思います。宿坊の掃除をしていたら、突然、棚の奥深くから大切に包装されていた箱が出てきました。開けてみると、その中からこの額が出てきたのです。その品格、力強さからみても福地権現が祀られていた寺院で用いられたものなのは間違いありません。すぐに方々に確認しましたが誰にもそれがある理由がわからずにそのままその額をお祀りし供養をしました。

その後は、宿坊の工事を祈願しその額が全体を見守るような位置に額をご鎮座いただき常に線香をたき、念仏祝詞をあげつづけていました。

すると不思議なことに、まず福智町の上野焼きのある陶芸家の方とのご紹介が出て福地権現の中宮にお伺いすることになりました。そしてかつての山伏の修行場とのご縁もありました。陶芸がここで発祥した場所などにもお伺いしました。その時は、あまりそれ以上は関係が出なかったのですがここが福知山で福地権現なのかと参道などを歩き感動しました。

その頃も古材を探していましたが、なかなかその古材と物語がつながらず途方に暮れていて気が付けばもう今週末までに決まらなければ大工工事が進まないギリギリの状態になっていました。万事休すかと思っていた矢先、突然、フェイスブック経由で連絡がありある方から古材を提供したいというご連絡をいただきました。

そこがなんとまた福智町の上野焼の里で、もともと福地権現の傍で代々陶芸をしてきた上野焼宗家十二代目の方だったのです。

このタイミングでまさかの福地権現からの天の手助けと加勢を感じ、深く心が震えました。すぐに連絡をして棟梁と共にお伺いすると、今ちょうど福地権現の額に御鎮座いただいている床の間の板と洗い場に必要な松材の台になりそうな古材があり、それをお布施いただくことになりました。

御蔭様でこの宿坊の甦生の重要な場所の材料と出会い、もっとも重要だった祭壇の甦生がこれから実現することになります。こうやって天に見守られて、宿坊のいのちが甦っていくのは感無量です。

私は古民家甦生をしますが、いつもこれをただの計画通りに直すようなことは決してしません。むしろ計画をほとんど立てずに取り組んでいきます。まるで素人かとプロの方からは馬鹿にされることもあります。しかし、そこには大切な理由があるのです。それはその計画を立てない中に大切な物語にこそにいのちがあるからです。そのものをただのもののように扱わず、最後までいのちのあるものとして丁寧に対話をしながら接していくのです。

例えば、料理でいえばわかりやすいですがレシピ通りにつくってそれをこなしていき美味しくできるかもしれません。見た目もいいし、味も想定内の味付けに調味料なども組み合わせてつくれます。しかし、それを何回もこなしているうちに心を籠めることやいのちを扱っていることを忘れてしまい料理はできてもどこかむなしいものになることがあります。

そうではなく、素材と対話し、素材そのものを観てその素材がどうやったら喜んでくれるのか。そしてその素材を活かすにはどうしたらいいのか。そしてその素材に関わる人たちへの感謝を忘れずに素材そのものの徳を明らかにしながら徳を積んでいくように料理するという真心を籠めいのちを甦生させるという料理があるのです。

頭で考えてやるのではなく、まず心を用い、そこに最後に知識を重ねるというのは私の古民家甦生の流儀でもあるのです。現代では、誤解されることも多く、そして資格があるとかないとかで本質が観えなくなってきています。大切なのは、人生にもものにも物語があることを忘れないことです。それを尊重するとき、はじめてご縁は活かされるからです。

引き続き、この天の応援の御蔭様をおかりしながら最後まで丁寧に甦生していきたいと思います。

甦生の心得

現在、宿坊に使う古材を探しています。もともと古い宿坊なのですが、昭和の頃のリフォームなどで色々なところが改造されています。それを元に戻し、本来の役割の場に回帰するにはその当時の時代に合ったもので甦生させていくのが私のやり方です。

時というものは、一緒に流れていますからそこに古いものと新しいものが産まれます。全部を古くする必要はありませんが、その肝心かなめの場所には相応の品格が必要になります。

例えば、床の間というもの。他には、仏壇、そして重要な柱などはその場を司る神様の舞台のようなものです。私の場合は、その場の中心になるものを必ず探して配置していきます。それもご縁で辿るという具合に、そこに相応しい物語が必要になるのです。

現在では、古いものは価値がなくなり捨てられていく大量消費の時代ですがそのうち資源がなくなれば奪うように古いものを手に入れようと競争する時代も来るでしょう。人間というものは、有り余れば捨て、希少価値になって拾おうとします。本当は、本物を大切にするという普遍的な感性を持っていればすべてのものをもったいないと感じることができると思います。失ってはじめて、その当たり前にあったものの有難さに気づくというのはわかっていてもこの消費文明の環境の中にいたらなかなか難しいものです。

私が古民家甦生で取り組んでいることの一つは、子どもに本物を遺すことです。その本物とは、真の豊かさ、真の仕合せ、真の価値、真の意味、真の姿、真の道です。こういうものは、先人が大切に智慧として繋いできたものの中にこそあります。

宿坊には、まだその余韻がいくつか遺っておりこれらを拾い集めて磨き上げてそのむかしからの場を甦生していきます。

家との対話は、家から学び直すことです。私たちは、ずっと場から学ぶのです。その場の学びをどうこの時代に甦生するかが、真の意味での建築だと私は思います。私は、設計士でも建築士でもありませんが場を創る人です。そしてその場の中に入り、舞台をととのえていく人でもあります。

家が育つように、人も育ちます。そしてその家も人も、時機がくれば必ず原点回帰します。その原点回帰に関われたことはとても仕合せなことです。その時に取り組んだ先人が大事にしたものに恥ずかしくないように、丁寧に真心を籠めて甦生をしていきたいと思います。

備忘録1

私が日ごろ思っていることをいくつか文章にしてみたものがあります。これは暮らしフルネス™を体験した時に、言葉にするときに使うものです。他にも膨大にありますが、シンプルにいえば「本当の暮らしは徳を積む中にある」というのが私が実践しているものです。

私のいるこの場を磨く、そしてこの場が世界になっていきます。子どもたちのためのもこの場から世の中がさらに平和に、仕合せになってほしいと祈ります。

「1000年後から今をみて、子どもに残したい未来をやるのが暮らしの本質」

「感謝の日々は、行事に出てる、暮らしの中に、手入れの中に。」

「古いものではなく、つないできたもの、いきているもの、本物。」

「自然から離れるのではなく、自然の一部として生きる、それが私たちの心と身体をととのえる。」

「火をみる、水をさわる、風を感じる、この感性が,幸せと豊かさをつくっている」

「すべてはご縁であつまってくる、シンクロニシティとセレンビテイ、人生も家も集大成である」

「甦生とは、いのちを壊さないこと。いつまでも寿命をのばしつづけること、いのちを最後までいかしつづけること」

「温故知新、新しいものと古いもの、そのバランスを保つことがハイブリッド。ほんとうの最先端である。」

「伝統とは、世代を超えてつないでいくもの。遺志とはつながれるほどに強くなり、そして輝くもの。連綿と伝承してこそ、知恵になる。」

「感謝で暮らすことが本物の信仰、これは宗教ではなく道である。暮らしそのものが信仰なのが日本人なのです。」

「畢竟、自分をととのえることが世界を平和にする。他人のせいではなく、自分が主人公として暮らしをととのえること。これはガンジーの非暴力や、マザーテレサの愛を与えると同じ。感謝でととのえることが平和をつくる。」

「時間をモノのように扱わず、いのちとして扱い大切にする。みんなのいのちが集まっている、ここに一期一会の場が誕生する。」

「懐かしい未来とは、普遍的な暮らしのこと。人類の真の幸福のこと。これは徳を積むことでしか得られない。」

色々と、これからも実践から誕生している語録を備忘録として綴っていきたいと思います。