試練の砥石

人は何かを志せば試練というものがやってきます。その試練は、その目指した志に対してどれだけ学び乗り越えて自らを磨けるかということになります。自分を磨き、志を達するには試練が砥石になるということです。

その時の砥石に対してどう磨くか、それは刀身を削り落としていくことになります。荒い砥石からはじまり、最後はきめ細かな砥石に移行していきます。大きな試練から日々の小さな試練、そのどの試練も大切な砥石になるということです。

その砥石は何かということになります。これは私は「天」であると直観します。西郷隆盛は人を相手にせず天を相手にせよといいました。これも偉大な砥石であろうと思います。

天がなぜこの試練を与えようとするのか、天は何を学ぶようにとご教授いただいているのかと、天と正対して自分を磨くのです。さらに言えば、天道地理義理人情に照らしあわせて世の中でそぎ落としていかないといけない「私」を磨くのです。

誰かと何かを一緒にやっていくというものもお互いに試練が必要です。共に己を磨き高め、精進していく実践が伴います。目指している志に対して、どれだけ自分が純粋にそのことにいのちを懸けて取り組んだか、それを共にすることで相乗効果を発揮していくのです。

目的を一致させることは、天道地理に必要です。そのうえで、筋道や思いやりが必要です。そのどれもが大切な自分の試練になり、その試練が真に志を成長させます。試練には四苦八苦が伴います。その中で、何を学ぶか、何に気づくか、どう自分を磨くかは自分次第です。

天を相手にして、天命に従い、人事を盡していきたいと思います。

鏡餅の徳

先日、鏡開きをしてその御餅を家族や仲間と一緒に食べることができました。お汁粉にしたりあげ餅にしたり、焦がし醤油であぶったりとどれも美味しく元氣をいただきました。

もともとこの鏡開きの由来は、室町時代や江戸時代の武家社会で行われていた「具足開き」にあると言われています。むかしの武家社会では、床の間に飾られた具足(甲冑)にお正月の鏡餅をお供えする「具足餅」と呼ばれる風習がありました。お正月が明けたあとに具足餅を下げ、木槌で割って食べる行事でした。もともとは1月20日に行われていてこの「20日(はつか)」の読みが「刃柄(はつか)」に通じ、「刃柄」を祝うことで武運長久を祈る行事だったといいます。江戸時代に徳川家光が亡くなった日がこの日だったため1月11日になったともいいます。

この御餅を包丁で切ると、切腹を連想させるため縁起が悪いということもあり手や木鎚で割り、「切る」「割る」という言葉を避けて「開く」という言葉を使うといいます。

もともと歳神様を迎え入れ、正月の間、床の間に御鎮座いただきその依り代であったこの鏡餅をいただくことで私たちはその歳神様のお力を分けていただくというものもあります。お米の中にある無限の元氣を取り込んで一年の力にしていくというのが私たちが大切にしてきた伝承です。

私はお米作りもしていますから、種まき苗育て、田植えに草とり、収穫に干して脱穀し炊飯をするまで本当に多くの手間暇と大勢の人たちの見守りでお米が成立していることをいつも実感しています。みんなの力を合わせてはじめてお米が食べられるという当たり前のことを有難いと実感するのもこの鏡餅の行事で場を調えていただいているからかもしれません。

私たち日本人にとっての「和」とは何か、神様として大切にしているものが何か。それはこのお米に関わる協力や助け合いの精神が根源であることがわかります。協力し助け合うことの有難さ、美味しさは格別です。

この世に産まれてきて、どんなものを食べるか、どのように食べるかは、その人たちの生き方が決めるものです。先祖代々、どのように暮らしてきたかを思い出すことで私たちは生き方を磨きます。

子どもたちにも大切な精神や生き方を譲り遺していきたいと思います。

士魂の場

志というものや魂というものは受け継がれていくものです。自分というものだけではない存在、何か自分を超えたものの存在を感じることで私たちは志や魂というものを実感することができるように思います。

例えば、ご先祖様という存在があります。これは、今の私が産まれるまで生きてこられた存在ですがその先祖がどのような志で生きてきたか、どのような魂を持って歩んできたかは目には観えなくても自分たちの心や精神のなかで生き続けて宿っているものです。不思議なことですが、長い時間をかけて先人の生き方を尊重し子孫がその遺言や生き方を受け継ぎ、さらなる子孫へと譲渡していく。その生き方こそが志や魂にまで昇華されてご先祖様と一緒に今も生きているのです。

他にも考えてみると、志を生きた人や魂を磨き切って歩んだ方との出会いは自分の人生を導いてくれているものです。道を教えていただき、道を実践するようになったのもまたその志や魂に触れたからです。そういう先輩や先人、仲間や同志に触れることで志や魂はまた多くの方々に受け継がれていきます。

この志や魂は自分のものですが自分のものではありません。何か偉大なもの、繋がって存在しているものです。そういうものを実感することで自分の中にもあり自分のものではないものと結ばれ一つになります。

離れていても、身が滅んでいても、この世に存在していないようでも意識をすれば目に見えないところで一緒に歩んでくれているのを実感するものです。

徳は孤ならず必ず隣有りというのは、この志や魂のことをいうように思います。自分に与えられた場所、そして境遇で如何に平時から志を立て、魂を磨く実践に取り組むか。

毎日、一期一会に出会い続ける士魂に勇気や愛を感じるものです。

子孫たちにさらに精進したものを譲渡せるように、日々を大切に過ごしていきたいと思います。

福堂の場

吉田松陰は、松下村塾で有名ですがその発端は野山獄中での孟子の講義によるものです。普通の人は、牢屋にいれられたら悲嘆にくれて自暴自棄になる人もいますが松陰はこういう時だからこそ学問が磨かれると学びをさらに一歩進めていきました。

その遺した言葉の一つにも「牢獄で死ねば禍いのようだが、この場所で学問をし、己のため、他人の為に後世に伝えることを残し、身は失っても死にはしない人たちの仲間入りすることができるならば、この上もない福というもの。」というものがあります。

今居る場所で学問をすること、そして死んでも魂は受け継がれていく同志の仲間入りできるのならばこれは最上の福ではないかというのです。目指しているものや、その志がすでに透徹されており曇りがない純粋な浩然の気を感じます。

この牢獄をどのように福堂にしたのか、その発端の文章から少し深めてみます。松陰はこういいます。

「元魏の孝文、罪人を久しく獄に繋ぎ、その困苦に因りて善思を生ぜ染む。」因って云はく、「智者は囹圄を以て福堂とす」と。此の説遽かに聞けば理あるが如し。」諸生紙上の論、多く左袒する所なり余獄に在ること久し。親しく囚徒の情態を観察するに、久しく獄に在りて惡述を工む者ありて善思を生ずる者を見ず。然らば滞囚は決して善治に非ず。故に曰く、「小人閑居して不善を為す」と、誠なるかな。

これは意訳ですが、獄中で罪人をつなげばその困苦によって善思が産まれるという。なので知恵者は牢獄を福堂にするという。これは理があるようにみえる。しかしよく観察すると長く獄にいるとそうではないものが多くなる。それではかえって善治にならない。子思がつまらない人間が暇でいると、ろくなことをしないというのはその通りである。

「但し是れは獄中教へなき者を以て云ふのみ。若し教へある時は何ぞ其れ善思を生ぜざるを憂へんや。曾て米利幹の獄制を見るに、往昔は一たび獄に入れば、多くはその悪益々甚だしかりしが、近時は善書ありて教導する故に、獄に入る時は更に転じて善人になると云ふ。是くの如くにして始めて福堂と謂ふべし。余是に於て一策を画す。世道に志ある者、幸に熟思せよ」

しかしこれは牢獄において教えというものがなかった場合のみではないか。もしも教えがあのなら善思にならないことは憂う必要はない。アメリカの牢獄は牢に入ったときはよくなくても、善書を置き教えを導くことで善人になっている人が多いという。このようにしてはじめて福堂になるのではないか。ここから私は福堂策というものを提案する。同志たちよ、熟思してほしい。

そこから牢獄を福堂にするための方法や自分の取り組み、そして将来の展望などを書き連ねていきます。牢獄においても、いただいた御恩に報いようと学問を励み少しでも世の中に貢献しようと精進しておられます。

どんな境遇でどのような場所にいても、志が立っているからこそ学問が磨かれたのでしょう。志を立てるのは、自らが立てるものです。その純粋無垢な恩返しへの徳、そして何のために生きるのかを魂のままに実践して生き切る姿勢。身は滅んでも、魂として永遠を生きようとした生き様を感じます。

そういう生き様に感化された人が今も後を絶ちません。こういう人がいたということが後世の人たちの教導にもなっています。子どもたちにも、あらゆる生き方があることを伝道し今いるところをさらに彫り刻んでいきたいと思います。

 

天地の学

天地自然の法というものがあります。これは誰かが教えたものではなく、誰かに倣うものでもありません。人間が人間として解釈するのではなく、自然がそのままに存在して運行するものです。

私たちは便利に誰かが観察したものをもってそれを理解して分かった気になれるものです。畢竟、便利さというものはどこか大事なものを欠けさせているものです。結局、便利なものに縋って生きてしまうと便利なものが大事なことになってしまい本来の天地自然の理などは後回しになるものです。

先人たちの中には、安藤昌益や三浦梅園のように誰かの教えたものを観ずに直接天地自然を観察した人たちがいます。本来、人はその師をどこに置くかでその求めているところを直観するものです。

その直観は、人が疑問に思わないところ、当たり前すぎて考えもしないところに置かれるものです。誰も考えないというのは、それくらい当たり前にあって気づかなくなっているものです。

例えば、この呼吸というもの、身体の神経、他にも光や影、空間や場などもです。あって当たり前のもの、なぜそれがあるのかを考えるところに自然を観察するための入り口があります。

なぜというのは、真理の入り口でありそのなぜをどの場所でなぜと思うかで人は学びの場所が変わるということでしょう。

これだけ知識が増えて複雑になった世の中では、知識はさらに便利なもの、特殊なものばかりに偏っていきます。しかし天地というものは、悠久に変わりなくこの先も永遠に普遍です。本来の学びというものは、何を主軸にしているかで自分たちの在り方も変わっていきます。

後世に名を遺すような偉業、つまり子孫たちのために何をすべきかを問う学問は常に天地と正対しているものです。

私も先人たちの生き方に倣い、脚下の観察と実践を味わっていきたいと思います。

野性との共生

池の周囲には大量の白鷺(シラサギ)が飛来してきています。この白鷺は、夏は田んぼでよくみかけ川の畔にはアオサギなどをよく見かけます。結構、印象深い野鳥ですが当たり前すぎて気に掛けることも減っています。

むかしの日本は、これに鶴などの野鳥がたくさんいたのでしょう。鶴はもともと江戸時代までは北海道から関東地方でも見られたようです。しかし明治時代になると乱獲され、さらに生息地である湿原の開発により激減して今では絶滅したといわれます。葦などの湿原が多くあった日本の土地も、今ではほとんど失われています。

まだ白鷺などの方は、田んぼやサギ山といった林や森があるので生息地が確保されています。野生動物たちの生きる場所や生活の範囲を奪うと、生きものたちは行き場を失っていきます。

むかしの人たちは、敢えて杜をつくり生き物たちが生息できるような境界をもうけて見守り合っていました。自然というものをみんなで分かち合い生きることに真の豊かさを感じていました。生き物が次第に減っていく姿をみていたら、本当の貧しさとは何だろうかと向き合うことに気づけるようにも思います。

現在、鳥類の8種に1種が絶滅危惧になっているといいます。そのうち、ツバメやスズメも絶滅するのではないかといわれています。日本はこの150年で3分の2以上の野鳥が絶滅及び減少しました。

鳥が減っている理由には様々ですが、人間が原因であることは間違いありません。人間の生活が、ほとんど野生の生き物を無視しているところに起因しています。都会の人間だけの生活に憧れ人間以外を無視してきた生活が田舎の隅々にまで広がっていきます。

実際には鳥の鳴き声で癒され、魚や虫たちの多様性に花も実も支えられている私たちがそういうものを無視して排除してきたことで生き物は減りました。一度、絶滅してしまった生き物は復活することはなく永遠にそこで失われます。

あと100年後の日本、及び世界はどうなっているのか。子どもたちが未来に生きるとき、その時、野鳥をはじめ野生の生き物たちはあとどれくらい残っているのか。心配になります。

子どもたちの未来を思うと、まだ今の世代の責任を果たすチャンスがあります。身近な小さな一歩からでも、野性との共生をはじめて伝承していきたいと思います。

 

心の甦生

先日、仲間たちと一緒に無農薬のもち米で餅つきをし鏡餅をつくりました。その鏡餅を、それぞれのお祀りする場所へ調えていきました。年々、ご縁を戴くところが増えて御餅の数も増えていきます。しかし一年に一度、感謝を忘れないように改めて祈りを実践するのは有難い機会になります。

それは道具にも同じことがいえます。お餅つきや鏡餅をするときに出番がくる道具たちです。日ごろは仕舞われたり、別の役割を果たしています。その道具が、活躍する日でもあります。

例えば、木臼や杵というものがあります。これは5年前にご縁があってうちにやってきたものですが、非常に古い歴史を持っている木臼と杵です。この木臼は神様の木としても有名な欅が使われています。この欅は古名で「ツキの木」とも呼ばれていてこれは神様が依り代になる聖なる樹といういわれがありました。神社のご神木に欅が多いのはこのためです。

その神様が依り代になるような木臼はむかしからとても大事に祀らてきたといいます。私も聴福庵ではいつも目につくところに配置していて、その存在をいつも確かめてお餅つきが来るのを楽しみにしています。

この木臼ですが、桶谷町の文化財保護委員である伊藤源治氏が分かりやすくご紹介されています。要約すると、この臼や木は弥生時代から存在し、あらゆる雑穀の製粉脱穀精白に使われました。暮らしの中で、なくてはならない道具であり今のガス、水道、電気と同じくらい日常的な役割を果たしたものです。その臼と杵は家を象徴するもので、冠婚葬祭でも用いられたといいます、たとえば、葬儀では出棺のときに空臼を搗きます。故人の、この世の家からの永遠の別れを意味したそうです。そして日常で空臼を搗くことは縁起が悪く、禁忌とされました。他にも、結婚式では餅を搗きます。嫁ぎ先の家の土間に臼を二つ並べ、その花嫁が重い臼を退け困難を乗り越えて婚家に入るという儀式もあったといいます。このような臼と杵ですから、暮らしの中では特に大切に取り扱いしめ縄をし雨ざらしなどさせず、上に物を置く事などもせず、常に伏せて置いたといいます。そして最後に使えなくなった野に捨たりゴミのように燃すことはなく、供養をし家中のかまどで燃すか、一族で分けたとあります。常にこの臼と杵は神の宿る、聖なる道具と意識されて使われたそうです。

よく考えてみると、鏡餅もまた神様が宿るものです。お米にも宿ります。すべて神様が宿っていると意識してお餅つきは行われたのでしょう。今の時代、自動餅つき機があったり便利に大量生産されています。しかし、そこに神様は宿るのでしょうか?私たちが神様と意識することで神様が宿るというのは、すでに量子の世界でも事実が明らかになってきています。

私たちの意識は、単なる妄想ではなく心というものが存在する証拠でもあります。真心を籠めて取り組んだことは、不思議ですが心を通じて伝わっていくものです。むかしの人たちを理解するには、心を尋ね、心を学ぶ必要があるように思います。

心を甦生して、子孫たちへ大切な知恵を伝承していきたいと思います。

今と歩みを振り返る

昨日は、英彦山守静坊の煤払いや室礼をしてご祈祷したのち氏神様の宗像神社へご参拝してきました。朝から100年以上前の杵と木臼、また木製のせいろも大活躍でみんなで和気あいあいとお餅つきをしたものを鏡餅にしました。お米も自然農法でつくれたもので、安心、美味しくできたお米です。

心をととのえていくなかで、一年間の感謝や御礼をあらゆる人や物へと心を運びます。日々の出来事には、複雑な執着やご縁もありご迷惑をおかけしたものや人への思い出、あるいは助けて頂いた思い出、数々のことを教えていただいたことなども脳裏をよぎります。その一つ一つを、福に転じていこうとするところに素直に伸びていこうとする活力が芽生えます。

人はいろいろな人に出会うことで、数々の生き方を省みることができます。あの人はこう生きるのか、この人はこう生きるのかと、それぞれの生き方が参考になります。そして自分はどう生きるのかと向き合えるものです。

人間は誰しも平等に生き方というものを決めていくことができます。運命や宿命に対して、どのような使命を生きるかはそれぞれの自由です。どれだけ過酷な状況下であっても、普遍的な生き方をする人もいます。あるいは、恵まれ過ぎた環境に漬け込まれ流行に流されるような生き方もあります。それに人には生き方の癖というものがあり、その癖があるから体験方法もそれぞれに異なります。

そういう時、有難いと深く感じるのは先祖を実感するときです。御先祖様というものは、私たちが今に生きるまでずっと繋がっている存在です。この今も、心を見つめると一緒に先祖が語り掛けてくるものです。その声に従って生きているとき、私たちはあらゆるものが同時に重なりあって生きていることを実感します。おかしな話ですが、色々な人生を同時に生きている状態になっているのです。

私たちは網の目のようにあらゆる人生が場に重なりあって存在しているものです。それが見事に結び、絡み合い、時には絆になりながら時を進めていきます。眼に見えるものや、頭で理解できるもの以外にそこには一つの答えがあり答えを生きる自分があるのです。

年末に自らが静かに振り返り瞑想をするのは、そういう自分というものが今何処にいて何をしようとしているのかを味わう時間でもあります。この一年の節目に、出会いを整理して歩みを深めていきたいと思います。

循環の妙

英彦山と関わりだしてから山への感覚が深くなってきました。もともと山とは何だったのか、それを深めていると海とは何かということに辿り着きます。この山と海の存在はもともと一体であり分けることができません。川はその山と海をつなぐ存在であり、この川も元々は山と海が一体であることを証明するものです。

私たちは便利な言葉を用いることで、あらゆるものを分別していきました。本来は全体が一体であることが前提になった分別ならまだいいのですが、分別したものを集めて全体にしようとなったときにそのものの本質が分からなくなっていったのでしょう。

その弊害が、あらゆる自然環境の破壊につながり、人類の知恵を消失させている理由になっています。教え方が問題というか、人工的なものだけですべてを理解できると思い違いしたことに一つの理由があるように思います。野生的なもの、本能的なもの、自然的なものとのバランスが崩れると人間は歪んだ方向へと進んでいきます。

神代や古代は、そうならないように指導者やカミという人類を守る存在があってバランスを調えていきました。どうしても目先の欲望や、近視眼的になってしまう宿命がありますからそれをそうならないようにする仕組みを保っていたのでしょう。

山に住む山伏たちやその暮らしもまた、本来は指導者や守る人としての役割を果たしたのでしょうが現代はそういう人たちは特殊な生き方をしている人たちとしてあまり身近に存在も感じません。人間社会でのバランスも職業や商品、商売なっていますから山もその商品の一つになっていくのでしょう。

今の時代は、人工的な世界の方が常識ですからその人工的な知識を優先にした山の理解や海の理解が歪な環境改善をさらに促進しより深い断絶を増やしているように思います。

本来、山は山の養分が川に流れ、その川が海にいくことで生命は潤います。水というものは触媒であり、無色透明であらゆるいのちを通過していきます。つまり循環のいのちの根源はこの水ということになります。この水が何を運ぶのか、それはいのちの元を運びます。それぞれの生命が、それぞれのいのちを充実させ結実したものを運ぶのです。それは目には見えませんが、見える分を養分とも呼びます。人間でいえば、糞尿なども養分といいます。

こういうものが自然に流されますが、それは単に栄養素だけが流れるのではなく充実したという証が流れます。それが海に到達するころには山から地上のあらゆる生命の養分が渾然一体となって海に到達します。

その海に到達したものがさらなる新たないのちを掻き混ぜていきます。以前、貝磨きをする方と一緒に貝を深めたことがありますが貝はこの養分を得ていのちを守る存在として顕現してきます。

私たちは、美しい貝を観てはいのちの辿る道やいのちの本体を直観してきました。私は法螺貝を吹いていますが、法螺貝はそのいのちの結晶の一つです。山で法螺貝を吹くとその音色が山に響きます。

山の養分が海にいき、そして貝になる。

その貝が山に還り、山で音を立てると山が喜んでいく。こうやっていのちは、真に豊かに廻ることで徳は永遠に磨かれるのです。

自然環境の改善は、いのちのリサイクルの仕組みが必要です。私の天命も近づいてkました。世界に人類の新たな道筋を示し、子どもたちに普遍的な循環の妙を伝承していきたいと思います。

場を育てる

「場」をつくるなかで大切なのは、主語はどこになっているかということがあります。人はすぐに自分というものを主語にして語りますが、本質を突き詰めていくと自分というものが邪魔になることがあります。それはなぜかというと、本物を求めているうちにモノや他との境界線が消えていきそのものと一体になるからです。

これを私は自他一体の境地と呼んでいます。相手が自分であり相手も自分になるというものです。それだけ一体に同化している状態になっているというものです。これを私は「場」と呼びます。私のいう「場」は元々は、分かれていないものです。そこには例えば、過去からずっと今も生きている歴史の場であったり、あるいはすべてのものが関わり繋がりあって網の目のような場であったり、またあるいはみんなで心を一つにあわせて一緒に取り組む場であったりします。それくらい分かれていないところにあるのが本来の「場」ということになります。

その場を醸成するためには、あまり他人軸の自分やエゴが強すぎると育たないものです。無私や無我に近い方が、場は良く育ちます。

例えば、場に喜んでもらおうとすることや、みんなの喜びが自分の喜びになっているような実践や取り組みをする方がいいという具合です。

自然界というもの、宇宙に至るまですべては自分というものはありません。生命であれば細胞にいたるまですべてが繋がり結び合って存在します。この世に孤立しているものなどは一つもありません。そういうものを理解していることが重要で、そのうえで自立するということが命題でもあります。この自立というものは、独立自尊の時の自立であり協力し合うという共生の中の自立です。つまり、助け合い、持ちつ持たれつ、御蔭様といわれているすべてと活かしあうときの自立です。

「場」には、その自立や調和、共生などあり方や生き方が問われます。そしてこれはテクニックではなく、まさに自覚と実践によって行うものです。

最近では、場というものが便利に知識的に理解されほとんど表面上の浅いものになっています。場もいのちのある生き物ですから、その場を守るための精進も必要ですし、お手入れが欠かせません。

私が取り組む場の道場では、その辺を実践によって知恵を伝承していくものです。子どもたちに先人からの知恵や真心の道が繋がっていくように丁寧に場を育てていきたいと思います。