体験と気づき

人は体験するということは、自分の知らないことに気づくということです。知ってから体験すると、知っている体験をしようと思うあまりその体験を素直に気づくことができないものもあります。

例えば、太陽とは何かというものを知識で得たとしてもその太陽の持っている多様な力や徳を全部わかることは決してありません。人間は、固有の言葉を用いてそのものを分類分けて理解し、その言葉で語り合いますがその深さや真実を知るには膨大な体験と気づきが必要になるからです。

人によっては、ある真実や本質までたどり着いている人がいます。こういう人たちは、それぞれの分野である一定のところまでその事物や存在を深めてその体験から何が本当のことかということに気づいた人であったりします。

ある人は、自然界の観察から太陽を理解し、またある人は光や熱源というものから理解し、そのすべてを気づいたわけでなくてもその太陽というものの存在をあらゆるすべての存在を通して観ているとその本質に少し気づくことができるというものです。

ただ、気づいて知ったからといってコントロールすることなどできず私たちはその存在に寄り添い合わせていくしかありません。その存在を知ることは、その存在と一体になっていくからです。

この自他一体になる感覚というものは、万物とつながるための方法の一つです。本来は、分かれていなかったものをもう一度、一つに融和するということ。これが気づきを促進し、そのもののことを深く感じることができるからです。この感じる世界、気づきの領域というものは体験で近づいていきます。

良質な体験をし続けるためには、この感じる力、五感を研ぎ澄ませて素直な心で自分から傾聴し感謝し続けるという実践も必要です。謙虚であればあるほどに、この世の普遍的な事実に気づきやすくなるということです。

生まれたての子どもたちは、みんなその感覚の境地を開いています。それを閉じていくのが、知識でもあります。このような時代、知識に頼り過ぎてしまいその感覚の世界が失われてきつつあります。本来の人間の学びとは何か、子どもたちの環境を創造しながら見守っていきたいと思います。

存在

人はいつも同じ人とずっと一緒にいるわけではありません。特に若い時に知り合った友や、そしてご縁のあった方々とはまた離れて暮らしていくものです。しかし、これはいつの時代も同じですが離れていても心は傍にいるという感覚といものがあります。

これは同じ志を持っていたり、共感をしたり、もしくは、ご縁を信じていたりする感覚を持っているということです。そしてこれは、生きている存在だけではなくご先祖さまやもしくは故郷のように形のないものにもそれを感じるものです。

人との出会いというものは、誰かが引き合わせていきます。その誰かは、まるで先にそうなることを知っていたかのようにその人と人を見事に繋ぎ合わせていきます。ここには、まるで時間という概念がなく未来も過去も今もありません。言い換えるのなら、「そうなるご縁を知っている」かのようです。

つまり、未来を予測するのでもなく、過去からつなぐでもなく、今その瞬間に感じたわけでもなく、「そういうご縁である」と最初から確定して存在しているのです。これを天命とか運命とか宿命だという人もいます。しかし、よく考えてみるとこの世のすべての存在に想像を膨らますとき、複雑にみえて実はシンプルに「ただそこにあるもの」という事実に気づきます。

存在は、いのちのカタチであり、カタチとしての認識が存在となっているのです。そしてこの存在するということを人間の感覚でとらえるとき、そこには役割があるという認識を持ちます。

役割があり存在があるとするのなら、そこにはご縁があるということになります。そのご縁は、丸ごと一体でありそのすべてに役割がある。役割を誰かが無理に決めるのでもなく、存在そのものを役割にするという考え方です。

私たちの心というのは、その存在をいつも身近に感じているものです。

懐かしいという感覚は、どこかその存在のことを示唆しているように私はいつも感じます。古いものに触れても、新しいものに触っても、懐かしいのです。形と無形は永遠に循環していきますが、そこに存在する真心はいつまでも不滅にあります。そういうものを身近に感じて暮らしていけることこそ、真の意味で豊かなことでありいのちが磨かれていることではないかとも感じます。

難しい書き方になりましたが、昨日、ちょうど哲学者の方と一緒だったのでその影響もあったかもしれません。子どもたちの未来のために一つ一つの存在に深く感謝して、今日も一日を過ごしていきたいと思います。

行事の本当の意味

私たちは様々な年中行事という文化を持っています。保育園や幼稚園をはじめ、老人ホームなど、生活の中で行事は当然のように実施されていきます。最近は、イベントのように行事は使われていますが本来は日本人の心を守るためのものだったのではないかと私は感じます。

その理由は、すべての行事が感謝に関係していることからです。私たちは、何のためにそれをやるのかという理由を持っています。そして行事であればその行事がはじまった理由があります。その理由は初心でもあり、その初心を甦生し繰り返していくなかで智慧や真心を伝承していくのです。

なんとなく忙しくなり、とにかくやるだけ続けていくなかで簡素化していくとその本質や意味が失われていくものです。だからといって、ガチガチに形を決めてそれをただやっていたら行事で疲れてしまいます。本来は、自然体で行事をし、そのまま感謝で実施されていくのが一番です。

しかし自然体であるためには、日々の暮らしの方をしっかりと維持していることが重要です。そもそも行事は、暮らしの中での行事であって決して暮らしから外れた単なるイベントではありません。これは暮らしの節目に感謝していくものでありその節目に心をなくさないように、先人への感謝を思い出すようにと豊かに取り組んでいくものだと私は思います。

豊かさというものは、心のゆとりでもあります。心のゆとりとは、感謝の心を持っていることであり、決して時間が暇になることではありません。ゆとりがあるというのは、心が感謝で満ち足りているということです。

世間ではゆとり教育とかいって、テクニックや方法論ばかりが議論されましたが本来は日本人がもっていた心のゆとりの回復であったのではないかと私は思います。そのためにまず必要なことが行事の改革であるというのは私の直観する本筋です。

時代が変わっていくなかでも大切なものはいつまでも失ってはいけません。

その大切なものを甦生させ続けていく、伊勢神宮が式年遷宮をするように、神道では常若という実践があるように、これは日本の先人たちがいつまでも子孫のためにと祈り続けてきた一つのカタチなのです。

行事の本当の意味を知ることは、私たちのルーツと未来をつなぎ永続させていくことです。子どもたちの未来のためにも、暮らしフルネスの大本命の一つ、行事の改革に今年から本格的に取り組んでいきたいと思います。

行事の意味

昨日は、おせち料理を用意し親族も集まりみんなで正月のゆったりとした時間を味わいました。毎年、恒例行事があることで子どもたちをはじめ色々と成長しているのを実感できます。老いも若きもみんなそれぞれの時代において仕合せに過ごせることは安心であり幸福です。

今ではおせち料理というと何種類も何十種類もあるもののようになっていますが本来はとてもシンプルなものだったといいます。平安時代には、高盛されたご飯のようなものだったともいわれています。

もともとこのおせちは、中国の歴である季節の変わり目の「節」が取り入れられたころからはじまったともといわれます。中国では、陰陽五行が紀元前1000年前からはじまっており日本には平安時代に宮廷に取り入れられて独自の発展をしていったものといわれます。これを節分とは言わず「追儺(ついな)」という皇室で行われてた鬼払いの儀式とされています。中国では中国では「大儺の礼(たいな)」として行われていたともいいます。

本来これらの宮廷文化だったものが庶民に入ったのは江戸時代です。明治時代には改暦によって、これらの行事も失われていきました。中国でも清の時代に、これらの風習はよくないと一方的に失われていったといいます。現在では、中国よりも日本の方が五節句をはじめ邪気払いとして独自に進化して残っています。

先ほどのおせち料理も、今のようなおせち料理という名前になって重箱にたくさんの種類の料理が入ったのも戦後だといわれます。バブルの時に、さらに発展して今のようなおせち料理になったそうです。

そう考えてみると、伝統と私たちが信じているものは遡れば最近はじまったものであったり、他国のものであったりといい加減なものであることもわかります。しかし、元を辿ればなぜはじまったのか、何をする行事だったのが本質だったのかと深めれば、その伝統行事を再び、この時代に甦生させていくこともできるのです。

はじまりを知ることは、その行事の意味を知ることなのです。

子どもたちのためにもなんとなく続けているものをもう一度すべて洗い直し、新たな伝統文化として温故知新して息を吹き返していきたいと思います。

2022のテーマ

昨年は、今まで知りあうはずではない方々とのご縁が広がった一年になりました。また徳積堂、和楽と古いものを甦生し、新しい場へと生まれ変わらせる機会をいただきました。そして多くの御蔭様を経て、これから英彦山の甦生に取り組むことになります。

一年に一度、振り返る機会があるというのはとても豊かなことです。節目に私たちは、今まで何をしてきたか、そしてこれからどうして生きたいかということに向き合う時間を得られます。

自分の人生をどのように使ってきたか、それが一年の経過で観てとることができます。私は選ばないという生き方を実践していますが、振り返っていると選ばない中で選ばれているという感覚を実感します。私が選んでいなくても、選ばれているという事実。そして私が選んだと思っていたら、選ばれているという事実。つまり自他一体のように、ご縁の中心に事実はあり常に「選択されている」ということがわかるのです。

これは私の生き方ですが、この方法が甦生の極意にもなっています。

別の言い方では、天にお任せして生きていくという生き方です。天が何かをさせようと私を誕生させます。その天の命に従うように自由に生きていきます。その自由に生きる中で私たちは偉大な愛に気づいていきます。他にも、偉大な恩恵、偉大な感謝、ありとあらゆる自然の恩徳に巡り会って人生を深く味わっていくことができるのです。

昨年のテーマは「感謝を磨く」でした。どれだけ感謝が磨けたはわかりませんが、当たり前に気づき足るを知る機会は今までよりも多かったように思います。コロナのこともあり、今までの既存の資本主義や経済発展という物差しと向き合って新しい生き方、「暮らしフルネス」という自著を上梓することもできました。

そしてこれからのコロナ後に入るために私たち人類の意識は一つ変わっていかなければなりません。それは今までの物質的に偏る豊を手放す決断が必要になります。私たちの先祖たちは、子孫のために徳を積みました。これは単なる発展ではなく、地球の生命と共に暮らしを豊かにしていくという道を選んだのです。これは先ほどの選ばれたという言い方にすれば、人類は地球に選ばれているのです。もう少し謙虚になって、バランスを保つ工夫をしなければこの歪は大きな揺れ戻しになって人類に襲い掛かってくるようにも思います。

ここからの一年は、私たちはどのような選択をするかでこの先の1000年が決まります。ここに人間、一人ひとりの試練がはじまっています。私もその一人として天を信じて選ばれた側の心で謙虚に道を切り拓いていきたいと思います。

最後に今年のテーマは、「いのちを磨く」ということにしました。いのちは愛そのものであり、愛はいのちを慈しみ尊重するときに顕現します。愛は人類と地球を救うものであるという事実は普遍的です。それはかつての聖人たちがみんな後ろ姿で示したものです。

時代が変わっても、人は人を愛し、愛は地球そのものを丸ごと包みます。

この美しい時間をいつまでも子どもたちや、新しいいのちにつないでいけるようにこんな時代だからこそ勇猛果敢に徳を積んでいきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

 

妙見の智慧

私の運営するBAの神社は、秩父神社から勧請した妙見さまをお迎えしています。また郷里の多田の妙見神社からも妙見さまをお迎えし合祀しています。もともとはじまりの地から経由して分かれた神さまをもう一度、この地で結う和して一つにしたのがこのBAの妙見神社ということになります。妙見というのは、妙を見るという字でできています。一体、妙とは何か、そして何を見るのかということです。

これを説明するのに「五眼の徳」という言葉があります。このことは妙見さまの神徳を理解することにおいてとても重要な言葉であることがわかります。

もともと私たちの人間の認識のはたらきを眼になぞらえると五種に整理できるといいます。仏陀はこれを肉眼(にくげん)、天眼(てんげん)、慧眼(えげん)、法眼(ほうげん)、仏眼(ぶつげん)があるといいました。

もともと「智慧」そのものを神格化したものが妙見さまです。その智慧の眼を持つ存在をあらゆる佛の母といわれる佛眼尊として、五眼の徳をもった佛智を象徴としました。

この五眼の徳は「大智度論」というお経の中で紹介されています。

「肉眼は近くを見て遠くを見ず、前を見て後ろを見ず、上を見て下を見ない。天眼は、前後、上下、遠近は見るが物の実相を見ない、慧眼(けいがん)は、真実を見抜き智恵を得ているがその智恵が自分一人の内にとどまっている。法眼は、自分や人々のそれぞれの立場において何をすれば良いかを見ている。佛眼は、万物の普遍性に通じている。」

この5つの眼を一つ一つ解説していますが、その中の一つだけでは真実は見えないということです。本当の真実を見るためには、この五眼のすべての徳、「妙眼」が必要であると説いていると私は思います。

なぜあらゆる佛の母といわれるのか、小さな迷いから覚めて真実を知ることで佛の徳が甦生するからです。人間は、認識と時間というものの中に生きています。そしてどうしても知識が増えてきては智慧を忘れていきます。せっかく得た智慧も、それが経年変化でくすんでいきますから磨き続けていく必要があります。しかし磨いていても、どうしても知識が邪魔をしてきて私たちは智慧の本体が分からなくなっていくものです。

智慧を甦生させるというのは、本来のありのままの姿に原点回帰させる力があるということです。私の甦生業もまた同時にこの智慧に帰着します。この地に妙見神社を建立したのは神縁ではありますが、智慧を砥石にして磨き甦生するための大切な教えがあってのことです。

これから歴史も人間も、未来も甦生させていきます。子どもたちにいつまでも妙見の智慧が伝承されていくように私自身もその五眼の徳を磨いていきたいと思います。

信じる道を貫き通す

昨日は、一年の振り返りを会社の仲間たちと一緒に行いました。こうやって毎年、続けてこられて20年目に入ります。来年度で20周年ですが、思い返せば色々な思い出深いことがあった20年でした。

特にこの一年は、コロナの影響があってそれぞれの場所でそれぞれに自分の役割を全うしていきました。これで本当にいいのだろうかと思うこともありましたが、今できることに専念するということでそれぞれに自分を盡していきました。

世の中の価値観では、こうあるべきというものがたくさんあります。そういう意味では、私を含め私たちの会社はこうあるべきというものと逆のことをやることが多いように思います。

本当は、世間の価値観に迎合し、みんながやっていることに従っている方が楽になります。みんなの思う正解や平均、それまで刷り込まれてきた常識に合わせていく方が無難ですし、余計な不安はなくなるのです。

まるでみんなで渡れば怖くないというように、人が大勢いる方が大丈夫だろうと安心したくなるのも人間の真理です。多い人=安全という意識もまた、私たちが元来持っているものです。

しかし、自分の理想や目的や信念、初心があったり、理想への憧れやこれは譲れないと思えるほどの優先順位がある人はその多い人=安全ということは関係がありません。自分が少ない人=危険であっても関係なく、その人の目指すゴールイメージに近づけるための努力をし続けていくのです。

ある人はその孤独が嫌だと避けようとします、またある人はかえってその孤高の状態をよしとしてさらに前へと足を進めます。人は生き方ですから、その生き方を決めるのはその人自身です。

どのような結果が待っていたにせよ、自分の信じる道を貫き通すことは悔いのない生き方になります。人生の中で大切なものや大事なものは増えていくばかりです。その一つ一つを守りたいと思っても体は一つしかありませんし時間も一日、24時間と制限があります。手放すことはとても辛く苦しいことですが、一つ一つを丁寧に手放し、理解してもらい、時には人に頼り、生きていくのが人生でもあります。

大事なことをやり遂げるのは、全体快適のためでもあり長い目でみた子どもたちの未来のためです。目先の子どものためも大切な仕事ですが、1000年先の子どものためも同時に大切なことです。

誰かがやらないといけないことを自分がやると決めてくれる志のある人は、この先も大切にしていきたい存在です。私も場をととのえ、志士たちと力を合わせて理想を実現させていきたいと思います。

漢方と不老園

昨日、久しぶりに郷里の有名な漢方医のところを尋ねました。一つには、叔父さんの体質改善のアドバイスをいただくことで、もう一つは、古の英彦山の生薬「不老園」を甦生するための相談です。

改めて、色々と発見したこともあり、少し整理してみます。

まず漢方医学というものがあります。これは調べると「狭義では漢方薬を投与する医学体系を指す。また漢方は、漢方薬そのものを意味する場合もある。広義では、中国医学を基に日本で発展した伝統医学を指し、鍼、灸、指圧なども含む。」とあります。しかし、実際に漢方医の診断を拝見していると総合診療をしているのがわかります。つまり全身の症状、体格、骨格、内臓の状態、皮膚の状態、体力の程度、生活環境、生活リズム、精神状態、自律神経、きりがありませんがあらゆるものを総合的に分析して経験や知恵を活かして直観的に何が問題であるのかを判断します。そのうえで、それを治癒する方法をあらゆる手段を用いて実施していきます。

昨日も漢方医のお話をお聴きしていたら、西洋医学で末期がんの医者が治療に来たことがあるとも仰っていました。自分たちは西洋医学で治療しているが、がんが治らないからここに来たという具合です。実際に、その医院ではがんを完治した人の話がたくさんあり、どの話も納得できるようなことばかりでした。

例えば、心の持ち方、生活の気を付け方、回復までのプロセスに寄り添いながら漢方薬を煎じていきます。時間はかかっても、確実に体質改善を行っていくのです。私が、以前、取り組んでいたコンサルティングも対処療法と根源治癒がありました。緊急のものは対処療法しますが、実際に理念や初心を含めて盤石な状態にするにはやはり時間をかけても体質改善をするしかありません。今、会社で取り組んでいる一円対話もまた未病であり、体質改善につながるものです。

ここから話を英彦山の生薬の話に換わりますが、先生と一緒にこれから不老園を復活させてみることにしています。これは山伏たちの暮らしの中心にあったもので、千数百年も前から重宝され、全国各地の病院たちを治癒したものです。

もともと山伏の生薬については、求菩提資料館にこう書かれていました。

「近世の山伏は民間祈祷師であるばかりでなく、人々にとっては頼りになる民間療法の専門家でもありました。つまり、病気を治すための加持祈祷を行うかたわら、薬草・薬石をそえることを忘れなかったのです。山伏たちは、本草学に関する知識を持ち、山中で薬草を採取あるいは栽培して、さまざまな薬をつくりました。つくった薬は年に一度の檀家廻の際に配って歩き、翌年檀家を訪ねた折にもしもその薬が呑まれていれば、代金を頂くといった具合でした。「入れ薬」のはじまりです。」

明治のころから、民間医療薬が禁止されまた修験道廃止令も出て、この伝説の生薬である不老園は徐々に世の中から消えていきました。今では古文書の中にいくつか書かれているのが残っているだけで生薬はどこにも販売されておりません。

先生とお話をしていると、この不老園は特に自律神経を整える成分でできていると仰っていました。かつての山伏たちは、心身を治癒する医師たちでもありましたからこの生薬はとても人々の病気を治癒し、未病を維持するのにもとても重宝したはずです。

しかし明治の頃というのは、調べれば調べるほどとんでもないことをしていることを実感します。明治維新のことばかり話しては、やってきたことを肯定していますがよくよく吟味して否定して改善する必要性を私は感じています。歴史を変えたり、消したり壊したら、ちゃんと責任をもって日本人のためにやり直すべきはやり直す必要を感じています。

子どもたちのためにも、先人たちが人生を懸けてつないで結んできた叡智を甦生させて伝承していきたいと思います。

遺徳

昨日から久しぶりに石見銀山の阿部家に来ています。松場ご夫妻と懐かしいお時間を過ごしながら阿部家の余韻に触れています。この阿部家はいつも新しく磨き上げられています。古民家ではなく、新民家です。私もこの場所にきて、その暮らしの美しさに感動して今があります。

人は、どのように日々を暮らしていくかはその人の選択です。

美しく生きようとする人には美しい暮らしがあり、感動して生きようとする人には感動する暮らしがあります。その実態は、その人の心の姿そのものであり、生き方がそのまま暮らしになるということを意味します。

つまり何を暮らしにするかを決めるのはその本人であるということです。人生という言い方でもいいかもしれません。どんな人生を送ってきたかは、その環境や場所に残存します。それを余韻ともいいます。

私自身もいつまでも人々の心に美しい残り香のある暮らしがしたいものだと感じるものです。それを別の言い方では、「遺徳」ともいいます。

徳を積んでいく暮らし、徳を磨いていく暮らしは人類の原点です。

色々な教育がでてきては、あれやこれやと複雑になっていきますが本質や根源は一つです。私たち人類は、何を捨てて何を求めていったのか。そして今、何を本来拾い直すときで何を手放すことが必要なのか。

そのきっかけを与えて気づかせることもまた徳を積むことになるのでしょう。

私が暮らしフルネスに取り組む本質的な理由は、本来のあるべき人間の心を子孫たちに先人が私たちにしてくださったように繋いでいきたいからです。改めて、原点を思い出しました。

一期一会の出会いとご縁に深く感謝しています。

集大成

「集大成」という言葉があります。これは辞書では、多くのものを集めて、一つのまとまったものにすることとあります。この集大成の語源は、中国の孟子(もうし)の逸話や問答を集めた『孟子』巻10・万章章句下に記された言葉です。

「伯夷は、聖人の中でも清廉な者でした。伊尹は、聖人の中でもすべてに責任を感じる者でした。柳下恵は、聖人の中でも人との調和を大切にする者でした。孔子は、聖人の中でも、時勢にしたがう者でした。つまり、孔子は、彼らの「集大成」と言えます。

この集大成というのは、鐘を鳴らして磬などの玉や石製の楽器で演奏を終えることと同じです。鐘を鳴らすのは、曲のながれを始めること。そして、玉や石の楽器は、曲のながれを終えるということだからです。曲のながれを始めるのは智の仕事であり、曲のながれを終わらせるのは聖の仕事です。

智は、例えるなら弓を射る技術。聖は、例えるなら弓を引く力。百歩の距離から弓を射るとして矢が届くかどうかは、弓を引く力によるます。しかし矢が当たるかどうかは、引く力によるものではないのです。」

漢文だと「集大成」のところの文章は「孔子之謂集大成、集大成也者、金声而玉振之也、金声也者、始条理也、玉振之也者、終条理也」と書きます。つまり「孔子之謂集大成(孔子は之を集めて大成す)」と書いています。孔子はまさに多くの徳を集めて人生を大成した人物だと。

今まで、徳を実践し容どってきた人たちがいて孔子はそれを倣い、それを実践し、孔子が一つのまとまったものにしたということでしょう。

つまり孔子一人が完璧で全部もっていたのではなく、「繋がってきた徳を集めてまとめた」ということです。ここに私はとても大切な意味があると思うのです。以前、坂本龍馬が船中八策という新国家体制を起草したものがあります。これは坂本龍馬が出会った人たちからつむいだ言葉をまとめたものだともいえます。これがのちの明治政府の五箇条の御誓文になったといわれます。

そう考えると、みんなの遺志や生き方を真摯に学び聴いて実践しそれをどうまとめたかということに尽きます。「人は一人で何かを為すのではなく、みんながつながってその中で集大成によって為る」ということです。

私が今世で取り組んでいることも一つの集大成でもあります。

先人たちやご縁あった方々の遺志を尊重し、守り、育て、子どもたちの未来のために紡ぎ纏めて容にして伝承していきたいと思います。