葬儀の変遷

時代の変遷と共に葬儀などの作法も変化していくものです。特に明治時代に入り、西洋化していくなかで喪服も白から黒になり、火葬が中心になり自宅ではなく葬儀場などで行われるようになっていきました。

日本では、縄文時代は屈葬で土に埋葬していました。それが古墳時代に入り、権威の象徴になり大きな墳墓がつくられます。これは中国から文化が入ってきたからです。そう考えてみると、葬儀というのは他国の文化が影響を与えていることがわかります。

今では火葬が当たり前でしたが、火葬というのはむかしはかなりの燃料や時間が必要でなかなかできることではありませんでした。現代の火葬は、液化ガスや液化石油ガスが用いられ特殊な火葬炉を使います。温度は900度から1200度でむかしは火葬技師という職人が遺体の状態を炉を確認しながら骨だけ残るように焼きました。骨といっても、病気や年齢、先天的な骨密度の関係などで全部同じ温度で焼けばいいのではありません。絶妙な火加減を確認しながら、骨を残すように調整していました。

今ではコンピューター制御ができるようになり、火葬技師でなくても機械で調整できるようになっているともいいます。あまりにも便利になると、配慮や寄り添いが失われそうで少し残念に感じますが火葬時間が短縮されることによるストレスの軽減があるともいわれます。

私は自然農を実践しているから土葬の方が安心しますが、現代は法律の関係などもありなかなか難しい部分もあります。樹木葬などもよく聞こえるようになってきましたが、寺院などの墓地で許可があるところのみで勝手にやると法律違反になります。散骨などは、特定の場所などでは認められています。

私は英彦山の宿坊を甦生して、住んでいますが近くにはたくさんの墓地があります。そのまま山に土葬したのだろうと思うような場所にたくさんあります。山伏たちが修行中に亡くなった時もその場に埋めるそうです。

目には観えなくても、生者の痕跡はあちこちに存在しています。

人は誰でも必ず亡くなります。そう遠くない未来、自分もその一人になります。その時のために、どう生きるか、どう生きたか、最期はどのように片づけるのかを考えて準備していきたいと思います。