日子山仙螺の法螺貝の制作を続けていますが現在、二けたのオーダーが入ってきています。二つの法人の仕事や経営、また暮らしフルネスの多数の実践と浮羽の古民家甦生、それに英彦山の薬草場の創造や研究など思った以上に取り組みが重なり時間をあれこれと工夫しています。
そもそも法螺貝の制作は、心を籠めて一つずつ行うので毎日少しずつ手入れをするようにしています。簡単に言えば、1日1時間と決めて日課のように取り組んでいます。真鍮の唄口を石膏で加工していきますが納得のいく音にならなければまた外して一からつけなおします。この調律作業だけで1本、最短でも30分~1時間はかかります。2本が限界です。精神も集中力も必要ですからエネルギーをたくさん使います。合間に滝行をいれたり、座禅をし自分を調えます。霊力があるものを触るというのはそれだけ大変な作業です。
ただ自然物に触れることは有難く小さな変化や触り心地、音や湿度やカタチなど全身全霊で感じていると癒される部分もあります。心地よい疲労です。人は心を使うことは嫌なことではありません。頭ばかり使って疲れるのと、心を使って疲れるのは異なります。心を使うと心は使った分だけ、その関わったものに投影されます。法螺貝が、心を使った分だけよくなっていくのを観るのは仕合せです。
法螺貝は単なる貝ではなく、古来より霊力が宿るものだと信じられてきました。修験者たちの法具として、様々な霊験を発揮してきたものです。私の今、手元にあるものも歴史が深いものがたくさんあります。その法螺貝は、今の私がそうするようにありとあらゆるところを同行して共に道を歩んできたいのちのパートナーだったのでしょう。
その法螺貝を甦生するのは、今までの歴史に触ることでもあります。私の手はどうも特殊なようで、古いものを触るとその歴史を思い出します。むかしの記憶に触れて、それを癒す力があるようです。
その証拠に、私が手入れをしたり甦生した古民家はどこも懐かしいものを感じて心が癒されるといわれることが多く、波動が調っていると場に来た人たちが感動してくれます。
法螺貝に歴史がないものは一つとしてありません。
その歴史をどう次へと紡いでいくか、そこに私がこの英彦山の宿坊で法螺貝と向き合う理由が存在します。英彦山からまた法螺貝を通して、霊力が波長同通して音で結ばれていくこと。
法螺貝は山海空すべてを自然に繋ぎます。
よい法螺貝にみなさんが巡り会うように最善と真心を盡します。
