美学というものがあります。これは美意識や美の本質などを考察する学問のことです。この解釈も広がり、男の美学や滅びの美学などと言ったりもします。独特な考え方や趣味などとも言われます。
つまり何を美と感じるかというものには、人それぞれの感性や生き方があるということでしょう。
この美学というのは、例えば日本では「もののあはれやわびさび」などもあります。枯れていくもの、衰退していくものに美を感じるというものです。ある意味、それが美というのはそうではないものの方が美だと感じる人たちが多いということです。成長成熟していく姿や繁栄していくことが美であるという考え方です。
本来はどちらかが美というものではなく、どのものにもすべて美があるということでしょう。これは徳の考え方ととても似ています。徳があると感じるかどうかはその人の徳意識です。
徳といっても現代では色々な定義があります。美徳という言い方もします。それだけ美と徳は同質のものをもっていて相性がいいものです。美学というのなら徳學があってもいいものです。
何を徳と感じるか、突き詰めていくとどれにも徳があるという観点からそのすべてが美しいということになります。例えば、いのちというのは変化と共に移ろいます。自然界では、1年の季節のめぐりのなかであらゆる植物や虫たち、生きているものは変化して已みません。虫などなら卵にはじまり孵化して増えて幼い存在が成長し結ばれ次の子孫を残して朽ちては土に還ります。移ろい続けるいのちです。
その瞬間瞬間にはすべての美しさや徳が具わっているのは、観察する側の感性や意識によるものです。つまり変化の美であり普遍の徳ともいえます。
こういうものを感じる心が私たちにあるというのは、人間性というのはそもそも美徳で醸成されていることを意味します。
日々の微細な変化を読み観るものは、美徳が磨かれていくものです。私も一期一会に変化を味わいますが、日々は徳積の連続です。
子孫たちにもこの美徳の素晴らしさを伝承していきたいと思います。
