初心を育てる

昨日、親しい友人が宿坊に座禅に来てくれました。一緒に掃除などの作務をし、場を清めて調えてからご祈祷をして座禅をします。英彦山の美しく澄んだ風と静けさ、水の音を聴きながら穏やかに心と向き合います。

座禅は、毎回、座る時の心境が異なり新たな発見があります。

座禅が終えたあとは、お茶とお菓子を用意して一緒に内省をします。お互いに心境を吐露したり、相談を聴いたりと一期一会の時間を過ごします。

人生の中で、それぞれに大切な節目や分かれ目というものがあります。

そのとき、どのような覚悟で何を決心して行動するかでその後の人生は大きく変化します。二度とない道だからこそ、毎日、どのような選択をしたかというものが長い目で観て大きな変化の源泉になります。

人生は半分は導かれるように運ばれていきます。

自分がどうしてようが大きな大海や大河の中の小舟のように風に吹かれているだけです。しかし、もう半分は自分の心がどうであったかという主導権を持つことができます。導かれていることを感じて、どのような意味を感じたかは唯一無二の和合です。

折り合いをつけながら生き方をみつめていきます。

ゆるされている自由、思いやりのなかの徳、限りのある役割、無限無数の組み合わせを羅網のように風呂敷をひろげコロコロと転じていきます。

座禅をするというのは、螺旋をめぐる地球のように静かに円環して調和していることに似ています。

引き続き、丁寧な暮らしを心がけ、忙しくても忙しくならないように初心を育てていきたいと思います。