人は、何かを決めるとき必ず初心というものが必要になります。これは何のためにという問いとつながるものです。なぜ今があるのか、なぜこうなったのかとよくよく内省しているとそれは自分自身が自己を導いて今此処にいることがわかります。
唯一無二の役割を持ち、自分がそうしたいように今に自分を運びます。
運不運もありますが、基本的には自分でその時々の覚悟を持ち判断、決断したことで今があるからです。もちろん、思い通りにはならないことばかりですし偉大な循環の中で自分の意思でコントロールできるものなのはわずかです。
しかしどのような流され方をしていたとしても、その時々にどのような心の持ち方をするかは決めることができます。
つまり心というのが、その時々で何のためにと自ら問い決心を確認するのです。
人生は目に見える世界は、外側の現実ですが実際には同時に目に見えない内側の世界、つまり心が一心同体に歩んでいるものです。
心を大切にしてきたから心が感応します。
忙しいという言葉は、その心を失っているということを意味しますがこれが如何に一心同体を分離するものなのかがわかります。
どのような状態でも、心が付いてきているというもの。
混乱したり、激しく変化する時こそ、心を落ち着け、心を定め、初心を振り返ることで元の本来の自己を取り戻していけるのです。これを繰り返すことで、迷いも少なくなり、どのような時でも判断を自分で納得できるようになっていけるように思います。
忙しい時こそ、忙しくしない。
忙しいことに氣づいたら、忙しさを手放すこと。
場を調え、よく座り、今をみつめる。
心を調えていきたいと思います。
