無の音

法螺貝の調律は、何度も何度も吹き込んで調整していきます。その貝その貝の息の吹き入れで音は変わります。日頃は馴染んでいる貝で吹いていますから、あまりにも個性が異なるといい音を探すのが大変です。

私のメンターは、どの法螺貝でも一発で一番善い音を出します。その貝を持った瞬間、その貝に少し息を吹き入れた瞬間に身体と貝が馴染んでしまうのかもしれません。その境地に達するにはまだまだ精進が必要です。

もともと私の身体から発する呼吸もまた唯一無二のものです。同じ法螺貝でも吹く人が異なれば音も違います。その音も、どのような思いやいのりで吹くのかで異なります。また場所でも異なり、時間帯でも異なり、その時々の人々の想いでも異なります。

つまり音というのは、それだけ複雑な波動の影響を受けているということです。その音の調律はどのようなものか。例えば、「いい音」というものがあります。このいい音とは、いい音だと感じるということですがそれは音の性質のことです。

英彦山の山中で、心を研ぎ澄まし静かに水のせせらぎに耳を傾ける。すると、穏やかな風の音、鳥の声、空気の静まり、光のゆらぎ、あらゆるものを音で感じます。人はその音を実感すると、心が落ち着くものです。座禅をし、心身脱落すればなお一層、その場所には「いい音」が宿ります。

そういう音を知っている、いや自覚する人は自然に調律の本質が理解できているように私は思います。

音には、無の音というものがあります。

この無の音をどれだけの境地で得ているか、そこにはあらゆる経験や修行が必要です。音は素直であり、音の響きに嘘はありません。法螺貝というのは、その音の波動を響かせるものです。

唯一無二で一期一会だからこそ、法螺貝づくりは全身全霊です。

丁寧に丹誠を籠めていきたいと思います。

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