老いと成熟

どんな生き物も老化していくものです。それが早いものもあれば遅いものもあります。個体差によってその老化は異なります。老化というと、一般的には細胞が衰えていき再生しなくなっていくイメージを持つものです。劣化という言い方もする人もいます。実際には、成熟していくということに近いように私は思います。

例えば、植物なども新芽で瑞々しい状態から成長して花を咲かせ実をつけて成熟して最後は種になります。その繰り返しを続けて生き続けていくものです。この成熟していくというのは、もちろん身体的も次第に成長してもっとも善い状態になっていきます。同時に精神や魂のようなものも共に成熟していきます。

若い時は、活発に動いていた細胞も年老いてはゆっくりと静かに動きます。また様々な経験や体験を通して心身も成熟し智慧が増え余計なことや余分なことはしなくてもちょうどいい具合に対応できるようになります。

つまりは成長し続けているということです。別の言い方では、成熟しているということです。老化というのは、若いに対する老いではなく最初からずっと成長して已まないということでしょう。

この世の変化というものは、そうやって成長や成熟を続けています。それをもし阻害するとどうなるか、変化を止めてしまうとどうなるか。それは歪な成長がはじまります。

現代、遺伝子組み換えをはじめ様々なアンチエイジングの技術が開発されていきます。成熟するのを止めようとし、成長をさせないような技術です。本来、自然なことで善いことであることを止めようとする。そこには大量のお金が動きますし、欲望が促進されていきます。

成長や変化というもの、そして成熟というものの根本をどれだけあるがままに認識しているか。一見、何も変化がないような鳥であっても植物であっても変化成長は太古のむかしからずっと続いていて今もその成熟過程の真っただ中です。成熟とは、質の高い状態になっていくということでもあります。

人間は、この自然の仕組みを壊すことを成長というように思いこみました。この宇宙や自然の成長と離れてゲームや仮想空間にいることで成長を止めて永遠を得たと思いたいのかもしれません。

成長を止めた存在というのは、時間を止めてしまおうということでしょうか。大きな目で観たら、私たち存在も未熟から成熟へと変化の真っただ中です。人類は、今成長を止めてしまおうと努力し、それができないと悟り、成熟する素晴らしさに悟るという具合でしょうか。そのための科学技術であり環境汚染でもあります。

道は太古から変わらず、人間性も成熟したまま存在するものです。それを道ともいいます。道を歩み、成熟を楽しみいつの日か子孫のためにまたよい種になれるよう精進していきたいと思います。

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