心の風景

昨日は、遠方からたくさんの友人や仲間が集まってくれて古民家和樂で銀杏拾いを行いました。みんなで銀杏を炭火で焼き、殻を割って食べるのですがあの瞬間はとても仕合せです。

懐かしい風景というのは、心の何かに面影を感じます。場の力もありますが、風景と精神は一体であるのではないかと直観するのです。

そもそも懐かしい風景とは何か。

これはもっともその土地や風土、自然と溶け合っている景色のことではないかと私は思います。私たちはその風景の一部として存在します。その存在は分かれていたものではなく、そのものと一体になっているということです。

懐かしいというのは、その一体になっている時に心が元のところに帰るような感覚です。つまり分かれる前に回帰しているということです。

私たちのいのちは、もともとつながりの中で感じるものです。これはわかれていない状態のときに実感するものです。例えば、自分の身体がすべて統合してあるがままに一つになっている状態もまたいのちを感じられるものです。

つながりを分けることによって、私たちは自然から離れていきました。もっと言えば、つながりと距離を置くことによって人類は別の世界や社会を構築してきました。しかし、元に居た場所、そもそももともとの存在に心は惹かれていくものです。

それが私が感じる懐かしい風景ということです。そして今、あるもの、これからやってくるもの、まさにその未来が懐かしくなっていくことが心の風景を顕現していくということでしょう。

どのような心の風景をもって生きていくか、そこに心のふるさとと今の仕合せがあります。

暮らしフルネスを通して、心を磨き、心を高め、心のままに思いやり子どもたちと生きていきたいと思います。

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