吾以外皆我師也

人生の中で色々な人に出会います。その中には教師にしたいと思える人と、反面教師にしたいと思える人がいます。反面教師の人にあなたは反面教師ですとは言えませんが、ぐっと自分が体験した理不尽を受け容れ自分はこうありたいと誓い自戒をしていくのです。

そう考えてみると、反面教師の御蔭様で自戒ができ謙虚になるので反面教師もまた立派な教師ということになります。

吾以外皆我師也という言葉があります。人は誰もからも学ぶに相応しいものがある。肩書や権威、年齢や国籍の違いなど全く関係がなく、その人から學ぶものが必ずあるということ。

人間、氣がつくと自分に都合のいいように解釈をして學ぶことを怠ってしまいます。誰かの言うことは聴くけど、誰かのいうことは聴かない。その態度こそ、聴く耳がない心の態度だともいえます。

どのような人物、どのようなご縁からも学ぼう、聴こうとするのは自分が傲慢にならないようにする素直で謙虚な生き方です。

謙虚さを忘れるとき、傲慢に出会い足元をすくわれることがあります。人は学び続けていくことで人格を磨いていくこともできます。人格は最初から磨かれたのではなく、様々な出会いによって磨かれます。

その出会いには、感動するものもあれば反省するものもあります。大事なことは出会いを大切にして学び続けるという心の姿勢ということでしょう。そして先ほどの吾以外皆我師也のように生きる人は、より素直に謙虚に学んでいるように思います。

人生の節目に、改めてこの後の人生もそうありたいと願うものです。

道を歩むのに、一歩一歩、謙虚素直謙虚素直と足を丁寧に差し出しながら穏やかに静かに歩んでいきたいと思います。

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