人をつくる~志を定めること~

人間は志や目的、目標や夢の大きさによって物事の取り組み方や見え方が変わっていくものです。人それぞれ同じことをやっていたとしても、その志がどうなっているかでそのやることは変わっていきます。

田坂広志さんに「二人の石切り職人」という寓話の話があります。以前、お聞きしたときには観得なかった世界が今ははっきりと私も観えてきました。如何に志を抱かせることが大切か、何よりその人が一隅を照らしたいと願うようになるか、その発心の大切さを深く感じるようになりました。改めてその話を紹介します。

「二人の石切り職人 」

「旅人が、ある町を通りかかりました。
その町では、新しい教会が建設されているところであり、
建設現場では、二人の石切り職人が働いていました。

その仕事に興味を持った旅人は、
一人の石切り職人に聞きました。

あなたは、何をしているのですか。

その問いに対して、石切り職人は、
不愉快そうな表情を浮かべ、
ぶっきらぼうに答えました。

このいまいましい石を切るために、
悪戦苦闘しているのさ。

そこで、旅人は、もう一人の石切り職人に
同じことを聞きました。

すると、その石切り職人は、
表情を輝かせ、生き生きとした声で、
こう答えたのです。

ええ、いま、私は、
多くの人々の心の安らぎの場となる
素晴らしい教会を造っているのです。

どのような仕事をしているか。

それが、我々の「仕事の価値」を定めるのではありません。

その仕事の彼方に、何を見つめているか。

それが、我々の「仕事の価値」を定めるのです。」

これが二人の石切り職人の話です。この話は、志の話です。あなたの志は何かと質問されたとき、その志をどのようにその人が語るのか。それによって仕事の価値が定まる。つまりは志の中身がどうなっているのかが先で、仕事の技能や実践は後からついてくるのです。本来、何のためにやるのか、その人の志が育っているのなら必ずその仕事は価値があるものになっていくということです。

吉田松陰に「志を立てて、以って万事の源となす」 があります。その人が一生の一度の人生に何を成し遂げたいか、それさえ立てられるのならそれが全ての根本になるということです。もしその成し遂げたい志に出会わずに進むのなら、私利私欲や自我慾に負けて狭い世界で迷い惑い続けて自分の人生を歩むことを忘れてしまいます。そうならないためにも、初心や原点といった志をその人がまず立てることが大切なのです。

吉田松陰は「志定まれば、気盛んなり」とも言います。この「志を定める」ということの真価、そこに人生の全てが凝縮され方向性が決まってしまうのです。結局は、人に成るとは何か、成人の本質は志を抱く人にすることなのです。

私は足元にあるものに気づかず、随分と遠回りしてきました。教育は引き出すものだということは知っていても、何が引き出すのかまでははっきりと自覚していませんでした。今こそ確信するのが志こそ万物万事の根源であり、その志を立てることができるようにし志を抱いて生きる手助けと手伝いをするのが私たちの伝道でもあります。

子ども達に未来を譲っていくためにも、今の時代の人たちが一人でも多く自分の志に気づき、その志に生きた背中を遺していくことが世の中を今までよりもっと善くしていくことになります。

いのちを活かし使命感を持たせることは、本物の人をつくっていくことです。本物の人とは志を持つ人にしていくことです。未来の子ども達のためにも、自分が何が本業かを間違えないように真摯に志を実践し弘めていきたいと思います。

自然界最強の存在~柔弱の徳~

生き物には強さや弱さというものがあります。一般的に今の世の中の価値観では、強さというのはライオンやトラ、熊などの大きな動物の方が強いと思われていますし、集団で攻撃してくる動物、毒を持ち特殊な技術があるものが強いと信じられています。そして弱いものは、小型の草食動物やアリなどの小さな虫たち、逃げてばかりで攻撃する手段がない生き物のことを弱いと思っています。

しかし実際、自然界での強さ弱さの本質はどうなっているかを深めていけばいくほど本来の強さや弱さは逆転していることに気づきます。私たちが弱いと思っている存在が実は自然界では最強であり、私たちが強いと思っている存在が実は弱いこともあるのです。

老子に「含徳の厚きは、赤子に比す。」という言葉があります。これはこの世で最も徳の厚い赤ちゃんに敵うことがないと言います。一般的に赤ちゃんはもっとも弱い存在で何もできないと思われています。しかし何もできないと思われていますが実際はもっとも強い存在なのです。

老子は、その言葉のあとこう続きます。「含徳の厚きは、赤子に比す。蜂蠆虺蛇も螫さず、猛獣も拠わず、攫鳥も搏たず。骨は弱く筋は柔らかくして而も握ること固し。未だ牝牡の合を知らずして而も全の作つは、精の至りなり。終日号びて而も嗄れざるは、和の至りなり。和を知るを常と曰い、常を知るを明と曰う。生を益すを祥と曰い、心、気を使うを強と曰う。物は壮なれば則ち老ゆ。これを不道と謂う。不道は早く已む。」

赤ちゃんは、もっとも自然に調和している存在だと言います。道に沿っていると言います。赤ちゃんを猛獣や毒虫も襲えず、骨は弱く筋肉が柔らかくそして拳を握れば固いと言います。生まれながらに気力も精力も全て調和し、無理がない。私の意訳ではもっとも弱いと思われる赤ちゃんこそ、強さのお手本であり、この世で道を永く生き残るための智慧が溢れている存在であるということです。

他にも老子は、「最大の徳は、水のように最も低い場所に甘んじること」という言葉もあります。赤ちゃんや水のような柔軟で弱い生き方こそが、本当は最強の生き方であり最も無為自然そのものであるというのです。

自然には、しなやかやたおやか、なごやかやおだやかという言葉があります。この古語の日本語にある「やか」がつくものは全てにおいて柔軟性・柔弱性を秘めています。自然界の持つこの弱さというものは、生き残るために変化を已まない最大の智慧であり徳です。そしてその徳を持つ赤ちゃんや水のような生き方はこの世では至強の存在であるのです。

私たちが弱いと思っているものこそ、自然界では最も強く、そして人間が強いと思っているものほど実際は弱いということなのです。

私も以前、自然を学び直す中で大きな太くがっちりとした大木が雷や台風で倒されるのに対し、若くて青々しく瑞々しい草たちがどんな台風の強風にも水害にも耐えて嵐が去るとまた何事もなかったように太陽の光でキラキラと甦生し続けて成長する姿を観たら至弱こそ最強の存在ではないかと何度も驚いたことがあります。

弱そうに見えて実際に強いのは、何でも強くなろうと思っているのではなく大事なものを守るためには変化を惜しまない。言い換えるなら、理念や初心が守れるのならそれが以外は何を変えても平気であるほどに柔軟性・柔弱性を持っているということです。

生き方のお手本というのは、生き残るために変化を已まない存在です。自然界では、そうやって今までいのちをつないできていますしこれからもずっといのちは自然と一緒に寄り沿って自分の天命を活かしていきます。

自然に学ぶものの一人として、本来の強さをはき違えないようにしたいものです。

最後に私が好きな老子の言葉です。

「人の生まるるや柔弱、その死するや堅強なり。万物草木の生まるるや柔脆、その死するや枯槁なり。故に堅強なる者は死の徒にして、柔弱なる者は生の徒なり。ここを以って兵強ければ則ち勝たず、木強ければ則ち折る。強大なるは下に処り、柔弱なるは上に処る。」

40代を迎え、一生青春、一生若々しくあるためにこの柔らかく弱い存在に近づいていくよう子どもと自然とお手本に精進していきたいと思います。そして捨ててはならない大切な生き方を子どもたちに譲り遺していけるように万物自他一体に遣り切っていきたいと思います。

天災と人災

天災と人災というものは異なるものです。天災は地球規模の災害であり、大地震から大津波、大竜巻に大台風、大寒波に火山の大噴火、熱波から隕石の落下まで毎回、私たちの想定を確実に上回る災害が天災でもあります。

それに対して人災というのは、想定内で起きる人的災害のことです。原発事故や工場火災、水道管の破裂に地下鉄事故、交通事故や停電、風評などこれらは人災でありすべてそれは事前に備えることができるものばかりです。

この天災と人災と混同している人が増えてきているように思います。一般的にビル管理などで行う災害訓練は人災対策です。これは日頃から訓練しておかなければ「人災」が起きてしまうということから行われる訓練です。本来、運よく最初の天災から逃れられたとしてせっかく助かったいのちを人災によって失うのを未然に防ぐための訓練のことです。

人災とは人道のことで、人の道は日々の平常時の訓練を怠るなということで人災が発生しなくなるようにするのが人の道です。二宮尊徳が、「人道は一日怠ればたちまち廃れる」という言葉があります。そもそも一日怠ることが平気な人がいくら人災の訓練をしたとてそれはもう廃れているのだからひょっとしたらしない方が他に影響を与えない分ましかもしれません。日々に防災のチェックをしたり、日々に備品の管理をしたり、大事なのは人の道は「一日も怠らない」ということで人災は防げるのです。かつて二宮尊徳が何度も天災に対して人道を盡して飢饉や飢餓を救ったり、水害を防いだり、沢山の人命を救助できたのもまた二宮尊徳が「一日も怠らない実践者」であったからであり、その徳恵によって仲間や家族が救われたのです。その遺徳は今でも人災対策の鑑です。

それに対して天災はどうかということです。

天災は時の運です。この天運というのものは、不思議なもので例えばちょうど地震の時に出張で遠くにいたり、津波の時にそこに近づいてしまったりします。自然界に生きている生き物たちは台風が来る前にはみんな避難していると言います。メダカなども流されないように石を呑みこんで深く潜っているといいます。鳥や野生の動物は、事前に天災を察知して避難していのちを守ります。

これは野生の勘とも言えるものです。自然から離れず、自然により沿っていきている生き物たちは自然の観察に長けています。それは固定概念に縛られず、危機意識を怠らず、自分のいのちを最優先に守り、自然への畏敬を忘れず、ピンチの時こそ野生の勘が働いているから助かるのです。

これを運が善いとも言います。この運とは、天運に対して自分の運を合わせていくということです。日頃から自然を畏敬し運が悪くならないような生き方をすることで、救われます。たとえば謙虚さや素直さを持っている人は、なぜか人のアドバイスや周りの見守り、環境の組み合わせによっていのちが長らえます。

これは日々の生き方が天道に逆らわない、昔の言い方をするのなら「お天道さまに恥じない」生き方、つまり正直に謙虚に素直に己に打ち克って初心理念を優先して生きているからです。お天道さまがいつも守ってくださるのはその人が「正直」だからです。そして正直が守られるのは天運に沿っているからです。これは会社経営も然り、生き方も然り、本来の日本人は環境の変化、天災が世界一多い国だからこそ先祖代々、「正直こそ無敵」であると、お天道様を信じて取り組んできたのです。そしてこれらの努力こそが、人道の極みとも言えます。

いくら体調を崩してこのブログを已めないのは、それが人道であるからです。一日怠ればたちまち廃れるからこそ、天理に沿って人道を重んじるのです。人道を怠らないことが己に打ち克ち天道に従うことになります。

引き続き、子ども達のお手本になるように日々の生き方の方を平常心・平常時の方を大事に実践を積み重ねていきたいと思います。

自然体の本質

世界において日本人であるということの重要性は昨日も書きました。なぜ日本人でなければならないか、そこには私たちの世界における存在意義にも関係します。そしてそれは単に世界の中での日本民族というだけにとどまらず、結局は自己を活かすということの本質に深く関わっているからです。

そもそも人は自分という存在をどのように理解しているかで観えている世界が変わっていきます。例えば、単に自己という自分が今までの過去のことや身近な存在から理解する狭い範囲の自分というものと、民族の一人として先祖代々からつながっている自分であると理解するのでは自己認識が変わっていきます。前者は私的なものですが、後者は歴史全体的なものです。言い換えればこれらの歴史全体的な民族的使命を持つことによってはじめて本来の意味での個性というものに出会うということです。これを三木清が分かりやすく例えています。

「すべての理念的なものは運命的なものを通じて実現される。個人の任務は民族を通じ民族のうちにおいて世界的なものを実現することである。個人は自己の民族を世界的意義あるものに高めねばならず、そのためには個人はどこまでも自主的に民族と結び付くことが必要である、個人が自発的でないところでは人類的価値を有する文化は作られないから。」(論文 全体と個人より)

はじまりの初心をもって誕生した先祖たちの道をその後の私たちが受け継ぎ歩んでいるのですからその道を高めそれを民族の目指した姿として顕現させていることが今の文化とも言えます。文化があるというのは、かつての祖親の真心をカタチにした個人があったということです。人類的価値とは、その初心という理念においてそれをどのような道筋と道程を実践して文化にしたかということです。だからこそ三木清も「すべての人は、自らの民族が持つ文化を世界史的意義を有するものへ磨き上げそして高めていかなければならない」と言います。

「個人は抽象的な人類や世界ではなく却って民族というが如き具体的な全体と結びついて具体的な存在であるのである。個人は民族を媒介するのでなければ具体的に人類的或いは世界的になることができない。単に人類的と考えられるような個人は抽象的なものに過ぎぬ。単なる世界人は根差しなきものである。」(論文 全体と個人より)

個人というものの定義をどのように捉えるか、自分らしさというものをどの価値で定めるか、そこが肝心だと私は思います。自分自身とは何か、それを正しく理解できてこそはじめて真の個性を活かし発揮することができるのです。単に個性の発揮とは、自分の好きなことをやればいのではなく真に自分らしさ、自然体であるのです。自分らしさが自然体とも言いますが、では自然体とは本当は何かということなのです。

私の自然体の定義はもっとも日本人であるということです。

言い換えれば今まで脈々と受け継がれてきた私たちの道統の存在そのままになっているということです。それがあってはじめて自分らしさであり、それが本当の個性なのです。私が日本人を目指し文化を学び直すのも自分の中にあるその個性を磨きたいからです。日本の精神とは何か、その精神を磨くのもまたそれは民族としての心を高めてはじめて日本精神を磨くといえます。そして三木清はこうも言います、「国家・民族という精神的バックボーンがあってこそ「個人」が真に活きる 」と。

私も同感で、まず「国」とは何を指すのか、そして「民」とは何を指すか、真に「国民」であるということはどういうことか。自分が国民の一人として自分を発揮していくには、まず本来の国民に回帰する必要があるのです。その回帰した姿において如何に文化を世界に発信していくか、そこに民族的使命がありそこに個々の天命があるように思います。

運命というものは天命のことで、天命は運命と自然体になればなるほど同化していきますから自分が民族の文化そのものであるということを忘れてはならないと私は思います。

そのために何を実践していくか、どんな手本を示して子ども達に道を譲っていくのか、自分の使命とはそういう民族から受け継がれてきた使命のことですからその道を譲り渡す時、真の幸福もまた受け渡していくことができるように思います。最後に三木清の言葉で締めくくります。

行動の哲学は歴史の理性の哲学でなければならぬ。歴史の理性はもとより抽象的なものでなく、一定の時期において、一定の民族を通じて現れ、一定の民族のうちに具体化されるものである。そして一つの民族は民族である故をもって偉大であるのではなく、その世界史的使命に従って偉大であるのである。

歴史に顕れる日本の先人たちの中には、全てその民族の偉大さが顕現します。私の尊敬する方々もみな、その自然体の本質を持っています。吉田松陰然り、高杉晋作然り、源義経然り、私たちの民族には「徳」と「義」が脈々と受け継がれています。

本当の意味で世界が滅びるというのは、世界史的使命が失われるということです。民族多様性を如何に遺すか、それはそれぞれの民が文化を重んじて生きていくということです。時代がいくら激変しても道は変わらずそこにありますから道を継ぎ道を弘め、道を繋いでいけるよう自然体に近づいていきたいと思います。

分を弁える~謙虚さの醸成~

人は自分自身のことを間違うのは我慾や私心に呑まれるからだとも言えます。昔から執着をはじめ、暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢などがあります。どれも自分自身の中にある己心と私心との間で発生してくる感情であり、その感情をどう転換し、どう執着を手放すかが人生の修行とも言えます。

実際に文章で書くのはいとも簡単ですが、実際に実践してそれを転じて善いものにしようとするのは大変なことです。実際には、どの執着が一番強いかは人それぞれに異なりますが、ある人は強欲でなくても傲慢であったり、ある人は暴食がなくても怠惰であったり、それぞれに強弱あるものです。

仏教では六波羅蜜と言いその執着を手放すための修行として、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)があるそうです。私欲を手放すには、私欲を超える実践を行いいつも自分を律してより大きなものに自分を近づけていこうとすることで己の分を弁えようとするように思います。

人は自分の分を弁えることができてはじめて謙虚になったとも言えます。

実際の自分を本来の身の丈よりも大きいものだと思うところに人間、いや人類の失敗があり、実際は分を弁えないことをすればそこに破滅が待っています。これは歴史を観れば明白で、分を弁えればその文明は長く続き、分を弁えないことで文明は終焉します。

人間がいくら凄いと思っても「いのち」一つ作れませんし、また地球規模の大天災には立ち向かう術もありません。例えば、火山の大噴火や熔岩を消火できるのか、竜巻や台風を消し飛ばすのか、大津波を鎮めるのか、巨大隕石を吹き飛ばすのか、そんなことできるはずもありません。宇宙や自然を敵にしても決して勝てるわけではなく、もしくは何かや誰かと比較競争して勝った気になってもそれは長い目で観て果たして本当に勝ったと言えるものかとも思えます。

自分の分を弁えている人は自然に沿っています。自然に沿っているから、自然を変えようとはせずに自分を変えようとします。世の中を変えようとはせず、自分を変えようとします。他人を変えようとはせずに、自分を変えようとするのです。これらは分を弁えているのです。自分を変化させる人はみんな、その道理を実践により体得しているのです。

如何に分を弁えるか分度を保つかは、日々の生き方、その謙虚さの醸成があるということです。一期一会の御縁といただいた大切なお守り刀を懐に抱き、初志を貫くためにも安文守己・知足安文の実践を意識していきたいと思います。

透明の磨き方

透明さというものは、穢れを祓い清め洗い清める中で磨かれていきます。その透明さを磨くのに私はよく「遣り切る」という言葉を使います。この「遣り切る」ことは一期一会を大切に出し切ることであり、常に心徳を高め魂やいのちを輝かせるための磨き方のように思います。

人は本気になり真剣になればなるほどに明るくなります。この明るさは単なるマジメのもつ深刻な感じから出てくるものではなく、真剣で本気だからこそ出てくるものです。出し切るというのは何を出し切るのか、遣り切るとうのは何を遣り切るのか、それは「本気を出し切り、真剣を遣り切る」ということに他なりません。

佐藤初女さんは、透明さを磨き切った方でした。その磨き方が本人が語る言葉の中に遺っています。

『私はどんな時も自分の都合を優先せず、その人が求める形で出会いたいと思っています。何かに取り組む時、ある限界までは、誰でもできることだと思います。けれども、そこを一歩越えるか越えないかが、大きな違いになると思うのです。そして1つ乗り越えると、また限界が出てきます。そのように限界を1つずつ乗り越えることによって、人は成長しますし、その過程は生涯続くものだと思います。確かに、このような生き方は大きな犠牲を伴いますし、私は時々自分でも厳しいなあと感じる時があります。『忙しい』という言葉を、私はなるべく使わないようにしています』

最期まで一期一会に遣り切るというのは、最期まで「我」を優先しなかったということです。真心を盡して盡し切ったかということが、御縁に向き合う至誠であるように思います。自分よりも誰かのためにと見返りを求めずに真心を与え続ける人生というのは、常に犠牲を伴います。しかしそれでも真心や思いやりを盡していくことが透明さを磨くということになっているのです。あと一歩で諦めてしまう人や、あともう少しの努力でやめてしまうのは真心までいかないからです。人事を盡して天命を待つという言葉もありますが、人事を盡していないのに天命は待つことはできません。この真心までいくかどうかに、感謝で生きる道もまたあるように思います。

また初女さんは、こう言います。

「『私、苦しいんです』と訴える人に対して、頭であれこれ考えて解決の方向にもっていっても、それは本当の解決になっていないです。『そう、苦しいね。でも、もっと苦しまなくちゃ』って伝える時もあります。『初女さんは苦しいと思われることはないのですか?』という質問を受けることがあります。もちろん、私も活動を続ける中で、どうすることもできない心の葛藤が生まれることがしばしばあります。そんな時、私は苦しみを否定せずに、自分の心をまっすぐ見つめます。そしてどんな時も、苦しみを感じきることを大切にしています。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、もうどうにもならない、というところで『神様へおまかせ』に入るんです」

私の言葉では「選ばない」ということです。逃げないと選ばないは同じ意味であり、全てを御縁の尊さで感じ切る、いただいている御縁に感謝しているかという祈りの実践でもあります。そして人事を盡し切ったならもうできることはないのだから後は天にお任せしようと祈り待つ境地しかないのです。それが「遣り切る」ことだと私は思います。

人間は誰しも出会いによって人生は変化していきます。

そして出会いをよくよく感じて内省するとき、その御縁や出会いは向こうから発見してもらって呼んでくださっていると感じるのです。つまりは「選ばない」ことの背景には、それは向こう側から自分を選んでくださった、自分にこれをやるようにと教えてくださった、自分にもっとも相応しいものをいただいたと自覚しているからこそ「選ばない」のです。

天命というのは探して得るものではなく、受け容れて得るものです。四十になって実感するのは、四十にして惑わずではなく、四十にして天命を選ぶのを已めたということです。天命を選ばないから惑わずになるわけで、人はその天命を選ばずに受け容れることでその後の人生の意味をしっかりと学問していくことができるように思います。

初女さんの生き方が、とても透明に徹しているのはこの人生への正対の覚悟、また一期一会に生きる決心の強さのように私は思います。

かつて東京で初女さんの講演を拝聴する中でもっとも強く印象に遺った言葉に『私はメンドクサイという言葉が大嫌いです、どんなことも決して面倒くさいと言ってはいけません』と静かに厳しく仰っていたことが今でも忘れられません。

真心や思いやり、本気や真剣さはこのメンドクサイの反対側にある言葉です。一つ一つを丁寧に丹精を籠めて生きていくことがその透明さがより磨き研ぎ澄まされることになっていくように思います。

追悼を籠めて書き綴っていますが、初女さんの偉大な後ろ姿に改めて学び直すことばかりです。子ども達のためにも、こういう方が遺してくださった真心を子どもたちに伝承していきたいと思います。

透明な実践

引き続き佐藤初女さんのことを書いていますが、「透明さ」というのは心が澄んだ真心の生き方のことをいうのだと私は思います。心が澄んだ真心の人は、作為もなく計算もなく、ただ思いやりに従って行動していきます。その思いやりによって行動することを私は「祈り」と呼びます。このような「祈り」こそが祈りの実践であり、澄んだ真心で丹精を籠めて丁寧に行動したことは相手の心を癒すように思うのです。

最初に佐藤初女さんを知ったのは、地球交響曲ガイアシンフォニーに出演していたことです。映像の中で、おむすびを握る姿の中に無心で相手を思いやり行動する祈りの姿を感じました。

その初女さんの話の中で、自殺しようとしていた青年の話があります。ある青年の両親が話を聴いてほしいと青年を森のイスキアに送ってきたといいます。ずっと傾聴していましたが泣いてばかりでご飯も食べず、もう遅いのでとそのまま休んでもらったそうです。一晩たって帰る際に、朝からおむすびを握ってそれを持たせたそうです。青年がその帰り電車の中で、タオルに包まれたおむすびをみてこんな自分のためにここまでしてくれる人がいる、信じてくれる人がいるのかと感動しそれからパッと人生が変わってしまったという話です。

真心を籠めて行動したことが祈りになり心に届く時、心が透明になりそれまでのいのちがいのりによって移り変わる、、私にはそう思います。私も透明な心や透明ないのちを実践していく中で、如何に相手がどうこうではなく自分が「真心を盡したか」どうかを重要にします。

人は相手に合わせて自分を盡すことが大事なのではなく、常に自分の心を省み真心を盡していくことが何よりも祈りそのものになるからです。

相手の心に寄り添うということは、相手の苦しみに寄り添うことです。相手の苦しみをじっと受け止めて、自分の苦しみとして受け容れることはまさに苦を楽にし福に転じる妙法であろうと私は思います。

なぜなら人は一人では苦しみになりますが、一緒になら幸福に転じるからです。人生の妙味はこの中庸の中にあり、人生の醍醐味は調和の中にあるように感じます。

引き続きかんながらの道、透明な実践を精進していきたいと思います。

透明

自然のことを学び直す中で、あらゆるもの透明さを知り純粋であること、真に澄むことの大切さをいつも感じます。身近な光や陰、火や水、風や土、木や石などあらゆるものが融け合い混ざり合い一つになる瞬間はいつも透明ないのちを感じます。

この透明ないのちとは、「解け合う」ことで姿を顕します。そしてその瞬間が観えているかということが真心のままであり、その瞬間を捉える感性が直観のことであろうと思います。私のかんながらの道はいつも此処に存在します。

自然が磨いてくださるいのちの尊さの中に、その透明感はいつも存在します。透明なものを感じる感性は自然の心のままに心に寄り添い、自然体で心をおもてなす日本古来の精神の鑑です。天照大御神より八咫鏡を授かってから私たちは透明な鏡に心を照らして自己鑑賞し常に心の穢れを祓い清め、心を磨き続けることを大切にしてきました。透明さというのはこの鑑の心であり、鑑の心は常に自他一体に切磋琢磨、相手と自分を解け合うことで磨き合うものだと私は思います。

佐藤初女さんは、この「透明」であることを大切にされた生き方を貫かれた方です。私も透明であること、いのちを磨くことは人生の一大事だと考えており、その生き方や生き様には本当に沢山の影響をいただきました。

改めて初女さんの文章を拝読していると、日々の暮らしの中で透明さを磨いていた様子が遺っており私自身も改めて学び直していきたいと思います。その初女さんにこんな言葉が遺っています。

「調理の間はいつも意識を集中させていないと、食材のいのちと心を通わせることができないですね。例えば野菜を茹でている時、火のそばを離れずじっと見ていると、野菜が大地に生きていた時より鮮やかな緑に輝く瞬間があります。その時、茎を見ると透き通っています。その状態をとどめるために、すぐに火を止めて水で冷します。透明になった時に火を止めるとおいしくて、体の隅々まで血が通うお料理ができるんです。素材の味が残っているだけでなく、味が染み込みやすい時でもあるんですね。野菜がなぜ透き通るかといえば、野菜のいのちが私たちのいのちと1つになるために、生まれ変わる瞬間だからです。ですから私はそれを「いのちの移し替えの瞬間」と呼んでるの。蚕(かいこ)がさなぎに変わる時も、最後の段階で一瞬、透明になるといいます。焼き物も同じで、今まで土だったものが焼き物として生まれ変わる瞬間に、窯の中で透き通り、全く見えなくなるそうです。いのちが生まれ変わったり、いのちといのちが1つになる瞬間に、すべてが透き通るのかもしれませんね。透き通るということは、人生においても大切だと思いますね。心を透き通らせて脱皮し、また透き通らせて脱皮するというふうに成長し続けることが、生きている間の課題ではないでしょうか」

これは調理のことを語っているのではないことはすぐに自明します。これは透明になることを語っているのです。

生きている間の課題として、如何に心を透き通らせて脱皮するかと言います。私の言葉では心を如何に研ぎ澄ましていくかということと同じです。心を研ぎ澄ましていくことは、人生において何よりも大切なことです。なぜならそれは人生とは魂を磨くことだからです。この世に私たちが来たのは、魂を磨き心を研ぎ澄ますために体験をしているとも言えます。

生きている修行というのは、結果が云々ではなくこの間にどのように生きたかというそのものが問われるように思います。自然界の生き物たちやいのちのように生きていくことが仕合わせであり、彼らと同じように日々に暮らしの中で自然の砥石で心魂が磨かれていくことがいのちを輝かせていくことだと私は思います。

人間の中においては御互いに思いやり真心を盡していくことで心魂は磨かれ高まりより透明になっていきます。透明な感性をいつも持ち続けることは、自然と解け合い直感のままにいて自然体になることです。

憧れた人に近づけるよう、私も持ち場で日々に精進していきたいと思います。子ども達に譲っていく透明ないのちを受け継いでいきたいと思います。

人道の本質

二宮尊徳の遺訓には、私たち人間がどのようにすることでもっとも天道地理に沿うのかということが記されています。今のような物質が溢れ、飢饉飢餓などが遠ざかった世の中にはあまり二宮尊徳の偉業が弘がりませんが、本来は「心田の荒蕪を耕す」といった本質で観れば今の時代ほど二宮尊徳の教えが必要な時代に入っていると思うのです。

その尊徳翁遺訓に「水車のたとえ」というものがあります。

『「水車の回るは半ばは天道にして半ばは人道なり」。翁曰はく、それ人道は言ふれば、水車の如し、その形半分は水流に順ひ、半分は水流に逆うて輪廻す。丸に水中に入れば回らずして流れるべし、また水を離るれば回ることあるべからず。それ仏家にいはゆる知識のごとく、世を離れたるごとし、また凡俗の教義も聞かず義務も知らず、私欲一遍に着するは、水車を丸に水中に沈めたるが如し。ともに社会の用をなさず。故に人道は中庸を尊ぶ。水車の中庸はよろしきほどに水車に入りて半分は水に順ひ半分は流水にさかのぼりて運転滞ほらざるにあり、人の道もそのごとく、天理に順ひて種を蒔き、天理に逆うて草を取り、欲に従ひて家業に励み欲を制して義務を思ふべきなり。』

これは意訳ですが、(天道と人道は水車のようである。その水車の半分は水に従い、半分は水に逆らう。水の中に入れば水車は回らず、水の外に出ても回らない。これは世の中と交わらない仏教徒のようなものでこれでは水中の水車と同じく役に立てない。だからこそ人道はバランスが大事である。人の道は自然に沿って自ら種を蒔き、そして自然に逆らってその周りの草を刈る、これは慾に従って幸福成功のために精進しつつ、同時に慾に逆らって世の中への理想や利他を盡して社會貢献していくのである。)と。

自然農を実践する中で、自然に沿う事と自然に逆らう事は常に向き合うことになります。天地自然の恩恵を受けて私たちは存在していますが、人間はその中で自然を破壊し自分たちの思い通りの世の中にしているとも言えます。

一方では自然を愛しつつ、一方では自然をコントロールしようとする。これが人間とも言えます。ここでの二宮尊徳の言う、天道と人道とは別に天道か人道かと言っているわけではないと私は思います。

まずは天道を素直に優先し、その上で人道を謙虚に行うことだと私は言っているように思うのです。この優先順位が違うならば、人間は慾に負け、慾を制することがなく、今の世界のように樹木や生き物たちは絶滅の一途を辿ります。

この水車のたとえというのは、結局は「人の道」とはどういうものかということをたとえています。人間は天道に従うことで循環し、そして中庸を実践することで人道に適うというのです。

この世の本当の意味での幸不幸はこの「人の道如何」に由ります。

二宮尊徳が言う、「報徳」の真心を今の時代に置き換えて「仕法」を仕組みに昇華してこれからも子どもたちのいる現場に種を蒔き続け、刷り込みの草を刈り続けたいと思います。

クニの真玉~光と初心~

かつてクニ造りのはじめに、「大国主」と「少彦名」の二人が私たちの繁栄の礎を築いたと古事記や日本書紀にはあります。大国主がクニをどのように治めていけばいいかを天に問い、海から光の玉と共に顕れたのが少彦名です。

この二人はまずこの国の理念を定めます。それは大国主の様々な物語がその生き方を示しています。因幡の白兎の話、その後の黄泉の国での素戔嗚との話、クニ造り、クニ譲りとどんな人物であったのかはその神話から想像で近づけます。

そして参謀でパートナーでもあった少彦名と共に、その徳の統治の手段を「医」と「農」によって行います。これは今の言葉に直せば、「医」は養生の在り方、そして「農」は暮らしの在り方を示します。

少彦名については、農業技術、のみならずあらゆる産業の祖とされその方法を伝授し国を富させました。この親祖はカミムスビの子であり「天津神」といって天照大神と同じく、天界の神様の一族です。その少彦名との出会いがなければ、大国主は国を繁栄させることはできませんでした。

古事記と日本書記にはこうあります。

「百姓(おおみたから)今に至るまですべて恩沢を蒙る」(古事記)

「オオナムチの神、スクナヒコナの神と力を合せ心を一にして、天下を経営り給う。又、顕しき蒼生及び畜産の為に即ちその病を療むる方を定む。又、鳥けだもの虫の災異を攘わん為には即ち、呪(まじな)いの法を定む。これを以て、生きとし生けるなべてのもの恩頼を蒙れり」(日本書紀)

つまりは、全ての人々がこの少彦名と大国主の御蔭様で元気に幸せに暮らしていくことができていると示します。この二人がいなければ、私たちのクニははじまらず存在すらしなかったということです。それくらい重要な人物こそがこの少彦名です。そしてその少彦名は国の発展と共にいなくなります。少彦名がお役目を終えこの世を去ると、大国主が一人でどうしたらいいのかと途方にくれます。すると三輪山の大神山にて光の玉に再び出会い、少彦名に出会った時の「初心」を思い出し、下記のような天津神の太祝詞を唱えます。

「幸魂(さちみたま)、奇魂(くしみたま)、守りたまえ、幸(さきわ)いたまえ」

ここに、何を祈っていけばいいのかをはっきりさせ、少彦名のいなくなった後もクニを治めていく覚悟を決めるのです。

出雲は今でも根のクニ(島根)と呼ばれます。私たちの暮らす島の根があり、その根とは心の故郷のことです。心の故郷に真心はいつまでも伝承され、いつまでも遺る神話や遺跡から先祖たちが私たちに譲ってくださったものが何かを感じるとることが出来ます。

時代が混迷期に入るとき、人は初心に帰る必要があります。今のクニにもっとも何が必要か、これからの未来の子ども達に私たちは何を譲り遺していくのか・・・。

もう一度、少彦名と大国主の実践したことを省み、私たちの故郷にある真心を学び直していく必要を感じます。光の玉によって気づくとありますが、この光の玉は真玉と言い、これは真心のことです。

光る真心とは徳のことであり、民を思いやり、その声を聴き、衆智を集めることによって全ての発展の理念としたということです。孔子が仁の政治を説きましたが、この神話を聴いたらなんといっただろうかとおもいを馳せます。

今の私たちの先祖には脈々とはぐぐまれた徳の血脈が遺っています。

根の心に触れて、また新たな心で御縁を深めていきたいと思います。