自然の学問~大局観~

現在、知識という便利なものを使ってから体験をすることよりも知識を持つことが価値があるかのような世の中になっています。大学をはじめ研究というものも本来は実践があっての研究であるのに、研究のために実践になっているのなら何の意味もありません。

本来は研究すること目的ではなく、現場が困っているから具体的な解決方法を研究する必要があるのです。そして本来の研究とは、実践ののちの研究のことであり体験したことが何だったか、そこから何に気づき直していけばいいかの改善の集積なのです。

そしてこの改善には、知識ではなく「感覚」を用います。感覚というものを身に着けるには失敗が要ります、失敗を通して様々なものを学び感覚を研ぎ澄ませていくのです。知識が多い人は失敗を過度に怖がります、それは知識は失敗では研ぎ澄ませず修正するだけだからです。習得するのなら、本来の学び方である失敗を通して感覚を身に着ける、古来の言い方では「コツを掴む」ことで学習は成立していきます。

民藝という言葉を起こした思想家に、柳宗悦がいます。その遺した有名な言葉に『見て知りそ 知りてな見そ』があります。これは「なんでも見てから知れ、知ってから見るんじゃない。」ということです。

言い換えれば知識から入ってものを知ってはならぬ、分かった気になってはならぬ、まずは見てから、やってみてからのちに知ればいいし分かればいいと言うことでしょう。

知識を持ったからといってその本質が理解できるわけではありません、具体的な実践を通して本質を知り本物になります。つまり体験の質量こそが、その人の感覚を研ぎ澄まし本来のその人の持つ全身全霊の力を引き出していくということなのです。

現在はすぐに何かをやろうとすると知識から入るものです。私の場合は知識がないけれど好奇心があるからすぐにそのものに触れます。自然農をすればすぐに虫刺されや怪我をします、古民家を再生しようとすればすぐに弱いものを毀してしまいます。痛い思いをして失敗ばかりをしては、なぜこうなったのだろうと反省内省してそこからもう一度すぐにやり直してみます。

その繰り返しを何度も何度もしているうちに、自分のカラダの中にある「感覚」が呼応してきます。そうしているうちに身に着けたのは「大局観」です。つまり事物の大局を理解するチカラ、そのものに触れるチカラ、邂逅の力のことです。

人は触れていくことで次第にそのものが”自分に馴染んで”きます。この馴染んでくるというのは場数とフィードバックが欠かせません。そうやって何度も失敗して経験して学び直していくことが成長することであり、成功よりも大切な学問の醍醐味、そして連綿と続いてから太古からの道と大義が感じられるものです。

どんなことも「見て知りそ、知りてな見そ」で、接していく姿勢こそが自然の学問ということでしょう。引き続き、挑戦を愉しみ与えていただいている失敗に感謝して歩んでいきたいと思います。

 

聴福庵の初心

私たち日本人は和風の空間の中に入ると心が和み落ち着くものです。これはもともと私たちが懐かしいと感じる心から来るものです。私たちが心で感じるものは、全てかつて体験したものです。心にそれがあるからこそ、その心が感応してそれが出てくるのです。

この和風の空間というのは、私たちの暮らしの空間のことです。心が落ち着くということは居心地がいいということです。そして居心地がいいというのは、一緒にいたい存在ということです。それだけ永く共に暮らしてきた家族家庭があることを人は「懐かしい」と思うからです。

例えば、和風の空間には様々な家具や道具たちがいます。外からは採光が差し込み現れる薄い陰、縁側から穏かに流れてくる涼しげな風の音、また水や木の薫り、炭の温もりや静かなけむり、それらはすべて懐かしいと感じるものです。

私たちが懐かしいと感じるものは、かつて永い間生活を共にして助け合い認め合い尊重し合った大切な仲間たちでした。自然界では、自分たちが生活を共にする仲間たちとともに文化を形成します。畑で作物一つ育ててみても分かりますが、何かを育てればそれに近しい親類たちが自然に集まってきます。虫なども同じで、自然に親戚が集まってくるのです。

家族というものの定義が何か、親戚たちが集まり仲よく暮らしていく中で自ずから仲間が共に暮らしはじめていく。ここに本来の家族の意味があるように私は思うのです。

今の時代、かつて悠久の歴史を共に生きてきた仲間を思いやらず人間のみ中心の世界を築くことで次第に仲間が減っていき孤立してきています。仲間に対する扱いもただの食べ物として扱い、ただの置き物として扱い、価値がないものとして粗末にしています。大量生産大量消費そのものが、いのちを単なる「物」としてのみ扱い、本来のもののあわれといった心がある存在として感じられなくなってきています。

昔の仲間たちが傍にいる安心感というのは、格別なものでそれによって心は深く和み癒されていきます。今は本来の社会が失われ孤立で苦しみ病み悲しんでいる人たちがたくさん増えてきました。その空間には果たして仲間たちが親しみ合い結び合う「もったいない」という御縁の繋がりといのちの鼓動がいつも聴こえてくる環境なのでしょうか。

私が今、実践し弘げようとしている聴福というのはそのいのちの声を聴くことです。それは仲間であることを思い出させることです。本来、人間も自然の一部、仲間そのものです。そこから離れすぎてしまえば我儘で傲慢さゆえに孤立が深まっていきます。確かに自分の思い通りの道具を仲間と呼ぶ人もいますが、本来の仲間とは自分が扱うように扱われるものです。尊重し認めていないものを果たして仲間と呼ぶのか、そして果たしてどのような親戚が集まってくるのかと私は疑問に思います。仲間と共に暮らす物語を一家として志すことが親祖から連綿と続いてきたいのちの文化を子孫へ譲り渡していくことです。

和風の空間の本質は、仲間と共に暮らす場ということです。

改めて聴福庵の初心との御縁がどのように変化成長していくのか、大義を忘れずに真心を盡していきたいと思います。

和とは何か 1

昨年から暮らしの実践をはじめ、身のまわりの道具や環境が和のものに変化してきています。和のものとは、日本古来のものであり先祖たちが手作業で編み出して産み出してきた智慧の姿を顕すものです。

今の時代は、西洋や外来の文化を中心に大量生産されたものを家具や道具に用いることが増えています。家も西洋風になり、家具もその他の生活スタイルも西洋のものを取り容れています。しかし、歴史のある建物や古民家などにはかつての日本の生活スタイルで用いられた文化が遺っていることもあります。

改めて「和」とは何か、少しずつ深めていきたいと思います。

和というものは、辞書をひけば「仲よくすること」や「調和すること」、「協力すること」や「結ぶこと」など書かれています。他にも「やわらぐ」、「おだやかな」という意味もあります。この和という言葉は、私たちは聖徳太子の時からはっきりと意識しはじめたように思います。和の文化と呼ばれる日本文化は、伝統文化の中に色濃く残っています。先祖たちがどのように生きてきたか、どのように暮らしてきたか、その中に和の本質は現存しています。その先祖の智慧を敬い、謙虚にその智慧に触れるとき和は私たちの心の中に感応できるものです。

私の思う「和」というものは、自然に融け合うことです。道具をはじめ家具から家屋、その他の文化はすべて自然に寄り添い自然と融け合う中で自然人一体になっています。自然との共生の中で日本の風土を顕したものが和なのです。そしてその和には、連綿と受け継がれている御縁や繋がりが存在します。その太古の昔から日本人が自然を深く敬愛し、自然の中から学んだ共生の法理、その実践がかんながらの道です。

それらの悠久の歴史の中で、私たちは「和する」ということ、調和し平和することの真心を感じてきました。それは「福する」と言い換えてもいいかもしれません。自然のままにあるがままに生きていけば自ずから全て調和することができるという意味です。

それを間違えるのは人道に反することを行うときであり、我慾や己に負けてしまうときです。そうならないように自然から離れず謙虚に学んできたのが「和の精神」です。今、時代は西洋の考え方を取り容れすぎたために自然を征服しようとまで考えが変わってきました。自然から離れ自然を管理し、人間が傲慢になってくればそれは「和」とは程遠いものになります。

和の文化が消失するのは、この自然から遠ざかることを意味します。先祖たちは数々の道具を自然と一体になって産み出しました。その感性はまさに調和する道具たちであり、その道具たちが周りの道具と一体になるとまるで自然の叡智の中にいるかのようです。この安心感は心を癒し、寛ぎを与え何よりも静けさや穏やかさといった心の平和をもたらしてくれます。和の家や和の部屋に居るだけで、心が穏やかになり静寂が訪れます。

もう一度、日本人とは何か、日本文化とは何か、自らが暮らしの実践を通じてそれを体現していくことです。和風というものは、その生き方を実践する人たちが醸し出した生き様のことでありその生き様が文化継承のカギになるように私は思います。

子ども達のためにも、和をもって貴しとなすような生き方を今の時代の責任を担う世代の責任者として少しでも道を歩みカタチに遺して譲っていきたいと思います。

 

祭り部発足

昨日、社内の今年の取り組みとして「祭り部」ができました。昨年は「駅伝部」ができて、朝練をはじめ各地の駅伝に参加したり現地の志ある会社を訪問したり、その地域の歴史や生き方、人々や場に触れたりして愉しみ学びを深めましたが今年は「お祭り」を通じてまた新たな社内での実践を象っていくことになりそうです。

先人たちが遺してくださった叡智や智慧に触れることは、自分たちの歴史やアイデンティティがどうなっているのかを自明することにもなり、子ども達に先人たちの願いを繋いでいくことにもなります。今の時代を生きるものとして、何を遺し何を譲るか、それを先祖に学ぶことは何よりも大切な使命のひとつです。毎年、その時々で必要なテーマが降りてくるということはそれだけ前年のテーマが充実していたということです。そうやって哲学や思想がはっきりと明確になり、その明確になったものがテーマになりそのテーマによって人は創造や革新が促されます。

今年は「祭り」になりましたが、祭りというものが何か少し整理してみます。

古事記に本居宣長が祭りとは何かをこう言います。

「祭事(まつりごと)と政事(まつりごと)とは同語で、その語源は奉仕事(まつりごと)から来たのであろう。天皇に仕え奉ることを服従(まつろう)と言い、神に仕えることを祭りと言うも、本は同じである。」

他にも中国の漢字を分解するとこの「祭」という漢字は夕(肉)と又(右手)と示(神示)から成り立ち、右手の肉を持って神にささげる意味です。祀は示(神)に巳(シ)を付けた字で、祭・祀はどちらも神様にささげるという意味になります。

古語辞典「字訓」を書いた白川静氏はこう言います。

「神のあらわれるのを待ち、その神威に服することをいう。「待つ」と同源の語。祭酒を「待酒」という。まつりのことをまた「まち」「日まち」のようにいうところもある。」

古代の神道は、祭政一致であり人々は日々の暮らしを神様に委ね神様の声を聴きながら生活を営みました。神様の声を聴けるというのは、いのちを常に感じてそのいのちを活かしていたからこそ話ができたとも言えます。その一つの神事として「お祭り」があり、お祭りを行うことで穢れを祓い清めたとも言えます。

この「祭り」を「待つ」と同源の語であると言います。私も待つことは信じ切ることで、丸ごと信じていることですから待つことで出づるのを静かに待つという心境は神様を奉る依代としての御役目として必要なことのように思います。

同時に神様が訪れるのを待つ、しかしそれをどのように待つのか、そこに待ち方というものがあると思います。その待ち方こそが祭りの本質であり、ただ待てばいいのではなく神様が顕れるのをどのような姿勢で待つのか。つまり自分たちの中から神様が出てくるのを静かに待つのです。古来、私たちは八百万の神々であり、一人ひとりが魂と命を持っています。だから親祖や先祖の神様たちは自分たちのことを「尊」をつけて尊称するのです。

その尊が出てくるのを待つのに、善いところを観る、信じて観る、素直に明るく、清らかな心になっていくようにして自分の中から出てくる神様と同じ心が顕れるのをみんなで「祭る・祀る・待つ儀式」を行ったのではないかと私は思うのです。

私たちが実践している一円対話においても、御互いが認め合い尊重し受容して清浄で無邪気な場が出来上がると神がかっているような言葉が発言者から出て来ます。これも一つの「お祭り」であり、そのことで人々が素直になり本来の真心や初心を思い出されるのです。

人が初心を思い出すためにお祭りがあり、お祭りを通して一体自分たちは何を大切に生きていけばいいかを反復して理解していく。単なる西洋からきたイベントではなく、日本のお祭りはとても精神的な意味や生き方を観直す内省的な意味を持っているのではないかと感じています。つまり神人合一していくところに、その本質があったのではないかと私は思います。

今年はそれを改めて学び直し深めていく機会をいただけそうです。引き続き、本業であり志業である子ども第一義の理念を自他一体、理想現実一致にしていくためにも一円融合、全てを福に転じて発明を続け実践を弘めていきたいと思います。

人をつくる~志を定めること~

人間は志や目的、目標や夢の大きさによって物事の取り組み方や見え方が変わっていくものです。人それぞれ同じことをやっていたとしても、その志がどうなっているかでそのやることは変わっていきます。

田坂広志さんに「二人の石切り職人」という寓話の話があります。以前、お聞きしたときには観得なかった世界が今ははっきりと私も観えてきました。如何に志を抱かせることが大切か、何よりその人が一隅を照らしたいと願うようになるか、その発心の大切さを深く感じるようになりました。改めてその話を紹介します。

「二人の石切り職人 」

「旅人が、ある町を通りかかりました。
その町では、新しい教会が建設されているところであり、
建設現場では、二人の石切り職人が働いていました。

その仕事に興味を持った旅人は、
一人の石切り職人に聞きました。

あなたは、何をしているのですか。

その問いに対して、石切り職人は、
不愉快そうな表情を浮かべ、
ぶっきらぼうに答えました。

このいまいましい石を切るために、
悪戦苦闘しているのさ。

そこで、旅人は、もう一人の石切り職人に
同じことを聞きました。

すると、その石切り職人は、
表情を輝かせ、生き生きとした声で、
こう答えたのです。

ええ、いま、私は、
多くの人々の心の安らぎの場となる
素晴らしい教会を造っているのです。

どのような仕事をしているか。

それが、我々の「仕事の価値」を定めるのではありません。

その仕事の彼方に、何を見つめているか。

それが、我々の「仕事の価値」を定めるのです。」

これが二人の石切り職人の話です。この話は、志の話です。あなたの志は何かと質問されたとき、その志をどのようにその人が語るのか。それによって仕事の価値が定まる。つまりは志の中身がどうなっているのかが先で、仕事の技能や実践は後からついてくるのです。本来、何のためにやるのか、その人の志が育っているのなら必ずその仕事は価値があるものになっていくということです。

吉田松陰に「志を立てて、以って万事の源となす」 があります。その人が一生の一度の人生に何を成し遂げたいか、それさえ立てられるのならそれが全ての根本になるということです。もしその成し遂げたい志に出会わずに進むのなら、私利私欲や自我慾に負けて狭い世界で迷い惑い続けて自分の人生を歩むことを忘れてしまいます。そうならないためにも、初心や原点といった志をその人がまず立てることが大切なのです。

吉田松陰は「志定まれば、気盛んなり」とも言います。この「志を定める」ということの真価、そこに人生の全てが凝縮され方向性が決まってしまうのです。結局は、人に成るとは何か、成人の本質は志を抱く人にすることなのです。

私は足元にあるものに気づかず、随分と遠回りしてきました。教育は引き出すものだということは知っていても、何が引き出すのかまでははっきりと自覚していませんでした。今こそ確信するのが志こそ万物万事の根源であり、その志を立てることができるようにし志を抱いて生きる手助けと手伝いをするのが私たちの伝道でもあります。

子ども達に未来を譲っていくためにも、今の時代の人たちが一人でも多く自分の志に気づき、その志に生きた背中を遺していくことが世の中を今までよりもっと善くしていくことになります。

いのちを活かし使命感を持たせることは、本物の人をつくっていくことです。本物の人とは志を持つ人にしていくことです。未来の子ども達のためにも、自分が何が本業かを間違えないように真摯に志を実践し弘めていきたいと思います。

自然界最強の存在~柔弱の徳~

生き物には強さや弱さというものがあります。一般的に今の世の中の価値観では、強さというのはライオンやトラ、熊などの大きな動物の方が強いと思われていますし、集団で攻撃してくる動物、毒を持ち特殊な技術があるものが強いと信じられています。そして弱いものは、小型の草食動物やアリなどの小さな虫たち、逃げてばかりで攻撃する手段がない生き物のことを弱いと思っています。

しかし実際、自然界での強さ弱さの本質はどうなっているかを深めていけばいくほど本来の強さや弱さは逆転していることに気づきます。私たちが弱いと思っている存在が実は自然界では最強であり、私たちが強いと思っている存在が実は弱いこともあるのです。

老子に「含徳の厚きは、赤子に比す。」という言葉があります。これはこの世で最も徳の厚い赤ちゃんに敵うことがないと言います。一般的に赤ちゃんはもっとも弱い存在で何もできないと思われています。しかし何もできないと思われていますが実際はもっとも強い存在なのです。

老子は、その言葉のあとこう続きます。「含徳の厚きは、赤子に比す。蜂蠆虺蛇も螫さず、猛獣も拠わず、攫鳥も搏たず。骨は弱く筋は柔らかくして而も握ること固し。未だ牝牡の合を知らずして而も全の作つは、精の至りなり。終日号びて而も嗄れざるは、和の至りなり。和を知るを常と曰い、常を知るを明と曰う。生を益すを祥と曰い、心、気を使うを強と曰う。物は壮なれば則ち老ゆ。これを不道と謂う。不道は早く已む。」

赤ちゃんは、もっとも自然に調和している存在だと言います。道に沿っていると言います。赤ちゃんを猛獣や毒虫も襲えず、骨は弱く筋肉が柔らかくそして拳を握れば固いと言います。生まれながらに気力も精力も全て調和し、無理がない。私の意訳ではもっとも弱いと思われる赤ちゃんこそ、強さのお手本であり、この世で道を永く生き残るための智慧が溢れている存在であるということです。

他にも老子は、「最大の徳は、水のように最も低い場所に甘んじること」という言葉もあります。赤ちゃんや水のような柔軟で弱い生き方こそが、本当は最強の生き方であり最も無為自然そのものであるというのです。

自然には、しなやかやたおやか、なごやかやおだやかという言葉があります。この古語の日本語にある「やか」がつくものは全てにおいて柔軟性・柔弱性を秘めています。自然界の持つこの弱さというものは、生き残るために変化を已まない最大の智慧であり徳です。そしてその徳を持つ赤ちゃんや水のような生き方はこの世では至強の存在であるのです。

私たちが弱いと思っているものこそ、自然界では最も強く、そして人間が強いと思っているものほど実際は弱いということなのです。

私も以前、自然を学び直す中で大きな太くがっちりとした大木が雷や台風で倒されるのに対し、若くて青々しく瑞々しい草たちがどんな台風の強風にも水害にも耐えて嵐が去るとまた何事もなかったように太陽の光でキラキラと甦生し続けて成長する姿を観たら至弱こそ最強の存在ではないかと何度も驚いたことがあります。

弱そうに見えて実際に強いのは、何でも強くなろうと思っているのではなく大事なものを守るためには変化を惜しまない。言い換えるなら、理念や初心が守れるのならそれが以外は何を変えても平気であるほどに柔軟性・柔弱性を持っているということです。

生き方のお手本というのは、生き残るために変化を已まない存在です。自然界では、そうやって今までいのちをつないできていますしこれからもずっといのちは自然と一緒に寄り沿って自分の天命を活かしていきます。

自然に学ぶものの一人として、本来の強さをはき違えないようにしたいものです。

最後に私が好きな老子の言葉です。

「人の生まるるや柔弱、その死するや堅強なり。万物草木の生まるるや柔脆、その死するや枯槁なり。故に堅強なる者は死の徒にして、柔弱なる者は生の徒なり。ここを以って兵強ければ則ち勝たず、木強ければ則ち折る。強大なるは下に処り、柔弱なるは上に処る。」

40代を迎え、一生青春、一生若々しくあるためにこの柔らかく弱い存在に近づいていくよう子どもと自然とお手本に精進していきたいと思います。そして捨ててはならない大切な生き方を子どもたちに譲り遺していけるように万物自他一体に遣り切っていきたいと思います。

天災と人災

天災と人災というものは異なるものです。天災は地球規模の災害であり、大地震から大津波、大竜巻に大台風、大寒波に火山の大噴火、熱波から隕石の落下まで毎回、私たちの想定を確実に上回る災害が天災でもあります。

それに対して人災というのは、想定内で起きる人的災害のことです。原発事故や工場火災、水道管の破裂に地下鉄事故、交通事故や停電、風評などこれらは人災でありすべてそれは事前に備えることができるものばかりです。

この天災と人災と混同している人が増えてきているように思います。一般的にビル管理などで行う災害訓練は人災対策です。これは日頃から訓練しておかなければ「人災」が起きてしまうということから行われる訓練です。本来、運よく最初の天災から逃れられたとしてせっかく助かったいのちを人災によって失うのを未然に防ぐための訓練のことです。

人災とは人道のことで、人の道は日々の平常時の訓練を怠るなということで人災が発生しなくなるようにするのが人の道です。二宮尊徳が、「人道は一日怠ればたちまち廃れる」という言葉があります。そもそも一日怠ることが平気な人がいくら人災の訓練をしたとてそれはもう廃れているのだからひょっとしたらしない方が他に影響を与えない分ましかもしれません。日々に防災のチェックをしたり、日々に備品の管理をしたり、大事なのは人の道は「一日も怠らない」ということで人災は防げるのです。かつて二宮尊徳が何度も天災に対して人道を盡して飢饉や飢餓を救ったり、水害を防いだり、沢山の人命を救助できたのもまた二宮尊徳が「一日も怠らない実践者」であったからであり、その徳恵によって仲間や家族が救われたのです。その遺徳は今でも人災対策の鑑です。

それに対して天災はどうかということです。

天災は時の運です。この天運というのものは、不思議なもので例えばちょうど地震の時に出張で遠くにいたり、津波の時にそこに近づいてしまったりします。自然界に生きている生き物たちは台風が来る前にはみんな避難していると言います。メダカなども流されないように石を呑みこんで深く潜っているといいます。鳥や野生の動物は、事前に天災を察知して避難していのちを守ります。

これは野生の勘とも言えるものです。自然から離れず、自然により沿っていきている生き物たちは自然の観察に長けています。それは固定概念に縛られず、危機意識を怠らず、自分のいのちを最優先に守り、自然への畏敬を忘れず、ピンチの時こそ野生の勘が働いているから助かるのです。

これを運が善いとも言います。この運とは、天運に対して自分の運を合わせていくということです。日頃から自然を畏敬し運が悪くならないような生き方をすることで、救われます。たとえば謙虚さや素直さを持っている人は、なぜか人のアドバイスや周りの見守り、環境の組み合わせによっていのちが長らえます。

これは日々の生き方が天道に逆らわない、昔の言い方をするのなら「お天道さまに恥じない」生き方、つまり正直に謙虚に素直に己に打ち克って初心理念を優先して生きているからです。お天道さまがいつも守ってくださるのはその人が「正直」だからです。そして正直が守られるのは天運に沿っているからです。これは会社経営も然り、生き方も然り、本来の日本人は環境の変化、天災が世界一多い国だからこそ先祖代々、「正直こそ無敵」であると、お天道様を信じて取り組んできたのです。そしてこれらの努力こそが、人道の極みとも言えます。

いくら体調を崩してこのブログを已めないのは、それが人道であるからです。一日怠ればたちまち廃れるからこそ、天理に沿って人道を重んじるのです。人道を怠らないことが己に打ち克ち天道に従うことになります。

引き続き、子ども達のお手本になるように日々の生き方の方を平常心・平常時の方を大事に実践を積み重ねていきたいと思います。

自然体の本質

世界において日本人であるということの重要性は昨日も書きました。なぜ日本人でなければならないか、そこには私たちの世界における存在意義にも関係します。そしてそれは単に世界の中での日本民族というだけにとどまらず、結局は自己を活かすということの本質に深く関わっているからです。

そもそも人は自分という存在をどのように理解しているかで観えている世界が変わっていきます。例えば、単に自己という自分が今までの過去のことや身近な存在から理解する狭い範囲の自分というものと、民族の一人として先祖代々からつながっている自分であると理解するのでは自己認識が変わっていきます。前者は私的なものですが、後者は歴史全体的なものです。言い換えればこれらの歴史全体的な民族的使命を持つことによってはじめて本来の意味での個性というものに出会うということです。これを三木清が分かりやすく例えています。

「すべての理念的なものは運命的なものを通じて実現される。個人の任務は民族を通じ民族のうちにおいて世界的なものを実現することである。個人は自己の民族を世界的意義あるものに高めねばならず、そのためには個人はどこまでも自主的に民族と結び付くことが必要である、個人が自発的でないところでは人類的価値を有する文化は作られないから。」(論文 全体と個人より)

はじまりの初心をもって誕生した先祖たちの道をその後の私たちが受け継ぎ歩んでいるのですからその道を高めそれを民族の目指した姿として顕現させていることが今の文化とも言えます。文化があるというのは、かつての祖親の真心をカタチにした個人があったということです。人類的価値とは、その初心という理念においてそれをどのような道筋と道程を実践して文化にしたかということです。だからこそ三木清も「すべての人は、自らの民族が持つ文化を世界史的意義を有するものへ磨き上げそして高めていかなければならない」と言います。

「個人は抽象的な人類や世界ではなく却って民族というが如き具体的な全体と結びついて具体的な存在であるのである。個人は民族を媒介するのでなければ具体的に人類的或いは世界的になることができない。単に人類的と考えられるような個人は抽象的なものに過ぎぬ。単なる世界人は根差しなきものである。」(論文 全体と個人より)

個人というものの定義をどのように捉えるか、自分らしさというものをどの価値で定めるか、そこが肝心だと私は思います。自分自身とは何か、それを正しく理解できてこそはじめて真の個性を活かし発揮することができるのです。単に個性の発揮とは、自分の好きなことをやればいのではなく真に自分らしさ、自然体であるのです。自分らしさが自然体とも言いますが、では自然体とは本当は何かということなのです。

私の自然体の定義はもっとも日本人であるということです。

言い換えれば今まで脈々と受け継がれてきた私たちの道統の存在そのままになっているということです。それがあってはじめて自分らしさであり、それが本当の個性なのです。私が日本人を目指し文化を学び直すのも自分の中にあるその個性を磨きたいからです。日本の精神とは何か、その精神を磨くのもまたそれは民族としての心を高めてはじめて日本精神を磨くといえます。そして三木清はこうも言います、「国家・民族という精神的バックボーンがあってこそ「個人」が真に活きる 」と。

私も同感で、まず「国」とは何を指すのか、そして「民」とは何を指すか、真に「国民」であるということはどういうことか。自分が国民の一人として自分を発揮していくには、まず本来の国民に回帰する必要があるのです。その回帰した姿において如何に文化を世界に発信していくか、そこに民族的使命がありそこに個々の天命があるように思います。

運命というものは天命のことで、天命は運命と自然体になればなるほど同化していきますから自分が民族の文化そのものであるということを忘れてはならないと私は思います。

そのために何を実践していくか、どんな手本を示して子ども達に道を譲っていくのか、自分の使命とはそういう民族から受け継がれてきた使命のことですからその道を譲り渡す時、真の幸福もまた受け渡していくことができるように思います。最後に三木清の言葉で締めくくります。

行動の哲学は歴史の理性の哲学でなければならぬ。歴史の理性はもとより抽象的なものでなく、一定の時期において、一定の民族を通じて現れ、一定の民族のうちに具体化されるものである。そして一つの民族は民族である故をもって偉大であるのではなく、その世界史的使命に従って偉大であるのである。

歴史に顕れる日本の先人たちの中には、全てその民族の偉大さが顕現します。私の尊敬する方々もみな、その自然体の本質を持っています。吉田松陰然り、高杉晋作然り、源義経然り、私たちの民族には「徳」と「義」が脈々と受け継がれています。

本当の意味で世界が滅びるというのは、世界史的使命が失われるということです。民族多様性を如何に遺すか、それはそれぞれの民が文化を重んじて生きていくということです。時代がいくら激変しても道は変わらずそこにありますから道を継ぎ道を弘め、道を繋いでいけるよう自然体に近づいていきたいと思います。

分を弁える~謙虚さの醸成~

人は自分自身のことを間違うのは我慾や私心に呑まれるからだとも言えます。昔から執着をはじめ、暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢などがあります。どれも自分自身の中にある己心と私心との間で発生してくる感情であり、その感情をどう転換し、どう執着を手放すかが人生の修行とも言えます。

実際に文章で書くのはいとも簡単ですが、実際に実践してそれを転じて善いものにしようとするのは大変なことです。実際には、どの執着が一番強いかは人それぞれに異なりますが、ある人は強欲でなくても傲慢であったり、ある人は暴食がなくても怠惰であったり、それぞれに強弱あるものです。

仏教では六波羅蜜と言いその執着を手放すための修行として、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)があるそうです。私欲を手放すには、私欲を超える実践を行いいつも自分を律してより大きなものに自分を近づけていこうとすることで己の分を弁えようとするように思います。

人は自分の分を弁えることができてはじめて謙虚になったとも言えます。

実際の自分を本来の身の丈よりも大きいものだと思うところに人間、いや人類の失敗があり、実際は分を弁えないことをすればそこに破滅が待っています。これは歴史を観れば明白で、分を弁えればその文明は長く続き、分を弁えないことで文明は終焉します。

人間がいくら凄いと思っても「いのち」一つ作れませんし、また地球規模の大天災には立ち向かう術もありません。例えば、火山の大噴火や熔岩を消火できるのか、竜巻や台風を消し飛ばすのか、大津波を鎮めるのか、巨大隕石を吹き飛ばすのか、そんなことできるはずもありません。宇宙や自然を敵にしても決して勝てるわけではなく、もしくは何かや誰かと比較競争して勝った気になってもそれは長い目で観て果たして本当に勝ったと言えるものかとも思えます。

自分の分を弁えている人は自然に沿っています。自然に沿っているから、自然を変えようとはせずに自分を変えようとします。世の中を変えようとはせず、自分を変えようとします。他人を変えようとはせずに、自分を変えようとするのです。これらは分を弁えているのです。自分を変化させる人はみんな、その道理を実践により体得しているのです。

如何に分を弁えるか分度を保つかは、日々の生き方、その謙虚さの醸成があるということです。一期一会の御縁といただいた大切なお守り刀を懐に抱き、初志を貫くためにも安文守己・知足安文の実践を意識していきたいと思います。

透明の磨き方

透明さというものは、穢れを祓い清め洗い清める中で磨かれていきます。その透明さを磨くのに私はよく「遣り切る」という言葉を使います。この「遣り切る」ことは一期一会を大切に出し切ることであり、常に心徳を高め魂やいのちを輝かせるための磨き方のように思います。

人は本気になり真剣になればなるほどに明るくなります。この明るさは単なるマジメのもつ深刻な感じから出てくるものではなく、真剣で本気だからこそ出てくるものです。出し切るというのは何を出し切るのか、遣り切るとうのは何を遣り切るのか、それは「本気を出し切り、真剣を遣り切る」ということに他なりません。

佐藤初女さんは、透明さを磨き切った方でした。その磨き方が本人が語る言葉の中に遺っています。

『私はどんな時も自分の都合を優先せず、その人が求める形で出会いたいと思っています。何かに取り組む時、ある限界までは、誰でもできることだと思います。けれども、そこを一歩越えるか越えないかが、大きな違いになると思うのです。そして1つ乗り越えると、また限界が出てきます。そのように限界を1つずつ乗り越えることによって、人は成長しますし、その過程は生涯続くものだと思います。確かに、このような生き方は大きな犠牲を伴いますし、私は時々自分でも厳しいなあと感じる時があります。『忙しい』という言葉を、私はなるべく使わないようにしています』

最期まで一期一会に遣り切るというのは、最期まで「我」を優先しなかったということです。真心を盡して盡し切ったかということが、御縁に向き合う至誠であるように思います。自分よりも誰かのためにと見返りを求めずに真心を与え続ける人生というのは、常に犠牲を伴います。しかしそれでも真心や思いやりを盡していくことが透明さを磨くということになっているのです。あと一歩で諦めてしまう人や、あともう少しの努力でやめてしまうのは真心までいかないからです。人事を盡して天命を待つという言葉もありますが、人事を盡していないのに天命は待つことはできません。この真心までいくかどうかに、感謝で生きる道もまたあるように思います。

また初女さんは、こう言います。

「『私、苦しいんです』と訴える人に対して、頭であれこれ考えて解決の方向にもっていっても、それは本当の解決になっていないです。『そう、苦しいね。でも、もっと苦しまなくちゃ』って伝える時もあります。『初女さんは苦しいと思われることはないのですか?』という質問を受けることがあります。もちろん、私も活動を続ける中で、どうすることもできない心の葛藤が生まれることがしばしばあります。そんな時、私は苦しみを否定せずに、自分の心をまっすぐ見つめます。そしてどんな時も、苦しみを感じきることを大切にしています。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、もうどうにもならない、というところで『神様へおまかせ』に入るんです」

私の言葉では「選ばない」ということです。逃げないと選ばないは同じ意味であり、全てを御縁の尊さで感じ切る、いただいている御縁に感謝しているかという祈りの実践でもあります。そして人事を盡し切ったならもうできることはないのだから後は天にお任せしようと祈り待つ境地しかないのです。それが「遣り切る」ことだと私は思います。

人間は誰しも出会いによって人生は変化していきます。

そして出会いをよくよく感じて内省するとき、その御縁や出会いは向こうから発見してもらって呼んでくださっていると感じるのです。つまりは「選ばない」ことの背景には、それは向こう側から自分を選んでくださった、自分にこれをやるようにと教えてくださった、自分にもっとも相応しいものをいただいたと自覚しているからこそ「選ばない」のです。

天命というのは探して得るものではなく、受け容れて得るものです。四十になって実感するのは、四十にして惑わずではなく、四十にして天命を選ぶのを已めたということです。天命を選ばないから惑わずになるわけで、人はその天命を選ばずに受け容れることでその後の人生の意味をしっかりと学問していくことができるように思います。

初女さんの生き方が、とても透明に徹しているのはこの人生への正対の覚悟、また一期一会に生きる決心の強さのように私は思います。

かつて東京で初女さんの講演を拝聴する中でもっとも強く印象に遺った言葉に『私はメンドクサイという言葉が大嫌いです、どんなことも決して面倒くさいと言ってはいけません』と静かに厳しく仰っていたことが今でも忘れられません。

真心や思いやり、本気や真剣さはこのメンドクサイの反対側にある言葉です。一つ一つを丁寧に丹精を籠めて生きていくことがその透明さがより磨き研ぎ澄まされることになっていくように思います。

追悼を籠めて書き綴っていますが、初女さんの偉大な後ろ姿に改めて学び直すことばかりです。子ども達のためにも、こういう方が遺してくださった真心を子どもたちに伝承していきたいと思います。