徳の醸成

昨日は、各地から大勢いの方々が手伝いにきてくれて無事に宿坊の掃除や片づけを終えることができました。雨の予想でしたが、作業している間は不思議に雨もなくみんなで気持ちを一つにして片づけることができました。

振り返ってみると、皆さん清々しい人ばかりで一期一会に貴重なご縁をいただいているのを感じます。煤汚れや重労働、大変な作業の中、笑顔で助け合い協力して一心一体になって身体も心も合わせていきます。

誰が指示するわけでもなく、最初に方向性だけ伝えるとあとはそれぞれの役割が自然に分かって自分のいる場所に配置されていきます。

これは懐かしいむかしの人たちの協力の仕方の甦生でもあります。

以前、宮大工の西岡棟梁の話に飛鳥時代の人々はみんな主体として協力し合って建物を建てていたと言っていました。それは建物を観ればすぐにわかるとのことでした。まさに、全員棟梁という言葉を使っていました。

今の時代は、棟梁は一人であとは職人という構図ですが本来は誰もが棟梁の気持ちで家に取り組んだということでしょう。これは神社でもみんなが宮司という気持ちで場を整えていたのと同じだと私は思います。これは国民一人ひとりが国の主という気持ちで働くこととも同じです。実はみんが主体として働けることこそが仕合せなのです。

昨日の片づけではみんなが宿坊の主と思うくらいに丁寧に、隅々まで真心を込めて取り組んでくれました。御蔭様で終わってからの余韻もまた清々しく、「場」が美しく整ったのを実感しました。

そして作業が終わるころには、信頼関係がより深まります。一緒に汗をかいて取り組むことで、人の心は通じ合い、豊かな心を醸成します。こうやって徳を積むことをみんなで体験できることこそが仕合せであり、未来そのものを引き寄せていきます。

真の豊かさとは何か、それを体験するには徳を磨くための「場」が必要です。

これからもこの英彦山を活かして場を用意し、この山に来た人たちが一人でも多く豊かさを味わえるように徳を醸成していきたいと思います。

 

道を磨く

英彦山の宿坊の甦生を続けていますが、そにたどり着くまでの道の整備を行っています。長いこと、人が踏み入れていない道は荒れていて石はたくさん転がり、倒木もあり、土砂も流れ込んでいます。宿坊をやるもっと前に、この道の方を先に取り組む必要があります。

むかしは宿坊が点在していたエリアで、それぞれに石を積んだ擁壁があり道が歩きやすくなっていました。手入れをしなくなった場所は、次第に崩れていき擁壁も一部なくなっているところが増えています。あれだけの大きな石を、どうやってこんなに積んだのだろうとむかしの人たちの智慧と労力の偉大さを尊敬しています。

今では機械で大きな石なども動かしますが、かつてのような繊細で時間をかけた美しい修理や修繕ができるわけではありません。費用がかなりかかり頭を抱えていますが未来の人たちのためにも色々と配慮しながら、道を整備しています。

英彦山には美しい参道があります。その参道は石畳によって形成されています。もともと参道は、そこを歩いているだけでも心を清め祓う効果があるといわれます。常夜灯や石灯篭も参道の両脇に配置され、美しい景観をさらに引き立てます。

かつてここには石畳がなく、きっと水の多い英彦山では道が崩れ雑草も生え手入れが大変だったのでしょう。そこに山伏をはじめ、関わった人たちが長い年月をかけてとても立派で丈夫な石畳にしてくれました。そこを数百年間、大勢の人たちが参拝して歩いたのが想像できます。

祈りとして「道がいつまでも壊れないように、道がいつまでもつづいていくように」と願いを籠めたのでしょう。不思議ですが、この参道を歩んでいると道を修繕してお手入れを続けたいと思い、またいつまでもこの道を絶やしてならないという気持ちになってきます。

道を歩む仕合せはこの世に生まれてきた幸福と同じです。

人は道を学び、道を知ることで、道に入ります。道に入れば、己を知り、徳を積むことができます。そうやって私たちはこの世で偉大な何かに見守られながら一生を謳歌していくことができるのです。

私たちの人生はこの道を歩むことからはじまります。

その道が壊れているのなら、修復するところが最初の一歩目です。そして後を歩いてくる子どもたちのためにもその道をよりよくして次の世代に譲り渡していくのが喜びです。

大切な心を保ちながら、今の技術でバランスを保って道を磨いていきたいと思います。

 

当たり前の真実を直視する

無事に今年の宗像国際会議が終了しました。天候にも恵まれ、上手にコロナ対策をし、人との結びつきや繋がりも生まれ見事な3日間に感動しました。実行委員会の方々をはじめ、いつもおもてなししてくださっている関係者、配慮ある裏方の皆様、そして神社の皆様には心から感謝いたします。

昨日は、安宅和人さんと黒田玲子さんとのセッションでしたがとても学びが多く有難いご縁になりました。現実をあらゆる方法で伝えてくださり、そこではじめて今、世界で起きていることを知る人もいたかもしれません。

環境問題は、地球に住む私たちにとっては本当に重大な問題です。この環境がある御蔭で私たちは営みをつくることができますが、環境がなくなれば元も子もありません。

「当たり前」の真実を直視するということは、私たちが第一歩を踏み出すためにはとても重要だと私は思います。

人間は、今の環境を変えたくないとき当たり前(現実)を直視することをやめてしまいます。特に今の状況があることが当然だと思い込んでいるのであれば尚更に、自分は変えずに何とか周りを変えることができないかと方法を求めようとします。

しかし現実を変えるというものは、まず本当のことを知ること、現実を受け止めること、そして自分が何を変えればいいかと受け容れることができてはじめて実現するものです。

例えば、環境問題は環境のせいではなく自分自身の問題、自分のせいであること。これは現在の環境問題は人間がやっている問題なのだから、そうなります。なので、根源治療は人間を変えることしかありません。対処療法は永遠に増大していきますが、対処できなくなるまで続きます。それでは環境問題を解決するためにかえって環境に負担をかけて消耗していく本末転倒にもなりかねません。

人間の数も増えて、どうにもできないから対処療法になるのですが遠い未来から今を逆算してみて、まず自分自身からお手入れしていくしかありません。歴史を変えてきたのも、人類の方向を変えてきたのも最初はみんな「一人」からはじまっているからです。

そして自分が変われば、世界も変わるということを歴史は証明しています。

人間はみんな「欲」という病が備わっていますから、うまくその病と付き合うためにもなるべく未病になるようにし、一病息災の健康を保つように養生していくのがいいと思うのです。

それは心の豊かさ、徳を積むことで実現すると私は思います。

一人一人の心が豊かであれば、そしてみんなが徳を循環するような譲られたものをそのまま磨いて子孫に渡すようにすれば人間の心も、そして環境も、足るを知るように永遠の循環をめぐります。自然界に見習えばそうなります。

気を付けるのは対立概念や物質的なものの見方にもっていかれないことかもしれません。あっちかこっちかではなく、あるがままの当たり前(現実)を観ること。みんなで当たり前が何かをもう少し議論できるようになれば、当たり前のところから変えていけると変化もまたスムーズです。

もっと自分の手や足や感覚で、世界で起きていること、自然に発生していることを実感することからだと私は思います。都市の中でなんでも自由に人間の思い通りになる便利な場所を離れて、山に来てほしいと思います。山に来れば、色々な当たり前に気づきます。

今日からいよいよ日本三大修験場の一つ、英彦山で最古の宿坊「守静坊」の甦生に入ります。宿坊と一緒に在る200年以上の枝垂れ桜のご神木も今か今かとお待ちいただいています。

徳を積むことを、実践を通して伝え、みんなで世の中の当たり前を変えていけるようにまずは私自身、自分自身を変え続けていきたいと思います。

ありがとうございました。

 

 

マインドフル・プラネット

昨日は、宗像国際会議のスピリチュアルツーリズムのセッションでZEN2.0の活動をされている宍戸さんと三木さんのお話のコメンテーターとして参加してきました。この団体の掲げているミッションは『生きとし生けるもの全てをかけがえのない存在として、人類全体が心豊かに地球を共有するマインドフル・プラネットを創っていくことをミッションとしています。また、近づく方法として、仏教の「仏・法・僧」の三宝から借り、「わたし」「自然」「つながり」を調和した社会の実現を目指します。』とあります。

お話の中では、ご自分の病気の体験やそこからの気づきにはじまり、心豊かに生きていくことの大切さ、世界のマインドフルな想いをオンラインで繋がりあうなど共感するお話がたくさんお聴きできました。また詳しくは後日、宗像国際環境会議のHP等から動画配信されると思います。

このZENというのは、アメリカに伝わった禅がそのままZENとして呼ばれているものです。アメリカではZENというと仏教という印象が強く、一般的にはマインフルネスという言葉で使われることが多いように思います。

マインドフルネスという呼び名になると、特定の宗教や宗派というものを超えて高い精神性や、静かな心境、穏やかな境地のようなものを持ちたいと願う人たちが使う言葉として現在は世界で定着しているようにも思います。

私には古くからの友人の一人に長崎にある禅寺の僧侶の方がいます。

その友人は、いつも禅的な生き方をして自由奔放で私のイメージする「雲水」そのものです。何ものにも捉われない、自分自身であることを大切にしておられます。

私自身も若い頃、道元禅師を慕い永平寺を参拝して朝の参禅に参加したことがあります。今でも思い出すのは、永平寺の周辺の滝場の美しさ、そしてととのった場の美しさ、今でも想いを馳せると心に薫ります。

本来、頭で理解する宗教や経典などとは別にそもそも生き方というのは「感じる」ものです。感じるというのは、五感をすべて自然に投げ出してそれを深く味わう時に磨かれ、その自然と一体になって全体と調和していきます。

本当の自分とは何か、自分自身とは何かということを自然から導いてもらうのです。

私たち人間は生きているうちに、人間だけが創り出した社会という名のどこか仮想で虚構の空間の中に放り込まれていきます。しかし、現実というものはそれとは別に「地球と一体になって暮らし」ているのです。

私もこのzen2.0のマインドフルプラネットという理念にはとても共感して、そうありたいと思う一人になりました。志のあるお二人に出会えたことをとても仕合せに思います。今日は、私も10時から「環境問題と価値観の転換」というテーマで登壇しますが未来の子どもたちのためにも自分の役割を真摯に果たしてきたいと思います。

ありがとうございます。

衣食住の問題

私たち人間が生きていくのに欠かせないものは衣食住だといわれています。確かに、むかしに思いを馳せてみると衣服がないというのは人間にとって大変なことです。寒い冬を乗り越えられず、暑い日差しを遮るものがありません。何とか衣服を産み出していくことで私たちは生活を維持していくことができたのではないかとも思います。

そして食は歴史を見れば明らかで飢饉が来れば食べるものもなく、飢餓で苦しい時代ばかりであったことがわかります。そして家がなければ風雨を凌げず、安心して家族を養っていくこともできません。かつての衣食住とはまさに死と隣り合わせにあったものです。

しかし現代の衣食住はどうなっているかと洞察すると人間にとってその衣食住の意味が変わってきているのがすぐにわかります。日本の衣服の廃棄量は100万トンを超えていて、個々の箪笥の中は着なくなった衣服だらけなのにそれでもつくり続けています。そして食は日本だけで毎年600万トン以上食べきれずに廃棄しています。そして家は850万戸以上の空き家が出ているにも関わらず新築を建て続けています。

衣食住が余りすぎて廃棄する状態になっている中で、生きていく上で必要な衣食住などという問題はなくなっているように思います。ある意味、人間は今まで時代的に困難であったものを大量生産の仕組みと科学技術によってそれを一時的に解決したように思えます。

しかし少し考えてみたらわかりますが、永遠にその材料が取れるわけでもなく一気にある分を取り切ってしまうのですからこの後は材料がなくなります。すると、今までのような自然由来の素材を使ったものを産み出すことはできなくなります。

人工的なものを使って産み出す場合の問題は、自然界に循環しなくなるということです。すると衣食住は、科学技術によって不自然なものが大量に開発されていきます。それによって衣食住の新たな問題は解決するように見えますが、それは今まで豊かであった自然の優しさや柔らかさ、美しさや尊さのようなものが失われたものになっていくように思います。

衣服は、まるで宇宙人の着ているようなものになり、食はゼリー状やカプセル、そして家は無機質で見た目だけカラフルな空間。これが近未来ということでしょう。それは本当に豊かで憧れるのだろうかということです。

実際に人類は、滅びの方へと向かうたびに科学技術が発展していくようにも感じています。これは逆説的な考え方ですが、本来の平和な状態とは限りなく自然に近いところにあります。美しく自然豊かなところで、みんなで分け合いこの地球での生活を楽しむ、そこには厳しい自然もありますがそれよりもこの世で生きている豊かさが優先されていました。

それがまるで病院のベッドの植物人間のようになりながら単に生きながらえるとなれば誰も望んでいません。科学技術は本来、どうあるべきか。私は伝統と最先端のテクノロジーを和合する生き方を目指していますからこの衣食住の問題も避けて通るわけにはいきません。

先人たちはどうやって衣食住をテクノロジーで調和させたか。それは藍染や発酵食品、藁ぶきの民家などありとあらゆるところに参考になるものがまだ残っています。一つ一つを意味付けしながら、子どもたちに確かなものを伝承していきたいと思います。

場を守る意味と価値

その土地にはその土地特有の歴史があります。それは言い換えれば、その土地で発生してきたご縁と物語があるということです。私たちは、今いるところが前なんだったのかは想像でしかわかりません。もしも遺跡などが遺っていたら、なんとか想像できますが痕跡もないような状態の場所になれば想像することもありません。

例えば、ある場所では祭壇があってずっと祈りの場であったところがあったり、また或いは戦争でたくさんの人がそこで亡くなっていたり、それは何百年も経てば更地になっていたり土に埋もっていたりしますから今、そこにいても目には見えませんからわからないのです。

しかし、その土地には必ず何らかのご縁や物語があり消えているようで消えずにそのままその土地に紐づいて記憶として遺っているように私は思うのです。

それをふとした時に実感することがあります。

それは懐かしいと感じる場所であったり、なぜか身震いするような嫌な気配があったり、そこに来ると祈りや癒しの空気に包まれ眠くなってきたり、それはその土地、その場所特有の何かが働きかけているからだと私は思います。

まもなく量子力学など、他にも場を科学的に分析して可視化できる技術も整ってくれば、これらの土地や場所には何かが存在したままにあることが解明されるように思います。

むかしの人たちは、そこに存在しているご縁や物語を感受し感知することができたからこそそこにお社を建て、お祀りすることをしてきました。また権現といって、神様が顕現されているということを人々に可視化できるようにしていました。

私たちは知らず知らずのうちに、その場所の歴史と紐づき、その影響を受けているのです。だからこそ、私たちは「場」を整え、大切に甦生し続けていく使命があります。

私は甦生に取り組みますが、場所との出会いは歴史との出会いでもあります。どう古代、いやもっと前、何千年、何億年も前から続いてきた偉大な何かとアクセスし、その力やご縁を結んでいく。すると、そこに引き寄せられるように人々もまたふれあい、物語をつないでいくのです。

宗教的だとか哲学的だとか、もしくは変人だといわれるような架空仮想な話のようではありますが、確かにその場所には私たちが目には見えない物語が連綿と生き続けているということです。

子どもたちにも、場を守ることの意味とその価値を伝承していきたいと思います。

生き方の伝承~名前の変化~

現在の日本では名前を変えるということはありません。親が名付けた名前をそのまま一生名乗ります。しかしこれは明治以降になってからで日本の文化では一生のうちに何度も名前を変えたことがわかっています。

例えば、有名なものに戦国武将や貴族などがあります。豊臣秀吉などは、日吉丸⇒木下藤吉郎⇒羽柴秀吉⇒藤原秀吉⇒豊臣秀吉な具合に名前を変えています。厳密にはもっと細かく改名したそうですが出世魚のように自分の成長に合わせて変化しています。

伊達政宗などは中興の祖の名を名乗ったりしていますし、武田信玄などは法名(戒名)です。上杉謙信なども、苗字も変われば下の名前も生き方を定めたときに変化させています。

落語や歌舞伎などは襲名といって、名前を変えます。うちの先祖も、お寺に遺っている過去帳をみたら長男は代々、みんな大人になってから同じ名前を名乗っていました。本来は、親がつけた名前でしたが家督を継いだときに名前を同じ名にして家を守ってきたのでしょう。

この名前を変えるというのは実は大きな意味があるように思います。

そもそも、言葉は形を変えていくものにその時々に名前を変えていくというものがあります。例えば、水などはわかりやすく、形態が変われば雨となり霧となり川となり海となります。

それだけ呼び名が変わります。神道でも、瀬織津姫、タギリヒメ、祓戸大神、水神、竜神、おかみのかみなどと変化しているともいわれます。この辺は同一神かどうかの真実はわかりませんが、名前を変えているというのは真実です。

その日本の文化を前提として私たちは名前は変わり続けてきたのだから変化しない名前はないという事実があるのです。言葉というものは普遍ではありません。なので文字に頼らずに口伝にした山伏たちもいました。

このブログもまた同様に文字は普遍ではなく変化していくものとしていけば、真実かどうかは別として変化していくということは真実なのです。

代わり続けていく世の中で、名前を変えるというのはとてもいい文化のように感じます。私も親が名付けてくれた有難い名前がありますが、いつの日か自分自身に真に納得の往く人生を歩みはじめたその時は名前を変えてみたいと思います。

先人たちの智慧にならい、子どもたちに生き方を伝承していきたいと思います。

新しい時代の生き方

生態系というものを守るというのは、その場所を穏やかに保つための手入れが必要になります。そのままにしておけば荒れていくのが野生ですから人工的に手入れをすることで人間にとって相応しい環境や場が誕生していくからです。

これは自然界だけに限らず、人間界においても同様です。お互いに最適な距離感で見守りあうというのが人間での場所を穏やかに保つための条件なのでしょう。それぞれに自律して協力をしながら生きているのが人間社会ですからこれもまた手入れが必要です。

この手入れで今、もっとも必要だと私が感じるものが鎮守の杜の手入れです。神社というところは、お社がありその周囲を森が包み込んでいます。神社の構造はシンプルで、まずご神木がありそれが社を守ります。そしてその社を包むように森がありその森が手入れされることによって神の社として荒れないように鎮め守るのです。これが鎮守の杜になっている具合です。

そしてこの鎮守の杜がなぜ重要なのか。

この神様とお社と森が混然一体になりそこに人間の手入れが保たれることで荒れない場所になり穏やかな環境が整います。この穏やかな環境が整うというのは、言い換えれば周囲の自然環境や生態系が豊かになり人間にとって非常に有益な状態を保ち続けることができるということです。

私は場の道場を運営し、場について考えて実践をする場道家を勝手に名乗っています。その基本はこの鎮守の杜の先人の智慧を参考にしていることがほとんどです。なぜ神社ではお掃除を大切にするのか、常に枯れ葉を集めては森に還しその森の土を育て続けていくのか。そこには、水を清らかに保つ工夫と智慧があり、涼やかな風が通ることで人々の心に澱む穢れをも祓うのです。

場が清浄であるというのは、手入れがあってこそです。

それは清浄さが人間の本来の徳であり、その清浄さを保つところに和もまたあるからです。子どもたちのためにも、環境を通して価値観を転換し新しい時代の生き方を示していきたいと思います。

耕さないことと耕すこと

自然農を実践していますが耕すという意味がまた少しずつ変化していくのがわかります。もともと自然農では耕さない、虫も草も敵にしないという一つの概念がありますが実際には土の表面を削り草を取りますし、野菜の種類によっては耕すことがあります。そして虫も大量発生すれば、手で取り除いていきます。

つまりこれは形式的な概念ではなく、その背景があるということを意味します。例えば、虫や草を敵にすると農薬で全滅させようとします。自然界には当然、分解者がいたり、共生者がいたりして全体を循環させていますから何かだけを取り除くとすぐに別の問題が出てきます。つまり、「敵」にするのか、「和」にするのかではその取り組み方が異なってくるということです。

自然農では、敵ではなくどう調和していくのかを重要視します。言い換えれば、他の生き物たちへの配慮や思いやりを忘れないということです。つまり敵ではないというのは「優しくある」という姿勢です。自然に対して相手を敵にするのは視野が狭く、相手も生きていくために理由があり生きています。自然界では取り過ぎないのはそういう道理を知り分を弁えているからでもあります。人間界はそれを無視してでも取りすぎますから道理から外れてしまいます。すると自然農では具合が悪いことが次々と発生し健康な畑や農作物が育たなくなるのです。

もう一つ耕さないというのは、農業で耕すのは土を拡販して肥料を足して収量をあげていくためです。一つの土地で収穫できるようを増やそうとすればそこに肥料を足す必要があります。そしてその肥料を土の中に攪拌すれば栄養過多になり作物が大きくなり実をたくさんつけます。栄養過多ですから病気にたくさんかかりますし、その栄養を分解するために虫たちがたくさん発生します。それを防ぐために抗生物質や農薬を散布して対応するのです。また耕すと土中環境が乱れます。具体的には、土の中や野菜の周囲で育っている菌類や虫たちの住まいを崩してしまいます。土の中に住んでいる生き物たちの生態系が豊富で循環がめぐっていたらその代謝物そのものが肥料になります。つまり生き物たちの生きている日々のプロセスが他の生き物たちを活かす肥料になっていくのです。

耕さない方がいいというのは、土の中の生態系まで配慮していこうとする生き方の表現でもあります。環境問題が色々といわれますが、作る段階から環境に配慮していこうとするのが耕さないということもあると私は思います。

ではむかしの人たちは耕すことで畑が醸成され豊かになるといったのは何かということです。これは畑を攪拌すればいいという意味ではなく、その畑でたくさんの野菜を育てて活かし続けるという意味だったと感じます。つまり「耕す=活かす」ということです。

二宮尊徳にも心田開発がありますが、これは心を耕すという言い方もしますがこれは真心を活かし続けるという意味でもあると思います。つまり活かし続ける、使い続けることこそが耕しているのだということ。

自然農の耕さないというのは、言い換えればむかしの人たちは耕すということ。時代が変われば、その言葉の表現も変わっていきますからむかしの言葉を言葉通りだけで認識するのではなくその言葉の本質や本意が何か、それを理解していることが重要なのです。教科書に書いている通りを額面通りに理解するのは、本質を理解したのとは異なるのです。

子どもたちには、本質や本物の体験を幼児期からしてもらう機会や場があることを望みます。実践を磨いていきたいと思います。

自分の答えを生きていく

現在、世界の富の半分は人口の1パーセントが持つようになっているといわれます。少しイメージをしやすくしたとして別の見方では、地球の半分の土地は1パーセントが持っていてそれ以外を99パーセントで分けているという具合です。

むかし子どもの頃に場所取り合戦のようなものをしましたが、敷地のほとんどを先に取ってしまえばあとはそれ以外を取り合うという具合です。最近では、運動会などで保護者達が場所取り合戦をしてたくさん取っている人もいますがそんなに使ってどうするのかという広さを確保しています。

その広さの中でテントをたくさん建てたり、物置にしたり、知り合いを呼んだりして実際は運動会を見ずに飲み食いして盛り上がっています。

これが土地となると、広大な土地をいくらもってもその手入れが大変です。お金になるところは人に貸したりするのでしょうがそこで入った富を使ってまた富を増やすことばかりに余念がなければ地球の土地は富を増やすためだけの富の惑星になっていきます。

この富が本当の意味で、すべてのいのちが豊かになるような富であればいいのですが実際には先ほどの1パーセントの人たちが持っているのですから歪さは否めません。これがいつまで続くのか、その1パーセントの富の比率がこれからどうなっていくのか。それがこの先の未来です。

またよく考えてみると不思議なことですが、人口が80億人もこの地球にいてそれを統治するというのは如何に大変なことか。中国だけでも、約14億人くらいいるといわれますがそれを統治しているトップは今は習近平さんです。人間は100人くらいでも大人数、学校や会社にいけば500人くらいでも大変なのにそれが14億人もです。

人類はどうやってこの地球で共生し合っていくのか。場所取り合戦ばかりして富ばかり追い求める前に、そういう基本的な事実に向き合いこの地球で末永くみんなで豊かに生きていくための方法を議論する必要があるのではないかとも感じます。

1パーセントといえば、先日ある歴史家が記事で「歴史とは人口の1パーセントがしてきたことであり、残りの99パーセントは畑で働いていたのだ」という文章を発見しました。

世の中で起きている様々な歴史や富は、地球での生命を維持できる環境があってはじめて成り立つものです。現に、滅びている文明はそれが維持できなくなったから滅びたのです。どんなに富を持っていても、地球で人類が生きていけない状況になればそんな1パーセントの富では何の解決にもならないのです。

だからこそ、人類は何が原点であるのか、それをまず議論をするところから始める必要があると私は思います。こんなことを言うと、また現実逃避といわれそうなものですが現実逃避しているのは本当は誰だろうかというものです。

この先、もしも地球環境の変化が人類の生存を脅かすようなほどに荒れたとしてその時、私たち人類はどう乗り切るのか。80億人を統治するリーダーが出てくるのか、それとも本能に従って生き延びる道をみんなで模索して決断するのか。極端かもしれませんが、極端なことがたくさん発生してきたのがこの地球史です。

それでもこの地球に存在する意味は何か、なぜ魂を磨いていく必要があるのか。本当は学校の勉強や富ばかり増やすことに躍起になる前に、人類は今こそ向き合う時間を持つ機会をいただいているように思います。

子どもたちの未来のためにも、自分の答えを生きていきたいと思います。