本質を愛する人間~何のために生きるのか~

私は、こだわりが強いと色々な方に言われることがあります。この「こだわる」という語は、もともとは「ものごとがどとこおる」「つっかえる」など執着を表す言葉でした。国語辞典の大言海では、少しという意の「こ」に差し支える、支障があるという意味の「さわる(障る)」が転じた「たわる」という言葉だともいわれています。

つまり「こだわりが強い」とは、執着が強いと訳されるのです。しかし、よく料理人のこだわりや、職人のこだわりなど、妥協も一切なく本質を徹底するために削れるものはすべて削り落とすほどの熱意や情熱を傾けたものもまたこだわりが強いといわれます。

そのほかにも、オタク気質や誰にも評価されなくても自分の道を貫き通す人にもこだわりが強いといわれます。

このこだわりという言葉は、決してマイナスなイメージだけではなくプラスのイメージもまたあるのです。特に私は、本気の仕事に携わるとき本気の人と一緒に働くことに喜びと幸せを感じます。それはこだわりがある人たちだからであり、本質を愛する人たちだからです。

だからこそ私にとっての「こだわり」とは何かと定義すると、「本質かどうか」にこだわっている人ということです。つまりこだわりが強いという言葉の同定義は「本質的である」ということです。

限りなく本質に近い人、本質そのものが観えて本質のままに仕事を遂行する人はみんなこだわりが強くなっていきます。何にこだわっているのか、それは本質にこだわっているのです。

例えば、何かの物事があったときそもそもの目的から必ず考えます。その上で、何がもっとも目的に適ったものか、そしてどのようにその目的とプロセスを合致させていくかと目的から離れることはありません。

一般的には、すぐに他人の評価や、世間の物差し、業界の常識や過去の経験則、もしくは保身や楽を選ぶことから本質から離れていきこだわりも薄くなっていくものです。しかしそんなことをしていたら目的を見失い、結局は無難なものを選ぶことがもっとも最良という判断を持ってしまうものです。

それでは何のためにやるのかというこだわりを捨てなくてはなりません。私は何のためにやるのかさえ失わなければ、特にこだわっているものはありません。周りがこだわりが強いという反面、私自身はこれだけはというものや優先順位の高いものだけは決して妥協しませんが、それ以外は特にこだわっていることはほとんどありません。

こだわりが強いのは本質や目的だけで、あとはこだわりは薄いのです。

今更ながら、このブログを書きながらも私は目的にしか興味がないことに気づいていますからやっぱりこだわりが強い=本質を愛する人間なのかもしれません。

引き続き子どもたちのために、この日々のブログも精進していきたいと思います。

変化と調和

人にも個性があるように道具にも個性があります。それぞれの個性があるからこそ、その個性をどのように配置し活かすかはその活かす側と活かされる側の調和が必要です。その調和が居心地の善さを生み、全体に安心に満ちた豊かな空間ができていくのです。

そしてその豊かな空間は、四季折々において変化します。家であれば和室を彩る様々な冬の道具たちから季節が変わり夏の道具たちに変わっていくように、それぞれの配置も、そして活用方法も変わってきます。

日本人には「見立てる」という文化があり、それまでの使い方を別のものに見立てて活用したりする創意工夫の感性があります。例えば、水差しを花瓶にしたり、和紙をお皿にしたり、あるものをいかようにも見立て直して活用するのです。

人も同じく、時代が変わり季節が変われば活用方法も変わってきます。本人たちにとっては居心地が善い場所から動きたくないという意思もありますが実際に時代が変わり季節が廻れば、新しい場所を探すか、見立て直して変化をするか、役目が出るまでじっくりと待つしかありません。

その時に如何に全体に調和するかは、道具であれば道具の寛容性や柔軟性、人間であれば素直さが大きな影響を与えるように思います。どのような状況であったとしても、お役に立てるのならと素直な姿勢の生き方をしている道具や人はどのような状況の変化の中で大きな役割を果たし調和してくれるからです。

道具も、いつもと異なる使い方をされていても役に立てる喜びに仕合せそうな雰囲気を感じます。その証拠に使われている道具はいつも磨かれ、手入れされキラキラと輝いて存在感が増していきます。愛着が湧き、またつかわれるという好循環です。

一生懸命にいる場所を照らす、この生きる姿勢が全体調和や全体快適になり自分も活かし全体を活かす生き方になっていくようです。

時代が変わり、季節は大きく変わります。私もあといくつの季節をこの世でみんなと一緒に過ごせるかわかりません。しかしご縁があった仲間たちや道具たちが、出会えてよかったとお互いに感謝し合えるような絆を深めて豊かな生を全うしていきたいと思います。

子どもたちにつながる生き方を譲り遺していきたいと思います。

ご縁を伝える

先日から英国の方が聴福庵に来られ、暮らしを味わっていただいております。ひょっとすると私以上に、日本の文化や古いものに興味がある方ですべての道具や環境に感激され一つひとつを感受され喜んでいただいております。

奥様は日本人の方で英国から来日しすでに30年以上こちらで生活をされておられるそうですがその日本文化を学ぼうとする新鮮な感性に私自身が学ばせていただくことが大変多く、このタイミングのこのご縁に有難い気持ちになりました。せっかくの一期一会の旅の思い出にと、おくどの間の壁の竹炭貼りを体験していただきましたが私にとっても貴重な思い出になり、心が満たされる楽しい時間を過ごすことができました。

こうやって何かの足跡を残していただいたり、一緒に体験した感動の絆を深めて事あるごとに思い返せることが生きている仕合せを味わう一つの工夫になると私は思います。日々に忙しく過ぎていく毎日ですが、ご縁を感じ一つの思い出をそこに刻み、それを刻んだ方のことも忘れず、刻まれた方も時折楽しさと共に思い出す、その「美しい絆の思い出」によって心が穏やかに充たされていく。私たちは今の時代だからこそこのような心の豊かさを大切にしたいと思うのです。

またお別れのご挨拶に私から「ご縁」についての話をしました。しかしこの「ご縁」という言葉の英語訳が思いつかず、訳すこともできず、結局、どのように訳せばいいのかが整理できないままでした。

改めて日本語の持つ、哲学、思想、文化、歴史の奥深さを感じつつ、どのように異国の方々にそれを伝えようかと迷いました。そして一晩、深く考えてみるとこれらは言葉だけでは決して伝わらないことを知りました。つまりこれらの日本の言葉は、逆説ですが「言葉では伝えられないもの」だったのです。

それでは言葉では伝わらないものはどのように伝えるのか。

それは言葉ではなく、行動や実践、想いを形にして体験していただいたり、経験を語ったり、心を寄せて共感したりするときに伝わるものです。特に「ご縁」というものは、不思議で奇跡的なつながりや調和性や共時性、そして運命や道といった全体との接点の連続のような感覚のものです。

だからこそ、それを「具体的に一緒に感じ合えるような物語や出来事が対になっている」必要があるのです。それは、感じる側の心と、伝える側の心、つまり「以心伝心」によってのみ伝え合うということです。

言葉にはならないものをどう受け止めることができるかは、お互いに絆を磨き合い、学び合う同士でのみ自他一体の心の対話で語り合えるものです。

ご縁もそういうものであり、そのご縁をつなぐ人もまたこのご縁の生き方をしている人でありご縁が観えている人だから対話ができるのです。

子どもたちへの未来は、今のご縁が結ばれ発展していきます。だからこそ大切なご縁をすべて大切に味わい、そのどれもを愛して前進していきたいと思います。私のご縁で結ばれる未来の形を楽しみに心待ちを豊かにしていきたいと思います。

 

家の寿命

現代建築の家の寿命は平均約30年くらいだといわれています。この理由は、耐久性を重視せずに建てられているからともいえます。また家主がその家を手入れしてまで直して使おうとしていないからだとも言います。実際に修理したりリフォームをしたりすることはしようとはせずに、すぐに解体して建て直すという常識もあります。

実際に、先日ある家を改築することになり色々と間取りを確認していたら生活スタイルや家族構成の変化に合わせて部屋を増やしたり減らしたりと改造されていました。途中からその時々に改造し、家を出ていきますから内部はだいぶ傷んでいますし使いにくくなっているものです。

それを次の活用に合わせてどうリデザインしてリメイクするかは、その家に住む人の判断次第です。ただしかつて100年も200年も長生きしている古民家を改修するのと現代住宅を改修するのとは異なり、メンテナンスの回数や時期も変わってきます。

例えば、土壁の漆喰や古民家のむかしの畳は床下から天井までの風通しがいいため長年傷むこともありません。しかし密封建築で風通しが悪いと、自然物を使ったものが呼吸ができずにカビが生えたりひび割れたりと痛みが早くなります。だから耐久性の低い人工物、例えばプラスチックの畳風のものを入れたり科学的に塗装した土壁風のものを入れることになります。

もともとそれらの人工物は寿命が短いことと、自然物ではないため人体にもあまりいい影響がありませんから劣化が早くメンテナンスの回数も増えていくのです。しかしそれらは流行ものですから、その時はあっても人気がなくなればすぐに廃版になったりしますから交換することも難しくなります。

こうやって痛む家というのは、全体的に見た目も悪くなるため解体して建て直した方が安くていいという話になるのです。また30年で建て替えることで、新しい仕事も発生しますし、家族構成が変わり流行もありますから建て直そうという家主のニーズとも合致するのです。

古民家であっても、何度か時代に合わせてリフォームして内部がぐちゃぐちゃになっているものもたくさん見かけました。そうなると子どもや孫の寒いし使いにくいし汚いし要らないという声にがっかりしている家主さんも嘆き節もありました。

しかしそもそもその直し方や手入れの仕方が、問題だったのであり家が問題だったわけではありません。そこに気づかないから、手が付けられないほどのコストがかさみ、本来の家の価値が失われていくのです。

家そのものの直し方を知るということが、家を本当の意味で長持ちし長生きさせていくということになるのです。空き家問題も抱え、建築バブルも崩壊し、新しい建物を建てにくくなってくる近未来において直し方の学習や研修などの必要性を感じます。

引き続き、子どもたちが安心して喜んで活用できるような長く愛される家を残していきたいと思います。

長崎街道3

昨日は、嬉野宿から塚崎宿、北方宿、小田宿、牛津宿、佐賀宿まで来ることができました。ここから数日は雨が続く予定で今回はここで一度、休憩をし次回また続きを行う予定です。

現在までで約120キロ、残りは約100キロを残すところですが実際に長崎街道を通ってみるとそのほどんどは開発され古い家がほんの少し残るばかりでほとんど面影がありません。長崎街道を半分まで来て振り返ってみると、その当時のままに残っているのは神社仏閣や石仏たちでした。

伊能忠敬が残したむかしの地図を見ていたら、今とはまったく風景が異なります。具体的に異なっているのは、西洋建築や近代住宅、また大型のチェーン店、舗装されつくした道路です。特に道路は、長崎街道の狭い道はところどころが閉鎖され隣に作られた国道を通るようにできています。国道に面した住宅は、人通りもない歩道があるだけで車の大きな騒音が響き迷惑を感じていることと思います。

かつては、長崎街道の細い路地を毎朝毎夕たくさんの人たちが往来して賑わっていたのがわかります。ほんの少しですが、閉店した店店の様子からそこで野菜や果物、また魚や肉などを軒先で販売していたのを感じます。近隣の農家や漁師、そのほかの職工や武士などが宿場町で買い物をしたのを想像したりできます。

明治頃まで街道には、庄屋や酒屋、廻船問屋や米問屋など大きな商家が並びその界隈はたくさんの人たちが盛んに行き来したのです。今ではその気配がかすかに建物の大きさから感じるくらいです。

街道を通りはっきりと主役が変わったのは人から車になったことです。旧街道は人が優先ですから車は危険ですからゆっくりしか走れず路地も狭くみんなで協力して車を通すしかありません。しかし国道の大きな道は、車優先ですから人は車の邪魔にならないように歩道を歩き、横断歩道も信号を待ってからでなければ進めません。

街道が廃れたもっとも大きな原因はこの何を優先するかが変わったことです。ここから将来は、人間の優先順位がますます下がり、人工知能やロボット優先となればさらに道は変化していくでしょう。

政治や経済が変われば道が変わります。道が変われば往来の速度や規模もスピードも変わっていきますが、人間の暮らしや生活もその道に大きな影響を受けてしまいます。地域を語るとき、この道の廃れているものが何かを見極めるのは大切なことです。

引き続き、長崎街道を辿りながら温故知新の智慧を子どもたちに伝えていきたいと思います。

自然の生き方

昨日は、自然農の田んぼで田植えを行いました。もうこの田んぼでの田植えは、8年目になりますが毎年楽しく豊かな時間を過ごせています。もちろん、昨年はイノシシに収穫前に入られて未収穫という大変な目にも遭いましたが懲りずに続けて8年も経つと経験が血肉になり様々なことを自然に感じ取れるようになっています。

自然というものはとても面白く、自然に近づいていけばいくほどに自然の仕組みが感得できるようになります。いつの時機にどの場所に何があるのか、そして何が組み合わさり、どう混ざれば何が生まれるのか、またその土地や風土の循環の癖や相性、さらには全体のバランスや心の機微にいたるまですべて手に取るように感得できます。

おかしな話ですが、達人の域に入るほどです。それくらい自然と一体になると、先々のことを今見通すかのような感覚になるのです。もちろん、自然ですから思い通りにはなりませんから謙虚さを磨かれます。しかし同時に、絶対的な安心感も同時に得られます。

それは様々な命と共に共生していくなかで、互いに活かし合いつながり合い存在し合うということの安心を感じることができるからです。

草をかけた土の中には大量の菌たちやミミズらが暮らしを営み、その上には虫たちや水生生物たちが暮らします。その循環のなかで稲はすくすくと育ち、光や風を浴びて鳥の声を聴き、山の恵みをうけ、人の見守りと愛情を感じながら立派な稲穂になり実をつけていきます。

この一つの循環の中に自分がいるという安心感は何物にも代えがたいものです。それを大切な仲間や家族と一緒に育んでいくという仕合せ。

私たちがもっとも遺し譲っていきたいものは何か、それはこの自然農の稲作の中にすべて生き方として籠っているのです。自然の生き方とは、自分もそのいのちと一緒に共生し合いながら育っていく生き方です。

如何に全体の一部となって自分を活かすかは、自然が観えているかという境地の会得が必要です。そのためには何度も田に入り、自分の手と目と感覚で自然のありように近づいていくしかありません。

大事にしたい子どもたちへの生き方を示していきたいと思います。

道徳元年

私たちの会社では、7年くらい前から「讃給」という取り組みをしています。これは給与明細とは別に、そのひと月でみんなで一緒に働く中で感謝を言葉にしてみんなで交換するという取り組みです。

なぜこれを始めたのかと思い返せば、単に給与は仕事との対価としてではなく天から頂いたものであるという認識。そしてそれは多くの方々の感謝の循環によって、自分もその一部の恩恵を受けることができているという事実、単にお金の価値では測れないものをもっと理解していこうとするために取り組んだように思います。

もう何年もやっていると、感謝の声をいただくことで自分が何で役にたっているのかがわかったり、みんながどのようなことを喜んでくれたか、そして自分もみんなにどのような感謝を感じているかが確認できます。

感謝が積みあがっていく安心感というものは、大きなもので人はどのようなつながり方をするのかでそのコミュニティの質も変化するように思います。

例えば、同志というコミュニティであったり、家族というコミュニティ、そして同じ趣味というコミュニティ、理念を共有するコミュニティ、その「つなぎ方」は様々にあります。単にお金を中心にしたつながりだけでは、お金の持っている価値のみのつながりになります。それを感謝というコミュニティを形成することで、新たな絆が生まれていくのです。

人は、それぞれに「何でつながるか」というものを持っています。私もスタートアップの時は、友人と起業したこともあり、お金を中心に給与が発生していくことで本来のつながり方とは別のつながり方で感謝がわからなくなって苦しんだことがあります。

損得や費用対効果などの等価交換の価値基準を持つお金が、どうしても全体の価値観に影響を与えてしまいます。私の場合は、理念や初心を決め目的を定めたことでお金は自分たちを助けてくれる一つの道具になりましたがそれが明確でなかった頃は何度もお金に左右されてしまいました。

お互いに喜び会うことや、お互いに幸せになることなど、人は一緒に暮らしていく中で感謝が中心になればなるほどに利他的な自己と出会います。人間の低次欲求で有名なマズローも自己超越欲求というものがあると言及しています。これは自己実現の過程で感じる「至高体験」という自我超越、自己忘却、無我、利害や二分法では測ることができない「利他」(自他一体の歓び」のようなものを感じることができるというのです。これを私は徳を積むという言い方をします。

理念や初心が確かに自分のものになればなるほどに、生き方だけなく働き方も大きく変化していきます。そして生き方が変わり働き方が変わった人は、徳を積むための仕事に取り組み始めます。

それは費用対効果とかでもなく、損得利害などでもなく、子どもたちのために徳を積もうとするのです。自分がそうされてきて今があるように、自分も子どもたちに同じようにつないでいこうとする真心。

まさに、自分を活かしてくださっているものへの感謝への恩返しをはじめるのです。それは単にお金では片づけることはできず、文化伝承や奉仕、恩の循環を通して行われるのです。

私が3年前から開催した恩袋会というものも、溜まった恩の袋から徳をひろげようとする取り組みの一つです。

時代の変わり目に、新しい経済がはじまります。その新しい経済はいいかえれば、新しい道徳のはじまりです。そういう意味で、令和元年は道徳元年でもあります。引き続き、自分の使命を全うしていきたいと思います。

グローバルリーダー

昨日、米国に本社を置くマッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルティングを経験し、医師でもありながら企業経営をされておられる方とのご縁がありました。

このマッキンゼー・アンド・カンパニーとはそもそも何かといえば、シカゴ大学の会計学教授だったジェームズ・マッキンゼー氏が、会計や財務に力点を置いたコンサルファームを1926年に設立しました。その後、1933年に入社した弁護士出身のマービン・バウワー氏が大企業の戦略策定に比重を置くスタイルを確立し、60年以上にわたってマッキンゼーをグローバル企業に成長させました。現在では米国、欧州、アジア、南米、東欧など世界60カ国に105以上の支社を持つグローバルな戦略系コンサルティングファームとして君臨し全世界の主要企業を対象に、年間1,600件以上のコンサルティング・プロジェクトを手掛けている企業です。

最近は、グローバルリーダーという言葉もよくきくことが増えてきました。このグローバルリーダーとは、国や地域、文化を跨ぐような多様性のある環境で、ビジネスリーダーとして活躍できる人材のことを指しています。つまりは、グローバル化した世界において世界の方々と共に活躍できるような世界的リーダーの一員ということです。

マッキンゼー出身の日本人の経営者に大前研一さんがいます。その方の言葉には、このグローバルリーダーの資質を語っておられるように思います。そのいくつかをご紹介します。

「国に頼らず、会社にも頼らず、日々勉強を続けることで、自分の「名札」にいかにして「値札」を付けるかを常に考えて働くこと。それこそが真の働き方改革であり、そういう人材はいつ、世界のどこへ行っても活躍し続けることができるだろう。」

「ロジカル・シンキングは、答えの範囲を取捨選択して狭めていくときには有効だが、それでは発想は広がらない。誰も気づかないような答えを出すときにものをいうのは、想像力や直感だ。」

「問題はあらかじめ模範回答があると信じて、それを見つけると問題は解決したと安心してしまう。しかし、こういう頭の使い方はまったく役に立たない。なぜなら、21世紀の問題の答えはひとつではないからだ。」

「コンサルティングでも、複数のコンサルタントを雇っている会社の仕事はしないことにしている。それから、「ウチの会社はこういうことがやりたいので、A社さん、B社さん、C社さん、提案書と見積書を出してください」という入札仕事も絶対にやらない。「大前さんしかいない」と言ってくれなければ、考え始めない。自分の人生の大切な時間を割いて、相手のために命がけで考える神聖な仕事である。量販店の売り物ではない。」

「私のコンサルティングの基本は「自分が社長だったらどうするか」である。現場に足しげく通って綿密なフィールドインタビューを繰り返し、経営トップが知りえないような情報をかき集めて、問題点の背景にある原因のさらにまたその原因や課題を炎り出していく。そして自分が経営トップならどう対処するかを客観的に判断して、具体的でわかりやすい提言をひとつにまとめていく。そうやって経営者にアドバイスすれば、私も経営者もお互い悔いが残らない。結果として、そのアドバイスが間違っていたとしても、「あなたは本当に私のために、私に代わっていろいろ考えてくれた。私もそれに基づいて決断した」と相手側も納得してくれるからだ。」

他にもありますが、世界で共通する一流のビジネスマンたちは常に同じ土俵で物事を語っておられます。最後に、グローバルリーダーに関する大前研一さんの言葉です。

「グローバルリーダーといっても、スタイルは決して同じではない。だが、共通点もある。それはものごとの本質を見抜き、答えを自分で考え出せるというところだ。」

答えを自分で考えだすということは、オリジナルであるということです。そのオリジナルとはまさに変人であるとも言えます。坂本竜馬も、吉田松陰も、歴史上に現れるすべての時代のリーダー(変革者)たちはすべてオリジナルそのものでした。

子どもたちが安心して自分を全うできるようグローバルリーダーから学び、オリジナリティの追求を楽しんでいきたいと思います。

感情の掃除

人間は感情の生き物だといわれます。感情はあるがままに感じるもので、それを我慢したり無理をしたりするとかえって負の感情として残るものです。世の中には、口が悪い人がいて傲慢に上から大声で怒鳴るように感情をぶつけてくる人がいます。こういう人に対して苦手な人が多いと思いますが、それを我慢していたら無理がたたりパワハラで苦しくなったりするものです。

また怒鳴っている本人は、自分のイライラや怒りが周りに多大なネガティブな印象を与えた事に意外と気付いていなかったりします。その一言で、すべてを台無しにしていることを自覚しておらずそれで人生が暗転していくことに気づいていないのです。

台無しという言葉の由来は、仏像などを安置する台座がなくなれば仏像の威厳がなくなってしまうことで面目がないとか形をなさなくなるという意味です。つまりはその人自身がせっかく善いところが出ていても、その一言や怒りの感情をぶつけることでそれが消え失せてしまうことです。

一般的には、それらの感情をぶつけられても言われた方は我慢をして諦めようとしますが実際にはいつまでも心の中に残りますし、いつまでもその言葉を根に持つことになります。感情が消えないのです。その理由は、嫌だったことをそのままに受け止めなかったことから消えなくなります。

嫌だったこと、憎かったこと、つらかったこと、それを大声の人の恐怖で我慢するからそれが残るのです。言い返すことは難しいかもしれませんが、憎いことは憎い、嫌なことは嫌だと我慢せず吐き出すことでその感情は相殺されていくものです。

言った方は台無しになったことも気づかず、自分が酷いことを言って信用を失ったことにも気づかずにあっけらかんとしていますが、言われた方はいつまでも覚えているものです。

言われた方も、それで傷ついてそれを恐れになりトラウマになれば感情はいつまでの残りますからそうならないように気を付けなければなりません。

感情は感じたものに対して素直に味わい、自分の感情を吐露するときにゼロベースにリセットされます。大事なのは、感情を吐露することで本心を我慢しないということです。それで消し合うことで、再び素直な自分を維持することができるように思います。

「一方的に切れたもの勝ちや怒鳴ったもの勝ち」みたいな歪な価値観もありますが、実際に大きな損をするのは切れた方ですし怒鳴った方です。特に、最近の研究でも不平不満や愚痴、切れる人は肉体が老けるのが非常に早くなるということもはっきりしてきています。

自分を誤認せず、自分自身のことをゼロベースで理解し直すことは自分というものを素直にして運を高めていくためには大切な素養です。足るを知らず、いただいた好運やご縁、おかげ様や感謝を忘れると人間関係に必ず錆や綻びが出てきます。自分が正しいと狭い了見になっていないか、相手が悪いと決めつけて真実を見失っていないか。人間は常に自分を素直にすることに真剣にならなければ運は好転していかないということでしょう。

そして錆を磨いて綺麗にするのも掃除ですが、感情を素直に消化していくことも掃除の一つです。感情の掃除をしながら、楽しく豊かで美しい日々を味わっていきたいと思います。

岐路

国連から提案された「SDGs」というものがあります。
このSDGs「SustainableDevelopment Goals(持続可能な開発目標)」の頭文字を取った言葉で、2015年9月の国連総会(連加盟国193国)で採択された具体的行動指針のことです。すでに2001年に策定されたミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)の後継として国連で定められ2016年から2030年までの国際目標として認知されています。具体的な行動指針は、17のグローバル目標と169のターゲットからなり、飢餓、貧困、気候変動の進行、生物多様性の劣化などすぐにでも解決したいと思われる項目が入っています。
日本政府も「SDGs NOW! 17 Goals to Transform Our World」の動画で告知を展開しています。17の項目と169のターゲットは、総務省のサイトからPDFをダウンロードできます。この共通のキーワードの「持続可能」というものが何度も提言されるのは、言い換えれば近い未来に持続不可能な社会が訪れようとしているということです。
持続不可能な社会とは、では何かということです。それは人間がこの地球上で生活することができなくなるということでしょう。その理由は様々にありますがもっとも大きな原因は、自然と人間が乖離している世の中にしているからだと私は思います。
そもそも人間も自然の一部であり、自然物です。その自然物であったはずの人間が、人工物を創り上げ自然から乖離した都市というものを形成しました。そしてその都市というものを、自分たちの中で快適な仮想空間にしそこに消費を通して資金が流通するような仕組みを構築しました。都市の中で行われていることが自然とは別物ですから、その都市に運び込まれる様々なものは自然を搾取したものになります。
大量に生産し、大量に消費する、そこで都市を機能させますから消費されて捨てられていく自然の破壊の量が明らかに自然が創造するスピードを超えたとき持続は不可能になります。
自然の利子で暮らしていた時代から、自然へ借金して暮らす時代へと移ったことが今の持続不可能な社会を実現させてしまいました。しかし人間の欲望は果てしなく、自転車操業のように走り出したら止まれない今の世の中で如何に方向を転換しようかとそれぞれの人たちがそれぞれの場所で向き合っています。
自然と共生していた時代の懐かしさは、今のグローバリゼーションの波の中で消えかけているように感じます。もはや、このまま人類は滅亡に向かっていくのか、それともここで自然に帰るのか。もしくは第3の自然と共生する世の中にするのか。それは現代の世代の一つの大きな使命であることは間違いありません。

だからこそ、私たちは何をもって自然と共生するというのか。そしてどのような暮らしが自然を尊重して自らを立てることになるのか。
人類の自立に向けて、みんなで協力し合ってその答えを生きていくために挑戦を続ける必要があるのです。

子どもたちが100年後も1000年後も安心して、楽しく豊かに生きていくことができる社會を遺してあげたいとみんなそう思うはずです。
手と手を取り合い、子どもたちのために協力していきたいと思います。