棟梁の心構えと心意気

150年古民家、聴福庵の天井板の張替えを先週から行っていますが今まで見ることもなかった立派な梁が現れてきました。重厚で歴史を刻んだ雰囲気のある飴色の偉大な梁は、屋根を支えるだけでなく家全体のバランスを保つ力の中心です。

改めてよくよく観察すると、大変なエネルギーが漲っておりその梁が家を保ち支えているのを感じてこれこそ家守主人の力の源泉であることを実感しました。大黒柱、小国柱などのすべての柱を繋ぎ橋渡しをするこの梁は、家のいのちの最重要部分ではないかと実感するのです。

改めて「梁」を深めるとこの梁という漢字の成り立ちは、水に両木をかけわたす形であると書かれます。これは「川の上を木で渡す橋」の意味で家の場合は内(うち)ですから内張り(内張)になりそれが、梁(はり)となったといいます。また他にもつっかい棒のことを「ばり」ということもあるそうでこの梁もばりも「張り」から来ているともいいます。この張りは「腫れる」が語源で丸く膨れた状態をいいます。漲るという字も、先頭に立つ勢い、力が充ち溢れるという意味で張り(梁)と同義です。

家をあらゆる自然災害から守るのが屋根瓦でしたが、その屋根瓦のすべての重みを受け止めて支えるのが「梁」です。すべての柱の上に水平に横たわりその重みをグッと堪えて偲び支えていく。まさに組織であれば中心核、大工ではすべての職人をまとめる頭、会社であればそれは社長であり、国家であれば大統領の役目です。大統領という字の統領は、棟梁から翻訳されたものです。そして家を建てるには棟上げという祭祀があるように、棟は家の天辺にあり屋根を司り安定を保ち続けます。

この「棟と梁」は常に一家の建物を支える重要な部分であり棟梁は集団の統率する中心的人物ですからそこから家を支えるもっとも重要な人物が棟(むね)や梁(はり)ということでそれを親方ではなく、粋で匠に優れ最も尊敬される人物という意味も込めて人々から「棟梁」と呼ばれ神を祭ってきたといいます。したがって棟梁になれる人は一家、一国、一族、一門の統率者であり中心となる人物が選ばれていたのです。

梁がむき出しになった天井を、聴福庵をずっと手掛けてくださっている棟梁と一緒にその梁を眺めていると棟梁が「このままいつまでもずっと梁を眺めていたい」と小さく呟いておられました。私も、屋根裏で日ごろは天井板によって隠れて日の目を見ないその姿を観て心に深く染み入る感動と尊敬の念を感じました。

家をもっとも支える存在とは観えないところをしっかりと全員の橋渡しをしている陰徳的存在なのかと感じ、改めて本来のリーダーや総責任者、そして主人としての覚悟を学び直した気がします。

私はこの古民家甦生そのものが経営の師であり人生の先生になりました。これは決して人間ではないし言葉で教えることはないけれど、そこには確かに人間としての生き方の証が随所に智慧として伝承されていたからです。私は今もこの伝統的な家によって保育をしていただいています。

世間は私のことを古民家好きな人や、普請道楽、また骨董趣味やマニアックな人などと勝手に評されたりします。そして本業の仕事もせずに古民家ばかり没頭していると周りからもいわれます。しかし私はその家から自分自身の生き方の研修をしていただき、生き様のご指導をいただき、自分自身を苦労によって成長させていただきました。実践とはその境地で没頭するまでやっていることを言うのであり、事物一体に真剣に没入しなければ学んだことにならないからです。ご縁を活かすというというのはそういうことなのです。

私はこの家から棟梁としての心構え、そして棟梁たる陰徳の心意気の意味など家から学ばせていただきました。きっと傍から見ても変人のように楽しんでやっていますからただの古民家狂いに見えるかもしれませんが、私はその都度に職人や道具からむかしの人々の心と対話し、智慧を伝承し、それを子どもたちの生き方に伝道していこうと思っているのです。そしてそれが保育の仕事につながっているからです。

暮らしとは本来、日々の心の持ち方のことであり、それをどのように美しいものにするか。そして道徳とはまさにその生き様としての実践をどのように積み重ねていくかということの連続なのです。実践とは現場で努力して高い志で深く学び続けることをいい、知識を単に増やすことではありません。実践するには苦労して楽しく道を歩む必要があり、学問を深め正しく実行することではじめて前進するのです。

つまりやっていることが良いか悪いか、正しいか間違っているか、関係あるかないかではなく果たして学んでいるか実践しているかが大切なのです。まさに匠とはそういう人物のことかもしれません。

引き続き、子ども第一義の理念に沿って深く広く学んでいきたいと思います。

かんながらの夢

先日、御縁あって東京の泉岳寺にお伺いすることがありました。忠臣蔵で有名な赤穂四十七義士の墓があるところでもあります。墓地では年齢が多様な日本人の参拝者が多くあり歴史の篩にかけられても未だに忘れられてはいません。

今の時代ではこの忠臣蔵の出来事の本質を深めようとするような学問も少なくなり、道徳が荒廃すればするほどにこの義士たちの理念が忘れ去られていくように思います。道徳の荒廃は大げさに聞こえるかもしれませんが私たち日本の民の原点から守り続けてきた生き方が失われていくことでもあります。

日本人が親祖より最も大切にしてきた生き方を守り続けるということは、言い換えれば子々孫々まで親祖の理念を維持していくということです。神社のお役目も本来はそうであったはずで天皇もまた祭祀によって理念を守り続けていらっしゃいます。そして世界のそれぞれの国には日本と同様にそれぞれのはじまりがあり、多様な国家や民族はそれぞれにその場所でその風土で誕生した道を歩み続けています。本来の道(聖道)から外れるとき、その聖道は途絶えます。途絶えさせないようにその時代時代の忠義の人物たちが理念を守り続けるから私たちは先祖の遺徳に感謝していくことができます。その遺徳を顕現させるものたちこそが義士なのです。

この義士は、先ほどの赤穂義士でも使われますがその定義は「人間としての正しい道を堅く守り行う男子。」ということです。この人間としての正しい道とは、道徳に則った人物ということになります。この道徳は、天地の至誠とも呼び、天地にあって常に中庸を貫き真心を盡すということのように思います。

赤穂義士たちの師は、山鹿素行です。山鹿素行と言えば、古学を究めた人物ですがこのアジアの原点や根本を突き詰めて達した人物です。私の定義する「かんながら」はこの山鹿素行と同じく自然です。山鹿素行はこのことを「天地」と定義します。

「天地の至誠、天地の天地たるゆゑにして、生々無息造物者の無尽蔵、悠久にして無彊の道也。聖人これに法りて天下万世の皇極を立て、人民をして是れによらしむるゆゑん也」

この世のすべての生成者は天地であり、永遠の道もまたここにある。聖人とは、この道を守り続ける人物であるといいます。何が人間の自然であるか、根本を説いています。故に「天地これ師なり、事物これ師なり」と言います。本物の師とは、天地のことである、その天地に生きる私たちの師は出会いであるとも。だからこそこう続きます。

「天地ほど正しく全き師あらんや。ただ天地を師とせよ。天地何を好み何をか嫌う。ただ万物を入れてよく万物になずまず、山川、江河、大地、何ものも形をあらわしてしかも載せずということなし」

この天地とは、自然の真心のことで風土の顕現した道理のことです。古来人はそれを神と呼びました。現代の神は、どこか人間の価値観で勝手に作りこまれたものを言いますが本来の神とはまさにこの風土のことを言うのです。天地のことを風土と呼び、その道を実践することを「かんながら」と私は呼ぶのです。

風土を改善するという私の夢は、言い換えるのなら風土に沿うということです。日本人であれば日本人の道徳を、日本の経営であれば日本らしい経営を、まさにその風土を師として風土を体現することが私のコンサルティングの中心なのです。

なぜならそれは親祖の祈りであり、孔子や聖人たちが願い続けた理想の道だからです。人類の平和はまさにその「風土を師と仰ぎ中庸を保つ」ということなのです。不思議にも今回のブログは私の遺言のようなものかもしれません。

義士たちがいつかここにたどり着くことがあるのなら、ぜひ一緒に問いかけてほしいと願います。「義」とは何かと、「志」とは何かと、そして「道」を想い直し「徳」を思い出してください。人類の成長を見守るのが保育であるのなら、私が子どものために何をしようとしていたのかを伝道してほしいのです。

最後に山鹿素行は学校を創りました、その学校はカタチは消えても心の中に存在し今でも子どもたちを見守り続けます。その学校は何か、こういいます。

「学問は天子より庶人に至るまで、一にこれ皆身を修むるをもって本となす。これを為すに学校が必要であり、学校と云うは民人に道徳を教えて、その風俗を正すの所を定むる事也。学も校もともにおしうるの字心にて、則ち学校の名也。学校のもうけは、上代の聖主もっぱら是れをもって天下の治道第一とする也。学校は、単に学問を教え、ものを読み習わせる所ではなく、道徳を教える所であり、つまり、人間を作るのが学校の目的である」

将来、私は学校を創りますが世の中の人が一般的に思っている学校とはあまりにも異なるかもしれません。しかしいつの日か、自然と調和し、人類がそれぞれに正しい道を歩んでいくことができるようにかんながらの夢を念じながら前進し続けていきたいと思います。

楽観力

人はポジティブとネガティブという思考を行き来することで感情が揺さぶられていくものです。喜怒哀楽を中心に複雑に入り組んでいる感情は、その人の心の表情として周囲の人間関係に影響を与えます。

いくら見た目が明るそうに見えてもその根が暗い状態であったり、見た目が暗くても実際はとても明るい状態である人もいます。つまりは人間は決して見た目と中身が同じではなく、自己を複雑にしながら社会で生活をしているといえます。

たとえば、他の動物でいえばほとんど顔の表情と心は同一で見た目通りの表情をします。犬であれば喜怒哀楽ははっきりしていますし、鳥もまたそのまま感情をさらけ出します。しかし人間は、見た目は喜んでいるように見せて実際は悲しんでいたりと、心と感情を別にしていくのです。これを何度も繰り返して自分を偽り続けると心と感情のバランスが崩れて疲れてしまうのです。

自分のままでいること、自分らしくいられる居場所があることは、自分の安心だけではなく周囲の安心をも創造します。安心できる場所があることで、自己のパフォーマンスを最大限発揮でき、他者の持ち味を活かしあうことができます。それができない状況は不安な環境に自分でしてしまうことです。自分を偽る理由はそれぞれにありますが、比較競争からのプライドであったり、もしくは自分自身がそういう生き方を続けてきたから自分の本来の姿が分からなくなったり、自分の価値観によって裁いていたりと様々にあります。

しかし最初からそうなったのではなく、過去の何らかの環境や出来事によってトラウマになったり、それによって自分が攻撃されたと思い込みずっと守ろうとしているとも言えます。

自然体でいいというのは、自分自身がオープンである環境を創り出すことです。何を言っても大丈夫、仲間がいつも見守ってくれているという意識で環境の一部になることが、見守る環境を準備することであり自分自身が安心していない状態で見守るというのは難しいのです。疑心暗鬼になり、いつ裏切られるかと見張り緊張しっぱなしの環境の中にいたら頑固になり空気も澱んでいきます。そのうち澱みが溜まり過ぎると流すことができなくなっていきます。いつまでもしつこく根に持つのは、物事をしなやかに受け流すことができないほど楽しくなくなってしまっているかもしれません。

実際に客観的に事実を観たらポジティブさもネガティブさもその中にどちらにも善いところがあります。常に自分自身がその善いところをみて自分自身の心の穢れや淀みを笑いによって澄ませていくことや、そのものを楽しんでいく工夫をすることでより見守り安心できる環境が醸成します。

楽しくないことを楽しくするには、善い側面を観ることや意味を深めて学ぶチャンスにするという前向きな心の態度が必要のように思います。前向きとは、今に集中して前進するということです。逃げると人はその思い出が辛い思い出になり、攻めると人はその思い出が楽しくなるといいます。つまり人生を楽しんでいる人はいつも逃げなかった人なのかもしれません。後悔をしたからこそ次こそはと楽しんでいくことが人生の醍醐味かもしれません。生き物はすべて前進していくことが人生の命題ですから、どんなことがあっても逃げずに前に進んでいこうと精進していくことで楽観力もまた高まってくるように思います。

根っから好きになり楽しくなるように働きながら子どもたちのモデルに近づいていきたいと思います。

 

怒りから学ぶ

人は怒りを持つことで、それが義憤になることもありますがその矛先を自分に向けると自分を責めてしまいます。自分を責めないというのは、自分に対して怒らないということです。人は怒るときに攻撃します、その攻撃が相手に出る人は暴力になりそれが自分に向くときは責めることになるのです。

この怒りは何処から来るのか、それを日本アンガーマネージメント協会代表理事の安藤俊介さんはこう言います。

『怒りの源泉は、人間が持つ「自分の身を守る感情」。動物は敵が現われたとき、すぐさま相手に飛びかかったり、逃げ出したりできるよう、臨戦態勢に入ります。その際、アドレナリンという心身の興奮状態を作るホルモンが分泌されます。これが怒りの源です。また、自分が守りたいテリトリーを脅かされたとき、同じように臨戦態勢に入ります。そのテリトリーとは、誰しも心の中にある、「こうあるべきという価値観(思い込み)」です。』

人はそれぞれに価値観が異なります、自分と価値観が異なる人に共感できずにいたらどうしても自分の価値観を守ろうとします。その時、本能的に自分を守るために怒りの状態になるということです。

確かに、腹が立ちイライラするのは相手のことがどうしても許せない時や、許せない自分に怒っていたりします。価値観を分かり合えないとき、複雑な感情が怒りとして出てくるのかもしれません。そして怒りは同時に必要なものだといいます。

「怒りはゼロにする必要はなく、むしろ必要な感情です。怒りを失った人間は危険察知や防衛本能すら失い、この世を生き抜くことが困難になります。実際、側頭葉を損傷し、怒りの感情をなくした人が、何が危険なのかわからなくなり、リハビリ中、怪我をし続けるという事例が報告されています。」

つまりは、自分を守るというのは誰にしろ必要な力です。それが正常に働くように調整する、過剰になりすぎるのは守りすぎたり責め過ぎたりとバランスを崩しているからです。自分の感情を理解していくことは、自分自身との付き合い方を学び、自分を大切にしていくプロセスになるように思います。

誰かによって一方的に価値観を押し付けられ、それに対して感情を押し殺していい子でいようとしたり、親に逆らえずに我慢してその分、自分を偽って誤魔化したりして親の気を引こうとするとかえって自分への怒りに呑まれてしまいます。そんな時大切なのは、怒りの矛先を何処に向けるかというマネージメントではないかと私は思います。義憤というものもまた、その怒りを力に換えて行います。人間は、悲しみも怒りも力に換えることができるからです。

そしてむかしの未熟な感情を引きずっていたとしてもその時を大人になって思えばその時の自分も親も生まれたて出来立ての弱くて未熟な存在だったのですからお互いに間違いを許し認めて「ごめんね」と謝れる関係、また「お互い様だね」と分かち合い思いやれる関係、いつまでも心に許せずに引っかかってしまった自己との対話の修復を、時間をかけて傾聴、共感、受容、感謝で溶かしていく必要があるように思います。

改めて私たちの取り組んでいる一円対話の価値を見直しました。引き続き、感情と向き合い自己と健やかで安らかな関係が築いていけるように日々に心に耳を傾けていきたいと思います。

乗り越えるということ

成長のことを思う時、自分の人生においてどこがもっとも成長したかと振り返るときそれは困難に立ち向かい困難を乗り越えた時のように思います。その困難は失敗の連続であったり、高い壁で八方ふさがりになったり、怪我や病気で苦しんだり、心身共に挫折したり、自分自身と向き合い「乗り越える」ことが求められた時のように思います。

この「乗り越える」とは何かといことです。

少し深めてみると、この乗り越えるのは順風満帆の時に使う言葉ではありません。逆境や困難の時に用いられます。人間は誰にしろ因果応報の原理が働きますから、今起きていることは過去の何かに起因しているものです。つまり変化は突然やった来たことではなく、必ずいつの日か起こりうる出来事がその時に発生したということになります。

その時、自分にとってはそれがとても受け容れ難い変化であり、その変化に順応しようと努力するとき、人はその意味を理解し努力をして乗り越えていくことができます。

この時の努力は、物事を福に転じたり、楽観的に今に集中したり、感謝にまで心を高めていくことをいいます。つまりは「心の持ち方を変えることができた」ということが乗り越えたということになるのです。

有難うという言葉も、難が有ると書いています。自分にとって困難な状況の時こそ、感謝で乗り越える、ありがとうで乗り切るという智慧が言葉に宿っています。

感謝の反対は当たり前といって、何でも当たり前になっていくとき困難に潰されていきます。ないものねだりではなく、如何にある方をみるか。そして足るを知り、頂いているものに感謝できるかが人を大きく成長させていくのかもしれません。

困難は人間を進歩向上するための砥石なのです。

一度しかない人生で、自分自身を向上させていくことは人格を磨き夢を実現するための唯一の手段です。歩みながら感謝、謙虚、そして素直と心の持ち方をどんな時でもその状態が維持できるように日々に精進していくしかありません。

子どもたちが憧れるような進歩向上を歩んでいきたいと思います。

 

成長主義~成長のバトンをつなぐ~

この世のすべての生き物はこの世に生まれてきた以上、すべて「成長」していきます。どんなものでも成長しないものはなく、様々な体験や経験を通して発達していくのです。

人間であれば赤ちゃんの頃から成長して大人になっていきます。しかしこれは不思議な話で、体が大きくなって歳を経て大人と周りから言われるようになっても私たちは成長し続けます。つまりは大人になることが成長ではなく私たちはずっと死ぬまで成長し続け、さらには命のバトンを繋ぎながら永遠に成長していくのです。

そう考えると、今の自分も成長の途中であり親祖から今まで多くの先祖たちがずっと成長し続けて今の自分にバトンをつないでいます。その成長のバトンを受け取って私たちは今、様々な成長の御縁をいただきさらなる成長に挑んでいるのです。

自分のことだけを心配したり自分の代のことだけを考えすぎると、自分が何のために生まれてきたのかを見失ってしまうことがあります。人類の成長、そして世界の成長、子どもたち未来の成長のためにと自己を超越すれば成功よりも成長が必要であることが分かります。

一時的な成功を手にしたとしても、それが成長とは限りません。現代は成果主義が蔓延し真面目で責任感が強く優しすぎる人は、すぐに自分を責め過ぎてしまいます。しかし自分を責めても意味がなく、それよりも自分が成長していることに気づき、その失敗の体験から学習しさらなる成長のための挑戦をしていくしかありません。つまりそういう時こそ成長中であり成長の伸びしろが増えていくときだからです。

人生の最期に「いい人生だった」と完結できる人は、本当に多くのいろいろな方々が自分の成長を見守り自分というものを育ててくださったという感謝と共に自分はこの世で何よりも成長できたと実感し、その成長をもって次の世代に夢を託していける仕合せに出会っています。それが「成長主義」です。

この逆に人生を見失い自分を責めるという心理は、その成長の過程を否定するものです。抑圧社会の原因になっている権力者の人間支配による成果主義や結果主義が人を歪んだ個人主義の価値観に追い込んでいきます。

本来は失敗して辛く苦しい時こそ、人は人間として大きく成長していきます。つまりは失敗し困難が訪れるとき、そして苦しい時こそ自分の「伸びしろ」があることに人は気づけるのです。責めるのではなく、伸びしろがあると自分を奮い立たせてまた挑戦をし成長の糧にする。まさに人間が人生を歩むというのは、いかなるときでも「成長を続ける」という選択なのでしょう。これが学問の価値です。

現代では、すぐに簡単便利に楽を選んですぐに結果が出ることばかりが価値があるかのような考え方があります。努力をせず苦労をせず無理をせずに効果的に手に入る仕組みばかりが重宝されます、しかしその方法は果たして成長を選んだかということです。敢えて成長を選ぶということは、より苦労の多い方に舵を切るということです。成長をした人は、人間として修養され一つの立派な人格、人徳を得ます。すべての命には善悪勝敗正否はなく、唯一の「成長」があるだけなのでしょう。

最後に出光興産の出光佐三の言葉です。

『一つの目的を達成するのに非常に楽な道と非常に苦しい道とがあるとする。苦しい道をとっても、楽な道をとっても目的は達せられるが、どちらを選ぶかといえば我われは敢えて難路を選ぶ』

成長を選ぶことこそ、成長のバトンを受け継いだ私たちの使命です。子ども第一義の理念に恥じないように、常に成長を選んで挑戦を続けていきたいと思います。

 

本心~信念の実践~

社會の抑圧が強い場所や環境では人はその人に与えられた役を演じるようになります。自分らしくいることよりも、如何にその立場の人であろうとするのです。立場を守れば自分を守れると信じているから本心を隠して立場を優先する生き方を選びます。

この抑圧とは、行動や自由を抑え込まれることをいい自分の言いたいことも我慢し、やりたいこともできず、牢屋の中に入れられるような感覚を言います。みんなと同じでないといけないと個性を抑え込まれ、そうやって支配者が望んだ姿になれば優等生だ優秀だと評価されていれば役を演じることがいいこととなり、その役を演じているうちに本当の自分が一体どのようなものだったのかも思い出すことができなくなるのです。

本心を隠してというよりも、本心が何かすらもうわからなくなったりします。自分が本当はどうしたいのか、それは自分の信念に従うということです。自分の信じることはこうだから、自分は信念ままに生きるとできるのならその人は役を演じるのをやめることができます。

しかし信念を諦めてでも役を演じていたら、抑圧された自分がずっと我慢をしなければならずいつの日か無理がたたりいつの日か役を演じ切ることができなくなるのかもしれません。そうやって頑張ってみんなで役を演じ続けていたら、みんな本心が出せなくなりみんな自分を信じることができなくなります。つまり抑圧から自信がなくなってしまうのです。それが現代の抑圧社會の温床になっているのです。

自信とは、常に自分の信じる道に従って行動していく中で醸成されます。他人の評価ではなく、自分の信じたことをやり切る中で自分自身の本心と向き合い、本音を隠さなくてよくなります。本音と建て前を使い分け、いつまでも本心を隠して役を演じるていては自分自身が信じられなくなります。本来は当たり前のことができなくなる環境の中では、人は簡単に本心をさらけ出すことができません。役を演じるルールは絶対的であり、みんな本心を隠しあっていますから何を信じていいのかもわからなくなるのです。自分が演じみんなも演じるからみんな本心が分からなくなり孤独になっていくのです。誰も信用できず孤独になり精神が疲れていくのは演じるのが疲れた証拠なのです。

みんなが自信をもった安信社會を築くためには一人ひとりが日々に初心に帰り自分は何を信じて生きていくのか、そして信じたことに誠実に生きていこうと、勇気を出して自分の信じるものを優先していくことかもしれません。それは誰かに敵対することではなく、感情をぶつけることでもなく、自分は一体何を信じて生きていくかと自分の人生で実現したい自分自身の「心の本」(初心)と対話していくということです。

心は何をしたいのか、そして心は何を信じたいのかと、心を探していくのです。心の中にある自分の心の本は常に声を発しています。その声に耳を傾けてあげる、その声に共感し受容していく。子どもが泣きながら聴いてほしいと喋っている声に、寄り添い耳を傾けて聴いてあげるように心を抱きしめながら受け容れてあげることが心との対話なのです。

役を演じ続けて心を置き去りにしていかないように、そして演じているうちに心が迷子になり自分を見失うことがないように、日々に自分の心と対話をしながら信念の実践を一つ一つ積み重ねていけば心の不安もまた消えていくように思います。

日々の実践とは、心の対話であり自分の信念を磨く砥石です。

引き続き、弱い自分を認め受け容れながら弱さの中にある真の強さとやさしさに出会えるように諦めずに丹精を籠めて歩んでいきたいと思います。

 

 

 

感謝の節目

昨日、恩師の古希祝いと「保育の起源」出版記念会が東京で開催されました。全国各地から250名を超える人たちが駆けつけてくださり大盛況のうちに終了しました。これだけ多くの方々から尊敬され、慕われる先生を観ていると有難い気持ちと共に改めて尊敬の念が込みあげてきました。

私は人生の半分を恩師と共に歩み、まだ人も少ないときから恩師の信じるものを信じて歩んできました。なかなか理解されなかったり、賛同者も少ない中でも恩師の信じる言葉と信じた理想を信じて切り拓いてきたように思います。

人は何を信じるか、そして信じたことをどれだけやり切るかで人生の未来が変わってきます。昨日、あの場に集まった人たちと恩師の話をみんなで真剣に聴き入る光景を眺めながら同時にこれまで歩んできた私自身の20年の振り返りも行うことができました。子ども主体の保育を実践する徳のある方々の思いや熱意にこの今も支えられていることを感じ、ここまでの道のりへの感謝を改めて実感したからです。

恩師から人類についての話がありました。

人は一人では生きてはいけない、必ず集団の中で育児をする。そのことで人類は生き延びてこれたという智慧の話です。保育の大切さを改めて語られました。私も持続可能な社会や人類の平和、永遠の繁栄を願うからこそ恩師の言葉を信じてここまでやってきました。

その恩師に昨日は「貝の首飾り」をお贈りしました。これは、古代の人類が貝を絆のお守りにしたことからです。かつて貝は財宝であり宝そのものでした。そして貝は中のいのちを守る存在でした。最初に赤ちゃんが生まれると、その部族や家族が「あなたを支え見守ります」という証に貝を持参して子どもに贈りました。その貝を結んで首飾りにしてその子を守りました。外敵もその首飾りの貝の量を観て、それだけ多くの人が見守っている人を簡単には襲うことはできませんでした。貝は仲間の信頼と見守りの証となって、様々な困難からその人の一生を「信じ見守り合う」ことで守ったのです。人類の自立は、貝を渡すその時に定まったのです。

貝の首飾りは人類が何百年も何千年も集団を形成し、厳しい自然の中で助け合い暮らし生きてきた智慧の証だったのです。

そしてその貝には、私の魂の同志である福田康孝さんに6000年前の貝を磨いて「GIVINGTREE」と彫り込んでもらい、左右に「縁」と「恩」の貝でつないでもらいました。これは「ご縁とご恩に結ばれる中に真の’見守る’は存在している」という意味です。そして首飾りを彩る多様な種類の貝をつないで「個性を尊重し合って絆を結んだ」という意味も籠めています。

透明に光る貝は、透明な心で磨かれ美しい光を放っていました。その貝に会場に来た皆様に「ネガイ」を籠めて触れていただき「私は仲間です、私はあなたを支え見守ります」という真心を入れていただきその貝を恩師に贈りました。

貝の一生は宿主がなくなって貝殻になっても新しい宿主を探し求め、その形なくなるまでいのちを守り続ける存在です。海の砂浜で出会う貝は、みんなそうやって宿主を探して漂います。神社の宿り木や依り代のように、守るそのものを遷して守るのです。皆さんの「ネガイ」が込められた貝が、これからも恩師を支え見守ってくれることを願い一緒にお贈りしました。

これから恩師も新しいステージに向けて、また新たな挑戦がはじまります。

これまでの支えや見守りがさらに恩師の信じる力に転換され、これから人類に向けて保育を伝道できるように祈り私も真心を込めていのちを懸けて尽力していきたいと思います。

ありがとうございました。

 

カグヤの挑戦

昨日は、聴福庵から群言堂の松場夫妻の講演に同行し国東半島まで一緒に同行する機会がありました。道中は楽しいばかりで、今までのことこれからのことなど希望に溢れたお話に元氣をたくさんいただきました。

改めてお話をお聴きすると敢えて誰もが手を出さないような巨大な難しい仕事に一匹狼のように挑んでいこうとする、まさに「逆行小船」のような純粋な生き方に感動しました。お二人の人生は周りから反対されることを敢えてやり続けてきた人生であったと講演ではお話がありましたが、常に自分たちの信念を貫く生き様であったように感じました。

時代の流れのなかで大量生産・大量消費、すべて同じ顔をした同じ物があふれていく世の中で、大量消費こそが価値のように消費しつくされていくなかで世の中の人たちが安易に捨てていくものに対して大きな疑問を持っていく。それは果たして捨てていいものかと。

例えば、手仕事の豊かさであったり、家族の愛おしい時間であったり、金銭を超えた信頼関係であったり、もしくは懐かしい思い出との慈しむつながりであったりと、色々と消費が加速するスピード社会の中で本当に大切なものを拾い続けていこうと覚悟されたこと。そして事業にされたこと、やっていることをお聴きすると私の会社以上に多岐に及び、伝統や地域だけではなく、教育やモノづくり、啓蒙活動に文化育成、書ききれないほどに様々なことに取り組んでおられました。

「時代と逆行していくかもしれないが、理念を守り1パーセントの壁を守り続ける」とその歩んできた人生に器の大きい美しい生き様を感じます。人間の器の大きさとは何か、これは矛盾を受け容れながらも信念を貫いていくその度量の品格を言うのではないかとも思います。

日々に暮らしの中で何百年前から今も残るむかしの道具たちと触れていたら、傷だらけになりながらもあちこちが修繕されながらも何百年何千年と子孫たちを見守り続けて生き続ける姿を観ます。まるで数千年の巨木、また数百年のお社のような存在の大きさです。信念は人を大きくし強くする、私もまたかくありたいと思いました。

最後に、講演の中で「本来の”消費”とは未来への”投票”であらねばならない」と仰いました。

「うちの会社は説明しても一体何の会社なのかと理解してもらえないし、なかなか分かってもらえない。それは「生き方」を販売しているからです。時代は必ずモノ売りからコト、そして必ずココロへと成長していく。だからこそ人々がこの会社の生き方を買おうとしてもらう、その投票してもらうことをやっている事業をしているのです。みなさんが選挙で応援し投票したのは、会社=生き方だからこそ、この会社から消費するとしていきたいのです。」

子どもたちが安心してこの先も暮らしを豊かに紡いでいけるようにするには、人類の意識を変化させていくしかありません。それは生き方を変えていくしかないということです。生き方を変える事業こそ、人生を懸けた私の、そしてカグヤの挑戦なのです。

過度な消費文明の中で消耗しきってただ滅亡を待つ日々を闇雲に過ごすのではなく、子どもたちのことを思えば思うほどに敢えて逆行してでもそれを解決しようと挑んでいくことに命を懸ける価値があるように思えます。短い小さな人生でそんなにできることはありませんから引き算しながら取捨選択するしかありません。

私も子ども第一義の理念に恥じないように、生き方=働き方を本気で遊んで極めていきたいと思います。

富苦労の恩返し

昨日、私の人生の価値観に大きな影響を与えてくださった大恩人の夫婦に聴福庵に来ていただくことができました。約2年半前にご縁をいただいてからここまでこの方々の言葉を信じて、そして生き方を尊敬し自分も学び直そうとここまで取り組んでくることができました。

人は、できるかできないか、成功するか失敗するか、いろいろな選択肢があるなかで「信じるか信じないか」という物差しがあります。私はこの「信じる」ということだけを大切にここまで生きてきました。

思い返せば、今、人生でご一緒している大恩人や道の達人たち同志仲間を信じたから夢を体験することができています。もしも疑ったり信じなかったりしたらどうなったでしょうか。当然、今の自分はありませんし周りもご縁もありません。御縁を活かすというのは、「信じる」ことです。そしてそれは信仰心にも似た純粋なものであり、真心の生き方のことでもあります。

出会いが素晴らしいのは、信じあう世界を築いていくことができるからです。一期一会に出会ったご縁によって、その人を信じることによって新たな世界が拓けていく。その人生のご縁を大切にする人はみんな信じ切ってきた人たちかもしれません。

その信じる気持ちが疑いになったとき、信じることができなくなったとき、そこで諦めてしまえば真実は隠れてしまいます。真実に生きるというのは、「信じるに生きる」ということなのでしょう。

その当時はまったく何もわからなくても、振り返ればその「信」の御蔭様で私の周囲の人たちも心豊かに暮らしを学びはじめ、そして子どもたちにも伝承できる永遠の智慧をたくさんいただいています。

信じるというのは、自分を信じるということです。それは言い換えるのなら、その人の信じるものを自分も信じる、そして信じる自分を丸ごと信じたということです。自分を信じ切るということこそが信念の本質なのでしょう。

直観や信念は、常に出会いを大切にする中にこそあります。

大恩人たちへの信じた証をお伝えできる今があるのは、苦しいときにも諦めずに自分が信じてこれたことの富苦労の恩返しです。一緒に道を拓いてきた恩師の古希祝いも明々後日にあり、信じてきた自分を心から誇らしく思います。

人生の出会いとその感謝を片時も忘れずに、一期一会のご縁を結ぶ仕合せに生きていこうと思います。