かんながらの与贈

先日、贈与という言葉は聞いたことがありましたが「与贈」という言葉に出会いました。贈与はある人が誰かに無償で財産を贈ることを言います。しかし与贈になると少し意味が異なってきます。

その「与贈」について、場の研究所のフェイスブックにこう紹介されていました。

「私たちの「与贈」は、正確に言えば「〈いのち〉の与贈」です。いまマザー・テレサの愛のことばの本を読んでいたら、次のようなすてきな言葉に出会いました。『愛は分かち合わなければ、何の意味もありません。愛は行動に移されるべきものです。見返りを期待せずに愛さなければなりません。愛そのもののために何かをするべきで、何かを得るためにするのではありません。見返りを期待するなら、それはもう愛ではないのです。本当の愛とは、無条件で、何も期待せずに愛するということだからです。』(清水紀子訳)これほど「与贈」という行為の意味を正確に伝えている言葉に出会ったことはありません。場の研究所で、私たちが「〈いのち〉の与贈」と、〈いのち〉をつけているわけは、人間以外の生きものにも〈いのち〉の与贈循環を広めて、持続可能な地球をつくりたいと思っているからです。」

これは私の思う「徳」と同じです。愛を徳に換えればそのまま与贈ということなります。

私たちのいのちの中で永遠永久に存在しているものがこの循環している愛や徳、与贈です。それは生死を問わず、なくなっているようで存在し、宇宙の中にずっと積み上げられていくものです。

むかしの人は、それを「徳を積む」という言い方をしました。これは愛を与えることと、真心を盡すこと、そして自然が循環することがいのちそのものの本体だと気づいていたからではないかと私は思います。

そして私たちが今あるのは、かつてのいのちたちの屍の上で存在しています。時空を超えてめぐりめぐっているいのちの中で自然宇宙の中の恩恵そのものの偉大な場を舞台にして私たちのいのちそのものは何かによって活かされているということです。

当たり前ではないこの「場」の存在に如何に気づいて、自分をその「場」ではたらかせていくかがいのちそのものに同化していくことであり自然になることです。人類が永続する道もまたこの「場」に対する生き方次第です。

徳を色々な形で学び、その徳を如何に循環させていくかを私のかんながら(自然)の与贈から伝承していきたいと思います。

場が主役

昨日、「場の研究所」の清水博先生にはじめてお会いすることができました。著書で文章は拝読していたのですが直接お話をお聴きするとはじめて聴く言葉にたくさん出会いました。またホームページで自然の美しい写真を撮っておられ、いのちのはたらきを観察されている様子にも感銘を受けていましたから言葉と意味が少しつながって理解が深まることができたようにも思います。

人生には意味というものがあり、その意味は一期一会の出会いによって導き示されていくように思います。そしてそのつながりというものは、「場」に生じ、その場から学び人は感化共鳴されていくようにも思います。

昨日は、「生きている」ことと「生きていく」ことについての語り合いが場で行われていました。私たちは場の中で「見当」というものを与えられているといいます。しかしその見当は決して見える世界だけではなく暗在的な見えない世界があるといいます。人間が生きていくというのは、その見えないものを解明していくことでありそれが科学というものではないかと私は感じました。

現在の科学は、目に見えるものだけを科学であると信じるように教え込まれてきました。しかし本来の科学とは、目に見えないものを信じることではなかったかとも思うのです。それを宗教といって抵抗する人も増えてきましたが、本来の科学と宗教の意味が別のものに挿げ替えられて定義されていたとしたら私たちは本来の科学とは何か、本来の宗教とは何かをもう一度、突き詰めていく必要があるように感じます。

清水先生からは「宗教以外でお互いの主観的宇宙を共有する、それが試されているのが今の時代である」という言い方をされておられました。確かに、意味を失い、場が消えてしまうような客観的な宇宙だけでは本来の科学は解明することができません。

主観的な宇宙を如何に人々が共有し合えるか、すでに与えられている目的に対して私たちは如何に逆対応によって本物の科学に近づいていくか、まさに時代の転換期にあることを実感しました。

清水先生からは「科学の本質とは何か、そして場の科学の正体とは一体何か」その「新たな問い」を私はいただいた気がします。そしてここからまさにこれからの新しい世紀は、「場が主役」になる時代であると確信を持ちました。

まさに与贈しあういのちの「場づくり」こそが、人類に与えられた希望であり智慧であり未来です。

本当に多くの示唆をいただきご縁に深く感謝しています。また研究するお仲間たちの真摯な姿やあたたかな雰囲気にも刺激をいただきました。

引き続き、日々の環境を見つめながら場をさらに研究して場の持つチカラをはたらかせられるように自己円満かんながらの道を精進していきたいと思います。

本物の美味しさ

昨日は、千葉県神崎にあるむかしの田んぼの草取りを行いました。現在の一般の田んぼは除草剤を使っていますから田んぼに直接足を入れて除草することはほとんどありません。しかしむかしからの田んぼには、必ず稲とは別の草草が生えてきますから除草をしなければ収量が大幅に変化してしまいます。

この除草も田んぼが大きくなればなるほどに大変ですが、みんなで作業すると苦労も分かち合え、また食事も美味しく、家族のような親近感が湧いてくるものです。懐かしい家にいるかのような感覚になるのも、田んぼの場がそうさせるのかもしれません。

お昼は、この田んぼの理念でもある「美味しいお米づくり」を私たちカグヤの子ども第一義と組み合わせて「美味しいごはん」を用意することにしています。今の子どもたちに本物の「美味しい」とは何かを伝承するために様々な取り組みを工夫しています。

昨日は、ひつまぶしのようにして鯛茶漬けを食べましたが直前に鉋で鰹節を削り、鉄鍋を用意し炭火で沸かした水をつかって出汁をとったものは美味で薫りも見た目もすべてに感動しました。

お米も昨年、みんなで収穫したお米を食べましたが甘くお米だけで充分なほどでした。さらにみんなで協働して働いたあとだったのでお腹もすいていたことから夢中でみんなで「美味しい美味しい」とだけいいながら食べていました。

この「美味しい」というのは、単に舌先三寸だけを喜ばせて美味しいわけではないことはこうやって食べてみるとわかります。農家さんをはじめ、私たちも一緒に苦労することで味わいが倍増していくのです。

今の時代はなんでも便利になって、苦労せずに楽をしておいしい思いをしようとする傾向が増えています。そのことからかえって美味しいということが失われてきているように思います。

ルーティンのようにご飯を食べ、面倒くさいという言葉が巷にははびこり、すぐに何かをしようとすとすぐに「面倒くさい」と口癖のようにつぶやいているのをよく聞きます。甘やかされた環境の中でいて甘えに浸かっていると、本当に人生の味わいを知ることがないのではないかとも感じます。厳しい環境や苦しい環境は、野生の生き物たちと同様にいのちが充たされその分、味わい深い人生を歩めるように思います。

だからこそ今の時代こそ、面倒くさいからやらないのではなく、敢えて面倒なことをみんなで取り組んでみるとそこには意外な深い味わいのある仕事や思い出があったりするものです。

また「美味しい」ものができるということは、みんなが丹精込めたからですがそれを味わう人もまた努力や苦労の味を心で感じ取っているように思います。

心が充たされる味わいというものと、五感が一緒に喜ぶ味わいとが重なったときにこそ「本物の美味しさ」を人は味わえるように思います。

子どもたちに本物の味わいを遺し譲っていけるようにこのむかしの田んぼを守っていきたいと思います。

徳の場づくり

先日から湯屋のことを深めていると、東大寺大勧進職として源平の争乱で焼失した東大寺の復興を果たした重源上人に何度も出会います。この方は平安時代から鎌倉時代にかけての日本の僧侶であり俊乗坊といいました。

この人物のすごさはその東大寺大勧進職を引き受けたのが当時で61歳の時、さらには東大寺の再建には財政的・技術的に多大な困難があったのをすべて寄付などによって自ら工事の陣頭指揮を執り復興を果たしたことです。

この人物は、浄土宗の開祖法然に師事し中国の宋へ3回も渡航し数々の知識や智慧を習得して帰国されました。造営と信仰を融合し、場によって人々の心を癒し安らげる仕組みで数々の功績を遺しています。

今回、改めて重源上人を知ったのは周防国の阿弥陀寺の湯屋の施浴でしたがこの人物が如何に徳を積み、徳を弘めたのかが伝わってきます。勧進帳にはこう記されています。

「東大寺勧進上人重源敬って白す。

特に十方檀那の助成を蒙り、絲綸の旨に任せ、土木の功を終へ、仏像を修補し、堂宇を営作せんと請う状

右当伽藍は風雨を天半に軼べ、棟甍の竦櫂を有ち、仏法恢弘の精舎、神明保護の霊地なり。原夫れ聖武天皇作治の叡願を発し、行基菩薩知識の懇誠を表す。加之、天照大神両国の黄金を出し、之を採りて尊像に塗り奉る。菩提僧正万里の滄海を渡り、これを崛して仏眼を開かしむ。彼の北天竺八十尺弥勒菩薩は光明を毎月の斎日に現じ、此の東大寺の十六丈盧舎那仏は利益を数代の聖朝に施す。彼を以って此に比するに、此猶卓然たり。是を以って代々の国王尊崇他無し。蠢々たる土俗帰敬懈るに匪ず。然る間、去年窮冬下旬八日、図らざるに火あり。延て此寺に及び、堂宇灰と成り、仏像煙と化し、跋提河の春の浪哀声再び聞え、沙羅林の朝の雲憂色重て聳え、眼を戴いて天を迎げば、則ち白霧胸に塞りて散せず。首を傾けて地に俯すれば、亦紅塵面に満ちて忽ち昏く、天下誰か之を歔欷せざらん。海内誰か之を悲歎せざらん。底露を摧かんより、成風を企つるに若かず。玆に因って、遠く貞観延喜の奮規を訪び、近く今上宣下の勅命に任せ、須らく都鄙をして、以って営作を遂げしむ可し、伏して乞う、十方一切同心合力、家々の清虚を謂ふこと莫れ、只力の能ふ所に任す可し。尺布寸鉄と雖も一木半銭と雖も、必ず勧進の詞に答え、各奉加の志を抽んでよ。然らば、即ち与善の輩結縁の人、現世には松柏の樹を指して比算し、当来に芙蕖の華に坐して結跏せん。其福無量得て記す加からざるもの乎。敬うて白す。

養和元年八月 日 勧進上人重源 敬白 別当法務大僧正大和尚(在判)」

どんなに少ない鉄くずでもいいし、どんなに短い布切れでもいい、みんなでこの東大寺を復興するために協力してほしいと依頼していくのです。これは東大寺建立の初心でもある聖武天皇の『大仏造立の詔』にある「万代の福業を修して動植咸く栄えんことを欲す、もし更に人の、一枝の草、一把の土を持ちて像を助け造らんと情願する者有らば、、」というところを伝承して記されています。

復興を祈願するのに、そのはじまりの目的を甦生させそれを実現させるこの重源上人に深い尊敬の念を感じます。私が現在、取り組んでいる徳の甦生もまたまったくこの人物の取り組んできたことと同じです。古い民家や、日本の民族伝承、それらを復活復興させるために私も建築技術や教育などのコンサルティング、場づくりなどによってその徳を顕現させるように努めています。

私が今度、取り組もうとする湯屋にもこの重源上人の技術を参考にしようと決めました。また各地で取り組み始めた古民家甦生もまたこの東大寺の勧進に倣い、志を立てていきたいと思います。

先人の生き方は、私たちに未来をどうあるべきかを告げてくれます。引き続き、子どもたちのためにも徳のご縁を結び合う場を創造していきたいと思います。

徳経済

21世紀の経済システムは、競争の中で個々の利益(得)を優先して欲望を消費することによって発展してきました。資本主義経済やグローバリズムというものは、この損得というものを基準に如何に得をするかということをそれぞれの国家でしのぎを削ってきたとも言えます。

しかし、現在は米中貿易戦争やEUのバラバラな姿を観ていたらこのそれぞれにお互いの国家の損得だけで競争していたらもう世界は成り立たないことを実感します。一つの地球に住み、みんなで大切に資源を分け合っていた太古の時代を懐かしめば、如何に今の時代がそれぞれの国益を優先し奪い合っているのかがわかります。

日本には古来から「知足」という概念があり、奪い合うのではなくお互いが分け合うことで豊かな発展を続けてきた歴史があります。経済の本質は、損得だけではなく「尊徳」であり、その「徳」そのものを大切にすることでお互いに利益を享受し合う関係を豊かにしていくことができるように私は思います。

この「徳」が循環する仕組みが前提にあるからこそ、通貨や貨幣が人々の心を結び、信頼し合い助け合うための信の道具として活用されてきました。今の時代は、目先の損得ばかりが議論の中心になり長期的な視座における尊徳の方は議論にあがることもありません。

それは競争するということが大前提になっており、その中でその競争から離れて降りていくことはその世界から観れば負けを意味するからです。確かに勝敗の世界での一喜一憂は切磋琢磨していく上では大切なものです。しかしその勝敗に固執するばかりに、人類の幸福や本来の目的まで忘れてしまうというのは本末転倒しています。

協力が大前提になっている世界においては、お互いに大切にしていることが「徳」になりますから一人ひとりがみんなで徳を積んでいこうと行動していくことになります。この徳が、実際に経済を活性化させそのプロセスが人々のご縁や結びつきを強くし、関係し合う絆を強くしていたのです。

徳と経済を分けて考えるのではなく、徳経済という日本の伝統の思想を甦生させ今の時代のシステムを見直すことが未来へ生きる子どもたちへの私たち世代の引継ぎであってほしいと願います。

果たして少し損をすることは貧しいことなのか、本当は少し損をすることをみんなが行うことは何をすることになっていたのか。損をしないことばかりに躍起になるのではなく、みんなが損をしてでも大切なものを守りたいというものの中に本当の徳があるのではないか。

そして今の時代に私たちが住む家や食料や、衣服、様々な伝統や思想や文化があるようにそれを残し譲ってくださった方々がいたからなのは自明の理です。だからこそ、損することは長期的には偉大な得になることを大きな個人(公人)としてみんなが見守り育て譲っていくことが本来の個々人に求められていくように私は感じます。

個人個人と自分自分と、我が我がといがみ合うのではなく、みんなで一緒に生きていくことの仕合せや喜び、感謝や共感、共鳴や恩徳を味わい笑い合う世界を自分のできるところから発信していきたいと思います。

運と風~風土のチカラ~

世の中には運というものがあります。よく運がよかったとか悪かったとか、何かの結果が出た時にそれを人はつぶやきます。自分にとって運がいい悪いは時として周囲にとってはそれが逆になることもあります。

つまりは運とは、その人の心の持ち方に影響を受けていることに気づきます。

幸田露伴にこういう言葉があります。

「順風として喜んでいる人が遇っている風は、逆風として嘆いている人が遇っている風とまったく同じ風なのである。”努力して努力する”―これは真によいものとはいえない。“努力を忘れて努力する”―これこそが真によいものである」と。

運とは、その人の風の感じ方そのものでありその風に乗っていく人と、それに逆らう人がいるだけであるとも言えます。風任せの生き方ができる人は、雲のように融通無碍に運に従います。しかし、人間は我がありますから無理をしてでも風を無視して前に進みたくなるものです。

世の中の潮流、いわばその風は時代と共に変化していきます。日々に窓を開けて外の風を感じれば、色々な風が吹いているのがわかります。今日の風はどうだろうかと、風を感じて風を活かす人は運を味方につけているとも言えます。

運とは、自然あるがままを活かす智慧のことでありその運を引き寄せる人は自分を自然に対して変化させ続けることができる努力の人であるということです。

努力とは、自然と一体になっている状態の事です。それは四季の花々が真摯に生きて花を咲かせているように、魚や鳥たちが自由闊達に泳ぎ歌うのと同じようにです。

変化し続ける力は、まさに運を味方につけていきます。運を高めるためには、変化する力を磨き上げる必要があります。風に合わせて自分自身の境遇や環境をブラッシュアップしていくのは、足るを知り、来た風に逆らわずその風を活かすときにこそ実現していきます。

風土というものは、運の根本を司っています。

引き続き、今の子どもたちのために風土を醸成し自然かんながらの道を踏みしめていきたいと思います。

持続可能の基礎

物事には短期的なものと長期的なものがあります。現在の世の中はスピード重視、便利さ重視、結果重視で個人重視ですからどうしても短期的なものが増えていきます。すぐにリターンがあったり、すぐに成果につながらないものは効果がないとみなされたり失敗だとも評価されます。

しかし遠くにいこうとすればするほどに身近な失敗は成功の糧にもなります。また成長しようとするのなら、数々の失敗や挑戦を繰り返さなければ長期的に見てそれは成功ではないように思います。

むかしは、7代先を観て物事に取り組んでいくという視点があったといいます。常に300年先を見据えて何をすべきかということを話し合いそれぞれが実践に努めたのです。

持続可能な社會を掲げていてもそれが一向に進まないのは、それは短期的なもので持続可能を観ているからです。本来、持続可能や循環型、そういったものは長い歳月と一人一人の真摯な努力によってはじめて実現するものです。

二宮尊徳にこういう言葉が残っています。

「樹木を植うるや、三十年を経ざれば、則ち材を成さず。宜しく後世のためにこれを植うべし。今日用うるところの材木は則ち前人の植うる所。然らばなんぞ後人のために之を植えざると得ん。」

樹木を植えても三十年は待たないと材量にはならない。だからこそ後で使う人のために今、樹木を植えるのです。今、用いている材料はすべて先人たちが私たちのことを慮り植えてくれたから私たちはそれを使うことができています。その恩恵に感謝する心があるのならなぜ子孫のために植えようとしないのかという解釈です。

私たちは自分のメリットや今さえよければいいと、物事の判断を自分軸のみの物差しで計算して行動しています。しかしこれがもしも後世の人たちや子孫の人たち、先祖への感謝の報恩であればどういう物差しになるでしょうか。

長期的な物差しとは本来、これらの長い時間をかけて持続可能としていた社會の存在を感じて判断していくものなのです。何を計画するにも、その土台や基礎になっている初心や哲学、基本にその思想が入っていなければ決して持続可能の実践にはつながっていかないように私は思います。

二宮尊徳はこうも言います。

「遠くをはかる者は富み近くをはかる者は貧す。それ遠くをはかる者は百年のために杉苗を植う。まして春まきて秋実る物においてをや。ゆえに富有なり。近くをはかる者は春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず。唯眼前の利に迷うてまかずして取りえずして刈り取る事のみ目につく。故に貧窮す」

何が本来の豊かさであるのか、豊かさや富の本質を持続可能の社會ではまったく視座が異なることを私たちは先人の実践から気づく必要があります。

育てるという仕事も本来、長い時間をかけてじっくりと育てるものです。それは土づくり似ていて、何十年もかけて育ててきた土だからこそその中で立派な作物ができてくるのです。人づくりも然り、まちづくりも然りなのです。

自分の代で見返りがなくても、すぐに自分の代で結果がでなくても、本当の意味の子々孫々への思いやりや真心での持続可能に取り組む人たちが未来を変えていくのでしょう。

子どもたちのためにも、周囲の理解が得られなくても覚悟を据えて子どもに必要な伝統や風土、文化を伝承していきたいと思います。

快適な住環境

昨日は、自然農で育てた高菜漬けの漬け換え作業を行いました。8年目になる高菜や杉樽からはまるで熟成されたウィスキーのような薫りがしてきます。手塩にかけて育てて8年、まったく腐敗することなくいつもの姿がいつもの薫りと共に感じられることは仕合せです。

この手塩にかけるというのは、本来は昔の食膳に添えられた少量の塩のことを指しました。もともとは、不浄なものを祓うために添えられたものですが自分の好みに合わせて料理の塩加減を調節するというためにあったそうです。その意味から他人任せにしないで自ら面倒を見ることを「手塩にかける」と言うようになったそうです。

一般的には、「手塩にかけて育てた子」のように手間暇を惜しみなく愛情を注ぎこみ自らで世話をして大切に育てるという使い方をされますがこれは漬物も同じことです。

定期的に塩を入れてあげなければ発酵の乳酸菌が腐敗菌に入れ替わり漬物は私たち人間が食べれないものになってしまいます。これは万物は、消滅するために腐敗する自然の仕組みを発酵という自然の智慧を用いて乳酸菌を育て樽や食べ物を丸ごと住まいにしてしまうという発想からきています。

つまり樽は、乳酸菌の大切な家でありその家の居心地が乳酸菌にとって快適にしてあげればいつまでもそこで乳酸菌は活動を続けてくれます。乳酸菌が住んでいるからそこに腐敗菌は入ってこれないのです。乳酸菌にとって快適な環境は腐敗菌にとっては不快な環境です。腐敗菌にとって快適な環境は当然、乳酸菌とっては不快になります。

このようにどのような住まいを創るかで、私たちは健康を管理してきたのです。この自然の智慧と技術こそが自然の叡智の根本原理でもあります。私が古民家甦生でイヤシロチを創造するのは、この発酵の智慧を活用しています。

人間の住まいにとって快適なものとは本当は何か、それは単に便利かどうかではなく健康を末永く維持できるということです。その健康が維持される住宅だからこそ、私たちは先ほどの乳酸菌のように活動し腐敗菌を寄せ付けません。同時に不健康を寄せ付けなくなるのです。

日本の家屋というものは本来、この乳酸菌の樽のように健康を維持するための快適な環境を用意していたのです。それが不健康になってきたから、病気が増え、感覚が鈍り、居心地が悪くなってきているのです。

漬物も住まいも、他人任せにしてはいけません。自らで手塩にかけて育ててこそ本物の住まい、本物の場が醸成されるのです。

引き続き、場を学び直しながら改めて大切な智慧を子どもたちに伝承していきたいと思います。

地域の宝

先日から地域の宝を守るためにどうすべきかというテーマをいただき深め続けています。ここでの地域とは何か、それは中央か地方かといった地域ではなく、故郷としての地域です。

そして故郷とは何か、それは心の原点のことです。心の原点を愛する人たちによって、故郷は生き続け、それが失われることによって故郷は消失します。

残念ながら画一的になってしまった現代社会の中で、本来多種多様であった故郷の形状は破壊され、ほとんどの地域から故郷が消失しているように思います。地域の宝を残したいという声も次第に失われ、経済効果や生産人口の増加ばかりに地域政策が奪われ本来の大切なことを忘れてしまっているようにも思います。

私たちとっては、子どもというのは社會の宝です。社會とは何か、それは人間が共存共栄していく自然の智慧のことです。その社會の宝とは何か、それは子どもであることはいちいち説明する必要はありません。

子どもが消失すれば社會もまた消失します。子どもたちが創りだす社會が、未来の社會であり、それを見守るのが本来の大人の役割です。そういった原点、つまり宝を受け継ぎ引き継ぎ、つなぎ守ることが未来へ地域や故郷を遺す唯一の方法だと私は思います。

地域の宝を守るというのは、故郷を愛する人たちを守るということです。そして故郷を愛する人たちを増やすことで故郷は甦生していきます。故郷を愛するというのは、故郷の歴史を守るということです。

その時代時代の人たちが愛してきた記憶、そして暮らしてきた営み、つまり歴史を遺していくということです。もし歴史がなくなればその地域の故郷もまた失われます。まったく歴史を無視して、新しいものに入れ替えたなら歴史がなくなり人も心も消えていきます。

そうやって国土や風土がまるで他国のように入れ替わっていくのはすべてこの歴史を奪い故郷を消失させていくから実現しているのです。故郷とは歴史のシンボルなのです。そのシンボルを守ることこそ、地域の宝を守ることなのでしょう。

日本もまた戦後の政策によって地域が次第に消失していきました。地域再生などに取り組む人たちは、何をもって地域再生というのかをもう一度、よくよく考えてみてほしいと願います。

子どもたちが安心して心の原点を持ち、世界で活躍していけるように地域の宝を守っていきたいと思います。

徳の再構築~時代を創る~

人間はそれぞれの時代を生きてきました。その時代時代に時代の特徴というものがあり、それは歴史を学べばその時代の背景や様子を観察することができるように思います。

人間は社會を形成する生きものですからどのような社會を形成したかでその時代を洞察することができるように思うのです。そしてその時代背景の中でどのように生を全うした人がいたかを私たちは学び、時には感動し、時には絶望し、その人々に共感するのです。

生まれた時代、そして場所が異なるだけで人生は多種多様な生き方がありそれを体験することで私たちは生まれてきた意味を知ります。改めて社會を変えていく仕事というもの、そして世直し業というものの本質を感じるのです。

現代という今を生きる私たちはどのような時代を生きているのでしょうか。

急速なスピード社會、大量生産大量消費の中で暮らしは消失して忙しく日々に追われるように生きています。個々のつながりは次第に断絶され、バラバラになってきているとも言えます。確かに便利になってなんでも思い通りになることが増えてきましたが、その分、心の満足感や充足感は感じにくい環境になってきているように思います。

時代というものは、その時代を象徴するような出来事があります。それが例えば、戦争であったり、天変地異であったり、人災があったりと様々です。どのような政治を行ったか、そして民衆は何を大切に暮らしを維持したか。その時代の価値観ともいうものもその時代時代に醸成されました。

明治の時代の価値観は、今の私たちでは理解できないものがあったり、もしくは江戸時代、鎌倉時代、はたまた縄文時代の価値観は今の社會では受け入れられないものばかりかもしれません。

しかしその時代は、その価値観で生きた人たちによって社會を形成したのです。

私たちは時代に学ぶ必要を感じます。

その時代時代に体験したことで得た智慧を如何に子孫たちに伝承していくか、それは時代を生きた世代の大きな使命であろうと思います。このような時代があり、みんなはどう生きたかという歴史の伝承は、未来を生きる子どもたちへの生きる問になっていきます。

そして今を生きる世代は、どのような背中を見せていくか。どのような社會を創ろうとするか、その姿勢が問われるのです。令和に時代は入りましたが、令和元年に生まれた子どもたちは22世紀まで生きていきます。

私などはどう頑張っても2100年を越えて生きることは不可能です。今世紀中には必ずいなくなるのです。だからこそ自分たちが創りたかった本当の社會、自分たちが学び、こうあってほしいと祈り願った社會の実現に向けてできることをやり切りたいと思うのです。

それぞれの時代で醸成された時代は、個の徳と社會の徳は合致していました。もう一度、徳の再構築を行い、この時代の徳を磨いていきたいと思います。