子どもの智慧~子縁伝承~

すべての生き物には、元来備わっている伝承の智慧というものがあります。これは今の生き物が種になり、次の時代にそれまでの文化が伝承されていくということです。私たちが生まれながらに、先祖の様々な体験を内在して継承し誕生していくように植物や昆虫、バクテリアに至るまでいのちは伝承を続けています。現在は遺伝子のことが解明され、明らかに遺伝子の記憶の中に過去の体験がインプットされることがわかってきています。

これらの記憶というものは、私たちは現在は文字や映像を使って遺していきますが過去には口伝という形で文字ではないもので伝承してきました。口伝は、その人の体内や生き方に記憶を宿し、それを口伝えにまたその生き方を継ぐ人物たちに伝承していく知恵です。

実際に、何千年前の神話のような歴史を口伝で伝承している民族もまだ残っているといいます。そして「場」での儀式を通して伝承し続ける信仰などもあります。

私たちは記憶の中で大切なこと、忘れてはならないことはすべて次世代の種に伝承する仕組みを持っているからここまで生き残ってきたとも言えます。先人の伝承の智慧はまさに現代科学の知識をすべて凌駕するほどの宝庫です。

しかし現代では、この宝庫の価値よりも目先の可視化された物理的な科学ばかりに頼り本来の目には見えない智慧のことを信用しなくなってきました。先人の智慧や伝承よりも、教科書に書かれているもの、科学で証明できるもの以外を信じなくなってきました。

短期的に見れば確かにすぐに解決することはそれらの知識で補えます。しかし長期的な問題はすべて智慧がなければ根本的な対応や解決をしていくことができません。先人たちは人類の子孫のことを案じ、智慧を譲るためにたくさんの犠牲を払ってきてくださいました。あらゆる災害に生き残る方法、あらゆる人災を未然に防ぐ方法、あらゆるいのちの生き残る術を記憶の中に留めおくように、それぞれに役割を与え、持ち場を守らせ、私たちの肉体や精神にその初心のようなものを宿していきました。

それを生まれながらに伝承されている私たちの智慧は、幼児期の子どもたちの感覚や感性、天与の徳性の中に見出していくことができます。

私たちが子どもから学び直す必要があるのは、その智慧を学び直す必要があるからです。子どもの智慧はまさに人類を救う鍵ですし、未来の希望そのものです。子どもたちがどんな時代でも次代の種の芽をもって生まれてきますから私たちはそれを手伝い見守っていくことでその智慧が育つのを助けていくことができます。

智慧の学問は、この幼い子どもたちから学び直すことです。

引き続き、子縁が結ばれ人類が新しい社會を創造していけるように見守る仕組みを伝道していきたいと思います。

子縁と故郷

子縁というものは、私たち人間社会においては何よりも重要なものです。子どもたちが未来を創造していくのだから私たちは子どもたちに今の知識を詰め込みそれをやらせることは未来を過去にしていくことになってしまいます。

そうではなく今の子どもたちを尊重しどう見守るかに大人たちの子縁における姿勢が問われます。過去から未来へ向かうのは、時間だけではありません。私たちの世代も自分たちが死に次の代が生まれてくるように、過去から未来へといのちは引き継がれていきます。

その「引き継ぎ」をどうするかは、とても大切なことでいつまでも自分たちのやり方ばかりを押し付けるのではなく次の代が挑戦し冒険できるように見守っていくことが引き継ぎをしていくうえでとても大切ではないかと私は思います。

どうしても人間は、自分のことを中心に考えて自分の視野に囚われてしまいます。それを少し離れて、人類は喜ぶか、地球は喜ぶか、先祖が喜ぶか、子孫が喜ぶかと視野を広げていくことで物事の捉え方を変えていけるように思います。

そうやって離れてものを見てみたら、子どもたちは生まれながらに次の時代の準備をしてきているのがわかります。私たちの世代が、今の時代に適応していくように子どもたちもまた次の時代に適応していくのです。植物であっても次の時代に適応する種になっていきます。

私たちの世代は一つの種ですから、種ができること、種としてやるべきことは一つです。子どもたちはその種を引き継がれ芽を出し花となり実をつけまた種になります。子縁というのは、子種でもあるのです。

子どもが生まれながらにもっている可能性、誰が教え込まなくても生まれつきにもっている伝承、そういうものを見守るところに保育の醍醐味と深さがあります。そしてこの時の保育とは、人類の引継ぎを示すものです。

子どもは希望であり可能性そのものです。子どもたちがどのように未来を創造していくかを子どもの姿を学び直していくとワクワクしてきます。その子どもたちが創ろうとする社會の手助けをしていくのが私たち大人の本当の役割だったはずです。

人類の故郷は子どもです。

子どもから学び、未来を創造するための仕組みを社業を通して発明したいと思います。

かんながらの与贈

先日、贈与という言葉は聞いたことがありましたが「与贈」という言葉に出会いました。贈与はある人が誰かに無償で財産を贈ることを言います。しかし与贈になると少し意味が異なってきます。

その「与贈」について、場の研究所のフェイスブックにこう紹介されていました。

「私たちの「与贈」は、正確に言えば「〈いのち〉の与贈」です。いまマザー・テレサの愛のことばの本を読んでいたら、次のようなすてきな言葉に出会いました。『愛は分かち合わなければ、何の意味もありません。愛は行動に移されるべきものです。見返りを期待せずに愛さなければなりません。愛そのもののために何かをするべきで、何かを得るためにするのではありません。見返りを期待するなら、それはもう愛ではないのです。本当の愛とは、無条件で、何も期待せずに愛するということだからです。』(清水紀子訳)これほど「与贈」という行為の意味を正確に伝えている言葉に出会ったことはありません。場の研究所で、私たちが「〈いのち〉の与贈」と、〈いのち〉をつけているわけは、人間以外の生きものにも〈いのち〉の与贈循環を広めて、持続可能な地球をつくりたいと思っているからです。」

これは私の思う「徳」と同じです。愛を徳に換えればそのまま与贈ということなります。

私たちのいのちの中で永遠永久に存在しているものがこの循環している愛や徳、与贈です。それは生死を問わず、なくなっているようで存在し、宇宙の中にずっと積み上げられていくものです。

むかしの人は、それを「徳を積む」という言い方をしました。これは愛を与えることと、真心を盡すこと、そして自然が循環することがいのちそのものの本体だと気づいていたからではないかと私は思います。

そして私たちが今あるのは、かつてのいのちたちの屍の上で存在しています。時空を超えてめぐりめぐっているいのちの中で自然宇宙の中の恩恵そのものの偉大な場を舞台にして私たちのいのちそのものは何かによって活かされているということです。

当たり前ではないこの「場」の存在に如何に気づいて、自分をその「場」ではたらかせていくかがいのちそのものに同化していくことであり自然になることです。人類が永続する道もまたこの「場」に対する生き方次第です。

徳を色々な形で学び、その徳を如何に循環させていくかを私のかんながら(自然)の与贈から伝承していきたいと思います。

多様な働き方と理念の伝承

昨日、都内にあるコワーキングスペースを経営するWEWORKを見学する機会がありました。ここは、最近急速に日本でも展開が増えているコワーキングでデザインも統一感があり確かに場に理念を感じました。

具体的には自社サイトの理念にはこう記されています。

「​2010​ 年に WeWork を始めた時、私たちはただの美しいシェアオフィス以上のものを創りたいと考えました。それはコミュニティです。「Me」という個人として参加しながらも、より大きな「We」の仲間になれる場所。利益だけでなく、個人の充足感を尺度として成功を定義し直す場所。コミュニティの存在が、私たちに無限のインスピレーションを与えてくれるのです。」

個人の充足感を尺度とした働き方、そこには確かなつながりというコミュニティが必要不可欠であると定義されています。

元々創業者のアダム・ニューマンはイスラエルの人物ですが、キブツというイスラエル独特の集団農業共同体で小さな規模で100人大きな規模では1000人が共に暮らし、働いてきたといいます。

その思想がWeWorkやWeLiveの原型となるアイデアになったそうです。そのアイデアは暮らしのコミュニティの重要性を説き「暮らしのコンセプト(Concept Living)」と名付けられたそうです。

またその後、ビジネスパートナーでもあり映画監督でもあるレベッカ・パルトロウと結婚します。このレベッカとの出会いがユダヤの教え「カバラ」の影響を受け生き方に大きな影響を与えたそうです。

この「カバラ」とは、ヘブライ語で「受け継がれてきた伝承」という意味の言葉です。具体的には「思考は言語から生まれるのであって、言語から思考が生まれるのではない」と定義します。聖書にも「はじめにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった。」と記されていますが思想というものの本体に気づいたのかもしれません。

「働く=個人の充足感」という理念が今のコワーキングスペースの理念に通じているのでしょう。ここのタグラインには「やっと月曜日がはじまる!(Thanks God It’s Monday!)」と記されます。世間では、やっと週末だという人が多い中で発想を転換して仕事を働く仕合せに換えていこうという取り組みです。そのために月曜日が楽しくなるようなイベントやコミュニティをコミュニティマネージャーが展開しているともいいます。

これから多様な働き方改革で様々なコワーキングが誕生します。子どもたちにどのような理念を伝承していくことが大切なのか。ユダヤのカビラに学び、イスラエルのギブツに学びつつ、子ども第一義の働き方を深めてみたいと思います。

 

徳の場づくり

先日から湯屋のことを深めていると、東大寺大勧進職として源平の争乱で焼失した東大寺の復興を果たした重源上人に何度も出会います。この方は平安時代から鎌倉時代にかけての日本の僧侶であり俊乗坊といいました。

この人物のすごさはその東大寺大勧進職を引き受けたのが当時で61歳の時、さらには東大寺の再建には財政的・技術的に多大な困難があったのをすべて寄付などによって自ら工事の陣頭指揮を執り復興を果たしたことです。

この人物は、浄土宗の開祖法然に師事し中国の宋へ3回も渡航し数々の知識や智慧を習得して帰国されました。造営と信仰を融合し、場によって人々の心を癒し安らげる仕組みで数々の功績を遺しています。

今回、改めて重源上人を知ったのは周防国の阿弥陀寺の湯屋の施浴でしたがこの人物が如何に徳を積み、徳を弘めたのかが伝わってきます。勧進帳にはこう記されています。

「東大寺勧進上人重源敬って白す。

特に十方檀那の助成を蒙り、絲綸の旨に任せ、土木の功を終へ、仏像を修補し、堂宇を営作せんと請う状

右当伽藍は風雨を天半に軼べ、棟甍の竦櫂を有ち、仏法恢弘の精舎、神明保護の霊地なり。原夫れ聖武天皇作治の叡願を発し、行基菩薩知識の懇誠を表す。加之、天照大神両国の黄金を出し、之を採りて尊像に塗り奉る。菩提僧正万里の滄海を渡り、これを崛して仏眼を開かしむ。彼の北天竺八十尺弥勒菩薩は光明を毎月の斎日に現じ、此の東大寺の十六丈盧舎那仏は利益を数代の聖朝に施す。彼を以って此に比するに、此猶卓然たり。是を以って代々の国王尊崇他無し。蠢々たる土俗帰敬懈るに匪ず。然る間、去年窮冬下旬八日、図らざるに火あり。延て此寺に及び、堂宇灰と成り、仏像煙と化し、跋提河の春の浪哀声再び聞え、沙羅林の朝の雲憂色重て聳え、眼を戴いて天を迎げば、則ち白霧胸に塞りて散せず。首を傾けて地に俯すれば、亦紅塵面に満ちて忽ち昏く、天下誰か之を歔欷せざらん。海内誰か之を悲歎せざらん。底露を摧かんより、成風を企つるに若かず。玆に因って、遠く貞観延喜の奮規を訪び、近く今上宣下の勅命に任せ、須らく都鄙をして、以って営作を遂げしむ可し、伏して乞う、十方一切同心合力、家々の清虚を謂ふこと莫れ、只力の能ふ所に任す可し。尺布寸鉄と雖も一木半銭と雖も、必ず勧進の詞に答え、各奉加の志を抽んでよ。然らば、即ち与善の輩結縁の人、現世には松柏の樹を指して比算し、当来に芙蕖の華に坐して結跏せん。其福無量得て記す加からざるもの乎。敬うて白す。

養和元年八月 日 勧進上人重源 敬白 別当法務大僧正大和尚(在判)」

どんなに少ない鉄くずでもいいし、どんなに短い布切れでもいい、みんなでこの東大寺を復興するために協力してほしいと依頼していくのです。これは東大寺建立の初心でもある聖武天皇の『大仏造立の詔』にある「万代の福業を修して動植咸く栄えんことを欲す、もし更に人の、一枝の草、一把の土を持ちて像を助け造らんと情願する者有らば、、」というところを伝承して記されています。

復興を祈願するのに、そのはじまりの目的を甦生させそれを実現させるこの重源上人に深い尊敬の念を感じます。私が現在、取り組んでいる徳の甦生もまたまったくこの人物の取り組んできたことと同じです。古い民家や、日本の民族伝承、それらを復活復興させるために私も建築技術や教育などのコンサルティング、場づくりなどによってその徳を顕現させるように努めています。

私が今度、取り組もうとする湯屋にもこの重源上人の技術を参考にしようと決めました。また各地で取り組み始めた古民家甦生もまたこの東大寺の勧進に倣い、志を立てていきたいと思います。

先人の生き方は、私たちに未来をどうあるべきかを告げてくれます。引き続き、子どもたちのためにも徳のご縁を結び合う場を創造していきたいと思います。

風呂の起源2

昨日からお風呂の起源を書いていますが今度、挑戦し復古創新する「伝統の湯屋」は地下水を使う予定にしています。これは炭でお茶を飲む人はわかると思いますが、同じ水でも炭で沸かした水の細かさと柔らかさ、その湯気の美しさは格別です。そして水道水と地下水では当然、味もまったく変わってきます。

私たちは水蒸気になった空気を、呼吸を通して、また皮膚を通して全身から吸収していくものです。自然の加湿や除湿によって私たちは自律神経を整いますから、湯屋に入ることでそのような神経の乱れを調和させていたのです。

本来の湯屋のはじまりの仏教的な沐浴の意味は、ます「沐」は水を頭から浴びること、「浴」は水に身体を浸けることですがそれ以外にも煙・火・香料などによりけがれを落とすことも沐浴といわれていました。

私たちは清めることと整えること、癒すことなどをすべてこの「水」の不思議な作用を活用していたということです。サウナがここにきて流行ってきているのは、自律神経を整え精神を安らぎ癒すために大きな効果を発揮するからということでしょう。IT化が進み、より脳の一部を非常に酷使する生活の中でどうしても自律神経や交感神経、副交感神経はバランスをとりづらくなります。それをサウナを用いることで脳を癒そうとすることには私もとても共感しています。

さて昨日のブログの続きになりますが、江戸時代の銭湯は上下の別なく、裸の付き合いができる庶民のいこいの場所だったといいます。あれだけの人口で衛生面を維持するためにもお風呂は江戸の要ではなかったかと思います。高温多湿の日本で密集人口の中でいるというのは極めて蒸し暑さを感じるものです。お風呂からあがり団扇でゆっくりと風に涼んでいる様子が脳裏に浮かんできます。

江戸時代は男女の混浴が当たり前でしたが、風紀が乱れるからと幕府から何度も禁止令が出ています。禁止令を何度も繰り返すうちに、次第に男女別や時間帯別などになり、明治に入ってからは完全に男女別のお風呂になったといいます。

ところでお風呂のことを今でも「湯船」と呼ぶのは「湯を張った船」があったころの名残です。これは街中にしかないお風呂を、銭湯のない地域や田舎などの遠くの方々に入ってもらうために昔は船でお湯を提供していたからです。またほかにも街の通行人に入浴させた「辻(つじ)風呂」、そして人の多い場所まで風呂桶を担ぎ樹木の影などに置いて人々を入浴させた「荷(にな)い風呂」などもあったといいます。

ここまでしてでもお風呂に入りたいと思った日本の人たちは、穢れを払い心を洗い清める文化と合致して深くこの沐浴という習慣を愛したのでしょう。その後は明治時代には石榴口は取り払われ屋根に湯気抜きが作られたり、浴槽と板流しを平面にしたり、洗い場も変わっていきました。西洋文化が流入する中でお風呂のこれらの変化を「改良風呂」と呼ばれ人々の間でも評判になったといいます。また大正時代には、より近代化されて板張りの洗い場や木造の浴槽がなくなりタイル張りや陶器になりました。昭和に入り浴室のに、湯と水が分かれた水道式のカランが取り付けられ現代のお風呂の形になっていきます。

改めて、お風呂は何のために入っていたのか。そして今でもお風呂が各家庭にあり日本人が大の風呂好きといわれる理由がわかったような気がします。本来の「沐浴」の意味を復古し、この時代の「湯屋」を新しくする。

子どもたちに大切な文化を伝承するために、本物の日本のサウナに挑戦してみたいと思います。

智慧の伝承

智慧の伝承というものがあります。これはすべてのいのちは生まれた環境において自然に知識ではないものが丸ごと次世代に受け継がれていくという仕組みのことです。

私たちは別に誰かに教育をされなかったとしても、言葉や知識を覚えなくても、元来いのちの維持に必要な智慧を自然から感得感受しているものです。

例えば、心臓の動かし方やまばたきの仕方、手足の動かし方など生まれながらに知識がなくてもそれができるようになっています。他にも、親の存在や周囲の環境との相互作用においてそれを参考にしながら自分の中に情報が伝導されていくものです。

誰かが教えなくても自ら主体的に直観的に自然を智慧を伝承していくのです。

今の時代は情報化が進んだこともあり誰もが知識ばかりを探しては、智慧の偉大さを大切にしない傾向が強いような気がしています。知識というものは、誰かが言語化して可視化したものですがそれは過去に発見されたその時代時代の組み合わせによる智慧を表現したものの一つです。

生きものはすべて自然を観ては智慧を学ぶ、そこには過去にはない自由な発想があり未来の可能性を求めているいのちの成長があります。そのようにして何万年も何千年もむかしから私たちは環境に適応しながらいのちを生きながらえて繋いでくることができたのです。

現代のように知識が優勢の世の中では、智慧はますます重宝されなくなってきています。その方が現実的に理論で理解でき、評価され、周りも納得しやすいからでしょう。しかし、智慧こそ本来の生きることそのものに直結しており私たちは直観的に智慧を働かせてこの地球と一体になって暮らしているとも言えます。私たちは知識も智慧もバランスよく活かすことで本来の真実という智慧を学ぶことができたのです。そしてそれがむかしから私たちの先祖が大切にしてきた「暮らしの智慧」だったのです。私が日本の民家の民族伝承を用いて、様々な環境の仕組みや風土を創造するのも元の理由はこの暮らしの智慧と伝承のためなのです。それを古来は、徳といい、道とも呼びました。

子どもたちに最幸の環境を残し譲るためにも教育環境が大切です。そのためにも今を生きる私たちが智慧を感得感受するために自らの好奇心を最大限に働かせ自然から学び、自然と共に歩み、自然の智慧をこの世の中に伝道していくことで智慧そのものの姿に近づいていく必要があります。

まさにこの生き方が、私の感受感得する自然かんながらの道です。

引き続き、子どもたちに備わっている智慧を引き出せるような環境を創造し、新しい時代の風土を道徳や経済を混然一体に組み合わせ智慧のままに子どもを見守る仕組みを伝道していきたいと思います。

運と風~風土のチカラ~

世の中には運というものがあります。よく運がよかったとか悪かったとか、何かの結果が出た時にそれを人はつぶやきます。自分にとって運がいい悪いは時として周囲にとってはそれが逆になることもあります。

つまりは運とは、その人の心の持ち方に影響を受けていることに気づきます。

幸田露伴にこういう言葉があります。

「順風として喜んでいる人が遇っている風は、逆風として嘆いている人が遇っている風とまったく同じ風なのである。”努力して努力する”―これは真によいものとはいえない。“努力を忘れて努力する”―これこそが真によいものである」と。

運とは、その人の風の感じ方そのものでありその風に乗っていく人と、それに逆らう人がいるだけであるとも言えます。風任せの生き方ができる人は、雲のように融通無碍に運に従います。しかし、人間は我がありますから無理をしてでも風を無視して前に進みたくなるものです。

世の中の潮流、いわばその風は時代と共に変化していきます。日々に窓を開けて外の風を感じれば、色々な風が吹いているのがわかります。今日の風はどうだろうかと、風を感じて風を活かす人は運を味方につけているとも言えます。

運とは、自然あるがままを活かす智慧のことでありその運を引き寄せる人は自分を自然に対して変化させ続けることができる努力の人であるということです。

努力とは、自然と一体になっている状態の事です。それは四季の花々が真摯に生きて花を咲かせているように、魚や鳥たちが自由闊達に泳ぎ歌うのと同じようにです。

変化し続ける力は、まさに運を味方につけていきます。運を高めるためには、変化する力を磨き上げる必要があります。風に合わせて自分自身の境遇や環境をブラッシュアップしていくのは、足るを知り、来た風に逆らわずその風を活かすときにこそ実現していきます。

風土というものは、運の根本を司っています。

引き続き、今の子どもたちのために風土を醸成し自然かんながらの道を踏みしめていきたいと思います。

持続可能の基礎

物事には短期的なものと長期的なものがあります。現在の世の中はスピード重視、便利さ重視、結果重視で個人重視ですからどうしても短期的なものが増えていきます。すぐにリターンがあったり、すぐに成果につながらないものは効果がないとみなされたり失敗だとも評価されます。

しかし遠くにいこうとすればするほどに身近な失敗は成功の糧にもなります。また成長しようとするのなら、数々の失敗や挑戦を繰り返さなければ長期的に見てそれは成功ではないように思います。

むかしは、7代先を観て物事に取り組んでいくという視点があったといいます。常に300年先を見据えて何をすべきかということを話し合いそれぞれが実践に努めたのです。

持続可能な社會を掲げていてもそれが一向に進まないのは、それは短期的なもので持続可能を観ているからです。本来、持続可能や循環型、そういったものは長い歳月と一人一人の真摯な努力によってはじめて実現するものです。

二宮尊徳にこういう言葉が残っています。

「樹木を植うるや、三十年を経ざれば、則ち材を成さず。宜しく後世のためにこれを植うべし。今日用うるところの材木は則ち前人の植うる所。然らばなんぞ後人のために之を植えざると得ん。」

樹木を植えても三十年は待たないと材量にはならない。だからこそ後で使う人のために今、樹木を植えるのです。今、用いている材料はすべて先人たちが私たちのことを慮り植えてくれたから私たちはそれを使うことができています。その恩恵に感謝する心があるのならなぜ子孫のために植えようとしないのかという解釈です。

私たちは自分のメリットや今さえよければいいと、物事の判断を自分軸のみの物差しで計算して行動しています。しかしこれがもしも後世の人たちや子孫の人たち、先祖への感謝の報恩であればどういう物差しになるでしょうか。

長期的な物差しとは本来、これらの長い時間をかけて持続可能としていた社會の存在を感じて判断していくものなのです。何を計画するにも、その土台や基礎になっている初心や哲学、基本にその思想が入っていなければ決して持続可能の実践にはつながっていかないように私は思います。

二宮尊徳はこうも言います。

「遠くをはかる者は富み近くをはかる者は貧す。それ遠くをはかる者は百年のために杉苗を植う。まして春まきて秋実る物においてをや。ゆえに富有なり。近くをはかる者は春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず。唯眼前の利に迷うてまかずして取りえずして刈り取る事のみ目につく。故に貧窮す」

何が本来の豊かさであるのか、豊かさや富の本質を持続可能の社會ではまったく視座が異なることを私たちは先人の実践から気づく必要があります。

育てるという仕事も本来、長い時間をかけてじっくりと育てるものです。それは土づくり似ていて、何十年もかけて育ててきた土だからこそその中で立派な作物ができてくるのです。人づくりも然り、まちづくりも然りなのです。

自分の代で見返りがなくても、すぐに自分の代で結果がでなくても、本当の意味の子々孫々への思いやりや真心での持続可能に取り組む人たちが未来を変えていくのでしょう。

子どもたちのためにも、周囲の理解が得られなくても覚悟を据えて子どもに必要な伝統や風土、文化を伝承していきたいと思います。

快適な住環境

昨日は、自然農で育てた高菜漬けの漬け換え作業を行いました。8年目になる高菜や杉樽からはまるで熟成されたウィスキーのような薫りがしてきます。手塩にかけて育てて8年、まったく腐敗することなくいつもの姿がいつもの薫りと共に感じられることは仕合せです。

この手塩にかけるというのは、本来は昔の食膳に添えられた少量の塩のことを指しました。もともとは、不浄なものを祓うために添えられたものですが自分の好みに合わせて料理の塩加減を調節するというためにあったそうです。その意味から他人任せにしないで自ら面倒を見ることを「手塩にかける」と言うようになったそうです。

一般的には、「手塩にかけて育てた子」のように手間暇を惜しみなく愛情を注ぎこみ自らで世話をして大切に育てるという使い方をされますがこれは漬物も同じことです。

定期的に塩を入れてあげなければ発酵の乳酸菌が腐敗菌に入れ替わり漬物は私たち人間が食べれないものになってしまいます。これは万物は、消滅するために腐敗する自然の仕組みを発酵という自然の智慧を用いて乳酸菌を育て樽や食べ物を丸ごと住まいにしてしまうという発想からきています。

つまり樽は、乳酸菌の大切な家でありその家の居心地が乳酸菌にとって快適にしてあげればいつまでもそこで乳酸菌は活動を続けてくれます。乳酸菌が住んでいるからそこに腐敗菌は入ってこれないのです。乳酸菌にとって快適な環境は腐敗菌にとっては不快な環境です。腐敗菌にとって快適な環境は当然、乳酸菌とっては不快になります。

このようにどのような住まいを創るかで、私たちは健康を管理してきたのです。この自然の智慧と技術こそが自然の叡智の根本原理でもあります。私が古民家甦生でイヤシロチを創造するのは、この発酵の智慧を活用しています。

人間の住まいにとって快適なものとは本当は何か、それは単に便利かどうかではなく健康を末永く維持できるということです。その健康が維持される住宅だからこそ、私たちは先ほどの乳酸菌のように活動し腐敗菌を寄せ付けません。同時に不健康を寄せ付けなくなるのです。

日本の家屋というものは本来、この乳酸菌の樽のように健康を維持するための快適な環境を用意していたのです。それが不健康になってきたから、病気が増え、感覚が鈍り、居心地が悪くなってきているのです。

漬物も住まいも、他人任せにしてはいけません。自らで手塩にかけて育ててこそ本物の住まい、本物の場が醸成されるのです。

引き続き、場を学び直しながら改めて大切な智慧を子どもたちに伝承していきたいと思います。