仙人と智慧

今朝から心地よい秋風が吹いています。今が、冬野菜の種まきの蒔き時ということになります。次第に虫の鳴き声が小さくなり、秋ナスも種をつけていきます。夏から秋に本格的に入ったという合図でもあります。

自然は素直で純粋で嘘がありません。人間と違ってそのままの表情でありのままに心を伝えてきます。私たち人間にとっては大変自然災害も、自然界では起きるべくして発生したことであり、特別なことはありません。

しかし人間は、もはや何が本当で何が本当でないかもわからないほどに刷り込まれてしまっていて素直に自然を感受することが難しくなってきています。

これからあらゆる自然災害が発生してきますし、人類の社会も先送りにしてきたあらゆる問題が噴出してきます。その一つ一つを素直に反省し、改善していくことがこれから先を生きる人間たちの生き延びる力、つまり智慧が試されていきます。

智慧は、人類が生き延びるための仕組みであり先人たちが磨き上げてきたテクノロジーとマインド、そしてフォースのようなものです。智慧を使ってここまで生き延びてきて、これからも智慧が必要になります。

自然とどう調和して生きていくか、技術をどの方向に進歩させていくか、どこまでを使いどこまでを使わないかといった分を弁える謙虚さなども必要です。しかしそれはすべて「素直」からスタートするものであり素直でなければ智慧は使えないのです。

私たちが素直を磨くためには、素直を磨くための暮らしが必要になります。何でも人間の思い通りにはならないことを学び、足るを知り自然から学び直してあらゆる直観を高めていくのです。

むかしはこのような人物を「仙人」と呼んだのかもしれません。仙人は不思議なフォースを宿していたといいます。自然に精通し、智慧を使いこなす。まさに素直さの権化ということでしょう。

私はこの年で山伏の生き方にご縁があり、聖地を甦生するご縁をいただきました。なぜ自分がこんなことに携わることになったのかを想うと、その意味の深さを実感するばかりです。

世界はこれから数十年、智慧を学び直す期間に入ります。

智慧を学び直すために志のある人々が世界中から智慧を求めて世界を巡ります。聖地巡礼です。その一つの聖地に仙人を集め、場を磨き、智慧の活用を伝道していきたいと感じています。

まだ周囲は何が起きているのか、何をやっているのかを知る由もないはずですが遠い未来を見据えて粛々と準備を進めていきたいと思います。

文化の正体

日本の現在の文化は、他国から流入してきた文化を日本で作り替えてきたものです。例えば七夕、節分、お月見にからバレンタイン、クリスマスなどもあらゆる年中行事がむかしからあるものと最近できたものも混在しているほどです。

お月見でいえば、最初のルーツはどこだったのかわかっていません。わかっているところでは縄文時代に里芋など秋の収穫として神様に感謝を籠めてお祀りしたところからではないかといわれますがその後は中国からの文化が入ってきて月餅が月見団子になり、十三夜といって2回お月見をするようになりと変化していきます。

日本人はそう考えてみると、他国の文化を融和して取り入れるということができる文化を持っているということです。それは八百万の神々の思想にあるように、私たちはすべてのいのちや文化を尊重し合うという前提の意識があるからにほかなりません。

聖徳太子の時に、和をもって貴しとすると定めてからずっと私たちの先祖たちは尊重し合うにはどうすればいいかを突き詰めてきました。本質さえ一致するのならば寛容さや許しによって認め合っていこうとしたのです。

海外にいくと、それぞれが自己主張して批判し、戦いますが日本人はディベートなどもあまり得意ではないように思います。その分、助け合いや協力などは得意な民族です。

文化というのは、その国の人たちの生き様であり生き方ですから日本という文化をよく観察するとき私たちは仲良くしていくにはどうすればいいかと突き詰めてきた文化を持っているということになります。

現在、世界は身近になり国同士の関わりもとても密接になってきています。権力闘争も、今までのアメリカ一強の状態が崩れ、中国の台頭と共にそれぞれの国々が新しい時代の経済、軍事、政治に入れ替わり新旧が入れ替わってもきています。

そんな中、気候変動をはじめ地球規模の災害が増えてきてますます人類はどのように同じ地球で暮らしを営んでいくのかを考える時機が近づいてきています。そんなに先の未来ではなく、間もなくそれも訪れます。

だからこそ私たちはどのような文化をもっている民族であるか、何が得意でどのような役割を担っていくのかを見つめ直す必要があるようにも思います。私たちの会社では一円対話を実践していますがこれもまた私たちの文化が創造した実践の一つです。

子どもたちに、日本人としての得意が世界に貢献できるように着実に実践を磨いていきたいと思います。

想いの本質

私たちは先人たちの想いを継いで今に存在しています。その想いを継ぐのは、血のつながりもあるかもしれませんがそれ以上に想いで繋がっていくものです。人の一生はあまりにも短く、あっという間に人生が終わってしまいます。

そういう意味では、みんな志半ばで斃れていくのです。だからこそ想いがあるのです。つまりこの想いで人が繋がっていくというのが想いの本質なのです。そしてそれは決して死んでしまったから終わるのではなく、死んでからも続いているものであり生きているから繋がらないのではなく、生きていても繋がり続けるのです。それが道ということでしょう。

人生は誰もが想いを持てば道半ばです。

私の今の取り組みも、多くの方々の想いが繋がって実になっているものです。そしてこの先もずっと同じようにあらゆる人たちの想いが集まってさらなる成果を結んでいきます。

そのご縁のつながりこそ、決して金銭では交換できないかけがえのない豊かさであり私たちの仕合せの本体ということでしょう。

もしもこの世に金銭がなくなったとして、何がもっとも大切だと感じるか。それは私は「ご縁」であると、そしてそのご縁を結ぶつながりの「想い」であると私は思います。

人は想いとご縁で結ばれているものであり、これが仕合せを積み重ねて未来を希望にしていくように思うからです。

だからこそどのような想いを日々に醸成していくのか、どのようなご縁を結び活かしていくのか、そして如何に豊かな幸福の場を創造し続けていくか。ここに生成発展の万象繁栄の根本があるように感じています。

想いは形がないものです。しかし想いこそ、いのちの発する偉大なかたちでありご縁こそそれを結ぶいのちの綱です。今でも目を閉じると、志半ばで去っていた人たちの想いが私に宿っているのを感じます。そして耳を傾ければ、この先の未来で私を待っている想いが溢れています。

子どもたちのためにも想いを力に換えて、私の役目を全うし道を切り拓いていきたいと思います。

感覚の道

私たちは理性や理屈とは別に感覚というものがあります。感覚でいえば、五感などの感覚があるように金銭感覚などもあります。金銭感覚というのは、金額に対する多い、少ないの感じ方、お金の使い方の感覚のことです。他にもお金の使い方、使い道、お金そのもの対する考え方や意識のことをいうように思います。

この感覚は、その使い方、使い道のことです。

身体の感覚であれば、身体の使い道。金銭の感覚であれば、お金の使い道。つまりは、どのような使い道を身に着けているかということのことをいいます。例えば、直観が鋭い人というのは、直観の使い道が分かっている人ということになるように思います。

感覚というのは、鈍らないようにするためには常に磨き続けて鍛錬をしていなければなりません。先ほどのお金の使い道であれば、日々のお金の使い方を磨いていくということ。これは使い方だけではなく、貯め方、活かし方、日々の暮らしの中でどういう使い道をしているかという感覚です。

感覚が鈍ると、色々なことが鈍っていきます。

例えば、私も高菜の漬物を漬けていますが塩加減や重しの加減などの塩梅も感覚です。どれくらいの量に対して、どれくらいの塩加減かはその時の五感や漬物との対話が必要になります。それに積み重ねた経験もあります。さらに新たなことへの気づきや、新しいことへの好奇心なども必要です。

つまりは感覚を鈍らさないというのは、常に好奇心で主体性を失わず新たな発見と研鑽を味わい続けているということです。

そのためには、目的をもって道に挑んでいく必要があります。何のためにこれをやるのか、もしくはこの目的の大義が何かと自問自答をして実践し続けていく必要があります。それが生きる喜びでもあり、手段を活かす方法にもなるからです。

感覚を研ぎ澄ませていくことは、自分のいのちを輝かせていくことと同義です。子どもたちのためにも感覚を磨いて真に豊かな世の中を創造していきたいと思います。

滝場の甦生

故郷の古の滝場周辺の山道を切り拓いています。ここは平安時代には、日本全国に知れ渡るほどの修験場でしたが現在ではほとんど誰も人が来ない場所になっています。少し入るだけで、現世とはかけ離れたような清浄な空気が流れています。

今までどれだけの数の山伏や信仰のある方々がここを守ってきたか、それを想うとこの場所が多くの方々の人生を潤し役立ってきたことがわかります。現在は、滝も枯れ、鬱蒼とした木々が生え、誰もそこにはいくことはありません。

それを今一度、甦生させようということで鬱蒼とした木々を取り除き、草を刈り、人が踏み入れることができるようにし、枯れ木などを片づけました。

改めて場所を整えていくと、その当時の様子が少しずつ甦ってきます。枯れた滝がどのようにこれから甦生するのかはわかりませんが大雨が降るとかつての状態に戻っていきます。

枯れた理由は、自然現象もあるかもれませんがほとんどが人為的なものです。滝の裏側に大きな工事現場があり地下水の流れが変わってしまっているのかもしれませんし、もしかすると過剰な植林によって水が吸い上げられてしまっているのかもしれません。上流でダムができて流れが変わったかもしれません。これからその理由を探索していきますが、古の水の流れが変わってしまえばその場所の持つそのものの価値も変わってしまいますから甦生はその一つ一つを丁寧に恢復させていくしかありません。

私の取り組んでいる甦生は、医者のやっていくことに似ています。それも自然治癒をする医者です。できる限り、元の状態に戻していく。しかし周囲の環境が変われば、いくらそのものを甦生させてもなかなか元通りになることはありません。

だからこそ、創意工夫して元よりも善い状態になるように負の現状を逆手にとってそれを甦生させていくのです。そうして甦生したものに人は感動し、さらに新たな人を目覚めさせていくことができます。

お金にもならず儲からず、誰もやろうとしないことでも子どもたちや未来の世界のためにやることはたくさんこの世には存在します。それを発見し発掘し、それを発信し、発心する人を増やすこともまた大切な志事です。

引き続き、古来の滝場の甦生を通して日本人の心もまた甦生します。

微生物から学び直す

私たち人間は微生物でできていますがこの微生物はまだまだ未知の存在です。宇宙空間の過酷な環境で数年間生き延びている微生物もいれば、極限環境微生物といって強烈な酸性、放射能、高熱高温、あらゆる極限環境でも生存しているのです。人間であれば、即死するような環境であっても微生物は生き延びていきます。

もともと私たちの生命はどこからやってきたのか、突然湧いたという説もありますがどこからの宇宙から飛来してきたという説もあります。これをパンスペルミア説(パンスペルミアせつ、panspermia)ともいいます。これはウィキペディアによると「生命の起源に関する仮説のひとつである。生命は宇宙に広く多く存在し、地球の生命の起源は地球ではなく他の天体で発生した微生物の芽胞が地球に到達したものとする説である。「胚種広布説」とも邦訳される 。またギリシャ語で「種をまく」という意味がある。」とあります。

キノコのコロニーのように、小さな微生物たちが集まり形をつくり胞子を撒いて拡散していく。この仕組みで宇宙空間を漂い、あらゆる星々の間を移動しながら自分たちに相応しい生命環境の中で独自の進化を遂げていくというものです。

先日もカビのことを書きましたが、私たちの生活空間には常にカビや微生物が漂っていて根付けるところに定着してそこでコロニーをつくり育ち拡散していきます。同様に、宇宙でも一部は仮死状態になりながら漂い、また最適な環境下にうまく漂い定着できることができればそこで生命活動を活発にさせていくのです。

人間の体内は微生物でできていますし、小腸をはじめあらゆるところで私たちは微生物と感情などを調和していますから微生物が私たちの根源ということも直観することができます。

その微生物たちは私たちの知らない宇宙を知っていて、遠く離れた星からあらゆる銀河を漂い星々に散らばってやってくると思うと何ともいえない不思議なロマンを感じます。

このあらゆる極限状態でも生きられるとするならば、そこでコロニーをつくり定着したものが宇宙人ということも予想もできます。例えば、酸素のない環境下でも生きられる進化を遂げる私達みたいなヒト型のものもあるかもしれません。あるいは、苔や植物のような形で進化したものもあるかもしれません。地球のように水が豊富な環境ができれば、星々はひょっとしたら地球型の微生物群が増えていくこともあるかもしれません。

そんなことを考えていたら、私たちのルーツはどこからやってきたのか。そして多様性は何を根源に今に至るのか、そして進化とはいったい何かということも仮説を立てることができるように思います。

科学が進めば進むほど、宇宙の偉大さ、その設計の美しさ、素晴らしさに魅了されていきます。一緒に生きる存在、共に一つである生命は微生物たちから学び直せます。

子どもたちのためにも微生物の存在に目を向けて、微生物から学ぶ姿勢を忘れないようにしていきたいと思います。

文化の甦生

最近、文化財のことについて考える機会が増えてきました。ウィキペディアには「広義では、人類の文化的活動によって生み出された有形・無形の文化的所産のこと 。「文化遺産」とほぼ同義である。」、「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約 、 文化財不法輸出入等禁止条約 、文化財の不法な輸出入等の規制等に関する法律などの条約および法令において規定されている「文化財」のこと。」、「日本の文化財保護法 第2条および日本の地方公共団体の文化財保護条例において規定されている「文化財」のこと」とあります。

シンプルに言えば、人類の伝統や歴史において政治的にも学術的も希少なもので価値があり文化財と判断されるものが文化財ということになりますが文化財は見方を変えればこの世のすべてが文化財ということになります。

特に希少になってくればほぼ文化財のように扱われていくものです。大量に生産できて大量に余っているものはいくら文化財でも価値があまりないように扱われます。もしくはお金にならないもの、復元できないものもまた一つの文化財です。

この文化の「財」とは、貴重なものや価値のあるものを指します。貴重であると思えるものや価値のあるものだけが財とつきますが本当に貴重なもの、価値のあるものが何かと定義するものの違いではまったく文化財の内容も変わってくるのです。特に時代が異なれば、文化財の価値も変わっていくでしょう。それだけ変わり続けているものが文化財ということになります。

例えば、何百年も前からの古民家で歴史的な何かがあった建物であっても時代が異なれば無価値になるものもあります。平和な時代の建物と戦乱の時の建物でも価値は異なります。その時代時代に変化していくものだから、その時代に相応しい活かし方があります。その活かし方もまた文化財になる日もくるでしょう。つまり、ただ保存し、ただ時を止めてその建物を守ってもそれが文化財ではないということです。

私たちはどのようなものであっても、その時代に生き、その時代を舞台に活躍していくものです。活躍するための場としての文化があるのであり、文化が先ではありません。

何をどうするかは、その時代の価値観や人の存在、そして時の持つ出来事に左右されていきます。本質をよく観て何がもっとも大事なことなのか、そして今をどうするのかからよく議論していく必要があるのです。

子どもたちのためにも、新しい文化の甦生を取り組んでいきたいと思います。

根源は免疫、原点回帰

私たちの身体には、免疫というものがあります。これは病原体・ウイルス・細菌などの異物が体に入り込んだ時にそれを発見し体から取り除いてくれるという仕組みのことです。そしてこの免疫には自然免疫と獲得免疫というものがあります。

まず自然免疫は、生まれつき体内に備わっている免疫の仕組みで元々古来から存在する機能です。これは発見した異物を排除する仕組みです。有名なものに好中球と、NK細胞、マクロファージがあります。このどれも、外部からのものをキャッチして食べて無効化していきます。

そしてもう一つの獲得免疫は、人生で病原体と接触した際に再び感染しても発病しないようにする仕組みのことです。この獲得免疫は、侵入した異物を排除するだけでなく記憶細胞という特殊な機能をもつ細胞に変化し記憶しています。そうすることで、いち早く発見し感染が進む前にキャッチして食べてしまうのです。T細胞とB細胞が有名です。

インフルエンザで例えると、ウイルスが口や鼻、喉、気管支、肺などに感染した場合はまず自然免疫のNK細胞とマクロファージ、樹状細胞などがウイルスをキャッチして食べて駆除しはじめます。そしてそれでも駆除できない場合は、B細胞、キラーT細胞という獲得免疫が今度は活動を始めます。具体的にはB細胞は抗体を作り、その抗体はウイルスにくっついて他の細胞に感染できなくなるといいます。

そうやって私たちの身体は自然免疫と獲得免疫の合わせ技で撃退してくれていたのです。無症状の人がいるというのは、この免疫系が働き無害化させているからということになります。免疫がきちんと働いているのなら、外部からの異物は正しくキャッチされ、駆除され記憶され、ずっと身体を守り続けてくれるのです。

これからコロナウイルスも様々な変異株が誕生してきますし、その都度、ワクチンを開発して対応ではいたちごっこです。私たちの身体は大量のウイルスに日々に晒されていますからやはり今まで生き残ってきた力を磨いていくのが一番です。

その方法は、食生活、運動、睡眠、精神や心の安静、という基本、また体質改善、生活習慣の見直しでできるはずです。つまり暮らしを整えていくのです。暮らしフルネス™は、これらのことを実践するためにも欠かせない智慧の仕組みです。

引き続き、子どもたちのためにも暮らしを見直して伝承していきたいと思います。

天の蔵に徳を積む

むかしから「天の蔵に徳を積む」という考え方が日本にはあります。これは善行をして見返りを求めず、与えたものを後悔せず、自分が徳を積む機会をいただいたことに感謝をするという生き方でもあります。キリスト教にも、同様に「天に宝を積む」という考え方があるといいます。

古今、真理というものは経験を通して永遠の智慧として子孫に伝承しています。現代は、通常の銀行の貯金や金銭的な貯蓄の方は目に見えてわかりますが天の蔵といった天の銀行に徳が貯蓄されていくことはなかなか考えないものです。

本来、私たちが今幸福を味わえるのは天の蔵に貯蓄されたものが引き出されているという考え方もできます。例えば、短期的に積んだ善行ですぐに幸福を引き出すということもできますが長期的であればあるほどにその積んだ善行は利子がついて大きくなってきます。これは「積まれる」という性質の本体、別の表現では「磨かれて光る」という道理があるからです。つまり幸福を味わい引き出していくというのは、積むことで引き出すという喜びに出会うということです。

いのちが光り輝くというものもまた、いのちを使って自分を磨いていくことで得られます。研磨していくなかで次第にその本体が透明で光っていくことで、私たちは偉大な幸福感を味わっていくことができます。金銭で形だけ光らせたのと、自らが光ってくるのでは世界の観え方が変わっていきます。自分のいのちの磨き方一つで、この世は美しい楽園にもなり地獄にもなるからです。

先人たちは、徳を積むということを何よりも大切に生きてきました。今の私たちの、また日本の幸福はその徳を積んできた貯金を引き出してこれだけの物質的な豊かさを得たのです。しかしその天の蔵の徳は、いつまでもあるわけではなく減るのです。それは古いものを磨かなければくすんでくるように、鏡や窓が汚れて向こうが見えなくなるように穢れていくのです。それを取り払い続ける、洗い清め続けるような気持で私たちは徳を積み続けなければなりません。

陰徳は、徳を積む機会をいただけたことだけで感謝するものです。人はなかなか探しても身近にそんな徳を積む機会を得られるご縁は滅多にありません。特に陰徳ほどのものになれば誰にも見つからずに評価されないところでできるものなどさらに機会は得難いものです。誰かの目に見えた時にはすでにそれ以前の長い時間の陰徳が貯まり引き出されている最中だからです。

先祖が長い時間をかけて天の蔵に貯蓄したものは、子孫が長い時間をかけて幸福として引き出されていきます。自分の代で使い切ってしまわないように、子どもたちのためにまた徳を積み続けていくことが幸福が長続きしていく人類の叡智だと思います。

天の蔵に徳を積む実践を、真摯に取り組んでいきたいと思います。

微生物を尊重する暮らし

腸内フローラを活性化することで免疫を高めていくというのは、むかしからの感染症予防法の一つです。もはやコロナウイルスは変異し続けていきますし、海外から強力な新種が次々と入ってきますからワクチンや薬ではいたちごっこの様相です。

気候変動も重なりますからますます新手の病気や感染症は増えていくばかりです。こうなってくると自己免疫を高めていく方法しか手段がありません。今の私たちが生存しているということは、今までも自己に備わっている免疫があったから乗り越えてきたともいえます。

この時代は免疫を下げるような生活環境の中で私たちは暮らしています。こういう時だからこそ、免疫を上げるような本来の自然と共生する仕組みを学び直す必要性を感じています。

私たちが免疫を高めるということで最初に思いつくのは、腸内細菌です。腸内フローラが豊かでしっかりとしている人は健康で免疫も高く元気な人も多いといいます。私たちは微生物によって身体を守っていますから、お腹の中の微生物の状態がよければよいほど免疫を高め外部からの感染症のウイルスなどの侵入を防いでくれます。

如何に日々の生活の中で微生物を上手に取り込むかが鍵になります。本来は微生物は空気中も浮遊していますし、自然界の土やほこりの中にもたくさん存在しています。そういったものを日々に取り入れていけば免疫も高まるのですが、食事から摂取するのがもっとも効果的な方法です。私たちは微生物にご飯を食べさせることによってその代謝物をエネルギーや栄養に換えていますから微生物が喜ぶようなものを食べてあげるのが一番です。腸活といい方も今ではしていますが、微生物を尊重する暮らしをしていくことがもっとも免疫を高めてくれたということでしょう。

今、まさにその微生物でもコロナウイルスに効果があるのが酢酸菌(さくさんきん)だといわれています。この微生物は乳酸菌や納豆菌と並ぶ食用の発酵菌の1つです。この酢酸菌は、アルコールを酢酸に変える細菌の総称でお酢になる元です。なので英語では「Mother of vinegar(お酢の母)」とも呼ばれています。

この母なる存在が非常に大きな働きを腸内で行ってくれているのです。どこにいるかといえば、空気中にもいますが梅、ぶどう、柿、りんごや花、はちみつなどにもあります。具体的に酢酸菌をつかった発酵食品には、お酢やワインビネガー、コンブチャ、ナタデ・ココやカスピ海ヨーグルトなどもあります。日本では、黒酢、柿酢、リンゴ酢などあらゆる酢に存在しています。

特に素晴らしい効能は、アレルギーに効果があることです。花粉症をはじめ、あらゆるアレルギー反応を穏やかにする力があります。科学的にも腸内菌叢により産生される短鎖脂肪酸(酪酸、酢酸およびプロピオン酸)という物質が腸管上皮細胞の増殖促進、炎症性サイトカインの抑制作用等による抗炎症、抗潰瘍作用もあると報告されます。

つまりコロナウイルスは、免疫の過剰反応が影響しますからそうならないように予防し続けることで重症化を防ぐことができるかもしれません。先人たちの智慧を活かし、子どもたちに安心した環境が遺せるように自然から学び続けていきたいと思います。