一枚板の価値

藁ぶき古民家にご縁をいただいた古木の一枚板のテーブルを入れてこれから甦生していきます。もともとこの一枚板というのは、長く育った古の大木から取り出されたものです。そこには偉大な生命力を感じ、いつまでも長くいのちをつないできた歴史を感じます。

まさにこの古木の一枚板は古民家に相応しいテーブルであり、ここでこれからどのような暮らしがはじまりそこでどのような団欒があるのか。ここで暮らす人を支え、豊かさの一つの象徴となるようにテーブルには特にこだわりを持たせました。

もともと一枚板は一生ものといわれるように、それだけ価値のあるものです。費用も高額で数十万から数百万するものもあります。なぜ高いのかといえばそれは希少でありかつ長持ちするからです。

本来、古民家というのはどのような定義をしているのかはわかりませんが私にすればこの一枚板のようなものと同質のものであると感じています。

長い年月を経て、艱難辛苦を乗り越えて育った立派な大木を木挽き職人がしっかりと丁寧に選別し丁寧に取り出していく。それを見事なまでに磨き上げ仕上げたものが一枚板です。当然、長持ちするのは当たり前で数百年を持ちこたえるものもたくさんあります。

木は一般的には、木の時に生きた年数以上は耐久できるといわれます。樹齢200年であれば、200年はもつのです。というと、古民家で使われている素材(私の言う古民家は年数ではなく日本の本物の民家のことを言う)は、同様に数百年単位の木材を使って梁や棟に使われています。

それだけ長持ちし、寿命があるということです。つまりそれだけ価値があり高額であるものなのです。しかし実際に今では、新築信仰で張りぼてばかりをつくり古民家の価値はほとんどありません。むしろ迷惑な存在のように扱われます。

これは本物がダメになったのではなく、本物の価値をわからなくなった人が増えただけともいえます。なんという悲惨な時代だろうかと思うことばかりですが、町に出れば安価で偽物、便利ですぐにダメになるもの。量産型で画一的で希少なものなどはほとんどありません。

そんなものを使っても、すぐに壊れますし、先ほどの一枚板のテーブルのように暮らしの中心を支える大切なものとして働きはどうなのだろうかと思います。

善いものがわかる、つまり本物を知るというのは私は人生において何よりも重要なことであろうと思います。私の甦生する古民家が、なぜ皆さんに喜ばれ感動されるのかといえば別にセンスがいいからやデザインがいいからというわけではなく、本物にこだわっているからだともいえます。

その本物は何でも本物という自然物だけにこだわっているわけではありません。時代的に文明のものを使って仕上げますからそこには自然物ではなく人工物です。しかしこの時の本物という私の言葉は、「本質的か」ということも本物の理由の一つにしています。

つまり何のためにやるのかということにこだわっているということです。

長くなりましたが、一枚板というものを通してこれからこの説明をするときにはこの古民家の価値と一緒に伝道していけるように思います。木造建築の価値、木の持つ徳を子どもたちにつないでいきたいと思います。

苦労し甲斐~メリハリのある人生~

人生には「苦労し甲斐」というものがあるように思います。時が経ち、後で振り返ったときに苦労した甲斐があったなと感じるもののことです。苦労したからこそ、得たものがあります。それはそこまでに経てきた体験からの気づきであったり、智慧であったり、そして技術であったり心身の練磨による成長であったりです。

これをやろうとすれば苦労すると最初に誰もがわかっていてもそれを厭わずに挑戦し突進していく。そこに人生の真の妙味があるように思うのです。

人生の妙味を知る人こそ、苦労し甲斐を知る人でもあります。

周りからすれば、何でこんなことをと思っていますがそこには苦労によって誰でもわからない境地に生きているからです。私の場合は、未来の子孫のためにと初心を定めていますからそのためには苦労を厭わずに何でも来たものは選ばずにご縁と導きを信じて取り組んでいきます。

過去の経験や何かそれを実現する才能などは特にありませんから、毎回新しいことに挑戦することになります。周りからは、苦労するよと言われてもそうですねと笑いながら取り組んでいきます。失敗したり困難があると、ほれ見たことかといわれることもありますがそんなことは最初から分かっていることだから特段何も影響はありません。

問題は、この苦労は苦労のし甲斐があるかどうかというところが重要なのです。そしてそれは「道」として必ず通らなければならないのであれば正面から向き合って取り組んで味わい通過、もしくは突破していくだけです。

そうして振り返ったとき、今の自分が育てていただいたこと。今の自分の信念や勇気、そして生き方や生き様を創造してくださったことに感謝できるのです。

人生は一期一会であり、今は唯一無二です。

何事も遣り甲斐があることに挑むことが、メリハリのある人生が送れるということになります。このメリハリとは、緩むことと張ること、つまり弓のように適度に弦がはっている状態をいいます。いい意味で、充実して心身が調和している状態のことです。

何かに集中するというのは、そのものを実現するために真剣に打ち込んで苦労をしていくということです。苦労のない人生は、ハリがありません。ハリのある人生は、苦労を通して人生の妙味を知りそしてそれをゆったりと振り返りその時の思い出を豊かに味わい感謝していく生き方です。

これは苦労のし甲斐があると、偉大な目的に向かって生きるとき人は人生が真に豊かになり充実するのです。若さ、情熱、青春は苦労と共にあります。大変でも目的に生きる苦労の多い人生の価値を、子どもたちに伝承していきたいと思います。

お手入れの循環

最近、捨てないということについての動きが活発になってきています。資源が枯渇してくればくるほど、資源のリサイクル化は進んでいきます。しかし実際には、膨大な量を生産していれば捨てなければこの世はまるでゴミ溜のようになっていきます。

現在は、資本主義経済を循環させることが大前提ですから両立するというのは如何に経済を回すかということですがそれでは本当の意味で解決することはありません。

私は捨てないということよりも、本物にするということだけで十分解決すると感じています。

例えば、日本には伝統職人さんたちがいます。彼らは、自然物を上手に活かし、里山循環の中にしっかりと溶け込み、自然の一部としての役割を見事に果たしています。藁ぶき職人であれば、その地域の藁やカヤ、葦などを用いて家の屋根を葺きます。また左官は田んぼの土などを活かして土壁を塗ります。また森林を手入れし炭焼きをし、大工さんらはその木を用いて家を建てます。竹の手入れによって数々の暮らしの道具を人々はつくります。かつて、私たちは「何が本物であるか」を知っていたのです。

その時、私たちは捨てるのでもなく作り続けるのでもなく「手入れする」ということだけに専念したのです。

私は今の時代、もしも世界が変わりこの人類の方向性を導けるとしたらこの「手入れ」をするということだと確信しているのです。そのことから、徳積財団を設立し、暮らしフルネスを起草し、「お手入れ」のための活動と実践をこの地から発信しています。

物を大事にすること、もったいなくいのちをいただき伸ばすこと、このすべては「お手入れ」する心から育つものです。自分の心をお手入れし、身体をお手入れし、そしてお導きやご縁にお手入れする。当たり前のことかもしれませんが、自然はみんなでお手入れをすることで循環を守り続けてきたのです。

現代はこのお手入れの反対のことをみんなでやってます。やりっぱなし、なげっぱなし、捨てっぱなしで作りっぱなし、これがゴミの正体であることに気づく必要があると私は思います。

日本にはそもそもゴミという概念がありませんでした。八百万の神々の一つであり、それが他の神様のお役に立つ大切な存在でした。だからこそ、ここ日本からこの思想や生き方を伝道していくのが今の世代の使命だと感じています。

子どもたちがこの先、100年後、1000年後、どれだけの自然に見守られているのか。自然の回復力と人間の魂の真の成長を信じて、子どもたちのために日々のお手入れ、修繕を伝承していきたいと思います。

枝垂れ桜の妙

あることから枝垂れ桜のことを深めていたら色々と感じることがありました。もともと桜というのは、600種類以上あるといわれこの枝垂れ桜はその桜の突然変異で誕生したものです。

なぜ枝垂れるのかも仕組みもあまりわかっていないようですが枝が上に向かって伸びるのは枝の先端部でオーキシンという植物ホルモンが伸長成長させジベレリンというホルモンが肥大成長させることで生じます。それが何らかの原因で枝の上側にジベレリンが作用せず、肥大成長できずに枝が重力に抗しきれなくなり枝垂れるということまではわかっています。

この枝垂れ桜は別名をイトザクラ、オオイトザクラと呼ばれています。その歴史はとても古く、今から1200年前の平安時代からあったといわれます。現存する有名なものでは福島県にある「三春滝桜(みはるたきざくら)」です。これは樹齢1000年を超える老木です。

品種を調べてみたら下記のような種類ありました。

八重紅枝垂(ヤエベニシダレ)、紅枝垂(ベニシダレ)、清澄枝垂(キヨスミシダレ)、枝垂彼岸(シダレヒガン)、吉野枝垂(ヨシノシダレ)、菊枝垂(キクシダレ)、雨情枝垂(ウジョウシダレ)、糸枝垂(イトシダレ)です。

今年の春に英彦山の守静坊の前に、美しい枝垂れ桜に出会う機会がありました。

この枝垂れ桜は樹齢約200年、高さ約15m、幅20mあるといいます。その品種は一重白彼岸枝垂桜(ひとえしろひがんしだれざくら)というそうです。これは江戸時代、上京した守静坊の山伏が京都祇園のしだれ桜を英彦山に持ち帰って移植したものだそうです。

神様の依り代として、桜の木を大切に目出てきた日本人の先人たちは枝垂れ桜に何を観たのでしょうか。今でもその当時の美しさは変わることはなく、変わっていく世の中においても神聖で優美なままで存在をひっそりと山で暮らしています。

人はこの枝垂れ桜に優美さに何を思うのか。

これから数年かけてその意味とその価値を深めて鑑照してもらいたいものです。子どもたちのためにも、伝統を守り、古からの真実を伝承していきたいと思います。

竹垣と暮らし

今度、藁ぶき古民家のブロック塀の装飾に竹垣を創る予定があります。これは「この場所をきれいに美しく整えたい」という地主さんの想いにとても共感し、私もどうしたらいいかと考えている中でアイデアが出てきたものです。

「竹垣」というのは日本人には馴染みが深いものです。特に京都にいけば、町をあるくといろいろな竹垣に出会います。寺院にも多いですし、また庭との境界線にも竹垣があるのを見かけます。

海外には、家の境界には石組みをして頑丈で堅固なものを用いられることが多いですが日本では敢えて竹を用いることで風情を醸し出しているように思います。

この竹垣は、改めて説明すれば竹で編んだ垣根のことで日本庭園に使用される主な竹垣は建仁寺垣、高麗垣、沼津垣、鉄砲袖垣、襖垣、鶯垣、四つ目垣、大徳寺垣、立会垣などが有名です。

独自に開発したものを創作垣といいますが、今回はどちらかといえば建仁寺垣風の創作垣になるような予感がしています。

この垣根の歴史奈良、天平のころからあるといわれます。貴族や大名の家の周辺はウツギの生垣や葦垣などで囲まれていたと文献にあるようです。

単なる境界線をわける目隠しとしてではなく、強くて柔らかいといった竹の長所を見事に活かしています。涼し気であり、見た目も美しく、そして竹を用いることで資源の有効活用と里山の手入れにもつながります。

むかしの人たちがつないできた、日本の先人の知恵はまさにこれからの世界をどう生きていけばいいかの羅針盤になるように思います。

一つ一つのご縁を大切にしながら、暮らしを紡いでいきたいと思います。

紫陽花の不思議

この時期は、あちこちで綺麗に咲く紫陽花の花を見かけます。いろいろな形や色に変化していく様子は、まさにこの季節の雰囲気を明るくしてくれます。幼いころは、紫陽花が咲くころにはカタツムリを探しにいきました。比較的大きな、カタツムリをみつけては紫陽花の主人のように振る舞う様子に不思議を覚えた記憶があります。

改めて紫陽花のことを深めてみるとその名前から不思議であることがわかります。

詳しいことはウィキペディアにもありますが、それもまたはっきりしない内容です。そこにはこうあります。

「アジサイの語源ははっきりしないが、最古の和歌集『万葉集』では「味狭藍」「安治佐為」、平安時代の辞典『和名類聚抄』では「阿豆佐為」の字をあてて書かれている。もっとも有力とされているのは、「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」がなまったものとする説である[8]。そのほか、「味」は評価を、「狭藍」は花の色を示すという谷川士清の説、「集まって咲くもの」とする山本章夫の説(『万葉古今動植物正名』)、「厚咲き」が転じたものであるという貝原益軒の説がある。花の色がよく変わることから、「七変化」「八仙花」とも呼ばれる。日本語で漢字表記に用いられる「紫陽花」は、唐の詩人白居易が別の花、おそらくライラックに付けた名で、平安時代の学者源順がこの漢字をあてたことから誤って広まったといわれている。草冠の下に「便」を置いた字が『新撰字鏡』にはみられ、「安知佐井」のほか「止毛久佐」の字があてられている。アジサイ研究家の山本武臣は、アジサイの葉が便所で使われる地域のあることから、止毛久佐は普通トモクサと読むが、シモクサとも読むことができると指摘している。また『言塵集』にはアジサイの別名として「またぶりぐさ」が挙げられている。シーボルトはアジサイ属の新種に自分の妻「おタキさん」の名をとって Hydrangea otaksa と命名し、物議をかもした。これは Hydrangea macrophylla と同種であった。」

なんともはっきりしない由来ばかりで、しかも間違って使われている事例ばかり。まさに七変化の象徴のような花であるのを感じます。

うちの庭にあるものは、野生種のヤマアジサイです。独特な形をしていて、緑と花が交互に折り重なるように咲いているので透かしもあり涼し気です。

このヤマアジサイは九州や四国に分布している種だそうで、むかしから私の故郷の地域の山や沢に咲いていたのでしょう。それがうちの庭にもあるというのは、どのようにここに運ばれて来たのかわかりませんが時と場を感じます。

こうやって、その土地に相応しいものやいつまでも変わらずに存在するもの。変化しないものと変化するもの。紫陽花から色々と学び直す機会を得ています。

子どもたちにも紫陽花の美しさを豊かに鑑賞するゆったりとした時間を持てるよう環境を用意して見守っていきたいと思います。

私の目的

私はこの「場の道場(BA)」で、日本の伝統的な文化を継承して温故知新しながら最先端の取り組みと融合させています。なぜこのようなことをするのかといえば、目的は明確で子どものためにということです。

この子どものためといっても、単なる一般的な世の中で使う子どものためではありません。もっと広義で子孫のためといった方がいいのかもしれません。子孫たちが安心して世界の中で自分らしく自分を生きていけるように先祖の思いやりをつなごうとしているのです。

私の暮らすこの場には、古いものと新しいものが共存し共生しています。よく言われるのが、ハイブリット型や善いところ取りなどとも評されます。しかしそれは、ちゃんと日本人の精神や魂、生き方を大切にしながら時代の中で創造されてきたものとの調和した暮らしを実践しているだけのことです。

先祖は、私たち子孫のために色々と深く考えてくれて偉大な思いやりを遺してくれています。その先祖の生き様や人生を無駄にしないのが、私たち子孫たちの責務であり使命であるはずです。

今の時代は、そんなことを思わず刹那的に今の自分の人生や世代だけがよければいいという短絡的な生き方が増えています。どれもこれもすべてその原因は、忙しくなることで暮らしを手放したことに起因しています。

暮らしがなくなれば、先祖の思いやりも届かないところにいってしまいます。私たちの先祖は、決して単なる文字や記録で子孫が守れるとは思っていませんでした。なので色々と工夫して知恵を働かせたのです。

その一つが、日本の家屋であり日本の伝統行事であり、まさに衣食住を含むこれらの「暮らし」にその仕組みをを入れたのです。

そしてそれを甦生し続けて温故知新する人物を、道を通して育成してきたのです。私が場の道場を開いた理由、そしてなぜ今、ここに「場」を誕生させようとするのかはその手段の一つであり目的を実現するためです。

子どもの仕事をしてきたからこそ、何をすることがもっとも「子ども=子孫」のためになるのかと四六時中ずっと思い続けてきました。そうすることで先祖とつながり、子孫へ譲り遺していく初心伝承文化に気づいたのです。

これから目的に人を集めるための動画を撮影していきますが、目的を忘れずに丁寧に取り組んでいきたいと思います。

甦生の技術

この世の中には、時間というものがあると信じられています。他にも自分というものがあるとも信じられています。つまり人は何かを信じればそれがあると信じるようにできています。

実際にないものであっても、自分があると信じればそれがあるのです。

その中には、本当に現実としてあるものと、空想の中であると信じているものがあります。ある種の思い込みといえば、ほとんどすべてはこの世の中は思い込みでできていますが思い込みを超えるような発見があるとき人は真実に気づくように思います。

その時、目から鱗が落ちるような体験、また我に返ったような体験、自分というものを超えた偉大な存在になったような体験などがあるように思うのです。思い込みから解放されるとき、人間は今まで見えなかったものが観えるようになるのです。

例えば、「いのち」というものがあります。

一般的には、動物のように呼吸をして心臓を動かし活動しているものはいのちがあると信じています。その活動が停止したらいのちはなくなったといいます。植物であれば、花を咲かせていたらいのちがあるとし、枯れてしまえばいのちがないとしています。つまり動と静によって、いのちがあることとないことを使い分けているともいえます。

しかし、もしも静であることがいのちがあることで動であることがいのちがないとしたら混乱すると思います。例えば、石であればじっとしていればいのちがあり、壊れていけばいのちがなくなっていくということになります。他にも、静かな湖畔はいのちがあり、蒸発してなくなればいのちがないという具合です。

簡単に動と静で生き死にはすべて語ることはできません。

ここに一つ、「甦生」というものがあります。それは「いのち」そのものを観るために動静そのものとは離れた絶対的に存在する何かを可視化する技術です。私は甦生と浄化の道を究めていくものですから、いのちそのものの存在をどう磨いて徳を引き出し、それを活かすかということを生業にしています。

甦生というのは、時空を超えてあるものを世代を超えても受け継がれた存在を永続的に守り続ける力のことでもあります。甦生させていくことで、私たちは伝統を守り続けることができ、いつまでもいのちを輝かせていくことができるのです。

子どもたちにこのことを伝えていくために、映像を遺してみたいと思います。今、来ているご縁を一つ一つ噛みしめながら自分のやるべきことに専念していきたいと思います。

調和力

今、住んでいる自宅は大きな池の水辺の高台にあるため朝からあらゆる野鳥の鳴き声で目が覚めます。水鳥たちが家の周囲にまで飛来してきては、朝からとても澄んだ鳴き声を奏でてくれます。

まるで風のゆらぎを指揮にしたオーケストラのように自然の音楽が聴こえてきます。水辺には、お互いの位置を確かめ合っているかのようにそれぞれで音を出しては距離とつながりを確かめ合っています。

自然というのは、お互いの距離感というものをそれぞれがもって共生しています。お互いに配慮しあい尊重しながらもともに居心地の善い場をつくりあげていくのです。

つまり居心地の善さとは自然界では、尊重し合うということにほかなりません。みんなが周囲を思いやりながらもここまでという境界線を大事にしているということです。

人間の歴史は、戦争の歴史といわれます。

そこにはお互いを尊重するような境界線がありません。自分たちが豊かになるために定めた範囲に対して、敵か味方があるだけです。人間は、そもそもいつから戦争をはじめるようになったのか。縄文時代のように、食べることで精いっぱいで自然と一体になって暮らしていた時代は戦争はあまりなかったように思います。

それが農耕をはじめ物質的に豊かになり、余裕がうまれさらにその富を増やすために生活圏を拡大させ人間でこの地球を埋め尽くしていきました。今では世界には80億人以上の人類がいて、人間の生活圏はあらゆる自然を埋め尽くすほどです。

戦争というものは、この生活圏の奪い合いともいえます。それが発展して、現在は経済が生活を占めていますから経済圏の奪い合いが戦争ともいえます。中国やアメリカ、ヨーロッパをはじめあらゆる国々が経済圏を確保するためにしのぎを削ります。

世界はいつになったら居心地の善い関係が築けるのか。

果たして本当に進歩しているのか、進化しているのか、自然を観照していると考えさせられることばかりです。せっかく進歩しても、進化しなければ進歩は活かせません。また進化は本質的な進歩を遂げるはずです。その調和が人類の真の成長であり、私たちが目指している持続可能で平和な世の中ということでしょう。

歴史から学び、自然から学び、私たちは本当のこれからを築く必要があります。暮らしの中には、その居心地の善い暮らしというものがあるように私は思います。それはこの自然のもっている調和力の中にこそあります。

子どもたちに、自然の智慧を伝承していきたいと思います。

 

丁寧な暮らし

生き物は美しい造形物を作り上げていくものです。私は若い時に拾った一つの貝を持っています。そしてもう一つ、石英の勾玉を持っています。身近に置いておくと心が癒され美意識が高まっていくのを感じます。

自然のもつ造形物はまさに完全無欠であり、どのような状態になってもそのものらしく自然体で驚きと感動を与えてくれるものです。

まずこの貝は巻貝ですが、科学的には炭酸カルシウムとタンパク質を融和させながら成長していきます。最初は小さな姿から大人になっていくにつれて次第に貝も大きくなっていきます。

つまりこの手元にある巻貝は、この貝の一生を生きた証ともいえるものです。美しい海の中で仕合せに生きたこの貝の姿を眺めていたり触っていると私はいつも心が癒されその美しい貝の姿から海の中でどのように過ごして何を貝は感じて生きたのかというものが伝わってきます。一つ一つの曲線の美しさ、そして肌触り、手に収まるくらいの大きさ、そのどれもが飽きることもなく何度みてもうっとりするのです。

出会いは宮崎の日南の海で、仕事中に走っていたら海の中に光っているものがみえ、車を止めて石やサンゴがゴツゴツとした中での出会いでしたが発見した時の感動は今でも忘れることはできません。

もう一つの石英の勾玉もまた不思議な出会いでした。ある森の中の美しい水が流れている近くで微睡んでいた時に土の中に光るものを感じて掘り起こしてみたらそこにあったのです。ドロドロで真っ黒でしたが、水洗いしたら見たことのない緑色の美しい姿になり透明な光が出てきました。

これは数億年という単位で、水が薄く流れる鍾乳洞のような場所で少しずつカルシウムと水が融和してできたものです。水晶などは1㎜成長するのに少なくても100年かかります。数万年単位で水に溶けたシリカなどが固まって石になるのです。

つまりこの手元の石には億年単位の石の生涯があり、その美しさがあらゆる模様や姿形に出てくるのです。私はこの石に触れるたびに、その歴史やドラマ、地球内部での暮らしを感じて悠久の時を思い出します。

いつかは死に別れることもありますが、私の身体もまた自然物の一つで造形されたものですから違うものになっていくのでしょうがいのちの本体がなくなることはありません。

私たちが美しいと感じるものは、このいのちの本体に触れているからです。

私は芸術のことや専門のことはわかりませんが、美しいものは何かということは本能で感じます。人はみんな自然物ですから真の美しさがわかるはずです。自然物に触れて、一期一会に出会いつつづけることで美しい人生はさらに彩られていくものです。

日々の出会いを大切に、美しいものを見逃さないように丁寧に暮らしていきたいと思います。