新しい経済

現在の世の中はなんでも使い捨てるように動いているように思います。まだ使えるものでも、消費社会の中で消費していく。私たちのことを消費者とも呼び、常に何かを消費することで経済に貢献するという言い方です。

最近では、SDGsの関係からエシカル消費という言葉も出てきました。これは「倫理的」という意味で、倫理的消費という言葉に訳されます。簡単にいえば、できるだけ倫理的な商品を買うことで社会を変えていこうという言葉です。

具体的にはよく聞く言葉に「フェアトレード」や「オーガニック」や「地産地消」、「障がい者の支援につながる商品」、「応援消費」、「伝統工芸」、「動物福祉」、「寄付付き商品」、「リサイクル・アップサイクル」、「エシカル金融」なども言われます。

つまりただ単に消費するのではなく、消費に伴う文化的価値や社會をよりよくするであろうと思われる長期的な循環経済のために消費を見直そうということです。

現在は、使い捨て消費がいきついて資源が枯渇するまで消費しようとする世の中です。そのうち資源が尽きて限界に達し、循環する仕組みそのものまで崩れていきます。自然環境の破壊だけでなく、人間社会の関係もまた破壊されていきます。

そうならないように、如何に社會をよりよくしていくかというのは人間社会の最大の使命であり課題です。

私は今の消費というものを少しよくしようと考えても価値観の転換までは難しいのではないかと感じています。本来のあるべき姿は、自然から少しお借りしてお返ししたり、もしくは自然に対して私たちが貢献する分からの利子で暮らしを豊かにしていくといった先人の智慧こそこの時代の価値観を変える原点になるのではないかと感じています。

人間は生き方が変わらない限り、社會も変わることはありません。しかし言い換えれば、生き方が変わるからこそ社會もまた変わるのです。

子どもたちが安心して暮らしていける世の中にするために如何に今の世代が挑戦するかが大切です。新しい経済、新しい価値観、新しい時代を創造していきたいと思います。

本来のはじまり~祈りの原点~

神仏習合と神仏分離という言葉があります。日本にはもともと八百万の神々という思想がありますから、本来はすべてのものには神様が宿っているという自然信仰ですが歴史の中で色々と意図的に変化させられてきたとも言えます。

神仏分離や廃仏毀釈においては明治政府が発令した神仏分離判然令を含む、神仏分離に関わる法律の数々、その目的はそれを起草した人々の思想を少し紐解くとわかります。

例えば、津和野藩の藩主亀井茲監、福羽美静らが主導となって、神仏分離令と呼ばれる種々のお布令が出ます。これは、祭政一致・国家神道の確立を目的にして国家をまとめる宗教の体系化、国家を精神的に一つにまとめること。そして徳川の時代の否定として徳川幕府の時代に人民の管理をする役所のような働きをしていた寺院からの支配権の奪取や、思想的な改革をすること。

この明治の頃の神仏分離令は、西欧列強に負けないように国家を一つにまとめ上げる為に行われました。この神仏分離令は仏教を中心に排除しましたが同時にキリスト教等の排除も行ったといいます。

そして廃仏毀釈がはじまります。仏像、建造物、経典等々、後世に蛮行と言われる考えられないような破壊を繰り返したのです。これにより寺院は半数が日本から消えたと言われ、残った寺院でもその規模は大きく縮小したといわれています。

ここまでして結果的には政府の目論見は失敗したといいます。国家をまとめるために利用した神道を国民全体に布教するために設立した神祇省も機能せず結果的には数年で廃止し、代わりに仏教側の手助けを借りて設立した大教院・教部省ができますが、それもすぐに廃止され国家神道を国民に行きわたらせることはできませんでした。

神仏分離により、それまでの神仏習合の神様まで名前も分離され仏教の影響を取り除こうとしました。そして本来の寺院の名前も新しく塗り替えられたために、うちの地元のように妙見宮という名前がなくなり日若宮になったり、八龍宮が水祖神社になったりとそのまま変わったままです。

そして戦後、昭和20年にはGHQが政府に対して発した覚書(国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ 保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件)とし、覚書は信教の自由の確立と軍国主義の排除、国家神道を廃止し政教分離を徹底しました。

このように今、私たちが見知っている宗教はそれまでの過去の歴史のものとは別のものになっています。本来のはじまり、神仏習合からの現在までの歴史も書き換えられたのはほんのこの100年前後のことです。

自分たちが暮らしの中で祈り育んできた道徳は、頭で認識するものとは別に遺伝子じめ伝統と伝承の中で私たちの文化の血肉に根付いています。その証拠に、日本人は有難いや勿体ないやご縁、そして慎まさや礼儀正しさ、正直さなどをもっている人ばかりです。

引き続き、本来のはじまりを深めながら子どもたちにあるがままを伝承していきたいと思います。

祭祀の場

むかしは屋敷神というものがあり、家の庭やその裏山に古木や自然石などの依り代を設け祭祀を行っていたといいます。そもそもは古くから死んだ祖先の魂が山に住むと信じられてきた信仰が背景にあり、屋敷近くの山林に祖先を祀る祭場を設けたのが起源だといわれています。

私たちの伝統のお彼岸やお盆のように、神霊や魂というものは一箇所に留まることはなく特定の時期にのみ特定の場所に来臨して祭りを受けた後、再び帰って行くものだと信じられてきました。

その時に、依り代になるものが必要であるために古木や自然石を祀りそれが次第に祠や社が建てられるようになっていきました。

これは、神様や神霊や魂が常にこの場所に常在すると信じられるようになったからだといいます。そのうち屋敷神が建物や土地を守護すると信じられるようになって今に至ります。

しかし、今では洋風建築が主流になり神棚すらなくなっている昨今の変化において屋敷神を祀るところなどほとんどなくなってきました。むしろ、田舎の古民家や敷地にある祠は手入れされず痛みも酷く、井戸と同じように撤去されて消失しています。

この屋敷神は民俗学者の直江広治氏によると、大きく三つに分類することが可能だとされています。その一つ目「一門屋敷神」はある集落内の一族の中の本家が屋敷神を持ち、一族が揃って本家で祭祀を行う形態。二つ目は「本家屋敷神」で、集落内の本家筋に当たる旧家だけが屋敷神を持ち、その家のみで祭祀を行う形態。そして三つ目の「各戸屋敷神」は集落内の全ての家で屋敷神を持ち、それぞれで祭祀されている形態だといわれます。

かつてはどの家でも、何かしらの祭祀をし祖霊や祖先、氏神様や地神様をお祀りしていました。年間に春と秋には、お田植祭や新嘗祭などを実施し、先人や神様、風土への感謝の気持ちを祈り祭祀を欠かしませんでした。

今ではそういう見えないものへの感謝よりも、目先の可視化された科学だけを信じる傾向が強くなってきました。本来の科学は、自然を可視化してきたものですが可視化できないものの中にこそ本当の自然はあります。

その自然と暮らしていくなかで、私たちが代々と脈々と体験したことは祈り祀ることで伝承されていくのです。

子どもたちがむかしの暮らしや場を通して、先人たちの恩が送られていくように私のできることで挑戦していきたいと思います。

観えない質量

事物は一つの事だけに一つの作用というということはありません。一つの事物には複雑で偉大なつながりがありますから一つの作用は全体に大きな影響を与える複雑な作用になります。

例えば、一つの作用に対してどれだけ本質を突き詰めたかどうかでは全体に与える影響が変わっていきます。練習の一投と、本気の一投ではその全体に与える影響が異なります。

どれだけ事物に本気に、どれだけ深め、そして極め、何よりも本質のままに取り組むからこそ多大な影響を全体に与えるのです。そしてそれを可能にするのは、その人の初心に対する向き合い方や、正直に取り組む本気の覚悟、また志を貫き実践する真心によって決まります。

事物には、そこに可視化することができない観えない質量が存在するということです。これは「祈り」にも似ています。真摯に祈り、実践し行動することの中には無駄がありません。それは祈りが与える影響が複雑な作用を産み出すからです。

人が議論をするとき、すぐに作用のある側面ばかりについて話します。そのために「何のために」ということの本質は語られにくくなっています。それを突き詰めている人だけが本気の議論ができ、そうでない人は意味が分からないから話が深まらないのです。

人はその行動において、また事物はその現象において「何のために」が問われています。どの行動にも現象にも理由があり、その理由こそが本質に適うからこそ明確な影響を実感することができるのです。

私が取り組んでいることも、なかなか理解されることがありません。ただの奇人変人の部類のように思われているかもしれません。しかし、子どもたちの未来を案じ、今の自分たちが磨くことの大切さを肝に銘じ、私の身体と心のすべてでできる実践のみを積み重ねています。

いつの日か至誠の積み重ねによって志を継いでくれる方が顕れ、先人たちの真心をあるがままに伝承できるように祈り育てていきたいと思います。

景観とは何か

以前、ドイツに訪問したときにその街並みの美しさには感動したことがあります。ドイツでは、戦後の復興の際に戦争で破壊された街を時間をかけて元通りの美しい街並みに復興するために都市計画を立てたといいます。

それを着実に数十年取り組んできたことで、今ではドイツらしい温故知新に取り組み街並みもそれに応じて美しく変化したのかもしれません。

歴史を調べると日本では関東大震災後にアメリカの都市美運動の影響を受け、都市計画関係者の間で「都市美」という言葉がしばしば用いられたようですが激化する戦争、戦災からの復興、高度経済成長という過程の中では合理性や経済性が優先され景観への配慮といった要素は主観的なものと考えられ軽視されるようになったといいます。

そして高度成長期以降は生活様式の変化で自然、都市や農村の景観も大きく変化し、鎌倉、飛鳥、奈良、京都といった日本の文化史上特に重要と考えられる地域まで合理性と経済性が入り込み景観が壊れていきました。

長い目で観て復元をしてきたドイツに対し、日本は目先の損得が押し切られ様々な法律が裏目に出るようになり古い町並みや古い建物は復元することもできず凄まじい勢いで壊され便利な建物、便利な街に変化していきました。田舎にもフランチャイズの店舗や、大型マンションが建ち、どこもかしこも画一的な街並みになっていきました。

2003年には国土交通省から「美しい国づくり政策大綱」を策定されました。そして2004年(平成16年)に景観法が制定され「美しく風格のある国土の形成、潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現」が目的にされています。しかし具体的にこの景観法が何ら規制を行うものでないためそれぞれの自治体が景観計画などを定める必要があるといいます。

みんな我先に、自分さえよければいいと好き勝手に利益ばかりを追い求めてしまうと街並みが壊れていきます。これは自然の中に都市を勝手につくり、様々な生き物たちが追いやられていくことに似ています。

本来の都市とは何か、その土地の風土の中で共生していくとは何か、そういうものよりも経済合理性のみを追求してきたツケが子孫たちに残されていきました。長い目で観て、経済合理性だけではない道徳的なものを如何に大切にバランスを保って維持するか。

世界が今、取り組んでいるSDGsも同様に持続可能な経済をどう保つかはこの経済と道徳の一致を目指すからです。

まとめればつまり、景観にはその景観に生き方が映るということです。その景観が美しく豊かであればそこの人々の生き方が映ります。そしてまた景観が懐かしく新鮮であればまたその場所の人々の生き様が映ります。

都市計画とは、生き方計画でもあるのです。

子どもたちがどのような街で暮らしていくか、子孫たちにどのような生き方を伝承していくか、私たちは今こそ、戦後復興のプロセスから学び直し、本来の復興とは何か、原点回帰してまちづくり、国造りをしていく必要を感じています。

今、私にできることから取り組んでいきたいと思います。

暮らしの喜び 

以前、スイスやドイツ、オーストリアの田舎を旅したことがあります。そこには美しい景色の中で暮らす人々の姿もありました。その景観はまるで一体化しており、どこまでが人工物でどこまでが自然物かわからないほどでした。

日本にも、いくつかの里山ではむかしからの懐かしい風景が残っている場所があります。ここと同様に、暮らしの景観というものはその風土と一体になっている美しさがあるように思います。

現代は、風景や景観などは気にせずに自分の好きな建物を建てようとします。ある場所に行くと突然、派手な色の西洋建築風のものがあったり、田舎に都会的な建物があったり、風景や景観などは気にせずに自分の好きなようにしています。または、駐車場にしたり、倉庫にしたり、廃材置き場にしたりと、それも好き勝手です。

風景や景観が壊れても気にせずに、自分の都合ばかりを優先するうちに景観や風景の美しさが次第に消失していきます。

私たちは風景や景観というものの恩恵をたくさんいただいています。美しい景色の中に自分があるということの存在価値が自分の美しさも引き出していきます。先ほど紹介した海外の田舎の風景のように、自然と一体化して美しい建物がある場所はそれだけで懐かしさや落ち着いた安心感、その人々の暮らしの喜びが伝わってきて美しいさに見とれます。

この暮らしの喜びとは、風土に存在するだけで恩恵を与えられている仕合せに生きることです。その風景や景観の恩恵に感謝しながら暮らすからこそ、先人たちや風土人たちの家や建物はその風景や景観と一体になるものを建てるのです。そうすることでその風土の自然が循環し、穏やかに持続し、共生し合えるようにその土地の材料を活かし、その風土の循環がさらに調和し活性化するように暮らしを組み立てることができたのです。

この暮らしの「美しさ」というのは、そのようにお互いに恩恵を享受し合い利他を実践しながら生きる姿です。美しい暮らしとは、お互いに利他の実践をし徳を積みながら自然を美しみ、共生を愛し、貢献し合うことに仕合せを味わう日々を送ることだと私は思います。暮らしが消失し、暮らしの美しさが消えたのはなぜでしょうか。個々人が好き勝手に利己的に生きる姿の中が増えてきたことが原因ではないかと感じています。

日本人の本来の美しい暮らしを甦生することは、日本の風景を甦生させていくことです。そしてこの美しい暮らしの甦生には、この自然や風景や景観は欠かせません。自然の恩恵に気づき、自然を味わい、自然を大切に共に生きていく。子どもたちのためにも今、私ができるところから守り育んでいきたいと思います。

暮らしの甦生~自然と手入れ~

自然に沿って田んぼをつくり、稲を育てていると私たちの暮らしの原点みたいなものが観えてきます。それは自然との共生をしながら、手入れを怠らないということです。自然はそのままにしていたら野生が勝りすべての人工的なものを呑み込んでいくものです。

福岡の農園も、もしも2年放っておけば畑は雑草だらけになり木々が生えてはもとの荒れ地に戻ってしまいます。定期的に手入れをしては草刈りをし、作物を育てるから人との共生がはじまり私たちもその中で暮らしを営むことができます。

他にも古民家も同じで、自然物でできていますから手入れをしなければ次第に傷んでいきます。掃除をして庭の草取りをし木々の剪定をし、風を通して光を入れてあげなければ次第にまた野生に呑み込まれて壊れていきます。

つまり私たちは自然の一部として、その中に人工的なものを入れていきますから手入れをしなければ自然と人が共生していかないのです。

都会では、極力自然を排除して人工的なものの中に少しだけ自然が入るようにしているようですがそれも見せかけで手入れをしなければ野生がまさりあっという間に傷んでいきます。

地方の小さな町々や村々の都市も、そこに住む人々が手入れを怠ればアッという間に傷んでいきます。つまり人間が暮らすということは、必ず何らかの自然の中での手入れを実践するということです。

現在は、楽をしてお金を払えばだれかがその手入れを仕事として取り組んでくれていたりします。しかし本来、暮らしとは、自分自らでその手入れを欠かさないことで自然との共生感を磨くことで調和を育んで持続可能な営みを続けてきました。

私たちが暮らしを優先するのは、自然との共生を忘れないためです。

これからの未来に、何を忘れてはならないか、そしてどうすれば自然と共に暮らしていたころの記憶を思い出すかはとても大切なテーマであるように思います。むかしの先祖たちが行っていた懐かしい暮らしこそ、私たちが今一度思い返す必要のある未来なのです。

引き続き、子どもたちのために暮らしを甦生しながら日々の豊かさを伝承していきたいと思います。

田圃の暮らし

昨日は、千葉県神崎町にある「むかしの田んぼ」で草取りを行いました。今年は日照時間が少なく、成長が例年よりも芳しくないのですが田んぼに入るとそれでもすくすくと元氣に生きている田んぼや稲から多くの力を貰って気がします。

この田んぼの「んぼ」は、「田圃」はもともとは当て字であるといわれます。田面(たのも)や(たおも)が音が変化したともいわれています。例えば、田圃道と書けば(たんぼみち)となります。

田畑という言い方もしますが、これはむかしに田んぼと畑の両方で暮らしを営んでいたことが関係しています。田を畦で囲った田圃に対して、その田(た)の端(は)で作物(け)をつくるという意味で「畑」となったという説もあるようです。私は、てきりアメンボは、雨の坊であり田んぼは田の坊というように生き物に見立てていたのではないかと思っていました。

日本には、むかしから妖怪といった人間でも神様でもない不思議な存在が様々なものに宿っていたと信じられてきました。道具が妖怪になっていたり、天気が妖怪になっていたり、様々なものの不思議を身近に感じて暮らしてきたとも言います。

田圃と共に生きている様々な存在もまた、私たちの暮らしの一部です。

そして昨日の草取りでは、ヒエ、ホタルイ、オモダカ、クサネムなど稲の生育の阻害するものをできる限り手作業で取り除いていきました。今では、除草剤という便利なものを使って田んぼに人が入ることがありませんがそれは稲にも必ず悪い影響を与え、田圃の生態系も崩れていきます。

私たちのむかしの田んぼは、収量を優先せず生きものたちの豊かな場づくりを優先してお米作りをしています。そしてその場で暮らす私たちもその一部として一緒に田んぼの中で生きていきます。

こうやって田んぼと共に暮らすことはとても豊かなことで、それは金銭では得られない喜びや仕合せがあるのです。これを徳という言い方をします。二宮尊徳がかつて「報徳」という言い方をしていましたがこれはこのむかしからの恩恵の中心であった田んぼから学んだものかもしれません。

現代に必要な大切な教えは、すべてこの田んぼが持っています。

田圃の暮らしを通して、子どもたちに大切な真心を伝承していきたいと思います。

直観オタク~無を信じる~

学とは何か、それは今の時代では勉強することだと一般的に思われています。しかし実際には勉強のために勉強などはなく、本来は自己を磨くために学はあります。そして学は己に問うことですから、学問とは自己を研鑽することが本来の道理であろうと思います。

そして学を磨いていくと直観というものに出会います。私はむかしから直観タイプですから、余計に自己内省と直観オタクのように日々を生きています。この直観とは、単なる当てずっぽをしているのではなく、自己との対話によって意味を深め続けているということでもあります。

西田幾多郎氏は、直観についてこのように記されているところがあります。

「私は昔、プロチノスが自然が物を創造することは直観することであり、万物は一者の直観を求めると云つた。直観の意義を、最能く明にし得るものは、我々の自覚であると思ふ。自覚に於ては、我が我を対象として知るのであり、知ることは働くことであり、創造することである、而して此の知るといふことの外に我の存在はない。」

知行合一するとき、そのすべての行為は直観となるように私は思います。本物の直観とは、知識と実践が分かれないのです。同時に考え行動し反省しまた実践する。つまり実践の中に智慧があり、智慧の中に反省があり、まるで自然一体のように本能と理性が融和し統合している状態になっているように思います。

「併し作用が作用の立場に於て反省せられた時、時は更に高次的な立場に於て包容せられて意志発展の過程となる。而して乍用の乍用自身が自覚し、創造的となる時、意志は意志自身の実在性を失つて一つの直観となる。而してかゝる直観を無限に統一するものが一者である、一者は直観の直観でなければならぬ。」

そして直観は意志そのものとなり、自己実現をします。自己実現とは直観そのものの姿のときであり、そこは「分かれていない」という状態になるのです。

「史的唯物論者は対象、現実、感性という如きものが、従来客観または直観の形式のもとに捉えられて、感性的・人間的活動、実践として捉えられなかった、主体的に捉えられなかったという。対象とか現実とかいうものを、実践的に、主体的に捉えるということは、行為的直観的に物を見ることでなければならない・・・どこまでも理論は実践の地盤から生まれるこということでなければならない」

まさに直観とは、実践が先であり真理をあとに知ることで意味を深め意志を確立していくのです。つまり直観は意志の姿であり、意志は直観になります。この状態は無我ともいい、無限ともいい、融通無碍ともいい、無為自然であるとも言えます。

偉大な存在と一体になって行動している状態、まさに自然の一部として自分の天命を全うする状態、まさにここに直観の醍醐味があるのです。私に言わせるとつまり直観とは無の姿なのです。

私は直観を何よりも信じるものですが、そのためには自己を徹底して研鑽し続けなければなりません。信念や理念、意志に従って自己を律し、高め、実践を積み重ねていく必要があります。

しかしこれが活きることの本質であり、いのちや魂を全うするということの仕合せと直結しているのです。直観で生きるためには、妄念や雑念を取り払い、如何に今に集中し今をやり切るかという命懸けの豊かさと共にあります。

引き続き、直観を磨いていきたいと思います。

自分を磨く

物事は実践によって磨かれていくものです。いくら理論が秀逸であっても具体的に実践をしなければそこに「場」は生まれてくることはありません。場というものは、すべての思想や生き方、磨いた形跡そのものを表現するものです。

どのように磨いてきたか、それは職人であれば腕に出てきたり作品に出てきます。他にも料理であったり、医療であったり、どの仕事もまた磨いた形跡が仕事に出てきます。

人生は、磨かれている分、鋭くなりますから確かに真実を捉えていくのです。この真実とは、理論が実践により「真」になるということでしょう。

西田幾多郎がこういう言葉を遺しています。

「身体は単なる道具ではない、身体は意識の底にある深い自己の表現である。かかる意味において我々の身体は形而上学的意義を有つということができる。我々の真の自己の内容には、必ず行為を伴わねばならない、身心一如の所に我々の真の自己が現れるのである。」

確かにこの身体は意識の底にある深い自己そのものともいえます。頭は心だけではなく身体と一体につながっていますから分けることはできません。だからこそ、真の自己は行動や実践が伴わなければ現われることがないという道理です。

自分を磨くというのは、自分から実践をして創造し続けていくということです。頭でいくら勉強したとしても、その勉強したことを具体的な行動にしなければ本当の意味で自己確立できないということです。またこうも言います。

「王陽明が知行同一を主張したように真実の知識は必ず意志の実行を伴わなければならぬ。自分はかく思惟するが、かくは欲せぬというのは未だ真に知らないのである。」

どの道も同じく、意志の実行を伴う必要があります。しかし人間は、思っても行動しないことが増えて思うだけでなんとかなると思うようになるのかもしれません。磨くよりも楽をしようとするとき、思っても欲せず、思っても抑制するということを繰り返すうちに自己が分離してしまうのかもしれません。

大切なのは、思ったら行動することです。そのうえで、失敗したり苦労したり苦難に出会いますが深いところの自己とも出会います。自己が何を求めているのか、何を深く欲しているのかを知るのです。

自己実現というものは、自分自身に対してどれだけ純粋に正直に正対しているかという自己との対話によって生じてくるように思います。最後に、また西田幾多郎氏の言葉です。

「道徳の事は自己の外にある者を求むるのではない、ただ自己にある者を見出すのである。」

道徳の原点とは何か、また新たに挑戦を続けていきたいと思います。