昨日は今年初めての干し柿をつくりました。古民家和楽の柿は、今年は少な目でしたがしっかりと実をつけてくれています。ちょうど食べ頃の時に鳥が飛んできては食べてしまいます。渋いうちに確保しておけば、全部は食べられません。渋柿を食べるヒヨドリがいるという記事もありましたが動物によっては渋でも食べるのかもしれません。
この食べ頃が分かるというのは、どういうことでしょうか。この食べ頃というのを洞察するとそこには関係性があることがわかります。つまり私たちは食べるのが先か、関係するのが先かということです。
この自然の世界は見事に関係しあって成り立っています。お互いに互恵関係があり、あるいは互助関係もあります。お互いに生きるために関わるのです。
柿であれば、鳥たちをはじめ動物、あるいは人間も種を運びます。そのために実をつけます。葉っぱもまた微生物をはじめ、土の中の存在を守ります。この柿を家の庭に育てれば、非常食や保存食にもなり、風邪の予防などの薬になることをはじめ柿渋などの塗料や防腐効果にもなります。
先人たちはこの柿のもつ関係性の可能性に感動して、共生しあう関係を築いてきて今があります。
ちょうどオーストリアの友人たちが来ていましたから一緒に干し柿をつくりましたが、海外では下記は「KAKI」としてそのまま日本名が採用されています。
この柿は元々は中国原産で奈良時代に日本に渡来し、偶然に鎌倉時代に甘い柿が誕生したり品種改良され今では1000種類以上になっているともいわれます。
これだけの関係性築いた柿の徳が、あらゆる場に循環しているのを実感します。
食べ頃の話に戻れば、私たちは関係が実り熟すことを食べ頃というのではないかとも思います。これは自然の生き物たちのいのちの循環を観ていても感じます。お互いのいのちを分け合い交換しあいながらいのちのご縁を結び続け繋ぎつづける。
その瞬間瞬間の絶妙な関係性を判断しているからこそ、自然の生き物たちはその食べ頃を察知しているのかもしれません。自然(じねん)は、身近ないのちの循環と結び合いの中で一期一会にご縁と結び続けます。
自然のめぐりにいのちを和合させながら心を調えていきたいと思います。
