力に換える

昨日は、秋月の黒田鎧揃えに参陣してきました。これは以前も書きましたが、初代藩主の黒田長興公が島原の乱に出陣する前、正月三日に軍事演習(鎧揃え)を執り行ったことに由来し、相馬藩(現在の福島県相馬市)の「馬揃え」、土佐藩(現在の高知県高知市)の「旗揃え」と並ぶ“天下三揃え”のひとつといわれます。

主催の挨拶では、先人たちへの感謝や祈り、そして未来へ向けて想いをつないでいきたいという言葉がありました。また、秋月の藩校の稽古館の教えの唱和もありました。

長い時間をかけてどのような人づくりをしてきたか、そして藩祖がどのような想いでこの場所を見守り育ててきてくださったかとその御恩に報いているように感じました。

実際の行軍では、破邪顕正を祈り、法螺貝を立て、時の声を上げながら鎧を纏いみんなで清らかな心で行脚していきます。秋月のむかしの大切な場所へと向かい、祈り、そして本陣に戻りそのころの気持ちに寄り添うのです。

先祖が大切にしてきた気持ちは、言葉にならなくても伝統行事を執り行うことで初心に帰ります。その時の先祖や侍たちが大切に守ってきたこと、そしてそれがいつまでもその地に根付いていることなどが甦生するのです。

本陣に戻ると光月流太鼓や居合など、伝統の演奏演武もありました。

時代から先人の智慧や伝統は蔑ろになり目の前の便利さや合理性こそが智慧や革新のように思われている昨今ですがそれは本物ではありません。本物は、先人の智慧の中にあり、そして伝統の真っただ中にこそ存在するものです。

私は伝統か革新かと選ぶのではなく、本物こそ伝統であり革新であると思っています。つまり、智慧は先人からのつながりの中にこそ存在しそれをこの時代に活かすときにこそ本物になるということです。

一見、時代錯誤をしているように思われることでも時代が変われば本物を続けているだけです。この時代、次世代へと本物をつないでいくには工夫が必要です。私が取り組む「場」はその創意工夫に挑戦して本物を譲り遺すことにあります。

この体験もまた次世代への希望にし、子どもたちの力に換えていきたいと思います。

 

コロナウイルスからの教え

日本ではコロナウイルスが減少しているという珍しい現象が発生しているといいます。科学的には、ウイルスの変異によって増幅ではなく、減少するような状況が発生しているともいわれます。感染しやすいウイルスが急拡大したことで、今度は急減少するという変異が発生したというのです。

宿主が全部死んでしまうと自分たちも生きてはいけないので、ある程度、広範囲に感染したら共生して落ち着くというのがウイルスの性質であるということでしょう。

以前、ウイルスのことを調べていた時にウイルスも生存戦略を持っていることがわかりました。私たちの身体の中には無数のウイルスがいますが、それはかつて同じように歴史の中で感染してきたものたちばかりです。それが時間をかけて無害化していくというプロセスを通して共生していきます。

これは固定種の種を育てていますが、野菜も同様に本来は人間に害のあった野菜も長いこと育てて共生していくなかで無害化していきます。菌の世界も同様ですし、動物の世界でも同じです。

つまり私たち人間は敵対するのではなく、共生する道をとってくることでここまで生き延びてきたのです。

このコロナウイルスは私たちに何を教えにやってきたのか、ここからわかることと思います。今、気候変動の問題をはじめCOP26なども開催されていますが、私たち一人一人も今回の感染症などをことからよく現実を見つめ直して本来の生き方に目覚める時機です。

私は、むかしの田んぼでお米を育てています。ここのお米は、伝統神事をしながら楽しく豊かにお米を育てます。農薬も肥料も入れていませんが、みんな昔たちや雑草たちも共生してくれて穏やかでおとなしいものです。

みんなで共生していこうと決めたなら、敵ではなく一緒に生きる仲間です。

この「仲間」だと思えるか、それが人類の世界における大切な役割だと私は思います。仲間づくりができる人だけが共生の原理を知るということです。この仲間も、敵対しない仲間ですから共に心豊かに楽しく仕合せを生きる人たちを増やすことです。

平和というのは、戦争と平和という対立概念のものではなく「和」のままでいつまでも穏やかでいるということです。そのために何が必要か、気づき時機が今の時代ということでしょう。

人類がアップデートするためにも、その場を創造し、この場から未来を変化させていきたいと思います。

 

お滝場の甦生

昨日はお滝場の石風呂にはじめての火入れを行いました。関わってくださった方々の御蔭で無事に場が整いました。特に建築に携わった大工の棟梁や窯をつくりあげてくれた職人、お掃除して綺麗に守ってくださった人たち、また修行者の方との一期一会はとても心に残りました。

滝行というのは、冬季の寒い中での荒行のように思われますが実際には一人で行うのと仲間と行うのではその感覚は異なります。昨日は、背中から水をかけてくださる方、勤行を唱えて祈りを捧げてくださる方、また法螺貝を吹いてくださる方がいて、他の仲間が見守る中でお滝をいただきました。

滝行をする方々は信仰深く、滝ではなくお滝とも呼びます。

私たちはいのちあるもの、尊敬しているもの、大切なものには「お」をつけます。お花、お米、お母さん、お水なども同様です。お滝というのは、流れている水ですがそこに確かな何かの存在を感じるのです。

神道の大祓詞には、瀬織津姫という神様のことが書かれていてこの神様が滝場にいて色々な災厄を祓い清めてくれると記されます。祓いというのは、あらいが語源で、禊というのはすすぐことを言うといいます。つまり祓い清めるというのは、今でいう洗い流ししてきれいにするということでしょう。

このお滝の神様の瀬織津姫のほかに、速開都比売(はやあきつひめ)・氣吹戸主(きぶきどぬし)・速佐須良比売(はやさすらひめ)という洗い流してきれいにする神様がいると祝詞には出てきます。川や渦、海などみんな洗い流してきれいにする神様たちの御蔭で私たちの汚れや穢れは取り除かれて自然に循環するというのです。

先人たちはこの自然の仕組みを知り、日々の小さな塵や垢のように心や魂などにつく汚れや穢れも洗いきれいにできる方法を発明したのでしょう。

今の時代、以前よりもスピードがあがり今までのように簡単に洗い流すことができなくなってきています。できればしっかりと洗い流しておかないと積もり積もるとそれだけ浄化に時間がかかってしまいます。

日々の暮らしの中で、私たちは禊をしますがこれからはますます必要になってくると私は確信しています。人間は集合意識によって社会を形成しますからそれが歪であればあるほどに地球や宇宙にも影響を与えてしまいます。量子のことが解明すれば、意識こそが世界に影響を与えていることはわかってくるはずです。情報化社会というのは、意識の社会ですから人間力を磨き高めていくことで未来の流れも変わることでしょう。

子どもたちのためにも、大切な智慧や伝統を活かしながら場を創造していきたいと思います。

 

野生の食

最近、山とかかわり始めてからジビエ料理を食べることが増えてきています。このジビエとは何かというと、これはフランス語で狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味する言葉です。

もともとヨーロッパでは貴族の伝統料理です。日本では鹿や猪がジビエでよく使われていますが、もともとフランスでは貴族しか食べられないほどの高級食材だったといいます。貴重な野生動物を食べるのだから肉から内臓、骨、血液、その全ての部位をすべて料理に使うといいます。栄養価も高く、食べると独特の高揚感というか体の芯から熱く漲ってくるようないのちを食べている感覚があるようです。

日本では古代からこの野生動物は身近な食材だったといいます。縄文の遺跡からも、ウサギ、クマなどを食べた形跡があるそうです。まだ稲作が入ってなかった頃は、山から色々な食べ物を集めては食べていました。毛皮は加工して暮らしのあらゆるところに役立てていたともいいます。

それが平安時代になると仏教が伝来し、食べることが禁止になったりもします。しかし山の周辺の人たちにとっては野生動物を食べなければ生活もできませんからなくなることはありません。江戸時代にも一般的には狩猟が禁止になっていますが、鴨料理やしゃも料理などは人気だったといいますから野生動物は食べていました。

明治以降は、牛肉や鶏肉、豚肉など養殖によって増やすことになり便利に食べられるようになってから野生動物を食べることが減ってきたともいいます。本来は、高級食材で滋味を味わうものでしたが近代になってから獣害のことが出てきて鹿肉や猪肉を捨てるのではなく何かに活用しようとフランスのジビエに注目して取り組む飲食店も増えています。

この時代は本当におかしなことに、物が溢れ、獣が溢れとバランスが崩れていますから過去の歴史と在り方が逆転していて価値もまた逆転しています。本来は、貴重な価値だったものが今では獣害として価値がなくなり処分に困っているということ。

なぜ野生動物を食べていたのかということも忘れてしまうくらい、今は食が溢れているということでもありますが本来食とは何かということを考えさせられるいいきっかけになるとも感じます。

むかし上司の山小屋で狩猟していた猪を檻の中で食べるまで飼育していたことを思い出しました。周囲には強烈な獣臭と強烈な殺気、そして檻に身体をぶつけては今にも襲い掛からんとする怒りの形相にたじろきました。野生動物と対峙するというのは、いのちのやり取りをするということです。

今の時代、侍などもいませんからいのちのやり取りなども身近ではありません。しかし、野生に入るというのは本来の自然に近づいていくことでもあります。人工的になんでもできる時代ですが、こんな時だからこそ原点を忘れないで野生を宿した人間のままでいたいものです。

子どもたちにも時代の節目に相応しい本物の暮らしと食を譲り遺していきたいと思います。

心の風景

時間というのは、変化のことです。どんなに変化がない物質であっても、必ず微細には変化しているものです。変化しているからこそ、変化を感じることで時間を捉えることができます。私たちは時間というものを人生の中の時間と認識しますが、本来の時間というものは変化そのもののことをいうように思います。

その変化は、現実に外界が移り変わっていくもの。また内面の世界が移り変わっていくものがあります。その両方が合わさって時となりますから、この時間というのはとても矛盾に満ちていて同時に不安定なものです。

私たちはその時々の組み合わせから一期一会を感じるものです。

この一期一会は、組み合わせともいえます。その組み合わせは変化の組み合わせから産まれる偶然の一瞬のことです。その一瞬は、外側の変化の一瞬に合わせて内面的な心の状態が組み合わせられ自分にしか見えない景色が現れます。

その景色に心は感動し、今この一瞬に目覚めるのです。

今朝も雨の晴れ間に一瞬、美しい虹が出て心の風景を映しました。

美しい景色をみても何も感じない人もいれば、その景色に涙する人もいます。私たちは景色を磨いていく生き物であり、人生とはどのような景色を産み出したかといっても過言ではありません。

心の景色を大切に過ごしていくことは、変化を味わい変化を愛おしむように生きていくことです。二度とない人生だからこそ、悔いのないように大切な初心のために生きていくこと。

人生の純度を高め磨いていくことは、この心の風景をより鮮明に美しくしていくことです。

一期一会を生きていきたいと思います。

物語を生き切る

英彦山の宿坊の甦生が始まる前に色々と心の整理をしています。毎回、古民家甦生や場の甦生をする前は傾聴や覚悟の時間があります。このプロセスはとても大切で、今までの様々な物事を紡ぎ、結び物語を続ける準備に入るからです。

物語というものは、すべてのものに存在するものです。

この世にあるものはすべて物語があり、その物語の続きを私たちは生きています。何も意味もないもののように見えても、実際にはそこには意味が存在します。それが物語がある由縁であり理由です。

その意味が観える人と、意味が見えない人がいるだけです。私たちはどのような場にも意味があると感じられる人と、場に意味を感じられない人がいます。私は場道家を実践しますから、そこに一期一会の物語を直観していくのです。

これは自分の人生にも言えることです。

今の自分があるのは多くの物語の集大成でもあります。その物語を歩んでいく過程で、色々な人たちとさらなる物語の続きを見つめ、自分の役割、徳、業にいのちを傾けていきます。

こうやってまた新たなご縁が産まれ、新たな出会いと別れがあります。この出会いと別れもまた物語の一端に過ぎないことでありまた再び物語は歩むのです。私がもっとも仕合せを感じるのは、止まっていたもの、忘れられていたもの、捨てられていたもの、失われていたもの、形がなくなっていたものを「甦生」するときです。

私にとっての甦生は、物語を綴ることでありそれはこのブログを書いていることにも似ています。

今日も一日、かけがえのない日々がはじまります。

子どもたちのように一期一会に生き切り、自分自身の一生の物語に生きていたいと思います。

徳積の一灯

仏陀に「貧者の一灯」という物語があります。これは簡単に言うと古代インドの阿闍世王が招待した釈迦のために、宮殿から祇園精舎への帰り道を大量の灯火で明るく照らそうと布施を声掛けします。貧乏な老婆も自分も釈迦のためにとお金を工面して一本の灯火を布施する。阿闍世王の灯火は徐々に消えていったが、老婆の灯火は朝まで消えなかったという話です。

それぞれの解釈の仕方がありますが、この物語はその中身がとても重要な話です。食べるものがなくて貧しくても布施をしようとしたこと、釈迦の教えを説いて布施をする人を集めたこと、単に油や火をつけたのではなく永遠に消えない信仰という火をつけたこと。どんな大量の油や火よりも真心を籠めて徳を積んできた火は尊いということ。世の中のために世界のために未来永劫の子孫のためにという偉大な心で取り組んだこと。ないからできないではなく、徳を実践しようと心掛けたことなどがあります。

釈迦は、説法もしますが実践をされた方です。それは姿からもわかります。布切れ一枚しか持たず、道を歩み、最期まで徳を実践されました。この徳は、仏教では布施ともいい、わかるよりも行動で示されました。

有名な布施には、「無財の七施」というものがあります。言い換えれば、徳を積むための「七つの実践」ということです。眼施、和顔施、言辞施、身施、心施、床座施、房舎施の七つです。

眼施(がんせ)は、常にやさしいまなざしでいる実践。

和顔施(わがんせ)は、いつも和やかに笑顔で人と接する実践。

言辞施(ごんじせ)は、優しい言葉で人と接する実践。

身施(しんせ)、自分の身体で奉仕する実践。

心施(しんせ)は、他の人に対して心配りをする実践。

床座施(しょうざせ)は、席や地位を譲る実践。

房舎施(ぼうじゃせ)は、自分の家や部屋を提供する実践のことです。

これは、他人を自分だと思って大切にする実践。自他一体の境地を顕すものです。私たちは自分を大切にするように他人を大切にするときに徳は積めます。決してお金をたくさん持っていなくても、財産に恵まれていなくても徳は積めます。言い換えるのなら、ないからこそ徳の実践はさらに豊かになります。

簡単にできないからこそ磨かれるものであり、それがもっとシンプルで根源的であるからこそ私たちは迷いなく生きていくための真理に近づいていくともいえます。

大切なのは真心で「一緒に積んでいこう」「共に磨こう」というあるないにかかわらず、実践するという純度の高い一灯に真の意味があるように私は思うのです。この貧者は果たして本当に貧者なのか、真の豊かな心を持つ「心の長者=仏陀」ではないかと思うのです。

昨日のブログで心の長者のことを書きましたが、この心の長者は心の豊かな者のことです。そしてこの心の豊かな者の正体は、この貧者の一灯の実践をする人ということだと私は確信しました。まさに仏陀は、誰にもできることであり、みんなが勇気を出して踏み出せばそこには仏陀があるのです。

徳の仲間ができることは、仏陀を産み出すことであり仏陀はそれを同じ人として平等なところで語っているのです。

これからいよいよ地球環境の変化の著しい人類の行く末を決める大きな分岐点に、この貧者の一灯はこの世を明るく照ら光明になるでしょう。子どもたちのためにも、徳を積むことの意味を実践して伝承していきたいと思います。

経済と道徳の再一致

「ほら吹き」という言葉があります。これは現代では、大袈裟なことをいうことや嘘つきなどのことを言われます。実際にはこれを調べると、小さな貝でも驚くほどの大きな音がすることから言われたのではないかという説もあるそうですが実際の法螺貝を吹く修験者が嘘をつくということはありません。

先日、インドの学生がBAに視察に来られたときに法螺貝の話をするとインドでは毎朝法螺貝の音で目覚めますと言っていました。法螺貝が身近にあり、いつも法螺貝の音を聴いて暮らしているとのことでした。

もともと法華経の中でも法螺貝の話が出てきますし、釈迦が説法をするときに法螺貝でそれを知らせたともいわれます。釈迦の説法がほら吹きと思った人があったのかもしれません。しかし本来は、法螺貝を吹くのはそこに宇宙の真理がある、またこれから幸福の道を説くという意味もあったのではないかと私は思います。

幸福の道で釈迦は世に三長者ありといいました。つまりこの世に三通りの豊かな人物があるというのです。

一つめは、家の長者といいお金や財産に恵まれている人のこと。二つ目は、身の長者で健康に恵まれている人。そして三つめは心の長者で弥陀の救いにあい、絶対の幸福になった人といいます。その中でも釈迦は「家の長者より身の長者、身の長者より心の長者がよい」といいます。

心の長者とは、シンプルに言えば心が豊かな人ということです。もっとも裕福なのは、心の長者ということです。

例えば、どんなにお金持ちで健康であっても心が貧しくてはそれは豊かではありません。逆を言えば、貧乏でも不健康であっても心が豊かな人は足るを知りどんな境遇や環境下でも豊かさを見出すことができるということです。

現在、資本主義経済の中で確かに世界人類は物質的も恵まれ裕福になっていきました。もちろん貧しい国もありますが、私たちの日本は発展したといわれます。しかし気候変動や環境問題、格差社会などあらゆる別の問題が発生してきて次第に心の貧しさの問題が拡大してきているようにも感じます。

お金をもっと増やそうと躍起になり、身体を健康にしようとサプリを飲んでも心の貧しさは変わりません。どうやったら心が豊かになっていくのか、そこにこれからも人類の方向転換がはじまります。

心の事業をこれから甦生し、経済と道徳を再一致させていきたいと思います。

最善観の覚悟

昨日、「最善観」という言葉を改めて知りました。これは教育者、森信三先生が語った言葉です。この意味は、「いやしくもわが身の上に起こる事柄は、そのすべてが、この私にとって絶対必然である共に、またこの私にとっては、最善なはずだ」という根本原理に沿ったものです。

この最善観、私は「禍福一円観」という言葉をよく使いますがほとんど同じような意味に感じています。人は自分に色々なことが毎日発生してきますが、それを自分勝手に左右に分類してはこれはいい、これはよくないと決めていきます。

しかし、そのどれもは本当は現実には自分に最も相応しいことが発生しているのだと実感する人と、これは自分には相応しくないと分別している人がいるだけです。

本当はすべて必然であり、自分の身に発生したことはそれが現実ですからそれを素直に受け取っていくところによりよい人生が開けていくように思います。つまりいいかわるいかではなく、そこに大切な意味があるという生き方でもあります。自分にとって必ず通る道だから天命として絶対安心して歩んでいけということもあります。

これを西洋ではオプティミズムともいい、楽観性と表現します。積極思考ともいうかもしれません。また別の言い方では、「これでいいのだ」という言葉にも似ています。

最初から自分に与えられた自分だけの人生は、他と比べられるものもなく自分自身が体験しながら自分の道を自分の足のみで歩んでいくものです。その道は誰でもなく自分にしかない道、自分にのみ与えられた道だから善悪関係なく「すべて最善」なことだと覚悟して生きるということです。

時折、何で自分がとか、誰かがやるだろうとか、他の人の方がなどと思うこともあるものです。もしくはなぜ自分がや、どうしてこんなことにと悲嘆にくれること、もしくは自分にはもったいないや、自分にこんなにもという恩恵もあるかもしれません。しかしそのどれもをそのままあるがままに受け容れることで最善観を持つことがその人の人生を真に生きることになるように思います。

私はよく考えてみると、まだまだ世間の刷り込みが多く入り込み自分自身というものを正しく認識することができないでいるように思います。というよりも、日々の刷り込みの中で本当の自分、主人公としての自分を日々に顔を洗い目覚めていく鍛錬が不足しているようにも感じます。

自分にしかできないことをやるには、誰とも比べられない自分を生きる必要があります。森信三先生が日々の実践に生きたように、私自身も絶対必然、最善であると自分を鼓舞して素直に謙虚に生きていきたいと思います。

この世のすべての御縁を一期一会と共に歩んでいきます。

ありがとうございます。

庭先のビャクシン

昨日は、鎌倉の建長寺と東慶寺にむかしのお米の新米をご奉納させていただくご縁がありました。むかしのお米は神事米として神社や仏閣にご奉納する機会が多いお米です。

1日に今年は新嘗祭も神崎神社の宮司様と共に田んぼで執り行い、深い感謝と来年の予祝を同時に行ったばかりです。

むかしはお米がお金の代わりでしたから、丹精込めてつくられたお米が交換されていました。お米はそれに生ものでしたから、みんな大切に早めに味わいそのお米の有難さやつくる人たちの労に感謝したのは想像できます。今はお金になり紙幣は生ものではありませんから傷みませんし銀行に入れたら数字だけになるので早く食べようとは思わないでいつまでも保存しておこうと思うのでしょう。

私はお米だけでなく伝統の高菜などもつくっていますから、丹精込めた珍しい生産物を手渡しするときの皆さんの笑顔は格別なものです。

話を鎌倉に戻しますが、建長寺では「けんちん汁」をいただきました。私はけんちん汁が大好きでよく自分でもつくりますが、このけんちん汁は建長寺が発祥だというのははじめて知りました。

もともとこの名前の由来も、開山した蘭渓道隆氏が野菜の皮やヘタを無駄にしないように発案したそうです。具体的な具材は「ごぼう」、「大根」、「里いも」などを胡麻油で炒めて「だし汁」を加え「醤油」、また「味噌」で味付けした精進料理です。

崩した豆腐も入っているのですが、これも誤って落としてしまった豆腐をもったいないからとそのまま入れたといわれます。野菜が乱切りなのも残菜一つも無駄にしないようにと工夫したからだともいわれます。

もったいなくすべてを有難く頂戴していくという心がけがけんちん汁にあるのだと思うと、日ごろの料理するときの心構えとしても大切にしていきたいと学び直しました。

また素晴らしかったのは創建の際に手植えされたという樹齢は推定750年以上とされるビャクシンです。このビャクシンは何度の火災でも燃えずに生き残り、お寺を守ってきたといわれます。このビャクシンそのものが建長寺であり、歴史を語るのはこのビャクシンだったと実感します。何かを知るというのは、体験してこそです。その体験は、深く味わうというところに起因します。禅の境地は、この今、この体験をどれだけ深く味わっているかということのように感じました。

庭先のビャクシンから学んだことを、これから英彦山で顕現させていきたいと思います。