100年後のために

日本は明治に入り、西洋諸国に追い付こうとして様々な文化を捨てていきました。確かにその頃は、ペリーの来航で急を要したこともあったかもしれません。危機を乗り越えるためにと取り組んだことで、鎖国をやめ西洋諸国に追い付き軍備を増強して日露戦争にも勝ちました。しかし、戦争に負けアメリカの統治下におかれました。

歴史は常に表裏一体、善いことと悪いことはものの観方で変わります。

ある方向から観ればよかったことでも、別の方向から観ると同時によくないことが発生するのです。これは人生でも同じです。如何にバランスを保っていくか、そこには現実と理想、そして部分と全体の調和が必要になります。

日本人は古来から、この調和を磨き続けてきた民族であり「和」を尊重して重んじてきた生き方をしてきました。バランスを保つからこそ、文化を高め、持続可能な社會を実現するために自然と共生し、暮らしを充実させていきました。

現在は、どうでしょうか。

先ほどの明治のころの話であれば様々な文化を捨ててきたことで大事なものが失われていきました。日本人が千何百年もかけて磨き高めてきた思想や生き方もこの百年やそこらで手放して忘れていきました。これをそのままにしていていいのでしょうか。次の代、子孫たちがこの百年で失ったものはどうなるのでしょうか。

単なる個人の経済活動や利益ばかりを優先して日々に追われるような生活を続けておいて、文化も幼いころから他国の文化を自国の文化のように生きて果たして私たちは歴史を省みてバランスが取れていると言えるでしょうか。

先祖や先人がやったことは、子孫がバランスを整えていく必要があります。それは歴史には善い部分と悪い部分が同時に発生するからです。善い部分をしっかりと伸ばし、悪くなったところはカバーしたりフォローする。その中にこそ、私たちが今を生きる真の役目があるように思うのです。

失われていくことの中にこそ、本当に大切だったものがあることに気づくこと。この100年を学び、どう次の100年に結んでいくか、それは今の私たちが託されたものです。

子どもたちの100年後の未来のために、真摯に取りくんでいきたいと思います。

饅頭の豊かさ

先日、ふとしたことから饅頭のことを深めていると日本人は饅頭といえば豊かさの一つの象徴であったことを感じます。芽出度いときや、大事な祭祀にも饅頭が供えられました。

饅頭がなぜ日本人に愛されるのか、その一端を考えてみたいと思います。

饅頭といえば、まずは紅白饅頭というものがあります。この紅白饅頭の起源は平安時代の源平合戦とも言われます。源平合戦とは、武家の棟梁の源氏と平家との間で行われた戦いで、1177年~1185年にかけて日本全国で起こった戦争のことです。その際、源氏と平氏がそれぞれ赤と白の旗印に分かれて戦ったことから、相対する二つの組による戦いに紅白が用いられるようになったといいます。

運動会や紅白歌合戦なども、紅白になります。なぜ戦争なのに紅白?と思われるかもしれませんが、もともと赤は赤ちゃんというように「おめでたいこと」を意味して、一方の白は、死装束として死や別れを意味しています。そこから「紅白」は人生そのものであるといわれています。

花嫁衣裳の白無垢というのも、室町時代から着られており江戸に赤ふきの白無垢がでました。これは白無垢の裏地を赤くしたものです。ここから結婚前の自分と決別し、新しい自分として甦生して新たに生まれ変わるという意味があります。

紅白には甦生や生まれ変わりの意味があるのです。

紅白饅頭は、大変な縁起物としておめでたいときに配られるのです。そしてなぜ饅頭かといえば、饅頭の材料は小豆です。最近の子どもたちは、小さいころから科学的な甘味料で舌がかわり味覚も変化してしまいましたが私たちはお米や小豆の甘さを伝統的に感じられる舌をもっています。

小豆はもととも邪気を払う力があると考えられ、小豆の詰まった饅頭自体に厄除けのための縁起物という意味もありました。なのぜ、厄除けにあわせて紅白の意味も重なり、おめでたいとなっています。

饅頭が出てくると、なぜか仕合せな気持ちになります。

長い時間をかけて、大事なおめでたい場面で饅頭をみんなで食べながら笑っている豊かさをそこには感じます。お腹を満たすだけでなく、心も豊かに満たす饅頭のチカラを見直して子どもたちに伝承していきたいと思います。

 

饅頭の初心

友人の北海道のべてるの家の河村先生が、福島の薄皮饅頭を配っているとお聞きしユニークな取り組みに乗っかろうと私も今週末のイベントで冷凍をむかしの蒸し器で炭で蒸し、みんなと一緒に食べることにしています。

この福島の薄皮饅頭の柏屋は日本三大饅頭の一つです。他の二つは。大手饅頭伊部屋「大手まんぢゅう」(岡山)そして塩瀬総本家「志ほせ饅頭」(東京)です。今回は、この福島の柏屋の薄皮饅頭にしました。

この薄皮饅頭の柏屋は、嘉永五年(1852年)に創業し「病に薬がいるように、健やかな者に心のなごみがいる」との初心を定め奥州街道郡山宿の薄皮茶屋で餡がたっぷりで皮の薄い饅頭を考案したのがはじまりだそうです。

公式サイトに歴史のことが書かれていますが、興味深く少しご紹介してみたいと思います。

『創業まもない頃、旅姿の一人の男が柏屋を訪ねてきた。旅人は上州(今の群馬県)のお菓子屋で、ある日、富山の薬売りが来て饅頭を食べたところ、 郡山の薄皮饅頭とは比べ物にならない・・・と言われたとか。そこで、薄皮饅頭の作り方を丁寧に教えて差し上げたが、1年ほどしてまたやって来た。

「まだ、うまくできません。」
「上州の。お前さんは餡を何で包むんですか?」
「教えの通り、あのようにして作った皮で包んでいるのですが・・・」
「ああ、それだからおいしい饅頭ができないんだ。まごころで包まないとお客様に喜んでいただけない。」

上州のお菓子屋は、この一言に大変感動し、何度もうなづきながら帰って行った。』(公式HPから抜粋)

最初から、何を包むのか、まんじゅうを何のためにつくるのかという理念がはっきりをしているのを感じます。上州のお菓子屋さんも技術は優れていたからこそ違いがはっきりと理解できたのかもしれません。まごころで包むということの意味を学び直した話はこの柏屋さんの原点であり初心を確認することができます。

そして3代目の話も感動します。

『戦後、日本が復興をはじめた頃の話。まわりのお菓子屋が手に入る原料や人口甘味料でお菓子作りを再開する中、柏屋は歯をくいしばり3年もの間お菓子作りを再開しなかった。
これは、「のれんに恥じるような薄皮饅頭なら作らないほうがまし」との信念からであった。 三代目の妻・香は、 「今はおなかではなく、心をいっぱいにしようね・・・」とわが子たちに言って聞かせ、良い材料が手に入るまでじっと耐え忍んだ。』

先祖に恥ずかしくないように、子孫に顔向けできないことはしないと暖簾を守った信念とそれを支える奥さんの「心をいっぱいに」というまごころに伝承の重みを感じます。

今年のNHKの朝ドラの「エール」でこの柏屋の薄皮饅頭使われまた人気が出たようです。現在の当主のインタビュー記事に、「私は常々、お菓子の役割は人と人をつなぐこと、コミュニケーションを生み出すものだと思って仕事をさせていただいています。今回のエールでは、私どもの薄皮饅頭を、まさにそういう役割で、しかもこんな大事な場面で使っていただいて感動しています。本当にうれしいです」とありました。

時代が変わっても、大事な初心はわかる人たちの間で受け継がれてそれが使われていく。私もその初心を観て、むかしからの伝統のものや伝承の大切な思いを子孫たちへ伝えていくお手伝いをしていきたいと思います。

神秘の世界

法螺貝を学び始めてから、螺旋構造のことを深める機会がありました。螺旋とは巻貝のようにぐるぐると渦巻状に巻いているもののことをいいます。

この螺旋のカタチというのは、ミクロでは遺伝子や分子、そしてマクロでは宇宙の姿と同じです。螺旋構造というものは、この世のもっとも原始的な運動の姿であり、この世のエネルギーの構造そのものであることを直感します。

宇宙でいえば、私たちの太陽系は猛スピードで螺旋を描きながら太陽と一緒に銀河系から遠ざかっています。同じところをただ廻っているのではなく、遠ざかりながら廻っていますから螺旋的に前進を続けます。そして銀河系もまた螺旋状の姿のままだ善い宇宙を猛スピードで廻りながら遠ざかります。この遠ざかるという表現が果たして合うのかわかりませんが、何処かに向かって移動をし続けているのです。

私たちは、一直線のところを真っすぐに進んでいるのではありません。目には観えませんが、地球が自転して宇宙が回転するように私たちのいのちもまた螺旋的に活動を続けているのです。

例えば、台風や竜巻、水や火などもよく観察するとすべて螺旋になっていきます。それは私たちの太陽系をはじめ地球が螺旋状に前進しているからです。もともとが螺旋になっているのだから、私たちのいのちのすべては螺旋に従って螺旋になっていくということです。

縄文土器には必ず渦巻紋様があります、あれは宇宙のチカラを取り入れるための器であり縄文時代の人々はいのちの姿を螺旋であると直観していたのかもしれません。自然を観察すればするほどに、すべての生命が螺旋構造であることがわかります。

私たちはこの螺旋の仕組みで生命を象っているとも言えます。

法螺貝を吹くとき、何か螺旋のエネルギーとつながっていく感覚を覚えます。ひょっとしたら、私たちは音を通して螺旋の何かに触れて、その力と調和をはかったのかもしれません。

神秘の世界を味わい、子どもたちに神秘の存在を伝承していきたいと思います。

前進を楽しむ

一つの道が卒業し、新たな道が拓くというのは芽出度いことです。芽出度いというのは、なかなかあることではありません。言い換えれば奇跡であるということです。人は生きていたら毎日いろいろな奇跡にめぐり会います。

その奇跡を奇跡と感じる感性がある人は、毎日が挑戦であり日々が大切な道の一歩です。何かを捨てることは、何かを選ぶことでもあります。未来志向というのは、過去にとらわれず、自分の心の声を信じることかもしれません。

「どんな仕事でも喜んで 引き受けてください。 やりたくない仕事も、 意に沿わない仕事も、 あなたを磨き強くする力を 秘めているからです。」稲盛和夫

「山は西からも東から でも登れる。 自分が方向を変えれば、 新しい道はいくらでも 開ける。」松下幸之助

選ばない生き方というのは、引き受けるという生き方です。それは役割をいただいたのなら、与えられた以上で精いっぱい恩返ししていくということに似ています。仕事も同じく、いわれたことをやってもそれはその人のできる範囲で小さくまとまります。

しかし言われたことよりももっと大きく、もっと真摯にお返しすればそれはますます発展して学びも磨かれていきます。大切なのは、どんなことも道であるとし自分自身の人生を創造していくことだと思います。それは他人軸で評価される自分のことではなく、まったく新しい自分に出会い続けていくことに似ています。

今環境がないからや、ここまでの環境でなど満足するのではなく、もっともっとと自分から役割を取りに行く。それは志を立てているのだから、自分の視野で判断するのではなく、偉大なお仕事をいただいていると感謝し挑戦することだとも思います。

ご縁やチャンスは、そして一期一会は心の在り方や捉え方が大きな影響を与えています。一つ一つの物事をどのように受け止めているか、そこに自分との正対があります。自分と向き合うことは、道を歩んでいくことです。

引き続き、前進を楽しんでいきたいと思います。

 

夢追人

人はそれぞれに夢というものを持っています。夢は自分から求めていくことで得られるものです。そして夢は、今あるところからもっと先の未来に向けて自分から引受けていくことでもあります。

言い換えるのなら、すでにあるものを活かしてもっと自分にお役目を引き受ける、責任感とは少し異なりますが純粋な自分がやってみたいと願うこと、本心の声を聴いて自分に正直になっていくような感覚です。

私たちは、何か与えられたものの中でやらなければならないことをやるかのように教育で仕上げられてきました。本心からというよりも、本心は我慢してその中でやりたいことをやるかのようなことを美徳のように言われてきました。

しかし子どもたちを観ていたら、そうではないことはすぐにわかります。

私たちの会社は、子どもの憧れるような会社を目指していますから子どもが先生です。子どもを先生にすれば、夢を見ること、夢に生きることがどういうことかはすぐにわかります。

子どもたちはワクワクドキドキしながら未来を生きています。過去の修正ばかりをしているのではありません、常に心は夢を観ています。その夢に向かって正直に生きているのです。だからこそ子どもたちに夢に希望や未来を感じ、そしてそれを見守ることで信じる世界を実現させていきたいとも願うのです。

私たちが見守る保育を信じるのもまた、子どもたちの未来を信じているからです。

改めてコロナのことで先行きがよく観えなくなってきているからこそ、敢えて子どものような好奇心と夢で生きる時代に入ってきました。

最後に渋沢栄一の言葉です。

「夢なき者は理想なし。理想なき者は信念なし。信念なき者は計画なし。計画なき者は実行なし。実行なき者は成果なし。成果なき者は幸福なし。ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず。」

子どもの憧れる未来のモデルになるように、挑戦を楽しみたいと思います。

未来志向

コロナウイルスがまた急速に広がりはじめ、また自粛ムードになってきました。当然、みんなで気をつけようとは心しますが同時に閉塞感というものが出てきます。疫病というのは、免疫をつけて免疫が落ちないように活発に心の状態をととのえておく必要があるものです。

なぜなら免疫が下がったら、どんな病気も予防できず感染したら抵抗するチカラもなくなっていくからです。そう考えてみると、免疫を落とさないことが優先でその上で自粛しようというところが本当のところのはずです。

しかし現在の自粛の雰囲気は、免疫が落ちていくような閉塞感を持たせる自粛のやり方のように感じます。ただ、自宅でじっとしていろといい、人に関わらないことをいい、一日中オンラインで同じ姿勢で部屋のなかで過ごすこと。こんなことをやっていたら体調も崩しますが、心身もととのわなくなっていきます。

本来、暮らしは自宅でするものでしたから暮らしを充実させていこうとする方が免疫はあがります。例えば、朝から気持ちよい朝日を浴び、畑や土いじりをし、洗濯や伝統的な保存食や料理を楽しみ、外で運動や散歩をして早めに就寝する。オンラインは時間を決めて、仕事は明確に何をするのかを決めてメリハリを持たせ、コロナの御蔭で日ごとできなかったことができることに感謝して新しい生き方を発見していく。

もちろん、経済状況が苦しくなればそんなことは言ってられないというのもありますがそうやってまた追い込むと余計に閉塞感が出てきます。みんなで閉塞感がでないように助け合い、支え合い、ゆとりを豊かさを増やしていくことで疫病に早めにいなくなってもらうようにしていく方が解放感があっていいと思います。

なんとなく息苦しさというのは、呼吸ができない状況のことです。水でいえば、流れなくなり澱んでいる状態です。呼吸を整え、水を流すように閉塞感を取り払っていく必要があります。

神道の清めたまえ、祓いためえという具合です。

この時代の姿に、先行きがみえないと嘆いてみせるばかりではなく子どもたちに明るい未来を示していけるように未来志向で生き方を磨いていきたいと思います。

真の豊かさ

聴福庵やBAには、一輪挿しがたくさんあります。野花を摘んでは、その時々の旬を活けていますが次第に枯れてくる花を少しずつ取り分けては花器を換えていきます。はじめは大きな花瓶を使い、そして次第に小さくなって最後はもっとも可愛らしい一輪挿しに移動していきます。

この花の生涯を眺めていたらこんな風に歳を経ていきたいものだと感じるのです。真の豊かさというのは、その時々の活け方にこそ由るのではないかと私は感じます。

人生の中では、それぞれに時節というものがあります。

シンプルに言えば、節目でもありますがその節目節目には節目に相応しい舞台や環境、そして場があり、その場に移動していくことで新しい活かし方があります。そうやっていのちを大切に扱い、仕合せに生きていけばそれがそのままに真の豊かさになっていくのです。

もしこの花瓶に合わなくなったから要らないと捨てたり、まだまだいのちがあるものも役に立たないからと放棄するのは豊かさではないように感じます。現代の豊かさは、所有することであったり、大量にあることであったり、すぐに入れ替えができるほどに換えがある状態であったりすることを豊かだと思い込まされていたりもします。

しかしそれはあくまで、物質的な経済を活性化するための詭弁であり本来の真の豊かさとは異なるように思うのです。

先ほどの花で例えるのなら、活かし方の上手い人は押し花にしたり、ドライフラワーにしたり、水に花びらを浮かべたり、さらにはそれを絵に描き写してその花のいのちを永遠に味わったりする工夫を持っています。

そういういのちを最期まで慈しみ愛おしむように使える人こそ、暮らしの達人であり真の豊かな人だと私は感じます。身近には、唯一無二のいのちばかりが一緒に生を謳歌しながら共に歩んでいます。

その一つ一つを丁寧に丹誠を籠めて生きていくことは天恵であり徳そのものです。

子どもたちに真の豊かさを伝承していきたいと思います。

 

曲木の椅子

徳積堂の椅子の一つに、1960年代につくられた曲木家具があります。この曲木家具は、その名の通り木を曲げてなめらかな美しい曲線と微細で緻密な調整によってつくられたものです。家具職人たちは、手作業であらゆるものを丁寧に仕上げていきます。

少しその曲木家具を深めてみたいと思います。

この曲木家具の曲木の技術を発明したのは、ドイツ人のミヒャエル・トーネット(1796年〜1871年)といわれます。トーネットが発明した曲木工法は、木が持つ可塑性(圧力を受けて変型したものが、そのまま元に戻らない性質)を利用して天然の無垢材を煮沸し、鉄の金型に沿って曲げ成型していきます。

そしてこの人物が仕上げた曲木の椅子が、モダンスタイルの原点として爆発的に世界に広がっていきます。特に1859年に発表されたNO.14は歴史に残る名作となり現在までに約2億脚製造されたといわれています。その時代に、2億脚というのはものすごい量です。

そして日本で唯一の曲木家具ブランドが立ち上がります。これを秋田木工といいます。この秋田木工は、秋田曲木製作所という名前で1910年に曲木に適したブナやナラの豊富な秋田県湯沢市に設立されます。

秋田木工は、理念に「木が木で立っていたときよりも立派に美しく」を掲げて熟練した職人の丹念な手作業で、曲木家具を生み出し続けます。また、日本を代表する剣持勇、柳宗理などのデザイナーとのコラボレーションも行い、数々の曲木家具がグッドデザイン賞に選定されています。その後は、粗悪な輸入品が横行し経営がたちゆかなくなり大塚家具に買収されたといいます。

現在では、大塚家具として曲木をつくり続けているようです。秋田木工という名前がなくなりましたが110年以上、丹誠を籠めて技術を磨き上げてきたものは常に本質的でシンプルです。この秋田木工の信念のハイチェアがまたこの場を磨いてくれると思います。

子どもたちに日本人のものづくりの心を伝承していきたいと思います。

歴史を磨く

地球における人類の歴史というものを客観的に捉えると、大きくは自然と対立している時代か、それとも自然と調和している時代かに大きく分類できるようにも思います。自然の中で、私たちはどう生き、どう活かされたか、長い年月をかけて私たちは旅をし、その本当のバランスの場所を探しているようにも思えます。

ひょっとしたら、私たちは地球ではない惑星にもそれぞれに根をおろし、それぞれの場所であらゆる体験を通して一緒に成長しているのかもしれません。あくまでこれは妄想ですが、宇宙には似たようなことをしている生命体がたくさんいてもっとも調和し全体最適するところを探しては歴史を産み出しているのです。

私たちは記憶と共にあり、何度もその記憶を辿りますから歴史はまさに未来であり、未来もまた歴史なのでしょう。その歴史に一つの生き方を刻んでいくこと、そこに一つの偉大な意志も感じます。

私たちは時を生きていますが、時に活かされて存在します。それは生死を超えた時空のような今の中に存在します。この今も、あらゆる思い出を創造してはその思い出に親しんで心を映します。

今回の人生ではこうだった、前回はこうだったと、毎日、眠っては起きるように日々に出会いと別れを繰り返し、この地球で体験できる時間を惜しんでは今を生きています。

人間は今に生きることで歴史になっているのです。そして今を本気で生ききることで歴史に今を刻むのです。つまり、歴史とは今そのものであるということでしょう。

この今も変化を続け、新しく古い物語を創造し続けてはあらゆるものを感じ取って魂は磨かれていきます。私たちは魂を磨くことで永遠を感じることができます。どのようなご縁に導かれていくのか、好奇心は魂の道筋を今此処に誘います。

子どもたちが子ども心にわくわく生きていけるように、歴史を磨いていきたいと思います。