人生の役割~導きに従う~

人は「役割」というものがあり、使命というものがあるといいます。自分の思った通りの人生ではなくても、人生は思った以上のことに出会っているときその役割について考えるのです。

役割とは、自分が求めていなくても今の自分がどうなっているのかを内省してよく見つめれば自分が何をするために産まれてきたのかの意味も実感できるように思います。生きているときは、自分の我欲もありますからどうしてもその役割に気づくよりも自分の思い通りにしたいと思うのかもしれません。

電話の発明や教育者として有名なグラハムベルと、社會貢献や教育者として有名なヘレンケラーの関係の中で二人の持った「役割」についての思想を垣間見ることができます。6歳の時、自分の障がいへの不満から癇癪ばかりを起こして暴れていたヘレンケラーに両親が心を痛め、これは医者ではなく教育者が必要だと聾唖教育家を父に持つグラハムベルに教育を依頼しました。

元々幼少期から思いやりの深かったグラハムベルはヘレンケラーに真心で接して、その障がいにより傷ついた心を癒しました。その時にヘレンケラーがどんな気持ちであったかを後年の自伝で語っています。そこにはこうあります。

「わたしたちの周りに取り囲む静けさは、神経を休める静けさではない。他人と自分を引き離し閉じ込める、残酷で厚い壁のような静けさです。その壁を破ってくれたのがベルさんだった」ヘレン=ケラー自伝(講談社)

私の認識では、グラハムベルが行ったことはヘレンケラーの刷り込みを取り除いたのです。母親が聾だったグラハムベルは母親のために新しい視話法などを発明した人です。その母親の気持ちがよく分かる人物だったからこそヘレンケラーの思い込みと刷り込みを取り除き素直の原点に正し、方向性を発明し導くことができたように思います。

その後、グラハムベルは自らの家族の境遇が急変し仕方なくアメリカへと旅立ちます。その時、間接的に紹介した人こそサリバン先生でありその後のヘレンケラーの進むべき実践の「道」を片時も離れずに見守ります。

そしてヘレンケラーが大学を卒業する際に、再びグラハムベルに自らの進路を相談しヘレンケラーに生き方を導きます。ヘレンケラーはこう言いました、「サリバン先生と山奥の中でひっそりと暮らし、作家活動をしたいと思います。」と。するとグラハムベルはそれに対し、「できるだけ多くの事をした方がいい。一つでも多くのお仕事に携われば、それが目の見えない方や耳の聞こえない方の為になる」と諭します。

そしてその言葉に従って、ヘレンケラーは世界中の障がい者のための活動を行い、その教育と自立、福祉、事業を一生涯かけて展開するのです。

グラハムベルは、その後、私が今でも大変好きな「ナショナルジオグラフィック協会」の創設に強く関わりその会長も務めています。科学する心、教育をする心、つまりは人間そのものの育成を最期までやり遂げるのです。電話の発明ばかりが注目されますが、実際はそれ以上の偉業を遺している方なのです。

役割というのは、決して思い通りではなくてもその人の志す道に対して正しく導くことによってそれが明らかになるように思います。自分の与えられた天命は果たしてどのようなものかは自分自身には簡単には分りません。いくら周りをみて羨ましがってみても、人は他人になれるわけではありません。

しかしそういうものを諦めて、今の自分であることをあるがままに受け容れてみたら自分にしか与えられていない使命に次第に気づき、自分の人生の方向性をより志の高い方へと導いて膨らませていくことができるように思うのです。

善い教育というものは、その人をより善い社會貢献者に導くことのようにも思います。教育の本義は、人間社會の一員である以上、自分の役割を自分の体験をもっと多くの人たちのために活かしていこうとする真心であるように私は思います。そしてそれは見守る中にある尊さの一つ、「導き(みちびき)」ということなのかもしれません。教育者には導きがあります、先生というのはその体験を活かして導くことができるから先生なのです。

そのためにどうあるべきかもグラハムベルはその遺訓の中で述べています。

「目の前の仕事に専念せよ。太陽光も一点に集めなければ発火しない。」(グラハム・ベル)

人々を導くためには、自分がその人生を丸ごと受け容れる覚悟と発明の両輪があることを教えてくれます。 日々に初心を忘れずに引き続き、今に見据えて精進していきたいと思います。

おかげさま~我執を手放す~

自我欲といった欲望とは何かと内観してみるとある一つのところにたどり着きます。それは御蔭様の心を見失うということです。人の謙虚さとは何か、それは際限のない欲望に己が打ち克つことのように思います。

協和発酵の創業者加藤辮三郎の言葉に「欲望に限りがなく、些細なことにも腹を立て、おかげさまを忘れて自分の行為には高い値をつけようとする。 」があります。

如何に自分が能力が高いか、如何に自分が優れているか、如何に自分が価値があるかと、人はその自分というものがよほど特別であると思いたくなった時こそ、欲望に呑まれるように私は思います。

本来は自分の力ではないものを、本来は御蔭様で今があるのを忘れては、俺が俺がと自分の優秀さを周囲にひらけかしさも自分が特別な力を持っているかのような錯覚に陥るとき、人は絶対観から相対観に移行し、本来の原点や初心を忘れては我欲のままに周りに我執をまき散らすのです。

今の時代、毎日は大変からも知れませんし自分ばっかり苦労していると思いたくなるのも仕方がないことのようにも思います。だからといって頑張った頑張ったからと真面目過ぎては周りに矢印を向けて、御蔭様であったことが観えなくなり、不平不満と愚痴ばかりを言っていて大切な生き方や働き方を見失ったなら、一体何のためにやっているのかと自分自身が一番悲しい思いになるのです。

大変な時こそ笑うのは、自分ばっかりという我執を捨て去るためです。本来は自分は周りの皆様の御蔭様で存在できていることを忘れず、自他実現のためにと自分の役割を全うしその仕合せに感謝できることが我執に打ち克つことのようにも思います。

自分への執着よりも如何に自分に向き合うか、人生の課題はいつも自分の生き方の中です。相田みつをさんの詩に「いいことはおかげさま、わるいことは身からでたさび」があります。

まさに他人のせいにしないときが、御蔭様の心を忘れていない時だということです。

まだまだ相対的なものの見方に囚われ我執に呑まれてしまうことばかりです。絶対的な境地にはまだまだ到達できませんが、子どもの憧れるような生き方を志した以上、その道から外れるわけにはいきません。

日々の一期一会に感謝して、御蔭様を片時も忘れない自然の姿、かんながらの道を実践していきたいと思います。

ありがとうございます。

遊び心~童心に帰る~

遊び心というものがあります。英語ではユーモアやユニークという言い方をしていますが、この遊び心というのは物事の全てにおいて重要なことであろうと思います。遊んでいるのか学んでいるのか、遊んでいるのか真剣なのかというように、まるで事物一体になっている人の集中力の中には遊びが必ず入ってきます。

その遊び心は何かということを少し深めてみようと思います。

遊び心は辞書でひくと、「遊びたいと思う気持ち。また、遊び半分の気持ち。」「 ゆとりやしゃれけのある心。」「音楽をたしなむ心」などと書かれています。

ゆとりを持っている人というのは、どこか真剣な中にも遊び心がありそのものを心から面白がって取り組んでいます。子どもの頃は、何をやっていても面白く、どれをしていても愉しく、大人になってみると何が面白かったのだろうかと思いますが今でもその感覚は覚えています。

好奇心と呼んでもいいのかもしれませんが、何に対しても興味が湧き、どんなものでもやってみたいと思うのです。ワクワクドキドキのままに、集中して愉しみ時を忘れて気が付くと日々がいつも充実しているのです。

人はそのワクワクドキドキを真面目過ぎることで見失っていくものです。面白くもないことを真面目にやるより、真面目なことも面白くする方がなんでも楽しくなってきます。結局は、自分の中にあるワクワクドキドキの蝋燭の火を灯し続けているかどうかがその遊び心を満足させるコツのように思うのです。

遊び心がなくなれば仕事も人生もつまらないものになってしまいます。

畢竟、私にとっての遊び心とは子ども心、つまり童心です。

言い換えればこれは理想を求めて已まない心のことです。

人は理想を失うとき、子ども心を失います。

どれだけ真剣であるか本気であるか、覚悟が決まっているかは、その人の遊び心を観ればわかります。よくニコニコ顔で命懸けという言葉を使ったりもしますが、大変でも愉しい、苦しいけれど仕合せ、ピンチだけれどチャンス、禍転じて福になる、そういう心境というのはワクワクドキドキし続けている証拠なのです。

子ども心は、大人から押し付けられた刷り込みによって真面目であることを強要されて失っていくものです。優等生に仕立て上げられる中で、本来の遊びは次第に消失していきます。

人生は一度きり、どれだけ面白いことに出会うかが人生の豊かさであり仕合せのように思います。日々に出会う奇跡にどれだけ心がワクワクするか、そしてリスクを取りどれだけドキドキするか、まるでそれは遊びそのものです。

子ども心が亡くなった人に遊ぶことはできません。

私たちの会社の理念である子ども第一主義は、その理想を諦めさせないことで子ども心を見守りたいと祈る実践でもあります。子どもの周囲の大人が、童心をなくしてしまうことを私は一番危惧するからです。

童心というものは、純粋に素直に、謙虚に正直に、そして何よりも自然を愛し野生を尊ぶ心の中に棲んでいます。ワイルドに飛び跳ねるように世界を廻り、ナチュラルに仲良く元気に、ピュアに明るく健やかにセンスオブワンダーの原点、その童心に帰る日々にしていきたいと思います。

 

生活人の智慧~郷中教育~

鹿児島には風土の教育文化として「郷中教育」というものがありました。この郷中教育とは藩内に「郷中」と言う数十戸で構成された自治組織を設けこの組織内における異年齢の子ども同士の間で学び合う仕組みです。

具体的には、六歳か、十歳までを小稚児と呼び、十一歳から十五歳の長稚児が生活万般のモデルを示す。さらにこの長稚児を指導するのは、十五歳以上の二才(にせ)と呼ばれる青年が担います。二才のリーダー格を二才頭(にせがしら)と言い、西郷隆盛はこの二才頭を務めていました。

所謂、「子どもの自治」を行うことで子どもたちをたくましくさせる仕組みがあったのです。今では大人が教え込まなければ子どもは育たないなどと刷り込まれ、知識や規範を厳しく躾けるようなことがいいように思われますが、かつて歴史で立派な人たちを沢山輩出した郷中教育では子ども同士の学び合いを何よりも重視しました。

そこには規則はありましたが、基本的には先輩がモデルを示し後輩を思いやり、己に克つための生き方を導いたリーダーが存在しただけです。非常に理に叶った方法で、異年齢による養育を行っていました。

その仕組みは、私たちの行う一円対話とよく似ています。磯田道史さんのニュースの紹介記事から抜粋していますがここにはこう書かれています。

「薩摩の子供は、まず早朝にひとりで先生(主に近所のインテリ武士)の家に行って儒学や書道などの教えを受けるのですが、誰を先生に選び、何を学ぶかは、子供が自分で勝手に決めていいんです。そして次は子供だけで集まって、車座(くるまざ)になり「今日は何を学んだか」を各自が口頭で発表します。決まった校舎や教室はなくて、毎日、子供が順番で、地域の家に「今日はこの家を教室に貸してください」と交渉します。社会性も身につきますよね。何より大事なのは、皆の先生がバラバラなことです。思想が統一されないし、話す本人は復習になるし、口伝え・耳聞きによって、知識を皆で効率よく共有できる。ちゃんと理解してるか、親よりも厳しく仲間同士でチェックし合います。」

子ども同士で気づき合うのがもっとも偉大な先生という発想です。異年齢で教え合うことで仲間の発達や気づきから、自分自身を鏡のように内省し、自らの改善点を自らで発見しそれを克服していく。

人間が育つということは、己を修めるということです。その己の修め方は先生が机上で教えるのではなく、仲間の挑戦から学ぶという方法です。決まりは、負けるな、嘘をつくな、弱い者いじめはするなと明瞭です。その他、自らに打ち克つためのことが書かれるくらいです。

教育といっても今のように知識偏重型だけのものではなく、人本育成について真剣に考えて編み出した仕組みがこの郷中教育であったということです。

西洋のメソッドばかりを見ては、学者が言う事をさもそれが最先端だと思い込みますが日本の風土に遺っている歴史の篩をかけられても真実の記録が残っているものこそ、最先端のような気がしてなりません。

温故知新とは、かつての本質を今の時代に甦生させるものです。

私が今、提案して実践をしている一円対話はその郷中教育の仕組みを随所に取り入れています。人は教えなくても育つ、できるようになるには異年齢による見守りが必要であるというのは古今東西の発達の真理なのでしょう。

さらに磯部さん郷中教育の仕組みをついてこう語っています。

「判断力、決断力、実行力を伴った、まさに「知恵」ですね。定まった知識をテキストで身につけるのでなく、(1)あらゆる事態を仮想し、(2)それに対処するアイデアを考え出し、(3)その中から正しいものを選択し、(4)実行する“度胸”を持つという。」

生きる力とは何か、子どもたちが立派に自分の使命を果たし仕合せに役割を全うするための社會人、生活人にしていくための仕組みを考えた先人には頭が下がります。そしてこの郷中教育の基本は文字で教えず、全て実地実行、実践によってのみ行ったということです。

今年はこの郷中教育も少しずつ深めていきたいと思います。

 

試行錯誤~学問の答え~

人は物事を体得するのに現場実践というものがあります。これは頭で考えるのではなく、からだで気づくというような学び方です。

例えば、保育者であれば子どもから学び、農業者であれば田畑自然から学び、仕事であればお客様から学ぶという具合です。座学と違うのは、教室で何かを机に座って教えてもらうのを待つのではなく自分から動いてコツを掴みにいき、自らのからだそのものに染み込ませていくような学び方ができるということです。しかしここで座学か現場かという意味ではなく学問の本質は何かということです。

実際に私たちが学びを深めるとき、そのもの本来の姿から学ぶという姿勢は教えてもらうのではなく自ら学ぶという精神です。誰も教えてくれなくても教科書がなくても、もしくは技術が足りなくても道具がなくてもそのものから掴み取ろうという自学自悟の精神です。

そもそも誰かに教えてもらった知識というのは、自分の中で本当に体得した真実ではありません。体得していない知識は智慧でもなくすぐにその他人の知識の範疇を超えた現実を見たら常識に縛られ自分にはできるできないという二者択一しかなくなってしまいます。本来は、できるからするでもなく、できないからしないではなく、何があっても必ずやり遂げるという覚悟の物差しを育てるのが学問の本義かもしれません。

本来、実践しているから本を読むのであって実践しないために本を読むのではありません。自分の中の気づいたことが何だったのか、それを確かめるために自分の中で言語化し体系化し知識化していくのです。

人生というものは、知識が先か体験が先かといえば、太古の昔から体験が先なのは誰でも知っています。赤ちゃんが知識がなくても生きていけるように、動植物や周りの微生物にいたるまで知識がなくても発達していくように、本来は体験を通して気づき学んでいくのです。

今の時代は、疑似体験やバーチャルリアリティで済まそうとしますがいくら結果は体験したつもりになっていてもそれは頭で思い込んだだけで全身全霊のからだの感覚すべてで気づき得たものではないのです。

私にとっての学問の本質は「試行錯誤」です。失敗からはじまるのが学問であり、色々と試して挑戦していく中で最期は完成するのが学問です。簡単に言えば、最後まで諦めずにやってみることです。

最初から答えがあるかのように思い込んで、答えを探すために知識を得るのではなく、誰も見つけたことのない答えを自分自身で出してみたいと取り組んでみることが大事なように思うのです。

もしも教科書のように答えがあるとするならば、学問の答えは試行錯誤です。間違わないように真摯に実践を深め、気づきを喚起し自学自習を続けていきたいと思います。

本物の継承~原点回帰~

人間はその人を判断するとき、その人の職業や性別、年齢、見た目、経歴など様々な情報をもとに分類していきます。例えば、医者、職人、芸人、営業マン、お坊さん、経営者など、その人の立場を見ては分類分けしていきます。分類分けしてわかるのは表面上のやっている業務全般を知ることはできますが、その理念は何かとまでは確認しているわけではありません。

言い換えれば、人間か猿かライオン、オスかメスかという分類はしていてもそのものが本当は何を目指しているのかや本当は何がしたいのかということまでは知らないままに役割を勝手に決めつけてしまうものです。

そもそも自分の役割というものは、理念があってはっきりしてきます。その集団が目指しているものは何か、その社會が目指すものは何か、全体の集団の中で自分の役割を知るのはその全体の集団が何を目指しているのかによるのです。

例えば、全体の集団が人類の幸せを目指し見守ることを優先しようと理念を持つなら、それは見守る社會を創造する社會ですから、そこでの人たちは見守る医者、見守るお坊さん、見守るコンサルタントのように、その人の肩書きの前に何をする人か、つまり理念がはっきりしているように思うのです。

その共通する理念の中で、自分の役割を考えることで役割を押し付けるのではなく自分の得意分野で役割を活かしあうことができるように思います。それはまるで森の中の木々たちのように、百花繚乱の花々のように、また発酵場にあるような土壌の中の菌類や生き物たちのように、皆で互いのいのちを見守り合います。

どんな社會にしていきたいか、どんな世界にしていきたいか、そういうものがまず先にあって職業はそのあとであるのが本質なのです。しかし今の時代は、原点には触れず職業だけで自分の立場や役割を決めつけてはその範囲を勤めることが仕事だと刷り込まれています。

自分が何のために産まれてきたのか、自分の本当の役割とは何かとは、使命感のようなものです。突き詰めて深めていけば、志や思いやりに人は生きるように思います。この時代の中での自分の役割は何か、この自分の人生での全体の役割は何か、いつも周りの世界に心や眼を開いて何のために在るのかを自覚することが役割に目覚めることかもしれません。

理念とは、本質そのものであり本来の原点です。

不易と流行、温故知新、刷り込まれず素直に正直に理念を観て、本物を継承していきたいと思います。

不器用~思いを籠める~

先日から職人文化のことを書いていますが、そもそもどんな人間を育てようとしているのかというところが昨今の教育と異なることはすぐにわかります。技を伝えるということは、人を伝えるということです。

どんな人物がどのような生き様でどのような志事をしたか、後世の人たちに恥ずかしくないように一心不乱、全身全霊に取り組んだか、後の人がその心や精神をモデルにするような生き方をしたかが示されています。

常に大事なことはいい加減で雑なことをしないという心、言い換えればどの仕事にも心を入れているか覚悟はできているかという自問自答、自省自戒をしているかということのように思います。そこに技が磨かれたか、人が磨かれたかと問われるのです。

小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)に「器用」について書かれていますが、今の教育の刷り込みについて書かれているように思います。そこには器用について書かれています。

「今の世の中は器用を買う。要領よく速くこなすやつは価値があるんだ。それは企業や社会の考え方に合っているからや。価格の競争が当たり前の世界では、速く作ることが求められる。できは水準でいいのや。でき上がった品物の使用される期間も短いもんや。その期間だけ持つ、安い者を作るんやったら、それでいいんやろ。俺達、宮大工の造る建物は時間と闘わねばならん。それに勝って、自然の中で建ち続けるには、そんな要領のいいことではすまないんだ。千年の時間でものを考えたら、なにも急ぐことはない。じっくり確実に。そういうことは人間を作るのにも出るな。慌てて、急いで人間を作ろうと思っても無理や。急いで、即席で作ったら、人間だって無理が出るのと違うか。今の教育はそんなふうに見えるわ。」

確かに周りを見渡せば教育の方法はまるで即席で栽培するような育て方で便利に速く出荷できるものがビジネスで横行しています。社員教育にしても、新人教育にしても、そんなものまで省こうと派遣や契約社員など人事は常に即席であるかどうかが基準になってきています。時間をかけて手間暇などは流行ではなく、如何に簡単便利で能力の換えがきくかが経済でも価値があるかのように思い込みます。結局、そういう人間が求められているからそういう教育にもなるのでしょうが、そのことで「器用な人」ばかりができているのかもしれません。そして小川三夫さんも師匠の西岡常一さんも器用は損やといいます。

「思いを込めた仕事となったら、器用な子には難しいんだ。器用な人は耐えることが不得意なんだな。自分はできるし、できると思っているから器用にその方法を見つけ、ここでいいという線を読んでしまう。だからどうしても、耐えて耐えてもっと深いところまで行くということができ難いんだな。」

「よう西岡棟梁も言っていたな。『不器用の一心に勝る名人はない』と。身体や手というもんは言葉のようにはすぐには浸みこまんもんや。覚えるのにも時間がかかるが、手や身体に記憶させたことはそう簡単には忘れん。時間をかけて覚えることは何も悪いことではない。さっさかさっさかやって上っ面だけを撫でて覚えたつもりになっているのは使えないな。」

不器用の一心とは、器用を重んじず心を重んじているということです。真心を籠めた実践を丁寧にコツコツと行う人物こそ自らを磨き高め、ある深さにまで到達できるということなのでしょう。不器用なのは、心を籠めているからであって単に器用ではないわけではないのです。

修業するにおいて何よりも大切な心得が言葉ではないことは一目瞭然です。

「器用な人は器用に溺れやすい。ある段階までは早いスピードで行ってしまうから、油断というか、仕事を甘く見てしまうんやな。修業時代の器用なんていうのはたかがしれたものや。器用ではこなせない仕事がたくさんある。手先の器用な子は頭も器用や。要領よくやって褒められる仕事もあるだろうが、うちらのように一つ一つを確実に積み重ねていく仕事には、そういうものはいらないんだ。しっかりした継ぎ手を作るから大きな建物はできるんやし、きちっとした仕口を刻むから丈夫な建物になるんや。その継ぎ手や仕口を作るのは、切れる刃物と工人の仕事に対する思いや」

この”仕事に対する思いや”という言葉。

何よりもこの言葉に共感できます、仕事にどれだけの思いを入れるかなど今の時代はあまり重んじられません。しかし、志の仕事というものは「思い」こそ全てであり原点なのです。思いがなければ、何も入らず、人に影響を与えて生き方を変えさせるほどの本物の志事とは「思い」が何よりも全てを決定するのです。

今までの刷り込みを取り除くということも、今までの思い込みを取り払い、新しい実践に取り組んでもらえるのもその人の「思い」に触れるからです。志というものは単に仕事が器用に結果だけを誤魔化せばいいのではありません。コツコツコツコツと、日々に丁寧に真心を籠めて一気にやらずに手前から丁寧に怠らず取り組む忍耐と根気が必要のように思います。

それはまるで砥石で磨くような生き方です。「不器用の一心」というのは、一心にして自分を正す実践のように思います。ご縁の仕合せに自他をまるごと愛せるように子どもたちに遺したい生き方を優先していきたいと思います。

口伝と体得~初心伝承~

一昨日から紹介している鵤工舎の小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)には共感するものばかりです。王陽明はかつて「道統を継ぎ、絶学を紡ぐ」と言いましたが、師の教えを忠実に守り伝統を継承する志に子々孫々への思いやりや真心を感じます。

そういう理念を持つ組織だからこそ、その教え方も本質的であり実践的、体得体認することを重んじています。口伝の重みでも実感したことですが、口伝できるというのはその志を受け継ぐ心があってのことです。血肉に伝わっていくような関係の中にこそ、大切な原点や初心、その志や伝統は伝承できるのではないかと今でははっきりと思います。

今年は伝統文化や老舗から日本の職人文化を学び直そうと思っていましたが、その最初に鵤工舎のことを学べて有難く思います。

文章の中で修業について書かれているところが沢山あります。修養も修行も、その心構えのことでしょうが具体的な実践事例で「研ぐ」ということの意味が書かれているので紹介します。

「刃物というのは、なかなか研げないものや。砥石にぴったりし刃を当ててゆっくり擦ればいいだけだが、それができんのや。人間の身体というのは思いの通りには動かないんだな。・・・中略・・・言葉は常に後や。自分の身体が考えの通りには動かないことにまず気がつかなならん。だから修業するのや。言葉や考えが役に立たないことにも気がつかなならん。無心で研げるようになって初めて刃物が研げるようになる。じゃあ無心ってどういうもんかと考えるかもしらんが、刃物が研げたときや。答えは刃物や。」

西岡棟梁から学んだ刃物研ぎの本質が記されています。無心とは研げた時だといい、答えは刃物だといいます。これは仕事でも同じように思います、無心でできるときは自他一体になっているということでその答えは仕事そのものだということです。そしてこう続きます。

「苦労して、悩みながら研いでいるうちにある日、「おっ」と思うことがある。そうやって階段を上がっていくんだな。精神修業のようだが、そうじゃない。大工は体を作ることだ。頭や考えも体から生まれてくるんや。俺はそう思う。だから刃物を研がせる。」

体をつくることと言います。以前、メンターから「からだ」という字は肉体だけではなくそこには心や精神も入っていると聞いたことがあります。「からだ」で覚えるというのは実践で染み込み自分のものにするということでしょう。

「よく研げるようになれば、道具を使ってみたくなる。木を削ってみたくなる。穴を穿ってみたくなる。それが大工として最初や。切れない刃物で木を削らせたところで、辛いだけでうれしいことも気持ちがいいこともない。そんな心で仕事をしていてもいいものはできない。だから刃物を研げないやつには道具を持たせない方がいいんだ。手道具は体そのものだ。体の一部として、考え通り、感じたとおりに使えなくては意味がない。その最初が研ぎや。」

”手道具こそ体そのもの”とあります。仕事では何が手道具であるかということです、それが商品であり自分そのものでもあります。

最後にこうあります。

「嘘を教えれば嘘を覚える。研ぎは全くそうや。ほんとうを覚えるには時間がかかる。時間がかかるが一旦身に着いたら、体が今度は嘘を嫌う。嘘を嫌う体を作ることや。それは刃物研ぎが一番よくわかる。・・・中略・・・上手になれば過去の自分の未熟さがわかる。それも上手になって初めてわかること。つまり、判断は常にその時の自分を超えないということや。刃物は自分の力量を表す鏡や。一心不乱に研ぐことによって、大工としての感覚と研ぎ澄まされた精神も養われるんやな」

”判断は常にその時の自分を超えない”とあります。今の自分の刷り込みを取り除くには、”からだ”で身につけろということです。言い換えれば一心不乱であるし、私の言葉だと全身全霊です。それだけの実践をどれだけ積んでいるかで本物や本質が磨かれるように思います。ここでの刃物とは人格に似ているように思います。何を研ぐのか、手道具とは何か、もう一度そのものの在り方から見直してみないといけません。

そして「技と人」の伝承とは、つまりは「口伝と体得」ではないかと改めて実感します。今の時代の人と技の教え方、学び方に対して刷り込みを見つめているととても大きな危機感を覚えます。子ども達には自学自悟、自分らしく自らを磨き上げていってほしいと思います。まだまだ職人文化や初心伝承を高めていきたいと思います。

職人文化~思いやりとやさしさ~

昔から職人文化という言い方をしますが、これは職人=文化ということです。人の育成に於いてまで文化の高みに到達していたのが私たちの先祖であり日本であるように思います。その育成方法も明治維新以降の教育改革の中で次第に喪失してきました。今では徒弟制度なども遺っているところも少なくなり、技の伝承や継承も次第に喪失してきているように思います。

昨日のブログでも書きましたが、学問が単なる勉強になってしまっては深さを知らず篤きを覚えません。要領よく楽をしては周りと比較して勝負はしても自分自身とは正対せずに打ち克たないでは本質は学べないように思います。

昨日紹介した鵤工舎の小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)の中で徒弟制度のことが書かれていましたがいくつかまた抜粋します。

「大きな建物は一人ではできん。大勢の力ではじめて建て上がるんや。一緒に仕事をしていくには、やさしさと思いやりがないと無理や。一緒に飯を食い、一緒に暮らし、同じ空気を吸っていれば、自然にやさしくなる。思いやりがなければ、長いこと一緒には暮らせん。隠し事も十年は隠せない。いい振りをしていても地が出る。素顔で暮らすのが一番楽や。そうしているとやさしくないと暮らしていけないことに気がつくんや。」

一緒に働くことにおいて何よりも大切なものが何かを知る人だからこそ、「同じ釜の飯を食う」ことの大事さを説きます。共視共食もそうですがなぜそうする必要があるか、それは心を通じ合わせて心を入れる志事だからです。頭だけでやれることなどはたいした仕事ではなく、本物の志事は其処に心が入っています。何より理念を重んじる組織に於いてはその心がどうであるかを何よりも優先であるとするのです。

如何に日本は職員文化の中でお互いに心を通じ育ち合ってきたか、師弟一体にあるがままに学びを与えあう環境構成と活人技継承の仕組みには感服することばかりです。そしてこう続きます。

「しかし、言っておくけどな、共同生活で、思いやりも、やさしさも身に着けていくが、本当のやさしさというのは、ただ人の面倒を見るのとは違うで。本当のやさしさは、自分自身に厳しく生きてないと身につかんもんや。厳しさのないやさしさは、甘えにつながる。そんなものはうちにはいらんし、人も育っていかん。技も身につかん」

今の時代は、やさしいばかりで叱れない人も増えてきています。叱咤ができないのはその人が自分に甘いからです、叱咤激励とはその人に期待しているということです。期待しているというのは、己に克てと応援するのです。逃げようとするその人の心に厳しい「喝」を入れられるのはその人が優しいだけではなく「自分との勝負を続けている自分から逃げない厳しい実践者」だからです。私のメンターもまた厳しい人です、まるで不動明王のように自分の中で打ち克っている人だからこそその人に憧れ私淑しています。

人が他人を尊敬することが大切なのは自分が成長できるからであり自分が素直になれるからです。足るを知らず傲慢になり自分の実力を見誤れば多くの人たちに大きな迷惑をかけてしまいます。だからこそ真摯に真独して一心不乱に一つごとに打ち込んでいくことが弟子の志業のようにも思います。そのことではこう言います。

「まず修行中は大工ということに浸りきることや。寝ても覚めても仕事のことしか考えんでいい。それでは仕事バカになると思うかもしれなんが、そうやない。一つのことに打ち込んでおれば、人間は磨かれる。中途半端よりずっといいで。自分の自由になる時間なんて全くないんだが、こういう暮らしをしていると、自分の癖や自分のことがなんとなくわかる気がしたな。アパートから通わせてくれという弟子もおったが、そういうのはお断りや。体から体に技や考えや感覚を移すのが職人の修業だ」

まさに頭で学ぶのではなく、体で学べ、体得せよ、つまり全身全霊でやれと言い切ります。そして最後に、本物であることの重要性を説きます。後世が判断するのはどの仕事でも同じです、自分で責任を以て成し遂げた仕事だからこそその仕事の後を見た人はその人がどのようにその前に仕事をしたかが自明します。隠せません。だからこそ全身全霊で人事を盡して精一杯だったかを重んじるのです。そこにはこう書かれます。

「技というのは独立してあるわけじゃないからな。俺は「真摯な、そして確実な建物を建てること。それが唯一、弟子を育てる手段」やと思っているんだ。一緒にやった者はそこで学ぶやろ。後の時代になって解体した者は解体しながら、俺たちがやった仕事を見、良ければ学び、悪ければ捨てていくやろ。精一杯造った建物さえあれば、必ず技や精神を見抜くやつは出てくるんだ。本物とは、いつの世でも変わりなく人の心を打つもんだと思う」

技もまた生き方なのです。職人文化とは、勘違いしていますがそれは古臭いのではなく「本物の香り」なのです。

どのような仕事をするのかは、その人の技がどのように磨かれているか、しいてはその人の人格がどのくらい練磨されているかを知ります。隠せないからこそ愚鈍に正直に真摯にというのは原則なのでしょう。本や言葉では教えられんことを教えるのが師匠だとしたら、棟梁とは何かも自ずから明らかです。志道もまた然り、王陽明の滴骨血です。

どんな生き方を見せていくのか、その背中が見える距離感で子どもたちにはその生き方をありのままに示していきたいと思います。

 

師弟と撫育~志事の流儀~

今の時代、徒弟制度などもなくなり対等な立場で物事に取り組みます。学校のようにいつも教えてもらえるものだと思っている人はあまり伸びません。それは素直ではないからのように思います。そういう意味では、徒弟制度というものは職人文化ですが日本人としての育ち方、教え方の粋を集めた智慧だったのではないかと思います。

一緒に暮らし、師のことを理解し近づこうと努力しまた師も弟子のことを知り弟子を伸ばそうとするのです。両者一体の中で教えたことは、決して知識ではなく親がわが子を育てるように感化薫風し陶冶したように思います。今の時代の育成の関係性に危機感を覚えてなりません。

法隆寺の宮大工、西岡常一さんの一番弟子に鵤工舎の創業者小川三夫さんがいます。この方の著書「棟梁」(文春文庫)に師弟の生き方が書かれています。自分の昔に照らしていくつか感銘を受けたものを紹介します。

「昔は十二、三歳になれば親方のところに弟子に入るか、店に丁稚に行ったそうだな。年季を決めて、前渡金を親がもらって働き手として出すのもあったそうだし、親方の元で雑用をしながら仕事を覚えるというのもあった。せいぜい十四歳、五歳までに行ったんだな。これより年を取ったら反発したり、生意気になって素直に言うことが聞けんようになる。遊びも覚える。世間も気になる。お金を勘定するようになる。そうなったらひたすら言われるままに働くのは難しいわな。ものを教わる、覚えるために一番大事なのは、素直なことや。教わる方もその方がいいし、教えるほうもそうや。そのためには、そのぐらいの年齢がちょうどよかったんだな。それ以上になると体ができてしまう。体ができるということは、頭もできるということだ」

とあります。以前、自由の森学園の校長から「中学生は体だけではなく心も精神も出来てくる大事な時期だからこそその時期をどのような環境で過ごすのが大切か」と言われたことを思い出しました。素直さというのは刷り込まれる前の姿ですから本質を理解するのに余計な知識が邪魔になる前にあるがままを体得することで一道の深淵に触れる機会を持てばいいということかもしれません。

またこう続きます。

「体がきついと、楽を考える。楽を考え出したら、終わりや。楽なんてないということに気づくまで、ずっと遠回りせなならん。もしくは、楽を求めてやめてしまうことになる。何もかもその職業で生きていくために自分が身につけることやから、他人の目をごまかしても何にもならん。損なだけや。そのためには体と頭、技が一緒に身につくことがいいんやな。」

考えるということは総じて楽を選ぶときに行う作業です、だからそれは損やと言い切ります。

「親方が悪いんやと、他人のせいにするのは簡単や。しかし何も好転せんわな。ひがんで、ふて腐れてたらもっと悪いわ。他人のせいにするのも逃げや、ふて腐れるのも相手が悪いと思うからや。相手は親方や。代えられん。親方のとこに来たのは自分や。自分を変えることで状況を脱出せなならん。そう考えるんだな。俺は頭が悪いから、そうたくさんのことは考えられん。やめて逃げ出さないなら、がんばって早く仕事を覚えんべえ、と思った。それしかねえんだ。これはどんな時でも一緒だな。逃げたらあかん。逃げる前に考えるんやな。それと、他人のせいにして自分が正しいと思いこもうとしても無駄や。自分を騙しているだけやんか。ものを覚える、人と何かをする、ものを作る。何でもそうやが目的があるやろ。そのためにそこにおるんやろ。そういうところで、どうするか考えるんやな。俺もない頭で考えた。」

考えるということの定義が楽をすることではないからこそはっきりと示されます。目的を考えよと、そのために其処に居るのではないかと考えろと言います。

最後に私が何よりも共感したのは「はじめに」の中にある下記の文章です。私も同感で、何よりも自戒しているのは下記のことです。

「人から人へ技を伝えるというのは容易なことではありません。言葉で技や感覚を伝えることは不可能です。こうしたことは本文で詳しく話しますが、言葉や数字やデータ、映像に頼ってものを学んできた若者にそのことを教えるだけでも簡単ではないのです。学校では先生が教科書を使い、黒板を駆使して教えてくれます。子ども達は教わることが当たり前だと思っています。教わればわかると思っています。教わらないことは知らなくて当然です。中学や高等学校は一年が経てば進級し、三年経てば卒業します。学校には期限があります。生徒はみんな同じ能力があると設定され、同じ方法で、同じ期間学びます。進級するには最低、決められた点数を取ればいいのです。その点数を取るためには近道があり、早道があり、要領があります。学校ばかりではなく、塾も予備校も、家庭教師も、それを教えてくれます。このすべてが私たちの世界では、技や感覚を師匠から受け継ぐための障害になるのです。少なくともこの方法に慣れた子どもに、技を教え、感覚を身につけさせることは無理です。技も感覚も大工の考え方も、本人が身につけるものなのです。体に記憶させる、体で考える。このことを理解してもらうには、親方や師匠と一緒に暮らし、一緒に飯を食い、一緒に働くしかないと思っています。」

これは本来の本能の学び方、道理を悟った真理であり、動物からあらゆる生き物たちが如何に本質を掴みとっていくのかということの要諦が書かれています。頭が良くなったつもりが、刷り込まれていてかえって地頭が狂ったでは本末転倒です。

今でも身近でも私はその刷り込みを取り払うのに苦労苦労の連続の日々です。叱咤激励くらいではダメで、私の技術も忍耐も未熟そのものです。しかしだからこそ同じような志を抱き、鵤工舎を創業した方の信念にも少しだけ触れることができます。

物事に正対し、正面から坦々滔滔と歩みを進めていきたいと思います。