自警自戒の志

人は志を育てていくことではじめて志士たるゆえんです。

志というものは自らで叱咤激励しながら、自分の本体本心と正対しそれを信念にまで昇華していく必要があるように思います。心を落ち着かせていくだけが学問ではなく、どんな状況下においてでもその志がなんら影響がないという木鶏のような姿が本来の姿のように思います。

吉田松陰は、若くして人格を修養し多くの人たちに多大な影響を与えました。自らの天命を遣り切り、自らを自らで育てあげた日本第一級の人物です。その松陰先生も、常に自らを発奮しながら歩んできた足跡があらゆるところに残っています。

私も何度も若い時はその言葉に支えられ、また天命を生き切ること、自分を遣りきることの大切さを何度も味わうことができました。

例えば、このような言葉も記されています。

「自(みずか)ら淬厲(さいれい)して、敢へて暇逸(かいつ)することなかれ。」(安政二年四月二十四日「清狂に与ふる書」)

これは自分から進んで人格修養に努め、決してのんびりと遊び、無駄な時間を過ごしてはならないという意味です。淬厲とは鉄を焼き磨き続けよというように常に自らを高め続けて怠らない、暇をもてあそぶなという戒めです。

他にも「自警詩」というものの中で「士苟いやしくも正を得て斃たおる、何ぞ必ずしも明哲身を保たん。 幾を見て作なす能はずんば、猶ほ当に身を殺して仁を成すべし。 道は並び行はれて悖らず、百世以て聖人を俟つ。」とあります。

意訳ですが、志士たる者、誠に正しいことのため、人々の為に命を懸けて尽くして斃れるものです。どうして自分の保身や自分のためだけに賢くなり学問をするのか。 もしチャンスを得られずそれができないというのならば、その一身をもっと捨てて人々のために思いやりを尽くすべきではないか。 道は常に並行して決して尽きること無いのです、いつの日かもしくは百世後には、わが志を知る聖人も現れることもあるのだから。

他人の評価を気にして志は為せません。誰が分かってくれなくても淡々滔々と真心を尽くすこと、思いやりを実践することではじめて志は育つのです。誰が分かってくれないとかうまくいかないとか、チャンスが来ないとか環境が悪いとか、色々と言い訳をしては自分の真心を尽くさないのではそれでは修養する価値もないのかもしれません。

王陽明は、事上練磨という言葉を用い日々の修養を説いています。しかしこの学問も、ただ穏やかになりたいくらいでやるのなら価値がないと喝破します。学問は須らく、困っている人たちや悩み苦しむ人たち、そのことにより世の中がより善くなるために行うものだからでしょう。

日々というのは、仕事があるにせよないにせよ、学ぶことばかりです。

その理由は、自分の体験が誰かの御役に立てるからです。だからこそ自分を生き切るということは何よりも学問をするうえで大切な道理であり人生の大道であるようにも思います。未来の子どもたちや聖人たちに恥じないような生き方かといえばまだまだ私は情けない日々を送っています。

あの吉田松陰ですら怠惰な自分の心に喝を入れ、甘えに打ち克つ努力を貫徹し忘れなかったと思えば、私もこれではいけない、このままではいけないと自警自戒しつつ自らの志を磨いていきたいと思います。事上練磨によって自らを発奮奮起していのちのままに学びを高めていきたいと思います。

 

天才~いのちの法理~

人間には誰にも天与の才能があります。

これは天は、あまねく人々すべてに何かしらの役に立つ才能を与えているということです。一見、何の才能もないように感じることもありますがそれは役に立てるように才能を使っていないだけで何か必ず役に立てることがあるのに出会っていないだけともいえます。

人はその天与の才能があることを忘れて、才能を私物化しようと様々な能力を求めます。しかし実際に与えられている才能は人それぞれ異なり、それを活かすことの方がいのちも歓ぶのです。

なぜ才能を私物化してはならないかといえば、不必要なものを生んでしまうからです。誰か一人が完ぺきに才能を持ち、ありとあらゆることを自分で完結してしまうならその時、必要と不必要が発生します。

できる人は必要でできない人は不必要になります。みんなが一斉に同じことができるようになれば、それができない人たちは要らないということになってしまいます。たとえば、極端ですがお米以外の作物は必要ないといってしまえば、どの野菜も全部お米のように改良するとします。そうであれば、お米以外のものは人間には必要がない、不必要だから邪魔な存在になるのです。

実際に、人間の都合や自分の都合で要るとか要らないとかを分別するほどにこの世から不必要なものを排除しようとしているのです。都市を観てもわかるように、人間社会に要らないものは置こうともしなくなっています。

本来は、八百万の神々がいるこの日本は、すべてのものには何かしらの神様が宿ると信じられてきました。ゴミと西洋では呼ばれるものでさえ、私たちの国の神話ではそこに必ず神様の名前があり、それを尊び守り重んじ大切に祈りを捧げてきました。

私たちの祖神、先祖たちはこの世には一切の無駄はなく、一切の無用もない。すべてが神様の化身なのだからそのいのちを大切に使われていただきますという姿勢でいのちを活かしてきた民族だったのではないでしょうか。

今のように循環しない、ゴミや無駄や不必要に溢れた世の中になったのは天与の才能を人間に都合がよい才能だけにしてしまおうという傲慢さの現れではないかと思います。

あの雑草と呼ばれる草にも、害虫と呼んでいる虫たちにだってとても大切なお役目があります。その御役とは、天才があるということです。みんな生きているこの世のすべての生命は、天与の才能が与えられているのです。

その才能が適材適所に配置されるとき、この世はまるで楽園になったかのように幸福な世界が顕現するのです。

才能を無駄遣いしないというのは、自分にしかできないことをやることです。言い換えれば、自分の天才を活かすことです。天才は、何でもできることがいいわけではなく、自分のままでも世界の御役に立てる方法を自らが発見発明していくことです。

そして真の教育者とは、そういう天才の徳を見出し、その徳を活かすために配慮し、環境を用意しその発育や成長を見守り「いのちの働き」を活かすものだと私は確信しました。

今の時代は、知識を教え込み、天才を無能にしてしまうようなことを刷り込みます。しかしそのことからいのちが悲しみ嘆き、自分は何者なのかと苦しみ病気になる人たちが増えています。働くことで仕合せを感じていたはずが、マニュアルによって仕事ができるようにさせることでより一層いのちの使い方を間違い、そのことからさらなる無駄と不必要をつくり、それを解決するために膨大な資金や労力を使わせています。

先祖たちはいのちの法理を知っていて、この世には一切の無駄がない、神々がいる世界にこの世を近づけていたのです。それをこの100年程度の西洋の文化がすべてにおいて優っているという思い違いが氾濫することで、私たちが先祖代々、何よりも大切にしてきたいのちの法理をも忘れてしまうのは本当にもったいないことだと思います。

私の志す、かんながらの道にはいつも八百万の神々がその見えざる姿、聞こえざる声によって自然を通じて何が大切かを親切に手ほどきをしていただきながら教えてくださいます。自然から学び直していると、自然は一切の無駄がなく一緒につながり絆を育みながら共生しあい貢献しあい、あるがままにそのままに天才を活かし仕合せを生きています。

子どもたちにはそういう世界を譲っていきたいと切に願います。

三つ子の魂の救済を、ご縁と支えられている皆様への御恩返しとして自らの天才を存分に発揮しつつ実現させていきたいと思います。

愉快な仲間

昨日、久しぶりに共に苦労を分かち合った園長先生と一緒に会食をすることができました。

今では別の組織へ移動し、改革の担い手として新しい道を切り開こうとしていらっしゃいます。

歩んだ道が確かだったかどうかは時間が経つことで観えてきます。共に何を信じて実践してきたか、そして何を信じて生きてきたかが道跡として遺っているからです。思い出話に花が咲きましたが仕合せだった出来事にすべて美化されていきました。今の仕合せに出会うということが本当の幸福なのかもしれません。

善いご縁をいただけるということは運命であるようにも思います。人は自分が生きようとする生き方で仲間を集めてご縁が広がります。生き方が運命を決め、運命が人生を決めていきます。誰と出会うか、そしてどう生きるのかはその人のものですから学問の有難さ、仲間のお蔭さまに涙がでます。

私は最初に創った理念ブックのはじめのページに次の論語を書きました。

「子曰わく、与に学ぶべし、未だ与に道に適くべからず。与に道に適くべし、未だ与に立つべからず。与に立つべし、未だ与に権るべからず。」

道中では色々な方々とのご縁がありますが、その一つ一つの出会いが深い意味があります。みんな道は一人で歩みます、しかし道中は語り合うこと、支え合うことができるのです。それが人生の美しさなのかもしれません。

その方が何より素晴らしいことは「愉しむ」ことを忘れないことです。思い返せばお会いしたときから、苦しいことがあっても愉しむ方でした。そして神仏の御加護だと謙虚に真摯に学ぶ方でした。今でも本当に理想を志して大変な中で奮闘しているのではないかと察しましたが愚痴ひとつ溢さずに「知らないことが沢山で毎日が愉しい」と快活に語られる姿に歩みかたの醍醐味と覚悟の仕方を教えていただきました。

「おもしろきことなきこの世をおもしろく」という高杉晋作の言葉は、ひょっとすると全ての人生の責任は自分のものなのだから自分の人生を愉しむのだという志を立てよと仲間を激励しているのかもしれないと実感しました。

ご縁は本当に不思議で日々に辿っていけば、目の前にいる人も目の前にいない人もそこでは確かな糸と絆で結び合っていますから出会いは何よりの学びです。

そして出会いを実感するとき、同時に誠に有難きは生きているということです。

生きてさえいれば、いのちさえあれば愉しみも希望もそこに全部丸ごと存在します。

昨日の気づきから自分は愉しみをまだまだ存分に伸ばしていけると実感しました。仲間や同志、先達が愉快な背中でそれを語り掛けてきます。あんまり真面目に頑張りすぎて悩まないこともまた道の福処世術なのかもしれませんね。

生きているこのいのち、どのような華を咲かせるかは人生の終焉の愉しみですから唯一の自らの天与の道を明るく素直に小唄でも口ずさみながら朗らかに歩んでいきたいと思います。

また一緒に道中を愉快な仲間たちと味わい語り合える日が楽しみになりました。
有難うございました。

バカになる生き方~神家人~

吉田松陰の松下村塾に高杉晋作がいます。

学問を同じくし、志を高めて生涯を貫いた同志として松陰亡き後燦然とその性を時代に発揮します。行動力と勇気と責任感がある人物であるのはその人の生き方からも実感できるものが多く、その遺した言葉からは魂の情熱を感じます。

人は志を立てるなら狂人となることを恐れないというのは、他人から愚かだといわれようが為すべきことを為すということに求道者としての使命を実感します。この愚か者でありつつ求めよというのはあのアップルのスティーブジョブズの学生へ向けたスピーチの中で残した「Stay hungry, Stay foolish.」と同じ言葉です。

高杉晋作はそれをこう言います。

「少年の頃、読んだ本に「学問を成すなら世間から利口と思われる人になるな。世間から愚者と思われる人になれ。」とあったので世間から愚者と思われる人になろうと僕は願った。」

愚者と思われる人になっているというのは、一途であるということです。自分の真の使命のために一心不乱、わき目も振らずに突き進む集中力がなければ物事は大成することはありません。私も直感を信じる人間ですから、色々な雑念をかき分けながらも真心を尽くそう、誤解されても遣りきろうと発奮してはふざけた自分を味わっています。

「天賦のかんによって、その場その場で絵をかいてゆけばよい。」

これも私の生き方と同じです。

思いを形にしていくというのは、その志を磨くということです。そしてその志は実践と実行してのみ心が働くのです。その例として下記のような言葉もあります。

「心すでに感ずれば、すなわち、口に発して声となる。」

「戦いは一日早ければ一日の利益がある。まず飛びだすことだ。思案はそれからでいい。」

戦う前に負けるというのは、戦わないから負けるということです。戦って負けるのではなく、戦わないのも負けなのだということを言い切るのです。そして思っていることを口に出せるというのは、心が行動に直結しているということです。まずはやってみるのだという、草莽崛起する志を自らが示すことを忘れないのです。

心は思っているだけでは成長せず、実地行動してこそはじめて育つものですから自らが勇猛果敢に取り組むところにこそ息づくのでしょう。

「シャクトリムシのように身を屈するのも、いずれは龍のように伸びるためだ。そのためには、奴隷になっても、下僕になっても構わない。」

ここからも自分の保身ではなく、「何のために」ということを決して忘れない生き方があります。保身とは何のために行うのかを忘れるときにこそ行う自己満足のようなものです。そんなことでは世界を変える前に自分を変えることすらできなくなるのです。

人間の人生は短く、やるかやらないかは自分次第ですからできるできないを物差しにするのではなく何のために生きるのかを物差しにすることが志なのでしょう。大事な局面で自分のことや相手のことばかりを考えるのではなく、全体の仕合せ、世の中の幸福のためにどう生きるのかを覚悟することが志士の心得なのかもしれません。

歪んだ正義を振りかざす前に、本来の大義に生きた人たちのことを思い、その人たちに恥じないように自分を見つめることが初志を定めることなのかもしれません。

高杉晋作は維新の原動力の一人だと思いますが、「おもしろきことのなきこの世をおもしろく」生きたかったのだと思います。その愚かな一言を参考に、真面目も糞真面目も乗り越えてふざけきって歌舞いていきたいと思います。本質で観たらすぐに自明することですが本当に自分が真面目だというのなら、真面目風をさっさとやめてしまった方がまだ真面目なのです。

「これよりは神家男児の腕前お目に懸け申すべく」

それが神家で生きる神家人らしさと背中を育てていきたいと思います。

世間からいくらバカだと言われようが、おかしなことを考えると思われようが、自分には全くそれは志には関係がないことです。

私が子どもだったなら、いつも子ども心に憧れるようなかっこいい大人の生き方を最期の最期まで時処位を見逃さず生き切っていきたいと思います。

真心の醸成(志道と志事)

吉田松陰の志というものは、多くの志士の心を動かしました。

そこには志というものが何か、そしてそれは何をもって志が育っているのかということを自らの背中を通して塾生に語り掛けました。周囲からは狂人と呼ばれ、危険人物として疎まれました。

本来、志高く歩む人を理解するというのは周りからみれば変人の類なのかもしれません。一般的な姿と考え方も異なり、見た目も異なり、素行も異なるのは、常識の枠に囚われることがないからです。

吉田松陰もその時代には常識的に理解されず、それでもそれを貫きました。たとえば、友との約束のために脱藩をします、今では外国に亡命するくらいのことです。そのあと黒船に乗ろうとします、これは宇宙船に乗るようなものです。そして安政の大獄の真っただ中、仮保釈中に老中暗殺のために武器を藩に願い出ます、これなどは仮出所中に銃や武器を国家や裁判所に貰いたいと嘆願するようなものです。

「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」という言葉も遺ります。塾生たちに遺した言葉には「諸君、狂いたまえ」などという言葉も残っています。これなどは、「もっとおかしくなりなさい、遣り切りなさい」と他人と異なってもいいからもっと変人になることを奨めているのです。

なぜこうすればこうなるとわかっていながらもこれをやり遂げたのか、そこには本人にしかわからないものがあったのだろうと私は思います。

吉田松陰の立志という生き方はまずこれらの言葉に見られます。

「志を立てて、以って万事の源となす」「志定まれば、気盛んなり。」

すべては志からはじまり、そして志におわるという意味でしょう。そして志は覚悟が決まれば、気が満ち溢れ燃えているはずだというのです。

そして孟子の下記の言葉を引用して「講孟余話」という授業の中で弟子たちに発奮激励を語ります。

「志士は溝壑にあるを忘れず、勇士はその元を喪うを忘れず」

意訳ですが(志士ならば道義のためなら窮死してその屍を溝や谷に棄てられてもよいと覚悟し、真の勇士は志のためならばいつ首をとられてもよいと覚悟を決めているのだ)という意味です。

そしてここにはこう続きます。「書を読むの要は、是れ等の語に於て反復熟思すべし 」と。

志士が本を読む意味は、これは孟子のいうところを繰り返し繰り返し読み直しその書いている本人の真心に透徹するまで思うことであると。読むというのは単に字を読めばいいのではなく、志で道を切り開く同志を思いそれに志心を奮い立たせていくということでしょう。

吉田松陰の志道というものは、決して仕事ではなく志事であったのです。

言い換えれば、人生を懸けて志を貫こうとし、それを塾生たちが感じ取ったのです。吉田松陰は出来合いの指導などを行っていたのではないのです。では塾で何を行ったのか、それは志道と志事を実践していたのです。

その塾生の一人、高杉晋作はこう言残します。

「何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大ばか者なり」

そしてもう一人、高杉と合わせて塾生の双璧と呼ばれた久坂玄瑞の言葉で締めくくります。

「私の志は、夜明けに輝く月のほかに知る人はいない」

私の志も、あの天高く広がる宇宙のほかに知る人はいないという心境です。別に誰に分かってもらう必要もないし、誰に知ってもらう必要はない、ただ自分の志道を貫くだけというのがこの志の道の目指すところなのでしょう。

色々な出会いがあり今がありますが、易経の「潜龍用いるなかれ」、その信念を日々に棲む水面に憂いつつもその真心を醸成し、確固不抜の志を高めていきたいと思います。

立志という生き方

人にはそれぞれに生き方というものがあります、同時に働き方というものもあります。私たちは生き方と働き方を一致するということを目指していますが、これは志を育てるためです。

そもそも志というものは、最初から誰でも持っているわけではりません。生き方を定め、言行一致させていく中ではじめて志は育っていきます。そしてその志は、様々な現実の中の紆余曲折、艱難辛苦の中で、それでも自分は生き方を貫けたかどうか、言い換えれば道を切り開き脚下の実践を遣り切ることができたのかという内省により醸成されていくものです。

志を持つのも育てるのもその人次第です。

途中でそれを已めてしまえば、世の中の安逸の中であっという間に自分の生を終えてしまいます。人の人生はとても短く、志を育てていかなければ気がつけば何をやっていたのかと悔いてしまうことにもなりかねません。自分の生き方と向き合うのは自分にしかできませんから、それに生き方には嘘がありませんし他人のせいにもできませんから志とはもっとも身近で自分のことを信頼する伴侶そのものになっていきます。

吉田松陰は、塾生との手紙のやり取りの中でその志が育つような数々の叱咤激励を送っています。

たとえば、塾生の山田顕義へは「立志は特異を尚ぶ、俗流と与に議し難し。 身後の業を思はず、且だ目前の安きを偸む。 百年は一瞬のみ、君子は素餐する勿れ。 」と記します。

これは私の意訳ですから意味が違ってくるかもしれませんが敢えて訳すと、「志を立てるのならば他人と異なることを恐れてはいけない、世俗のことや常識の中でそれを実践するのはとても難しいことだ。しかし世間の常識に囚われれば自分の身の保身ばかりを思い煩い、目先の安楽安逸に流されるばかりになるのです。百年という月日は一瞬に過ぎないのですから、君子は決して現状に甘んじるんではなく志に生きるのですよ。」と。

これは山田顕義が15歳の元服(成人式)の時に、吉田松陰が扇に書いて送ったものですが何を優先してあなたは生きるべきかとその初心を塾生に自らの生き様で与えています。

そしてさらに感動的で印象に残る叱咤激励に塾生の高杉晋作に送った手紙があります。
そこにはこうあります。

「貴問に曰く、丈夫死すべき所如何。僕去冬巳来、死の一字大いに発明あり、李氏焚書(明の学者李卓吾の書)の功多し。其の説甚だ永く候へども約して云はば、死は好むべきに非ず、亦悪むべきに非ず、道盡き心安んずる、便ち是死所。世に身生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。又一種大才略ある人辱を忍びてことをなす、妙。又一種私欲なく私心なきもの生を偸むも妨げず。」

これはそのままに味わってほしいものです。吉田松陰と高杉晋作が如何に志で絆を結び、共に不二の道を切り開いていたのかが分かり感動します。死を前にしての、生を語り、その生き方を示しています。

そして志を立てることを最期に述べます。

「死して不朽の見込あらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込あらばいつでも生くべし。僕が所見にては生死は度外に措きて唯だ言うべきを言ふのみ」

これは私の人生観からの意訳ですが、「もし死んだとしても志がそれで立てられるのならいつでも死んでもいい。しかし生きて志が立てられるのなら生きることだ。常に志を求め言うのなら、常に自らの生死のことなどは度外視して志は語るものだ。」

「立志」という生き方。

これを実現したのが松下村塾なのでしょう。

孟子はこう言い遺します。

「自ら反りみて縮くんば、千万人といへども、吾往かん」

そして孔子はこう言い遺します。

「三軍も帥を奪うべきなり匹夫も志を奪うべからざるなり」

引き続き、君子の道とは何かを自問自答しつつ覚悟を育てていきたいと思います。

 

自由と自立

人間は、常に安心を求めて生きているものです。当然、不安なままでいたいと思う人はいないと思います。しかしその不安は何から来る不安であるかを見つめることは少ないように思います。

たとえば自由というものがあります。一般的には、規律やルールがあってある程度、その雰囲気に合わせれば安心していられるというのは自由に伴う錯覚の一つであろうと思います。

主体性というものは、相手に期待したり組織や会社が与えてくれると勘違いし続けることではなく自らの決断と覚悟と自発的な行動によって切り開いていくことを言います。

いくら自由を与えられても、自分が楽しんで切り開こうとしなければその自由の環境もただの宝の持ち腐れになってしまうからです。人から認められている環境下では、やるのも自分、やらないのも自分ということに気づかなければなりません。

自分から進んで色々なことを挑戦していいというメッセージが自由と自立の中には存在します。誰かによって与えられ、誰かによって評価されるためにやろうというのは受動的に言われたことをやろうという意識です。

この意識は確かに失敗もないのだから無難ですし、何も起きませんから現状維持ができるのです。しかしこの現状維持の中に「道を切り開く」という楽しみがあるのかということなのです。

指示命令を与えてくれるのを待つくらいなら、どこか理想の指示命令を出してくれる組織に転職した方が人生が活かせるのかもしれません。もったいないと思います、自由を持つ組織が与えるものは指示命令ではなく「チャンス」です。チャンスを与えてもらっているのを活かせるかどうかは自分自身であり「自分次第」です。

人間はたった一人のたった一回の人生をどのように自らが主人公になって責任を持つかということが教育の真価のように思います。この誰のせいにも環境のせいにもしない、「自分の責任を自分で持つ」ということができてはじめて自由と自立が適ってきたともいえるように思います。

自分が責任者(=リーダー)なのだから、自分で責任を取るという覚悟があるかということです。いつまでも誰か任せ、いつまでも何にも試そうともせずに縛られたままで果たして真の自立ができるのかということでしょう。

自律ということは、外圧で用意されたルールや規則に従うから自律ではないと私は思います。単に自由が自分の思い通りと思っているのなら、それはまだまだ縛られている証拠でしょう。

自分自らが責任を持ち、自らを律することで周りの環境に左右されず自分らしく自分を信じて道を生きていくことができることを自律というと思っているのです。

その情熱は、常に道を切り開くのは自分という足取りを已めないことで燃え続けます。

畢竟、自由も自立も自分の天命や使命、役割や役目を果たそうと自分にしかできないことを遣り切る力を持っているかということに他なりません。何のための自由と自立かといえば、自分らしく生きることがもっとも世界に貢献するからそこを目指すのです。

怖がっているだけでは何も変わりませんし、これでいいと周りに合わせているだけでは何も動きません。思い切って自分から主体的に道を切り開こうとする人にだけ、確かな今と輝かしい未来が顕れはじめて「自由自在」の自分を顕現させることができるのです。

何をやってもいい環境、責任をリーダーが取ってくれる環境、その有難さというのは「思う存分に生き切っていい」と励まし応援してくれる環境があるということでしょう。自然界と同じように、地球に棲まう私たちが、どれだけポジティブに「チャンス」を与えてくれていると実感するかが自由でもあり自立につながる道筋でもあるのでしょう。

自由ということは生きていく上で、「主体性」を示唆する重要なテーマです。子どもたちの行動からたくさんのことを学び取り、世の中がチャンスに満ちていることを伝道していきたいと思います。

いつも励まし支援し、そして見守り、背中を押してあげるような存在になりたいと思います。

養育の道

現在、中尾佐助氏の「栽培植物と農耕の起源」(岩波新書)を読み進めています。

そもそも人間は食べることによって今まで生き延びてきた生き物の一つです。その食べるという当たり前のことを文化と呼ばずに何を文化とするのか、そして食べるために農耕を如何に発達させてきたかを辿るというのは、人類が如何に発達してきたかを知る道筋でもあります。

人類のルーツが何か、そして人類はこれからどこに向かうのか、その発達を確かめる中に「農耕」という文化そのものの意味を自覚しているかどうかは大変重要なことであろうと思います。

今のように遺伝子組み換えや原子力、また最先端科学と呼ばれる技術によって様々な文明が生み出されたとしても、かつて何千年もかけて創意工夫してきた文化には及ぶものはありません。いくらそれらの最先端科学をもってしても、そもそもの農耕という名の食べるものすべてを賄うことはできないからです。

この著書は栽培されている作物の側から物事を洞察しているところに、発達で観るということの真価があります。育ち育てるということがどういうことか、そしてそれを如何に発展させてきたかというのに人類史のかつての智慧を学びなおすことができるように思います。

以前、種麹屋のことがテレビで放映されていた中に興味深いシーンがありました。種麹屋というのは、その年の種麹の中から特に栽培が可能な種麹を取り出し保存する、そしてかつてもっとも栽培に向いている種麹の種菌を残しておいてそれを培養して種麹として販売するという話です。

これは作物でも同じく、毒抜きをしたり育成の過程で栽培に不向きなところを取り除いたり、種を大切に守りいつまでも育てることで農耕の文化を築いてきたのです。自然農の実践をしていても、毎年作物がその土地にあわせて、そして栽培する私に合わせて変化してくださるように常にかかわりと絆によってお互いの文化を築き上げていくのに似ています。

奥の深い農耕の歴史を鑑みながら、今の人類がどこに向かっているのかを考えると心苦しく思えてなりません。種を守ろうとすることを人類がやめたとき、人類は滅びの道を選択しているのかもしれません。

種を大切にするというのは、如何に育てていくかを守るということでしょう。
見守ることの大切さから、より深い養育の道を学びなおしていきたいと思います。

真心と実践

昨日、南アルプス市にある櫛形公園特設馬場にて流鏑馬神事に参加してきました。ここは小笠原流流鏑馬の発祥の地であり、その流鏑馬の基礎を確立した小笠原長清の生誕の地です。

流鏑馬(鏑流馬)とは、疾走する馬上から的に鏑矢(かぶらや)を射る、日本の伝統的な騎射の技術・稽古・儀式のことを言い。馬を馳せながら矢を射ることから、「矢馳せ馬(やばせうま)」と呼ばれ、時代が下るにつれて「やぶさめ」と呼ばれるようになったといわれます。

武士の稽古や武術の鍛錬として活用されてきた流鏑馬と神事として行われているものとではその定義もまた異なるように思います。最近ではスポーツ流鏑馬というものもあるらしく、そもそも流鏑馬とは何かということを私なりに深めてみます。

古武道としての流鏑馬の歴史はとても古く、一説によれば神武天皇の世にはすでにはじまっていたという説もあります。古武道というものは、日本古来の心を顕すものでありその心が形となって動作になったものを示すものです。

これは神道の様々な動作に観てとれるように、一つ一つの行動がすべて畏敬の念や真心を顕すように自らがその心であることを自然に行うものです。神社で神主が行う所作や言霊は神前であることを気づけるものです。

心とは、その行動により顕れるものであるというのは神体一如の観姿ではないかと私は思います。思いやりは思っているだけでは思いやっているのではなく、具体的な行動に移してこそはじめて思いやるになるのです。

これはすべてに通じていて、私はこれを「実践」と呼び、実践なくして思いやりはないと言い切っています。思いやるということは、それを何らかの形にして実践してこそはじめて人に伝わり世の中に波紋を起こすことができるように思います。

私は昨年、西行法師を深めている際に流鏑馬に出会いましたが本来の流鏑馬はずっと長い歴史があり、その真心が何かということを知れば知るほどに確認することができています。特に小笠原流流鏑馬には「相手を思いやる心」を動作にするものが真髄であると書かれています。

真心や思いやりというものを実践で表す神事の一つに流鏑馬があったと思えば、西行法師が何を源頼朝に伝えたのかは自明してきます。神前であること、見守りの中である自分たちが如何に正直で素直であるか、清浄無垢で純真であるかを太古の昔から私たち大和魂は大切にしてきたのかを実感します。

一つのご縁が、様々な学問を深めて発展していきます。

まだまだ分からないことばかりですが、長い時間をかけて深めていきたいと思います。

 

 

 

真心を学ぶ

人が何かを学ぶのに、学んだ気になることと学んでいるというものがあります。よく私は分かった気にならないという言い方をしますが、すぐに答えを聞いては知識で物事を知った気になることが分かった気になるということです。

本来の学問とは、いのち懸けで行うことのように思います。それは趣味で行うようなものではなく、全身全霊で日々に正対し、その中で気づいたことを深めて悟るというように一つ一つを自明自得していく必要があるように思います。いちいち考えるのは面倒な世の中になっているのかもしれません、最近では「考えすぎると禿げるとか、老けるよ」とか言われ考えないでいることのほうが価値があるかのようにも言われる世の中です。

論語に孔子がこのようなことを話しています。

『憤(ふん)せずんば啓せず。非せずんば発せず。一隅を挙げて三偶を以て反(かえ)さざれば則ち 復(ま)たせざるなり』

私の意訳になりますが、(本気で必死に情熱をもって学問を深めようとしないものに何を教えることがあろうか。四隅のうちの一つのことを示したら、残りの三つの ことを自発的に見つけ出すようなものでなければ決して本来の本物の学問を教えることなどできはしない)

つまり孔子の実践、思いやりや真心をはじめ本当に難しいことを学ぶのだからその道は大変奥深いということを言うのでしょう。今の人たちはすぐに学識ばかりを深めて本を読み知った気になりますが、本来はある目的のために継続する実践を通して内省し、学問を深めて内省して致めていくのが道理のように思います。

深さがあることを知ってこそ学びの道に入り、高めていく中でこそ道の楽しみを知るように思います。まさに人間学を学ぶ格物致知の境地です。

長い道のりと久しい年月をかけて学び、師友とともに歩む中で道に出会い脩己治人していくことが本物の学問のように思います。今の時代の学問をした習慣を如何に手放し、本物の学問に換えるかは真摯な真心の実践を積み上げていくことかもしれません。

日々の機縁を活かし、そのすべてを真心を学ぶチャンスに換えて学びを深めていきたいと思います。道楽がいただけることに感謝しています。