人類の智慧、保育の叡智

昨日、お伺いした取引先で理念についての話し合いに参加してきました。そこは先々代の創業者が、どのような想いではじめたのか、そして今その変遷をどのように辿り変化してきたかということをみんなで味わい語り合いました。

過去の歴史に向き合い、今の現実に向き合い、これからの未来に向き合う。

この向き合うためにもその向き合う鏡として理念があるということはとてもありがたいことのように思います。実際には、この鏡を通して自分を観ると如何に自分が本質からずれたことをしているかがわかってくるものです。

物事には必ず動機があり、そしてその理由があります。さらには原点や初心というものがあり、そこから何のために行うのかというみんなが助け合い協力して自分というものを社會で活かすための道徳倫理があります。それを自覚することは、自分を活かし周囲を活かすことになりそれが自他の仕合せになっていきます。

昨日、印象的だったのは自立と協力の話でした。

自立は自律でもあり、如何に自分の中に法やルールを設けて律することができるか。そうやって自分自身を省みて自己自修し慎み自分で善なる自分を練り上げていくか。自分というものを育てるのは自分ですから、自分と向き合う生き方の話です。昔から迷惑をかけているからこそ迷惑をかけないようにしなさいと言われてきたものです。

そしてもう一つの協力とは、迷惑をかけているのだからもっと信頼して助け合いなさいと言われてきたものです。人は一人で何でもできる人を目指したら、孤立してしまい一緒に集団や社会で自分を役立てることが難しくなります。自分の持ち味や得意を活かしてくれるのは周囲ですからみんなに感謝して協働していくことでみんなも自分も豊かな人生を送ることができます。特に人類は、これまで生き残ってこられた最大の智慧は協力してきたことですから迷惑をかけてもいいからその分、みんなと助け合って協力することの大切さを諭すのでしょう。

この迷惑をかけないことと迷惑をかけること、この矛盾する二つは自分に対しては自律、周囲に対しては協力、そのうえで自分を立てることということが成り立ちます。

さらにはその陰に隠れている本当の教えは何かといえば、感謝することを忘れないということでしょう。人間は当たり前のことを忘れると感謝しなくなっていくものです。結局は迷惑をかけないことも迷惑をかけることも感謝を忘れていないかと思いかえすためのものであることに気づきます。

自分というものを成り立たせてくれる存在は、社會の存在です。社會は感謝が循環することで成り立ち、それによってみんなが共生して貢献し合うことができます。自立の本質とは、感謝のことであり感謝できる人、感謝し合う人を育てることこそ人間を育てるということの本質なのです。

如何に能力が高くても、如何に資金力があったとしても感謝できない、感謝し合えないのでは人間としての社會では成立することはありません。人は感謝で立たせ合うことで人になります。目には見えない中にこの人を支え合う感謝がいつも循環していることが、社會を成立させていくための人類の智慧そのものなのです。

人類の智慧を伝承する理念を持つことは、生き方そのものですからその理念にかかわる人たちはみんな仕合せを創っていけます。そしてそれを育むことが保育の叡智なのでしょう。改めて、子どもの仕事とは何か、保育の本質とは何か、機会から学び直し続けていきたいと思います。

 

本物の伝承

本物という言葉があります。コトバンク辞書には、(1 にせものや作りものでない、本当のもの。また、本当のこと。「本物の真珠」「本物の情報」 2 見せかけでなく実質を備えていること。本格的であること。「彼の技量は本物だ」 )と書かれます。

俗にいう本物は、洗練されていることやシンプルなもの、鑑定したら事実そのものであったことなどでも使われます。

しかしこの本物は、何が本物であるかを知っている人によって語られるもので本物がわからなくなってしまっていたら本物かどうかを見極める方法はありません。

例えば、歴史をたどればむかしから今まで遺っている土器などがあります。縄文土器などもそうですが、数千年前から今でもそれは残存しています。土器のはじまりを知る人は、土器の本質が何かを知ります。つまりは、むかしから遺っているものがあればそれに基づいて本物が何かを知ることができるのです。

しかしもしもこの縄文土器というものが失われ、現代のような機械で加工して作成する陶器しかない世の中になったなら私たちにとっての本物は現代の土器ということになります。

つまり本物とは、むかしから遺っているもののことを言うのであり今のものをいうのではありません。

古民家も等しく、日本伝来のものが遺っているからこそ今の建築の民家が本物かどうかを判断できるのであって現代工法の家しかもしも残っていないのなら本物は失われたということになります。

本物とは、歴史の篩にかけられても遺ったものであり現代の付け焼刃で加工したものとは異なるのです。何千年も歴史や時代の篩にかけても遺るものこそ「本物」の定義であるということなのでしょう。

本物に触れ、本物を知り、本物を伝承していきたいと思います。

平等機会、公平調和

人間はよく公平か不公平か、平等か不平等かに文句を言うものです。自分にとって条件が悪いことを不公平や不平等だといい、自分にとって条件がよければ公平や平等などともいいます。

よく評価の話で、この公平性や平等性が語られますが本来は同じ人間は誰もおらず、みんな異なる存在ですからそんなものは公平も平等もそれを受ける人次第でいくらでも変わってくるものです。

例えば、動物でも道具でも得意不得意というものがあります。早く走れるものだけのレースをするのなら足が遅い動物はいつも負けてしまいます。また道具も繊細なことが必要な作業ばかりのときは巨大なハンマーなどは使い道がありません。それに対していくら文句をいっても、そのルールで行われていれば仕方がありません。

また悪平等という言葉もあります。

これは先ほどのレースであれば、レースをするのに差をつけてはならないと結果同じにしてしまうことです。機会を平等にするのではなく、結果だけ平等にするのは不公平になりかえって競う必要もなくなり誰もやる気をなくしてしまいます。

みんなが同じでいいのなら、誰もが一律に金太郎飴のようになって同じ結果を与えれば済みます。しかしそれこそが不公平であり不平等であることに気づく必要がるのです。これも受け手がどのように自分自身で平等や公平を感じたかに因るからです。

例えば、身長も体重も大きくよく食べる人でよく働く人がいたとします。同時にあまり食べれなくても省エネで長く働く人がいます。その食べる量を一律にしたとして、果たしてよく食べる人はそれで平等や公平を感じるか、そして食べれない人も平等や公平を感じるかは受けて次第。食べるものにおいても好き嫌いもありますから与え手がいくら公平で平等に均一に同量分けたといっても与え手側の公平や平等は受け手の不平等不公平にもなるのです。この辺は現在の教育でも同じことが行われていることがほとんどです。

本来、平等や公平というものは全体を観てその上で何がもっとも平等で公平かはそのものの特性やそのもののその時の価値や重要さで変わってくるのです。集団の中では一人一人に合わせていく必要があります。そしてその集団の中でそれぞれの個性に合わせた配慮をし、状況に合わせて最適な判断を下していくことが限りなく公平や平等につながっていくのです。

しかしいくら平等や公平にしても、足るを知らない人はいつまでも不平等や不公平ばかりを感じて不満を持ち続けて生きていきます。本来、自分に必要なものはすべて与えられていると感じている人はどんな環境下っても自分が生まれつきどのような状態で生まれてきたとしても足るを知り自分自身の価値を伸ばして活かしていきます。そして周囲もそれを活かそうとします、ここには集団の平等や公平が生まれます。四肢が不自由であったとしても、値千金の笑顔で集団を元気づけるのもまたその人の集団での役割もあるのです。そしてそれは集団のみんながそれを自覚しているのです。

しかし個人主義が当然になるとすぐに他人と比較し、その他大勢や世間の一般的な相場などとの比較をする人は足るを知らず感謝を忘れ、不平不満や文句ばかりを並べたててしまいます。そのうち、自分にとってもっとも不平等なところに自分を運び、不公平なところで働き、さらに不平不満の悪循環に陥り孤立することもあると思うのです。なんでも自分にとって相応しいと謙虚に自分を高める人は、そのうち周囲の人たちがその才能や個性を活かすように盛り立ててくれるのです。これがみんなにとっての平等で公平であるとも言えます。

つまりどのような場所で何をするのかによっては百花繚乱の個性の人たちが大勢いますからみんなにとって何が平等で公平になるかは目的に応じて、適材適所にそのものたちの役割や善さが発揮されていく最適な環境をみんなで譲り合い助け合い、感謝し合い学び合い、許し合うことで和が発揮されていくのです。

うちのベランダの植物一つ一つでさえ、日陰が好きなものもあれば風が好きなもの、高所であるもの低所が好きであるもの。光をたくさん必要とするのもあれば、水を大量に必要とするものもあります。そのどれもが、狭いベランダを共有してみんなで暮らして居心地の善い場を創造していくのだからみんなが協力し合って生きていくのが平等と公平の要諦なのでしょう。

今の時代は一人で完結できることが多くなり、みんなで協力し合っていくことが少なくなってきました。だから自分にとっての平等や公平を主張する人が増えました。本来は、むかしは規範があり皆さんと力でと謙虚な人が結果も出ていました。個人主義の社会がこの不平等や不公平をさらに蔓延させているのでしょう。

本来の平等とは、機会の平等のことであり、公平とは、調和することなのです。

利己的になり、自己中心的な世の中で行われる現代のあらゆるところにある国の人事評価が社会を貧しくしているのかもしれません。

最後に孔子の言葉を紹介して締めくくります。

「国を保ち家を保つ者は、寡(すくな)きを患えずして均しからざるを患え、貧しきを患えずして、安からざるを患う、と。蓋(けだ)し、均しければ貧しきものなく、和すれば寡きことなく、安ければ傾くことなし」

まさに和すれば少なきはなく、安ければ傾くことはない。平等と公平の本質は、あの時代から何も変わっていません。引き続き、子どもたちの憧れる社會の実現に向けて様々な刷り込みを取り払っていきたいと思います。

原風景と風土の徳

昨日、千葉県神崎にあるむかしの田んぼで田植えをしてきました。みんなで協力し、田植えをしお昼には昨年の新米で手巻き寿司をつくりみんなで和気あいあいと語り合いました。天気もよく、食材も地元神崎の発酵したものばかりを食べ、この田んぼで作られた酒米や甘酒などを飲み心も体も仕合せな時間を過ごすことができました。

「和」とは何かということを頭で考えて勉強をする人もいますが、本来の和とは「和」という言葉が先に生まれたのではなく和があって言葉ができたのです。その和を体験するためには、むかしからの原風景の中で原体験を得るしかありません。今の人たちはすぐに頭で考えて先に答えを出して、その中で価値があるものやメリットがあるものだけを取捨選択しようとする傾向があります。

体験することの価値が失われていることが残念で、本来は体験の中でこそその意味や言葉の価値を知るのが真実です。映画館の中で外から眺める人生ではなく、中に入って一緒に味わっていく人生の価値というものは和の醍醐味の一つです。

話を戻しますが、世界人口の約半数の人たちが食べるお米は地球上ではとても重要な役割を果たしています。特にアジアは米食文化で、様々な伝統行事や神聖な祈りなどもお米を中心に行われます。元号が変わる今年は、新嘗祭といって今までの稲の種を次の代へと引き継がれる大切な行事が行われます。

それだけ私たちにとって稲作というものは、この日本の風土の原風景であり、先ほどの田植えは日本人の原体験であるのです。

この原風景とは何か、辞書には「人の心の奥にある原初(一番最初)の風景。原体験から生じるさまざまなイメージのうち、風景の形をとっているもの。今はなくなってしまった、子供の頃の記憶のような風景。様変わりした現実の風景に対して、本来そうであっただろう、懐かしさを覚える風景。」と書かれます。またほかの辞書には「原体験におけるイメージで風景のかたちをとっているもの。」と書かれます。

私にとっての原風景の定義とは、「本来の風土の景色」ということです。もともとはじまりがどうであったか、この風土にしてこの景色ありということです。それは東南アジアの風土であればこの風景、北欧のこの風土であればこの風景、アフリカの風土であればこの風景というように、その土地が自然そのままあるがままの風景になったものということです。

現在は、風土に合わない様々な異文化が価値観のコントロールによってそれぞれの場所で展開されています。すると、原風景から遠く離れた光景が現れます。例えば、アフリカの真ん中に巨大なピラミッドがあったり、北欧にバンブーハウスがあったり、日本でアフリカの服装をしていたらすぐに原風景ではないことは気づくはずです。

つまり風土の中に人間も一体になり調和するとき、私たちはそれを懐かしいと感じ、原初の魂に触れているのです。こうやって風土に学び風土となることは、私たちの人生に大きな影響を与えていきます。

それを「懐かしい」という感覚で表現しますが、これは心に原風景を持ったということです。それを別の言い方では故郷を持つとも言います。風土が故郷になり、私たちはそこから出て故郷の価値を再認識し、どのように故郷と調和を続けるかを自覚します。そうやって自分の体や心を創ってきたもの、自分というものを育てて形成したものへの感謝や尊敬が自分の自信や幸福感を満たしていくのです。

当たり前すぎて語られることも少なくなりましたが、この風土という絶対的な価値に気づいている人は少ないように思います。

子どもたちもまた風土の化身であり、風土の景色です。

その風土の恩恵や徳を譲り遺していくためにも、私は子どもたちのために人生を使っていきたいと思います。

 

 

後悔のない働き方

現在、働き方改革などといわれて時間を短縮したり業務をIT化したりと具体的なところばかりがフォーカスされますがそもそも働くとは何かということを議論されていることが少ないように思います。

世界には色々な働き方があり、それと同様に多様な生き方があります。生き方の方を尊重されている社會であれば、自ずから働き方も尊重されるはずですが残念ながら日本ではあまりそれがないように思います。

幼少期から画一的に規格内の平均値を設けられ優劣を相対評価によって集団に埋没するように教育を施されてきていますからなかなか個人でもそれを超えて新しい生き方を優先することはできません。周囲も応援してくれているというよりは、全体的な諦め感というかどうせ無理という声の方が多いように思います。

または自分とは分けて、有名人だからとかお金持ちだからとできない理由を恵まれた環境のせいにしていたり、自分の不憫な環境のためにという言い方もします。

果たして本当にそうでしょうか。

私はよく周りから新しいことに挑戦して日々に濃い人生を送っているといわれることがあります。現に一緒にいる人は、密度が高いから大変といって嫌煙されることもあります。しかし同時に楽しかったや充実しましたと喜ばれることの方が多いように思います。

その理由は、後悔のない人生を送りたいと思っているからです。よく後悔しない生き方をしたいという人がいます。この後悔しないことがつまり生き方であり、日々に後悔しないような仕事の仕方が働き方になるのです。

そもそも何のために働くのか、それは何のために生きるのかです。

だからこそ働き方改革とは、後悔のない働き方を選択していけば自ずから改革は進んでいくのです。残念ながら後悔する働き方をしているのが日本の大多数の現状なのかもしれません。では何が後悔するのか、一度、それを検証してみる必要を感じます。

目的がはっきりすればするほどに、人生は濃く充実していくものです。

働き方を子どもたちに伝承していけるように後悔のない仕事を楽しんでいきたいと思います。

 

本質を愛する人間~何のために生きるのか~

私は、こだわりが強いと色々な方に言われることがあります。この「こだわる」という語は、もともとは「ものごとがどとこおる」「つっかえる」など執着を表す言葉でした。国語辞典の大言海では、少しという意の「こ」に差し支える、支障があるという意味の「さわる(障る)」が転じた「たわる」という言葉だともいわれています。

つまり「こだわりが強い」とは、執着が強いと訳されるのです。しかし、よく料理人のこだわりや、職人のこだわりなど、妥協も一切なく本質を徹底するために削れるものはすべて削り落とすほどの熱意や情熱を傾けたものもまたこだわりが強いといわれます。

そのほかにも、オタク気質や誰にも評価されなくても自分の道を貫き通す人にもこだわりが強いといわれます。

このこだわりという言葉は、決してマイナスなイメージだけではなくプラスのイメージもまたあるのです。特に私は、本気の仕事に携わるとき本気の人と一緒に働くことに喜びと幸せを感じます。それはこだわりがある人たちだからであり、本質を愛する人たちだからです。

だからこそ私にとっての「こだわり」とは何かと定義すると、「本質かどうか」にこだわっている人ということです。つまりこだわりが強いという言葉の同定義は「本質的である」ということです。

限りなく本質に近い人、本質そのものが観えて本質のままに仕事を遂行する人はみんなこだわりが強くなっていきます。何にこだわっているのか、それは本質にこだわっているのです。

例えば、何かの物事があったときそもそもの目的から必ず考えます。その上で、何がもっとも目的に適ったものか、そしてどのようにその目的とプロセスを合致させていくかと目的から離れることはありません。

一般的には、すぐに他人の評価や、世間の物差し、業界の常識や過去の経験則、もしくは保身や楽を選ぶことから本質から離れていきこだわりも薄くなっていくものです。しかしそんなことをしていたら目的を見失い、結局は無難なものを選ぶことがもっとも最良という判断を持ってしまうものです。

それでは何のためにやるのかというこだわりを捨てなくてはなりません。私は何のためにやるのかさえ失わなければ、特にこだわっているものはありません。周りがこだわりが強いという反面、私自身はこれだけはというものや優先順位の高いものだけは決して妥協しませんが、それ以外は特にこだわっていることはほとんどありません。

こだわりが強いのは本質や目的だけで、あとはこだわりは薄いのです。

今更ながら、このブログを書きながらも私は目的にしか興味がないことに気づいていますからやっぱりこだわりが強い=本質を愛する人間なのかもしれません。

引き続き子どもたちのために、この日々のブログも精進していきたいと思います。

変化と調和

人にも個性があるように道具にも個性があります。それぞれの個性があるからこそ、その個性をどのように配置し活かすかはその活かす側と活かされる側の調和が必要です。その調和が居心地の善さを生み、全体に安心に満ちた豊かな空間ができていくのです。

そしてその豊かな空間は、四季折々において変化します。家であれば和室を彩る様々な冬の道具たちから季節が変わり夏の道具たちに変わっていくように、それぞれの配置も、そして活用方法も変わってきます。

日本人には「見立てる」という文化があり、それまでの使い方を別のものに見立てて活用したりする創意工夫の感性があります。例えば、水差しを花瓶にしたり、和紙をお皿にしたり、あるものをいかようにも見立て直して活用するのです。

人も同じく、時代が変わり季節が変われば活用方法も変わってきます。本人たちにとっては居心地が善い場所から動きたくないという意思もありますが実際に時代が変わり季節が廻れば、新しい場所を探すか、見立て直して変化をするか、役目が出るまでじっくりと待つしかありません。

その時に如何に全体に調和するかは、道具であれば道具の寛容性や柔軟性、人間であれば素直さが大きな影響を与えるように思います。どのような状況であったとしても、お役に立てるのならと素直な姿勢の生き方をしている道具や人はどのような状況の変化の中で大きな役割を果たし調和してくれるからです。

道具も、いつもと異なる使い方をされていても役に立てる喜びに仕合せそうな雰囲気を感じます。その証拠に使われている道具はいつも磨かれ、手入れされキラキラと輝いて存在感が増していきます。愛着が湧き、またつかわれるという好循環です。

一生懸命にいる場所を照らす、この生きる姿勢が全体調和や全体快適になり自分も活かし全体を活かす生き方になっていくようです。

時代が変わり、季節は大きく変わります。私もあといくつの季節をこの世でみんなと一緒に過ごせるかわかりません。しかしご縁があった仲間たちや道具たちが、出会えてよかったとお互いに感謝し合えるような絆を深めて豊かな生を全うしていきたいと思います。

子どもたちにつながる生き方を譲り遺していきたいと思います。

ご縁を伝える

先日から英国の方が聴福庵に来られ、暮らしを味わっていただいております。ひょっとすると私以上に、日本の文化や古いものに興味がある方ですべての道具や環境に感激され一つひとつを感受され喜んでいただいております。

奥様は日本人の方で英国から来日しすでに30年以上こちらで生活をされておられるそうですがその日本文化を学ぼうとする新鮮な感性に私自身が学ばせていただくことが大変多く、このタイミングのこのご縁に有難い気持ちになりました。せっかくの一期一会の旅の思い出にと、おくどの間の壁の竹炭貼りを体験していただきましたが私にとっても貴重な思い出になり、心が満たされる楽しい時間を過ごすことができました。

こうやって何かの足跡を残していただいたり、一緒に体験した感動の絆を深めて事あるごとに思い返せることが生きている仕合せを味わう一つの工夫になると私は思います。日々に忙しく過ぎていく毎日ですが、ご縁を感じ一つの思い出をそこに刻み、それを刻んだ方のことも忘れず、刻まれた方も時折楽しさと共に思い出す、その「美しい絆の思い出」によって心が穏やかに充たされていく。私たちは今の時代だからこそこのような心の豊かさを大切にしたいと思うのです。

またお別れのご挨拶に私から「ご縁」についての話をしました。しかしこの「ご縁」という言葉の英語訳が思いつかず、訳すこともできず、結局、どのように訳せばいいのかが整理できないままでした。

改めて日本語の持つ、哲学、思想、文化、歴史の奥深さを感じつつ、どのように異国の方々にそれを伝えようかと迷いました。そして一晩、深く考えてみるとこれらは言葉だけでは決して伝わらないことを知りました。つまりこれらの日本の言葉は、逆説ですが「言葉では伝えられないもの」だったのです。

それでは言葉では伝わらないものはどのように伝えるのか。

それは言葉ではなく、行動や実践、想いを形にして体験していただいたり、経験を語ったり、心を寄せて共感したりするときに伝わるものです。特に「ご縁」というものは、不思議で奇跡的なつながりや調和性や共時性、そして運命や道といった全体との接点の連続のような感覚のものです。

だからこそ、それを「具体的に一緒に感じ合えるような物語や出来事が対になっている」必要があるのです。それは、感じる側の心と、伝える側の心、つまり「以心伝心」によってのみ伝え合うということです。

言葉にはならないものをどう受け止めることができるかは、お互いに絆を磨き合い、学び合う同士でのみ自他一体の心の対話で語り合えるものです。

ご縁もそういうものであり、そのご縁をつなぐ人もまたこのご縁の生き方をしている人でありご縁が観えている人だから対話ができるのです。

子どもたちへの未来は、今のご縁が結ばれ発展していきます。だからこそ大切なご縁をすべて大切に味わい、そのどれもを愛して前進していきたいと思います。私のご縁で結ばれる未来の形を楽しみに心待ちを豊かにしていきたいと思います。

 

家の寿命

先日から木造中古住宅の甦生をはじめていますが、すでに間取りの問題などが出てきています。もともと建てる時に考えた住宅設計と現代に活用しようとするときの住宅状況では間取りが異なります。むかしの日本家屋のように、襖や障子で間仕切りされているのであればまだしもその後のリフォームなどで個々の部屋に分かれドアがつけられてしまうと使い道が急激に狭まってしまうものです。その場しのぎの住宅のツケがそのまま子孫に渡されていくのは家もまた同じです。

家を直すとき私がまず間取りの解体から入るのは、そもそもの家の暮らしから設計されておらず不便さの中にある「家の寿命」のこともよくよく考えてあげる必要があるからです。つまり家に住む人間だけではなく、家にもいのちがある存在として認め、家が長生きできるようにしてあげることが自分たちがそこに住む期間を安心して永くできるコツであると私は考えています。

平成19年の国土交通省白書で家のじみょうのい平均築後年数の国際比較が調査されています。そこには日本では30年、アメリカは55年、イギリス77年と書かれています。残念ながら日本の家の寿命の短さは先進国の中でもトップです。

ヨーロッパでは、むかしから昔ながらの家のままに親から子へ、そして孫へと受け継がれていくようになっています。パリの街はナポレオン三世が150年前に作った街並みと住宅がそのまま現在に至る基盤となり、そのままの形で残存しています。パリの家の平均築年数は150年です。日本でも、長崎街道をはじめ街道筋にある木造の古民家は築150年以上のものがたくさん建っています。しかし現在、お年寄りも施設に入りあまり住んでいるところがなく空き家になって廃墟と化しているところが増えています。本来の棟梁の魂の籠った立派な木造建築が、手入れされずにそのまま廃墟になっていくのは見ていて深い悲しみを覚えます。

日本の家の寿命が短い理由は、一つは戦後大量に建てられた大量生産大量消費の住宅の質がよくなかったことと、国の法定耐用年数が決められており、木造住宅なら20~22年で資産価値がなくなると判断されるため古くなると壊してまた新しく建てようと考える傾向があったこと。他にも、個人主義の歪んだ価値観が入ってきて、日本の家で暮らす価値観が変化してきたこと。便利で快適な生活を求めて都会に出てマンションやアパート暮らしをはじめて元に戻れなくなったもの。

もっとも大きな理由は、使い捨ての文化が当たり前になり欧米のように「家を長持ちさせよう」という意識が失われたことかもしれません。

しかし結論から言えば、日本の住宅の寿命は欧米に比べ短くなっており住居費の負担が増えるばかりです。そうなれば、子どもたちに譲り渡していく家がなくなればそれだけ住居費はかさみ、若いころの生活が厳しくなります。子どもができ育てていけば自ずから学費や生活費などの出費もかさみますから家は寿命が長い方が本来は価値が向上していくのです。

家の価値を高めるためには、暮らしの充実と家の修繕を続けていく必要があります。いつも綺麗に保つ工夫や、物が増えすぎない工夫、そのどれもむかしの人たちが実践てきた和の家の文化に残っています。

和の家を甦生させることが、現代でもむかしの家を復古起新し対応していくための方法です。引き続き、家を学び直しながら子どもたちに譲り遺していきたいものを甦生させ続けていきたいと思います。

 

 

恵比寿と福

長崎街道を往く所々に、恵比須様の石像がお祀りされていました。佐賀はなんと日本一の恵比寿像のある県で、2015年の調査では828体もありまだまだ増えているそうです。恵比寿様をお祀りする恵比寿信仰は、日本の古代からある土着信仰の一つです。

神話に登場するのは、一つは蛭子という説。もう一つは、事代主神という説です。私は後者の方にご縁があり、島根の美保神社に参拝の際に恵比須講によく私の苗字と同じ名前の人が多く参拝にこられていたと宿坊でお聴きし感動したことを覚えています。

この恵比寿講(えびすこう)は商売繁盛の神様である恵比寿神を祭る民間行事または秋祭りのことです。七福神の中で唯一の日本の神様であり商売繁盛だけでなく、漁村では豊漁をもたらす神に、そして農村ではかまどや田の神になっています。恵比寿講は毎年1月と10月の20日に行われます。なぜなら恵比寿神は、出雲大社に神様が集まるときの留守神であったとされています。大国主の息子の事代主神なら確かに留守役を任されてもおかしくないなと感じます。

古民家にあるおくどさんの土人形や石像なども大黒様と恵比寿様は一緒にお祀りされます。この二つは、親子だとしたら親子で対になっていることになります。国譲りを決め、それを託宣し二代で日本国に豊かさと福をもたらしたご先祖様という見方もできます。

大黒様(大国主)と、恵比寿様(事代主)は、五穀豊穣と商売繁盛の象徴として一緒にお祀りされています。きっと、むかしはこの二人のリーダーが日本国の安定した政治を実現させて平和な世の中をつくりあげてきたのではないかと感じます。

ちなみに恵比須様の釣り竿にはどのような意味があるのかを少し調べてみると、かつての国譲りの大切なシーンでこれを用います。この釣り竿の意味は「釣りして網せず」つまりは網で一気に魚を捕まえて後に残らないようにしない、これを商売に置き換えると暴利をむさぼって後に続かないような商売をしないという意味になっています。足るを知り、取り過ぎず儲けすぎずに、真心で正直に商売を続けていく姿を現しているそうです。

また鯛を持っているのは、鯛はむかしから「めでたい魚」ということで、鯛を商売繁盛、祝福の象徴とされています。それに足を曲げている姿も、足がもともと悪かった説と、サメに食べられた説がありますがどれもむかしの歴史事情が垣間見れるものです。海の神様、漁業の神様としての姿として狩衣や指貫や風折鳥帽子の姿でもあります。

由来を辿っていくことで、なぜその地域にその神様を祀ってきたのかが自明します。これはその子孫たちが先祖をお祀りし、子々孫々をいたるところで見守ってもらっていると感じたことを御姿にして日々の恩恵に感謝したのでしょう。

農業と漁業は、その当時から私たちの国を支えてきた産業です。その両方を大切に守り、育て、福を祝うというのが先人からの生き方であったのでしょう。歴史から学んだことを子どもたちに伝承していきたいと思います。