音と道

昨日からリズム仙人が来て音楽談義をしていますが、その奥深さに感銘を受けるばかりです。自分の知っている音楽は、まるで氷山の一角でその道を究めている人のもつ視座の高さや理解や直観の偉大さには尊敬の念が湧きます。

人は見かけによらないというか、その奥には奥義を極めている人もいます。つまり道を歩み自分を磨いてきた達人たちにしか観えない景色というものがあるのでしょう。そしてその道はどれも共通するものがあります。

例えば、「天」というもの、どの道も天につながる、天と結ぶという意識があります。また自己の「感覚」というもの、中庸の直観のような絶妙な意識もあります。そして「生き方」が深く関係するということです。

天地にいて感性を磨き、生き方を貫く。

これを道ともいうのかもしれません。

道はひとそれぞれに与えられた唯一無二のものがあります。それぞれに自己の一期一会の道が与えられそれを真摯に生き切っていきます。その中で辿り着いた境地、あるいはご縁のお導きによって偶然の奇跡のようなめぐり逢いをします。

不思議ですが、道を歩む人たちは道を歩む人に出会います。それぞれ別々の道であるのにまるで同じ道を歩んでいるような錯覚すらもあります。それは生き方が共通しているからこそ、道が似ているのです。過去にどのような道を辿ったかを聴けば、自分も似た道を通ったといいます。今どの道をいるかを聴けば、まるで同じ道にいるかのように感じます。別の道であるはずが、次元を超え、場所を超え、距離を超えつながり結ばれるのです。

道こそ、不思議なものです。

音楽の道、法螺の道、これもとても似ています。それは音が道とつながっているからです。音の道はまるで仏の道、そして弁財天や吉祥天の教えに共通しています。

妙音菩薩を観て、道の喜びを直観しました。次回の仙人苦楽部を心から楽しみにしています。