生態仏教と暮らしフルネス

韓国の実相寺に来て、生態仏教という言葉を知りました。これは環境仏教ともいい、社会参加仏教ともいうようです。一般的には伝統仏教が「どう悟るか」を中心にしていたのに対して、生態仏教は「どう暮らせば、生命の網を壊さずに悟りへ向かえるか」まで問うという仕組みであるとも言われます。

日本の仏教が主に個人の救済や供養・儀礼を中心に社会の中で安定的役割を果たしてきたのに対し、生態仏教は人間・自然・社会のつながりを前提に、暮らしや社会そのものを変えていく実践へと仏教を拡張した点に違いがあるともいいます。

この生態仏教の基本理念は仏教の「縁起」と「慈悲」を、環境危機や地域社会の問題にまで広げて実践するということだといいます。実相寺の最近の法話紹介では「あらゆる存在は普遍的真理としての縁起法によって成り立っている」とし人間は自然から切り離された独立存在ではなく、空気、水、土、他の生命、社会関係の網の目の中で成り立つ存在であるということが前提に語られます。

実相寺の道法スニムはこれを 「インドラ網」 といいます。人間と世界は「インドラ網の世界の存在」であるとし、 同体大悲心 で生きること、つまり「自然を守る」のではなく自分も自然と生命の網の目の一部だから、壊せば自分も壊れるではないかといいます。

また現代文明の危機として、自然生態的災害、極端な格差、人間疎外を並べて論じています。つまり対象は自然だけでなく、消費主義・競争社会・共同体の崩壊まで含む文明全体の問題だとしています。

その解決の方法として、智異山を中心に場をつくり、生き方の転換を実践し文明をつくってみようとする挑戦をします。例えば実相寺のテンプルステイ案内でも、共同体学校は「自然の懐に寄り添い、単純で素朴な暮らしを生きつつ、自分を正しく見る力を養い、隣人とともに村の共同体を育てる道を探る」場にするとし、簡素な生活、共同体づくり、帰農、巡礼、祈り、対話を行います。こうして寺・村・山・暮らしをつなぐ実験として今も試行錯誤を継続しています。

この生態仏教には少なくとも4つの柱があるといいます。ロゴマークをつくり、それを実践の理念のイメージ共有としています。第一に、縁起。すべては相互依存している、ということ。そして第二に、慈悲。苦しみを減らす対象を、人間だけでなく生命世界全体へ広げること。第三に、少欲知足とし現代文明の「もっと多く、もっと便利に」という欲望が危機を生むと警鐘を鳴らすこと。第四に、共同体。個人の救済だけでなく、村や地域の暮らし方そのものを変えようとすることです。単なる環境活動ではなく自然生態・格差・人間疎外を一体の問題として扱っています。

私が日本で実践している暮らしフルネスととても似ていると感じ深く共感と感銘を受けました。志のある仲間は、地球の中にはたくさんいます。それぞれの場で深く磨き、耀かせていきたいと思います。近い将来、日韓で交流しお互いの善いところや智慧を学び合い、場を繋ぐことができる日がくることを祈り、帰国の途に向かいます。

ありがとうございました。