今、私は水鳥が飛来してくるような場所に住んでいて朝から様々な鳥の鳴き声が聞こえてきます。特にこの時期は、繁殖期でもありとても賑やかです。また耳を澄ますと小さな虫の羽音や植物の葉が風で擦れているような音も聴こえます。池の周りを歩いている人の話し声、車が通りすぎるエンジンやタイヤの音もたまに混ざります。
夜中にふと目が覚めるとそういう音は聞こえてきません。ただ、頭の中に響いているようなキーンという一定の響きだけが聞こえてきます。無音というものはそう考えてみるとありません。そして周波数もなくなることはありません。それはすべてのものは音を発しているということになります。
そして振動というものがあります。二つ以上の周波数が混ざり合って振動するというものです。音楽などはあらゆる音が振動して共鳴することで成り立ちます。鳥がお互いに鳴き合っていたらもはやそれは音楽ともいえます。
また地球上にあらゆる音が流れるとそれも音楽です。海の音、太陽が昇る音、風の音や地震、雷や雪などあらゆるものが自然の音を奏でています。周波数というのは、その存在そのものを顕現するように思います。
これはどんな周波数だろうかと私たちは音を聴きます。それは対話でも同じく、場を味わうときも同じです。そこに流れている周波数を通して、そのものの正体を察知することができるのです。
ある意味、すべての物質も周波数を常に奏でています。そして同時にそれが集まれば振動となります。どのような共鳴をするか、どのような調和をするかは、その周波数を感じる人によって調整、調律されるのです。
私は、手で調整や調律をします。それをお手入れともいいます。一つ一つのものを手で触り、それを磨き調えて適切に配置してそのものがそのものであるように、そして持ち味が活かせるように配置していきます。そのものがもっとも喜んでいるとき、喜びの周波数が出てきます。その喜びの周波数を自分が同時に喜んでいるとき、そこに徳の周波数が発生します。
徳の周波数を大切にすれば、人はその徳に目覚め徳の素晴らしさに感動するのです。引き続きこの知恵を子孫へと場を通して伝承していきたいと思います。

コメント
私も冬に水鳥が飛来してくるような場所に住んでいます。
冬の風の音や雷や雪など、あらゆるものが自然の音を奏で、周波数で表せる事が興味深かったです。
私は自然音の中で、猛吹雪と雪雷と水鳥の鳴き声が好きです。
なぜなら、四季の中で最も厳かで気高く感じるからです。
冬の水鳥は冬の使者と、天使の化身とも、いわれています。
雪雷の発生は日時が不定期で一発の落雷でも停電してしまう事が有ります。
発雷確率予報が難しいです。
猛吹雪は、どんなに身体や自分の居場所を暖めても、きりがない位、冷たくて乾燥した空気を浴びてしまいます。
しかし、雪雷も猛吹雪も迚も厳しいです。
雪雷は、どの季節の中でも雪雲とも呼ばれる積乱雲と、地上との距離が最も近くで起きる放電現象です。
だからこそ、まるで冬将軍さんが雲の神様と雷の神様と雨の神様と霰の神様と霙の神様を連れて来てくださったような感覚になります。
本当に畏れ多いです。
そこに神聖さを感じます。
猛吹雪も、まるで冬将軍さんが雪の神様と風の神様を連れて来てくださったような感覚に、なります。
水源地に身を置いている者の宿命と認識しています。