古い古材や道具、建具などを扱っているとそれを丁寧に洗い磨きたいという気持ちが湧いてきます。それまでのそのものの時間が愛おしく感じて、労いたい思いが湧いてくるからです。特にボロボロになっているものを観ると、それだけ色々な体験をして今こうなっているのかと思い心が親しみます。
そしてお疲れ様という気持ちと、甦生して快復したいという気持ちが出ます。しかし、よくよく対話観察しながら甦生が難しい場合もあります。その時は、供養といってそのものの魂や徳を鎮めます。一緒に過ごした時間の中で、きっとたくさんのことを観てきたはずです。そして聴いたことが残っているでしょう。それを受け取り受け止めて関係性を慈しむのです。
古いものというのは、ただ経年劣化したものを言うのではありません。古いものというのは、それだけお互いに一緒に記憶を共有してきた共生の絆をもっているものです。それを実感すると、よかったねという気持ちと、ありがとうという気持ちが訪れます。
増えすぎるととても全部と一緒に過ごせませんが、きちんと配置するとお互いに見守り合って仕合せな場が産まれるものです。和の空間というものの本質は、この記憶の調和のことでしょう。
相性のよいものが近くにあると、それだけでお互いを意識するものです。不調和があっても、距離とお手入れをすれば静かに和合するものです。
古いものを扱い、お手入れし磨くというのはそのものの価値を再発見し、真価を引き出すための徳の実践です。
暮らしの中で、古い懐かしいものに活かされるのは喜びです。古い記憶が結び合って今があり、今がさらによりよいものへと変化していく。
時のありがたさ、場の豊かさに心から感謝しています。
