本質を磨く

先日、聴福庵の柱や天井をクルーと一緒にライスオイルを使って磨きました。磨けば磨くほどに木の木目が出てきて、すでに数百年経っている木の歴史や風格が顕れてきました。磨くことの面白さというものは、磨くと本質が顕れてくるということです。その本質は日頃は隠れていますが、磨くという行為を通して本質に近づいていくのです。これは私たちの人生体験にも言えるように思います。

例えば、古いものでもなんでも掃除をしなければくすんできます。そのものの色が分からなくなってきます。それを拭き掃除や掃き掃除を日々に行うことでそのものの色が浮き出てきます。これは個性も同じで、日々に掃除をしていくことで次第にそのものの個性が浮き出てきます。この浮き出たものは別になかったものが出てくるのではなく、あったものが改めて確認できるという具合です。これは温故知新とも言えます。つまりは、常に本質を顕し続けて怠らず磨き続けるということです。

本質が隠れてしまうからこそ、その本質のままに維持しようとする。これを初心を忘れないとも言います。人は別に何か心変わりしたから変わるわけではなく、本質を忘れてしまうから変わったと感じているだけなのです。

現に先ほどの数百年の木を磨けば、そのものの木目や年輪が出てくるのはその木がもともと持っていた本質が磨くことで思い出すのです。磨くということは言い換えるのなら「本質を磨く」ということです。磨くの陰には常に本質が隠れていて、本質的に生きている人は常に日々が磨かれているということです。

何のためにそれをやるのか、何のために生きるのか、そういうことを思い続けながら日々に生きているからこそその人は磨かれ温故知新して常に本質を維持していくことが出来ます。

磨くという実践は人生においては、自分らしく生きること、個性を活かすこと、そして目的を忘れずに本懐を遂げるためには何よりも大切な徳目なのでしょう。

引き続き、日々を磨くことを通して時代が変わっても世界が広がっても共通しているものを守り続けていきたいと思います。

子どもと場

現在、「こども食堂」という場が世の中に広がっているといいます。これはもともとは東京都大田区にある「気まぐれ八百屋だんだん店主」近藤博子さんが名付けはじめた実践が世の中に共感されているからだそうです。

このこども食堂という名前を聞けば、なんとなく子ども達が集まる食堂というイメージですがこれは子ども達だけが集まるのではなく高齢者をはじめ様々な人たちが集まる場だそうです。以前、新潟で拝見した「実家の茶の間」もそうでしたが如何に自分たちが居場所を感じられる茶の間を用意できるか、ここに今急速に失われている地域再生の根っこがあることを実感しました。

このこども食堂の定義は「こども食堂とは、こどもが一人でも安心して来られる無料または低額の食堂」となっていて子どもが一人ぼっちで食事しなければならない孤食を防ぎ、さまざまな人たちの多様な価値観に触れながら「だんらん」を提供することを目的にしているといいます。

つまりは一家団欒というものが地域から消えてしまったものを補うものでもあります。私が聴福庵の囲炉裏で用意しようとしているものにもここに共通するものがあります。囲炉裏を囲み、あらゆる多種多様な価値観が触れ合う中で一緒になって火(いのち)を囲む中に団欒があります。今はこういうものが失われたことから子どもは自分の持ち味や、自分らしさを実感できることが少なくなったように思います。

人は誰しも自分の居場所が見つけられることで自分の存在を確認できます。それは人格の根とも言え、自分の根がどこにあるのかを自覚することで植物のようにそこから養分を吸い上げ立派に成長していくことができるからです。

根元が不安定なものは、根なし草のようにふわふわと浮いていますし、根がないものはどうしてもその人生に不信や不安が付き纏います。自分が居てもいい、自分の居場所を認めてくれる仲間や家族の存在が合ってはじめて人は自分を肯定して自信を持て、世の中の社會に受け止められているという実感と自立が生まれるように私は思います。

自立も共生も、子どもの頃の多種多様な価値観、多世代交流、多体験によって育まれます。それは全てにおいて地域の見守りがあったことで成り立っていましたし、人類はずっと子どもを地域で見守り育て合うことによってここまでいのちをつないできたとも言えます。

昔は自然環境が厳しく両親が早死にすることもあり、もしくは自然災害で全員の身内を失ってしまうようなこともありました。しかしそういう時に、地域の人たちが見守り育ててくださった御蔭で立派にその後の子どもが生長し、またその御恩返しを地域にして発展し続けてきたともいえます。

そういう人の循環する「場」が失われているとしたら、これは共生社會の危機であり自立社會の危機でもあります。自分の個性が尊重されながらもみんなで一緒に生きていく仕合わせと心地よさを子ども達に体験してもらいたいと思います。

地域への伝承と合わせつつ、子ども第一義の理念を自分なりに発展させて貢献していきたいと思います。

進化を捨てるというツケ

現在、古民家を再生していますが現在の建物を建てた当初の時代に一度戻して直しています。日本人の暮らしを再生していく上で、最初はどのようであったのか家と対話してくために必要だと私は感じています。

これは自然農の時も同じで、最初はどうなっていたのか自然はどのようにしていたのかを知ることでそれまでの歴史を洞察していけるからです。何でも突然今こうなったのではなく、永い時間をかけてじっくりと変化してきたものがあります。変化といえば急変することばかりを変化と呼ぶ人もいますが、本来の変化とはじっくりとゆっくりと微細に行われていくものです。

古民家再生の中で明治から昭和にかけての小説家、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」(いんえいらいさん)はとても参考になります。日本家屋の持つ「陰翳」はありとあらゆる空間を恢復するのに必要になります。私の勝手な洞察ですが、本来日本人は縄文時代をはじめ森の中、土の中に家屋がありました。

原始の家は、木を組んで蔓で縛り三角形にしてその中心に炭と火を焚いて藁で囲っていただけのものでした。薄暗い中で火を囲み、一家団欒したところをはじまりとしたらこの陰翳というものはその頃から続いてきた懐かしい暮らしの一端なのかもしれません。また山の中に入ると木々の木漏れ日や朝夕の杜の闇に陰翳を感じます。神社や家屋にこの陰翳が用いられるのは、太古から続く私たちの生き方に触れ安心するのかもしれません。

今の時代は、急速な西洋化が進み家屋をはじめあらゆる環境が急変してきました。例えば、気候も風土も事なる北半球の家屋を真似てビルやマンションを建てていますが今まではそのようなものはありませんでした。私もヨーロッパに留学経験がありますが、光がいつも斜めから差し込み暗かった記憶があります。建物を大理石やレンガでつくるのは寒さをしのぎ町を明るくするためだったようにも思います。ステンドガラスなども光を効果的に屋内に入れるための工夫だったのでしょう。また街灯をどこでも明々と照らすのは長い冬の夜の鬱々とする気分を吹き飛ばすためだったようにも思います。ヨーロッパの人が暖かく明るい場所にバカンスにいくのもその冬の陰気を少しでも和らげるためだと聞いたこともあります。

日本はそれとは対照に、いつも太陽が真上から差し込んできます。夏の暑さも上から下から暑さに挟まれ日陰がなければずっと外にいるのは本当に大変です。日本家屋はその熱や湿気が篭らないようにあらゆる工夫を凝らしています。土が下にあり木が上にあり水と火を上手に取り入れるのもこの湿気の多い風土では効果的です。また行灯のように小さな明かりを用いるのも昼の強い光と対照的な暗闇を味わいたいということもあるように思います。西洋は光が乏しくピカピカに光る光が好きなのに対し、私たちはこのピカピカに光るものが苦手であるとも言えます。それよりも穏やかに差し込んでくる杜の中のような和やかに重なって連なる光を見ると安心するようにも思います。

これはもともと異なる民族、風土が変わっているから異なるのであってそれを全て西洋が進んでいると右に倣えで換えていたら次第に風土の自然から離れてしまうのかもしれません。

谷崎潤一郎の著書、「陰翳礼讃」の中で「年寄りの愚痴」という項目があります。そこには次第に年寄りはいらなくなってくような時代の変遷に愚痴をこぼしている一節があります。

「要するにこれも愚痴の一種で、私にしても今の時勢の有難いことは方々承知しているし、今更何と云ったところで、既に日本が西洋文化の線に沿うて歩み出した以上、老人などは置き去りにして勇往邁進するより外に仕方がないが、でもわれわれの皮膚の色が変らない限り、われわれにだけ課せられた損は永久に背負って行くものと覚悟しなければならぬ。尤も私がこう云うことを書いた趣意は、何等かの方面、たとえば文学藝術等にその損を補う道が残されていはしまいかと思うからである。」

谷崎潤一郎の「損」というのは、それまでの暮らしを全部捨てて西洋化することは損なのだと言います。言い換えるのなら、合うものを捨てて合わないものにわざわざ合わせようとする損のことです。

本来、私たちに「合う」ものがあったのにも関わらずそれをまるっきり捨てて西洋の新しいものだけが価値があると信じてしまうことにより私たちはそれまで進化させてきた発明や発見をゴミ屑のように捨て去ってしまったことによる損が発生しています。ここで捨ててしまったかつての「進化」は、今の世代がそれを子孫に譲らないでいれば大変な損害を子孫へ渡してしまうということを忘れてはならないということです。

そこで谷崎潤一郎は最後にこう言います。

「私は、われわれが既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の檐(のき)を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとは云わない、一軒ぐらいそう云う家があってもよかろう。まあどう云う工合になるか、試しに電燈を消してみることだ。」

こんな時代であってもせめて「一軒ぐらいそう云う家があってもよかろう。」ということですが、私がやっていることもこの願いと同じことを実行に移しているだけなのです。子ども第一義の理念を省みればいつも子どもに何を譲り子どもに何を遺せるかを考えない日は一日もありません。進化を捨てるツケは必ず子ども達にまわるということを先祖になる私たちはちゃんと考えていかなければなりません。

自分たちの生き様、つまりは生き方働き方が子どもの未来に伝承されていきますから何が自然で何が不自然か、間違わないように真摯に今を温故知新して精進していきたいと思います。

 

 

渾然一体

明治以降に急速に西洋化をした日本は、西洋的な発展を自分たちの発展と入れ替えてきたともいえます。本来、それぞれの国はそれぞれの発展の仕方と言うものがあります。気候風土に合わせて人種も分かれ、肌の色も価値観も暮らしも異なっていました。こういう人々たちがそれぞれにそれぞれの場所で独自に文化を発展させてきて今があるとも言えます。

それが今では世界が交通網や物流が世界の奥地のあちこちまで行き届き、世界中から物が運び込まれてきて同時に人や文化も入り混じります。そこで様々な文化が衝突し、受け容れられないものは排除したりと人類は今、乗り越えなければならない文化発展の過渡期を迎えています。

本来、異質なものが混ざり合うということはどういうことかそれを少し深めていきたいと思います。

混ざり合うという言葉に「渾然一体」という言葉があります。これは別々のものが混ざり溶け合って、お互いの区別がつかないほど一体になるさまをいいます。もはや混ざり過ぎて何が分かれていたのかが分からない状態になるということです。

渾然というのは、異質なものが異質なままに一体になっている様のことを私は定義しています。同じにする必要はなく、異なっているけれど理念に対しては皆一体になっているということです。

理念でいえば私たちの会社には窓際に沢山の花壇があります。カグヤガーデンと呼んでいますが新宿の高層ビルの中にある総合空調の中では、外にあるような自然がなく、風も吹かず雨も降りませんし季節の変化もありません。徹底管理された空間においても、それぞれの持ち味を活かす工夫として混植という方法をとりました。

この混植というものは、一つの花壇の中に多種多様の種類の植物をひしめき合うように入れます。しかしそうすることで単一の花を花壇に植えるよりもよほど長く花は咲き、それぞれの持ち味を活かして美しく空間を彩ってくれます。単一の花が美しいと思っている人もいますが、百花繚乱に咲き誇るそれぞれの持ち味が活かされた花の美はなんとも自分らしく尊く感じられるものです。

この混植こそが渾然一体の姿であり、分かれていたものが一体になっている様です。

私は会社の理念を語るとき、このカグヤガーデンをいつも意識しています。この花を見るとき、私はこれからの時代、グローバリゼーションで世界が単一化していく流れと、その反対に世界が多様化して百花繚乱に美しく活かされていく流れがあると感じています。

子ども達に遺して譲りたいのは、混ざり合うことは悪いことではなく混ざってい一体になったらもっと新しい美しさがあることを自分たちの生き方を通して伝承していきたいのです。それぞれの持ち味が活かせるのなら、私たちは必然的に助け合い譲り合っている社會もそこに存在しているはずです。

いがみ合い仲が悪く、果たしては戦争でいのちを殺めるということは子ども達にはしてほしくはないのです。だからこそ、自分たちがまず渾然一体になることを目指し、異質なものを受け容れる寛容さ、長所を友とし、その人のたちの好いところ、美点を伸ばし、認めていくという実践を常に大切に積み重ねていく必要があると思うのです。

私たちが実践する子ども第一義の発達の中心には常にこの「渾然一体」があります。

自然から学び直すのもまたこの渾然一体に気づく大切さを学び直すためでもあります。何が自然で不自然か、自分たちの理念を実践することで文化発展のモデルを示し、周囲に伝承していきたいと思います。

 

 

人類の智慧~生き残りをかけた教育改革~

人類というものは今まで生きていく中で、何を大切に守ってきたかというものがあります。これは伝承されてきた文化であり、私たちのいのちが続いてきた根源でもあります。そして現代を生きる私たちにとっては戒めでもあります。日本の先祖たちが、己に克つことを大切にしたように社會を維持していくためにそれぞれが守るべき規範がありました。これを道徳とも言います。

今、世界ではこの人類が大事にしてきた自戒や回訓が失われてきているように思います。それぞれの国々が、自分さえよければいいと言う自利に走り、度を超えて我儘に自分の欲ばかりを満たしていたらこの先どのようになっていくのかは火を見るよりも明らかです。

今一度、教育に関わる人たちはこのことを考え直し社會をどのようにしていくかをすぐに改めて改善していくしかありません。これまで続いてこれたのは先祖たちが続いてこれるような生き方を貫いてこられたからであり、私たちは先祖の恩恵に感謝し、先祖と同じように先祖になっていくのですから真摯に向き合う必要があります。

自然界では、自分勝手に我儘が通用しないように常に調和が存在しています。御互いがほどほどに謙虚に生き、取り過ぎず度を超えずに暮らしていくことで種を保存していくことができているとも言えます。

人間界はそれに反して、自分たちの思い通りにしてきました。そのうち度を超えてしまえば、間違いなく自然の中で篩にかけられ不自然を淘汰する流れがやってきます。自然界の調和は宇宙の力であり、私たちちっぽけな人間などが敵う相手ではありません。

今は自然から離れてしまい、自然を意識しませんが私たちは自然の中で活かされている一つの生き物でしかないのです。

二宮尊徳は、「分度」という言い方をしました。分相応、自分の分を弁えそれ以上は譲ることを実践して仕合わせを創造していきました。これは人類が生き残る智慧の結晶です。

何が自然で不自然か学び直し、人類の生き残りをかけて教育改革を進めていきたいと思います。私たちは分度、推譲の実践によって世の中に一石を投じていきたいと思います。引き続き実践を考案し日々の実践を磨き改善していきたいと思います。

不便の価値と人間の文化

先日から便利・不便について書いていますがそのことを少し深めてみたいと思います。

人は便利と不便を使い分けるとき、自分の感覚を用いないのか、用いるのかということで使い分けているように思います。例えば、鉛筆削りなどもそうですが今では電動であっという間に削れますが昔はナイフで自分の手で削っていました。ライターが普及すればマッチで火をつけるということもなくなりました。

他にも大きなことでは天気予報や災害情報なども今ではスマートフォンのアプリで勝手に知らせますが昔は自分の五感や感覚で天候や自然の状況を察知していました。今では自分の感覚を用いないことを便利といい、自分の感覚を用いることを不便と言います。

そのうち自分の感覚が失われていき、本質的に不便になっていきますが実際の便利と不便の定義もあべこべになっているように思います。動物たちにとっては自然界で生きるのに、自分の感覚を使うほど便利なことはありません。人間はすでに自然から離れ、都市化され加工したところに住んでいるとすべて自分の感覚よりもデータや道具の力でやった方が便利だと信じ込んでいます。都会の人が田舎にいったら途端に何もできなくなるような感覚があればその意味に気づけるようにも思います。

もちろん別に原始返りすればいいと言っているわけでもなく、動物の時のように戻れというわけではありません。大事なセンスや能力、五感はそのままに磨き続けて現代の技術を用いることが本来の人間の持ち味ではないかと私は思います。そういう意味で今の時代のような便利を追求するということは、自分の感覚を怠けさせるのではないかと思うのです。そして自分の五感や感じるチカラが減退するということは、それを生物でみれば本来の進化とは呼びません。今は急速に人の持っている感覚が消失しているのも、便利な道具に流され依存し自分の感覚を使わなくてもよくなったからのように思います。

結局は一つの価値観によって画一化されて単一化された道具で、誰でも簡単に自分の感覚を使わずに便利さや自由の中に埋没してしまうとより一層個性が失われていくということでしょう。これは自立と依存の関係がとくに現れていることであり、生きるために自立するのが大変だから依存していたいと怠けてしまうのです。

このような環境下で自分の感覚を使うというのは、常に決心と決断、その自立への覚悟が問われています。主体性が失われてしまうから便利な道具に流されてしまうのです。主体性を持っている人は便利な世の中であっても、敢えて不便の中に身を置き、敢えて不自由を遊び愉しんでみるという実践を必ず持っています。不自由と不便を使いこなしているからその人の人生は常に発見と発明、創意工夫、活気に満ち溢れるのです。

つまり便利さに流されるのは本人の自立の問題だということです。そして自立は自分の感覚を使う人のことをいいます。

今は世界中で単一画一が蔓延し、次第に調和のための多様性が求められてきました。こたえのない時代と言われているからこそ、子ども達はこの感覚を研ぎ澄ます体験がますます必要になってきます。不便さや不自由さは今からの時代に何より必要な道具であり、何よりの智慧であることは間違いありません。

今までの教育の概念を根底から見直す時代に入り、今までの価値観は転換され世界はもう一段成長した成熟した社會を望んでいます。

世界の責任のある一人の人間として、自分が不便不自由を謳歌しながら実践をし、子ども達や周りにその不便の価値と人間の文化を正しく伝承していきたいと思います。

なつかしい未来

人間は誰にしろ「懐かしい」と感じる心を持っています。まだ幼い子どもがある景色をみて懐かしいと感じたりします。この感覚はいったいどこから来ているかということです。

「懐かしい」という字を辞書で調べると、(1 心がひかれて離れがたい。2 かつて慣れ親しんだ人や事物を思い出して、昔にもどったようで楽しい。3 引き寄せたいほどかわいい。いとおしい。4 衣服などがなじんで着ごこちがよい)(コトバンクより)などと書かれています。

本来、この懐かしいという言葉は「なつく」という語源から来ている言葉であり慣れ親しんでくる、つまり馴染んでくるという意味で用いられていた言葉と言います。

昔ながらの田舎の棚田をみて、稲作をしている人たちの仕事ぶりや様子をみると何か心に惹かれるものがあります。また古民家で暮らしている人たちの様子をみるとまた同じように心が何かを思い出しています。また一緒に暮らしてきた犬や猫、牛や馬、ツバメや雀なども今でも近くにおいて共に生きていこうとします。

私達は知識で認識できないものであっても、心は慣れ親しんだものをいつまでも宿しています。かつての記憶は私たちの心に生きています。思い出せないと思っていても、実際はなつかしいと感じる心が遺っていますからそれは忘れてはいないということです。

何百年、何千年と同じようにその場所で生きてその場所で暮らした記憶は慣れ親しんだ情景と共に心の中に生き続けています。そしてその安心感があるから、人は先祖とつながり、先祖がいてくれた御蔭様で今が在ることに心から感謝するようになります。

懐かしいという言葉を使う時、それは単に過去に戻りたいと言っているわけではありません。私が思う「懐かしい」という言葉は、慣れ親しんだ文化、自分たちの風土にあった馴染んだもの、その居心地の善さのことを言います。それは言い換えれば自分らしくいられること、日本人らしく生きること、自分たちがどのようなものと共に永らく道を歩んできたか、自分たちの個性を取り戻すということでもあります。

なつかしいままに未来があるというのは、多様性を維持しながら進化成長していくということです。画一的な西洋一辺倒の文化が先進的で価値があると思い込み、それを単にコピーするだけでは地球はもう発展を持続することができなくなってきています。成熟した社會を創造するには、もう一度原点に立ち返りそれぞれの違いを認め合い共に尊重して助けあっていきていかなければなりません。

世界は今、過渡期であり欧米、アジア、中東にある大国をはじめ様々な国家が成熟できず行き詰まりをみせています。なつかしいままに未来を切り開くというのは、本来の慣れ親しんだ文化を大切にしながら新しい時代を革新していくということです。それは自然に沿って人々が調和していく社會を築けるかどうかということです。何千年も生きてこられた智慧を捨てるのか、拾い直すのか、ここが人類の分水嶺ということです。子ども達のためにも何もしないまま指をくわえて待っているわけにはいきません。

温故知新の温故とは、この「懐かしい」という意味と同じです。本来の日本人らしい日本人のままに世界に出て自分たちの自然文化から世界の調和のために貢献できる成熟した人間を育てていく必要性をひしひしと感じます。

そのためにも何よりも自らの改革と実践あるのみです。伝承という懐かしさを深めつつ、何を新たにしていくか、子ども達のためにも日々に創意工夫し挑戦していきたいと思います。

 

転換時期

明治維新から長らく日本の体制というのは変わっているようで実はほとんど変わっていないように思います。人口が増加し成長していくという経済構造は、これから人口減少で縮退していくという時代の変化に対応していく必要があります。

色々な政策をみてはどこか自分には大きすぎてイメージがわかないように感じられますが、簡単に言えば地方の小さな村々で起きていることが今の日本に起きているということを考えればわかります。高齢化で過疎化、人口が減りそこに政治や経済がまったく行き届かないということ。子ども達がおらず、多少生まれてもどこか違う場所へそのうち引っ越してしまう。お年寄りは老人ホームか都市に引っ越し、次第に空き家も増えてそのうち誰もいない廃墟のような村になってしまうという構図です。そしてその村々を捨ててコンパクトシティ化といって都市の一か所に集めようという動きが進んでいます。

これはどこか遠くで起きている事例ではなく、今の日本の国のあちこちで起きていることです。大なり小なりどんな場所でもこのような姿は次々に発生し進行しています。もう前から分かっていることでしたが、これが日本の未来に抱える今の課題ということです。

なぜこのようになるのか、それは今まで信じられてきた右肩上がりの成長信仰、グローバリゼーションによる消費拡大のロジック、スクラップアンドビルドによるハコもの投資がもはや通用しなくなっていることの証明なのでしょう。

日々に追われるばかり、また自分のことで余裕がない人ばかりになっていて全体構造を根本的に変えるような一人ひとりの実践が追い付いていないように思います。

日本の未来はすぐに子ども達の現実になります。古い体質や旧態依然の態度のまま何も変化していなければ必ず行き詰ります。これは人の成長と同じで、よくないとわかっているのにいつまでも以前のままの習慣を続けていればそのうちにそこから綻び破たんしてきます。

一人の人間の改革は一国の国の改革と同じです。

大きなものを身近な小さなものに換えてみると、そのものの本質が分かるのです。如何に国を形成するのは一人ひとりの当事者意識と自覚、己に克つことが影響するのかが分かります。

かつて二宮尊徳が、村々を復興させていくのに際しそれを「心田開発」と名付けました。「わが道は、人々の心の荒蕪を開くを本意とす、心の荒蕪一人開くる時は、土地の荒蕪は何万町歩あるも憂ふるにたらざるが故なり」といいました。

どんなに村が荒廃していても、一人の人間の心の姿を換えてしまえればどれだけ大きな村々の復興であってもまったく心配する必要がなくなると言いました。では二宮尊徳はどの刷り込みを取り払って何に心を開かせたのかということです。

これは今の時代でも通用する普遍的な知恵であることに気づきます。

あの時代も同じように人々が行詰る何かの刷り込みをみんなが持っていました。自前で物事を解決せず、藩政に文句をいい、自分がやらない言い訳ばかりを募らせ、自分のことしか考えないで誰か任せにし誰もなにもしようとしませんでした。

そこに二宮尊徳が本来の姿が何かに気づかせ、一緒に実践していくことで村を復興させていったのです。一人の人間が、その時代に与えた影響は大きく子孫たちはどのように今の時代を復興させていけばいいかをその時の歴史の真実の事例に学ぶのです。

もちろん過去と未来では現象は異なります、今のように近代化して西洋文明が入り複雑であった時代とは異なります。しかしよくよく共通するところを観ていたら普遍的な人間の問題も観得てくるものです。それは時代を経てもまったく関係なく、同じことが人々の心の中に発生していることに気づくのです。

一人の実践と一人の改革は、国の改革を担っています。

子どもたちのために、自分自身ができることをそれぞれで他人任せにせず自分の立っている処から何を実践していくのか一人ひとりが取り組んでいく必要があるように思います。誰かの政策は魔法のように何かを解決していくものではありません、世の中が変わって価値観も変化していく中、かつての栄耀栄華をいつまでも忘れないままで愚痴をいってもいつまでも同じことの繰り返しになってしまいます。

価値観が変わるときは、常に発想の転換も必要です。今、まさに時代は転換時期に入っています。そして私達は子ども第一義の理念を掲げて実践をする会社です。引き続き、子ども第一義の理念に沿って温故知新に取り組み足元から新たな実践を増やしていきたいと思います。

 

愛着形成~故郷の存在~

今、古民家再生を通して郷里故郷のことを学んでいます。

故郷というものは、自分を形成した場所であり、自分の原点がある場所です。故郷にある懐かしさとは、先祖たちが子ども達のためにと遺してくださった深い愛情を私たちは心で感じているのです。

この愛情を受けて私たちは健全に育ちます。これを愛着ともいいますが、自分を形成する際に必要不可欠なものです。この愛着はどのようにつくのか、それは好きになっていくことでついていきます。つまり、好きこそものの上手なれという諺もありますが好きになるから自然に愛が発生し、その愛を纏うことで愛着ができるのです。

そして愛着を持てるようになるには、好きであろうとする努力と同じことが必要です。相手の美点をみることや、相手の持ち味を探すこと、相手が偉大な存在であることに気づくこと、尊重することで次第に好きは高まっていきます。

尊敬することも尊重することも全部丸ごと含めて「好き」の中には入っているとも言えます。古民家再生は、まちの景観維持でもあり、まちの暮らしの継承でもあり、まちの人々の心の伝承でもあり、まちの美しい豊かな自然を遺すことでもあります。近代化で壊れてしまった様々な歴史や文化、先祖の遺徳を丁寧に直し修復修繕していく中で次第に故郷への誇りと自信、愛を学びます。

故郷の再生は何か新しいことをやるように感じますが実際は会社を善くしていくこととまったく同じです。社員が会社を好きになれば当然会社は良くなっていきます。社員に好きになってもらう努力は経営者の最大の責任です。それに社員も一緒に一体になって会社を好きになることで御互いのことを好きになり誇りと自信を持ちます。会社もまた自己を形成した大切な思い出のワンシーンであり暮らしと切り離すことはできないのです。

だからこそ故郷が愛の原点であり、愛着形成は人々の故郷そのものなのです。

そう考えてみると一つ一つの思い出をどのような環境で自分が見守られてきたか、それを省みるとそこに偉大な愛が潜んでいるように私には感じます。見守るということの実践は、好きになること好きになってくれるようにここが相互主体的に努力することからはじまるのかもしれません。

引き続き、子ども第一義の理念にそって子どもに譲っていきたい生き方と働き方を実践によって深めていきたいと思います。

好循環の実践

古語に「勝ちに不思議な勝ちあり 負けに不思議な負けなし」があります。この言葉は江戸時代の大名で剣術の達人でもあった松浦静山の剣術書『常静子剣談』で出てくる言葉です。

これを紐解けば「道にしたがい、道をまもれば、勇ましさがなくても必ず勝ち、道にそむけば必ず負ける」と記されています。

この考え方は、百戦錬磨の場数を踏んだ実力のある人が持つ境地のことでありこの時の不思議な勝ちとは何かということです。この不思議というものを少し深めて見たいと思います。

不思議というのは私にとっては他力のことです。自分以外のチカラが働きそのチカラによって物事が動いていくということです。自分は何もしていないのに、自分の思っている以上のことが起きて結果的に勝ってしまう。まさに運の善さというか、好運をいつも持っている人は不思議なチカラでいつも幸福に恵まれていきます。また逆に何をやっても不運である人がいます、自分の力を頼り自分の力のみを信じてやっていてもいつも邪魔が入り負けてしまいます。この理由は何か、それはチカラというものの理解に由ると私は思います。

もともとチカラとは何か、それは自分が引き寄せるチカラのことです。それを王道や自然の道といってもいいかもしれません。どんなに自分が頑張ってチカラを入れていても、それが自然の流れとさかさまであれば動かすのは至難の業です。しかし、もしも自然の流れに従って重力や引力を活用し上から下へとチカラを活かせばほとんど自分の力を使わなくて頑張らなくても少しの工夫で自然に重たいものは動かせます。

このようにもともとあるチカラを用いることは自分の力ではなく、「御蔭様のチカラ」を活かそうとする考え方です。これを道ともいってもいいかもしれません、自然のチカラを使えるようになるには他力が観える必要があります。

例えば運の善い人がいます、まずそれは物事が動くのは自分のチカラだと慢心していない謙虚な人のことです。なぜ謙虚な人が運が善いのか、それは周りの御蔭様に気づいて感謝しているからです。周りが動いてくださっているからと周りが動いてもらえることに素直に感謝する心が他力を活かすことをその人に感得させます。その他力のチカラが観える人は、自分が何をすれば周りがもっと動くのかを知っています。これは自然に精通しているといっていいかもしれません、こういう無我の境地を持つ人はいつも真心を活かして真心を盡すことが出来るのです。

古語に「積善の家に余慶あり」という諺もあります。善いことを積み重ねていく人はいつもなぜか不思議なチカラが入り好運が起き続けていくということです。これこそまさに不思議の価値を知り、その不思議がいつまでも続くように謙虚に好循環の実践を日々家人たちが積みかさねているのでしょう。

また負けに不思議の負けなしというのは、全部自分に何らかの問題があるということです。負ける人は自分には非がない、自分のせいではないと、いつも自分の言い訳をします。また自分が言い訳をするのは自分がやっていると勘違いしているからです。御蔭様が観えない人には、自分がさせていただいているとは露ほども思わず自分がやっているから上手くいっているという勘違いをしてしまいます。自分がやっているのは、あくまで御蔭様の他力を引き出す努力であって自分がやっていることはないのです。人の道は、謙虚さや素直さ、また感謝の心でいることで道に従い道にそむかないことになることを言うのでしょう。

好循環の実践を行うことで確かな勝ちを積み重ねていくことこそ古今一流の流儀だと思います。世界でも通じる本物の実力者とはみんなこの共通の境地を会得しているように思います。

子どものためにも、どんなときにも好循環の実践を繰り返し積み重ね余慶を愉しみ真心を盡していきたいと思います。