本質的な生き方

私は色々なことを深めては取り組みますから他人から多趣味な人といわれることがあります。しかし自分では色々なことはやるけれど、趣味でやっていると思ったことは一つもありません。もし趣味というのなら、炭くらいでしょうがその炭もまた子どものことを思ってはじめたものです。

そもそも目的をもって取り組んでいると、その手段が色々とあることに気づくものです。もしも手段だけで目的がなければそれは単なる趣味なのかもしれませんが、目的を最優先していくのならばそれは趣味ではなく手段の一つということになります。

私は子ども第一義という理念を掲げ、初心を忘れないように日々を過ごしています。そうすると、その理念や初心に関係する様々な出来事やご縁に出会い、それを深めていくと次第に様々なものに行き着きます。その過程で、伝統技術を学んだり、ビジネスを展開したり、古民家甦生をやったり、サウナをつくったり、むかしの稲作をやったり、ブロックチェーンをやったり、多岐に及んできます。それを周囲の方々はそこだけを切り取って多趣味といいますが、私は決して趣味でやっているわけではないのです。

しかしやる以上、全身全霊の情熱を傾けていく必要があります。なぜならそれが目的であり、それが理念であり初心の実践につながっているからです。仕事だからとか、生活のためだから取り組むのではなく、それが目的だから取り組む価値があるという具合なのです。

そして一旦取り組んだのならば、その取り組みの手段の意味が確かに実感できるまではしつこく諦めないで実行していくようにしています。なぜなら、手段は目的に達するための大切なプロセスであり、そのプロセスの集積が本来の目的の質を高めていくことを知っているからです。

目的を磨いていくためには、様々な手段によるアプローチが必要です。あまりにもジャンルが増えてジャンル分けできなくなり、気が付くとただの「変人」と呼ばれ始めますが、手段だけを見て変人と決めつける前に、この人の目的は本当は何かということを観る必要があるのではないかと思います。変人は須らく、目的に生きる人が多いように思います。

言い換えるのなら本質的な生き方を志す人ということでしょう。

自分に与えられた道を、オリジナリティを追求しながら楽しみ味わっていきたいと思います。

ミョウバン水の智慧

昨日は、古民家甦生に自然塗料の定着剤にミョウバン水を用いて仕上げて行いました。自然塗料の中には、水蒸気で剥がれていくものもあります。また風化していきますからなかなか定着しないものです。

例えば、渋墨などは松煤を使いますが煤ですからいくら発酵をしていたとしても時間が経てば水で流れてしまいます。そこに柿渋を上塗りすれば定着します。他にも弁柄などは土でできた塗料ですから同様に水で流れます。それにミョウバン水を用いれば定着します。

そもそも明礬(ミョウバン)とは何かと思われると思いますがこれは鉱物を化学反応させてつくられたものです。世界大百科事典第二版によれば「火山の昇華物として産することが多いが,黄鉄鉱の酸化で生じた硫酸のため,長石類が変成して生成することもある。またミョウバン石と呼ばれるものはKAl(SO4)2・2Al(OH)3のような組成の塩基性塩であって,ミョウバンではない。カリナイトやミョウバン石は硫酸酸性溶液から結晶させるとミョウバンが得られる」と書かれます。具体的には鉱脈から採れたミョウバンを炉に入れて焼き、水に入れ不純物を沈殿させてその不純物を取り除いた溶液を加熱し、水分を取り除いて結晶化させたものがミョウバン(硫酸カリウムアルミニウム)となるのです。

このミョウバンの歴史は古く古代ローマでは、制汗剤(デオドラント)、消臭剤、薬品にも多く使用されている原料です。

特にイタリアにおけるミョウバンの歴史は古く、ローマ時代から布の染色の際の色止め剤や、防腐剤、皮なめし剤として大切に疲れました。実際にはポンペイ遺跡からは皮なめしに使われた場所からミョウバンが使われた形跡が残っています。さらにメソポタミア、エジプト、ギリシャが産地だったこともあり遠方から運ばれる非常に高価な輸入品のひとつでした。羊毛業が盛んだったフィレンツェでは染色のためミョウバンは特に重要だったといいます。

現代でもミョウバンを活用する智慧があり、定着剤だけではなくミョウバン水にして様々なところで活用されています。特に殺菌効果は、体臭から、あせもやニキビまで、幅広い肌、体の悩みに効果を発揮しています。さらにお風呂に入れれば簡単にミョウバン泉にもなります。洗濯に混ざれば半乾きの臭いや汗臭さなどもなくなります。

人類はかつて様々な鉱物を研究して活用しましたが、きっと染料の定着からはじまり消臭を知り、肌にもよかったことから繊維や薬となっていったのでしょう。化学というものは、組み合わせによる芸術とも言えます。しかしそこには使われてきた長い歴史があってこそ、真の実力や活用法を見出せるようにも思います。

安易な化学ではなく、人類の歴史が証明する化学を学び直してみたいと思います。

変化と日常

日常という言葉があります。人は何を日常にしているかで、その中心の暮らしが分かってきます。人によって日常は異なり、どのような暮らしを日常とするかでその人の人生の質もまた異なってくるように思います。

苛酷に仕事をする人を日常だという人もいれば、ゆったりと趣味を味わう時間を日常という人もいます。人生のそれぞれのステージで、日常は異なり、それぞれの状況や環境の変化と共に日常もまた変わってきます。

そう考えると、日常とは変化が起きる前の姿になることを言うように思います。よく災害に遭う時、元の日常に早く戻れるようにといわれますがこれもまた変化の前の元の暮らしになることを意味しています。

人間は誰しもが穏やかに心安らぎ自分が過ごせる日々を求めているものです。それが変化があったことで、如何に有難い日々だったかに気づくというものです。

日常というのは、実はとても平凡ですが何よりも感謝や有難さ、仕合せを感じる時間であったということなのです。

人は変化があることで、改めて日常の有難さを知ります。実は当たりまえになってしまっていた日常こそが何よりも幸せな日々を送れているということをです。そう考えると、私たちは日常から離れてしまうことではじめて日常に気づくことができるのです。そして変化があるから、変化する前の状態に気づくということです。

変化というものは、変化する前後で人間はその時々の今の自分と向き合い、自分が何を大切にしているか、どのような人生を送りたいかなどを学ぶのです。

このままがいいといくら思っても、無常にも時は必ず過ぎ去っていきます。変わらない日々はなく、常に日々は変わっていきます。だからこそ変化に対して努力し精進して変わり続ける日々に対して、自分の日常を高めていく必要があります。

それは有難い日々を深く味わったり、かけがえのない日々を感謝で過ごしたり、その日、一日を人生の一生のように真摯に自分の心と共に道を歩んでいく必要があるように思うのです。

変化と日常は自分自身の人生に大きな示唆を与えてくれます。

心がマンネリ化しないよう、日常を磨き、日常を高めていきたいと思います。

意味の存在

世界には様々な歴史があります。その歴史の中には、それぞれに大切な意味があり物語を継承しています。そしてその物語はこの今の私たちにつながりその意味は私たちが世界に伝承することで人類の発展に貢献しているとも言えます。

その物語の中には、人類としてどうあるべきかという挑戦と冒険が溢れています。ある人は、こう生きた、またある人はこう生きたというものが、様々な組み合わせによって遺ってそれを受け継いでいくのです。

これは人類に限らず、すべてのいのちに必然的に存在する使命でもあり生死を度外視して私たちは「どのような意味を存在したか」ということを試みているのです。

その意味は、目に見えて残っているものとすでに消失して目には見えなくなっているものもあります。しかし、その「場」で行われた歴史や意味は確かにその空間に時を超越して遺っているように感じるのです。それは生きている私たちが、無意識に伝承されているいのちの様相であり、いのちある限り様々な物語や意味はずっと続いているのです。

近代に入り、ありとあらゆる人種が融和し融合し混然一体になってきています。数々の意味がここにきて合わさってきているとも思うのです。その中で、伝統というものはそれぞれの意味を純度の高いままに保存してきた記憶媒体の一つでもあるのです。

これらに触れることで、かつての純度の高い精神や魂から確かな意味や物語を継承する人々がいます。彼らは、新しい時代を創造する人類の叡智を使いこなす子どもたちです。

私が伝統の継承にこだわるのも、いくら宗教とか言われても構わずに「場」を伝承しようとするのもまた意味の存在を守るためなのです。これは私だけではなく、いのちあるすべての生命がやってきたこと、人類の歴史を鑑みればなぜ大切なのかは必ず時間が経てばわかることだからです。

意味の存在を見つめることは、自分自身を深く見つめていくことです。残された時間、少しでも大切な意味の存在を伝承できるように伝道につとめていきたいと思います。

人類共通の智慧

昨日は、UBC人類学博物館(MOA)と新渡戸記念庭園に行くご縁がありました。この二つはブリティッシュコロンビア大学の中にあり、緑がとても豊かな広大な敷地にゆったりと佇まいを備えています。

トーテムポールの展示や先住民族によるアートを含め、アフリカ、オセアニア、アジアなど世界の人類学のコレクションを収集し、約53万5000点もの収蔵品を持つ博物館です。とても一日ですべて見学することはできませんが、人類に共通するものを理解するのには充分な場所です。

特に印象深かったのは、世界中の民族の「暮らしの道具」が展示されていたことです。そこには人類に共通する確かな文化や思想、そして生き方や考え方が凝縮されていました。

例えば、工芸品であれば必ず自然物を用いますがその特徴を活かし修繕がきくもの、また自然循環を維持できるもの、その土地の風土で耐えるもの、用途などに合わせてデザインされています。そのデザインからは、具体的な暮らしが想像することができ古代の人たちはどのようにして自然の中で豊かに生活を連綿と続けてきたのかがわかるものばかりでした。

そのほかにも、日本でいうところの鬼や精霊、自然の畏怖などを霊力を宿す大木や巨石、また色などを用いて魔除けや祈り、荒魂や和魂のようなことを祭祀によって行っていました。ハレとケにあるように、暮らしの中で発生する様々なバランスをとるための工夫が文化の中に存在していました。

またこの人類博物館の面白いのは、先住民たちのトーテムポールなどがありその住居などを展示しているところでした。アイヌ民族の住まいを以前、見学したことがありましたがここカナダの先住民の住まいもまた木造建築でありまるで神社のような大黒柱を拵え、棟と梁と屋根を原型に、木の中で住まうように設計していました。その古代づくりは、日本の建築の原型ともいえるように思います。

人類学を深めれば、人類の原型が何かということが次第にわかってきます。人類がなぜ今、こうなったのかを考察するにおいても人類はかつてどうだったのかを考察するのは大変な意義があります。この大学の中にこの建物があること自体が、モザイク社会に挑戦するカナダの未来においても大きな影響があることを実感しました。

そして新渡戸庭園もその近くにあるのですが、日本の庭園以上に日本を感じさせる素晴らしいものでした。何が素晴らしいのかといえば、何を基本に据えて庭園を構成したのかを拝見することができたからです。海外で日本の文化、その庭園というものを定義するときに、必要不可欠なものが存在します。

私も古民家甦生で箱庭を創るとき、これだけは外せないものは何か、そして何を基準委するのかという心得のようなものを自分なりに構成していきました。それはかつての歴史的建造物を観察し共通するもの、その意味や哲学などを学び直しました。

ここの新渡戸新庭園は、カナダにありながらも日本の気候というものを感じられるものになっていました。そういう意味で目から鱗が落ちた思いがしました。むかしの都は風水を重んじて建てられたといいますが、この風水は庭づくりにもまた欠かせないものです。

どのような光が入り、どのような風が吹き、どのように水がゆらめくか、その一つ一つを演出するのに、あらゆる土、火、風、木、石、水などを調和させていきます。その調和の中心に日本の気候を置くというのは大変な叡智であろうと思います。

ここで学んだことを、今後の暮らしの提案と展開に結びたいと思っています。大きな学びの機会をいただき心から感謝しています。

時差ボケの治癒

日本からヨーロッパからカナダに短期間で移動してきましたが時差ボケが酷い状況です。この時差ボケは辞書で引くと、「時差ぼけ(じさぼけ、英語: jet lag)とは、数時間以上の時差がある地域間を飛行機などで短時間で移動した際に起こる、心身の不調状態を称する一般通称。 それが著しい苦痛や体調不良を伴う場合は時差症候群または非同期症候群と呼ぶ。」と書かれます。

具体的には、自律神経がうまく整わず一日の生活リズムが崩れてしまう状態です。寝たいときにうまく眠れず、食事の時間にお腹が空いたりすかなかったり、他にも突然ボーっとしたり、体が上手く動かせなかったりします。

人間は無意識にも時計とは別の時間を持っています。この時間というものは、生命の時間でもあり自分というものの時間です。時計に合わせて生きているうちに気づきにくくなりますがこの自分の時間を持っているからこそ私たちは地球や風土と溶け合うことができるように思うのです。

朝になれば太陽が出て、夜になれば月や星たちが見守る。朝、昼、夜の風はまた異なり、そして自然が奏でる様々な音もその時々で変わります。季節のめぐりと、リズムが自然に適ってきます。これはとてもゆったりと悠久の時の流れです。

しかし短期間に、朝陽を何度も何度も浴び直したり、自然の奏でるものが別の場所で移動すると自分の時間が不調和を起こしてしまうこともあります。脳みそで判断できるグリニッジで統一した世界時間はスマホをいじればすぐに調整できますがもう一つのいのちの時間や自分の時間は簡単に調整はできないのです。

つまり本質的な時差ボケというのは、自然のリズムから外れてしまうということなのでしょう。これは部屋に閉じこもって生活をしたり、自然のリズムを無視して生きてしまえば何処にいても発生するものです。

自然のリズムに合わせて生きることができれば、時差ボケは治癒されていきます。

自然と時差がなくならないように、常に時差を見極める暮らしを味わっていきたいと思います。

先住民族の智慧

昨日からカナダのバンクーバーに来ています。私はまずはじめて入る国には必ず歴史がどうなっているのかを調べる傾向があります。これは成り立ちを知り、原点を理解し、今を観察するのが好きだからかもしれません。

歴史を学ぶということは、その国の生い立ちを学ぶということです。これは人間も同じく、生きていて今何かをするのは必ず意味がありますからその意味を紡いでいくためにも私は歴史を学ぶことではじめて観光の意義があるように信じています。

このカナダという国は、もともとファーストネーションズと呼ばれるネイティブインディアンたちが何万年も前から住んでいた場所でした。またインディアンという名前は、1492年にアメリカ大陸にやってきたクリストファー・コロンブスがそこをインドと思い違いし住民を”インディアン”と呼んだのが名前の由来だといわれます。

またカナダという国名の由来は、1535年ふたりのインディアンの若者がフランスの探検家ジャック・カルチエに「カナタ」への道を教えたことが由来だといいます。「カナタ」は、ヒューロン・イロクォイ族のことばでは、単に「村」や「村落」のことをさすものでした。しかし、別の言い方がなかったために、カルチエはスタダコナ(現在のケベック・シテイにあたる地域)の呼び名としてだけではなく、種族の酋長ドンナコナの土地全体を「カナダ」ということばで呼ぶことになったといいます。そののち1547年の地図では、セントローレンス川の北側全体が「カナダ」と示されそれから全域がカナダとなりました。

こちらでは、先住民のことをネイティブカナディアンともいうそうですがこれも後から来た人たちがつけた名前です。本来は、その土地に住んでいた人たちの場所を奪い国家を樹立するという話はここの国だけのことではありません。日本でもアイヌの人たちのように歴史をも改ざんされた民族もあります。変な話ですが、国を占領した後は先住民を同化政策と称して自分たちの国民になるように教育します。

カナダの「先住民の同化政策」は19世紀にカナダの先住民の子ども達約15万人が教会の運営する「寄宿学校(residential school)」に強制的に入学させられています。そして当時、カナダ政府は先住民を教育するのは自分たちの役目だとし、先住民の子ども達に独自の言語などを禁止させ、英語を話し、キリスト教を信仰するように強要したといいます。1990年代には、多くの教会が先住民に公式に謝罪をして2008年には、当時の首相スティーヴン・ハーパー氏が正式に謝罪をしています。

今更ですが、その国の文化や言語を奪うことを同化政策といって迫害をしているのはすべて後からやってきた人たちです。自然の征服と同様に人類は、動植物や森だけではなく同族の人間であってもすべて占領し征服し洗脳して管理しようとするのは歴史が証明しています。

結局は、イギリスとフランスとの争いからアメリカも入り、今でもその時の問題が政治問題としていくつも課題が残っています。第一次世界大戦、第二次世界大戦によって国家というものができた例はこのカナダだけではありません。

国家というものができる背景には、必ず侵略や征服、戦争が関わっています。先住民族たちは、国家というものがなくても文化を進展させ文明とも上手に付き合い、それぞれの居場所で持続可能な暮らしを維持してきた人々です。

今それをやれとは言いませんが、そこから私たちは大切な考え方や生き方を見習う必要があると思います。なぜなら、長い時間、その場所を大切に守りながら破壊せず、自らの暮らしを守ってきた先達たちだからです。

今回、機会があれば先住民たちの暮らしや文化を学んでみたいと思います。そこから子どもたちに譲り遺したい智慧を伝承してみたいと思います。

有難味

人間は様々な体験を通して「有難味」というものが分かるようになってきます。特に艱難辛苦の出来事に出会う時、人はその中で多くの方々に助けていただいていることに気づき人の有難味がわかります。

この有難味とは、文字の通り苦労の味わいが分かってくるということです。この苦労は単なる労力的な苦労ではなく、親の有難味や友人、ご縁、仲間の有難味といいように存在価値や値打ち、その尊さのことを言います。その尊さとは「存在価値」のことです。

関係がどのようなものであっても、出会ったことがあり、いや出会っていなくてもそこにその人の存在があるから救われるという事実。救われることで私たちはその有難味の存在に気づき、感謝の深い味わいに気づける人になるようにも思います。

人の有難味が分かるようになるというのは、感謝の味が分かるようになってきたともいえます。それは言い換えるのなら、存在価値の味が分かってくるということです。

お互いの存在価値を知るのなら、ご縁というものは何よりも尊いものであることに気づきます。そしてそれは自分というものの存在価値にも気づきます。自分の存在は存在自体で誰かのお役に立てるということ、そしてその存在が感謝の味わいを深くしていくということ。

私たちが生きているというのは、お互いの存在価値を噛みしめていくということなのかもしれません。価値は、何かをしてもらったかどうかではなくその人がそこに居るという価値。そしてその人の生き方で何かをするときに価値が出るという価値。この価値は、何物にもかえがえたい生きているだけで輝く価値でもあるのです。

活かされるというのは、自分の存在価値に気づき、周囲の存在価値に気づくときにこそ顕れるものです。人の思いやりややさしさ、ぬくもりや愛情、いただいたものをさらに感謝で磨いてこれからの恩送りに邁進していきたいと思います。

森の神様

昨日からフィンランド東北地方のクーサモ町にあるイソケンカイステンクラブに来ています。ここはサウナの本場、フィンランドの中でももっとも王道のサウナを提供するキングオブサウナと呼ばれる完全なるスモークサウナです。

フィンランドのサウナの品質を管理する協会「Sauna from finland」から、本格性、清潔性、リラクゼーション性などすべての項目をクリアした品質証明書も授与されているフィンの伝統のおもてなしを体験できる場でもあります。

私はここのサウナマスターからサウナの本質を学び、本物を体験するためにここまで来ました。サ道のタナカカツキさんにして、「ここが一番のスモークサウナ」であると紹介され遠路はるばると来てみるとまさにこれ以上のものがあるのかと心から感じ入りました。

確かに日本のサウナの聖地と呼ばれる「サウナしきじ」も湧き水と温度、利便性など日本人の水との邂逅に感動しましたがこのイソケンカイステンクラブはもう完全に異質です。

一言でいえば、「森の神様が宿る」サウナといってもいいかもしれません。

かつての私たち古来の日本人は、場に神聖なものを見出してきました。神社の清浄な場にいけば心が洗い清められます。同時にあらゆるものを五感で感じて、精神が研ぎ澄まされていきます。それを「杜」とも言います。そこには必ずご神木があり、私たちを永遠に見守ります。

ここの伝統のスモークサウナはまさに、杜で感じるものとまったく同じものがありました。美しい湖、この一帯がまさに神様の澄まう杜でありここで火や水、土や風、日や月、星々などが見事に調和されまさにその中心に「サウナ」があるのです。

大げさに思われるかもしれませんが、私は「場」を研究する場道家です。様々な場を学び、古来からのイヤシロチを創造することをライフワークにするからこそ感じるものがあります。

3年前に、この5つ星を超えた「7つ星」の場をここまで磨き上げたお父様がお亡くなりになり、今ではその娘さんたち2人の姉妹で家族運営されていますがお話をしているといつも身近に父の存在が見守ってくれているのを感じると仰っていました。

その遺志を継ぎ、ここに森の神様と共にフィン人の魂がキングオブサウナになって生き続けていると思うと不思議な奇跡を想い、とても有難く仕合せな気持ちになりました。

私も帰国後、日本人の魂が生き続ける浄化場サウナを建造しますがここでの貴重な体験を活かして先祖に恥ずかしくないように磨いていきたいと思います。子どもたちに、言葉ではなく心身精神すべてで伝承されていくような場を譲り未来への希望の糸を紡いでいきたいと思います。

ありがとうございました、ご縁に感謝しています。

 

共育

自然農の田んぼでお米作りをしていますが、お米の育つ力を信じてどれくらい手を貸せばいいのかに気づくのに何年もかかりました。具体的には、こちらが育てるのではなく、相手だけが育つのではなく、如何に一緒に育っていくか。こういう視点が持てるようになるのにとても時間が必要だったように思います。

育て方や育ち方などのマニュアルは多く出ていますが、「一緒に育つ」というものの考え方はまだ少ないように思います。

本来、生き物は信頼しあい信用し合うことで「共に育つ」ものです。

共に育つからこそ、はじめてどこまで手を貸せばいいかわかり、どこまで見守ればいいかもわかってきます。たとえ、出来が悪くても一緒に育ちあってきた時間はかけがえのないものです。

現在の価値観は結果重視ですから、結果や成果が悪いとすべてを台無しのように扱うものです。しかし実際は不出来であろうが、見た目が悪かろうが、一緒にいのちを燃やし、一緒にご縁を結び、一緒に思い出を共有し合った仲間であり、家族である事実は変わることはありません。

本当の意味での仕合せや喜び、豊かさはこの共育なかにこそあります。つまり古来からの教育とは共育ということでしょう。

自然の仕組みを先生にして私は教育を語ります。私の教育の考え方は、大学で論文を提出して博士になったわけでもなく、世間から評価や名誉をいただいているわけではありません。しかし自然がそうなっているものを学ぶのは、古来から人類の学び方の原型であり、その原点を基準にして今の生き方に反映させていくのが学問の醍醐味だと私は思っています。

教育者ではないのに教育者を語る不届き物かもしれませんが、実際に生きものが「育つ」という真理は、教育者が育てたのではないと私は思うのです。つまり一緒に育ったのです。その育つものを育てたものがもしもあるとするのならそれは「場」が育てたのであって教育者が育てたのではないのです。

そんなことは自然農で稲をつくってみれば必ずわかります。

引き続き、保育の仕事をするからこそ本質が何か、自然がどうなっているのかを子どもたちの傍で伝承していきたいと思います。