土の芸術

いよいよ今月、聴福庵の離れの建築にて念願の瓦葺きを体験するご縁をいただくことになりました。離れの伝統的な日本家屋を自らの手で職人さんたちと一緒にクルーたちと共に取り組めることは本当に仕合せなことです。

床下には今まで自然農や自然養鶏、妙見高菜や埋炭技術で培ってきた発酵場を創造します。そして屋根には、呼吸大学の宮本代表や田口理事長、伝統瓦葺き職人の野殿様の御力をお借りして古来からの伝統技術でもある湿式工法にて葺いていきます。

今回はさらにご先祖様の智慧を結集させ、建て方一つ一つに古来の工法にこだわり、また柿渋や渋墨、ベンガラの塗料、さらに水は井戸水を用い、炭で沸かす風呂も設置されます。板戸や格子戸、無双窓も用いられ、横からの風通しにも配慮しました。

地球には天地があります。天から雨が下に降り、その雨が地中から天に帰っていく、この当たり前の循環を邪魔しないこの聴福庵の新しい建物はまさに日本の暮らしの基礎、日本的精神の理念を体現するものです。

この日本の風土の中で、如何に何百年も持つ建物を建てるか。それは御先祖様が長年様々なことを実験し、さらには日本文化に昇華して子孫へと譲り渡してきたものです。その智慧は、何よりもこの風土で積み上げられたものであり、この風土にまさに適ったものであり、唯一無二のものです。

この風土と一体になったものを文化というのです。

そして日本文化を学ぶのに、この日本古来からの家づくりというものは大変貴重な経験になります。

日本では土を焼いて固めた土器類を「カワラケ」と言っていたそうで「日本書紀」の中で甲冑の事を「カワラ(伽和羅)」と言い亀の甲羅のように固く上を包むものという意味です。日本では屋根瓦は「カワラ」と言い、「カワラケ」は土器類の総称として残ったのではないかと言われます。

この土の文化というものは、かつては縄文時代から私たちは様々な土器を土を用いて創造してきました。瓦と土による湿式工法での瓦葺きはまさに、土の芸術とも言えます。

最近は、左官職人とのご縁も増えましたがその原料である土が今回は屋根の上に用いられ家を守ってくれます。土は地球そのものですから、その土をどのようにご先祖様は暮らしに活かそうとしたか、その技術だけではなくその精神も学び直したいと思います。

子どもたちに確かなものを、また本物を譲り渡していけるように、引き続き覚悟を決めてリスクを選び、真摯に本質を掴み取って伝承していきたいと思います。

 

 

この世の楽園

私たちの会社には社内ガーデンといって植物たちが混植されているところがあります。それぞれの多種多様な花々が、一つのプランターにびっしりと生えているのですがそれぞれはお互いの持ち味を引き出しあいながら元気に咲いています。

一つの花だけをプランターにびっしりと植えてしまうと多様性は失われその分、花が枯れたり元気がなくなったり病気になったりします。同じ場を競争で元気にするか、それとも協働で元気にするか、一時的な元気は前者はありますが持続的な元気さは後者にこそあります。環境というのはそれだけ、花たちの生育においてとても重要だということがここからも簡単にわかります。自然の理法は正直なのです。多様な個性を発揮した方が生き物は元気になるということです。

この多様性というものの言葉の反対は、画一性です。説明すれば様々なものがそれぞれに持ち味を発揮して一つになるのは多様性、何もかも一様にそろえ一つの枠にはめこむことを画一性といいます。

どのような「環境」を用意するか、その環境の前提がみんなと同じでなければならないという状況になっているか、それともみんな違った方がいいという状況になっているか、それはその「環境」となる「理念」がどうなっているかが分かれ道になります。

前者の環境下ではどうやって出る杭にならないように周りに合わせていくか、調和の意味もまたあまり失敗をせずにみんなと同調しながら合わせていき、あまり自分を主張せずに周りの意見に従いながらできることをやって評価されることを最高として仕事をします。しかし後者は、出る杭になってもいい環境があるのだから主体的に自分のやりたいことを周りと合議し、それぞれに強みは活かしてもらい、弱みはカバーしてもらいながら周囲と繋がり絆を結んで和を尊重しながらも独立したままで周りと一緒に働きます。

あまり注目されることはありませんが自分の所属している環境の影響を受けてその人は多様性か画一性かの刷り込みにあっているともいえます。個々で見れば日本では幼少期から一斉画一的な環境の中で教育を受けますから自分からユニークに自分らしく自分を発揮していくのが苦手な人が多いように思います。以前、海外で仕事をしていたときはかえってみんなが主張ばかりしてバラバラであったことも多かったように思いますがそれぞれが自分らしくいることは得意な人が多かったように思います。

しかし本来は、個々が問題ではなくその環境がどうなっているのか、また「その環境を創造する一人としての自分」はどうなっているのかと自反自問することが何よりも大切なのです。それが最初に刷り込みを取り払うために必要な覚悟です。

誰かがつくったものに従う生き方をするか、もしくは自分から参画して「自分が創造する生き方」をするか。人生は自分の人生も含めて、主体的に主人公として創造した方が楽しいに決まっています。

人生を楽しむというのは、その環境を自らで創造していくということに他なりません。どんな場所に産まれ落ちようが、どんな環境があったにせよ、自分から環境を創っていこうと思えばこの世は楽園になります。

この世の楽園を創造するのは自分自身であり、誰かのせいもできず言い訳もできません。だからこそ、一人ひとりが世界を創造する責任者であるという自覚を自分が決心すれば自ずから人生は豊かに楽しくなり、その効果として多様性や持ち味が発揮され世の中が百花繚乱に美しく薫り人々に豊かさがひろがっていくように私は思います。

社内ガーデンを観ながらいつも祈るのは、そんな環境にしていきたいという願いです。会社もまたそれぞれに自分が創っていけばいいのです。自分が創るからこそ愛着が湧き、自分が創っているからこそ創業者なのです。会社は決して社長個人のものではなく創業者たちが一緒に創ったものなのです。愛社精神は社長が与えるものではなく、それぞれが会社を創造する中で愛が育っていくのです。

引き続き、子どもたちの世界が画一化されていかないでそれぞれがイキイキと仕合せに生きられるようにまずは此処から変革していきたいと思います。

 

 

主体性の発揮

人は、主体性を発揮していくことで自分に自信を持てるようになります。自信は受け身で指示待ちのときには育たず、自ら試行錯誤し挑戦していく中で醸成していくものです。そのためには、まず前提にある他人のせいや誰かのせいにするのを止めなければなりません。

アメリカの経営コンサルタントで七つの習慣の著書であるスティーブン・R・コヴィーにこういう言葉があります。

「主体性を持つということは率先力を発揮するだけでなく、人間として自分の人生に対する責任を取るということである。」

この自分の人生に対する責任を取るというのが主体性の本質であり、誰かのせいにするのをやめているからこそ主体は発揮されているのです。

自分にはできないからや、自分には権限がないからや、自分には関係ないからなど、自他を分けて、様々なことを自分の都合で切り分けていたら責任は他の誰かに転嫁されていきます。この世界で起きていることに対する責任を持てるか、時代に対する責任を持てるか、自分が先祖の一人として子孫のために責任を持てるか、社会問題で悲惨な出来事が起きることへの責任を持てるか、など視野の広い人はそのすべてのご縁を自分自身の問題だと捉えて日々の生き方を修正していくものです。

主体性というものは、誰かが何かをしてくれるのをいつまでも待つのではなく自分から進んで問題に取り組み、その問題を自分自身の変革によって解決していこうとする人です。

これを会社に置き換えれば、如何に経営意識を持つか、如何に運営に参加する意識を持っているかで主体性を測れるものです。自分がどれだけ所属している会社=社會に対しての責任を持つかは仕事が決めます。その仕事にどれだけの誇りを持って働くかがマネジメントなのです。

P・F・ドラッガーは、マネジメントの中で働くとは、「企業全体の成功と存続に責任を持つ経営管理者のように企業を見るときにのみ、最高の仕事を目指して自らの責任を果たすことができる」といいます。

ドラッガーはその著書の中で、仕事の報酬は仕事であると言い切ります。そしてそれは満足に軸足を置くのは受け身である証拠であるといいます。つまり仕事は自己満足のためにやってもそれは意味がないといいます。

そして満足ではなく、責任であるといいます。ここに主体性のことが記されます。そのためには責任意識を持てるようになる必要があるといいます。

「そもそも働く人が責任を欲しようと欲しまいと関係はない。働く人に対しては責任を要求しなければならない。企業は仕事が立派に行われることを必要とする。もはや恐怖を利用することができなくなった今日、企業は働く人に対し、責任を持つよう励まし、誘い、必要ならば強く求めることによって、仕事が立派に行われるようにする必要がある」

この立派な仕事が行われるようにするというのは、単なる責任を取れなどという他の圧力で使われるふるくさい責めのことではありません。自分が会社の運営や経営を任されている一人なのだと自覚し、その任された自分に主体性を持てと言われているのです。

仕事は単に満足するためにやってしまうのは受け身である、そうではなく意味がある本当の仕事は自分が自分に責任を持つことであるということでしょう。主体性を発揮するというのは、自分の人生を他人や誰かにゆだねるのではなく、自分がやったことが会社を創造し、自分の一挙一動が日本をも変え、そして自分の人生が世界に貢献していることを自覚し目覚めよということだと私は思います。

言い訳をやめて、誰かのせいにするのをやめれば、すべての問題は自分が解決しなければならなくなります。そうやって自分の責任であると受け止めるとき、それまでの生き方ががらりと転換されていくものです。

最初の一歩を踏み出すのは、今ここは自分が創っている大切な一員であるという自覚意識を持つということです。自分がやっていいのかではなく、自分がやると決心することなのです。

独立自尊、独立不羈の精神があって主体性は発揮されます。

会社にとって大切なのは、そういう人財が育つような「場」があるかどうかということが何よりも重要なファクターになります。そしてその「場」とは、空間のことですがその場づくりの仕組みこそが主体性に気づく環境になります。

引き続き、主体性を邪魔する刷り込みを深めながら様々な仕組みを試行錯誤してみたいと思います。

自信を育てる

人間は出来事が起きてもその捉え方は全く異なるものです。ある人はネガティブに物事を捉えていればそういう出来事であったと感じるものだし、またある人はポジティブに物事を捉えればそういう出来事であったと感じます。

つまりは物の見方というのは、その人の心の捉え方そのものでありその捉え方が異なれば事実も全く異なるということです。これは当たり前だと思われますが、この捉え方といった心の大前提がどうなっているのかを確認しなければ物事が好転したり、事物を転換したりすることができないのです。

例えば、物事を評価するときに減点的に見ると何が不足したのか、何がよくなかったか、どうすれば100点になるのかを考えます。これはすでに起きていることはマイナスであり、そのマイナスをどのようにすればプラスにできるかを考えます。すでに自己評価は低く、その低いものを少しでも上げようと考えるのです。

しかしこの逆に加点的にみると、何が足りているのか、何がよかったのか、どうすれば善かったものをもっとよくできるかと考えます。これはすでに100点であり、さらにプラスしていけるのは何かと考えます。自己評価も高く、その高いものをもっとどうすれば活かせるだろうと考えます。

この物事の捉え方というのは、その人の自信を顕します。

自分はこのままでいい、今の自分にはこれが相応しいと、ありのままの自分を認め、そのうえで自分の強みをどう伸ばしどう活かすかと常に考えて周囲のために自分を使ってもらおうと考えるようになります。そして弱みは、誰かに助けてもらうことで他人の強みをも活かそうと考えます。自分がいつも誰かのお役に立ちたいと利他に生きる人は自然に考え方も加点的になりポジティブになっていくようにも思います。

人間が自信を失い誰かと比較するのは自分ばかりを見て自分が評価しているからです。自分がダメだからとか、自分はできそこないだとか自分を卑下して自己否定ばかりをするのをやめ、自分は自分のままでいい、この自分の持ち味のままどうすればみんなのお役に立てるかと肯定的にやっていくことが大切だと思います。

自己肯定感が低いのは、誰かと比較するからであり誰かからの評価ばかりを気にして生きているからです。自分らしく生きることは、周りの人たちにも自分らしくいることを奨励する生き方であるし、自分がもっとも自分らしくいれば周りも自分らしくいていいと安心するものです。

比較するのをやめ、それぞれに持ち味を発揮していけばお互いの存在は無二であることを知り、仲間や家族があること、繋がり団結できることに感謝の気持ちが湧いてきます。人を信じるというのは、まず自分を信じることからはじまります。そして信頼とは、自分の強みを活かし弱みをカバーしてもらうときに深くつながります。

相手を自分の思い込みで裁いたり疑ったりするのもまた、自信のなさから発生してきます。自分を誰かと比較するのをやめ、周りが困っていることに自分の強みでカバーすることに自信を持ち、自分が困っていることで周りのカバーを頼めるような自信を持ち、本物の自信に育てていくことが自分を信じれるようになるプロセスのように思います。

人間は誰もが世界で一つのユニークな存在なのだから、子どもたちもまた同様にユニークな天性をもって生れています。それぞれがそのユニークさを存分に発揮して天分を活かしていく福世かな世界になっていければと願います。

本物に極まる

幼苗期の高菜には、昨日ブログで紹介したカブラハバチのほかにもナガメやハムシ、アブラムシなど他にも多種多様な虫たちが群がっています。先日も畑の手入れをしていると、高菜の周りにテントウムシがいることを確認できました。

このテントウムシは越冬をする虫で、春先に大きな高菜の茎の間にそのまま挟まっているものもたくさん見かけます。アブラムシを食べながらそのうち、寒くなり茎が大きくなり挟まって動かなくなったのかもしれません。どちらにしても、どれが益虫でどれが害虫かと選別しなければ畑は虫の楽園です。

しかし今では、ほとんどの畑で農薬を散布しますからこういう光景はあまり見れなくなっています。たとえ無農薬だといっても人間都合で自然のバランスが崩れるようなその他のやり方でやっていたら虫たちはまたいなくなってしまいます。

大量に収穫したり、全部取ろうとさえ思わなければ残った分を収量と思えばそこまで他の生き物たちを押しのけてまでとは思わないものですが人間は自分が全部すべてを取ってしまおうとするところに欲深さがあるように思います。

現在は、漁業でも農業でも自然にあるものを全部搾取しようとします。そうやって取りすぎて絶滅している動植物も多いのですがそれでもまた全部取ります。そして取れなくなったらその場所を捨てて別の場所に移動します。かつては世界は広く、そこで多少搾取しても数年経って、あるいは数十年で戻ってくれば再生していたのでよかったかもしれません。しかし今は世界は狭くなり、人口は増えていますからこのままでは何十年何百年も再生に時間がかかってしまうかもしれません。

さらには養殖をはじめても、大量の抗生物質や薬剤を散布し遺伝子を組み替えて化学配合飼料によって増やしていますがそれもまたその場所が枯れてしまえば他の場所で養殖をしています。全部取りつくすという発想は、人間中心の考え方であり自然はみんなで分け合っているのですから大自然の法則から乖離していきます。

私のやり方は、野生のままに育てながら高菜を見守りながら自分が収穫する分を他の生き物たちと分け合って譲り合っていくように育てます。確かに収量は減りますし、また大きくはなりません。しかしその育ったプロセスは、周囲の生き物たちを活かし、私をも活かし、自分自身も元気にいのちを充実させていくという生き方をした野菜になります。

その野菜を食べると、そこは味に出てきます。

人間の都合よく便利に育てた野菜は、深い味がありません。しかし自然の中で厳しくも暖かい真心をふんだん浴びて育った野菜は、見た目にも元気がありますし愛情をかけられた分、愛情が表に徳として顕れてきています。それは色や艶にも出ていますし、瑞々しく強い肌にも出ていますし、しなやかさや丈夫さ、そして新鮮さの持続でも見て取れます。

味わいというのは、プロセスによって醸成されるものです。

本物の野菜を育てるには、本物を知らなければなりません。そういう意味で農というものは私を磨き、本質を高めるためにとても参考になる最高の先生です。引き続き先生の教えに従って、本物を突き詰めて本物に極まっていきたいと思います。

猪突猛進?

昨日は、自然農の畑に今年2回目の妙見高菜の種を蒔きました。昨年は、虫に食べられさらにはイノシシにあちこち掘り起こされ見るも無残な状態でしたから今年は丁寧に見守りながら畑の手入れをしています。

しかし昨日、また見に行くとイノシシが鉄柵を2か所突き破り、突き破ったところから反対側の柵まで一直線に猪突猛進しているのが痕跡に残っています。何回も突進したというよりも、一度の突進で鉄柵が曲がっていましたからすごい力です。

ちなみにこのイノシシとはニホンイノシシのことです。

イノシシは成獣で、体長は100cm~170cm、体重は80kg~180kg程度の大きさになります。 体毛は明るめの茶褐色~黒褐色をしていて、色は個体差があります。そして走れば時速40km、垂直ジャンプならば1m以上を飛ぶという脅威の身体能力があります。さらに大抵の生物は鼻先が急所ですが、イノシシの場合は鼻先は強靭な武器です。 その硬い鼻先で重さ70kgの岩をも動かします。さらには泳ぎが得意で、犬かきのような動きで池や川を、時には海を泳ぐこともあるそうです。毎年中国地方から四国まで瀬戸内海を泳いで渡るイノシシも発見されています。すごい野性ぶりです。

そしてニホンイノシシは雑食性で普段は植物性のものを食べていて秋になれば冬を越すためにドングリなどの木の実、果実、タケノコ、地下茎、芋などを食べ体力を蓄えます。 動物性のものでは、ヘビやカエル、ネズミ、ミミズ、土中の幼虫などを食べます。

イノシシの天敵は、幼少期はキツネや野犬、フクロウ、カラスなどですが成獣になってしまえば現在の日本においては敵なしです。昔はオオカミがいましたから、成獣でも天敵がいたかもしれませんが今では鹿と同じく増え続けています。

このイノシシにまともに立ち向かっても勝てないので、対策として鉄柵をしましたが頭もよく賢いのでこうも毎年破られては大変ですから色々とこちらも相手のことを調べては知恵比べをしています。畑の中にあるサツマイモが狙いみたいなので、収穫までが勝負であとは柵を破ってこないのでこの先また破られたら来年は別の場所にサツマイモだけを移動させていこうと思います。

文献を読み進めると、農耕社会がはじまってからイノシシやシカによる農作物の被害はずっと続ているようです。江戸時代の文献では、戦国時代くらい前からの鉄砲による追い払いや鹿威しの設置など、さまざまな対策が取られています。

人間の数が圧倒的に増えてからかもしれませんが、お互いの境界線を超えて生息地域が重なるとお互いをどう尊重していくかが課題になります。人間だけが生きているわけではないのだからどう調和していけばいいか、色々と考えは尽きません。

引き続き、7年目になる妙見高菜を見守りながら自然から学び直していきたいと思います。

 

 

木と水はいのちの父母

以前、佐賀の老舗漬物店で譲っていただいた50年前の奈良漬けの大樽を加工して聴福庵のお風呂に甦生したのはブログで紹介しましたがその際に半分に切ったものが桶屋さんに置いたままだったのでそれを受け取りにいきました。

だいぶ壊れてしまいましたが、これをまたみんなで別の活かし方がないかを考えて甦生していきたいと思っています。

昨日は桶と樽の違いについてじっくりと話をお伺いする機会もありました。最近ではあまり見かけなくなった桶や樽には、その用途にも違いがります。簡単に言えば日常の暮らしの中で身近に置いてあるのが桶です。そして樽は、酒・醤油などを入れ、保存・運搬などどちらかといえばお店や業務用として用いられました。

また樽は蓋が閉じられた容器が多いのに対し、桶はおひつや寿司桶など蓋が閉じられていない容器であることが多いです。また側板に板目板を使うのが「樽」であり、柾目板を使うのが「桶」になります。この板を横に切るか縦に切るかは木の特徴を活かし、水が滲み出すか滲み出さないか、蒸発するかしないかなど見極めています。

そうしてみると酒樽や醤油樽は、水を用いますから水が滲み出さないように板目でなければなりません。そして水を長期間保管し長く使うものだから樽となります。そして桶は水気をなるべく通し乾かすためには柾目であった方が水が滲み出し使い勝手がよくなります。また鉋をかけて表面を滑らかにし、乾きやすく短時間何回も使うものが桶になるのです。

桶職人や樽職人は、木の職人ですが木を活かす精神を持つ日本文化にとって本当に譲り遺したい大切な技術を持った方々であるのを改めて感じます。現在は中国をはじめ東南アジアから機械で大量生産され表面を化学塗料でコーティングされた桶がたくさん輸入されて価格が壊れて古来からの伝統の技術も職人さんたちも失われてきています。私たち日本人が本物に触れて日本の文化を守ってほしいと祈るばかりです。

また最近は日本文化を深めていると、この日本が木と水によって醸成されてきたのがよく分かってきました。森を活かし杜を守る、神社がこれだけ全国各地にあり土地の水と木を大切にしてきたのはこの日本の風土の中心に常に「水と木」があるからです。

この森は、あらゆる生き物たちを活かす存在です。そこから流れていく水が、最後には海のあらゆる生き物たちを繁栄させていきます。森があるから肥沃な風土が豊かになり、木の一つ一つがその森の役割を果たします。私たちの親祖が山をカミとし、山を守るのはいのちの源を育む生き物たちの父母なる存在であるためにです。木と水はいのちの父母であるからその信仰もまた山から起きるのは山には結びやいのちの原点が存在しているからです。

話を戻せば現代は便利な石油製品が出回り、プラスチックや金属、コンクリートで埋め尽くされましたが本来は林業を通して私たちは里山での暮らしを実現させ木や水を上手に活用して自然の豊かな恩恵をいただいて末永く生きてきた民族であったともいえます。

その智慧の結晶ともいえる代表的な道具がこの樽や桶であり、この道具を通して私たちは先祖の生き方や智慧を伝承してきたともいえます。そしてまさに自然循環の道具のシンボルともいえる桶や樽が身近にあるのは私たち日本人が古来より循環の中で水と木と共生してきた民であるというシンボルでもあります。

聴福庵には、100年以上前の桶がいくつもありますが改めて懐かしい道具に触れることで心が安らぎます。失われていく日本文化の中で、失われずに残っている日本文化の伝承者としての職人の皆様の踏ん張りに心が打たれます。私もその道具や智慧や生き方を学び直し、後世の子孫たちに先祖たちの偉大な真心や智慧を譲れるように真摯に実践を積み重ねていきたいと思います。

無常流転

世界というものはお互いに影響を与え合ってそれぞれの文化を高めていくものです。国の違いを超えて、また人種の違いを超えて、私たちはお互いから学び合い、水が万物を融和していくように一つのものになっていきます。

この文化を融和するというのは、振り子のように右へ左へと揺れ動く中でどこが中心であったのかを知ることに似ています。あるいは、螺旋のように円く回っているようで確かに上下に巡りながらどこが中心であったのかを知ることに似ています。

同じように行き来しているように見えても、それは単なる行き来ではなく其処には確かな文化の融和があるのです。歴史というものも等しく、私たちはいろいろなことを体験しその体験を融和しながら文化を創造し続けていきます。まさに諸行無常であり、万物流転しているのです。

この無常流転の仕組みは、中心に「いのち」の存在を感じるものです。

私たちはカタチがあるものにどうしても囚われがちですが、カタチがないものの中に中心があります。すべてが調和している場所、すべてのバランスを司っている空間、そこに全ての中心が存在しています。

この存在があるから無常流転が繰り返されるのであり、この存在の周りで私たちは様々な体験や邂逅を経てお互いに影響を与え続けてその中心を存続し続けるのです。

つまりその存在とは何か、それは心です。

文字通りこれは心が中であると書いて「中心」と読みます。

この心が無常流転の正体であり、私たちは心を中心にして万物が流転していることをはじめて自覚自悟することができるのです。

自己の対話や、世界との調和を繰り返していく中で私たちは心を育み続けていきます。自己とのバランスが崩れれば世界もまた不調和になります。調和と不調和もまた心のなせる業です。

禅の教え無門関第十九則に「平常是道」があります。

この公案の私なりの答えは、道は心の中であるということです。

引き続き、心を澄まし魂を磨き道を精進していきたいと思います。

天との対話

老師の遺した有名な言葉に、「天之道、不争而善勝、不言而善応、不招而自来、然而善謀。天網恢恢疏而不失。」があります。これは「天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、招かずして自ら来り、然として善く謀る。天網恢恢疏にして失わず」という意味です。

天に問い、天が見ているとし、ありのままであるがままに生きる人は正直の徳を磨いていきます。この正直の徳とは、自分の心を天に映す鏡として鑑照する生き方を実践していくということです。

私が尊敬する吉田松陰は、その辞世の句で「吾 今 國の爲に死す 死して 君親に 背かず。 悠悠たり 天地の事 鑑照 明神に 在り。」といいました。

これは意訳すると「私は今、故郷の国のために命を捧げ死んでいきます。私は死ぬに際しても親祖や恩君へ対する道に背くことはありません。悠久に続く天地のことだからこのことは天が観てくださっている、八百万の神々、どうかご鑑照ください」と。

天が観ているという心境は、自分にとっての都合や損得、その他の利害などを優先しているのではなく文字通り天に問い天が見ているとし天の基準に沿って歩んでいくという道の生き方です。

天が見ているという生き方はとても明るくのびのびした精神を持っています。そこには自己を中心に裏表があるのではなくそのままの自分を天に見てもらっているという偉大な安心感を持っています。

自分の心に正直であるか、自分の心は真心のままであるか、それは自分ではわからないものです。だからこそそこを天に問い、天がどうなさるのかの判断にゆだねて任せて生きていくのです。

私自身もいつも真心で生きたいと思っていますが、果たしてこれが真心であったのかどうかわからないことばかりです。しかし天が見てくださっていると信じて、天の判断に任せてそれをすべて受け入れて受け止めると覚悟を決めて歩んでいけばそのすべては天の采配であったと直観し、これでいいとすべてを丸ごと受け容れることができるように思います。

この天の采配とは、偉大な天の真心に触れるということです。

吉田松陰は生き死にが判断基準で良し悪しを考えたのではなく、まさに天の采配のすべてを信じて道を貫いたのでしょう。

最後に、常岡一郎氏にこんな言葉があります。

「宝物は大切にされる。危険なところに置かないように心を配る。人の世の宝と仰がれる人がある。そんな人は自ら求めてなくても大切にされる。心の使い方の美しい人はよい運命に守られている。危ないところから遠ざけられている」

吉田松陰は俗世にまみれてなお魂を磨いて俗世の穢れを取り払い、澄んだ心を磨き切った宝だったように思います。今でも大切にされるのは、その心の使い方が美しかったからです。生き死にが問題ではなく、天命のままにやり遂げたというところに運命から守られたという余韻を感じます。

このように死してなお今でも燦然と輝き続ける吉田松陰の魂のように、天は必ずその人の天命に沿う生き方を未来永劫変わらずに応援してくださいます。私の歩んでいる道はかんながらの道、悠久の八百万の神々と共に往く道ですから常にその古の神々がいつも見ているとし天との対話を続けて歩んでいきたいと思います。

生き様

人間はその時々において学び方というものがあるように思います。例えば、様々な知識を詰め込んでいろいろな人に会って智慧を獲得していくという学び方があります。そしてその学んだ智慧を今度は、後に続く人たちやこれから学ぼうとする人たちが獲得できるように伝承していくような学び方もあります。

学び方というのは、つまりは道ともいいますが古来より受け継がれていくものであり知識や智慧というものは伝承されて次世代へと紡がれていくものです。

それを伝統文化ともいいます。

この伝統文化は辞書には「世代を超えて受け継がれた精神性」「人間の行動様式や思考、 慣習などの歴史的存在意義」と書かれています。

学び方というのは、生き方ですからその人の生き方が伝統として世代を超えて受け継がれていきます。

何を遺していくか、何を次世代へと譲っていくかと考えるときに、私はこの伝統文化の価値の偉大さを感じます。

会社や組織は、もって100年とも言われます。日本では300年以上続く老舗が400社以上あるともいいます。形あるものはいつかは必ず滅びますが、日本ではそういう伝統の精神が引き継がれて今にまで続くものが多いといいます。そこには道があり、その職種職業にも生き方があったからに他なりません。

例えば親祖の伊弉諾や伊弉冉をはじめその後に和を理念とした聖徳太子、国風文化の礎となった菅原道真などの生き方は、世代を超えて今でも私たちの暮らしや思想に影響を与えています。名前をいちいち思い出さなくても自然に自分たちの血肉となり精神となりいつまでも私たちの生活を見守り続けてくださっているようにも思います。

この伝統文化の偉大さというのは、生き方が継承されていくということです。

自分の生き方を遺すという偉業は、遠くの先まで観通し長い目で観て今何をすべきかということを問い、先人からの智慧を次世代へと揺るぎなく紡いでいくための徳行でもあります。

自分の身の心配よりも、世代を超えて子孫たちのことを慮る心はすべて思いやりから発心しているものです。

こういう志事に関われることは人生の一大事であり、何のために生まれてきたのかという答えを生きていくという生き様です。

引き続き生き様を優先し、その生き方を貫く人たちを支え、自らのその学び方生き方を高め続けて精進していきたいと思います。