仕事はリハビリ

先日、ある高校生が会社見学に来て私たちの初心会議に参加してくれました。その高校生は、学校生活をイキイキと楽しんでいるだけでなく社會のことや未来のことに深い関心を持ち、自立してどのように生きていくかを積極的に模索されていました。

特に印象的だったのは若さですが、若いというのは年齢だけではなく柔軟性があるということです。自由に物事を考える力があり、なんでも固定概念に縛られず納得いくまで行動しようとするところにその人物の可能性を大きく感じました。

論語に「学べばすなわち固ならず」という言葉があります。ユダヤの格言にも「柔軟性を持っている者は、いくら年をとっても若い者だ」とあります。常に何か変化しようと日々を学ぶ人は、固執して頑固になり固定概念に縛られることが少なくなります。

過去の刷り込みにいつまでも囚われるのは変わりたくないという感情の束縛であったり、新しいことに飛び込んでいくと柔軟に対応することが増えて大変だからいやだとか、歳と共に変化を嫌がって硬直していくものです。そのうち生き方も頑固になってしまい新しい考え方や深い生き方に出会っても学ぼうともしなくなっていきます。

しかし時代の変化と共に、価値観も変わり、同時に常識も変わりますから昔良かったことがいつまでもそのままよかったことであることはありません。あるとき、気が付けば突然に世の中の常識が変わってしまい、昔は難しかったことができる世の中になっていたり、昔は認められなかったことが認められるような世の中になるのです。

そういう中でも大切なのは、常に柔軟性をもって自分を変え続けて創造し続ける自分を育てていくということだと私は思います。そのためには、日々の変化に挑戦し、自らを毀し続けるために新しい未知の世界へ飛び込んでいく勇気、そして常に自分はわかった気になっているのではないか、自分は間違っているのではないかと、今の自分を疑い、新しい自分を発見発掘していく努力によって自己維新していく必要があるように私は思います。

固定概念に縛られいつまでも昔のままに自分に固執してしまえばそのうち時代と合わなくなってきます。大事なものを守りたいのなら、それ以外のものはすべて柔軟に対応するという心構えがあって自分は変化していきます。いつまでも自分のプライドや自分の保身ばかりで構えていたら変化する切っ掛けも失ってしまいます。

そういう意味では仕事は常に世間や時代の象徴でありますから、仕事を通して自分を磨き維新する砥石として自分を変えていくことこそが本来の時代の変化に適合させていくというビジネスの本懐のようにも思います。

仕事はリハビリというのは、自分が時代に合わなくなったきたものを柔軟にしていくリハビリであるということです。

新しいことに取り組むことがリハビリになりますから、生き方や考え方を学び直し、さらなる柔軟性を磨き新鮮さを持ち続けることが一生自分を役立てていく力になると思います。

引き続き、子どもに学び、子どもが憧れるような素直に柔軟な心と魂を磨き育てていきたいと思います。

勇気の価値

なんでもそうですが新しいことに挑戦するのは勇気が必要です。この勇気は出そうとして出てくるものではなく、やっているうちに積み重ねて出てくるものです。昔から勇気は振り絞るものとありますが、ないものをみんな振り絞って取り組んでいくのです。

よく叱られるのが怖いとか、周りにどう思われるか心配とか、そういうことから言われたことしかできなくなったり、言われていないことはしなくなったりという態度をとることがあります。人は経験したことがないことには消極的になるものですが、その目的の意味を正しく理解すれば自分なりに行動していくこともできるようになるものです。

私の場合は、何のためにということをまず考え抜くようにしています。その自分の行動の判断基準が何のために行われるのかを正しく理解すれば、やったことはすべて無駄ではなくその目的につながっていると実感することができるかです。

無意味というものは目的が定まれば一切はなく、失敗という経験もまた目的に向かうための大切な体験の積み重ねの一石を投じたことになるからです。

教育の刷り込みによって、組織や集団の中にいれば言われたことしかやらない、言われていないことはしないといった歯車のように動くことを正しいことを思い込まされてしまいますがそうなれば自分で考えることをやめてしまいます。与えられた仕事だけを仕事だと思いこみ、何も言われなければこれでいいと信じ込んでいたりもします。目的を考えるのは上の人で、自分は言われたことをやればいいという心理は、目的を忘れた心理です。

大きな目的があるから人は勇気を出せますし、私の場合は子ども第一義という子どもの憧れた生き方や魂を磨くためにと思えば難しいことであっても不安や心配であっても、それがきっと子どもたちの未来に一石を投じるはずだと前のめりに歩んでいきます。

一歩進んで内省し、また一歩進んで内省すればその体験がすべて新しい経験になっていくことに気づきます。経験が少ないからわからなかったものも、経験を積み重ねることによって次第にコツがわかってきます。

コツがわかるまでやるというのが、経験をものにしていくことであり、分からないことはしないというスタンスはそこにはありません。分からなくてもやってみようと思ったり、やるなかで学んで深めていこうと成長を優先する生き方は、長い人生においてその質の明暗を分けてしまいます。

大きな使命や目的に日々に生きる人は、日々のすべてが挑戦であり、日々のすべてが勇気の連続であり、日々のすべては目的に達するための貴重な一歩です。

引き続き、誰もやったことのないことに挑んでいくのだから先入観を持たずにありのままに来たものを受け止めてそこから学び、新しい経験の上に立つ未来を信じて歩みを味わっていきたいと思います。

伝統的な梅干し

先日から梅干しをつけて深めていたらなんと80年前の梅干しをある方から分けていただくことができました。この梅干しは、その方の御祖母さんが嫁いできたときに樽でつけられた梅干しです。

それまで梅干しは何年食べれるのだろうかと疑問に思っていましたが、調べてみると数百年持つものもあるということで驚きました。早速食べてみると、表面は黒い鉄のようですが酸っぱくなく古酒やワインのようで、その和かで優しい味に驚きました。

現存する最古の梅干しは奈良県の中家にある梅干しで、1576年の安土桃山時代に漬けられたものと言われています。441年前の梅干しというのはどのようなものか、ぜひ一度は食べてみたいと思いますがなんとそれより以前の室町時代の梅干しもまだ現存しているという説もあるそうです。

現代では調味梅干しといって添加物や保存料、はちみつや旨味成分などが入っていたり減塩タイプのものになっているので消費期限を約3ヶ月から半年くらいで設定されていますからその刷り込みで最初は数年くらいしか持たないものだ思い込んでいる人も多いように思います。しかしそれは添加物や保存料のせいでかつての伝統的な製法でつくれば数十年から数百年持つということが梅干し本来の凄さです。

防腐効果がある伝統の食品に保存料を使うという愚をなぜするのかと疑問に思いますが売れればいいと舌先三寸の味に走ることでそれまでの梅本来の智慧や徳が観えなくなるのはとても残念なことです。

伝統的な製法で昔の塩をつかい、手作りで塩分濃度を20%に保てば何百年も持つという真実を聴いて、改めて梅干しの防腐効果の偉大さに尊敬の念がこみあげてきます。梅干しはかつては日本人には欠かせない薬だと思っていましたが、この80年ものを食べてみてはじめて私も梅干しのことを本当に信じられた気がします。

高温多湿の腐りやすい日本の風土において遥か昔から病気の予防や、薬として先祖たち、多くの人が愛用し続けてきたこの梅干しは至高の智慧の結晶であり、自然防腐の仕組みを内在した健康食品であったということです。

どんなものを今まで食べてきたかということの中に、梅干しがその真ん中にあったことを感じます。梅はずっと私たちを見守り助けてくださってきた木であり、その存在と同じくらいその徳を尊重して大切にしていこうとした先祖の信仰心には頭が下がる思いがします。

今回の梅干しのご縁で改めて発酵の魅力を再発見するとともに、伝統的な梅干しを天神祭に向けてさらに深めてみたいと思います。

 

和道

天神祭の準備を進めていますが、孔子と菅原道真公の生き様と生き方に共通点が多いことを感じます。共に憧れの君子に向かって学問を求道し、子孫たちへ人類の目指す理想に向けての光を照らし今でも私たちを見守ってくれている存在になっています。

孔子は中国の人物ですが、論語を通して私たちはその教えを血肉にしてきました。日本人というのは、「和」という言葉にあるように、他を排斥せず、他を鵜呑みにせず、他を尊重して混ぜ合わせ渾然一体にして文化と溶け込ませていく民族でもあります。

澄んだ水に、あらゆるものが溶け込み受け入れるようにその寛容で素直な精神が私たちの根底を支えています。自然のようにゆったりと悠久の流れの中で、自ずから最適化していくようにお互いの持ち味を活かしあい和合するのが私たちの文化の原点です。

そもそも風土で醸成されたものは、その風土が象ったものですからその風土の適性を帯びています。それが別の風土に移動するとき、その風土に適した人物や存在が新しく顕れ、古いものが甦ります。

こうやって自然は、何度でも甦りを繰り返し、その風土の時の流れと一体になって生き続けていくのです。教えや智慧もこの自然の仕組みがあり、ただ外からそのままになって入ってきたものは風化しますから風化しないように日々に手入れを行い、時々に生まれ変わり新鮮さを維持し続けていくのです。

私たちは同様に、日々に増えていく文化や文明に対してそれを温故知新し続けていくことで本来の姿をいつまでも守り続けていきます。それを伝統といいますが、それを伝承するためには時代の変遷の中で何度も原点回帰を続けて和製にしていく必要があるのです。

言い換えるのなら、その時代時代の通訳者が必要になるということです。何が本質かというのは、その時代に生きる人が翻訳し通訳しなければなりません。そして本物のであり続けるために、その意味の解釈が正しくできなければなりません。

目指す生き方が同じである人が、時代時代に顕れ、同様に自分の人生で体験したものをその時代の人たちに示していくから受け継がれていくのです。

天神様は、人物が神様になったものです。

これはどのような生き方を目指したか、その生き方の先に神様が在るということです。ここの神様の神は「カミ」のことで本来、日本人は宗教とかどうこう分別する前に、太古から暮らしを通して息づいている自然の存在をカミとしその道から離れないように生きていこうとした民族です。

だからこそそうやって生きた存在をカミとして称え祀り、その生き方を模範にしていこうと祈り継承し続けてきたように私は思います。

天神様は、学問のカミですから何のために学問をするのかをその存在から私たちは気づかせていただけるように思います。

引き続き、子どもたちのためにもこの時代のかんながらの道を伝承する民族の独りとして実践しながら伝え遺していきたいと思います。

天神様の生き方~和魂円満~

来月の天神祭にあわせて準備を進めていますが、改めて菅原道真公の遺徳を感じることばかりです。もう1100年以上前の人物が、今も大切に祀られ子孫である私たちを見守ってくださっているだけですごいことですが、至誠の神だけでなく、雪冤の神、正直の神、文學の神、書道の神、相撲の神としてあらゆる分野で先祖たちは畏敬の念をもって接してきました。

また「和魂漢才」といって、日本固有の精神をもって外国から伝来した学問を活用する模範となった方でもあります。

人生としてはたったの57年ほどのもので、その最後は冤罪によって大宰府に送られましたが真心が天に通じてその後に人々に至誠を盡すことが大切であることを生き方で伝道された方でもあります。

その切り拓かれた道を、後世の人たちがその時代時代に続いてきたからこそ今もその恩徳や霊験が大切に信仰として遺っているように思います。

江戸時代の復古神道の大成者の平田篤胤が記した「天満宮御伝記」というものがあります。道徳の規範として、菅原道真公の生き様、またどのような恩恵があるかについて記されます。

「仰天満宮世に在ませるときは、第一に神を尊び御二親に御孝行にましまし、君にはよく忠義を盡し給い、もの読み手跡を好み給ひ、御心正しく直に坐ませる故に、神となりても世人の忠孝の道を守らず正直ならざる者は悪み給ひ、読み書きをきらふ物をば恵み給はねば、能能親の示し、師匠の教えを忘れず守り、主に事へては大切に勤め心を正直に持ちて偽はる事なく、読書手習ひに精出して、天満宮の御心に叶ふやうに心を持つべし、もし此事を守らざれば、天満宮の御罰蒙りて遂には禍を受べし」

とあります。

何を大切にすることを天満宮が示したか、どのような生き方をすることが学問の意味であるか、千年を超える信仰の中に私たちはこの教えにより繁栄を続けてきたことを実感します。

小さな島国において、和魂を盡しつつその才を活かし伸ばすということが風土が顕現した学問の原点です。

私は「和魂円満」という言葉を用いますが、この円満は天満と同じ意味になります。八百万のものを受け容れながらそのものを丸ごと活かす境地こそ、学問がある高みに達してその学問を大成した証になるように私は思います。

天神様の教えが、如何に幸福な生き方を私たちに伝承されてきたか。日本人が今の日本人になるために偉大な師匠であったことを改めて実感します。生き方や生き様な燦然と輝く天満宮を、古民家甦生信仰の柱にしたいと思います。

風土

私たちはそれぞれに住んでいる国の風土があります。その多様な風土の中でそれぞれの文化が発生し、その文化によってその国の人々の暮らしの個性が出てきます。

世界には風土の数と同等数の多様な民族や暮らしがあり、それを継続して発展させて文化にまで昇華したものが伝統というカタチになって遺っているのです。

現在は、世界の国々でもともとあった風土とは異なる文化をそのまま移設しようと試みられていますがそのことによりその風土にあった「場」が失われてきています。同時に、場が失われれば文化もまた減退していきますから民族の個性や暮らしも失われていきます。伝統が消えていくというのは、その国の風土や文化が消失していくということに他なりません。

伝統文化において大切なのは、場と間です。

どのような風土の中で、どのような経過を辿ってきたか、それが混然一体となって和が産まれます。

日本には産霊や結びといった、あらゆるものが混ざり合い産まれる和という信仰があります。これは風土が他を排斥せず否定せず、お互いを尊重し合って一つのものになるということです。

これは日本の風土が、小さな島国の中であらゆる多様な気候の変化を受け容れることにもよります。こんなに小さな場所でも、この日本は非常に複雑で新鮮な風土環境を持っています。それは台風や地震、火山やあらゆる自然の猛威を潜り抜けている場所ともいえることでもわかります。

私たちはこの場に住んでいますが、今こそこの場を改めて見つめ直して学び直し、価値を再構築し再発見をする必要があるように思っています。

なぜなら世界は今、大きな岐路に立たされておりこの先の未来のためにも自分たちがどのように伝統を守りそれぞれの個性を互いに尊重して一和していくかが問われているからです。

風土を無視して同じ色に塗り替えるということが世界が一つになることではありません。多様な風土があるように多様な民族や伝統文化、暮らしがあってそれを尊重し合いながら生きていくことが人類の役割だと私は思います。

地球上で生きるすべての生き物やいのちたちを追い払って自分たちだけになって果たしてその世界は楽しく豊かな場になっているのでしょうか。閑散としたビル群の中での生活は確かに便利で楽でしょうがお金を使うことばかりに創られた都市の中で本当の仕合せはないと私は思います。

あの美しい自然が私たちの心を癒すように、何が本来の姿だったか、懐かしいものを現代に伝承していくことも今の世代の責任だと私は思います。

引き続きこの先に地球に生まれる子どもたちのためにも、風土のあるべきようを究め直し、風土を活かした志事を実現させて和の甦生を実践していきたいと思います。

視野と関心

物事には視野というものがあります。

この視野とは何かといえば、自分がどれくらい関心を持っているかということです。

人間は結局は、どれくらいの視野で物事を見てそして優先順位を決めているかで自分の活かし方もまた変化してきます。世界の広さで物事を観て、今日の一日を過ごす人と自分の視野だけで物事を観て一日を過ごす人ではその一生の活動においてその質が異なるのは明白です。

この視野を高めるために必要なのは、すべてのことを自分のことのように置き換えることで高まっていくように私は思います。自分のことにしか関心がなく、他のことを他人事のように考える人は視野が狭い人です。

視野の寛い人は、思いやりが深く配慮があり、常に世界に関心を持っています。狭い自分の価値観や自分だけの人生だけで自分をいっぱいにすることはなく、常に自分の周囲だけではなくその先にある子どもたちやその後に続くであろう人々に心を運んでいきます。

自他一体に、相手のことを自分のことのように思えるのは視野がある境地に達しているともいえます。例えば、相手に起きることは実は自分のことではないか、このご縁は自分が体験させていただきながら誰かのお役に立つためのものではないか、今起きているすべては必然ではないか、この人の問題は私の問題で会社の問題は自分の問題ではないかとすべてを同一にまで高めることができる人は視野を持てるようになっているともいえます。

視野という言葉と共に視座というものもあります。

これは相手がどの高さで物事を観ているかを知るということです。人は視野が高くなると同時に視座も高くなってきます。問題意識が高い人は視座が高い人だとも言えます。人は自分の高さで物事を見てもそれは問題意識の高い人の視点の高さで観ることができません。

自分の視座を高めるためには、相手の物事の観る視座を持たなければ対話をすることもできません。例えば、国家であれば首相の問題意識で物事を見る人、会社であれば社長の問題意識で物事を見る人、それで視野も視座も異なります。

全体を観るというのは、物事をどの高さで捉えているか、物事をどの視点で考えているか、物事をどの境地で観ているかということに由ります。

だからこそ常に相手の話を聞くときに、自分の視野や視点にだけ囚われるのではなく常に相手の立場に立って自分事としてとらえることで視野は寛がり、視座も高まるように私は思います。

松下幸之助氏の言葉に、「視野の狭い人は、我が身を処する道を誤るだけでなく、人にも迷惑をかける。」という言葉があります。常に自分本位、自分の視点だけで周りを見ないという自分勝手なことをしていてはいつまでも視野は変わりません。

だからこそ常に相手の立場で物事を考える実践や、常に相手が自分だったらと思いやることで視野を切り替える訓練を通して人は成長していけるように思います。

自分の思っている以上のことがその物事にはある、そして自分はわからないことがきっとあると自分の慢心を戒め、常に自分の視野が曇らないようにしていくことが最初の取り組みのように私は思います。

自分本位自分勝手な視野は、すべてを狭くします。関心とは心の関わりと書きますが、心がつながっていくことで視野は大きくなっていきます。常に心を開いて心からかかわっていきたいと思います。

 

 

成長の本質

「習熟」という言葉があります。

辞書によれば「ある物事に慣れて十分に会得(えとく)すること。」と書かれます。類語には、「習得する 、 身に付く 、体得する 、 自分のものとする 、覚える 、我が物とする 、マスターする 、 修得する 、 肌でつかむ 、心得る 、 極める、磨きぬく、鍛錬する、錬磨する、熟達する」などがあります。。

この習熟は、パッと言葉で教えてわかったからと簡単にできるものではなく長い時間をかけて繰り返し繰り返し続けていく練習の中で身についていくということがここからわかります。

自分のことを思い出せば様々な智慧はどうやって身についてきたかと思うと、根気強く一つのことを求め続けていく中で何回も失敗を繰り返し改善を続けていくなかであるとき、コツを掴みできるようになりました。

そのためにはいつできるようになるのかがわからなくても、諦めずに求め続け高め続けていく中である瞬間に臨界期を超えて脱皮して新しい自分に生まれ変わるという体験が必要です。

この脱皮して生まれ変わるというのが、習熟であり発達したということです。その間は、なぜこんなにうまくいかないのか、なぜわからないのかと、どうすればできるのかと日々に煩悶しますがそれでも強く変わりたいと願い、挑戦し続けて取り組んでいく中で気が付いたときには変わっていくものです。

脱皮したり変化したりするのがうまい人は、好奇心が旺盛でなんでも楽しくやっているうちに変化していきます。あまりマジメ過ぎると、そのこと自体が楽しくなくなり、つらくなりさらには焦りや臆病風が吹いてきては怖くて新しいことに飛び込んでいく勇気がでないままに動けなくなりいつまでも変わらないこともあります。

だからこそ、変わるためにはもっと大らかに明るく楽しく求めていく必要があるように思います。それは道を究めようとする心であったり、やっていることの意味に気づき、その深さや面白さを味わったり、達人や熟達した人たちにその体験談やヒントを聴いてそれを試してみたり、また仲間や友人と共に現状を語り合いながら苦労や感想を分かち合ったりと、「創意工夫」をしながらやっていくとより脱皮しやすいように思います。

変わらないからと焦ってみても、自分を責めるばかりで周りのせいにしてはかえって変わることができなくなります。

どうせある日あるときに突然に気が付くとできるようになっているようなものが「成長の本質」であり、それが習熟するということですから日々はいろいろとやり方を工夫してみてその工夫の妙を味わっていくような気持でネアカに快活に歩んでいく方がいいように思います。

諺に「好きこそものの上手なれ」とありますが、まさにこれは先人が語る習熟するための至宝の妙法かもしれません。どうやってそのものを心から大好きになっていくか、そこが脱皮の最大のヒントのようにも思います。これはあるものを磨いてそのものに深々と愛着をもっていくことに似ています。

引き続き、様々な実践を楽しみ味わいながらその一つ一つがあるとき習熟してわかりできるようになる日を心持にしながらご縁を結び、日々の磨き直しを楽しんで取り組んでいきたいと思います。

 

社会の伝承

時代の変遷と共に子どもたちの取り巻く環境は変化してきています。戦後のベビーブームで急速に人口が増えていった多子社会の時の環境と、今のように高齢化少子社会の時では子どもたちが置かれた状況は一変しています。

私のまだ幼いころは、周囲には常に子どもがいて学校にも大勢の子どもたちがひしめくように狭い遊び場を取り合っていました。今では子どもの数が減り、空き教室なども増えています。それに近所にはたくさんの子どもがいて、ちょっと道を歩けば友達に会えましたが今では遠方に住んでいる友達ばかりで簡単には会えません。

都会では、田舎から人が集まってきますから人口はそんなに変わっていませんが子どもは昔と違って危ないからとほとんどが親の目の届く家の中で遊ぶか近所の公園や学童などの施設内で遊んでいます。

子どもが減って大人と子どもの関係ばかりが強くなると、子ども同士の関係は薄まってきます。しかし自分の幼いころのことを思い出すと、大人から過保護過干渉の縦の関係よりも子ども同士の横の関係で学んだことの方が多かったことを思い出します。

子どもたち同士で学ぶことは、そのまま実社会で役立つことばかりでそれを子どもながらに試行錯誤しそのころの友達と様々な遊びの中で智慧を培っていきました。子どもが子ども同士で学ぶのは社会を創る実験でもありました。その子どもたちが想像した社会実験が大人なってからの実社会になるのです。

子どもたちにとっては今の大人たちの社会が模範となって自分たちの社会を創造していきますから今の大人たちがどのような社会を育てていくかはとても大切なことのように思います。

大人たちが協力し合い、仲良く助け合う社会をみては子どもたちも同様にそのような社会を子ども同士で築き上げていきます。しかし反対に、競争や歪んだ個人主義の姿をみせばそれも真似をしていじめやひきこもりなどにつながっていくこともあります。社會は即、子どもたちの発達や成長に影響を与えます。

だからこそどのような社会を子どもたちに譲り遺していこうかと考えることは、人類にとっての教育のあるべき姿を追求する世界共通の課題であり、時代が変わっても子どもたちがどのような社会を望んでいるかは、常に私たちは子どもの今の姿から学び直す必要も感じます。

今の大人たちの社会を押し付けるのではなく、子どもたちが創ろうとしている社会をどのように信じて見守るかは現代の世代を担う責任であり、人類のための尊い使命のようにも思います。

引き続き、子どもの環境が変化していく中でも変わるものと変わらないものを見極め、子ども第一義の理念を実践していきたいと思います。

土の甦生

先日、古民家甦生で壊れた漆喰の壁を伝統工法で修復する作業がありました。糊も昔ながらの技法で海藻をコトコトと煮込み、漆喰を調合して壁面に塗り込んでいきます。

左官職人はまるで自由に滑らかに縦横無尽に鏝を使い繊細で緻密な作業を流れるように進めていきます。土づくりから参加してみてみると、下準備にかかる手間暇は膨大で最後の仕上げしか想像していなかった私には学び直すことばかりでした。

下準備や段取り次第では、仕上げの塗りができなくなることもあり、下塗りや中塗り、そして上塗りとコツコツと丁寧に壁を整えていきます。特に土の調合では、納得いくまで丁寧に何回もイメージしたものを混ぜ合わせていきます。

土は自然物ですから、その時々の気候や湿度、温度によって土の状況も異なります。その土と向き合い、その時々の環境の変化に合わせて微妙に調整をする、まさに職人技のなせるとことです。

今回は私も左官職人の指導で漆喰塗りを体験してみましたが、幼いころに遊んだ土遊びのことを思い出しました。幼いころは、川や水辺、田んぼの周辺で土を混ぜては様々な造形物を創りました。泥団子やダム、トンネルや、お城や動物など、想像したものを手で捏ねては塗り固めて遊びました。

あの頃のワクワクしたことを思い出し、土の存在を最初に身近に感じた頃の懐かしい記憶を思い出しました。土は、縄文時代以前からずっと私たちの身近にあって私たちの暮らしを支えてきたものです。

半永久的になくならず、そして甦生を繰り返して利用できる循環型の素材として土は永続的に家を保つのに活用されます。聴福庵の床の間や漆喰の壁の土もそこにあったものを剥ぎ取り、また混ぜ合わせて再利用されました。

どのような土で生きて、どのような土と共に歩んでいくか、土はその場所を動かないからこそ私たちはその土から生き方を学ぶようにも思います。

これから土は瓦の土と、茶室の土が入ってきます。特に茶室のものは、自然農で手塩にかけて育てて見守ってきた発酵した田んぼの土を使ってこれから左官職人と一緒に創りこんでみる予定です。

日本の伝統文化と職人の伝統芸術を遊びながら土の甦生を味わっていきたいと思います。