一和の実践

人は生き方と働き方を分けると自分勝手になっていくものです。実際にどこまでが仕事でどこまでが家庭、どうやって分けるのかと考えるとわからないものです。仕事も家庭もどちらも人生と考えるのなら、どれも分かれておらず日々が自分の生き方次第ということになります。

これを置き換えると、社長と社員というものも同じものです。どこからが社長の仕事でどこからが社員の仕事なのか、どうやって分けるのかということもあります。本来、社長も社員も同じ理念で一緒に働くものであってそれは一家のようなものです。一家であれば、家人は誰がやってもいい気づいた人がやればいい、しかしその中でも家長はその役割を果たし、家人もまた役割を果たす、そこには対立したものではなく調和しているものがあります。

相対するものを調和するとき、そこには平和が生まれます。実際に、平日や仕事勤務時間だけは働き方だけを変えて生き方を変えなかったとしたらそこに生き方と働き方は対立します。しかし平日も休日も人生だからと、志に生きていくのならそれは生き方と働き方が一致して調和が生まれ平和が訪れます。この対立する考え方というのは、自分を中心に対立させているということになります。

人が自分勝手になるとき、我を通して我儘になるときすぐに事物を対立させてしまうのです。一緒にやっている人には対立はありませんが、上下左右と自己中心に相手を分けてしまうとそこに対立が発生します。

如何に相対するものを中和するか、一和するかができてはじめてその人は生き方と働き方を一致させたということになります。自分自身が本当にやりたいこと、その生き方、自分探しではなく、自分に与えていただいた天命に生きること。そういうことができたとき、人は自分に出会います。

今の時代は、自分探しと言いながらいつまでたっても自分から逃げている人がいます。本当はこんなはずではないとか、もっと自分には合ったところがあるとか、そんなものはあるはずがありません。生まれ落ちてくる場所も親も選べない自分、そういう自分が自分探しなどしても無意味なのです。分を弁え自分を慎み、自分に与えていただいた天命を感じれば、この場、この環境、この時、この自分をどれだけ一生懸命に全体のために役立てていくか、ないものねだりではなく今のある自分に感謝して自分を活かし、周りを活かしていくのが大調和になるのです。

自分探しをやめて、自分を見つめ受け容れること。その方が、自分自身を直視でき自分にもできることがあると本来の努力や苦労を味わっていくことができるのです。

相対するもの、この世の中にはたくさんありますがそれを自然に回帰するのも人間の知恵です。自然は分かれたものは一切なく、分かれていないから自然体なのです。自然体というのは、人生そのもので調和しているということです。自分自身の人生なのだから、悔いのないように日々は人生だと思ってやりきっていくことです。

引き続き、生き方と働き方のモデルを示し子どもたちに自分らしく自分の人生を歩んでいけるよう分かれているものを一和して実践を続けていきたいと思います。

自分らしく語る文学

アメリカのロック音楽界の重鎮、ボブ・ディラン(75歳)が、2016年度のノーベル文学賞を受賞しました。音楽家としてははじめての文学賞の受賞で、世界では賛否両論あるそうです。文学と音楽は別のものだと思うのは大きな勘違いで、そもそもすべての学問は分かれるものではなく一つのものです。

今回の受賞の理由は、選考にかかわったサラ・ダニウス事務局長から古代ギリシャの詩人・ホメロスの名を引き合いに出しながら、ボブ・ディランは「口語で表現する偉大なる詩人」と評されたそうです。これはかつて日本でも尾崎豊のように弾き語りをしながら即興で音楽を詩に乗せていたのを私も覚えています。言葉を語り文字を紡ぐというやり方は、そのままその心のままに綴り文を磨くことに似ています。

いろいろと言う人もいますが文学とはそもそも誰かの主観で独占できるものではなくみんなのものですから、それぞれの見方があることはいいことだと私は感じます。十人十色あってこそ、その解釈が新たな文学のエネルギーになっていくからです。自分らしくあることこそが、伝統に根差した学問であろうと私は思います。自分の中にあるボブ・ディランがあっていいと思います。そのうえでブログで紹介します。

ボブ・ディランにはこういう言葉もあります。

「あなたの心に従ってゆきなさい。そうすれば最後にはきっとうまくいく。Boy, go and follow your heart. And you’ll be fine at the end of the line.」

心のままに弾き語る、その姿から生き方や実践からのメッセージ性を感じます。他にもこういう言い方もします。

「私が自信を持って出来ることは、自分自身であること。たとえ自分という存在が、どんな人間であろうとも。」

「僕にはヘンな癖があるけど、捨てなかった。それがぼくの個性だから。」

自分自身であることを大切にしました。そして自分らしくあるものと向き合うためのチカラを伝道してきました。

「最低の犯罪者とは、間違ったものを目にし、それが間違っていることに気づいたにもかかわらず、そこから目を背けてしまう人たちだ。」

「僕はよそ者だった。ますます疎外感を感じた。違うのに道づれにしようとするんだ。」

「ヒーローとは、自分の自由に伴う責任を理解している人のことだ。A hero is someone who understands the responsibility that comes with his freedom.」

そして行動すること、自ら変化を促すことを語ります。

「やらなきゃいけないことをやるんだ。そうすればうまくいくさ。You do what you must do and you do it well.」

「朝起きて夜寝るまでの間に、自分が本当にしたいことをしていれば、その人は成功者だ。A man is a success if he gets up in the morning and gets to bed at night, and in between he does what he wants to do」

「日々生まれ変わるのに忙しくない人は、日々死ぬのに忙しい。He not busy being born is busy dying.」

「泳ぎ出したほうがいいよ。そうしないと石のように沈んでしまう。」

「私は一日の中で変化する。朝起きた時はある人で、寝る時は確かに別人だ。」

理想を求めて歩んでいくことの大切さを語り綴ります。

「すべての美しいものの陰には、何らかの痛みがある。Behind every beautiful thing there’s been some kind of pain」

最後に、いろいろな賞があろうがなかろうがずっとボブ・ディランさんの歌は普遍性を持っているように私は感じます。

「どんなレッテルを貼られてもかまわない。歌うためなら。」

志を定めて生き切る方の背中には勇気をもらえます。どんなレッテルを貼られても構わない、子ども第一義のためならとやりきっていきたいと思います。

 

暮らしの室礼

先日、埼玉県にある日本国登録有形文化財会席料理の二木屋にお伺いするご縁がありました。これは郷里の古民家再生の中でひな祭りの行事を実施している方からの紹介でした。

ここはHPに「懐かしい味、本物の味、日本の代表食材・和牛、家に伝わる味・・・お茶時の料理である”懐石”はあえて名のらず、楽しく集まって食べる”会席”を選んで、伝えるべき日本の味を模索してまいりました。そして十年。この節目に私のするべき日本料理の仕事をまとめ直しました。”過去という未来”に向かって走っていく二木屋の”温故知新”です。」と書かれています。

訪問してみると、遊び心満載な室礼が空間の美を活かして配置されていて私たちを魅了します。座席に着くまでの道のりが近いはずが遠く、どうしても何度も振り返ったりするほど好奇心がワクワクします。

私もおもてなしの定義を遊び心だと思っていますから、共感するところが多く本当に学ぶことがたくさんありました。

料理が出てからは、明治の曽祖母のレシピを再現したものが出てきたり、かつて先祖であった方が発明したもみ殻を使った竈のご飯が出てきたり、歴史や御恩を感じました。特に盛り付けやお皿、すべての空間が「装飾」されており「飾る」ということの素晴らしさを改めて再認識することができました。

人生というものも同じく如何に日々を「飾る」かというのはとても大切な心掛けです。お祝い事やハレの日には、それまで何もなかったシンプルなものにその悦びや感謝を飾るのです。私にとっての飾りとは何か、それは真心の尊重です。

人生は出会いに満ちています。その一つ一つはかけがえのない一期一会の出会いです。どんなものとも、どんな人とも、どんな時とも、どんな場ともすべてに出会いがあります。それを真心のままに感じるのは好奇心がいつも活き活きとそこに息づいているからです。そういう出会いの哲学を持つ人には、この年中行事が素晴らしい躍動をもって演出されるように思います。私の座右、一期一会にこの「飾る」遊び心は常に表裏一体です。

最後に二木屋ご主人の「日本の室礼 二木屋の作法」に記されている言葉で締めくくります。

「演し物は季節と年中行事です。
部屋が舞台です。
室礼は大道具です。
器は衣装です。
料理は演目です。
演出家はあなたです。
今月はどんな気分で部屋を飾り、料理をつくろうか。
あなたらしさで、
暮らしをしつらえて下さい。
家とは劇場です。
お客さまがいらして、
家族が楽しむ劇場です。」

暮らしの室礼を楽しみ味わい、深めてみたいと思います。聴福庵にて出会う一期一会の人たちを最幸の遊び心で迎えてみたいと思います。

変化の源泉

宇宙や自然を含め、私たちが生きているということは循環を已まないというとです。円転循環・万物流転するこの流れは、日夜已むことなく行われ変化がないことはありません。変化というものは、何もない日々のように思われても必ず何らかの変化が起きています。

そしてその変化を見るとき、「摩擦」が生まれることを感じます。この摩擦とは何か、お互いが相互にこすり合わせることです。人間関係でいえばわかりやすく、お互いにかかわりあう中で摩擦しあうことでその関係に変化が生まれます。変化は摩擦であり、摩擦こそ変化の兆しであるともいえます。

その摩擦を嫌がり変化をいくら避けていても世界は〇であり万物流転し続けますから変化は必ず何らかの形になってやってきます。いつも自分を守り何もしなくていい安全圏にいたいと思っていてもじっとしていたら変化は已みませんからそのうち危険地帯にはいってしまっているものです。だからこそ変化は迫られる前に自ら変化するという自らの歩みを一歩一歩進め、そして挑戦を続けて革新していくしかありません。

つまり変化というものは、進化であり、人が摩擦をするとき、それは進歩になるとも言えます。

そして変化とは発達のことであり、発達するから発展するのが万物造化の真理でもあります。変化を恐れるのではなく、変化を如何に楽しむか、そこには「健全な危機感」が必要になります。

この健全な危機感とは何か、それはきっと善いことになると信じること、好循環していくことをイメージできること、人間万事塞翁が馬、禍転じて福になるということ、運がいいと信じることなど、その人の生き方が与えられた天命に対して素直に活かしていくような健康で安全な危機感を持てるかということです。

この健全な危機感とは、決して自分都合で自分勝手に物事を動かすことが人生がうまくいっていると勘違いすることではなく、与えていただいたこの場所、この今、この環境、このご縁、この役割、この時、このいのちを感謝して分をわきまえ有難く全身全霊で全ての今を引き受けるという捧げ全体の変化に協力する自分の人生の態度を持つということです。

人生の態度というものは言い換えるのなら「生き方」というものです。

その生き方が人生の循環の流れを決めています。どのように生きたいか、その問いこそが運命を左右するのです。自分で好循環を創る人と悪循環を創る人、それはその人の今の生き方が決めているのです。

そしてどのような生き方をするかで、その後の未来は変化していきます。変化とは決して忌み嫌うものではなく、変化することは発展しているのだから怖がるばかりでそれに逆らうのではなく、その変化を楽しみ、摩擦もまた味わうといった人生の妙味を感じることが変化進化進歩成長を自然体で取り組むということかもしれません。

健全な危機感、その信仰心ともいえる感謝を土台にする心は変化の源泉になっています。不健全な危機感はそこにはないものねだりと不平不満が土台です。本当の自信もまた、その生き方の態度によって自分に誇りが持てるかどうかに懸っています。だからこそ変えるのはその心の態度を健全にすることが先なのかもしれません。

引き続き、子どもの憧れる生き方と働き方を実践していきたいと思います。

物事の見方~人生の道~

物事というものはその見方というものが存在します。同じ出来事があったとしても人によってその受け止め方は様々です。私たちは生き方と働き方の一致を実践していますが、実際はそこが分かれてしまっている人が増えていろいろと生活が大変になっている人が多いように思います。

よく公私混同の話がありますが、本来は公私ではなく人生で考えれば公私などと別に分ける必要はありません。しかし実際は、これはプライベートだからとかこれは公だからとか一つの人生を自分の都合のよいように分けてはかえってバランスが取れずに大変になっています。

人生というものの尺度を物事を測ってみれば、どれも自分の人生なのだから正直にやっていくことがもっとも道に相応しくなっていくように私は思います。物事の判断基準というものは、一般的には自分というものを中心に左右に分けていきます。自分にとって損か得かと考えるということです。自己実現などという言葉も、自分というものを中心に考えれば自分の思い通りになったことが自己実現ということになります。しかしそれは単なる自己満足であって自己実現ではありません。

ではどうすれば自己実現になるのか、それは全体の中で自分が役割を果たせたり、全体とのつながりの中で自分自身がその循環の一部になっていくというように自然の一部として自分が周りから活かされる存在になっていったとき自己が実現されたということになるのでしょう。常に思い通りに人生を人生と呼ぶのではなく、思う通りではないけれど思っていた以上のものがあったというのが人生の醍醐味だと思います。

そして実際にその判断基準を転換していくためにも「物事の見方」を換えていくしかないように私は思います。小林正観さんに「見方道の家元」という言葉があります。本来は家元というのは一人なのでしょうが、正観さんは見方道はたくさんの人たちが家元になれると言います。その一つに「ありがたい」と感謝で観るという見方の話がでてきます。

そこでは私たちが住んでいる国は、三つに分かれていると言っています。一つ目の国は「悲帝国」(ひていこく)「悲しい」は「非ずの心」と書きます。非ずの心とは「そうではない、そうではない」と思う心です。コップに水が八分目まで入っていても「八分しかないじゃないか」と否定的に考える人たちの国です。

「悲帝国」の住民は目が見えているだけでも十分に幸せなのに「もっとどこかに幸せがあるはずだ」と満たされない心で生きているそうです。

これはないものねだりであるものを探そうとしない、自分探しはしているけれど自分にあるものを見つけられないこれらはとても否定的であるということです。

そして二つ目の国は「好帝国」(こうていこく)この国の人たちはどんなことがあっても「嬉しい、楽しい、幸せ」と肯定的にとらえる明るい人たちの集団だそうです。

これはあるものを見つけて感謝する、なんでも前向きに受け止めて前進するといったポジティブで肯定的な人たちということです。

そして最後の三つ目の国は「ありが帝国」(ありがていこく)。コップに三分目までしか水が残っていなくても「誰かが三分だけ残してくれたありがたい」と感謝の心でとらえる人たちの集団だそうです。

この「ありが帝国」の住人は自分以外のものにも手を合わせ笑顔で「ありがとう」を言い続けている人たちですから謙虚に穏やかに生きて楽に、楽しく生きている人たちになるそうです。

これは私が言うと「どんなことがあっても好いことへと転じている生き方」の人たちです。禍転じて福にしている生き方、どんな人生であっても自分の人生なのだからと感謝で生きている達人たちのことです。今ここにあることが感謝、今生きていることが感謝、今、活かされていることが感謝と、感謝感謝が人生そのものになっています。

私はこの見方ということが充実した人生において何よりも大切だと思っています。なぜなら人生は一度きりであるし、二度とない天与の人生です。その人生をたいせつに味わうには生き方を変えていくしかありません。生き方を変えていけば自ずから働き方も変わっていきます、そうなれば公私混同しても公私一体になっていくだけですからそのうち生き方と働き方は一致して丸ごとの人生なっていくのです。

つまりは方程式のように書けば、人生=生き方+働き方×見方ということになるのでしょう。

どの国に生きていくかはその人が決めていますから、自分がありたい方へと素直に舵を切っていくのは、「分けない」という実践を続けていくことで実現していきます。いろいろと周りは言いますが私は信じる人生の道を歩み、「ありが帝国」を子どもたちのためにも広げていきたいと思います。

 

つながりの再生

昨日、地域の再生についての話し合いに参加する機会がありました。地元のことについて改めて話を聞いてみると今までいろいろな方々が町を愛し、様々な取り組みをしてきたのがわかります。地元への愛着がある人が減って若い人がいなくなっていくのはとても寂しいものです。

私たちはもともと自分が育ってきた故郷というものがあります。その故郷には様々な思い出があります。その思い出を守りつつ、新しい町にしていこうとするのはそこで育ってきた、いや育ててもらったという恩があるからです。

私たちは町で暮らすとき、そういう先祖の恩や地域の御蔭様を感じるものです。今では、地域のコミュニティや御祭りなどの行事も失われ次第に先祖の恩や御蔭様などを感じることが減ってきたように思います。自分たちのことだけをやればいいという考え方というのは、「つながり」を断っていく行為です。

そうやって組織にいる人たちも自分のことばかりを考えて全体のことを顧みない人が増えてきているようにも思います。常に自分たちのことだけに終始するというのは、自分勝手になったわけではなくつながりが切れているという自分の感覚に気づくことが必要なのです。

誰の御蔭様でここまで生きてこられたか、どういうつながりで今の自分があるのか、なぜ今の自分がこの環境の中で存在しているのか、そういう一つ一つを勿体ないと有難く感謝できるからこそ人はつながりを感じながら生きていくことができるのです。

つながることで人は安心し、よりつながりの絆を強めて厚くしていこうとしますから御恩や御蔭様の中にいることに気づけます。つながりが消えると同時に、人は自分自己の心配ばかりをはじめますから我慾に呑まれてしまうのでしょう。

己に克つという徳目は、先祖への御恩、感謝の心を忘れないということです。地域の再生はつながりの再生なのです。

なぜ自分が地域へのご恩返しをはじめたいと思ったのか、そこに御蔭様の実践の導きを感じます。引き続き、子どもたちが安心して暮らして町を好きになってもらえるように自らが小さな実践から積み重ねていきたいと思います。

最弱最強

今回のシンガポール訪問でいろいろと国家の姿を学び直す機会になりました。シンガポールは一部の人たちからは独裁的だとかいろいろと言われていますが、実際に国民たちの満足度やその国民たちの生活度をみれば民度の高さを感じます。

多人種多文化多言語の人々が、同じ国の中で仲良く生活を営み共に尊重しあう姿は他を排斥しているようには見えません。そこで暮らす人たちがより良い暮らしを行えるようにすることは一家の主として当たり前のことです。

シンガポールは、国民に節約の習慣を持たせたり礼儀作法を身に着けるために規則や罰則なども設定しています。しかしよく考えてみれば、自分たちの国をみんなでよりよくし暮らしの質を高めていこうとするのなら一家の主と共に家人たちが身につけなければならない教養になるはずです。

よくシンガポールは国家を一つの企業に見立てて経営を行ったと評されますが、実際に建国したときの首相の初心は自分たちの家族が飢えず安心した住まいを持ち、質の高い生活ができるようにと祈り国家の運営を実践してきました。

国というと運営が難しいように見えますが、一家の運営をどうすればいいかと考えれば自ずからその国の形も観えてきます。未来に向けて自分たちがどのように生き残るかを考え、世界をよく洞察し自らの布置を予見し国家を導いたリーダーがいれば自ずから国家は豊かになっていきます。

改めて理念のあることの価値とその素晴らしさを実感しました。

私たちの会社も持ち味を活かし、シンガポールと同様に生き残っていかなければなりません。そのためには、戦略を持ち、その戦略が実行できる戦術を駆使して、未来の世界の中でどのような役割を果たすのかをしっかりと見据え実践躬行により自らを近づけていくしかありません。

大切なことは、その理念が向かう先に目指す理想があるということです。

シンガポールに来てみると、とても勇気と自信がわいています。アジアの小さな何もなかった国が、今ではこのような豊かさを持ちアジアの中での大きな役割を担っている。アジアの自信の一つになっていることを思えば、私たち日本も自分たちがアジアの大きな役割を担っているという自覚を持つ必要性を感じます。

私や会社も無名で何も国家全体の政治に影響を与えるほどのものではありません。しかし在野であっても志を持つ以上、子どもたちのために最善を尽くして最弱最強の一つのモデルを築き上げていきたいと思います。

国家の未来

シンガポールに来て国家の繁栄を洞察していると学ぶことがたくさんあります。初代首相リークアンユーがこの国の工業の発展についてインタビューされたとき「わが国は、このように小さくて資源が何もないんです。ですから外国からきていただいたり、 工業国家になる以外に生きていく道がなかったんです。 資源が何もないことが、ここまできた秘密なんです。」と言いました。

ないものねだりではなく、あるものを探す、そしてそこに知恵を働かせたということです。これは組織マネージメントにおいても同じことで、ないからできないのではなくないなかでも知恵を出すことをあるものを創出するという起業家精神があります。

自分の持ち味に特化するということは、このないものばかりを直そうやないものばかりを修正しようとする発想ではなく如何にある部分を捨てて全体の中で自分が活かせるものに特化するかということに似ています。つまりは、自分の欲望や都合を優先せずに全体の中で自分を如何に活用してもらえるか、そうやって生きてきたということです。

そして国家の形成は簡単に行ったのではなく、時間をかけてじっくりと行ってきました。そのことについてこういいます。「要は急がば回れだ。過去につちかってきた習慣や既得権を捨てたがる人はいない。ただ、一国として存続するには、ある種の特色、共通の国民性をもつ必要がある。圧力をかけると問題にぶつかる。だが、優しく、少しずつ働きかければ、同化はせずとも、やがて融合するのがものの道理だ。」

重心を低くし、理念に向かって実践していかなければ今のシンガポールはありません。多民族多言語多文化が融合するこの国家の発展と繁栄は、時間をかけてじっくりと包み込んできた政策が今にいたるように思います。

世界の中でのHUBを目指し、この国にどうやって来ていただくか、この国をどうやって活用していただくかと、考えて尽くしてきたからこそこの国にくる外国人は快適に過ごしこの国の利点を活かしほかの国々とのビジネスを成功させているように思います。

そしてこうも言います。「わが国は国粋主義になろうとする傾向に抵抗する必要がある。考え方も行動も国際的にならなければいけないのだ。外国に行かせたり、外国人と交流させたりして、世界レベルに追いつくように、わが国の人材を育てる必要がある。」

人材こそが最大の資源であるとし、国防費の次に教育費をあてるほど人材育成に力を注ぎます。国家が何を優先しているのかを観ればその国の理念が観えてきます。この先は中国が台頭し、アジアは中国を中心にビジネスを展開することになっていきます。その時、必要なのはそのネットワークを駆使して如何にこのアジアでの自分の役割を担い活かすかということになってきます。

少し先の未来を予見しても、急速な少子高齢化の人語減の日本の未来においてこれからどのように私たちは多民族間と調和しいけばいいかシンガポールから学ぶことが多くあります。

引き続き、子どもたちのためにも未来のために今できることを学び直して遺して譲っていきたいと思います。

国家の理念

シンガポールに来て学校をはじめ様々な生活を観察していると直観するものがあります。それは理念があるということです。理念がある中で働く人たちや、理念が明確になっている中で動く人たちには活気があり、さらにどのように自分たちが行動し考えればいいのかがわかります。この淡路島ほどの小さな島が、この50年でここまで発展を遂げたのは初代首相リー・クアンユーの理念がはっきりと現れたということです。

シンガポールは歴史を振り返れば太平洋戦争のあとから食住もままならないほど貧困を体験し、その後、先進国の仲間入りを果たすまで様々なことを学び取り入れてきました。今では一人当たりのGDPも日本を抜きました。その改革の手法から周りからは独裁者だとののしられながらも、「志を持てば人気取りなど必要ない」と喝破し自ら理想の国家を実現するために今まで迫害を受けた国家からも学び、様々なことを融和していきました。

昨日から混ざり合うことを書いていますが、この混ざるには矛盾を受け容れた両義性のようなもの必要になります。その両義性は両義性をみても理解できるものではなく、矛盾を受け容れるには理念が必要なのです。

私も理念の仕事をしていてすぐにわかるのですが、多様な価値観を受け容れ、多様な文化多人種を融和していくには人々が納得するような確固とした理念が必要です。理念があるからこそこの国家がどのようにこれから発展していくかもわかりますし、リーダーが理念を実践するから国民もまたそれについていくのです。

私が視察する中でいつも大事にするのは、目に見えない部分をいかに観るかということです。それは人々の発言の中にどれだけ理念が浸透しているかを観ているのです。どんな組織であれ、普通といわれる常識を壊し、新しい常識をつくっていくのは理念を実現しようと実践していく人たちの揺るがない信念と忍耐です。

そういうものがある国家には、その理念を尊重して一緒に理念と共に生きる仲間が生まれます。国家運営においても、組織運営においても、その根本は常に普遍的な理念によるものだと私は思います。

シンガポールはこのまま、どんな時代の中にあっても国民を守ろうという意思を持ち理念が実践されていくように感じました。様々な問題はそれを実現するための一つの課題でしかなく、問題はすべて変革ための善いことになりますからこの先もまた新しいシンガポールを築いていくように私は思います。

日本を祈ると、日本はどのような理念でこの先の未来を築くのでしょうか。

先史先祖から連綿と紬ぎ繋いできたものを私たちはきちんと受け取りそれを日本の人々と一緒に実現していく必要を感じています。そのためには日本人の一人一人が魂の目覚めのような気付きを自覚する必要を感じます。天皇がいて、理念を守ってくださっていますから私たちは気づくかどうかを問われています。

最後に、シンガポール初代首相リー・クアンユーの言葉です。

「後悔はない。私の人生のほぼ全てをこの国をつくりあげることに使った。それ以外に私がする必要のあることなどなかった。私が最後に得たものは何か。成功したシンガポールだ。私が捨てなければならなかったものは何か。私の人生だ。」

理念に生きる人があって今の現実がある、どう生きるか、その生き方が未来ですから未来のために生き方を見つめて生き方を見直して生き方を変えていきたいと思います。

混ざり合うこと

昨日からシンガポールに来ています。前回の教育視察を経て、今回はより具体的に学校内部の生活や寮、そのほか留学生たちの状況、さまざまなことを深められると思います。

シンガポールは、中国系、マレー系、インド系、その他、町に出てみればすぐにわかりますがここは非常に多くの多国籍の人たちが暮らしています。日本のような島国はあまりそう外国人が多いというイメージはありませんが、このシンガポールはいつも様々な人々が混ざり合っている感じがします。

私がこの国に最初に興味を持ったのは、10年ほど前にブルーオーシャン戦略の講演で来日したチャン・キム教授がこのシンガポールは国家としてこの戦略を取り入れているという話でした。大きさ的には東京23区ほどの広さしかなく、資源も乏しいこの国は自分たちの持ち味に特化することでアジアの優等生と呼ばれるほどの経済大国になり、今の立ち位置を手に入れました。

確かにいろいろな人たちがここを出入りし、様々な国へと移動していきます。HUBとしての要素は非常に強く、以前訪問したオランダにも通じるところがあります。自分を通過してそれを混ぜていくという文化は、寛容さが必要です。一つの価値観だけで縛りその価値観のみを強烈に押し付けるという文化ではこの混ざり合うことができなくなります。

私はこれからの時代は、より多国籍他民族が混然と一体になっていくように思います。ボーダーレス、国境のない世界になればなるほどにあらゆる価値観を受け容れて人類共通の大きなビジョンに導く人々が世界をつなぎなおしていきます。

そのためには、一円融合といって「とらわれない・こだわらない・こしつしない」といった融通無碍の境地を持った人たちが、それぞれの持ち味を発揮していく環境を用意して人々の善きところを引き出してそれを合わせることができるように導かなければなりません。

これからの教育においては、まさにそのような混然一体の中で一円融合しつつ理念を優先できるような人材が必要だと私は思います。混ざれない人というのは自分や自我を優先して周りを変化させようとする我儘な人です。自然界は混ざっていないものなど一つもなく、すべての存在は混ざることで成り立っているのです。

自分ばかりを優先しては混ざろうとしないでは、とても一円融合し融通無碍になっているわけではありません。自分よりも理念が優先できる人はどんなものでも混ざっていけます。

言い換えるのなら「これはこれでいい」とその時々の今を、すべて最幸だと受け容れる感性を持つということです。今が幸せな人は、どんなものとも混ざっていけますが今が不幸だと思っている人は何にも混ざれません。

人生は天にお任せし、天命を信じ来たものを選ばず人事を尽くしているからこそ何があっても好いことだと転じられるように思います。私にとっての混ぜていいくのは転じ続けていくことと同じです。

この国から日本を顧みて、改めてこれからの教育の方向性を確認していきたいと思います。