心の詩~人生の詠声~

人生を歩んで往く中で、様々な音楽に助けられるときがあります。自分の心情を詩にして音楽を謳うことは、自分の心を見つめる気がして勇気づけられたものです。これは、思い返せばみんな人間はそれぞれに葛藤があり、その葛藤を乗り越えたいと願い頑張っている人を見ると元気がでるからです。

それは「一人ではない」と実感することであり、仲間がいることや同志と心がつながっていることを実感し「絆が一緒であること」に仕合せを感じるからのように思います。

私も思い返せば思春期に「尾崎豊」に出会い、その歌詩に本当に多くを支えてもらいました。その頃は、あまりに純粋で弱くそして理想は限りなく高く、真実を見つめて自分の人生の意味についてもがき苦しみ葛藤していた時の頃です。

今でも尾崎豊の詩を聴き音楽に耳を澄ませばあの頃の心を思い出します。今では自分の子ども心もあの頃よりは少しだけ逞しくなり理想も身近にあり、真実は足元見出し、人生の意味は内省により深まり真心や天命の意味も感じられるようになってきました。どのときの心も自分の心だったし、その心が育ち、尊い今があることを実感すると理想と現実の真っただ中で無二の人生を謳ってきたことを感じます。

人間の「詩の歓びや謳う倖せ」は、「人生を謳歌する中に在る」様に思います。

私たちが今も音楽に心魂を委ね、謳い続けているのは生きている証拠であり、その心がいつまでも発達し発展し続けている証拠です。だからこそ人間は一緒に謳える仕合わせを感じたいのです。

心が感じたことをあるがままに謳いあげるのは、このブログもまた音楽なのかもしれません。

人間が心情を吐露し、純粋さをさらけ出すことは勇気が要ることですがその自分の詩が誰かの御役に立てるのなら生きているうちはずっと謳い続けたいと子ども心は願います。子ども達も日々にそれぞれに自由や平和や愛を謳い、この世に生きようとしますから。

この世に生きた先輩たちの詩はいつまでも子ども達の耳を通して心の奥に遺っていきます。これからも子ども達と一緒に自分らしい詩を、自分にしかできない声でこれからも詠っていきたいと思います。

文化づくりの本質

組織にはどんな組織にも知らず知らずのうちに慣習というものが生まれることがあります。それは暗黙のルールといっていいかもしれませんが、前例主義といって今まであったことが当然のルールのように不文律として存在してしまうことです。

例えば、ある会社では「上司が残業していると帰ってはならない」とか、「お昼ご飯は先輩が先だ」とか、「結婚したら出世できない」とか、「お局さんの言うことは絶対だ」とか、その組織組織において誰が決めたわけでもなく暗黙のルールが存在して組織の健全な成長を阻害することがあるのです。

これは過去に発生した事例をよく確かめもせずその場の空気を読んで勝手に理解することで広がっていくものです。オープンでない職場は、「なぜ」が質問できず、思い込みできっとこうだろうといった推測で噂が広まり変なルールが次々に生まれていきます。

常識などもそうですが、今までの前例でこうだからきっとこうだろうというのは経験することで思い込むものです。参考になる話に「蚤の実験」というのがあります。これは虫かごに蚤を入れても2メートルを飛べる蚤はすぐに飛び出しますが虫かごの上に2分以上下敷きの蓋をして飛び出せなくすれば下敷きを外しても決して外に飛び出せなくなるという話です。これは心理学では、「心理的限界」と言います。

人間も一端、こうだと思い込むとその思い込みをなかなか取り払うことができないのです。かつて上司から怒られたり、誰かが叱責されているのを見聞きし、きっとこうだろうと推察をして、空気を読んで訊くのを我慢することで蓋をしてしまうのです。そしてこれが集団というものの本質なのです。

そういうものが集団に何年も残っていると、それはもう伝統文化のように根づいてしまいます。もちろん、文化は善いものもありますが同時に悪いものも残ります。それをどう時代や環境の変化に合わせて刷新していくかが組織改革のカギにもなるし、自己改革の要でもあります。

本来、暗黙のルールや不文律というものは目的や初心、本質から考えてそれぞれが個々で納得して理解し活かすものです。それが目的や初心、本質が分からないから前例主義になり、もしくは空気を読んで我慢するようになります。

もしも理念や初心があるのなら、このルールはおかしいと思えば自分から刷新すればいいし、理念や初心に照らして守り続けたいルールならばそれを大切にすればいいのです。しかし「何のために」といったことが明確でないから周りの空気を過度に読んだり、今までのことで失敗しないように周りを気にして思い込みのルールに従うように思います。もし理念や初心がないのなら、やはり組織は暗黙のルールや不文律、一般常識や思い込みが蔓延していくと思います。

空気を読むというのは、日本人の特徴であり、それが例えば、嘘をつかない、人を騙さない、困っている人を見たら助けるといった道徳に沿った不文律の暗黙のルールであれば構わないのですが、もしもよくある村八分のように逆らうものを無視したり、追い出したり、いじめたりするものはそれは本来の目的に回帰していないから発生するように思います。

今の時代、社會の価値観も多様化していますからあらゆるものを話し合い、語り合い、オープンに認め合う中で折り合いをつけて御互いが仕合わせになることを優先していかなければ一つの価値観だけで組織や集団を管理することはできず、それで組織や集団の効果を最大限発揮できることはありません。

今は、老いも若きもなく、男性女性もなく、それぞれの持ち味を活かす時代に入ったとも言えます。こういう時代は、暗黙のルールや不文律で従わせるようにするよりも、御互いの違いを理解したうえで互いを認め合ってそれぞれの個性や持ち味をどう活かし相乗効果を発揮するかを考えた方が愉しく和やかに働いていくことができるように思います。

そのためには、まず理念や初心を明確に示し、その中で自分たちでその都度話し合っていくことで豊かなオープンなルール、思いやりやその時々の組織に合った風土が組織に醸成していけるように思うのです。本来、ルール作りというのは正しいことに従わせるためのマニュアル作りではありません。ルール作りというのは文化づくりですから、どのような理念で文化を醸成するかということなのです。

そしてこの文化づくりというものは常に目的に沿って行われることで温故知新してその文化のいのちを維持していくものです。そしてその一番の恩恵を被るのが後人の人たちや子ども達です。後人の人たちは伝統文化に触れることで、理念や初心を確認することができるからです。ゆえに伝統に取り組むということは、文化に取り組むことなのです。

組織の発達と発展の証とも言える伝統文化を創り譲るためにも理念や初心を大切に取り組んでいきたいと思います。

責任と責任感

人が自立をしていくのに責任感というものがあります。責任というものは、よく誰かから押し付けられるものだとして悪いイメージを持つ人もいます。しかし実際は責任は他責される罪や罰のようなものではなく、自分から周りを思いやり自分のできることを自分の持ち場で果たす自責の念が責任感とも言えます。世間でいう責任と責任感は異なるのです。

今は、責任は誰かに取らされるものだという認識からすぐに自己防衛に入り他人ごとのように距離を置いたり、または自分に責任が降りかからないように「自己責任だから」などという言葉を用いて思いやりに欠けて責任を押し付け合って人間関係が殺伐としている状況をよく見かけます。

そしてこの責任という責めと罰を用い、人間を管理する方法は当たり前のように長く用いられてきました。その最たるものに戦争があり、人権尊重しなくても無理に従わせるという手法で組織管理に定着していきました。実際は責任を与えて管理するかどうかが問題ではなく、人を信頼するか信頼しないかということが責任の本質にあるのです。

本来、立場に責任を持たせて管理するという方法はそこに人を信頼するというものがなければ本来の助け合い協力し一緒に目的を達成する自立した組織にはなりません。なぜなら人を信じなくて済むからと管理を導入し、立場やマニュアルを用い責任を押し付けてもそれは主体的に自主的にやっているのではなく外圧という外の力を用いて他律の中で責任を果たしていることは責任であって責任感にはならないからです。

本来は、自主自立、目的を共有し納得し御互いが助け合い思いやる中で、自分が果たす役割を自らで認識し真摯に全てのことを自分事として自律している中で責任を果たすことが責任感を持っているということになります。

そしてこの責任感というものは、教えられるものではなく思いやり助け合う中で育っていくものです。自分が日頃多くの方々の御蔭様で成り立っていること、いつも周りに助けていただいているということ、そういう感謝の心が育ってくることで同時に責任感は育っていきます。つまり責任感が強い人は、人一倍感謝の心も強い人とも言えます。

先日、ある学校である子どもが宿題を忘れたらその同じ班も連帯責任にして罰を与えているということを訊きました。なぜそれをするのかと尋ねると、罪の意識を持たせ責任を教えているということでした。ここでの責任の意味は、罪に罰を与えることであり、自分が悪いことをしたらそれ相応の罰がくるということで責めを負わせ罪悪感を教えています。

本来、責めは負わせるものではなく自ら負うものです。それは罪悪感ではなく、感謝の心から発生するものです。それを責めて負わせるようなことを教えるから責任は持ちたくない、責任は持たされるものだと勘違いするように思うのです。そしてマジメな人であればあるほどその罪悪感が重くなって責任に追い込まれていきます。

昔の教育は、担任が一人で責任を持たされそれを果たすことが責任だという認識がありました。それは信頼というベースがあってはじめて成り立っていたから責任感も持てました。しかし今、不信をベースに責任を持たされるのならそれで責任感が持てるはずがないのです。

だからこそ今の時代は、まず責任感を持てるように思いやりを中心にした組織にすることが必要不可欠でありそれがリーダーの何よりも重要な責務になってきています。社會に信があれば、思いやり助け合いの心で人々は責任感を持ちますが社會が不信に満ちるなら人々は責任を押し付け合います。

小さな組織もまた小さな社會ですから、その小さな社會の在り方を変えていくことで世の中の大きな社會もまた変化していくように思います。

子ども達がいる現場をどのような豊かな社會にしていくかは、一人ひとりの責任感に由ります。そしてその責任感は、思いやりと感謝の心によって目的と初心を定め、理念の実践によって醸成されていきます。

責任感を持つ人が増えることは、思いやりを持つ人を増やしていくことです。子ども達のためにも、新しい組織の在り方を示し仕組みを広げていきたいと思います。

身体と生態系

体調を崩し、改めて気づくのは生態系についてです。私たちの身体も自然が創造した自然の一部ですから、この生態系の道理は自分の内なる身体の中にも存在しています。

例えば、食べる食べられる関係で自然界は絶妙に調和しています。そこは御互いが御互いを活かし合うための共生の世界です。その調和が生態系によって守られていることで自然界は平和に安定しているとも言えます。

もしもそこに生態系が崩れるようなことが起きたなら、あっという間に自然界のバランスは崩れまた調和するまでに長い年月をかけて自然治癒していきます。何か一つの種が絶滅するだけでも、全体に与える影響は大きく、他の生き物がその代用をつとめられる場合は良いのですがそうならない場合は大量絶滅してしまうとも言います。

人間の身体もこの自然の仕組みは働いているとも言えます。

腸内細菌をはじめ、皮膚常在菌、またはあらゆる場所に何兆という数の微細な生き物たちが生息して人間の身体を活かしているとも言えます。つまり私たちは内なる身体の中に外の自然界と同じような生態系を持つのです。

その生態系は、そのまま外の自然とつながっていて外の自然の延長線上に内なる自然はあります。今は清潔に除菌殺菌し、あらゆる外界の自然を汚いものだとして排除していますが本来は外にある自然と繋がって内なる自然があるのですから生態系は結びついていたともいえるのです。

その関係を断ち切って、あらゆるものを消毒して清潔にし過ぎていたら内なる生態系も変化してしまいます。一昨年、サナダムシを敢えて自分の身体に取り入れ「キヨミちゃん」という名前をつけて共生しているという寄生虫学の藤田紘一朗博士がいることを知りました。その方は、身体で共生しているサナダムシの御蔭で花粉症にもならず中性脂肪もおちて健康になったと言います。

寄生虫を体内で育てるに至った経緯についてはこう語ります。

『排便の流れる川で子どもたちが水遊びをし,その水で炊事や洗濯をしている。実際,調査すると全員が回虫にかかっている。ところがですよ,我々から見たら,そんなバイ菌だらけの汚い生活をしているにもかかわらず,子どもたちの表情はみんなはつらつとしていて,肌もつやつやと黒光りしている。その上,アトピー性皮膚炎,花粉症,気管支ぜんそくなどのアレルギー疾患の人がどこを探してもひとりもいない。当時,日本の子どもたちにアレルギー疾患が増えだし,奇病として注目され始めた頃です。「これは回虫がアレルギー抑制に関係しているのでは」と直感的に思ったんです。』

そして「寄生虫や微生物がいない清潔過ぎる社会は、逆に不健康である」と言い切ます。

今回の急逝扁桃炎という病を得て、如何に免疫が大切であるかを実感しました。結局は免疫が下がるとそれを補うために自然治癒としての病気が発生します。そこからまた生態系のバランスを恢復させようとするのです。

自然の生態系を崩すような都市型生活スタイルを続けていれば自ずから免疫というものは低下していくのです。本来の免疫を高めるような自然に沿った生活スタイルと既存の今までの都市型生活スタイルとのアンバランスが今の身体の状況を造ってしまっているような気がしています。

これは自然か不自然かではなく、如何に中庸調和を維持するかは日頃の身体との対話に由ります。現代社會の都市化された中での生活と、田舎での生活の折り合いをどのようにつけて自らの内なる生態系を見守っていくか、、、まだ答えはでませんが今回の御縁をキッカケに改めて向き合ってみようと思います。

子ども達が将来、生態系が消失し多様性が存亡しなくていいように今の自分たちの世代で未来のことを心配した行動を一つでも多く残したいと思います。

美味しい切れ味

もともと日本では包丁という言葉を料理とし、料理する人を包丁人と呼ばれてきた記述が鎌倉時代の記述に遺っているそうです。これらの料理の定義は「切る」という文化であり、この「切る」という技法が、日本料理の原点であり、生ものをはじめ、新鮮なものを新鮮なままに料理する感覚の世界を大切にしてきたとも言えます。

日本料理で割烹とありますが、これは「割主烹従(かっしゅほうじゅう)」であり材料を切り割いてそのまま食べる生ものが主で、煮たり焼いたりするといった火を使う料理は従であるという考え方のことです。

それだけ「切る」という技法は、日本料理の代表的な文化です。そしてその「切る」ということを可能にしたのが日本刀であり、和包丁なのです。これは世界でみても、とても珍しい調理法で日本には新鮮な山の幸海の幸が豊富にあり、その「いのち」を傷つけないように壊さないようにとそのまま料理することに重きを置きました。

物のいのちを観るだけではなく、すべての生きとし生けるものたちのいのちを大切にしてきた日本人だからこそ、ただ食べるではなく、神事として食べるということを行うからこそいのちを尊んできたように思います。

今の時代は、腹を満たせればいい、慾で食べられればいいと、飽食の時代ですから食べ物も粗末にされ、あまりそれらの料理に「切る」ということの美味しさを実感する機会も少なくなってきましたが、昔の人たちは実家のよく研ぎ澄まされた和包丁を用いることで「美味しい切れ味」を知っていたように思います。

切れ味次第で、美味しくもなればまずくもなるという感覚世界を知っていたということでしょう。今は切れ味といっても、通じない世の中になりましたが本来の切れ味が分かるからこそ物の尊さ、味の美しさを知るのでしょう。

料理を今までもたくさんしてきましたが、この「切る」ということが料理であるという定義ははじめて知ることができました。日本人の料理に対するこだわりが、一体何と通じているのか。改めて、先祖たちの産み出した道具のすべては一つの理念から出来上がっていることに気づきました。

子どもに遺していきたい道具、子どもに譲っていきたい道具とは何か、これから道具を発明するときの大切な姿勢を学び直していきたいと思います。

感覚の世界~研ぎの志~

昨日、三重県松阪にある月山義高刃物店にて藤原将志三代目から研ぎについての講習を受ける御縁をいただきました。昨年から「磨く」ことをテーマに、深めていると鐵に出会い、鐵から砂鉄に出会い、砂鉄から砥石に出会い、そして研磨に辿りつきました。

研磨という世界は感覚の世界であり、この感覚の世界をどれだけ大切にするかに由ります。日頃から切れ味知り、観る目を凝らしてミクロの世界を感じることやマクロの世界を味わうことは、自分自身の感覚を研ぎ澄ませていくものです。

今回の体験でもかつて日本人たちが如何に鋭敏な感覚を日頃から持っていたかというのを実感しました。これらの日本の技術が廃れていくのは本当に辛い思いがしますが、次世代、もしくはさらに先の世代が必要としたときその技術がこの世になかったではあまりにも悲惨なことになります。

だからこそ今を生きる私たちは、ちゃんと子ども達や次世代のことを考えた志業を行う必要があるのです。今回の研ぎでもまた、その文化の一端に触れる機会になり、これら実践していく上で何よりも大切な志をいただいたような気がします。

物はモノではなく、志があります。誰がどんな思いをもってそれを造り、誰がどんな祈りをもってそれをつなぐか。つまり物はその誰がが語るから、物語なのです。たたら製鐵を遺し鍛冶をする刀匠、そしてミクロの世界を科学し研ぎの真髄を語り続け研鑽を続ける研ぎ師、そのお二人の姿から大切なことを学び直した気がします。

研ぎについては、「切れ味」という世界があることを知りました。

つまりは、物は切れ味次第で実際の素材の味も変わり、持ち時間も変わってくるということです。この切れ味が分かってくることが、何よりも最初の感覚の世界であり、これが観えるか観えないかが最初のコツのように思いました。

切れ味とは辞書に由れば、「刃物の切れ具合、才能・技能の鋭さ」とあります。他には「切れ味が良すぎる」や「切れ味が冴えた」という言葉もあります。そして私自身も切れ味については学んでいる途上で、如何に本質にシンプルに辿りつくかを思う時、そしてそれが最も正確無比で余計な言葉がそぎ落とされたとき、切れ味を思います。

切れ味については最後に印象深いことを仰っていました。

「善い研ぎ師であればあるほど、研ぎすぎることがない。」

だからこそ天然砥石を用いるそうです。これは自然の世界と同じであり、天然であればあるほど我が抜けているということです。天然の持つ砥石に磨かれるというのは、その調整力を身に着けるということではないかと直感しました。

早速実践をはじめ、境地を得てみたいと思います。

心身一如~心の観ている世界に近づく~

物事という出来事には光と影があるように、それぞれに別の側面を持っています。例えば、嬉しいことがあればその陰には悲しいことも同時に増えていくとも言われます。勝負の世界なども、勝ち負けがある以上、どちらかが笑いどちらかが泣くというように側面が発生します。

人生も同じようにこの側面はどんな出来事にとっても発生しているとも言えるのです。人生の意味を深めていると、この側面について考えることで人生の妙味を感じることができるようになります。

一見、それは禍に見えているようなものが実はそれが福になったり、一見、失敗に見えたその出来事がその後の人生の大成功につながったりと、目先の自分の小さな視野では理解できないこともその意味を深める力があれば別の側面から冷静に観察することができるようになるということです。

人間は自分の執着を持ち、その執着ゆえに一つの側面にしがみ付きたくなるのかもしれません。そんな時、どうその側面以外の側面を見出し、丸ごと受け止め受け容れて「見方を転じるか」、言い換えれば違う側面を見出すことができるかがその人の心の能力ではないかと思います。

以前、小林正観さんの著書で「見方道」についての内容を拝読したことがあります。小林正観さんは、自分を見方道の家元になりたいと修行を積まれたそうです。「見方を変えればすべては味方になる」というような具合です。具体的には、あらゆるものの見方を「うれしい・たのしい・しあわせ、感謝の心」で観直そうという技法です。

これは先ほどの側面をどう悲観を楽観にするか、それだけではなく全てを必然と転じるときの心の技法のひとつのようにも思います。人生は決して良いことだけではなく悪いこともある、しかしその見方を転じ切ることができるならそれは全て至善になることだということでしょうね。

これらの側面というのは、全体で循環しているものとも言えます。雨が降って嫌な思いをする生き物もいれば、それで救われる生き物もいる。自分にとって都合が悪くても、周りにとっては都合がいいこともある。全体にとっては善いことになっているという見方もあるように私は思うのです。

もしも地球全体で他力が働いている時、善いことにしてくださるのなら諦めてみようと思うものです。もしくは、きっと地球や循環が元にしてくれるのだから安心して委ねてみようという心境のことです。

畢竟、人生は天命があり運命に従い天寿を全うするものです。どうなるか分からなくても、委ねていけばどうにかしてくださるものです。思い通りにいかなくても、その側面では思ってもいないような偉大なことを成し遂げていたり、思ってもいないような幸運や恩恵をいただいているものなのです。

そういう側面を見る力がついてはじめて心の技法を身に付けれているといってもいいのかもしれません。心神一如というか、絶対安心絶対積極の元気のチカラは無我の中にあるように思えてなりません。

日々は自分で見ていること以上のことが本当に沢山発生しています。

見方を大きくすることや、見方を沢山持つことや、見方を換えてみることはすべて心が観ている世界に近づくコツのように私は思います。生き方上手というのは、別に世渡りが上手いことをいうのではなくこの見方が上手な人を言うのでしょう。

子ども達のためにも、どんなことが起きてもそれを全て至善に転じて歩んでいけるような大人のモデルを目指していきたいと思います。

ありがとうございます。

 

 

玄米との出会い

もともと私が玄米食になったのは、若い頃に続けた生活の不摂生とハードワークで大阪で倒れたことが起因になっています。その頃は、毎晩深夜まで取引先との会食、朝早くから移動や挨拶、営業活動、商談と、一人で何役もこなしていました。車で移動することも多く、よく車中泊をしたものです。その頃の食生活は今思うと悲惨なもので、ほとんどが菓子パン、もしくは栄養剤、時間があればファーストフードかカップラーメンばかりを食べていました。

一年中、休日は休まずに移動日にし、月曜日から日曜日まで休むことなく3年くらいはぶっ通しで働いたように思います。その頃は休みというのは、接待のない土曜日に健康ランドにいくくらいなものでした。営業成績は常にトップでしたから、それを落とさないために人の数倍時間を削り仕事だけに専念していました。仕事以外の優先順位はみんな下という感じです。食事はもちろん、睡眠などは最下層だったように思います。

それがある年末、一日で今年も終わると安心していたのか、突然お客様の前で倒れ込むように意識を失ってしまいました。すぐに日赤病院に搬送されたのですが、ベッドが空いておらず医師からは「極度の過労」という診断を受け自宅療養と言われましたが倒れたのが大阪だったため帰宅しようにも帰宅できないでいたところそのお客様だった方が「一人でビジネスホテルに泊めるのはあまりにも可哀想だ。子どもは今グリーンピースで世界旅行中だから子どもの部屋でいいのなら」と親切にご自宅へ泊めていただいたのです。

そこからも大変で激しい嘔吐や下痢、猛烈な寒気と40度を超える高熱が出ていっそ死んだ方が楽じゃないかと思ったほどで、病院からは即入院で2週間は点滴をとあったくらいでしたから食べるものなどは一切見たくないほどの状態でした。

しかしそのお客様が私にまず梅肉エキスを煎じたものをもってきて「これを飲めば吐き気が止まる」と言われ、泊めていただいているのに断れないと必死に飲んだら、今度は玄米粥をつくってくれて「これを無理してでも食べなさい」というではなですか。その時、親切を受けたのはいいが誤った判断をしてしまったと後悔したのですがこれも善意であったためちょっとずつ食べてみました。

その後、また意識を失い2時間ほどくらい眠ると驚くほど体調がよくなっていました。そして枕元には「きっと夜中にお腹がすくから」と一筆添えられ玄米おむすびを4個ほど置いてありました。

嘔吐下痢が酷かったのでまさかと思いましたが、その後時間が経つにつれお腹が空いてきて玄米おむすびを一個、また一個と食べていると元気になってきました。その時の美味しかった玄米の味は今でも憶えています。

私の玄米との出会いは、あの時でした。

あれから色々ありましたが、今では玄米食は日々のものになり今でもその玄米に助けられています。かの食育の祖、石塚左玄も玄米食の大切さを説いています。その石塚左玄も自分自身の持病との葛藤の末、「食養生」を産み出し、それを統合する「無双原理」ということをこの世に遺しました。

玄米は無双原理の中心にあるものです。

得難い御縁というものは、一見自分には不幸に見え、悲惨な出来事のような中であっても、その中に天の声というか手を差し伸べてくださるものに出会うようなものなのかもしれません。

あの出会いがなければ、今の自分はなく、あの食事がなければ今の自分の食はない。玄米との初心は、いつもあの時食べた玄米おむすびの味の中です。

子ども達のためにも、自分のカラダで感じたこと、体験したことは嘘がありませんからそれを多くの同じように困っている人たちへと伝えて世の中を元気にしていきたいと思います。

身体の声

体調を崩して数日経ってみると色々と身体の声がはっきり聴こえはじめてきます。人間はつい当たり前に存在するものについてのことはまるで自分のものの一部にもなったかのように感謝を忘れて大切にしなくなりますが、何かあったり失ってみたりするとその有難さや大切さに気づくように思います。

聴くというのは、まず自分自身の身体の声を聴き、そののち心の声を聴けるようになることが肝要で最初から発する声に耳を傾けようとはしないその姿勢にこそ問題があるように思います。

養生法の一つに、石塚左玄の「食養」というものがあります。これは「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と、心身の病気の原因は食にあるとし人の心を清浄にするには血液を清浄に、そして血液を清浄にするには食物を清浄にすることであるとも言いました。

日頃どんな食生活をしているか、そのものが何よりも養生法において重要であるといいうことです。その日頃の食生活が乱れ、バランスを崩すような生活を続けていていざ体調を崩して民間療法をやったとしてもそれでは手遅れなことがほとんどです。

なぜなら民間療法はそもそも自然に沿った生き方をしている人たちが病気の時に取り組んだ治癒法であり、今の時代のように農薬や合成添加物、スピードや効率で栄養過多になって偏った食生活の人たちが今更やってもすぐに効果が出ることは考えにくいからです。

民間療法をやるのなら、そもそもの日頃の食生活や生き方そのものから改善しなければその民間療法も活きてこないということです。如何に今の時代の食が乱れているか、昨今の世の中を見渡せば観えてくるものです。

対処療法というものは、どうしようもなくなった問題を「これよりもマシ」という比較の中で行われていきます。本来の問題とは向き合わず受け止めず、そこを只管避けて通ろうとする、変わらないのは自分自身なのが対処療法です。しかし根源治癒の方は、これよりもマシという欲望を断ち切ったのち、日頃から丁寧に生き方の方から変えていくものです。自分が間違っていることに気づいたらすぐに変わる、それが根源治癒です。

治癒というのは、自然に直るということです。

自然に直るには、そもそも人間は何が自然だったかというものを深める必要がります。その時、石塚左玄はこういうことも言っています。「人類穀物動物論」「一物全体」「身土不二」「陰陽調和」など、本来人類がどういう食べ方をしてきたかをとことん突き詰めているのです。何をもって自然かといえば、そのはじまりを知ることです。

そしてこの石塚左玄には、「食養道歌」というものがあります。二宮尊徳にも道歌がありますが、その道を深めた人たちの言葉は心に沁みます。

「臼歯持つ人は粒食う動物よ。肉や野菜は心して食え」
「円心ある穀類多く食ひなば、智仁勇義の道に富むなり」
「動かずば動かぬものをおもに食い、動き動かば動くもの食え」
「海国の魚と塩とに富む土地は、山や畑に生ふるもの食え」
「大陸の麦と薯とに育つ人。勤めて食えよ肉や卵を」
「塩風の温味ありける火の本を、さます薬は野菜なりけり」
「遠海の北と雪との水国は寒さ凌ぎに肉を食うべし」
「潮風の吹き入る土地は身の為に食ふて欲しい豆と野菜を」
「山里は塩の漬物食うが好し、肉と魚との代用するなり」
「牛と魚鳥や玉子とかはれども海鹽と同じものとこそ知れ」
「魚や塩得るによしなき山里は、鳥獣の肉を食うべし」
「塩風に吹かるる土地の人々は、夏気となるや殊に菜食え」
「飯食うて、程よく肉を嗜まば、身も壮健で智も才もあり」
「肴屋はさかなのように動けども、八百屋の如く静かではなし」
「春苦味、夏は酢の物、秋辛味、冬は脂肪と合点して食え」
「献立は海の品なら山のもの。臭い物には野菜合わせよ」

これれは、すべてほどほど、中庸であることが説かれているように思います。足るを知り、ほどほどの善さを自覚するものは健やかなりということでしょう。今の時代、誘惑ばかりがありますから己に打ち克つにはやはり自分自身との対話を静かに行っていくしかないのではないかと今回の病を得て実感しました。

「あらゆる静寂に耳を凝らし、深淵から届く声に耳を傾け、その澄んだ音を聴け」(藍杜静海)

今年も最初から転じる出来事ばかりが続いていますが、学び直しがはじまっていることに感謝し、体験させていただけることの御蔭様に恩返しをしていきたいと思います。

 

民間療法の本質

今回、民間療法を試していく中で一つの発見がありました。この民間療法は日頃取り組んでいる自然農と同じで、もともと備わっている自然治癒を援助し支えるやり方で行われていたということです。

現在の西洋の薬は確かに緊急時には必要ですが、病原体にだけに対してだけではなく同時に身体にも影響を加えてしまいます。副作用があるということは、病原体を攻撃するために多少の犠牲をはらっても手段を選ばずに薬で殲滅させようという考え方です。

それに対して古来から伝わる先祖たちが伝承してきた民間療法は、もともと身体には自然治癒が備わっているためそれをどう発揮できるように手伝うか、また援護するかという観点で薬を用いています。そのため副作用はありません。

例えば、喉の痛みについては「はちみつ大根飴」や「緑茶のうがい」、「生姜茶」の療法を用いましたがこれは扁桃腺で自助免疫が外部からのウイルスや細菌の侵入を防ごうと攻防を繰り広げています。その時、はちみつが抗酸化作用で殺菌を助け、緑茶のカテキンが同じように殺菌をし、大根が炎症や痛みを和らげ、生姜が体温を中から暖め免疫が活動しやすくなるようにと援護します。

つまり古来の薬はすべてにおいて自然治癒を「援護」するものであり、病原体を倒すためのものではないということです。これは人間にはそもそも自然治癒が備わっていると信じられており、その自然治癒が働きやすいようにと配慮しながら暮らしてきたのです。

これは自然農も同じで、作物その物のもつ育つチカラを邪魔しません。どうしても外敵に負けそうな時だけ、援護します。するともともと持っている元気が出てきて、逆境を撥ね退けて負けそうな時よりもずっと強く逞しく活き活きと育っていきます。その生きるチカラ、その元気溌溂さを見るとき、実は逆境は善いものだと信じさせるものです。

人間の身体も同じくもともと持っている元気がでなくなったのは自分の自然治癒力を信じず、西洋の薬に頼りますます元気がなくなってしまっているように思います。これは薬だけに限った話ではありません。何でも目に見えて効果がありそうなものに飛びつき、本来の自分自身の中にあるものを信じようとしなくなっているようにも思います。自分の免疫で治すことは確かに信じるチカラが必要であり、治るかどうかが分からない状態で苦しみが続くのですから調子が悪いとより不安になるのは仕方がないことなのかもしれません。

しかし見方を転じてみれば病気になってしまった原因を見つめるよい機会でもあり、苦しみを受け止めてそれを民間療法を用いて恢復ができるのなら自然に身体は以前よりも益して元気が漲ってくるように思います。

最後に整理すると、自然に沿って治そうとするものが民間療法であり人工的に意図的に治そうとするものが現代医療といっていいかもしれません。先祖たちの伝承された民間療法を試していたら、先祖たちが如何に自然に寄り添った暮らしを永い期間ずっと行ってきたか、そしてそれが如何に優れて素晴らしかったものなのかを身体で感じます。

自然を征服することができても果たしてそれが幸せなのかどうかは疑問です。自然物の一つとしての人間なのは自明の理なのですから、自然物のチカラが自分に具わっていることを自覚することの方が信じるチカラを得て自然一体に安心できるように思います。

子ども達のためにも、自然農と同じく民間療法としてのものもできる限り掘り起し探し出し少しでも多くのものを伝承していけるよう生き方を遺していきたいと思います。