心に寄り添う

昨日、ある方の理念取材をするなかで「心に寄り添う」ということについて話をお聴きする機会がありました。これは昔は当たり前だったかもしれませんが、今ではなくてはならないとても大切なことであることを感じます。

この心に寄り添うということが一体何か、それを少し深めてみたいと思います。

他人の気持ちが分かる人という人がいます。それは他人を単に頭で理解するのではなく、その人の思いやりやその人の心に共感し、その人がどんな気持ちでいるのかを心で理解していくことが出来る人のことです。

この心で理解するというのは、自分の中にある共感力が必要です。そしてこの共感力は単に知識で得られるものではなく、心の経験と体験の集積によって次第に理解が深まっていくものです。

齢を経ていけば、昔祖父母にしていただいたことや両親にしていただいたこと、周りの方々の見守りや先輩、先人からの御恩を感じて次第に心が育ち、他人の気持ちが分かる人に成るからです。

この他人の気持ちがわかるようになるということは、他人の心に寄り添うことができるようになってきたともいえます。

例えば、今では心で思っていなくても頭でこうすればいいのだろうと常識的に対応したりする人も増えています。子どもに対しても子どもの気持ちを心で理解しようとするのではなく、頭で思い込んで対応しても子どもは心が充たされるわけではありません。

これは動植物も同じで、すべてのいのちには心があり、その心に寄り添うことではじめて対話が成り立つからです。これは無機物のものであったとしても、使われる側の立場になって心を寄せながら使っていけばそのものと心が通じ合い満たされています。

共感というものは、人類をはじめすべての生き物たちがいのちのままに生きていくために必要な大切な能力です。これは「思いやり」のことです。人は心を寄せていく実践をすることで思いやりが育ちます。思いやりが育つ人は、次第に他人の気持ちが分かるようになってきます。自分がどんなに他人の気持ちが分からないと悩んでみても、もしも相手が自分だったらと自分の体験が増えれば増えるほどにその苦しみや歓びを分かち合うことが出来るようになります。

人は思いやりがあるから信じ合うことができ、思いやりがあるからいのちを感じることが出来ます。いのちと接している自覚をどれだけ大切にするかというのは、他人の気持ちが分かる人になることにおいては何よりも重要なことです。

昨日は「いのちに関わる大切な仕事」をしているのだから「子どもの心に寄り添う」と仰るその言葉に大切なことを学び直した気がします。どんなこともいのちに関わるからこそ思いやりの心を育てて自らが他人の気持ちがわかる人に近づいていきたいと思います。

ありがとうございました。

喜ばせる実践

古民家の再生をはじめている中である方から「家に喜んでもらえるような使い方をすること」と教えていただいたことがあります。この「喜ぶ」というのは、そのものが活き活きと仕合わせになっていくということです。

この「喜ぶ」とは何か、少し深めてみたいと思います。

もともとこの字の成り立ちは、打楽器を打って神様を祭り、神様を楽しませるという象形文字でできています。芽出度いとき、楽しいとき、仕合わせを感じるときに使われる言葉です。この喜ばせようとする心、おもてなしとも言いますが素直に感謝を伝えるときの姿であるとも言えます。

そもそも私たちは天からの授かりものであり、自分たちのすべてのものは預かりものでもあります。そうやって活かされている自分たちが天からお土産をいただき、その御礼として感謝を祭るのは自然の行いです。こういう感謝の姿の中に、生き活かされる不思議な喜びを感じているとも言えます。生活の中に存在する暮らしが楽しいのは、いただいているたくさんのものに対する感謝の心の現れだとも言えます。

家が喜んでもらえるような使い方とは、これを主語を変えれば道具が喜んでもらえるような使い方、または相手が喜んでもらえるような使い方、自分に置きかえれば自分が喜んでもらえるような使い方をするかということになります。

道具を飾るのも、または大切に扱うのも、もしくは綺麗に手入れして磨いていくことも、それはその対象に喜んでもらおうとする自分の感謝の心が投映するからです。そしてこの状態こそ、「喜び」そのものであり、仕合わせを味わっているのです。

どんな気持ちで日々を過ごすのかは、周りに対する感情の影響をあたえます。周りやみんなにいつも喜んでもらいたいと自分を使う人はみんなに喜ばれる存在になります。逆に、自分のことばかりを思い悩んでは周りに文句をいい自分を嘆きかなしみ、過去や未来を憂いてばかりいては周りに心配をかけるばかりで喜ばれません。

この「喜ぶ」という姿は、いつも感謝している状態のままでいるということです。言い換えるのなら、いつも楽しそうにしている人や、いつも喜んでいる人、いつも幸せそうに振る舞う人は、周りに対して素直に感謝の心を忘れない実践をしている人ということになります。

子ども達が楽しそうにはしゃぎ、喜ぶ姿には神様に対して素直にしあわせの心を示す感謝のカタチがあります。「うれしい、たのしい、しあわせ、ありがたい」などの感謝を顕す言葉は相手を喜ばせたいという気持ちに満ちています。

もっともっと喜ばせたいと思う心が相手を自然に尊重し、相手をおもてなしもったいなくその価値やいのちを活かそうとする心がけになるものです。喜ばせているのは何か、喜んでいるのは何かを忘れずに「喜ばせる実践」を愉しんでいきたいと思います。

 

自然調和~自分を弁えること~

自然には調和という言葉があります。調和しているのが自然であり、自然は調和している状態のことを言います。この調和とは何か、これは人間も自然の一部ですから調和していることで自分の存在が成り立ちます。改めて調和というものの大切さを深めてみようと思います。

そもそも自然というものは、それぞれの分を弁えて存在しています。二宮尊徳は「分度」と言いましたが、自分の分を弁えることでそれぞれの存在を活かし合います。

生き物たちは、食料を獲りすぎることはなく、度を超えてやりすぎることはありません。よく何らかの生き物だけが増えすぎることはありますが、それはその前に分を超えた何かを誰かが行ったことで調和が乱れるから発生するのです。

例えば、ある農園に害虫がいるからと農薬ですべての虫たちが死んでしまうとします。それまでみんなで分を守っていた生き物たちが死に、外から新しい生物は入ってきます。するとその生き物が急激に増えてしまいその農園はまた分を超えて調和を失います。そしてまた農園に農薬をまいてその虫を殺してしまえば今度はまた別の虫が外からやってくる。何も虫がいない状態になるまで農薬を使った頃にはそこの草花や木々にいたるまですべてが枯れ果てているということです。これが不調和と言います。

そもそも調和する状態とは何か、それは持ち味が活かし合っている状態のことです。持ち味が活かせないから不調和が発生し、そのこから不自然の悪循環に入ります。それぞれの生き物たちが分を弁えて、それぞれの場所で自分の分を守ることができるのなら自然は自ずから調和にハタラキます。

このようなハタラキを知る者たちは、余計なことをしなくなります。先ほどの農薬こそを仕事だと勘違いし業務ばかりを増やしては不調和をくりかえすのは、分を超えてしまっている自分に気づかないからです。言い換えるのなら、不自然であることにきづかなくなっているくらいに自分の能力にばかり頼っているのです。

本来、自然は周りを信頼し合って存在します。自分は自然から分かれている存在とは思っておらず、自分自身は自然の一部であることを自覚しています。つまりは自然と一体であるということです。

その自然から離れているから心が不安になり、余計なことを繰り返しているうちに分を超えて不調和を続けてしまうのです。それでは持ち味は出す暇もなく、ひたすらに忙しい日々の業務で忙殺されているうちに豊かさもまた消失してしまいます。

改めて自然から調和を学び直し、それぞれの人々が協働でチームになって仲良く働くことを実践していかなければならないと私は思います。自然の中で分を弁えることは周りと一体になって一緒に仲良く生きていくことです。この調和は、それぞれの持ち味の集積によって成り立っています。

引き続き、持ち味の本質を見極めつつ自然の法理を仕組みとして子ども達に伝承していきたいと思います。

子どもはカムイ

アイヌ文化のことを深めていると、子どもに対する人類のかかわり方に普遍性を感じます。本来、人類は子どものことをどのように思っていたか。いや、すべての生き物は産まれたてのこどものいのちをどのように考えていたか、根源に思いを馳せればある共通のものが観えてきます。

日本には古来から「三つ子の魂百まで」という諺があります。三歳までは魂のままであり、魂がそのまま百まで生きるということです。西洋にもThe child is father of the manという諺があります。これは子どもは人類の親であるということです。

アイヌの長老は、「アイヌでは赤子はカムイなのだ」と語るそうです。

「よく赤子を観察してみなさい。赤子というのは、泣けばおっぱいがもらえる、泣けば寝かせてもらえる、泣けば抱っこしてもらえる。自分が何かして欲しいときには、言葉で意志を伝えるのではなく泣くことによって叶えてしまう。言葉がいらない存在。泣けば用が足りる存在なのは、神様以外には有り得ないのだ」(秋辺得平さんより)

その赤ちゃんは誰のものか、それは単に親のものではなく神様から預かった神様なのだからみんなのものであるとし、アイヌでは子どもはコタン(村)みんなで育てるとしました。これはすべての人類、先住民たちの共通の理念で常に共同体社會の中で子育てをし、子どもをみんなで見守ることで人類はいままで子孫を繋いできました。

今の時代のように、歪んだ個人主義が蔓延し子どもを自分のものだと勘違いし親だけに子どもを押し付けたり、誰かにお金を払って育ててもらったりなどはなく子どもは「人類みんなのもの」だったのだから社會で育てたのです。そして、他の生き物たちと同様に自然の中でいのち(子ども)は自然に育つものです。自然に育つのだから、自然に育つように見守り環境をととのえていくことで私たちはおもいやりの社會を築いてきたとも言えます。今はその自然が不自然になっているから、教育方法論ばかりが横行し古来からあった当たり前の普遍的な在り方が崩れてしまっているのです。

アイヌ民族の伝承のように赤子はカムイとして考えること、赤ちゃんこそ天から神様が私たちに与えてくださった至高至大の贈り物であり偉大な財産であるという認識があったからこそ私たちはみんなのものとして見守ろうとしたのかもしれません。

子どもが単に経済の道具や大人の都合で、少子化対策などと対処療法ばかりで乗り切ろうとしたらどうなるのか。人類は今まで大切に紡いできた先祖代々からの仕組みそのものを手放すことになります。子育ては社會を換える教育の初心を持っていますから、その初心に何を据え置くか、人類の先祖から学び直す必要性を感じています。もう一度、根元のところから私たちは社會の在り方を観直す時代に入っています。

引き続き、アイヌの口伝から永遠に生きのこる智慧を学び直したいと思います。

人生の旅の醍醐味

日々を過ごしているとふと心が遊び旅に出たくなることがあります。旅は自由の原点であり、自由は旅を味わい深いものにします。そして人生は旅そのものであり、いつも心は旅をしているとも言えます。時折、風に吹かれ風任せに漂泊の旅に出たくなるのも心がバランスをとるために感応するからでしょう。

旅には目的や到着点があるものと、あてのない旅というものがあります。実際は、旅をしている以上に心が旅を味わっていて旅の意味は旅の最中よりも旅の後に振り返る中で気づくことが多いものです。いまの自分のいるところから離れつつ身を捨てて彷徨い流離ってみると、本当のことや真実が観えてきたりもして自由に発想を楽しむことができるものです。

漂泊というのはまるで階段の踊り場のように時折、歩みを止めて休みを味わうことに似ています。そして小舟が流れのないところでゆらゆらと揺られている様子はそこからどこかへ進むための準備をしているようで宙ぶらりんのままにいつの日か動き出すのを待つかのような心境があります。

私も振り返ってみたら大切なものは大切なままに不動ですがそこまでのプロセスや生き方は放浪や流浪のようでまるで一定に一直線にいっているわけではありません。

山あり谷あり、また川が様々なところにぶつかって曲がりくねっていくようにどのようになるのか先々のことは好奇心が面白いとおもうばかりで予想がつきません。目指す方向は決まっていても、そこに辿りつくまでの間が旅の醍醐味ですからどんな仲間に巡り会い、どんな道の御縁に出会い、どんな未来が拓けていくのか、それはすべて運任せ風任せです。

そういう運任せ風任せの心境というのは、人生の旅の醍醐味です。

毎日は規則正しく過ぎてはいきますが、いくつになってもいつまでも心の赴くままに漂泊をし続けて歩んでいくことを味わい盡していきたいものです。自由の森の心を持つ子ども達へ松尾芭蕉の句で贈り締めくくりたいと思います。

『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予も、いづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかかりて、住めるかたは人に譲り、杉風が別墅に移るに、「 草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家 」 表八句を庵の柱に掛け置く。 』

・・・日々に旅にして旅を栖とす、その覚悟をもって道を愉しみたいと思います。

 

自分のルーツ~クニの初心~

私達の先祖の大切にして来た思想は、先祖への畏敬の念でもあります。自然から学び、先祖の恩を大切にする生き方は道を歩むことにおいては何よりも優先されてきた徳目とも言えます。

日本にいたら当たり前になっていることも、世界からみたら当たり前ではないことが多々あります。私達は子ども達のためにも、まず自分たちのクニがどのようなものなのか、そして自分たちがどのような民族であるのかを自覚し、その誇りによって世界に出て持ち味を活かしていかなければなりません。

温故知新とは単に伝統を毀せばいいのではなく、その時代のその人たちの調和、所謂「持ち味」をどのように活かしてその妙味を発揮するかということにも関わってきます。守破離は、何を守り、何を毀し、そして何を活かすのかということです。

私は伊勢神宮にこの温故知新と守破離の妙味がなお生き続けていると思っています。ドイツ人建築家のブルーノ・タウトは、伊勢神宮をはじめてみた際に「稲妻に打たれたような衝撃を受けた」と言います。そして自著「日本美の再発見」の中で伊勢神宮についてこう述べています。

「芳香高い美麗な桧、屋根の茅、これらの単純な材料が、とうてい他の追随を許さぬ迄に、よく構造と融合している。形式が確立された年代は正確にはわからず、最初にこれを作った人の名も伝わらないこの建築は、恐らく天から降ったものであろう。伊勢神宮こそ、全世界で最も偉大な独創的建築である。試みに壮麗なキリスト教の大聖堂、イスラム数のモスク、インドやシャム或はシナ等の寺観や塔を思い浮かべてみるがよい。伊勢神宮は、これらのものとは全く類を異にする建築である。また古代ギリシアを考えてみてもよい。ギリシアの諸神は、天上の美のなかに反映された人間性そのものにほかならない。アクロポリスのパルテノンは、今なお古代のアテナイ人が叡智と知性との象徴であるところの女神アテネに捧げた神殿の美を偲ばしめる。パルテノンは大理石をもって、また伊勢神宮は木材を持って最高の美的醫醇化に達した。しかしたとえパルテノンが現在のような廃虚にならなかったとしても、今日ではもはや生命のない古代の記念物にすぎないのだろう。」

そしてこう言います。

「二千年にわたって西洋建築におけるアテネのアクロポリスにたとえることを許されるならば、日本には今もなおアクロポリスが存在している。ことに伊勢神宮は廃墟ではない。それは21年ごとに今尚繰り返されている。これは世界の何処にも見ることが出来ない事実である。」

「古代の遺跡である伊勢神宮が今尚機能していることは奇跡である」と。

式年遷宮において初心を伝承し続けるということが、如何にいのちの永遠性を象っているか、ここに伝承の秘訣があると私は思います。文字や文章で継承するのではなく、口伝で伝承するのではなく、魂で伝承する仕組み。まさに日本人が大和魂と呼ぶものは、この魂の伝承の仕組みのことを言います。

フランスの文化人類学者のレヴィ・ストロースがこう言います。
「日本は、神話と歴史のつながる世界で唯一の国だ。」と。
この証明は伊勢神宮の存在そのものが顕しています。つまりは神代より大切なものを大切なままに維持し続けている精神性、そして継続性、実行性、その尊さを何よりも重んじいている民族とも言えます。それは言い換えるのならば、まるで自然がいつまでも続くように私たちの生き方は自然そのものから学んだ永遠性を具備しているのです。
ブルーノ・タウトは別の著「日本の家屋と生活」の中でこう言っています。「社殿をめぐる老杉の鮮やかな緑はあたかも永遠に生きる自然さながらに、絶えず新たに造賛さらる日本精神の棲処を縁どっている」
私が特に共感を持てるのは「永遠に生きる自然さながらに」という一節です。
日本人の美意識や芸術における精神性の高さと、その真心は常にこの自然との一致に由ります。自然のままにありながら如何にその中の人間としての徳を高めていくか、自然との自他一体においてもっとも高い芸術性を持っていると定義されているのです。
常に自然をお手本にして自然の中にあるいのちに沿って暮らしていく謙虚で素直な生き方、そこに日本人の本当の姿があるように私は思います。
自分たちの本来の生き方を学び直すことは、自分たちの個性を磨いていくことです。
多様な世界で活躍する子ども達の持ち味を伸ばすためにもまずは自分たち自身が、自分たちのクニのルーツを学び直す必要を感じます。
引き続き、子ども第一義の理念を通して子どもに遺したい暮らしを伝承していきたいと思います。

魂の純度

ドイツ建築家にブルーノ・タウトがいます。この方は、第2次世界大戦のさなか、ナチスドイツから亡命のようなかたちで来日し、「日本美の再発見」などの著書を通して日本文化の価値を再発見し世界へ広げた人物でもあります。

この方は約3年半、日本に滞在する間に様々な日本文化に触れ工芸品の指導や一部の建築をおこないました。日本人というものがどのようなものであるか、日本文化とは何であるのかを鋭く洞察した内容には改めて感じるところばかりです。

色彩の建築家とも呼ばれたタウトは、その色彩についてこのような感覚で捉えていました。

「水面の波紋、氷塊の中の泡や結晶の生成、樹木の枝分かれや、その1つとして同じでない成長の仕方、葉芽が形成され一枚になる過程、滝の落水の装飾、雪の中の枯草、露の水滴の形成、木々の織りなすリズムに満ちた森、等等。自然の色彩は私を魅了して止みません。」

日本というものを洞察するときに、この色彩を使って見抜いたのかもしれませんがこの言葉の一つ一つからタウトの自然を観察する美しく見事なまでの表現に共感することばかりです。

そのブルーノ・タウトは「日本美の再発見」の中でこのような言葉を遺しています。

「日本の文化の特性とは、いわば芸術化された自然といえるでしょう。日本的なものの品質が問われた場合には、常に日本の古典芸術を特徴づけている簡素性への傾向が認められます。それは精神化された自然への感性にほかならないと言えます。」

この精神化された自然への感性という言葉に感動します。

私達日本人の先祖たちは、家屋をはじめ民藝品にいたるまで 自然美をそのままに取り入れて創意工夫し自然のままに活かしたものを作品にしてきたとも言えます。今、古民家再生をはじめ様々な古い職人たちが手掛けた道具に触れているとそれをいつも感じます。

目的が単に大量生産で使えればいいというものではなく、自然を敬愛し、自然への畏敬が道具に宿ると信じて精魂込めて造られてきたのです。こういう日本的な精神性、つまりは自然に対して純粋で無垢、いつも自然のいのちが観えているかのような子ども心が日本人には宿っているということを直感します。

日本文化の本質として大衆化して安易に便利に走り、目先の損得によって失われたものは魂の品質なのかもしれません。

ブルーノ・タウトは、桂離宮や伊勢神宮を絶賛します。

「泣きたくなる様な美しさ。永遠の美、ここにあり。われ日本文化を愛す。それは実に涙ぐましいまで美しい」と。

この泣きたくなる美しさとは何か、それは永遠の美を保つ魂の美。純粋なもの、いや、私の言葉にするならば「純度の高さ」こそが日本文化の本質であると信じます。如何に人生を研ぎ澄まし純度を高めていくか、それは日本人が日本人らしく生きていくための最大の要諦ではないかと私は思います。

純度の高い精神には、純度の高い生き様が宿ります。そこには単に道具や家屋だけではなく、そのいのちがそのものに投影し宿りいつまでも美しさを放ち続けるのです。

タウトが観察した日本とは、日本の魂、大和魂だったのかもしれません。これから古民家を温故知新していきますが、その大黒柱には常にこの真心を据えて取り組んでいきたいと思います。

引き続き、子ども第一義。子ども心を昇華して魂の純度を高め続けて先祖たちに恥じない生き方を実践していきたいと思います。

 

 

本質を磨く

先日、聴福庵の柱や天井をクルーと一緒にライスオイルを使って磨きました。磨けば磨くほどに木の木目が出てきて、すでに数百年経っている木の歴史や風格が顕れてきました。磨くことの面白さというものは、磨くと本質が顕れてくるということです。その本質は日頃は隠れていますが、磨くという行為を通して本質に近づいていくのです。これは私たちの人生体験にも言えるように思います。

例えば、古いものでもなんでも掃除をしなければくすんできます。そのものの色が分からなくなってきます。それを拭き掃除や掃き掃除を日々に行うことでそのものの色が浮き出てきます。これは個性も同じで、日々に掃除をしていくことで次第にそのものの個性が浮き出てきます。この浮き出たものは別になかったものが出てくるのではなく、あったものが改めて確認できるという具合です。これは温故知新とも言えます。つまりは、常に本質を顕し続けて怠らず磨き続けるということです。

本質が隠れてしまうからこそ、その本質のままに維持しようとする。これを初心を忘れないとも言います。人は別に何か心変わりしたから変わるわけではなく、本質を忘れてしまうから変わったと感じているだけなのです。

現に先ほどの数百年の木を磨けば、そのものの木目や年輪が出てくるのはその木がもともと持っていた本質が磨くことで思い出すのです。磨くということは言い換えるのなら「本質を磨く」ということです。磨くの陰には常に本質が隠れていて、本質的に生きている人は常に日々が磨かれているということです。

何のためにそれをやるのか、何のために生きるのか、そういうことを思い続けながら日々に生きているからこそその人は磨かれ温故知新して常に本質を維持していくことが出来ます。

磨くという実践は人生においては、自分らしく生きること、個性を活かすこと、そして目的を忘れずに本懐を遂げるためには何よりも大切な徳目なのでしょう。

引き続き、日々を磨くことを通して時代が変わっても世界が広がっても共通しているものを守り続けていきたいと思います。

子どもと場

現在、「こども食堂」という場が世の中に広がっているといいます。これはもともとは東京都大田区にある「気まぐれ八百屋だんだん店主」近藤博子さんが名付けはじめた実践が世の中に共感されているからだそうです。

このこども食堂という名前を聞けば、なんとなく子ども達が集まる食堂というイメージですがこれは子ども達だけが集まるのではなく高齢者をはじめ様々な人たちが集まる場だそうです。以前、新潟で拝見した「実家の茶の間」もそうでしたが如何に自分たちが居場所を感じられる茶の間を用意できるか、ここに今急速に失われている地域再生の根っこがあることを実感しました。

このこども食堂の定義は「こども食堂とは、こどもが一人でも安心して来られる無料または低額の食堂」となっていて子どもが一人ぼっちで食事しなければならない孤食を防ぎ、さまざまな人たちの多様な価値観に触れながら「だんらん」を提供することを目的にしているといいます。

つまりは一家団欒というものが地域から消えてしまったものを補うものでもあります。私が聴福庵の囲炉裏で用意しようとしているものにもここに共通するものがあります。囲炉裏を囲み、あらゆる多種多様な価値観が触れ合う中で一緒になって火(いのち)を囲む中に団欒があります。今はこういうものが失われたことから子どもは自分の持ち味や、自分らしさを実感できることが少なくなったように思います。

人は誰しも自分の居場所が見つけられることで自分の存在を確認できます。それは人格の根とも言え、自分の根がどこにあるのかを自覚することで植物のようにそこから養分を吸い上げ立派に成長していくことができるからです。

根元が不安定なものは、根なし草のようにふわふわと浮いていますし、根がないものはどうしてもその人生に不信や不安が付き纏います。自分が居てもいい、自分の居場所を認めてくれる仲間や家族の存在が合ってはじめて人は自分を肯定して自信を持て、世の中の社會に受け止められているという実感と自立が生まれるように私は思います。

自立も共生も、子どもの頃の多種多様な価値観、多世代交流、多体験によって育まれます。それは全てにおいて地域の見守りがあったことで成り立っていましたし、人類はずっと子どもを地域で見守り育て合うことによってここまでいのちをつないできたとも言えます。

昔は自然環境が厳しく両親が早死にすることもあり、もしくは自然災害で全員の身内を失ってしまうようなこともありました。しかしそういう時に、地域の人たちが見守り育ててくださった御蔭で立派にその後の子どもが生長し、またその御恩返しを地域にして発展し続けてきたともいえます。

そういう人の循環する「場」が失われているとしたら、これは共生社會の危機であり自立社會の危機でもあります。自分の個性が尊重されながらもみんなで一緒に生きていく仕合わせと心地よさを子ども達に体験してもらいたいと思います。

地域への伝承と合わせつつ、子ども第一義の理念を自分なりに発展させて貢献していきたいと思います。

豊かさを譲る

今、時代はかつて人類が大切にしてきたものを手放してきているとも言えます。特に最近の世界情勢をみていたら、自分の国の利害ばかりを優先し他国を省みない言動や行動が増えてきています。

本来、思いやりや優しさは利他から生まれ自分のことだけではなく一緒に生きている周りのことを思いやるやさしさこそが本来の国の強さのはずですがそれをもここにきてまた手放そうとしています。歴史を鑑みれば、こういう自利ばかりを追いかけるようになると紛争が生まれやがて必ず戦争に発展していきます。身近な人間関係とも同じで自分さえよければいいという考え方が孤独を広げていくのです。

如何にそれぞれが周りを思いやるチカラを育てるか、それは幼い頃から思いやりや真心、友情や愛情の居場所を持てるかどうかではいかと思います。多様な価値観を持つ人たちの中で、様々なことを学ぶと言うのはもっとも効果があるのが協働や協力、そして思いやりなのです。

かつては、おじいさん、おばあさん、近所のおばちゃんやおにいちゃんおねえちゃん、その他、近隣のお店の人々にいたるまで地域が存在していました。悪いことをすると叱ってくれるおじさんがいたり、あらゆることは地域の中で学びましまた。そうして気づいたことは、自分一人で生きているわけではない、自分勝手ばかりをしてはならないということでした。

人は多くの人たちの中ではじめて自分の存在に気づきます。自分の行動が周りに大きな影響を与えることを学びます。その影響を知ることが自分さえよければいい、自分のことだけやっていればいいという我儘が如何に周りに迷惑をかけるのかを自覚するのです。

周りの御蔭様で私たちは生きられる、そういう御蔭様の真心を幼い頃から体験することで子どもは思いやりややさしさの本質を学びます。今は、地域が消失し、壁に仕切られ一人ぼっちになってもお金さえあればやっていける時代だともいえます。しかしその事から孤独になり、次第に居場所がなくなり寂しい思いをしているお年寄りや子どもたちが増えています。

福祉というものの本質は決してそういう人たちにやってあげるのではなく、御互いが見守り合えるように如何に居場所を用意するかということです。利害ばかりを追求しているうちに大切なコミュニティを失い、利害の影響を受けて孤立してしまう人たちがいるということこそが貧しいということです。

豊かな国になったはずが、かつての心の豊かさはそれと反比例しどんどん貧しくなっていく・・・そういうことに気づいた人たちが自ら立ち上がり、行動を起こしその貧しさに立ち向かっていくことも増えてきています。そういう希望や兆しも増えていますから、私たちも子ども達のために何ができるか真摯に考えていきたいと思います。

大切なのはもう一度、豊かさの定義を皆で見つめ直すことかもしれません。結果さえよければいい、能力主義や成果主義、または競争社会、比較の刷り込みばかりをもっていたら貧しさがより一層深くなるばかりです。道徳と経済とは本来分かれているものではなく道徳経済でした。道徳が経済に切り離されたことにより様々な問題が深刻なものへと変貌しています。経済にどのように新たな風を吹き込むか、それぞれの自覚が再生を担います。

その時、先ほどのような「場」という教育の在り方が、この失われてきたものを原点回帰し再生するための大切な鍵になるでしょう。

引き続き、未来に真の豊かさが譲っていけるよう子ども第一義の理念に沿ってカグヤは「見守る」ということの実践を広めていきたいと思います。