一円対和~認め合う社會~

人は物事を対立で考えるときに、様々な問題が出てくるものです。そもそも一つであったものを二つに分け、それを対立させるのはお互いを認め合わないからです。本来、ニワトリが先かタマゴが先かというだけで、同質のものの先をどちらにしようかという話であることがほとんどです。

なぜそうなってしまうのかといえば、そこに対立思想があるからのように思います。自分とあなた、これとあれ、善か悪か、正しいか間違いかなど違いを分けてお互いに要求していけばその先には紛争や戦争が待っているかもしれません。

だからこそお互いに対話によって近づいていこうとするアプローチを世界中の様々な教育現場では試行錯誤されているのです。私たちの会社には一円対和というものがあり、二つ以上の分かれたものを一つに融合するというマネージメントを持っています。

本来、違うと思っているものも皆で持ち味を活かしあえば大和になるという思想と実践です。これは、お互いが違うからこそお互いを活かしあえば偉大な力になるということです。そのためには対立から対和へと舵を切ることと、その中でお互いが認め合うことで和合するという一円観を磨くことです。認めてもらおうとばかり思うのは自分を特別視するからですし、相手に自分を認めさせたいからです。

それぞれが違うというのは、それぞれに与えられてる才能や使命があるということです。言い換えれば「協力できる」「助け合える」「一緒にできる」ということです。お互いに一つの目的のためにその力を活かしあえばどの組織でも、衆智を集め、一家団欒の平和な社會が顕れてくるように思います。そしてこれが和合です。

この和合という考え方は、私たち日本を代表する文化の一つです。

対立し比較されまたは個性が認めてもらえずに心が傷ついている人たちはたくさんいます。その人たちが少しでも自分の持ち味に気づき、その個性を共に活かしあい認め合う世の中にしていくために、日々の実践を強く厚くしていきたいと思います。

運~心をいれかえる心がけ~

先日、幸運について考える機会がありました。人生には運が善いと言われる人たちがいます。なぜ運がいいのかと観察すれば、その人たちが運が善くなるような努力を続けていることに気づきます。

運が産まれながらいいというのは、その人の運が善くなるようなセンスを先祖たちが持たせてくださったとも言えます。無意識下で、本能が何を努力していけば運が善くなるのかを自覚しているということです。しかしその天性の運があったとしても、その後にその努力を怠ってしまえば運のセンスもまた減退してしまうように思います。

他にも運はご縁の中で導かれていくものです、善い人たちと出会い続けることができる人は幸運だとも言えます。それも自らが運が善くなるような生き方をしているから、そういう人と出会うとも言えます。

さらに自分の思ってもみなかった運に廻り合い、その運を伸ばしていくのも努力です。どうにもならないことをくよくよするよりも、自分のさせていただけることに感謝してできることを精進している人はいつも周りの力を借りて物事を成就していきます。

つまりは運とは一体何かということです。

私は思うに運とは「心がけ」のことではないかと思うのです。そして運を左右するのは「心をいれかえる」ことではないかと思うのです。

その人がどのような心がけをしているか、運の善い人は運の善い心がけをしているし、運が善くない人はやはりそういう心がけをしています。運がいい心がけの人に私淑し、その人の心がけを真似び、それを実践していくことで運は開けていく話はあちこちで耳にします。そうであれば、運とは心をいれかえることでいくらでも善くなっていく可能性があるということを示しているのです。

「心をいれかえる」というのは、変わる決心をすることからはじまります。

今までの生き方や習慣、考え方や行動、心の姿勢や態度を深く反省し、その心を別の心に変えていこうと決心をし、別の習慣や生き方、考え方や実践、その心がけを見直し練り上げていくのです。

人は先天的に運が善い人ですら努力していますし、後天的に運が善くなった人も努力を欠かしません。いつも自分の心がけを善くしていこうと精進していくことこそ、目には観えない幸運に包まれていることに気づくセンスを磨くことかもしれません。

子ども達が知らず知らずに影響を受けて幸運の中で道を歩めるように、自分もその周囲にいて先人のモデルになる大人なのだから心の倖せを見つめつつ、周りと一緒に心がけを高める実践を増やし弘げていきたいと思います。

魂磨き~人類の夢~

昨年に貝磨きの体験をしてから、貝をとても身近に感じるようになりました。貝というのは、古代人の夢であったように今では感じています。古代の人たちが貝を首飾りにし、土器の模様にしたのは、きっと貝が人間社會そのものを顕していたのではないかと私には思えます。

人生はまるで貝磨きのようなもので、人間は一つの社會を集団になって形成し、その社会の中で自らの本性をお互いに磨き合いつつ豊かで平和幸福に暮らしていきます。まるで一人一人がそれぞれにいのちの塊、その魂の原石であり、その魂を出会いによって互いに輝かせては大切な思い出という物語を宇宙の記憶の中に保存していくかのようです。

一人ひとりが自らで魂を磨いてきたからこそ、私たちは発展と繁栄を繰り返してきたように思います。その中で私たちは何度も何度も繰り返し繰り返し、まるで海の押しては引く波と同じように魂を磨き続けてきました。

貝の中に観る神性とは、「めぐりとひかり、いのち」の3つではないかと感じます。

磨き方は人ぞれぞれですが、みんなで一緒に磨こうとしたことは時を超越して今でも変わらず受け継がれています。

機会をいただけること、ご縁をいただけることが何よりも有難く、人生で一緒に出会えることに感謝の心に包まれました。

最期に、「人類の夢」という詩を紹介します。

「人は誰しもが何かしらの魂の原石です。
  だからこそ磨けばだれでもその人らしく光っていく。
 一人で磨くのではなくみんなで磨いていけば
必ずの世の中は澄んできて美しい世界になる。
 だからこそ一緒に磨こう、魂を磨いていくことは、
    子どもから私たちが学び直していくこと。
 子どもを人類の先生にして、私たちが学んでいくことこそ魂磨き。
     一緒に磨く仕合せ
を感じていこう。」(藍杜静海)

何が人類の初心であるか、それを出会い御縁をいただけた方々の道しるべになれるよう精進していきたいと思います。

 

出会いの哲学~物語~

今の時代、ありとあらゆるモノで溢れかえっています。一見、モノが溢れて豊かなようになっている気がしますが実際はモノが溢れて貧しくなっているようにも感じているものです。

全てのモノにはいのちがあると言います。

昔の日本人は、それを八百万の神々と呼び、この世の全てのモノには神性が宿っているという見方をすることができました。それを別の言霊にしてモッタイナイという言い方もしたのです。

ではその神性とは何かということです。

これはモノにはカタリがあるということです。漢字で書けば「物語」のことです。物が生きているからこそ語ってくるということです。これはモノが単なるいのちのないモノという定義ではなく、いのちが宿るモノだからこそモノが語るのです。

そのカタリとは、今までどのように辿ってきて出会ったかという奇跡の話です。そのモノが出来上がって自分の身の廻りにまでたどり着くまでどれだけの物事が発生してきたか、そしてどのような経過を経て今の目の前にまでやってきたのか、そういう一つ一つのご縁を感じるとき、そこには単なるモノではない神性が宿っていることに気づくのです。

足元に転がる石ころ一つでさえ、その石ころが目の前に現れるまで長い長い偉大な旅をして私たちの前にやってくるのです。あるいは、その辺に生えている草花でさえ悠久の年月のいのちの繰り返しを耐え抜いて進化し自分の目の前で咲くのです。

その辿りついた奇跡はまさに出会いのしあわせです。

出会いのしあわせを感じるとき、人はモノにいのちを観ます。

そのいのちの物語をどれだけしっかりと味わえるか、モノが溢れているから気づけないではなくモノが溢れていようがモノノアワレに気付いているということが大切なのです。

これだけ忙しい時代、そしてお金で物を簡単に売り買いし、大量生産大量消費で急速に工場生産をする昨今であってさえ、そのものがどのようにしてあなたの前にたどり着いたか、そこに確かないのちの物語が存在するように思います。

出会いというものは、廻り合いであり、その辿りついた奇跡を味わうチカラが不思議さの妙を味わう子ども心、「センスオブワンダー」でしょう。

常に物語を感じられるような一期一会のかんながらの道の生き方を、その出会いの哲学を日々に磨いていきたいと思います。

 

遊び心~童心に帰る~

遊び心というものがあります。英語ではユーモアやユニークという言い方をしていますが、この遊び心というのは物事の全てにおいて重要なことであろうと思います。遊んでいるのか学んでいるのか、遊んでいるのか真剣なのかというように、まるで事物一体になっている人の集中力の中には遊びが必ず入ってきます。

その遊び心は何かということを少し深めてみようと思います。

遊び心は辞書でひくと、「遊びたいと思う気持ち。また、遊び半分の気持ち。」「 ゆとりやしゃれけのある心。」「音楽をたしなむ心」などと書かれています。

ゆとりを持っている人というのは、どこか真剣な中にも遊び心がありそのものを心から面白がって取り組んでいます。子どもの頃は、何をやっていても面白く、どれをしていても愉しく、大人になってみると何が面白かったのだろうかと思いますが今でもその感覚は覚えています。

好奇心と呼んでもいいのかもしれませんが、何に対しても興味が湧き、どんなものでもやってみたいと思うのです。ワクワクドキドキのままに、集中して愉しみ時を忘れて気が付くと日々がいつも充実しているのです。

人はそのワクワクドキドキを真面目過ぎることで見失っていくものです。面白くもないことを真面目にやるより、真面目なことも面白くする方がなんでも楽しくなってきます。結局は、自分の中にあるワクワクドキドキの蝋燭の火を灯し続けているかどうかがその遊び心を満足させるコツのように思うのです。

遊び心がなくなれば仕事も人生もつまらないものになってしまいます。

畢竟、私にとっての遊び心とは子ども心、つまり童心です。

言い換えればこれは理想を求めて已まない心のことです。

人は理想を失うとき、子ども心を失います。

どれだけ真剣であるか本気であるか、覚悟が決まっているかは、その人の遊び心を観ればわかります。よくニコニコ顔で命懸けという言葉を使ったりもしますが、大変でも愉しい、苦しいけれど仕合せ、ピンチだけれどチャンス、禍転じて福になる、そういう心境というのはワクワクドキドキし続けている証拠なのです。

子ども心は、大人から押し付けられた刷り込みによって真面目であることを強要されて失っていくものです。優等生に仕立て上げられる中で、本来の遊びは次第に消失していきます。

人生は一度きり、どれだけ面白いことに出会うかが人生の豊かさであり仕合せのように思います。日々に出会う奇跡にどれだけ心がワクワクするか、そしてリスクを取りどれだけドキドキするか、まるでそれは遊びそのものです。

子ども心が亡くなった人に遊ぶことはできません。

私たちの会社の理念である子ども第一主義は、その理想を諦めさせないことで子ども心を見守りたいと祈る実践でもあります。子どもの周囲の大人が、童心をなくしてしまうことを私は一番危惧するからです。

童心というものは、純粋に素直に、謙虚に正直に、そして何よりも自然を愛し野生を尊ぶ心の中に棲んでいます。ワイルドに飛び跳ねるように世界を廻り、ナチュラルに仲良く元気に、ピュアに明るく健やかにセンスオブワンダーの原点、その童心に帰る日々にしていきたいと思います。

 

生活人の智慧~郷中教育~

鹿児島には風土の教育文化として「郷中教育」というものがありました。この郷中教育とは藩内に「郷中」と言う数十戸で構成された自治組織を設けこの組織内における異年齢の子ども同士の間で学び合う仕組みです。

具体的には、六歳か、十歳までを小稚児と呼び、十一歳から十五歳の長稚児が生活万般のモデルを示す。さらにこの長稚児を指導するのは、十五歳以上の二才(にせ)と呼ばれる青年が担います。二才のリーダー格を二才頭(にせがしら)と言い、西郷隆盛はこの二才頭を務めていました。

所謂、「子どもの自治」を行うことで子どもたちをたくましくさせる仕組みがあったのです。今では大人が教え込まなければ子どもは育たないなどと刷り込まれ、知識や規範を厳しく躾けるようなことがいいように思われますが、かつて歴史で立派な人たちを沢山輩出した郷中教育では子ども同士の学び合いを何よりも重視しました。

そこには規則はありましたが、基本的には先輩がモデルを示し後輩を思いやり、己に克つための生き方を導いたリーダーが存在しただけです。非常に理に叶った方法で、異年齢による養育を行っていました。

その仕組みは、私たちの行う一円対話とよく似ています。磯田道史さんのニュースの紹介記事から抜粋していますがここにはこう書かれています。

「薩摩の子供は、まず早朝にひとりで先生(主に近所のインテリ武士)の家に行って儒学や書道などの教えを受けるのですが、誰を先生に選び、何を学ぶかは、子供が自分で勝手に決めていいんです。そして次は子供だけで集まって、車座(くるまざ)になり「今日は何を学んだか」を各自が口頭で発表します。決まった校舎や教室はなくて、毎日、子供が順番で、地域の家に「今日はこの家を教室に貸してください」と交渉します。社会性も身につきますよね。何より大事なのは、皆の先生がバラバラなことです。思想が統一されないし、話す本人は復習になるし、口伝え・耳聞きによって、知識を皆で効率よく共有できる。ちゃんと理解してるか、親よりも厳しく仲間同士でチェックし合います。」

子ども同士で気づき合うのがもっとも偉大な先生という発想です。異年齢で教え合うことで仲間の発達や気づきから、自分自身を鏡のように内省し、自らの改善点を自らで発見しそれを克服していく。

人間が育つということは、己を修めるということです。その己の修め方は先生が机上で教えるのではなく、仲間の挑戦から学ぶという方法です。決まりは、負けるな、嘘をつくな、弱い者いじめはするなと明瞭です。その他、自らに打ち克つためのことが書かれるくらいです。

教育といっても今のように知識偏重型だけのものではなく、人本育成について真剣に考えて編み出した仕組みがこの郷中教育であったということです。

西洋のメソッドばかりを見ては、学者が言う事をさもそれが最先端だと思い込みますが日本の風土に遺っている歴史の篩をかけられても真実の記録が残っているものこそ、最先端のような気がしてなりません。

温故知新とは、かつての本質を今の時代に甦生させるものです。

私が今、提案して実践をしている一円対話はその郷中教育の仕組みを随所に取り入れています。人は教えなくても育つ、できるようになるには異年齢による見守りが必要であるというのは古今東西の発達の真理なのでしょう。

さらに磯部さん郷中教育の仕組みをついてこう語っています。

「判断力、決断力、実行力を伴った、まさに「知恵」ですね。定まった知識をテキストで身につけるのでなく、(1)あらゆる事態を仮想し、(2)それに対処するアイデアを考え出し、(3)その中から正しいものを選択し、(4)実行する“度胸”を持つという。」

生きる力とは何か、子どもたちが立派に自分の使命を果たし仕合せに役割を全うするための社會人、生活人にしていくための仕組みを考えた先人には頭が下がります。そしてこの郷中教育の基本は文字で教えず、全て実地実行、実践によってのみ行ったということです。

今年はこの郷中教育も少しずつ深めていきたいと思います。

 

人生の情

鹿児島に来ると、いつも西郷隆盛を深めています。他にも鹿児島には郷中教育をはじめ、数々の智慧が風土に遺っています。厳しく雄大な大自然の中で育まれたその思想がかつて日本全体を動かす維新回天の原動力になったことも頷けます。

その風土の模範のような人物の一人が西郷隆盛です。

「不怨天、不尤人、下学して上達す。」があります。天命を知る者は天を恨みず、己を知る者は人を恨まず自らの修養に徹せよというように、自らの不遇を全て受け容れて天命に生きた実践、まさに「敬天愛人」を座右とした西郷隆盛の人格的魅力に強く惹かれます。

何より正義感が強く正直であったからこそ数々の誤解を受けては酷い境遇に晒されていきます。しかしその中で仲間を大切にし、自らの信念を貫き、多くの人たちから必要とされその都度自分を天に委ねては人情に真心を盡していきます。

勝海舟からも、西郷は人に好かれ過ぎた、早死にするのは分かっていたというように評されていたり、英国の外交官だったアーネスト・サトウも西郷がほほ笑むとなんともいえぬ魅力的な表情になったと言われます。

もう時代が過ぎて残り香もわずかですが、その書物や周囲の人たちの発言からも人徳の薫風が伝わってくるものです。人から愛され、天からも尊敬される生き方というのは、無我無私であり思いやりに生きたということなのかもしれません。

西郷隆盛の人柄を思うとき、もっとも好きなものに西南戦争の終焉に際したときの中津藩の隊長、増田宋太郎の手記の話があります。

この増田宋太郎は、敗走する薩摩軍が最後の場所と決めていた鹿児島の城山に向かうに際し、中津隊員の皆に君らは中津へ帰れと指示して自分自身は一緒に城山で西郷に殉じると言いました。なぜひとりだけ残り西郷に殉ずるのか不審がる隊員たちに増田宋太郎は涙しながら話したといいます。

「われ、ここに来たり、初めて親しく西郷先生に接することを得たり。一日先生に接すれば一日の愛生ず。三日先生に接すれば三日の愛生ず。親愛日に加わり、去るべくもあらず。今は、善も悪も死生を共にせんのみ」

意訳ですが、「私はここにきて西郷隆盛先生に接する機会を得ることができた。一日、西郷先生に接すると一日の真心をが生じた。そして三日間、西郷先生に接すると三日間の真心が生じた。もはや西郷さんと一緒にいる真心が一体になり、別れることもできなくなった。今はもう善も悪もなく、その死生を共にしようと思っている」と。この増田宋太郎の享年は28歳です。

西郷隆盛の南洲墓地が、鹿児島市上竜尾町にあります。

情を愛した仲間たちと一緒にその真ん中に坐する西郷隆盛に触れていると、「仲間を大切にする」ことの本質を改めて学んだ気がしました。私は鹿児島に御縁をいただいてから、人生の情について考え直すようになってきました。

偉大なひとさまにいただているご縁に感謝しつつ、御蔭様の日々を精進していきたいと思います。

 

試行錯誤~学問の答え~

人は物事を体得するのに現場実践というものがあります。これは頭で考えるのではなく、からだで気づくというような学び方です。

例えば、保育者であれば子どもから学び、農業者であれば田畑自然から学び、仕事であればお客様から学ぶという具合です。座学と違うのは、教室で何かを机に座って教えてもらうのを待つのではなく自分から動いてコツを掴みにいき、自らのからだそのものに染み込ませていくような学び方ができるということです。しかしここで座学か現場かという意味ではなく学問の本質は何かということです。

実際に私たちが学びを深めるとき、そのもの本来の姿から学ぶという姿勢は教えてもらうのではなく自ら学ぶという精神です。誰も教えてくれなくても教科書がなくても、もしくは技術が足りなくても道具がなくてもそのものから掴み取ろうという自学自悟の精神です。

そもそも誰かに教えてもらった知識というのは、自分の中で本当に体得した真実ではありません。体得していない知識は智慧でもなくすぐにその他人の知識の範疇を超えた現実を見たら常識に縛られ自分にはできるできないという二者択一しかなくなってしまいます。本来は、できるからするでもなく、できないからしないではなく、何があっても必ずやり遂げるという覚悟の物差しを育てるのが学問の本義かもしれません。

本来、実践しているから本を読むのであって実践しないために本を読むのではありません。自分の中の気づいたことが何だったのか、それを確かめるために自分の中で言語化し体系化し知識化していくのです。

人生というものは、知識が先か体験が先かといえば、太古の昔から体験が先なのは誰でも知っています。赤ちゃんが知識がなくても生きていけるように、動植物や周りの微生物にいたるまで知識がなくても発達していくように、本来は体験を通して気づき学んでいくのです。

今の時代は、疑似体験やバーチャルリアリティで済まそうとしますがいくら結果は体験したつもりになっていてもそれは頭で思い込んだだけで全身全霊のからだの感覚すべてで気づき得たものではないのです。

私にとっての学問の本質は「試行錯誤」です。失敗からはじまるのが学問であり、色々と試して挑戦していく中で最期は完成するのが学問です。簡単に言えば、最後まで諦めずにやってみることです。

最初から答えがあるかのように思い込んで、答えを探すために知識を得るのではなく、誰も見つけたことのない答えを自分自身で出してみたいと取り組んでみることが大事なように思うのです。

もしも教科書のように答えがあるとするならば、学問の答えは試行錯誤です。間違わないように真摯に実践を深め、気づきを喚起し自学自習を続けていきたいと思います。

口伝と体得~初心伝承~

一昨日から紹介している鵤工舎の小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)には共感するものばかりです。王陽明はかつて「道統を継ぎ、絶学を紡ぐ」と言いましたが、師の教えを忠実に守り伝統を継承する志に子々孫々への思いやりや真心を感じます。

そういう理念を持つ組織だからこそ、その教え方も本質的であり実践的、体得体認することを重んじています。口伝の重みでも実感したことですが、口伝できるというのはその志を受け継ぐ心があってのことです。血肉に伝わっていくような関係の中にこそ、大切な原点や初心、その志や伝統は伝承できるのではないかと今でははっきりと思います。

今年は伝統文化や老舗から日本の職人文化を学び直そうと思っていましたが、その最初に鵤工舎のことを学べて有難く思います。

文章の中で修業について書かれているところが沢山あります。修養も修行も、その心構えのことでしょうが具体的な実践事例で「研ぐ」ということの意味が書かれているので紹介します。

「刃物というのは、なかなか研げないものや。砥石にぴったりし刃を当ててゆっくり擦ればいいだけだが、それができんのや。人間の身体というのは思いの通りには動かないんだな。・・・中略・・・言葉は常に後や。自分の身体が考えの通りには動かないことにまず気がつかなならん。だから修業するのや。言葉や考えが役に立たないことにも気がつかなならん。無心で研げるようになって初めて刃物が研げるようになる。じゃあ無心ってどういうもんかと考えるかもしらんが、刃物が研げたときや。答えは刃物や。」

西岡棟梁から学んだ刃物研ぎの本質が記されています。無心とは研げた時だといい、答えは刃物だといいます。これは仕事でも同じように思います、無心でできるときは自他一体になっているということでその答えは仕事そのものだということです。そしてこう続きます。

「苦労して、悩みながら研いでいるうちにある日、「おっ」と思うことがある。そうやって階段を上がっていくんだな。精神修業のようだが、そうじゃない。大工は体を作ることだ。頭や考えも体から生まれてくるんや。俺はそう思う。だから刃物を研がせる。」

体をつくることと言います。以前、メンターから「からだ」という字は肉体だけではなくそこには心や精神も入っていると聞いたことがあります。「からだ」で覚えるというのは実践で染み込み自分のものにするということでしょう。

「よく研げるようになれば、道具を使ってみたくなる。木を削ってみたくなる。穴を穿ってみたくなる。それが大工として最初や。切れない刃物で木を削らせたところで、辛いだけでうれしいことも気持ちがいいこともない。そんな心で仕事をしていてもいいものはできない。だから刃物を研げないやつには道具を持たせない方がいいんだ。手道具は体そのものだ。体の一部として、考え通り、感じたとおりに使えなくては意味がない。その最初が研ぎや。」

”手道具こそ体そのもの”とあります。仕事では何が手道具であるかということです、それが商品であり自分そのものでもあります。

最後にこうあります。

「嘘を教えれば嘘を覚える。研ぎは全くそうや。ほんとうを覚えるには時間がかかる。時間がかかるが一旦身に着いたら、体が今度は嘘を嫌う。嘘を嫌う体を作ることや。それは刃物研ぎが一番よくわかる。・・・中略・・・上手になれば過去の自分の未熟さがわかる。それも上手になって初めてわかること。つまり、判断は常にその時の自分を超えないということや。刃物は自分の力量を表す鏡や。一心不乱に研ぐことによって、大工としての感覚と研ぎ澄まされた精神も養われるんやな」

”判断は常にその時の自分を超えない”とあります。今の自分の刷り込みを取り除くには、”からだ”で身につけろということです。言い換えれば一心不乱であるし、私の言葉だと全身全霊です。それだけの実践をどれだけ積んでいるかで本物や本質が磨かれるように思います。ここでの刃物とは人格に似ているように思います。何を研ぐのか、手道具とは何か、もう一度そのものの在り方から見直してみないといけません。

そして「技と人」の伝承とは、つまりは「口伝と体得」ではないかと改めて実感します。今の時代の人と技の教え方、学び方に対して刷り込みを見つめているととても大きな危機感を覚えます。子ども達には自学自悟、自分らしく自らを磨き上げていってほしいと思います。まだまだ職人文化や初心伝承を高めていきたいと思います。

職人文化~思いやりとやさしさ~

昔から職人文化という言い方をしますが、これは職人=文化ということです。人の育成に於いてまで文化の高みに到達していたのが私たちの先祖であり日本であるように思います。その育成方法も明治維新以降の教育改革の中で次第に喪失してきました。今では徒弟制度なども遺っているところも少なくなり、技の伝承や継承も次第に喪失してきているように思います。

昨日のブログでも書きましたが、学問が単なる勉強になってしまっては深さを知らず篤きを覚えません。要領よく楽をしては周りと比較して勝負はしても自分自身とは正対せずに打ち克たないでは本質は学べないように思います。

昨日紹介した鵤工舎の小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)の中で徒弟制度のことが書かれていましたがいくつかまた抜粋します。

「大きな建物は一人ではできん。大勢の力ではじめて建て上がるんや。一緒に仕事をしていくには、やさしさと思いやりがないと無理や。一緒に飯を食い、一緒に暮らし、同じ空気を吸っていれば、自然にやさしくなる。思いやりがなければ、長いこと一緒には暮らせん。隠し事も十年は隠せない。いい振りをしていても地が出る。素顔で暮らすのが一番楽や。そうしているとやさしくないと暮らしていけないことに気がつくんや。」

一緒に働くことにおいて何よりも大切なものが何かを知る人だからこそ、「同じ釜の飯を食う」ことの大事さを説きます。共視共食もそうですがなぜそうする必要があるか、それは心を通じ合わせて心を入れる志事だからです。頭だけでやれることなどはたいした仕事ではなく、本物の志事は其処に心が入っています。何より理念を重んじる組織に於いてはその心がどうであるかを何よりも優先であるとするのです。

如何に日本は職員文化の中でお互いに心を通じ育ち合ってきたか、師弟一体にあるがままに学びを与えあう環境構成と活人技継承の仕組みには感服することばかりです。そしてこう続きます。

「しかし、言っておくけどな、共同生活で、思いやりも、やさしさも身に着けていくが、本当のやさしさというのは、ただ人の面倒を見るのとは違うで。本当のやさしさは、自分自身に厳しく生きてないと身につかんもんや。厳しさのないやさしさは、甘えにつながる。そんなものはうちにはいらんし、人も育っていかん。技も身につかん」

今の時代は、やさしいばかりで叱れない人も増えてきています。叱咤ができないのはその人が自分に甘いからです、叱咤激励とはその人に期待しているということです。期待しているというのは、己に克てと応援するのです。逃げようとするその人の心に厳しい「喝」を入れられるのはその人が優しいだけではなく「自分との勝負を続けている自分から逃げない厳しい実践者」だからです。私のメンターもまた厳しい人です、まるで不動明王のように自分の中で打ち克っている人だからこそその人に憧れ私淑しています。

人が他人を尊敬することが大切なのは自分が成長できるからであり自分が素直になれるからです。足るを知らず傲慢になり自分の実力を見誤れば多くの人たちに大きな迷惑をかけてしまいます。だからこそ真摯に真独して一心不乱に一つごとに打ち込んでいくことが弟子の志業のようにも思います。そのことではこう言います。

「まず修行中は大工ということに浸りきることや。寝ても覚めても仕事のことしか考えんでいい。それでは仕事バカになると思うかもしれなんが、そうやない。一つのことに打ち込んでおれば、人間は磨かれる。中途半端よりずっといいで。自分の自由になる時間なんて全くないんだが、こういう暮らしをしていると、自分の癖や自分のことがなんとなくわかる気がしたな。アパートから通わせてくれという弟子もおったが、そういうのはお断りや。体から体に技や考えや感覚を移すのが職人の修業だ」

まさに頭で学ぶのではなく、体で学べ、体得せよ、つまり全身全霊でやれと言い切ります。そして最後に、本物であることの重要性を説きます。後世が判断するのはどの仕事でも同じです、自分で責任を以て成し遂げた仕事だからこそその仕事の後を見た人はその人がどのようにその前に仕事をしたかが自明します。隠せません。だからこそ全身全霊で人事を盡して精一杯だったかを重んじるのです。そこにはこう書かれます。

「技というのは独立してあるわけじゃないからな。俺は「真摯な、そして確実な建物を建てること。それが唯一、弟子を育てる手段」やと思っているんだ。一緒にやった者はそこで学ぶやろ。後の時代になって解体した者は解体しながら、俺たちがやった仕事を見、良ければ学び、悪ければ捨てていくやろ。精一杯造った建物さえあれば、必ず技や精神を見抜くやつは出てくるんだ。本物とは、いつの世でも変わりなく人の心を打つもんだと思う」

技もまた生き方なのです。職人文化とは、勘違いしていますがそれは古臭いのではなく「本物の香り」なのです。

どのような仕事をするのかは、その人の技がどのように磨かれているか、しいてはその人の人格がどのくらい練磨されているかを知ります。隠せないからこそ愚鈍に正直に真摯にというのは原則なのでしょう。本や言葉では教えられんことを教えるのが師匠だとしたら、棟梁とは何かも自ずから明らかです。志道もまた然り、王陽明の滴骨血です。

どんな生き方を見せていくのか、その背中が見える距離感で子どもたちにはその生き方をありのままに示していきたいと思います。