伝承の場

先日、ある方から鏡の話を聴きました。鏡というのは、カタカナではカガミとも書きますがこのカガミの「ガ」が取り除かれたらカミになるという話です。日本では、天照大神が三種の神器の一つとしての初心に八咫鏡を伝承し神代より私たちには特別な存在として認識されています。

この八咫鏡は、古事記には「高天原の八百万の神々が天の安河に集まって、川上の堅石を金敷にして、金山の鉄を用いて作らせた」とあるので「鉄鏡」ではないかとのことです。この鉄鏡を磨き上げて美しい鏡をつくったのかもしれません。

鏡には現実として、磨かなければ錆が出たりして曇り澱んでいきます。常に美しく透明であるためには、鏡面をしっかりと整えていく必要があります。そうやって手入れをし続けてこそ鏡はありのままの現実を映すことができるのです。

そして人間の心をこの鏡と見立てる場合、この鏡がいくらありのままの真実を映したとしてもそれを観る人間の心が曇り澱んでいたらそれが明瞭に映ることはありません。つまり真実が映らないのは鏡の問題ではなく、自分自身の心の問題であるということです。

人間は不思議なもので、ある人にはこの世が美しく鮮明にいのちの楽園のようにキラキラと輝いで観えます。またある人には、殺伐とした無機質の味気ない荒野のようにも見えています。同じ人間が同じ風景を見ても、これだけ世界は異なって観えているのです。

この世界の見え方は、そこに「我」があるのがわかります。人間は生まれたての時、そして死ぬ寸前にこの我が離れてあるがままの状態に回帰しているとよく言われます。我から離れて執着を手放し、澄んだ状態になるというのです。その時、まるで神様のように神々しく観えるとも言われます。

本来、私たちは自然の一部として何の刷り込みもなく余計な知識もなく地球と喜び自然と一体になっていれば心の曇りや澱みはあまり発生してきません。そこから離れて我の世界に入っていくことで、心の中にあらゆる執着がこびりついてくるのです。

かつての先人たちはその道理を知り、その穢れを祓うためにあらゆる工夫を暮らしの中に施していきました。そうやって親祖の心のままに生きていこう、天照大神のような心を持てるように精進していこうとしたのです。

いつの時代もまた、私たちは同じ悩みと苦労で現実に立ちます。この今、此処をどう生きていくか。常に向き合いながら歩んでいきます。心をどう磨いて透明にしていくか、そしてどう日々に心のお手入れをして整えていくか。

子どもたちには、一つの生き方としての伝承の場を遺していきたいと思います。

 

暮らしフルネスの役割

国内総生産のGDPというものに替わる概念として国内総充実のGDWという言葉があります。このGDWは「Gross Domestic Well-being」の略称です。具体的には物質的な豊かさだけでなく既存のGDPでは測ることのできなかった「精神的な豊かさ」(主観的ウェルビーイング)を測るための新しい尺度のことを言うといいます。

GDPの方は、「Gross Domestic Product」の略称で国内総生産のことです。これは一定期間内に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値のことをいいます。シンプルに言えば、指標のプロダクト主義からウェルビーイング主義への転向といってもいいかもしれません。

今までは物質的な豊かさを生産することが幸福の指標としたものが、これからは精神的な豊かさ、心の満足度や充実度を幸福の指標にしようとする考え方へとシフトしようとする概念です。

もともとこの考え方は経済指数を示す国民総生産(GNP)よりも国民総幸福量(GNH)を重要とするブータンの提唱によって世界で意識されていきました。資本主義的な経済価値を求めるGNPやGDPではなく、国民の心理的な「幸福感」「充実感」などを示すものにGDWを活用していこうというのです。

よく考えてみるとすぐにわかりますが、人生は決して物質的なものだけが膨大に増えてもそれですべてが手に入って満足しても充実するとは限りません。例えば、皇帝や王様などすべてが物質的に手に入っても本当の意味で幸福ではなかったという歴史の話はたくさんあります。心の渇望を物質で満たせても、それは一時的なもので永続するわけではありません。物をただ多く持つことはかえって幸福度を下げてしまうこともあるからです。

だからこそこの時代、従来の豊かさで得られなかった真の幸福とは何かを問い始めたということでしょう。人類がいつも青い鳥を探しているのはむかしから何も変わらないものです。

改めてウェルビーイングを調べてみると初めて言及されたのは1946年です。これは世界保健機関(WHO)設立にあたって考案された憲章にこう書かれました。「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」と。これは意訳ですがこれは真の健幸は、病気や弱っていないとかではなく、精神的にも社会的にも「全体として快適で充実している」ということだとおおよそ定義しました。

もっと簡単に言えば「人生においての居心地の善さ」といってもいいかもしれませんが一人ひとり、その人がその人らしく生きられる世の中になっていて、それが全体快適になり人類全体で永続する暮らしを味わえる状態になっているということでしょう。これは平和な社会と平和な暮らしの実現でもあります。

この問いはそもそも人はなぜ生まれてきたのか、何のために生きるのか、ふと立ち止まってみるとすぐに誰もが考えるものです。本当は、この地球に生まれてきてから私たちは真の豊かさを備わって誕生してきました。足るを知る世界に入るのなら、誰もがその幸福に気づくものです。

しかしあれが足りない、これが足りないと、わかりやすい成長と繁栄ばかりを追い求めてきた結果として自然環境が人類の都合で悪化し、空気や水やその他の暮らしのリズムなど、当たり前に存在してきた偉大な幸福も急激に失われているのが現状でもあります。

今、まさに人類は世界の中で真の豊かさについて議論をしだしたということでしょう。人類は、今、大事な分水嶺にいてその「選択」によって未来の子どもたちに影響を与えます。今の世代の責任として、子孫のために何を選択していくか。それが問われているのです。

もともと日本人の先祖は「和」を尊びました。私たちは今、世界の一部としての日本となりました。世界は様々な文化と融和し、新しい世界を切り拓いています。だからこそ日本から私たちは真の豊かさを発信する必要があると思うのです。それが私たちの役割であり、世界に貢献できる真のウェルビーイングの定義の提唱になるのです。

世界が一つになっていくからこそ、この問題は人類は決して避けては通れません。日本から何を伝道していくか。まさに今こそ、私たちはこの問いに正面から向き合い発信していく責任を果たすべきでしょう。

子どもたちのためにも、概念論だけではなく実態をもった智慧を「暮らしフルネス™」を通して引き続き実践していきたいと思います。

繋がり続ける

この世にあるものはすべて繋がっていくことで捨てることがなくなります。捨てるというのはつながりを切ることであり、繋がり続けるものは捨てることはありません。実はこの世のゴミ問題を含め、人類が今、真の豊かさから離されていくのはこのつながりを切る仕組みが世の中を席巻しているからです。

特に現代は、お金によってつながりが切られます。または常識やルールによって切られることもあります。本来は途切れていないものを契約や条件などを使って切り捨てることで繋がりを分断していくのです。

私たちは本来は、一つに繋がっている存在です。それに国境を定め、あちらとこちらと分けることで繋がりを分けていきます。繋がっていることは切られることの前提になってしまえばこの世のつながりはとても希薄なものになります。

もともと一緒一体に繋がっていると実感できるとき、人は自分の根に気づくことができるようにも思うのです。そのためには、繋がりを結び続ける必要があります。

たとえ、今の世の中が繋がりが激しく切られ分断する世の中であってもそれ以上に繋がりを結び続ければその糸は次の世代に託されていきます。

そうやって今までも先人たちが繋いできてくれたからこそ今の私たちがあるのであり、これからも先人たちと同様に私たちは繋がりを結び続けていく使命があります。

本来、この世に捨てるものなどもなくゴミなどもありません。そのどれもがご縁を結んでいる存在であるという事実があるのみです。

子どもたちには、結び目を切っていく姿を見せるのではなく繋がりを結んでいく姿を遺して譲っていきたいと感じます。一つ一つのつながりを甦生させ、そのつながりの養分が次世代へとしっかりと伝承していけるように暮らしフルネス™を実践していきたいと思います。

和楽

昨日は、無事に藁ぶき古民家甦生の御披露目会が行われました。遠方から、またご近所から本当に多くの方々がお祝いをしていただきまさに「和楽」に相応しい一日を過ごすことができました。

まずは古式の祈祷によって氏神様、地域の信仰の神様たちに感謝をし供養をしていただきました。次は厄除けをし結界をはり、参加の方々全員のお祓いもしていただきました。はじまりと終わりにみんなで法螺貝を立てましたが、遠方からその法螺貝で呼応する方がいたりと不思議な体験をしました。

その後は、この藁ぶき古民家の甦生のプロセスを動画で編集したものをみんなで一緒に観てその空間で場を楽しみました。多くの事件に多くの御蔭様が働き、家が甦生し、私たち自身も深く磨かれたことを実感しました。

そしてみんなを歌で元氣にするという志と夢を持つ丸目雅さんに来てもらい、歌を披露していただきました。ギターとの伴奏でカントリーロードも一緒に歌ってみんなで手拍子をして暖かい雰囲気を味わいました。

最後に、家主や私から御餅撒きをしみんなでお福分けをさせていただきました。その御餅はそのまま炭火で焼いたりして和気あいあいと楽しいお時間を過ごしました。そのあとも、人の波は途切れず、地域の方々やいつもこの道を通っている方々、もともとの土地の持ち主の方や子どもたちが来てくださって内覧をし、一緒に映像をみて喜捨をしてくださる方もおられました。

懐かしい「結」というつながりを感じる、よいお披露目会になったと改めて味わい深く感じています。

かつての日本人の先祖たち、また代表的な日本人として紹介されている歴史的な偉人たちはみんなこの「結」によって見守られ育ち、徳を積むことで人々に幸福をもたらしていきました。

つまり、利他に生き、見返りを求めずに徳を磨き続けることに一生を使いました。これによって自分の喜びがみんなの喜びになり、みんなの喜びを自分の喜びにし、それが一体なっていたのがわかります。自利の喜びではなく、利他の喜びこそ結の精神を醸成したのです。

来てくださった方々はみんな「あの家がこんなになるのか」と一様に感激されていましたが、私自身もこの家から本当に多くのことを学ばせていただきました。この半年間、徳を磨き徳を光らせる機会とご縁をいただけたことに何よりも深く感謝しています。

日本人は、暮らしの中に先祖から譲り受けてきた宝珠があります。それを磨きなおすことで日本人の徳は光り輝きます。子どもたちが将来、安心して生きていける世の中にするには今の私の世代がその宝珠をつなぎ、磨き輝かせてつないでいかなければなりません。

本気でやらなければ、誰かがやらなければなりません。まだまだはじまったばかりですが、同志たちを集め、この場、この脚下の実践から子どもたちに徳を伝承していきたいと思います。

 

藁ぶき古民家の甦生~徳の伝承~

今日、無事に藁ぶき古民家甦生のお披露目の日を迎えることができました。多くの方々に見守られ、支援していただき、ここまでくることができました。人の御縁はとても不思議なもので、何かを実現しようと思う時に四方八方から現れては力を分けてくれます。

動機が善であるか、私心はないか、そしてこれは子どものためになるかと自問自答しながらも徳を磨こうと取り組んでいくことでそれを一緒に実践してくださる仲間や同志に回り逢うのです。

このご縁をよく観察すると、ある人は、これからの未来のために必要な情報を取ろうとし、またある人は過去の何かの因果を解決しようと関わろうとし、またある人は、今を生きることを学ぼうと実践しようとされます。つまり、ご縁を活かすというものは生き方や生き様、そして志の輪が広がっていくことをいうのです。人のつながりは、志があってはじめて強く結ばれるということでしょう。

そしてこのご縁は、人とだけではありません。物や家とのご縁というものがあります。今回、藁ぶき古民家で暮らしを甦生する方が振り返りの映像の中でシンデレラストーリーのような話と言っていたのが印象的でした。

このシンデレラストーリーといえば私が思い出すのはプリティ・ウーマンという映画があってその主人公の女性が最初はみすぼらしい様から、紳士の指導によって次第に磨かれて美しく洗練された人物に変化していくというようなあらすじだったと思います。この話は、同時にその紳士もその女性によってさらに徳が磨かれて真の紳士に成長していくという話です。

これは今回の藁ぶき古民家と確かに共通点があります。誰もが価値がないと捨てられていた古民家を拾い、それを磨き上げていきます。この家が今は、美しく洗練された家に変化して甦っています。そして同時に、私自身も家から学び徳を磨く機会をいただき成長することができたのです。

私が古民家甦生をするとき、自分を主語にはしません。家を主語にします、つまり家が喜ぶかどうかを観て取り組んでいくのです。そうすると、家が喜べば私も喜びます。これが逆になると学ぶことができません。

人が学ぶことにおいて大切なのは、自然を主語にしたり、先祖を主語にしたり、徳を主語にしたりと、コミュニティを主語にしたりと、「私」を主語にしないということが大切です。私ばかりをみて、私が私がとなったら磨かれないのです。何を砥石にして自分を磨いていただくか、そこに人は自分の徳や魅力を引き出すポイントがあると私は感じます。

今日は、その藁ぶき古民家のお披露目会。

どのような姿になったかをみんなに見てもらるのがとても楽しみです。子どもたちにも、徳のある家から学び、見た目ではなくそのものが磨かれるとどのように徳が顕現するかを伝承していきたいと思います。

 

安心する社会

人間は自分というものを大切にしていくことで、他人を大切にすることができます。それはセルフブランディングともいい、自分の中のマイノリティを如何に大切に育てていくかということでもあります。

言い換えれば、「自分らしく」生きていくということです。最近のコロナで、自粛警察のように同調圧力をかけてはコロナ感染者をまるでいじめのように全体で追い込んでいく多数の人たちが出るのをみるととてもむなしい気持ちになります。

この同調圧力というものは、日本では村の掟や村八分などといって敢えて問題を避けるためにそこは暗黙の了解で空気を読みましょうという村の管理手法として用いられてきた仕組みです。個性を潰し、意見を潰し、勝手は許さないという強い圧力です。

それによって理不尽でも対話がなくても、みんなでその空気に従おうとする仕組みをつくり村は運営されてきました。この同調圧力によって、かつて真剣に生きた人たち、個性を持って素晴らしい感性を持った人たちのいのちが失われる悲惨な出来事がたくさん発生した故事や物語にはいとまがありません。

今の時代は、個々が自分らしく生きていく生き方が保障されてきています。そういう意味では、今はもっとも生き方や生き様を自分らしく表現し合える時代です。せっかくこのような時代に生まれてきたのに、自分の初心を守らず、理念や信念を貫かずに周りに合わせて問題が発生しないように空気に同調しては自分と他人の心の芽を摘んでいくというのはむなしいことであり子どもたちにはもっと自由にのびのびと個性を伸ばし尊重して見守り、居心地の善い場所を創っていきたいなと感じる日々です。

同調圧力で有名な言葉は「常識」というものがあります。これは言い換えれば偏見とも言い、思い込み、決めつけとも言います。アインシュタインは、「常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクション」といいます。18歳というのはこれは教育を受けてそうなってきたということを意味します。

例えば日本では、すぐに前例主義をとります。前例があれば認めますが、前例がないものはすべて非常識となるのです。私などは、何のためにそれをやるのか、また目的や理念に忠実に取り組みますから非常識なことばかりをやっています。ある人は、自分のことを天才と呼び、ある人は自分のことを奇人変人、発達障害とも言います。

吉田松陰は、信念をもって生きる生き方を通して教え子たちに「狂いたまえ」と指導します。今の教育とはまったく逆でまじめになれですが、松陰はこの道理を理解し自分らしく生きるためにも常識に捉われず信念を貫けといったのでしょう。

スティーブジョブズは、「常識?あ~凡人が仲良く生きるためのルールか!」ともい言っていたといいます。彼はそんな調子だから敵をたくさんつくったかもしれませんが、私たちはその恩恵で今のiphoneをはじめとしたアップルの製品を使うことができているのです。文句を言った人は、そういうものを利用しなければいいのに何事もなかったかのように享受されて使っているから不思議です。

もしも彼らがその時に同調圧力に負けて、村の掟や村八分を恐れて常識に縛られて無難に生きたらどうなったでしょうか。今の新しい世界はなかったように思います。温故知新できたのは彼らが挑戦したからであり、彼らを真に支えた仲間がいたからです。

つまり、本質的に何をしようとしているのか。そして一体、この人の本当の素晴らしさはどこなのかをみんなが尊重し合えるのなら空気を読むかどうかよりも、大切なのは理念を優先して生きていることをみんなで尊重し合う社会を築くことではないかと思います。

それが自分らしく居心地が善い社会を築くことであり、子どもたちが自分のままでいられる安心して信頼し合える社会になっていくと私は思います。古い体質のままそれを破れずに常識を押し付け合う人たちはこの国には大勢います。この空気を読むことが、相手を慮るものであればいいのですが他人に押し付けるようになったらそれは攻撃であり殺人に等しいと私は思います。

他人のことをとやかく言う前に、自分自身がどうであるか内省することがお互いを尊重し合うための真の掟やルールのように感じます。自分の至らなさを学び直しつつ、自分の中にある本当の個性やマイノリティを大切に思いやれる人になるように日々を必死に磨いていきたいと思います。

法灯と宝珠

英彦山にある霊泉寺の本堂向かって右側の宝珠一帯の木材が雨により傷み壊れていたので修繕を報謝させていただくご縁がありました。こういう機会をいただけたことに深く感謝しています。

この霊泉寺を調べると、英彦山修験のはじまりだといわれます。幕末に修験道は神仏習合で信仰を禁止され一気に廃れていきました。この霊泉寺は、元々の英彦山修験のはじまりであった霊仙寺の法灯を継ぎ昭和30年(1955)復興、そして平成元年(1989)には本堂や寺務所、庫裡が完成したとあります。

元々は英彦山は北魏の善正という僧が531年に英彦山内の洞窟に籠り、修行して仏教を広めたことがはじまりです。この時期は日本に正式に仏教が伝えられるよりも7年前ということになり、日本の仏教のはじまりはこの英彦山ではないかといわれます。この善正法師は最初は大宰府に来て仏法を弘めようとしましたが光が日子山にさすのを見て、山中の石窟にこもりその時機まで待つと決め修行をしたことがはじまりです。そして豊後の恒雄という猟師が善正に弟子入りし「忍辱」と名乗り英彦山修験が興ります。

この場所が、現在の玉屋神社がある玉屋窟です。この窟で忍辱は一心不乱に修行を積んで、如意の宝珠(世の中の人々を救うために役立つ不思議な力を持つ珠)を授かります。その珠は窟の奥から小さな倶梨伽羅(竜)が口にくわえて細い水の流れにのって現れたそうです。その珠が出現したことから、それまで般若窟と呼んでいましたがそれを改めて、玉屋窟と呼ばれるようになりました。この霊泉は今でも現存して滾々と湧いています。

その後、有名な修験宗開祖の役小角もここで修行したとされ、以後も義覚・義玄・義真・寿元・芳元(五代山伏)などが続きます。さらに弘仁10年(819)以降、宇佐出身の「法蓮」という行者が堂宇、伽藍、社殿などを造営し、霊山寺と名付けます。

この霊山寺という名前が霊仙寺になるのは弘仁13(822)年、嵯峨天皇より、「日子を改めて彦となし、霊山を霊仙に改め、四方七里を寺の財産とし、比叡山に準じ3千の僧を置き、天台の教えを学ばしめ、70州を鎮めて海宇の豊かなることを祈れ」とお言葉をいただいてからです。そこから900年間、英彦山はますます荘厳になりその信仰圏は九州一円、40万戸にも及んだともいわれます。元禄9年(1696)、英彦山は幕府により別本山と定められます。そして霊仙寺は江戸中期には坊舎800、山伏ら僧衆3000を数えるほどだったともあります。

今ではその霊仙寺は名前を変えて法灯を継ぎ霊泉寺となり玉屋窟から銅の鳥居に場所を移動させこの先にまた興るであろう未来の時機をじっと待ち、この先の修験道や山伏たちの御縁を見守っています。私は、時空や時間を旅をするのが好きですから約1500年以上の月日をその場で味わい、その中でどのような方々がここで暮らし、そして生きたのかに想いを馳せては徳を感じ心を潤します。

現在でも「不滅の法灯」といって比叡山延暦寺で最澄が御本尊の前に灯して以来、1200年間一度も消えることなく灯され続けている明かりがあります。今でもその灯りを道を継いだ志のある方々が偉大であり、その光はいつまでも心を照らします。

この英彦山には、宝珠がありそして法灯があります。

甦生させていくというのは、言い換えるのならこの法灯を守り宝珠を使うことです。私がさせていただけるのはどこまでかはわかりませんが、心の声に従って使命を果たしていきたいと思います。

 

コミュニティの甦生

コミュニティという言葉があります。本来の英語の意味よりも、日本人は別の意味でこの言葉を用いることが増えているように思います。最近では、トークンコミュニティという言葉も出てきています。少し並べただけでもコミュニティの古典研究、コミュニティビジネス、オンラインコミュニティ、地域コミュニティと地方創生、東日本大震災とコミュニティ、コミュニティデザイン、コワーキングスペースとコミュニティ、オンラインサロン、コミュニティマーケティング、コミュニティビジネス等々があります。

このコミュニティの定義をどうするかで、その言葉の理解も変わりますから少しこの辺を整理したいと思います。

コミュニティと同じくらいよく使っている言葉にコミュニケーションがあります。このコミュニケーション (communication) の語源はラテン語のコムニカチ(communicatio) だといいます。このコムニカチオの意味は「分かちあうこと、共有すること」だそうです。

そして英語のコミュニティ(community)語源は、ラテン語の communis が転じて communitas フランス古語のcomunete、英語のcommon 、中世後期に現在の使われ方になってきたそうです。

このコミュニティとは、共同体のことです。

ある一定の地域に一緒に暮らす人たちから、仮想的なところで共に生きる仲間たちという意味にも発展してきています。つまり、何をもって共同体というのかという幅が多様性と文明の発展によって変わってきたのです。

●●コミュニティと書けば、その価値観を共有する共同体ということにもなります。これが管理しない、管理されない、ともに主体的にフラットにオープンな共同体にしていこうという流れが広がっているのです。

通常は、最初は小さな組織、2人から3人なら管理などせずとも阿吽の呼吸で共同体を結び維持しています。それが100人、1000人、数万人、数十万人となれば誰かが管理するという仕組みを入れていきます。それが国家というものになり今の世界を形成しているともいえます。

しかしその大きなコミュニティとは別に、小さな地域でのコミュニティというものが存在します。それが地方自治であったり、ご近所さんと結んでいたりした小さなサークルであったり、親戚などと結んでいた血縁などです。

何かあった時にお互いに協働して助け合う必要があり、私たちは共同体を結んでいました。しかし、現代はそれを社会のシステムによって保障したりカバーできるようにしたことで今では1対国家の関係で解決できるようになってきました。そのことで得た利点とそのことで失われたものがあることにも気づいたのです。

具体的に少し事例を言えば法律でほぼ網羅した半面、法律では賄えないもの、つまり個人の善意や主体性が必要なものがほとんど政府や行政に依存するようになり失われています。その部分をそのまま放置すれば、国家が破綻して自治が壊れます。そうすれば社会も失われ法律も消失してしまいます。実は、絶妙なバランスで維持されているこのコミュニティは本来は、機械のようなものではなく生命体であるからその生命体を維持するためのお手入れは絶対不可欠なのです。

それをコミュニティとして甦生させようとするのが、現代の一つの流れであろうと私は思うのです。実際に人類においてのコミュニティの本質は相互扶助であり思いやりや助け合い、一緒に暮らしていく人々とのつながりを醸成していくのは古今普遍的なものです。それが失われてきている現代というものは、人類にとってはこの先を生き延びることができるどうかの重要な局面を迎えているということでもあります。

どのようなコミュニティを創り出そうとするかは、この先の人物たちの主体性と覚悟で決まります。子どもたちのためにも、私は徳を用いたコミュニティをこの世に甦生させていきたいと思います。

喜捨の意味

喜捨(きしゃ)という禅語があります。これは仏陀の慈悲喜捨からの言葉であるとも言われます。他にもイスラム教などでも似たような言葉があるといいます。喜と捨てるという字の組み合わせですから、なぜ喜びを捨てるのかと思う人もいるかもしれません。

本当は私には、「喜=捨」ということ。つまり喜ぶことが捨てることであり、捨てることこそ喜ぶことだということだと解釈しています。

人は、自分が喜ぶことで他者やみんなが喜ぶことができるのならそれは至上の喜びであり徳であると思います。徳を積むというのは、自分自身が喜んでいることであり、それが相手の喜びになっているという自他一体の境地を実感できるということです。

自然は常に自他一体であり、それぞれのいのちが精いっぱい生きて喜ぶとき、自然界全体のいのちも同時に喜びます。つまりこの喜ぶというのは、いつも自分が仕合せを感じているのであり、その仕合せの中にいて喜びに満ちているという心境です。「ああ、これでいい、ああ、これで善かった」と心の声に従って自分自身が仕合せであることを噛みしめていくこと。まさにその中にこそ、喜捨の精神があるように思います。

決して自己犠牲をすることが良いことではなく、誰かのために自分は我慢することがいいことではないのです。自分の喜びを高めて磨いていけば、それが自ずから誰かの豊かさに貢献していく。つまり徳が循環するようになっていくのです。

そしてもう一つの捨てるという言葉。これは何を捨てたのか、それは自分、我慢です。仏教では「自分を高くみて、他人を軽んじる心」とも言われます。つまり自意識であり自分が特別な存在というように自分というものを勝手に自己認識してつくりだしているものです。自然界では、自分というものはなく万物が一体に存在しています。名前もなく、私はあなたであり、あなたは私です。もちろん役割というものがありますが、どれも平等にいのちは存在します。

自分の慢心や高慢な心は、自分というものを超えた存在を意識して自分の我欲を捨てていくときに磨かれていきます。つまり自分さえよければいいという慢心を捨てるときに私たちは仕合せを感じることができるのです。世の中には、一緒に生きてともに支え合い助け合う仲間がいます。離れていても、会ったことがなくても、そして直接的に関係がなかったにせよ、魂や心で結ばれている存在というものもあります。言い換えれば、先祖のつながりであったり、何かを介して同じ目的のために生きたことがある同志や朋友だったりもします。

そういう人と繋がり結ばれていると実感することで、一人ではないことに気づき、みんなの仕合せを実感するのです。その時、私たちはあらゆるものが手放せるようになります。その最初に手放すのが自分自身の我欲なのでしょう。欲が問題ではなく、我が問題であり大欲は無私であるように小さな我を手放すのです。

この小さな我とは、目先のことであるのは間違いありません。

長い目で、広い視野で、歴史を見通し、本来のあるべきもののためにいのちを活かそうとする。それは徳に目覚め徳に生きるということでしょう。

子どもたちのために、一緒に生きる仲間がいることに私も喜捨の精神を学びました。この志や応援を心に抱え、さらなる徳を磨くための挑戦を皆さんと一緒に続けていきたいと思います。

ありがとうございました。

お手入れの循環

最近、捨てないということについての動きが活発になってきています。資源が枯渇してくればくるほど、資源のリサイクル化は進んでいきます。しかし実際には、膨大な量を生産していれば捨てなければこの世はまるでゴミ溜のようになっていきます。

現在は、資本主義経済を循環させることが大前提ですから両立するというのは如何に経済を回すかということですがそれでは本当の意味で解決することはありません。

私は捨てないということよりも、本物にするということだけで十分解決すると感じています。

例えば、日本には伝統職人さんたちがいます。彼らは、自然物を上手に活かし、里山循環の中にしっかりと溶け込み、自然の一部としての役割を見事に果たしています。藁ぶき職人であれば、その地域の藁やカヤ、葦などを用いて家の屋根を葺きます。また左官は田んぼの土などを活かして土壁を塗ります。また森林を手入れし炭焼きをし、大工さんらはその木を用いて家を建てます。竹の手入れによって数々の暮らしの道具を人々はつくります。かつて、私たちは「何が本物であるか」を知っていたのです。

その時、私たちは捨てるのでもなく作り続けるのでもなく「手入れする」ということだけに専念したのです。

私は今の時代、もしも世界が変わりこの人類の方向性を導けるとしたらこの「手入れ」をするということだと確信しているのです。そのことから、徳積財団を設立し、暮らしフルネスを起草し、「お手入れ」のための活動と実践をこの地から発信しています。

物を大事にすること、もったいなくいのちをいただき伸ばすこと、このすべては「お手入れ」する心から育つものです。自分の心をお手入れし、身体をお手入れし、そしてお導きやご縁にお手入れする。当たり前のことかもしれませんが、自然はみんなでお手入れをすることで循環を守り続けてきたのです。

現代はこのお手入れの反対のことをみんなでやってます。やりっぱなし、なげっぱなし、捨てっぱなしで作りっぱなし、これがゴミの正体であることに気づく必要があると私は思います。

日本にはそもそもゴミという概念がありませんでした。八百万の神々の一つであり、それが他の神様のお役に立つ大切な存在でした。だからこそ、ここ日本からこの思想や生き方を伝道していくのが今の世代の使命だと感じています。

子どもたちがこの先、100年後、1000年後、どれだけの自然に見守られているのか。自然の回復力と人間の魂の真の成長を信じて、子どもたちのために日々のお手入れ、修繕を伝承していきたいと思います。