常識と非常識

先日、歯科医院にいき治療しましたが一昔前の治療が今では180度逆転するというようなことが起きていました。つまりは過去の歯科医の常識は今では非常識になっているということです。

例えば、一昔前は虫歯は削って神経を取るというような治療が行われていました。今ではなるべく虫歯は削らずに神経も取らないことになっています。理由は、削るとさらに虫歯が進行しやすくなり神経を取ると歯が弱りすぐにダメになるからです。一説には顔も老けやすくなるともいいます。

過去に神経をたくさん抜いた人からすれば、今更という話です。

そしてもう一つ例えれば、一昔前は食べたらすぐに歯を磨くというのは常識でした。今ではすぐに磨くと歯の自然治癒が働かずかえって虫歯になりやすくなるのですぐには歯を磨かない方がいいという指導になっています。あれだけ学校で虫歯予防で教え込んできたことが今では違っていたといってもその告知は今の大人たちにあるわけでもなく今でも信じてそうやって歯磨きを続けている人たちがたくさんいます。

このように一昔前の常識は今では非常識に変わっていくのを見ると、如何にその時代の常識が絶対的に正しいわけではないとわかります。これは学校の教科書もそうですが、あれだけ必死に暗記したものが少し経つと勝手に変更されていきます。歴史などその最たるもので、何かの発見があったり間違いが指摘されると知らずに教科書が変わっています。年号も、名前もその後何の連絡もなく知らずに変わっていたのならテストで必死に暗記させられたあれはいったい何だったのかと疑問に思うのです。

常識というものはいくらでも非常識になるものです。そしてその時代の正解だと信じられていたものはいくらでも間違いになるのです。

これはマネージメントでも同じことが言えます。いつまでも目標管理型の組織が正しいと信じて、一昔前のものをいつまでもやっていますが今の時代はそれでは非常識であることもあります。後でいくら間違っていましたといっても、そんなのはその当時の人たちはわかりませんからそれを信じてやるだけです。

先ほどの歯の神経を抜くではないですが、一度抜いてしまった神経は復活することはありません。取り返しがつかないこともあるからこそ、私たちは医師任せにせずに自分自身で納得するまで深める必要があります。これはマネージメントも同じで、コンサルタント任せになどせず自分たちで何が本質で何が本物なのかを見極める必要があります。

現在のように経済原理や市場原理が優先されている世の中では、歪んだ常識を作り出してそれを売り物にしている人たちもいます。何が本物で何が偽物か、何が自然で何が不自然か、よく見極めて納得して取り組む必要があります。

流行に流されないようにするには、自分自身の主体的な研究や行動が必要です。敢えて疑えとは言いませんが、常識とはすぐに非常識になり、かつての非常識は今の常識になるという事実を理解しておく必要があると思います。

身体のことはむかしから変わらない真実もあります。それは自然治癒といって人間が持っている力を引き出して治癒するということです。不自然な生活や、不自然な環境が様々な病気を生み出しています。何が自然で何が不自然か、そして自然とは何かを本質から見つめ直したいと思います。

 

稲の妻~科学と自然~

昨日、東京では巨大な稲妻や稲光が何度もあり夜空は轟音と眩い光で埋め尽くされました。ベランダにある稲を観ながら、なぜむかしの人は雷に稲の字を当てたのだろうかと考えに耽っていました。少し深めてみようと思います。

ウィキペディアフリー百科事典などを読むと「稲妻(いなずま)は、雷そのものの事を稲妻とも呼び、雷の光を稲光(いなびかり)、雷光と呼ぶ。稲妻は秋の季語であるとあります。そして稲妻・稲光の語源は日本では稲が開花し結実する旧暦(太陰暦)の夏から秋のはじめにかけて、雨に伴い雷がよく発生するため、稲穂は雷に感光することで実るという俗信が生まれた。そこから雷を稲と関連付けて、稲の「つま」すなわち「いなづま」(日本の古語では「つま」は男女を問わず配偶者の意味)、稲光と呼ぶようになったといわれている。」とあります。

稲が結実するタイミングで稲光が出れば稲を妊娠させることができ多くの実をつけるという洞察は先人たちが見出してきたことです。

もともと気象学でも雷が多いと降水量や日照が多い、気温が高いなど稲の生育に都合が良いから昔から、雷が多い年は豊作になることはわかっていたそうですがこの現象を調べた島根のある高校生がいて最近では科学的にもこの原理が証明されたそうです。

このある高校生とは松江市の高校性・池田圭佑さんという方で宮沢賢治が教員時代に『カミナリと農作物の出来具合について何らかの関係がある』と書いてあった書物を読み興味を持ったといいます。

そこで、学校にある実験用の放電装置を使い、落雷と同様の状態を作りだし、カイワレダイコンの成長の様子を調べたところ、種子に50秒間放電してから育てた種子は、放電しなかった種子に比べて成長が約2倍も速くなることを発見しました。さらには育てるための水道水にも、放電させた水を使ったところ、芽の伸びが2倍にとなる結果が得られたんだそうです。

なぜそのような結果となるのか、放電した水を分析したところ、通常の水に比べて『窒素』の量が1.5倍になっていることを発見しました。窒素は肥料の3要素の一つ。これが成長を促したことを突き止め、この結果を『科学シンポジウム』で発表し、なんと最優秀賞を受賞したといいます。

むかしの人たちが洞察した自然の智慧を科学で証明するということは素晴らしい偉業だとも思います。単なる迷信と今では何でも目に見えないものは否定されますが、むかしの人たちの洞察力や観察力は今の科学でも証明できないほど精密であり正確なものもあるのです。

古来からの日本語や神話をはじめ各地の伝承には、その意味が籠められており少し疑問に思えばそれが非常に価値のある言葉や物語であることに気づきます。いくら科学が進歩しても、自然の一部しかそれを証明できません。しかし現代のように科学の方ばかりを信じて自然を信じなくなってきている世の中においては改めてお互いに畏敬の念をもって自然と科学を理解していく必要があるように思います。

むかしの人たちの智慧が未来の子どもたちに伝承していけるように、遺っているものを集めてそれを譲り渡していきたいと思います。

 

自分を気にし過ぎること

人は自分のことを気にするあまり他人からの評価が気になるようになります。また自信がなければ余計に相手がどう自分を思っているかということを気にして自分の行動基準が他人からの評価基準になってしまうこともあります。

本来、人間は自分がどうしたいのかが先にありそれをどう周囲と折り合いをつけながら取り組んでいくかということを考えるのですが自分のことを気にするあまり周囲と関係を上手く築いていくことができなくなるのです。

自分のことを気にし過ぎると、ありのままの姿が分からなくなります。同時に他人も自分のことも分からなくなります。自他が不明ですから、その人の存在は周りにとっても気になる存在になるのです。気になる存在になれば余計に周りは気にしますから、当人もまた周囲の目が余計に気になり自分のことばかりを気にしオープンな対話ができなくなるという悪循環に陥ります。

自分を気にする癖を何とかしなければなかなかそれを取り払うことができません。そのための一つは、相手がもしも自分だったらと相手の立場にたって思いやり物事を考えていくことです。自分を気にするのは、相手のことよりも自分の心配をし過ぎるからです。相手からどう思われているかということを基準にするのではなく、相手の立場で思いやり相手が自分だったらどんな気持ちだろうかと自分から離れて相手のことを慮ってみるのです。すると、相手が自分をどう思っているかというバイアスが消えてきっと相手にも深い理由があっているのだろうと心を共感することができるようになります。頭で考える自他ではなく、心で共感する自他になれば次第にオープンな気持ちで素直に対話ができるようになります。これも訓練していくしかありません。

もう一つは、全体快適といって自分だけの視野に囚われず全体が快適になるように自分を使っていくことです。自分ばかりを気にするのではなく、みんなにとって自分はどんな環境になっているだろうかと自分自身を見つめるのです。例えば、みんなが不愉快にならないように笑顔でいることや、安心できるようにオープンに自分からふるまうことなどをしていれば次第に自分のことが気にならなくなっていきます。どんなに環境がオープンでも自分を気にすればすぐに人間関係はギクシャクするものです。それは1対1の関係でも同じく、自分を気にする人は素直に対話ができません。

全体にとって快適であるかは、同時に自分も快適であるかということにつながっていきます。今の時代のように歪んだ個人主義で、それぞれの個がバラバラにされてしまっている環境の中で自分を気にし過ぎる人は増え続けています。だからこそ自分に囚われないように日ごろから全体快適であることを優先する意識を持つ習慣を訓練していくしかありません。

そして最後は、自分は何のためにそれをやるのかという初心に専念していくことです。自分の真心はどうしたいのか、自分はどう生きるのかと自分自身の決めた生き方に集中していくことで相手よりも自分の問題にしていくことです。自分自身との問題であれば相手は関係なく自分に打ち克つための修行になります。そういう意味では自分を気にし過ぎるかもしれませんが、それを逆手にとって自分の決めた初心を気にし過ぎるくらい反省を繰り返す訓練をすればいいのです。そうすれば、自分の生き方を貫くうちに気になる基準が変わり自分らしく自然体であるがままをみんなに見せられるようになり周りも安心してくれるでしょう。

これらの訓練というのは、積み重ねていくことで意識も価値観も変化していくものです。過去のトラウマも訓練というリハビリによって少しずつ薄れていきます。最初は勇気が要りますが、少しの勇気からでもはじめてみればいつかは自然体で自分らしくそして周囲と仲良く楽しく過ごしていけるような豊かな人間関係が築けます。

子どもたちが同じようになったときのお手本になれるように、生きるリハビリ、認め合い信じあう訓練と仕組みを実践していきたいと思います。

光を磨く

私たちは光を見て、物を確認することができています。これは光を見て脳が認識しているとも言えます。光が一切入ってこない真っ暗闇の中では何も物は見えません、それは光がそのものに反射しないからです。私たちは光の強弱などによってその物体を立体的に脳が認識して捉えることができるのです。

不思議ですが、その光が差し込んできて出てきた物体を見ると時にはそれが美しく感じ、時にはそれが儚く感じます。光というものを通して、その物を透かし見ているのかもしれません。光はいのちを透過させるようにも思います。

この光を見るためには、感性を磨く必要があります。言い換えれば、磨くことで光を観る感性が豊かになります。例えば、どんなものでもしっかりと磨けばそれは光ります。それが砂浜の砂であっても、貝であっても、または骨董品のようなものであっても、綺麗に磨けばそのものは光ります。

この時、光るのは私たちが光を観る感性が磨かれているからです。何も磨かなければただ眩しいだけですが、しっかりと磨いている人にはその感性によって光が本質を映すのが観えるように思います。

私たちは、四季の暮らしの中で様々な光を観ています。その光を観ることで、同じ空間であっても気配が全く異なり、同じ場所であってもまったく違った景色を観ることができます。つまりは、光を通して日常の一期一会を味わっているのです。

その光は、磨かれる場所や磨いている場所でこそ光そのものの美しさが出てきます。この光が集まる場のことを人はパワースポットと呼びます。つまりこのパワースポットとは磨き切られた場所のことを言うのです。

自分を磨く人は、その場によって磨かれた自分の感性を静かに見つめます。そして未熟さを知り、また磨き直していきます。このように神社や場を巡ることは、光に出会う旅路でもあります。そして光は私たちの生き様を通して灯りになります。

いつの時代も光を求めて人々は、集まりそして感性や魂を高めていきます。いのちのテーマは、永久不滅の理です。それぞれのいのちを活かし、子どもたちの持ち味を見守り続けられるように私自身の光を磨き灯りを守り続けていきたいと思います。

橋を架ける

現在、復古起新をしつつ暮らしを甦生させ子どもたちの未来に大切な日本人の心をつなごうと試行錯誤を繰り返しています。歴史を学び、先人たちの真心を読み、空間の中に佇んでいる言霊など、目には観えないものを手繰り寄せながら一つ一つを科学的にまた理論的に言葉にして整理することを続けています。

ユダヤの格言に、「自分の言葉を自分が渡る橋だと思いなさい。 しっかりした橋でないとあなたは渡らないでしょうから。」というものがあります。この言葉や文字もまた橋であり、その橋をしっかりと架けなければ人々はその橋を安心して渡ることができません。

よほどの勇気のある人でなければ濁流の滝つぼの上にある曖昧で不確か、そして今にも崩れそうで危うい橋を渡る人はいません。人々が渡る橋は、あちらとこちらが完全に繋がっていて安心して歩んでいける橋でしょう。その橋をつくるには、まず最初に自分が向こう側に渡る必要があります。そして渡ったら次にそこに橋を架ける必要があります。その橋が架かったのなら、最初は背中を押して一緒に渡っていける人を増やしそのうえで渡れた皆に協力してもらい向こう側とこちら側が安心して交流し行き来できるような立派な橋にしなければなりません。その後はその橋がまた崩れることがないように手入れを怠らずさらにその橋を見守り続ける環境を育てていく必要があります。

この橋を架ける仕事というものは、「つなぐ」ことです。何と何をつなぐかといえば、私でいえば歴史と今をつなぎ、子どもと大人をつなぎ、経済と道徳をつなぎ、自然と人間をつなぎ、人の心と心をつなぎ、世界と自分をつなぎ、文化と文明をつなぎ、目には観えないものと目に見えるものをつなぎます。

そしてこの「つなぐ」というのは、橋を架けるということです。

橋を架けるために、私はこのブログをはじめ、橋を架けるために自分に与えられたすべてを使って自分にできることを遣り切っています。その橋掛けは果たして何年、何十年、況や何百年、何千年かかるものなのか・・・考えると遠大で目が眩みます。

しかしその過程もまた橋になる途上ですから、その橋を架けることを豊かに歓びに換え渡る人たちのことを考えて丹誠を籠めて取り組みたいと思うのです。

日本人の仕事が世界で評価されるのは、後世の人に恥じないような仕事をすることです。私も目先の流行や、様々な我欲や、人間関係に惑わないように空を高く眺め、天の星の見守りを背中に感じながら橋を架けていきたいと思います。

この先も子どもたちが通る未来を楽しみに、橋を架ける人としての人生を歩んでいこうと思います。

質の本質

最近はよく「質」(しつ)に関することが話題に上がります。この「質」とは、本質のことで質が高いというのは限りなく本質に近いということでもあります。この「質」という言葉の成り立ちは価値の釣り合う+金銭が合わさる会意文字であり信に通じ「まこと」の意味を持つともいいます。

具体的に辞書を調べれば、1 そのものの良否・粗密・傾向などを決めることになる性質。実際の内容。「量より質」「質が落ちる」2 生まれながらに持っている性格や才能。素質。資質。「天賦の質に恵まれる」「蒲柳 (ほりゅう) の質」3 論理学で、判断が肯定判断か否定判断かということ。4 物の本体。根本。本質。「結合せるを―とし、流動するを気とす」〈暦象新書・中〉5 飾りけのないこと。素朴なこと。「古今集の歌よりは―なり」〈歌源〉(goo辞書)とあります。

「質」とはそのものの本体でもあり、変わらぬ真実とも言えます。その本質が分かること、真実が観えていること、その真実に沿って取り組むことが質を高めることになります。

ではなぜ質が下がるのか、質が低くなるのかといえば真実から遠ざかっていったり、本質とは関係ないことをやりはじめるからです。その理由は、人間の個々の我欲や保身によることが多いように思います。

例えば、人間は「足るを知る」ことができれば豊かで質の高い人生を歩むことができます。それぞれが自らの分度を定め、十分に満ち足りているという暮らしを優先することができれば暮らしは人類の本質に近づいていきます。そこには助け合い思いやり、分け合い、尊重され、お互いが自由に幸福を味わっていくことができます。

しかしひとたび、「足るを知らず」、まだまだと欲望を際限なく肥大化していけば自ずから暮らしは消失し、貧しさが増え、人類の本質から遠ざかり比較、競争、画一化、奪い合いと不自由から不幸が増大していきます。

「質」から考えれば、本質的で質の高い暮らしは足るを知ることです。つまりは「質」を高めようというのはより原理原則に沿って真実に近づいていこうという生き方をしようということになります。

質が求められるというのは、それだけ本質的ではないことをやっているからです。今の時代は、本質であることよりも市場経済や金銭の獲得を優先するばかり本質ではないことの中で質を語られます。何をもって質なのかということすら、議論されることも少なくなっています。

そもそもそれは本当に必要なのかとそれぞれが足るを知る議論ができてはじめて、質とは何かということを考える入り口に立つことができるのです。物が増え、欲望もキリがなく、資本主義に呑まれ人類の手に負えなくなっているほどの今日、「質」について真剣に取り組む必要があると私は思います。

子どもたちの本質は何か、そして質の高い保育や暮らしとは何か、それを信念と実行で取り組んでいく本物の人物たちが次の時代を切り拓いていきます。私たちもその時代を創る一人になれるように、本質を見極めながら実践していきたいと思います。

 

 

足元の価値

人は物事に躓くほど自分を見つめ直す機会ができるといいます。それは様々な事柄から目を逸らしてきたから余計に足元を見つめ直す必要が出てくるのかもしれません。

今できることを、今改善できること、今しかできないことをやろうとはせずにできないことや、何か簡単に解決する方法ばかりを追いかけてしまうと大切なことから目を逸らしてしまうものです。

人間は自己中心的ですから、主観的に物事を観ては願望のバイアスがかかっていくものです。こうであればいい、こうあってほしいなどの理想が高ければ高いほどに現実から目を逸らしてしまうものです。現実から目を逸らせば、必要な努力や改善とも向き合いませんから反って理想から遠ざかる一方です。そういう時こそ、足元を見つめ直す必要があるように思います。

この足元を見つめ直すには、客観的に現状を把握し何をどう改善すればいいかという手を一つ一つ丁寧に取り組んでいく必要があります。一発逆転や、一気に問題解決などの安易な方法論に引っかからずに、何をどこから改善し、その改善をどのように今後に活かしていけばいいかといった地味な手を打っていくしかありません。

主観が入れば入るほど、現実から乖離した手を打とうとしますから現実の直視は何度も何度も自己と正対し謙虚に受け止めていく必要があります。理想から遠ざかることを恐れて抵抗し、こんなはずではなかったといくら責めても解決することはありません。現実から逃げても、現実は必ず目の前に現れるのです。

如何に現実の厳しさを謙虚に受け止めて、自分の本当の問題に向き合うか。いろいろな感情が邪魔すると思いますが、その現実を受け止める力こそが真剣さを本物にし、本気を発揮させる力の源泉になります。

もしも自分でできない場合は、信頼できる人に現実を一緒に見つめてもらって課題や問題を整理する時間があってもいいかもしれません。人間は一気に力技でいこうとするときこそ現実を直視しなくなる予兆ですから注意する必要があります。足元を見つめることは一人で向き合いながらも、一緒に向き合ってくださる人があることに感謝することかもしれません。

足元の価値を大切にし、子どもたちのために信念と実行を優先していきたいと思います。

普遍的な経営学

日本の経営学の祖とも称される人物に、江戸時代中期の儒学者荻生徂徠がいます。徳川吉宗の思想に多大な影響を与え、その後、各地の藩校の思想として取り入れられてきました。

よく考えてみると、経営というものは歴史から学べるものです。どれだけ永く続くことができたか、繁栄と発展を持続できたかなどは同様に組織を持ち人々を集め、経営をしてきた人物たちの知恵や仕組みを観れば共有するものがあるのです。

その共通したものをよく分析し、それをその時代の特徴に照らせば凡その改善点は観えてきます。しかしそれを知ってもできないのは、人間が自己中心的であり我欲に負けたり、また自律的な道徳観によって和していくことができなくなるからです。ちょうどこの荻生徂徠のいた300年前も今の日本と同様に都市化が進み、スピード社会になり、金と物とのバランスが崩れた時代でもありました。

国家をどのように守っていくか、そして経営をどのように進めていくか、言い換えれば今の時代の経営コンサルタントであったともいえます。

徂徠の経営学の要諦は徂徠訓の中に見て取れます。

一、人の長所を初めより知らんと求むべからず。
人を用いて、初めて、長所の現はるるものなり。
ニ、人はその長所のみを取らば、即ち可なり。短所を知るを要せず。
三、己が好みに合う者のみを用ふるなかれ。
四、小過を咎める用なし。ただ事を大切になさば可なり。
五、用ふる上は、その事を十分にゆだぬべし。
六、上にある者、下の者と才智をあらそふべからず。
七、人材は必ず一癖あるものなり。器材なるが故なり。癖を捨つべからず。
八、かくして、上手に人を用ふれば事に適し、時に応ずる人物、必ずこれにあり。
九、小事を気にせず、流れる雲のごとし。

意訳ですが、すべてにおいてないものを求めずあるものを活かすという考え方です。そして短所をカバーし長所を伸ばすという人の活かし方です。人間を経営者の都合で使うのではなく、その人そのものの持ち味を活かせという経営方法です。

これは古来より、人間が調和し組織の中でそれぞれが活かし合うための妙法として君子や聖賢たちが取り組んできたことです。驕り高ぶらず謙虚にあるがままのその人を認め、その人が活かせるような環境を創るということです。

そのうえで、その環境を伸ばすためにそれぞれに合った制度を立て多様性を維持してくことと、人々が安心して生活するために儀礼・音楽・刑罰・政治などの制度(礼楽刑政)を磨き尽力することを諭します。

経営学は、いろいろな人たちが語りますが古今から普遍的に君子が守るべきものは尊重することです。その尊重することを、それぞれの時代でしなくなることから世の中が荒れ平和が維持されなくなっていくのです。

会社で行う小さな尊重こそがやがて世界の尊重になっていきます。経営を学ぶものとして、徂徠訓を肝に銘じたいと思います。

犬矢来と駒居~風情の仕合せ~

昨日は、聴福庵にある犬矢来(いぬやらい)に柿渋を塗り込み掃除や手入れを行いました。この犬矢来は、駒寄せとも呼ばれ本来は馬が家の塀を蹴ったり犬のオシッコなどで汚れるのを防ぐというという目的があったようです。木で格子を組んだ型・丸竹を数本並べた型・割竹を並べた型などの様式もあるといいます。竹が曲げてある形は滑って壁を登れないことから泥棒の侵入を防ぐ効果もあったようです。

京都にいけば町屋が並ぶ通りにはこの犬矢来や駒居がならび独特な日本の和の風情を醸し出します。先日は、離れの犬走りを玉砂利で敷き詰めましたが同じ「犬」の字がつくこの犬矢来は、犬を追い払うやらう(やらい)という意味で、駒居は馬を寄せるという意味からできた言葉です。現在では雨垂れが飛び散り家の壁を汚したり腐食したりすることを防ぐ効果からも用いられます。

この犬矢来を聴福庵に取り入れるキッカケになったのは、聴福庵は町家づくりのためその原点になっている京都の町家建築を学び直すでその美しさに惹かれたからです。京町屋にある壁伝いに巡らされた駒寄せや犬矢来のある美しい町並みをみていたらその街並みの調和に感動したからです。そこに竹の清々しさや柔らかさ、そして町全体の暮らしを感じることができたからです。

現在では竹製品は少なくなってきましたが、むかしは物が不足していた時代の無限の資源として短期的な成長力があり生産性がもっとも高かった「竹」を暮らしの中で十分に活かすことを考えて竹を用いました。このことからむかしは日本の家の中外のほとんどに竹製品が彩られていたのです。

聴福庵も箱庭には竹垣や観音竹を、側道には黒竹や黄金竹を、玄関には京都の竹を用いた犬矢来、厨房の天井には年代物の煤竹、花籠、竹団扇、竹箸、それに火吹き竹や竹炭装飾に至るまで家の中はあらゆる竹に関係しているものが活動しています。

よく考えてみれば日本人の風情の中に「竹」は欠かせない存在です。それは日本の気候風土が湿度が高く水気が多く腐りやすいからです。その点、竹は水に強く丈夫でいつまでもしなやかに経年変化の中で長持ちする特徴があります。

現在グローバリゼーションや資本主義経済優先の中で、大量生産大量消費して世界中どこでも同じものを安く使い捨てする世の中です。本来の気候風土に合ったものを捨て、プラスチック製品や安易に製造できる化学製品を買い求めます。しかしそのことから、無駄を生み出すだけでなく風土の中で豊かに生きる智慧や風情をも捨てていきます。

生きていく仕合せの中心は、暮らしがあることです。暮らしがない人生は味気もなく、無機質なロボットのようになってしまいます。本来の人間として与えられた感性や地球や自然と一体になる喜び以上に豊かなものはありません。

引き続き子どもたちに、譲り遺していきたいものを丁寧に治し、そして活かし、温故知新していきたいと思います。

夏季実践休暇~盂蘭盆会~

今年の夏季実践休暇の一環として、聴福庵で天神様の盂蘭盆会の供養を行いました。菅原道真は私の遠い先祖であることもわかり、日ごろ見守ってくださっている地域の天満宮の清掃と共にむかしの形式を学び直しつつお花や供物をお供えしました。

そもそも盂蘭盆会というものは、仏教からはじまったものです。お釈迦様の弟子のひとり、目連尊者(もくれんそんじゃ)が自分の亡くなった母が地獄に落ち逆さ吊りにされて死後もなお苦しんでいることが神通力を通してわかり、どうしたらその母親を救えるでしょうかとお釈迦様に尋ねたのがキッカケです。それに対しお釈迦様は、「夏の修行が終わった7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことができるであろう」とし目連尊者と僧侶たちがその教えに従うとその功徳によって母親は極楽往生が無事に遂げられたといいます。

ご先祖様への供養となるのは、仏教が中国に伝来してそれまでの儒教などと融合して発展したといいます。時期は南朝梁の武帝(在位502~549)の時代に同泰寺で盂蘭盆斎が設けられ以後、中国の年中行事の一つとなって大いに流行したといいます。日本では推古天皇14年(606年)の記録が古くのち先祖供養や祖霊来訪の民俗信仰と習合して正月と並ぶ重要な年中行事となっています。

この盂蘭盆会の実施の時期は、歴の関係で新盆とか旧盆とか月遅れとか呼ばれますが明治時代の暦の改変で変更されてからこうなっています。西洋のグレゴリオ暦にする前は、暦は年々変化しますからむかしはその暦の変化に合わせて御盆も実施されていました。お釈迦様のときは夏の修行後とあったので、私たちとは生まれた場所も異なりますから本来の日時も季節も同じではおかしいかもしれません。

しかし本質として、亡き人を偲び自らの心に供養をすることは亡き人の苦しみや悲しみを和らげることができまた同時に自他も仕合せになるという真理があるように思います。それを子孫たちが行うことには大切な意味があります。

実際に盂蘭盆会の準備でご先祖様が家に帰って来るという意識で供物やお花を用意していると、今の自分がなぜここに居るのか、そして多くの見守りに活かされているのかを実感し、有難い気持ちになります。

先祖や亡くなった方々があって今の自分があるという意識は、自分だけがよければいい、自分の世代だけ乗り切ればいいなどという自我欲が恥ずかしくなるものです。自分のことだではなく全体のため、子孫のため、地球全体のためにと生きてこそ、私のその先祖の一員になれるという気がしてきます。

また先祖の霊は山からくると信じられていますから、山の花々、山から下りてきた花々を一緒にお祀りすればまるで身近にご先祖様の霊が訪れ華やかに喜んでくださっている気がしてきます。

日本の行事の中には、先人からの大切な教えや回訓があります。学校の知識も大切ですが、本来実践して学ぶという行事からの学びは智慧の伝承として決して失ってはならないものです。

子どもたちに自分たちの代で途絶えることがないように、丁寧に温故知新し甦生していきたいと思います。