運気を磨く

昨日、久しぶりに田坂広志先生の講演を拝聴する機会がありました。新著「運気を引き寄せりリーダーの7つの心得」のお話が中心でしたが共感するものが多く学ばせていただきました。

想えば20年以上前に東京で田坂塾でお会いしたのがはじめてでしたが、ほとんどお変わりなく一期一会に真摯に講義されるお姿に生き方を垣間見させていただき刺激もいただきました。

あの頃は、「メメント・モリ」という死を想うという生き様を実践する大切さを語られていました。今日が人生最期の日と定めて生きていくことの大切さ、当たり前ではない時間に気づいているかという問いを発して一期一会に生きることを伝えておられました。

そして今回は「運気」ということでしたが、運は決して宗教的技法の祈りではなく、科学的技法としての祈りであると定義しています。つまり単なる神秘的なものではなく、これは実証されているという事実であると。現代、量子論を含め科学がその神秘の世界を可視化してきています。その時、これは単なる偶然ではないということがわかってきているのです。

それをあらゆる角度から分析し、リーダーというものの真の役割について語れています。古今、リーダーはすべて「運がいい」ということが絶対条件だといいます。その理由は、リーダーを含めた組織全体を導いていく使命があるからです。運がよくないリーダーについていけばいくらその人が良い人でも組織は運を逃して悲惨なことになることもあります。

運のよさというのは、その人だけではなくその周囲も幸運に導いていきますのでリーダーはその運気というものへの心得を持つ必要があるということでしょう。

田坂先生のいう心得の詳細は、GROBISのサイトで拝見できます。

私もいつまでも実践と改善を積み重ねて、運気を高めて子どもたちを導いていけるよう徳を磨いていきたいと思います。

腸活を楽しむ~智慧食~

私たちの郷土料理の中の一つに「ぬか炊き」というものがあります。ぬか漬けの漬物を知っている人は多いと思いますが、そのぬかを使って料理して味付けをし煮込んだものがぬか炊きといいます。

そもそもこの「ぬか」は、玄米を精白する時に出る、胚芽(はいが)と種皮とが混ざった粉のことをいいます。それを壺や木桶などに入れて、塩水を加えて練れば「床」ができます。そのぬかの床ができるから「ぬか床」(ぬかみそ)とも呼びます。このぬか床は人間に有益な微生物や乳酸菌などの棲家になりそこでの発酵の循環で産み出されたものを摂取することで人間にとっても豊富なビタミンやミネラル、栄養価を得られます。

この微生物と人間との調和、そのものを「発酵」と呼び、私たちは伝統文化として暮らしの中に取り入れてきました。野菜等の保存食としても最適でもあるためこの智慧を伝承されてきたのです。今では冷蔵庫=保存するものになっていますが、自然界にはそんなものはなく微生物と共生することで私たちは生き残るための智慧を獲得してきたのです。この時の保存は単に傷まない腐らないための仕組みではなく、「永続的に健康でいられる仕組み」まで入っていたのです。

以前、確かこのブログでも書きましたがぬか漬けの歴史は奈良時代の「須須保利(すずほり)」という漬物がルーツだともいわれます。米糠のことも734年(天平6年)の正倉院文書の尾張国正税帳にあるといわれています。それだけぬかを使った暮らしには歴史があります。

その「ぬか」を使った「ぬか炊き」は一般的なぬか床のような漬物として使わずにぬか床を調味料にして青魚のサバやイワシをぬか床で長時間炊くのに使います。つまり「ぬか+炊く」から「ぬか炊き」ということなのです。このぬか床を長時間炊くことで保存期間が延びさらに青魚特有の臭みも消えぬか床のうま味が魚に入り絶妙な味わいが得られます。健康になる上に、寿命が伸びるという発明食です。福岡での伝統郷土料理としてのはじまりは小倉藩主の小笠原忠政公が前任の信濃国から保存食用としてぬか床を持ち込んだのがはじまりです。

今の時代、添加物をはじめいのちの入っていない便利なサプリや加工食品ばかりが広がっている中で腸内環境を整えるといった「腸活」が流行ってきていますが現代社会でも心身の健康恢復の救いになるのがこの「ぬか漬け」と「ぬか炊き」であることは間違いありません。日々の暮らしの中で如何に腸内フローラを活き活きさせていくか、それは暮らしの中の日々の食の智慧と工夫にこそあります。

つまり伝統保存食は単なる長期間腐らないものではないのです。本来の伝統保存食とは、健康な暮らしを維持継続させるための智慧食のことです。私たちは日々に心身が整っていけば、それだけで仕合せを感じます。日々の暮らしは、私たちの人生を美しく彩り、明るくしていきます。

「食」という字が、なぜ「人が良くなる」と書くのか。それは食によって人間が磨かれていくからです。そしてそれは「腸内環境」からというのはまさに的を得ていると感じます。

コロナウイルスのことで、暗く辛い報道も増えていますが、いつまでも子どもたちが安心して元氣で健康で幸せになれるように私も腸活を楽しんでいきたいと思います。

 

助け合いの精神

現在の世界の政治の運営の仕組みは、成熟して限界値を超えてきています。それぞれの国が国家財政がひっ迫するなか、今までの仕組みでは社会制度を保つことが難しくなっています。

人類はこれまでいろいろな方法をつかって社会を維持してきました。グローバリゼーションによって一斉に似たような社会を築きましたが、少子高齢化をはじめ今までになかったような問題に取り組むことになっています。

こういう時こそ、私たちは歴史に学び、智慧を磨いていく必要があります。

かつて米沢藩主上杉鷹山という名君がいました。この方は「民の父母」として慕われました。財政難に陥っていた米沢藩を倹約や民政事業による財政の立て直しを行いました。その具体的な藩主の根本方針を次の「三助」と表現して政治を執り行いました。

それは、「自助・互助・扶助」の3つです。これは自ら助けること、そして近隣社会が互いに助け合うこと、最後は藩政府が手を貸すこととしました。

「自助」実現のために米作以外の殖産興業を積極的に進め、「互助」の実践として農民には「五人組、十人組、一村」の単位で組合を作り互いに助け合わせました。また孤児、孤老、障がい者がいた場合は五人組、十人組の中で、養うようにしました。また一村が火事や水害など大きな災害にあった時には近隣の四か村が救援するようにしました。

それを超えるような災害、天明の大飢饉では藩政府の「扶助」が必要とし、藩士、領民の区別なく一日あたり男、米3合、女2合5勺の割合で支給して粥として食べさせ乗り越えました。その際は鷹山のいる上杉家も全員で領民と同様に三度の食事は粥としそれを見習って富裕な者たちも貧しい者を競って助けたと記録にあります。

これは実は、時代を超えても大切な三要素であることがわかります。そしてこの仕組みは、国家経営だけではなく会社経営、人類の社会存続の智慧であることもわかります。

つまり「助け合い」がしやすい環境を創造したということです。

常に有事に備えるとは、日々の助け合いの機会や場が整っている状態をつくるということです。現代は、個人主義でプライベート重視ですから助け合うよりもあまり深く関わらないように距離をとって生活しているものです。特になんでもお金を使えば、その助け合う要素が必要がなくなりますから何でもお金で解決しようとするものです。

そうやって社会全体が、助け合い難い環境が仕上がっていきました。すると次第に、財政がひっ迫していきます。その状態になったら余計に人々は助け合わず、さらに悪循環に陥り財政難はさらにスピードアップしていくものです。

日本の国家運営をみても、助け合う環境がますます減っていき膠着してきています。災害というものは、天災、人災がありますがいつこの先どのような災害に見舞われるかわかりません。現在は、コロナという人災の災害ですがこれが他に天災が加わってしまえば私たちは上杉鷹山が体験したような大変な状態が訪れるかもしれません。

あの当時ですら、気候変動から天保・天命の疫病と飢饉で100万人以上が亡くなっています。気候変動はこの先もずっと避けては通れない自然の摂理ですから私たちは常に災害に備える必要があります。世界でもっとも危険で、自然災害が多い国に生まれた以上、私たちは世界に対して災害を乗り越える智慧を発信して世界の人類の一つの希望にならなくてはなりません。

日本人として、これから何が必要なのか。それをどう示していくか、そこにこの上杉鷹山の言う「自助・互助・扶助」の助け合いの精神は要になっていくと私は思います。

これは日ごろからどのような暮らしをしていくかという生き方の問いでもあります。暮らしフルネス™の中に、この智慧を取り入れていきたいと思います。

渋い生き方

昨日、藁ぶきの古民家の壁に伝統的な渋墨の塗料を使い塗装していきました。松煙を使った黒い塗料ですが、塗った後の板の木目がまさに「渋い」感じてうっとりとしました。

この渋いという言葉は、室町時代の「渋し」が起源であるといわれ未熟な柿のような酸味、苦味の事を元来は意味していたといいます。

そこから「渋い」、現代でも「落ち着きがある」「趣がある」といった意味とし使用され、現代でも渋いことは格好良いものの一つとして使われています。

この渋さは、ただ見た目だけのカッコよさをいうのではないのは古民家甦生に手掛けてわかるようになりました。聴福庵では5年前に施した渋墨の板壁が今では本当に黒光りして磨き上げられた壁のように艶があります。

これは長年をかけて熟成されてさらに雰囲気があり格好よくなっています。渋いことに似た言葉に「いぶし銀」というものもあります。時間をかけて磨き上げられた美の魅力を表現する言葉です。

この「いぶし銀」は「銀」の持つ性質のことをいいます。一般的に金属の中には錆びていきますが「銀」の場合は、化学反応によって硫化し表面が硫黄銀で覆われていきます。すると黄味がかった色が黒へと時間をかけて色合い・風合いが出て魅力が上がっていきます。いぶし銀は、ピカピカするような輝きは失せまずがその分、「渋い」感じが出てくるのです。

この「いぶし銀」の持つ渋さや奥行きになぞらえて、「いぶし銀の活躍」などという言葉のように「魅力的な人」の代名詞になっています。

このいぶし銀の持つ、渋さは本物の実力を兼ね備えた人ということです。渋い人というのは、真の魅力を持っているということの意味でもあるのでしょう。私は、古民家甦生をするときによくこの渋い黒を用います。黒が好きということもありますが、私は正確にいうと熟成されていくのが好きなのです。なので発酵も大好きですし、時間をかけて醸成させていくのにもっとも興味があります。

9年物の高菜漬けを漬け続けるのもまた熟成されたものでしかでない芳醇な香りと品のある味を学ぶためでもあります。

「渋い」というのは、一つの生き方でもあります。

渋い生き方ができるように、伝統や日本人の美意識から学び、子どもたちに伝承していきたいと思います。

 

温故改新

私はヨーロッパやアジアの国々の保育を視察し、色々と学ぶ機会がありました。特にドイツやオランダにはたくさんの示唆をいただきました。アジアではシンガポールも印象的でした。その中で、私は日本の保育とはどのようなものかということを保育環境研究所ギビングツリーを通して深めてきました。

世界の国々にはそれぞれの風土が異なるように、保育の環境も異なります。つまり、それぞれの風土がそれぞれの保育になっているのです。本来その保育をどこかの国のものをいれても、そもそも風土が異なるのだからうまくいくわけはありません。

もちろんその国の素晴らしいものは、観光を通して取り入れたとしても風土が異なるのだから同じにはなりません。善いところ取りをするには、それを解釈し自国の文化で調理して取り入れるという咀嚼する力がいるのです。

例えば、モンテッソーリであろうがシュタイナーであろうがそのまま持ち込んでも本質的には別物になってしまっていることもあるように思います。

そこで大事なのは自分の国の歴史をもう一度おさらいしていくことだと思います。その風土にどのような暮らしがあったのか、どのような文化を醸成してきたのか、環境を見つめ直していくことです。

そのうえで私たちが長い時間をかけて取り組んできたものを基盤に新しいものを取り入れていくのです。私が古民家甦生をして暮らしの甦生をするのもまた、基盤づくりの一つです。そのうえで、最先端技術やデザインやアートを取り入れるのもまた時代の潮流に合わせていくのです。

日々に新たに今の時代は今の世代がきちんと子孫たちに咀嚼して温故改新し続けていくことは今を生きる我々の使命であり責任です。そしてそれが真の自立なのです。

今の時代、自分で考えようともせず他人軸で他人の評価ばかりに合わせて依存している人が増えています。それでは仕合せにはなりません。そういう教育を施されてきて仕上がってしまえば仕合せは誰かが自分に与えてくれるものだと勘違いするのです。

本当の意味での勘違いとは、自分の仕合せは自分が決めるということです。そのためには、教育そのものを今の仕組みを改善して本来の真の豊かさに気づいて生きることに回帰する必要があると私は思うのです。

自分が本当は何をしたいのか、そして自分とは何か、主人公である自分を思い出し、自分であり続けることです。そのためは、日々の生き方をととのえていく暮らしから実践していくのが近道であろうと思うのです。

私が暮らしフルネス™を取り組む理由は、子ども第一義の理念があるからです。

子どもたちに、真の生き方、真の豊かさ、真の仕合せを生き、真に自立と協力をする人生を歩めるように少しでも今よりも善い環境を譲り遺したいと願っているのです。

初心に帰り、限りある人生を自分の使命に集中していきたいと思います。

暮らしと子ども第一義

保育にかかわっていると、子どもから学ぶことがたくさんあります。一般的には大人が子どもに教えるようなことを教育や保育と定義していますが私が一緒に取り組んでいる見守る保育は子どもから学び子どもの発達に沿って環境を用意していくという子どもの主体性を重んじています。

そうすると自然に子どもの発達からの気づきを私たちがどのように解釈をして理解していくかと繰り返していると子どもの持っている人間力のすごさ、また社会形成の知恵を実感するのです。そこから人類は生まれた時から、その環境に適応する仕組みを持っていることを直観しました。

例えば、幼児期の環境というものはその後の人生にとても大きな影響を与えるといいます。生まれてすぐの赤ちゃんは、脳のシナプスも最大でそこから心理学用語で「刈り込み」といって自分の人生に必要なものだけを残し、そうではないものを削り取っていくといいます。つまりは最初に完全体で生まれ、そこから能力を選別して個性を決めて伸ばしていくというのです。私たちは、それぞれで個性が異なりますがそれは幼児期の環境によって決まるといっても過言ではないのです。古語に「三つ子の魂百まで」といわれる中にはその意味も存在すると私は思います。

そこでどのような環境であったかに、「伝統文化」が重要になってきます。伝統文化とは、どのようにその民族がその風土で暮らしてきたかということです。これが環境というものです。

環境を通して子どもたちは学びます。そして子どもは大人と大人、大人と子ども、そして子ども同士の関わりによって人類の知恵ともいえる社会を学びます。社会はこの日々の環境、つまり暮らしを通して学んでいくということです。

人類の保育が伝統的な暮らしであると私が言うのは、人類が長い時間をかけて風土から得た智慧を譲り遺していくものを暮らしという伝承の仕組みにしているからです。幼少期の保育時期が非常に大切なのは、この「智慧の伝承」に深く関係しているからです。

文字がなかった時代、私たちは大切なことをどのように子孫たちへつないで伝承してきたか。それが暮らしであったのは、明白です。この暮らしは、智慧の宝庫でありその民族の人類の中での大いなる役割です。

子どもたちがそれを担っていくことで、人類は保育によって生き延びてきました。まさに人類がここまで生き残り維持できたのは、幼児期の保育が優れていたからということです。

私の取り組む暮らしフルネス™は、この風土の智慧を活かした伝統的な暮らしの仕組みで伝承していきます。子どもたちに先人たちの培ってきた様々な経験からの智慧が無駄にならないように信念をもって子ども第一義に取り組んでいきたいと思います。

尊重する世界

世界にはまだ100以上の外界と接触していない民族や部族があるといわれます。アマゾンの奥地であったり、山の高地であったり、あるいは孤島の中であったりします。そこには独自のユニークな文化や生活様式を発展させ、少数ながらもその風土に適した暮らしを実現しています。

グローバリゼーションの中で、世界はあらゆるところに行けるようになりあらゆる文化や生活様式を一変させてしまいました。工業製品などは、安くて便利なものがあらゆるところに行き渡りその土地の生活様式を変えてしまいます。

今までよりも便利なものが外から入ってくればそれが今まで風土に合った手間暇かかるものよりも価値があると欲を優先してしまうのでしょう。そうやって日本も江戸時代から明治にかけて西洋文化や工業製品などが膨大に流入してそれまでの文化を手放していきました。

特に若い人たちは携帯電話をはじめ、目新しい道具を使って力を手に入れることに敏感ですからあっという間に広がっていきます。そうやって世界はどこにいっても、同じような価値観の社会を広げてきたのです。

しかし同時に、外界と関係を断っていた民族は外からやってくる病気やウイルスに対する抵抗力もありません。なので、あっという間に蔓延して絶滅したところもたくさんあります。またその反対に、今まで関係を持たなかった地域の危険な風土病が世界に広がっていくということも発生します。

お互いを尊重してそっとしておくような関係が維持できれば、その場での平和は保たれるのでしょうが現代のグローバリゼーションはそこに資源を取りにいき、経済成長のために浸食していく仕組みですからそっとすることは不可能です。このまま最後は、世界のあらゆるところに隙間がないほどに入り込んでいきます。

そのうち、宇宙人というものを地球外に見つけそこに向かって移動していこうとするでしょう。そして現在の少数民族とのやり取りのように病気を持ち込み資源を奪い、また経済成長のためという大義をもって浸食していくということは簡単に予想ができます。

よく考えてみると多様性というものは、尊重されることで維持されるものです。尊重せずに浸食すれば多様性というものはありません。その尊重は、無理やり折り合いをつけるのではなくお互いの最適な距離感の中で見守りあっていくことであろうとも思います。これは自然界の仕組みそのものでもあります。

世界は、何で一つになるのか。それがいよいよ人類に問われている時代だと私は思います。

後悔しないように子どもたちの憧れるような生き方を譲り遺していきたいと思います。

結友の仕合せ

昨日は、また藁ぶきの古民家で結友の仲間たちと掃除やべんがら塗を行いました。大変な作業もみんなで助け合って取り組めば心地よく、家も人もみんなが元氣になっていく感覚があるものです。

また人は一緒に何かをすると、その人の個性や人間性が観えてきます。対面で相手の様子を伺うよりも、一緒になって作業することでお互いの特徴や人柄、そのほかの得意不得意などを知り、心が通じ合っていきます。

掃除の効能は、一緒に取り組むことでお互いを尊敬しあうことができることです。一般的には現在はすぐに比較や競争、評価ばかりが重んじられていてなかなかお互いを尊重して認め合うことができません。一緒にやるよりも、個々の専門分野の人の役割のように配置されているものです。しかし実際には、自分にはない多様な能力や個性がありますから力を合わせた方がいい仕事をすることができます。

ここでのいい仕事は、決して完璧に仕上げることではありません。豊かさやつながり、また楽しみや喜びを感じることができるいい仕事になるということです。一緒に取り組むというのは、それをたくさん味わう時間が持てるということです。

私は、結果よりもプロセスのタイプでみんなで一緒に取り組んだり、味わったり、振り返ったりする方が楽しいと感じるタイプです。終わらせることや目標を達成することだけがいいのではなく、そのプロセスが如何に豊かであったか、仕合せであったかを確認するものです。そのためには、お互いを認め合い、一緒に取り組むという体験を増やす必要があるのです。

それは別に能力があるかないかだけではなくです。昨日は、小学生や大学生が来ていたり、シェフや主婦の方などがそれぞれで一緒に作業しました。みんなで取り組むことで、その人の仕事ぶりが観えてうれしくなります。それはその人がここがダメだとか、ここは直さないととか評価は全く入りません。むしろ、下手でもその人が主体的に取り組んでいることが楽しいのです。子どもたちも最初はみんな上手い人はいません。みんな下手です。そのみんなが協力し合って取り組んだものは下手でもそこには楽しみや喜びがあります。それはみんなの心を通じ合わせて取り組んだからです。

本来の価値とは何か、それは人が仕合せになることです。その仕合せになるために、結果があるのだからあまり上手いとか能力があるかとかにこだわる必要は私はないと思っています。

なぜなら、それが認め合い尊重することになり慢心を戒め、人が謙虚に感謝しあい助け合うための基礎になっていくからです。本来の教育とは何を教えるものか、それは評価や比較ではないと私は思います。なぜならそれで幸福を感じにくいからです。幸福を感じるためには、みんなで下手でもお互いで教え合い知恵を出し合い許しあい、認め合い、助け合うことです。

結友の集まりはいつもそれを実感させてくれます。

こういうプロセスを経て仕上がっていく藁ぶきの古民家は心のふるさとです。子どもたちのためにも憧れるような生き方を増やしていきたいと思います。

ご縁を実践すること

昨日、35年前に近所に住んでいた先輩と久しぶりに再会するご縁がありました。小さいころにソフトボールやラジオ体操などを一緒にやったことを覚えています。思い返すと、小さいときは3つ歳が離れていたら大きなお兄さんです。

後輩や子どもたちの面倒見がよかった先輩のことは心のどこかで覚えているものです。35年も経ちなんとなく面影が残っていると、安心するものもあります。歳をとっていくと3つの歳の差などほとんど気にならなくなってきます。

縁あって再会し、同じテーマで話ができたり、それぞれに困難に挑戦している共通点を感じると不思議な時のつながりを感じるものです。

人間には、ご縁というものがあります。

どのようなご縁で結ばれていくかで、日々は変化していきます。ご縁には場所とのご縁もありますが、時機とのご縁があります、そして人とのご縁です。

最初からその場所、その時、その人と出会う運命であったのではないかと振り返ると思うことばかりです。私は、日々に様々な方々とのご縁がありその時々でそのご縁に対処していきます。時として、あれは夢ではなかったかなと思うようなご縁もたくさんあります。

心の余韻にいつまでも残るような仕合せなご縁もたくさんありました。また同時に、傷つけあって一つの絆になったご縁もたくさんありました。あの人たちたちは今、一体どうしているのだろうかと思っても今は連絡も取りようもありません。ただ、未熟者同士で磨き合った思い出が遺っているだけです。

そういうご縁は、その後の人生でさらに深くし輝かせていくことができるものです。それはご縁を大切にするということに尽きるように思います。人のご縁は意味あって存在し、自分が如何にそれに執着しても思い通りにはならないものです。思い切って諦めてみることで、自分に相応しいご縁が訪れていることを自覚するものです。

それもまたご縁を大切にする一つの実践ということでしょう。ご縁を如何に大事に過ごしていくか、それは日々の内省によります。一期一会に生きるというのは、先人の遺してくださった大切な文化であり生き方です。

子どもたちのためにも、日々のご縁を内省により紡いでいきたいと思います。

 

風土の縁

先日、たまたま「風土舎宣言」という言葉を知りました。元信州大学名誉教授で農学者の玉井袈裟男さんという方の遺した言葉です。とてもリズム感もあり、読んでいてしっくりと来るものがあります。ご紹介します。

風土という言葉があります

動くものと動かないもの

風と土

人にも風の性と土の性がある

風は遠くから理想を含んでやってくるもの

土はそこにあって生命を生み出し育むもの

君、風性の人ならば、土を求めて吹く風になれ

君、土性の人ならば風を呼びこむ土になれ

土は風の軽さを嗤い、風は土の重さを蔑む

愚かなことだ

愛し合う男と女のように、風は軽く涼やかに

土は重く暖かく

和して文化を生むものを

魂を耕せばカルチャー、土を耕せばアグリカルチャー

理想を求める風性の人、現実に根をはる土性の人、集まって文化を生もうとする

ここに「風土舎」の創立を宣言する」

身土不二のように風土不二のことを語っているように思います。これを和して文化を生むとも。魂と土を耕すことが農の本質でもあります。意訳ですがその土地で人が集まりそれぞれに根をはり作物になるのならそこが一つの文化創生の風土舎という意味かもしれません。

以前、私が故郷に戻ってまちづくりとは何かと悩んでいたときに逆手塾の和田芳治さんに私がこの場でとことん尖がることを応援・支援していただきました。あのことがあって吹っ切れたことは今ではとても財産になっています。その和田さんのまちづくり理論歌という替え歌もいいリズム感で読んでいて心地よさを感じます。

打てば響く 君がいてさ
話に花咲く この宴

まちは舞台さ 主役は君さ
スポットライトは お天道様

丸い地球の ど真ん中は
君が住んでる このまちさ

ナイモノネダリを やめたら見える
君とまちの オンリーワン

有るもの探して 知恵と技と
汗で咲かそう まちの華

自然にゃいいも 悪いもないさ
活かすも殺すも 君しだい

名所名物は 名人が創る
何はなくても 君がいる

花を華に するのは君さ
君が咲かせる 汗の華

こうやって、それぞれの人たちが逆境を逆手にとって本質を語り面白い発想で風土を醸成する啓蒙をしていきます。その土地には人がいて、そして場があります。その場の徳をどう引き出してその土地での地元を真に創生するか。

それはその覚悟をもって取り組む人たちの生きざまや生き方があります。人はそういう人たちと出会うことでより自分自身の徳も磨かれていきます。

最後に、森信三さんの言葉で締めくくります。

「人間は一生のうちに 逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。縁は求めざるには生ぜず。内に求める心なくんば、たとえその人の面前にありとも、ついに縁は生ずるに到らずと知るべし。」

これからのご縁がどう転んでいくのか、楽しみつつ徳を磨いていきたいと思います。