無責任の無自覚

生きた仕事と死んだ仕事がある。

生きた仕事は、過ちが少なく死んだ仕事は過ちがたくさんある。
これは、別に失敗しないということを言っているわけではない。
それに過ちが悪くて、過ちがないことが良いと言っているわけでもない。

真に生きた仕事は失敗がとても大きな成長の糧になり、その次に繋がっていく。
しかし死んだ仕事は本当に失敗する、なぜならそれは次に繋がっていかないからだ。

まず生きた仕事をするために大切なことはその任された仕事に対してどれくらい、事前に周到に深め正確に準備し何度も自らで本当にその期待に応えられるかを上司に確認して進めたかということが大きく関わってくる。

かの松下幸之助さんはこういう。

「上司が一度承認したからそれで事足りると思ってはいけない、それであなたが承認したでしょうとなるのは言っているその人が間違っている。一度判を押してそれで事足りるとするのはそれではとても真に過ちのない生きた仕事はできるはずがないと思うべきである」と。

生きた仕事をするというのはそういう任されたことを正しく理解しているところに生きた仕事というものがあるのだと私も思う。

これは人生で考えてみても良いだろう。
流されて生きる人と、日々、充実して生きている人の差でも同じであるからだ。流されていく人は、ただ流され死んでいき、充実している人は常に確かめながら内省し生きていくようなものだ。

なぜ、仕事もよくよく確かめ内省して細心の配慮で事前に深めて共に進めていく必要があるのか。
それは自分の会社の中や社会での自らの存在の影響力を正しく知っている、つまりは「責任を自覚」するとということになる。

ただ失敗をしないというのはお使いを依頼された作業を正確に行うことを言うのではなく、仕事を任されるのだから自分という存在が何より仕事を通じて相手(会社やお客様)に与える影響力を正しく理解しその評価に対するきちんとした責任が取れるということになる。

もし作業が仕事となるのなら何も自分の影響を自覚しない死んだ仕事となるし、さらに悪いことには自分が責任を果たしたことにならないから当然当事者意識も問題意識も危機感も育たず、自分が練り上がらず、良い意味でのプレッシャーも感じず遣り甲斐や成長のストレスも正しい方向を向くことがない。

責任がないところに真の遣り甲斐など存在しない。
その遣り甲斐は、その影響力と自覚を自分が持っているから得ることができる

人は、仕事や役割を任されるから命を使おうとし成長し自立する。

会社や社会、上司から役割を任されるのは、その影響力や評価に自分が応えると言うことである。
それを自覚して、その自分の責任を果たすというところに会社や社会を発展させ真の共生と自己実現の両立ができる。

別に自分勝手に作業を進めて、自立しているというのは単なる勘違いでそれは自分勝手に好き勝手動いて周囲の評価を下げて周りへ悪影響を及ぼしているだけで、常に無自覚無責任にやりっぱなしの死んだ仕事ばかりに取り付かれた亡者や所謂世間でいうところの悪い意味でのサラリーマンのようになっているということになる。

私たちがコンサルティングで入っている園でもそうだけれど、子どもたちに対して、また周囲の保護者へ自分がどれだけ影響力があるかを正しく理解しているかで取り組みが変わってくる。もちろんそこを掘り下げれば自然に問題意識も危機感も育っていく。自らの保育の在り方や自分の日頃の生き方としての基本としてもそうだけれど、自らが子どもへ与えてしまう影響力を知り、自分の存在が相手にどれだけの価値があるかを正しく自覚すれば自然に内省的になるし本当に生きた良い仕事ができるようになるものだ。

よくだらしないやみっともないことをする保育者もいる。
よくカッコウや言葉遣い、身だしなみがあまりにも酷い人が居るけれどその人たちが本当に子どもへ対する自分の影響力の自覚があるようにはみえない。

子どもたちには尊敬と慈愛が必要で、もちろん外見をあまり言うのはどうかと思うけれど無自覚・無責任は思いやりをもって反省していくと良いと思う。

また、崇高な理念を掲げるところは自分たち一人一人がその理念に対してどれだけ期待され評価されているかをいつも意識することで自然に自律することができるようになる。

自分の評価を下げないのは周囲への深い思いやりであるし、大きな社会の中で自分の個性や自己実現を存分に発揮できるようにすることに繋がっている。

最近、師匠のブログでオリンピックのことなども書かれていたけれどその自分の影響力や期待度や評価の自覚がないこと自身が無自覚無責任ということになる。師匠はそれに対して、あまり周囲の大人が本人が気づいていないのに言いすぎるから本人が気づけず、自分勝手が自己主張と勘違いしてしまうのではないかと本人に自覚させない周囲の大人たちの教育の在り方そのものにも疑問を提言していた。

例えば、自分の影響力が大きい教師や経営者、コンサルタントと言われ人々へビジョンや方向性を示し導くのが役割となる職業がある。当然方向が間違っていたとなると与える損害も大きく社会や親や子どもたちの人生そのものに対してもその影響力も相当なものだ。

もしもそういう人が飲んだくれてどこかの道端で寝ていたり、社会的に悪影響となる不祥事やみっともない体たらくぶりを露呈したりとあるのは、その責任に対する自覚が足りないから起きることだと思う。

私もそうだけれどやっぱり周りは自分が慕って尊敬している人(教師やコンサルタント)が飲んだくれどうしようもなくなるのはみたくないし、方向性を示してくれた人がだらしなく不祥事を起こすのはとても恥ずかしいことだし嫌な気持ちになるものだ。それに責任が重くなると、遅刻一つや約束一つ、その他些細なことまで不祥事となりその影響力は大きくなっていく。

よくそういう人たちは「人間だから仕方がないよね」と言うけれど、これも師から教わったのだがそういうことを自分で言う人に限って人間だからと言いわけしているだけで決して周りはそういうふうには思ってはいない。

ただ恥なことだと思われるだけだ。

人間だからという受容や肯定は、程度もあるし、また日々一生懸命役割を果たしていてもやっぱりどこかまだ思われるほど強くなれないところがある、その「あるがままの自分の弱さ」をさらけ出すからそれを周囲が認めて人間だからねといわれるだけで決して本人が「別に人間だからさいいだろうこれで」というのは、やっぱりどこか自覚のない無責任があるのだと思う。

これは教師と言われる聖職者、リーダーと呼ばれる経営者、またはコンサルタントと言われる伝道者は、何より世間、会社や、相手へ対する自分の存在価値や影響力を正しく受け取り、それにそって自分の使命を自覚することが自らのミッションを真に達成するには必要なのだと思う。

正しく生きた仕事は周囲を幸せにしていくし、誤った死んだ仕事は周囲を不幸にしていく。それだけの仕事だからこそ遣り甲斐も生き甲斐も生まれて幸せになることができるということだと私は思う。

私たちは生きているだけでも活かされ活かしあっているのだからこそ、何よりそのことに感謝し自分を律していくことをただ自分勝手にやるのではなくもっと周囲への思いやりを優先し自らの責任と自らの自覚により正しく認識して実践していくことを大事にしたい。

カグヤは、子ども第一主義のコンサルタント集団。

だからこそ、その責任と自覚が期待を裏切らないことを肝に命じて常に内省し実践していきたい。

子どもの未来の権利

先日、来日したリヒテルズ直子様と私が現在色々な哲学や思想を教授いただいている吉川宗男先生をセッティングし、話をお伺いすることができた。

もともと私は師匠の真心と王道の実践が世界を易えると信じて何よりも優先して深め徳を明るみにしていくことに命を懸けているのだけれど、それをより幅広く世界や社会へ感化浸透するには最先端でありもっともシンプルな思想をより具現化し、それを自らのオルタナティブと新しい世界の創出の企画の精度を高めるためにも真摯に取り入れている。

もちろん、理屈はさておき国際人である両雄の対談の場を設けることは私の幸せであり、私自身が生きる価値そのものでもあり、本当に好奇心と喜びの中で楽しむことができた。

吉川先生の哲学や思想は、メビウス理論としてお互いが統合的総合創造のエネルギーをダブルスウィングすることで宇宙の絶対バランスを生じ、その瞬間に煌めく一期一会があり、その今の瞬間から奇跡の熱が発生しと・・私にはまだまだその深遠な哲理が理解できていないのですが、何より先生自らの体験と実践によりそのことが持つ力を世のため社会のためにいかしたいと発心しているように改めて感じました。

今年は、中京大学で8月に開催する「世界会議」がありそこでも私も一緒になって同じ道を歩んでいる先生と講演やシンポジウムを楽しむ場や間、そして和が共有できるのを有難く感じています。

そして、リヒテルズ直子様は昨日のブログでも書きましたが差別や人権というもの、また人としての社会の在り方や個々の自立ということを通して、真に幸せになり助け合いの未来を創造したいと、故郷のため、そして独立自尊のためにと勇猛心で活動している維新の志士であるようにも感じました。

その話には、私のあまり知らない哲学者の話や、宗教者の話、そして理論や思考法など様々なことを学ばせていただきました。

Martin Buberの我と汝の話などはもっとゆっくりしたかったと感じました。
本当にわくわくすることばかりで、時間がもっとあればと名残り惜しくなりました。

その中でもまた一つ刷り込みのとれた面白い話がありました。

これは私の解釈ですが物事を考えるとき、そして人との調和や対話を思うとき、如何に物事を排除しないかというところに真実の鏡のようなものがあるということ。

よく大人は口癖のように「必要悪だからという」しかし、これはよく考えてみると変な使い方をしている。よく大手企業などや私たちの教育業界などではこういう類のことを言う人がとても多い。

どんな場面かと言えば、必要悪とは別に大きなことをやらないといけないのだから小さな犠牲は構わない、大きな善をするために「これも必要な悪だ」という使い方だったり、もしくは、自分が悪いと分かっていても、他の方法は全部妥協してその結論をだしたのだからそれでもやるしかないじゃないかと自分を言い聞かせるときに「これも必要悪だから」と使っている。さらに巧妙になってくると、直接必要悪だとはせずこの一見犠牲の山積みの問題をそのままにしておくことが悪なのだ、この悪を排除することが善だからこそ、「悪は悪を以て制することが必要なのだ」と、そういう自論を展開して国民を守るためにと世界を巻き込んで戦争までした国すらもある。

必要悪とは本当に都合の良い言葉だと今まではずっと思っていたし毛嫌いしてきた。

しかし、本質や一流の本物が使うこの「必要悪」とは本当は何だろうか?

私には、そういう方々が使う必要悪は何一つも一切排除しないで新しい選択をするということで使っているのだと思う。

これは例えば、そもそも悪と言われるものもすべてはこの世に必要だとする考え方、病気でもそうだけれどそれが悪いから治療するのではなく取り除くのでもない、それとどのように共生するのか、一緒に生きていく方法を人間らしく導きだすか、もしくは小さな犠牲というものすらもない新しい答えをお互いに話し合いによって決めるということでもいい。

つまりは、本当の必要悪とは、善も悪もともに必要だと言うこと、言いかえれば、善も悪もこの世には存在していないと言う考えかたということになる。

人は話す言葉が生まれたとき、光と闇、熱と冷、個と液などと必ず分かれて物事を表現し理解してきた。しかし私が思うと、自然は最初からわかれたことは一度もない。

すべては総合的創造的必然として成り立っていて、そもそも悪いものをつくるはずがなく、そして同じように善いものをつくるはずもない。

ただ、そこに在った。

そこに在るものは、無と空という名の自然というものだったという解釈ができる。

だからこそ、そこで生きる私たちは常にそういうもの天理から離れることはできるわけがない。

子どもたちにいえてもそうだし、周囲にある動植物もすべては繋がっている世界の住人であるし、それが当たり前というものだと私は思う。だからこそお互いに折り合いをつけているし、お互いで納得できるように生き生き合ってきた。

今は、この人間社会は権力と保身の名のもとに、よく必要悪だ必要善だと、理想と建前を使い分けて偽り生きていく社会風土が蔓延しているようにも思う。

しかし、そんなものあるはずがない。

子どもが安心して暮らせる未来を創るためには排除するのではなく、その子の個性を認めてその子のやりたいことを見守る世界を創らなければ、より大人になって心根が屈折する不自然で偏った大人たちがたくさん生まれてしまう。

それこそが子どもに起きている本当の危機だと思う。

子どもの未来を奪う権利は誰にもない、それを子どもの人権としても良いではないかと私は思う。

私は社業を通して、本当にすべてを調和しそこから真の一手を差し出し支援できるようなホスピタリティとコンサルティングを極めていきたい。

この出会いに感謝し、この出会いをまた実践で活かしていきたいと思います。

一期一会と幸福な時間に感謝します。

個性と愛

オランダからリヒテルズ直子様が来日し、2週間で14回の講演の合い間をぬって私たちカグヤの社内研修を行っていただいた。

色々な問題意識を持つ中で、子どもの人権や社会教育など、幅広い国際感性でこの日本に様々な提案と提言、その方法を示唆してくれる一流の思想の持ち主はなかなかいないと私は思う。

一人で遠いオランダからいつも世界のこと日本こと、人々の自立を通しての平和な社会の実現を願う姿にはいつも感銘を受ける。

今回は、社内のクルー一人ひとりから私たちの取り組みを説明しそれによって気づくことを伝え、私たちが現場で感じる危機感から得た疑問や質問を投げかけて答えていただくという形式を取った。

お互いが実践で感じる疑問はとても叡智があり、それに応える側も自分の問題意識で得た結論から丁寧にすり合わせていく刹那に本質とお互いの使命や役割なども明確にできるとても素晴らしい機会になった。

私自身、クルー一人ひとりが自らで自分の会社での行っている本質的な仕事を説明するその姿に成長を感動し、そして質問の洞察の深さや問題意識の高さにも共感することができた。

人は一日で成長することはない、長い年月をかけて時間をかけて誠意を籠めて関わった真心が次第に相手に感化し、時がきてそれぞれに開花していく。

目の前が如何に変化が少ないと感じても、心の根が育ち、良い栄養分を与えて素直に豊かに幸せであれば必ず人は見事な花を咲かせるのだと予感させる良い機会になったことを感謝しています。

その話の中でも、様々な気づきがあった。

特に興味深かったのが個性の話になる。

「人は自分が自分がと言っている人ほど自分がないことが多いということ、個性があるというのは、自分の中で曲げられない強い心や思いがあること。個性が立っていけば人は幸せになる。幸せであれが学力も身に付く、学力が身についても幸せでなければ意味がない。大切なのは共生していくことで生産性があがるということを知ること、経済優先の社会では無駄が生まれる。

だからこそ、何よりもまず個性を大事にしていくことだと言う。

誰かに批判されても、言い返すくらいのことができるくらい、自分にしっかりしたものを持つこと、そして遠慮しないで、自分を表現すること。」要点解釈

外にはいつまでも自分を守ってくれるような社会はない、だからこそ自らの意志で力強く自分が独立自尊していかないといけないというようなことを仰っていたように思う。

私も日々の実践の中で、様々な批判にさらされる。

子ども第一主義といっても、教育界にいながら私は会社経営をするという経済社会の一員でもある。その中で経済と道徳を一致するには、真に誠実な生き方や在り方をしていることが求められ、そのためにどこまで自分を貫くかというのは自らの心にある揺るがない信念がともに必要になる。

一方では闘い、一方では守り、そしてその両方を混ぜ合わせて認め受容し助け合っていくという実践が日々続いていく。

個性とは自分勝手なことを自由にやることではない、今の時代は自分勝手に何かを好きに進めていけば個性があると勘違いしているけれど、それこそ流されているだけで自分があるわけではない。本当の自分があるとは、周囲をよく思いやり利己心ではなく、自利利他の心で共生し貢献し自らが幸せになり同時に他人も幸せにして自然に感謝して生きていくことであるようなものだと私は思う。

個性が尊重されない世の中に、平和な未来は存在しない。

生きるには道がある。
道で彷徨うのはまだ良い、必ず助けてくれる人が現れる。
私もどんな逆境の中でも最後は助けてくれる人に出逢うことができた。
それを運という、運とはもともと良いものだと私は定義がある。

しかし、道がなく彷徨うのは亡霊の類と一緒になり常に苦しみから抜け出せなくなる。

そして、人が偉大な目標を掲げ道を目指すとき、孤独を感じ諦めそうになる。

しかしそんなときでも道がもし本当に一人孤独であるならば耐えられないようなことも、本気で自分から信じ合える人たちの中で自分の命を預けそして歩むならばその道は一人のようで決して一人ではない。

下記は、私の尊敬するメンターであり顧問の市川康雄さんが教えていただいたことがあります。

「独りは決して寂しくありません。
 心で繋がっていれば、一人でいても百人でいるのと同じです。
 見かけの孤独に惑わされないように。」

心で繋がるということの本質は、どんなことがあったとしても自らの愛に対して誠実であるということに他ならないと私は思う。

幸せであるとは無限の愛をいつでも感じることができるということだと私は思う。

人は一人では生きていけないからこそ、愛に飢えるのではなく真実の愛を感じてそれを無限に持てるように私はなりたい。

遠慮なく自分の個性を心を開いて伝えられるように自分を表現していきたい。

感謝。

大いなる我慢

地球が自転し続けていく中で、様々なものは進化成長する。

足元の石ですら、何億年何十億年という歳月を経て存在し成長していく。
成長とは、そのものが変化していくことであり、万物流転し循環を繰り返しながら形を変えていくもの。

人の世もまさに等しく、同じように同じことをいくら繰り返しにやったとしてもそれは単なる繰り返しでもなければ、そこに永遠は存在しない。咄嗟に永遠に見えたとしてもそれは「よほどゆるやかに」過ぎているだけで決して止まったわけではない。

つまりは、当たり前だけれどこの世の中すべては変わり続けるということ。

その変わり続ける中で人間は生活している。
人間は集団で生きていくようにできている。

共生し発展するために人間は人間社会を形成していくようになっている。動物や生物はみんなそうやって相互扶助していくことが、世の中と調和し平和にする方法であり思いやり助け合うことで人々はの慈厳に心の安住が得られるようにできている。

この地球上すべての生き物は、たまたま種として分けた人間がいるだけで生きているものはすべて分かれているわけではない。同一同体のものとして存在しているということになる。

だとしたら、一匹狼といえどもそれは観えざる偉大な世界と調和し生きている一つの自立した生命体だということになる。

人間には悪しき癖がある、また文明という名の知識欲がある。

それは言い方を代えれば道具のようなもの。
道具を使うために得たものが知識。

道と具のバランスが取れてはじめて達人となるけれど、具が大きくなり過ぎ道が失われればそこで具が一人歩きする。必ず道のほうが大きい方が長く自然と調和していける。

つねにその道と具をどうするのかが人間の尊厳崇拝すべき自然の心によるものだし、人間は過去に様々な人間優先の社会から失敗から学び、それを忘れないために教育というものにより自己を修養していくことに力を入れることで人々が少しでも長くこの地球上で発展繁栄していくことを望んできた。

しかし、人間が自ら定めた「分度」の一線を越え、自然界の定めた理である戒律を破り、人間の持つ倫理すらも粉々にし具至上主義のような科学知識を神とも崇めるような権力欲に囚われ、世の中の大多数の人たちが閉鎖的に間違った個人主義を信じて通すようになったのが今の世の中だと思う。

なぜか、享楽主義が勘違いされ、自分だけで幸せになることが幸せなのだと浅い生き方を選ぶしかなくなってくるようになってきた。

人間の深い喜びは共生の中にこそあり、孤独の中にはない。
しかしそれでも具が正しいとなると世界丸ごと本末転倒している。
時代時代でそのように道が荒廃し具が高まり、具が荒廃し道が高まる時もあるのかもしれない。

しかし自分の生きる時代をキチンと生き切り、次の世代がキチンとまた自分たちの時代を果たせるようにしていくのが今を生きている私たちの役目ではないか。

なのに子どもたちは、自分たち大人の今の世の中に慣れさせられるように安易な眼前の優しさに依存させられ、意欲をそがれ、先人たちが行っていることを否定させないようにと無意識に隠しているし、もしくは手が付けられなくなったので言い訳をしたくないから無理やり正当化してしまおうとする感じすらもある。

悲しいことに、今を生きる大人が自らを反省せず、自律することをやめ、怠慢怠惰に権力にすがり、ただただ食べるためだけにこういうものなのだと何でも従うといいだし、必要悪だの誰かのせいだの言い訳ばかりで逃れるようになれば、誰がそのツケを清算し、真の独立自尊や真の自立を果たすことができるのだろうか。

歴史には常々改革者が現れる。

改革者とは、封建的な社会ではほとんどが暗殺されたり天誅されたり、色々な罪を押し付けられ失脚させられている。

そのほとんどの人たちがその言動を他に疎まれ、出る杭になり、成り上がりだと嫉妬され、最後にはその時代の大勢が逃避するための好材料として改革の中心的人物に仕立て上げられ悪名がついたり悲惨な最期を迎えていることが多い。

悲しいかな人々は、歴史から学ばず、一通り知った宗教や儒教、哲学など脳で分別できるところばかりを解釈し、その人物が持つ本質や「本物」を見ようとはしない。

私が尊敬崇拝し感動し生き様から学ぶ人たちは、ただ偉いのではなく人間としての「本物」を其処に確かに観ることができるから何よりその清純な魂が揺さぶられているのだ。

しかし、大勢の人たちは単に肩書きや役職、また華々しい成功など、権力などを通して浅く見取り、その人物の本質を見ようとはしない。大切なのは、その人の中にどれだけ自分の中にある「本物」や自然に在る真実と同じところがあるかを見定め、どれだけのことをその人が身をもって実践しやり遂げているのかを観ることではじめてその人のことが分かる。

その人物の凄みともいうべきか、本物が持つ信念を感じることもできる。

そしてその人物の足跡や遺した言葉と実践を鑑みれば、何にその人が興味があり何を為すのかもそこから自然に観得てくるものだと私は思う。

今の時代は、ある意味で長く続いた均衡状態の中で答えを出すことを先送りにし無理に無理を重ねた制度や仕組みが限界に来ている。

こういう変革が必要な時代は、どの時代も人々が皆で「大いなる我慢」をして皆が自立していくことが求められる。これはつまりは自由と自律の本当の意味を実践できていないといけないということだ。

言い方を代えれば、如何に周囲を思いやり人に迷惑をかけないで人間としての尊厳と尊重を維持するか。

そしてそういう時代こそ、真の教育が必要になってくる。そうやって若い人たちが真の教育により、大人になり真の勇気と思いやりを存分に発揮し、一人ひとりみんなで自立して変わろうとできる人達にならないといけない。

そういう人たちを導くために師友がある。柵や刷り込みなども超えた本当の会話がある。その師の背中や姿で感じるけれど、その言動や行動には若い魂や青年の志がとても感化され育っていくのを実感する。

しかしその裏腹にどの時代もそうだけれど、そうではない同世代の人々や年配の人たち、権力者や一部の迷っている若者たちから忌み嫌われ迫害をされてしまうこともある。

改革の時代には、きっと儒教は求められる。
しかし、何度も何度も同じ遣り方をやろうとしているわけではない。

今の時代にあったものをどうこの世の中で実現していくか。
同じなのは、過去の歴史から学びさらにそれを磨き今の時代に調和させていくこと。

それは宗教でもなく、儒教でもなく、科学でもなく、哲学でもなく、無為自然であるということだと私は思う。

「生きる」とはきっとそういうようなことではないかとも感じる。

まずは私自身、此処がどのような時代であっても、自らの天命を信じ、人々の勇気になれるよう、心を広く持ち、奥深く受容していく実践をし、謙虚に自分の誠を磨いていきたいと願う。

真剣に生きた方々がいてくれたこと何よりも感謝しています。
流されず惑わず本懐を遂げたいと念じます。

至誠

今年も無事に山口県の萩にある松蔭神社を参拝することができた。

この一年を振り返り、どれだけ自らの志を養いそして実行できたのかなども松蔭先生の心の故郷の足跡を辿りつつ厳かな憂いを共感していると不思議といつも有難い邂逅が得られている。

色々な時代には環境や価値観が変化し色々な生き方があるけれど、古来、人として不動の在り方としての真心と実践を中心に逝きぬいた方の魂は時を超えていつも私たちの心に甦ってくる。

想えば不器用ながらも激しく実直な人生を送り、その行動力と純粋な感応力により様々な出来事を自分の中に容れ、そこから自らの命を極めて活かしきった人生を学ぶと自然に涙が込上げて来る。

もうすでに私は33歳になりすでに松蔭先生の亡くなった年齢を越えているのだけれど、年々その至純の思いに志の美しさと深い愛を感じて魂が揺さぶられる。

もしも今、この方が生きていたら、何が何でもお会いして色々と子ども達のこと、世界の行く末などを話してみたかったと松下村塾を観照しながら感慨深く思います。

松蔭先生が座右にした言葉の中でかの孟子の一文がある。

「至誠而不動者未之有也
 有也此語高大無辺乃聖
 訓乃連と吾未能之信也此
 度此語の修行仕る積也」 松蔭

解説として、「この上ないまごころを尽くして動かし得ないものは、いまだかつてなかったことである。この言葉は、はてしなく高く大きい聖人の教えではあるが、自分はいまだにこれを理解し信ずることができないでいる。このたびは、この言葉について更に追求し、修行をするつもりでいる。」とある。

この冒頭の一文「至誠にして動かざる者、いまだこれあらざるなり」こそ孟子の遺訓。

松蔭は、この孟子が語るあの「至誠」の一字を自らの人生に於いて明らかに学びたいと欲し様々な艱難の道を独り揺るがない決意で最期まで立ち向かった。

そしていよいよ30歳を迎えそうな時、こういう言葉を書き記している。

「吾れ学問二十年、齢また而立なり。然れども未だ能くこの一語を解する能はず。今茲に関左の行、願わくば身を以て之を験さん、即ち死生の大事の如きは暫く置かん・・」

これは私の解説になるけれど、「私は学問をはじめてよもや20年になる。だけれども私はまだこの至誠の一字をよくよく実践して為し理解することができないでいる。今ここにまた自分にとって二度とないような大きな艱難が待ち受けている。願うなら、至誠を学ぶためにこの身体をもってこの機会を験そう。それを学ぶため、私は生きるや死ぬなどのことは二の次にしよう。」というようなものだろう。

人が生きていく中には「道」がある。

論語にも、「明日に道 をきかば、夕べに死すとも可也」とある。

自らが究めたいその道の先には、生死をも厭わない。
それほど、この学問の20年の中で学問により命が実っているのを私は感じる。

松陰先生は、最期の最期まで自分の真心が天に通じるのか、そうでないかを命を生き切り一期一会に求めた道であったのではないかと私は思う。

学問とは何か?

ここから私は、松蔭先生の本当の示した人間学問への道を気づかせていただけている。

人は、どんな出来事からも道さえあれば、志さえあれば学ぶことが出来る。
私自身、振り返るとまだまだ何も理解しておらず、まだまだその真意すらもよくは腹に落ちていないでいる。

そうやってこの時代を過ごしていても、眼前の子どもたちの危機は変わりはしない。

私自身、何よりもこの孟子にある不動の真心を尽くせるよう常住坐臥に勉めていきたい。何かことがあってからではなく、事があっているときのこそこの不動心が世の人たちを導けるようにどんな出来事にも正対して学問を究明していきたいと思う。

今年の最期にこの松陰先生の「志」で締めくくりたい。

「天地には大いなる徳があり、君父にはこの上もない深いめぐみがある。
 天地間に存する至高の徳に報いるには、まごころをもってすべきであり、
 君父の深いめぐみには、全身を賭して報いるべきである。
 今日という日は再びめぐってこず、この一生も二度とはこない。
 報恩のこと成し終えなければこの身を終えることはできない。」 藤寅

1856年10月23日 吉田松陰 筆

志は、君師への忠孝を以て来年の自らの生き様を鑑みたい。

感謝

尊厳愛

今年最後のGT主催のセミナーで藤森平司代表が講演をした。
毎年続けているこのセミナーでよりシンプルに明瞭になっていく藤森先生の理念に触れることは本当に有難いことだと思う。

人は、深い哲学と真理を探究する求道者のことは知りはしない。
その人がどれだけ孤独に道を貫くために、自分を律し、社会のために自分を遣っているかということまでは理解することすらもできない。

道を同じくして歩んでみてはじめて分かる境地だし、それが分かるというのは自分もその道の素晴らしさを共感し、自らが歩みの実践をしているということになる。

ただ話が良いからや分かりやすい、とても感銘を受けたとだけで何もしないのならばそれは道が分からない人だということになる。

人は、それぞれ自分の使命がある。

この世に生まれてきた以上、何かしら必ず生まれてきた意味が存在する。
その意味を感じつくしていけば自然に、自分が必要とされ社会の中で自分が使われ幸福に満たされていく。

だからこそ、常に真理探究を失わず本質を見極め、まずは自分の脚下の道を自立して歩むことが大事なのだと思う。

今回の講演の中でも素晴らしい気づきをいただいた。

人は強くしていかないといけない、強くすることでより良く本人が生きる力を手に入れ社会で立派に自由に自分らしく生きれるようにしてあげるのが養育でもある。

そしてそのためには、多少は限界を超えることで強くさせることも要る。

普段人は、自分が思っている限界までやるのは誰でもやる、そしてそれが限界だという。ちょっと辛いと限界は超えられない、しかしそれだけをやっていても強くはならない。本当に強くなるには、限界のもう少し先、一つ先をやることでその限界を少しずつ広げていける。

アスリートなどもそうだけれども、自分を知ってくれているコーチからもう少しだけと要求されることに応えながら自分を高めていく。コーチがそれができるのは、自分もその体験をもって掴み、また相手のことを深く思いやり共感し、強くしていくことがどういうことなのか、またその適切な力加減が観抜ける専門性があるから行うことができる。

子どもの発達も同じで、どこまでいけるかは見守る側の専門性が求められる。

たとえば、子どもが何かを頑張っていて限界だと言うとすぐに可哀そうだと思う人がいる。誰でも、ついきつそうな姿、シンドイ様子をみると可哀そうだと同情する。

しかし、一旦それだけを切り取ってみると可哀そうに思うけれど、本人がやりたいと思っていること、人生をよりよく生きようと思っていれば、それは可哀そうなことではない、それは相手を自立させるために強くしている取り組み、生きる力を手に入れているのだ。

可哀そうと思うから大人が先に全部やってしまう、それがいけない。それが見守るではなくやってあげるということ。

情けは人にためにならずとは、こういうことを言うのだと私は思う。人は、やってもらうと自分自身が元来持っている能力を引き出すのを止める、つまりはその力を失ってしまう。先にやってしまうと、その能力は要らないのだと認識してそれ以上は二度と使わない、むしろその力は自分にないのだと先入観を持ち思いこむことになる。

そうなると、もう次はその自分の決め付けを裏切るような出来事が起きるまで気づくこともないのだとも思う。

藤森代表は言う、その人をできないからと可哀そうだとは思ってはいけない。
本当に可哀そうというのはどちらがかわいそうなのかと思うことだと。

私の解釈では、自分自身で生きる力をつけていかないといけないのだから、それを失わさせることが本来の可哀そうなこと。そこを見捨てるのは、優しさではない。

自立することは決して可哀そうなことではない。
それは、本来、自分がよりよく生きていく、幸せになるために必要なのだ。

だからこそ、私自身、ついきつそうだったり、つらそうだったりするときに、可哀そうだと思う前に、しっかりと本人に共感し、受容し、その人が自らの持っている力で自立し、自分らしく生きる力を手に入れるようにそっと援助していきたい。

誰かが見てくれている、見守っているということがどれだけの自分の内面にある自信と力を引き出してくれているかということをいつも感謝し、そういう存在であろうと改めて思う。

保育道

先日、GTサミットで藤森平司代表の講演が行われた。

テーマは、「保育道」とし、保育というものに携わるものの生き方や在り方などを自らの実践を通じて築いたものを暖かい眼差しで語っていただいた。

私は、もう藤森先生に仕えて7年近くなるけれどその実践の凄みというのは身に沁みてよく分かる。自らを何度も三省し、幾度となく訪れる困難や壁に不動の意志で一つ一つ意味をつけて歩まれる姿に感動することばかり。

身近に模範となるメンターと師匠がいるということは、限りある人生に於いて本当に有難いものだとその邂逅に感謝しています。

講演の中での、保育道にはなぜ私自身も、まず人間としてここまでこの保育というものに心底惹かれるのかに気づける言葉をお聴きすることができた。

『保育は、生きる意味に繋がっている。そして、人の生きる道を考えることが、保育道。』

この師の言葉には、その思想の全てが凝縮されているように思う。

さらに、もともと人間をよく観察してそのものの持っているものを引き出そうとする見守るということへの深い思想と哲学、また時代が変わっていても人間の持つ素晴らしさは変わらないとし、その変わらないものを信じて環境を用意していこうとする鳥瞰的な視野と信念、さらに、発達という人生というものをプロセスで捉えてその一つ一つを遂げさせることを重んじる人間愛への思いやり、どれをとっても保育の道の先にある素晴らしい世界を感じてしまう。

本当に、どの言葉にも子どもたちをいつも暖かく見守っている藤森先生の在り方を感が観ることができ、心が穏やかで安らかになることができました。

近頃は、過渡期という名のもとに何でもやってもいいというような混沌とした世相の中、どこを向いて歩んでいけばいいのかというビジョンを示す人も居ず、流され、不安を巻き散らかされている中、師が仰る不動に示すその道に救われる人たちが一体どれだけいるかと思うと、まだまだ沢山の人たちにこの見守る保育道を伝えていかなければと身が引き締まりその使命に震えます。

しかし話をお聞きしながらも私はというと猛省することばかり。
そして事があると時折、自らの実践の質量と反省が足りず自己嫌悪に陥る毎日。

カグヤという集団で一流を目指しているのに、その思想を周囲へ理解してもらうことを怠り、表面上のツマラナイやさしさに囚われ、エゴに捕われそうになりながらもそれを禅の無門関にあるような「はっきりせい!」と自らに叫び、その未熟さを修正することでなんとかやっとという状態だという気すらします。

道とは、理解することではなく、正しく歩み続けることの方がより大切なことは説明も要らないくらい重要なこと。

天を信じて、人事を尽くすと思っていても、反省が足りないとすぐに実践がおぼついてしまいます。天を敬い、人を思いやるというのはその人間としての本来持つ調和の中に本質的な実践があると思うと、素直にその道を楽しむという境地は本当に難しいと実感します。

天と人について、佐藤一斎に

「自ら欺かず。これを天に事うと謂う。」とある。

そして西郷隆盛の「南洲翁遺訓」に

「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽し人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」

とあります。

今回、師匠から学んだ気づきを新たな出会いと三省とし、多くの人たちにこの保育の素晴らしさ、人生の歓びを実感できるようなことを社業を通して邁進していきたい。

いつも、大事な時に、大切なことを教えていただけることに深く感謝します。
後は、この御恩を実践でお返しできるように共生と貢献の理念に沿って修己治人に努めていきたいと思います。

師弟の道

日本の偉人に野口英世がいる。

先日、ご縁があった会津の名君、保科正之のことを調べているうちに会津に残る人材育成の強い信念に惹かれていると野口英世の人生に触れていくことになった。

私の小さい頃の野口英世の印象では、最初は手を火傷したことで苦しむけれど、逆境をバネに努力精進して学問を修め、たくさんの学友や周囲の人たちに援助されて手の手術をし、その時の感動で医学を志し大成した人だと思っていた。

しかし、よく足跡を一つひとつ尋ねてみるとだいぶ印象が異なることに気づくことができた。

まず、母親の存在がとても大きく、観音様を信仰していていつもどんな時も英世のために人生を捧げて尽くしている。その後も、数々の恩師の導きと支え、至高の援助を受け、さらに親友たちの見返りを求めない恩恵、そして現地現地での一期一会の出会いを自らの発見発掘の出会いとし、志を深めて使命を帯びて歩んだその軌跡が凄まじい。

これは、真理や天意のままに歩む人が持つ本質と同じものを持っているということが伺われる。

また野口英世に与えられた天からの才、「忍耐」、という様々な艱難を自らの発奮材料とし、努力により至誠を貫くその真っ直ぐで懸命な生きざまにきっと周囲は心を揺さぶられて感動していったのではないかとも思う。

私が人生をかけて持つものとして、「浄化」がある。

もともと、誰がどう考えても悪いと感じられるものを、人間の叡智を活かし良いものへ変換していくこと、またどんなに穢れたとされるものであっても、それを透かして美しく清らかなものに還えていくということ。

そもそもこの世の中に善悪はなく、そこにあるものをどう自然に処すかというのがかねてより求められている調整役を司る霊長としての人間本来の役割のようなものだと私は思う。

話を戻す。

どの時代の偉人も、偉人為しうる絶対他力の支援があってこそだと改めて感じる。

その野口英世の人生の中でひと際、光る人物がある。

私が尊敬する吉田松陰と同じくして、師弟道を貫かれた偉人、小林栄先生という人物。猪苗代日新館の創設者で「会津から国家有為の人材を育てたい」という使命で歩まれていた方だ。

この方は、野口英世の逆境に光を与え、その能力を引き出し、生涯に渡り支援を惜しまず導き、大成を信じ、まるで実の息子以上に見守り続けた。また、英世が自分の使命を果たすために死ぬほど気がかりにしていた実母の面倒を18年間も見て、ともに遠方での英世の成功を観音様へ祈り続け、手紙を通し時には叱咤し、そして激励しながら世に為す人物になれとその師道に徹した人物。

やり取りのエピソードの中にもその師の暖かい邂逅が観える。

渡米にあたり、英世が一番懸念したのが母のことである。母シカの苦労を英世は誰よりもよく知っている。その母を置いて渡米することは、年取った母にさらに苦労をさせることになる。渡米すれば、母は倒れる。母を助ければ、自分の人生が名もなく終わる。これは死ぬほどの苦しみであった。この苦悩を彼は小林栄先生に話し、相談した。

小林先生は、迷いなく言った。

「大決心をしたのだから、これはやり通しなさい。お前の留守の間、私が親のことを微力ながら、引き受けてやろう。母のことは心配しないで、世界の桧舞台で活躍しろ」。

英世は師の心遣いに感激して泣いた。その後、生涯にわたり、小林先生を「父上様」と呼び、精神の父として慕い続けている。

 小林先生は渡米直前の英世に対し、三つの心得を説いた。

第一、母シカの慈愛を忘れないこと。
第二、観音様の慈愛を忘れないこと。
第三、自分自身の左手を忘れないこと。

何よりも、深い慈愛と厳しい左手の障害という逆境が自分を創ったということを忘れるなと私は解釈することができる。

人の成長というのは、片方だけでは育たないと思う。

太陽の暖かさと月夜の冷厳さ、そういう中にあり生かされていることを知り、地を這うものが私たちの人生なのではないかとさえ思うことがある。

色々なことが起きる中で、自らの歩みを深めることこそ人生の妙味。

弛まず、怠らない実践を探し求めていきたい。

子どもたちには、偉人の陰に必ず教師や師弟という決して切り離せない本物の関係があったことを伝えていきたい。私自身、多くの恵まれた師との邂逅や周囲の慈愛を忘れずに、自らの志を優先した生き方のモデルを子どもたちに伝えていければと思う。

忍耐という、耐え忍ぶ中にこそ見えてくる光を掴み取っていきたい。

天と地と人と人

先日、カグヤのクルー皆で京都へ行き鞍馬山で信念会を行った。

日常と非日常を繰り返し、気付きをたくさん体験する。
これもカグヤの理念を実践するためのこだわりの一つになっている。

昔からの日本の生活行事、神道行事もそうだけれど、場を易え整え、心の動静を澄ますことでさまざまなものが融和されていく。

特に、旅とは人生そのものであり、その旅を通して離れた自我を見つめ、そして旅を通して大切なものに気づいていくのだと思う。

今回も、一期一会の有難い出会いと邂逅をたくさん得ることができた。

私たちは子ども第一主義を理念に掲げている。

子どもに何を譲り、そして子どもの未来に対し、私たちがどのようなモデルを示し、学んでいくのかは何よりも私たちの仕事になっている。

結果がどうこうよりも、私たちはプロセスやストーリーの中に意味を見出し、その意味が多くの子どもたち、そして先生、またご縁ある関係者に気づきや共鳴で共生することを優先している。

そしてプロセスやその意味を思うとき、一期一会に感謝し如何に深くものごとの奥にある本当のことを探りとり、じっくりと一つ一つの繋がりを噛み締めるかというのは、生き方や在り方そのものの実感とともに自分を陶冶する御縁となる。

出会いとは本当に美しいと思う。

そして今回、再び御縁を頂いた吉川宗男先生から有難い言葉をいただいた。

「天国とは、天にあるものではない。それは人と人との間にあるものです。
 人と人との間に、有難い繋がりがあり、そこに本当の天国があるのです。」

「人は異質なものと出逢った時、それを天からのギフトだと思うことです。
 新しい異質な価値観に感動し、イキイキワクワク発見し気づき学ぶことです。」

「危機とは、ピンチとチャンスがあわさっている字でできています。
 危が現れたときは、機が来ているのです。
 囚われている自分を創り直す最大の気づきとの出会いのときなのです。」

「THE SENSE OF WONDER。
 人間はだれも好奇心を持ち、心に強く定め、感じなければ動けない。
 大いに気づき、感謝し深く楽しむことこそワンダフルな人生なのです。」

他にも、いろいろな得難い気付きを頂きました。

吉川宗男先生は、私自身が生涯を通じて「学ぶ姿勢の原点」として尊敬する師匠です。
本当に一期一会の天国のような出会い、素晴らしい時間を有難うございました。

最後に、人は人生に意味を見出した時、心底自分の中にあるその揺るぎない信念に出会う。

生かされているということ、命が何かを生きている私たちに求めてくるあの強い静かな音のようなもの。

これからも子どもたちのために、自分の魂や心が歓喜するような気付きの日々を歩み、人と人との間に一期一会の光の世界を築きあげられるように自らを省み、深く学び続け、これからも出会いを大切にしていきたいと誓う。

生きている感動、そして天地の間にあるこの世界こそが私たちそのものだと実感し、神性を高め、命に感謝し、何よりも有難いことだと心を込めてかんながらの道を歩んでいこうと思う。

吉田松陰先生

一昨日、今年も無事に萩の松陰神社に参拝することができた。

もう参拝も十数年になるけれど、松下村塾を訪れるたびに新しい学びをいただいている。そのものの奥深さというのは、意味やその人の遺訓や遺志を感じ尽くすほどの透徹した繰り返しと行動によって得られるのだと思う。

ただ一度きりで、出会うものもあれば、長年、先人の志に根ざした軌跡と言動を共に歩みながら噛み締め出逢うものもある。

私は吉田松陰先生と出会ってから、ずっと立志ということの意味、そして至誠という行動がどのようなことなのかを知りたい一心で突き動かされているように思う。

学問を正しくして、自らを修め、志に生き、忠孝を尽くす。

スローガンではなく、実践をした人生を歩んだ方だったからこそ、師と仰ぐに相応しい方だと常に実感する。

明治の維新の原動力になった、松陰先生の立志実践の塊、松下村塾。

その学びの中心には、士規七則がある。
その最後の七則目と、その戒めに記したものに本質が観える。

『一、死して後已むの四字は言簡にして義該し、
賢忍果決、確固として抜くべからざるものは、これを舎きて術なきなり。

 士規七則約して三端と為す。

曰く

「志を立てて以って万事の源となす。交を択びて以って仁義の行を輔く。
書を読みて以って聖賢の訓をかんがふ」

 と、士まことにここに得ることあらば、亦以て成人と為すべし。

                        二十一回猛士手録  』

私の自釈であるけれど七則目については、「学びは死ぬまで続くものだから、わかりやすい言葉すらもよく慎み意味を広め、深め、我慢強く不動の境地を築く以外に方法はないのである。」とした。

そして、松陰先生が仰ったのは「全ての行動は立志に根ざしたものを原点とし、自らを律して交わりを正しく選ぶことで仁や義に行じる生き方は無限に支えられ、聖賢の歩んだ遺訓を真っ直ぐに学び自らそれを全うすることを人生の糧とし生死の本懐とする。」とした。

この教育方針を中心に塾生には、この三端、「立志、択交、読書」を説いた。

戦後に感情論で刷り込まれた一部の人たちの都合で誤解されているけれど、これは生きる上ではもっとも正しい人間の「学問の定義」なのではないかと私は思う。

私も20代の頃、立志を定め、交友を選び、只管に聖賢の実践を学ぶと決意した。

そうしていることで、振り返ると随分色々なものに助けてもらった。

挫けそうなとき、負けそうなとき、その「学問」こそが自らを支えてくれた。

師にこのような大切な学びの定義を教わった松陰門下の生徒は本当に幸せだっただろうと思う。短期間の教育でも、これだけ日本を支える志士の原動力を生み出したのはこの先生の生き様と師道によるものであったのだと私は思う。

私は同じ時代ではないのだけれど私の周囲にいる素晴らしい師の背中と邂逅によって、この学問の意味を少しは理解できるようになってきた。

これも吉田松陰先生との出会いが端を発したと思うと本当に有難いことだと思う。

最後に、松陰先生の師道がその言葉によって示されたものがある。(維新の先達 吉田松陰 田中俊資著)

「理由なくして人の師となるな。又、考えもなく人を師とするな。人に師たるの力があって師となり、師と仰ぐ価値のある人を師とせよ。師と言い弟子と言うも、昔の偉い人から見れば、皆その門人である。同じ門人でありながら、師と言い弟子と言うことは遠慮すべきでなかろうか」

松陰先生は、本質に師弟というものなく、常にその方向が同じであることを言っているのだと私は思う。こうやって実践を通じて弟子とともに学び続けるということを第一義になさっていた。

師も弟子も深いところでは志の中で常に平等であり、同志というものなのだと自らの実践を以て語っているように思えた。

そして、師弟としての感慨として私が松陰門下でとても共感を抱いている弟子だった品川弥二郎が松下村塾に通う心境に際しこんな言葉を遺している。

「自分は朝起きてから夜寝るまで、一所懸命に読んだり抜き書きしたりして、或いは感じて泣き、或いは喜んでおどり、勉強をやめることができない。」

貧しい家柄に生まれながらも、松陰先生に出会い、本当の学問の素晴らしさに打たれた感動がヒシヒシとその言葉から伝わってくる。

私自身、カグヤという会社を通して、松陰先生の軌跡を歩むような学問の実践ができているのかどうかを顧みると本当に反省することが多い。至誠とは、同志とともに歩む中に見出す境地なのかもしれない。来るものは拒まず去る者は追わずとは本質は、人間観を明らかに徳を積むことにあるのかもしれないとつくづく思う。

これからも深い邂逅を学び合いで得たいと願う。

そしてやはり私は今の子どもたちのことを思い、未来の子どもたちのことを憂う、そして世界の平和を祈る。。

子どもたちが生きる力を存分に発揮できる本当の学問に触れ、立志し、死ぬまで自分にしかできないことで自らの人間を創っていけるような社会環境を創造できるよう社業を通して、弛まずに至誠を貫いていきたいと改めて誓う。