できないことを頑張る努力~競争刷り込み~

人は、完璧な自分に向かって努力していくことと完全な自分に向かって努力していくことでは努力の定義が異なります。例えば、育てるときに使う努力と、育つときに使う努力とが異なることとも同じです。無理に育てるために努力するのなら詰め込みやらせた方がいいのですが育つための努力するのなら見守る方がいいのです。

私たちの会社は一家という家族という関わり合いで働いていきます。チームも同じですが、一人で生きていくわけではないのだからお互いに持ち味を活かしあって働きます。一人だけで生きていくのならなんでも自分でオールマイティにできなければならないことも、仲間やチーム、組織があるのだからできないことは周りに頼り自分にしかできないことでみんなに貢献していくのです。

しかしかつての比較競争の社会教育を施された人たちは、できないことがあってはならないと無理になんでも頑張ろうとします。自分にしかできないことをやろうとするのではなく、常に自分ができるまで努力しようとするのです。こういう刷り込みを持つと「できないことを頑張ることが努力」だと思い込んでしまいます。そしてできないことを頑張らないことは楽をしたことだとし真面目な人は悪いことをしていると罪の意識すら持ってしまうのです。

実際に教室では先生と生徒はどこでも縦の関係が強く上下のピラミッドの関わりです。そして生徒と生徒は仲間というよりも比較競争されたライバルだったりします。そうなってしまうと一人でできるようになることを目指していくようになります。全員が同じ課題を持ち、全員が同じことができるようになる組織の中では自分だけができないことは悪いことになるのでしょう。

しかし時代は変わり、今ではアクティブラーニングのようにチームや仲間と一緒に学びあうということになってくるとできないことを頑張られると周りの人たちは協力できなくなるので困るのです。もしも仲間やチームがあっての中の自分ということになれば、「自分にしかできないことをやり、できる人に頼んで手伝うことが努力」と定義が変わっていきます。それぞれの得意分野を活かしつつ、自分にしかできないことをやるのは、その根底には助け合い支え合って思いやり一緒に生きていこうとする協働社會が存在します。

協働社會の時の努力と、競争社会の時の努力は価値観が丸ごと全く異なっていますからそれが誤解してしまいといつまでも協働して一緒に働くことができないことになります、無理をしてできないことをできるまで頑張ったり、できることばかりをやり続けたりすることは最終的な孤立を生みます。そうやって助け合わずに働けば結局はいつも一人ぼっちになり、仕事が増えすぎてパンクして投げ出すことが関の山です。

だからこそそんな働き方、つまり競争の働き方をやめて協働の働き方に換えていくべきです。時代は今は、協働を求めていますしすでに今世紀は協働世紀です。それは人類がかつてから智慧として大切にこのいのちを繋いできた至高至大の唯一の徳恵だからです。

働き方改革というのは、私にしてみれば競争から協働へということです。

子どもたちに遺し、譲っていきたい未来の社會のためにも自分自身が何よりも自分にしかできないことで全体に貢献したいと思います。そして無理をして自他を責めず仲間を信頼し自分にはできないことを助けてもらい、頼り頼られる絆やつながりが広がっていくような協働の実践を積み重ねていきたいと思います。

今を生き切る

過去をひきずるタイプというものがあります。いつまでも過去の自分のことや、嫌だったことを思い出しては今の自分のことを認めることができない人のことです。人は誰しも過去があるのは、その時々で体験して今があるからですが今を生きないための材料になってはもったいないように思います。

日々というのは、毎日新しくなっていきます。当然、同時に人もまた新しくなります。その新しいというのは、過去ではなく今のことであり、新しい日々を生きるというのは、今を生きるということです。

自分を刷新していくのは、今に生き切るということで今に全身全霊を懸けているということです。過去をひきずる人は、過去の自分と比較し、過去の自分と競争し、過去の自分のことを忘れられません。例えばそれは決して過去の嫌なことだけではなく、過去の栄光や過去の成功など、自分がもっともよかった時代をいつまでも忘れないなどもそうです。バブルの頃を忘れられないや、自分が偉かった時代のことをいつまでも話したりします。

本来、私たちが生きているのは過去ではなく「現在」であり今だけです。この今此処だけに全力で盡していくことで比較の刷り込みが拭い去れ過去がすべて過去を含んだ「今」に転換されていきます。そして今があることが過去の御蔭様であることに気付ける生き方をしているのです。そういう今がある人たちは、すべてのご縁に感謝できるようになります。この今には、その人の生き方が出ているのです。

どんな人も「今を生き切る」というのは、一期一会の大切な自分の人生を生きていくための自戒だと思います。

色々なことがあったとしても、今があるのだからこの今に合わせて自分の方を換えていくことを変化といい、そして今に近づき合致していけばいくほどに成長したといいます。過去の自分と比較しての成長は成長ではなく、変化とも言いません。私たちが生きているのはこの今だけだからこそ、今どうありたいか、今の自分そのものを丸ごと認めていくことが今を感じることです。そうやって今に生き切るのなら今が仕合せになり、今の自分は変化し続けることになります。

誰しも変わらないでほしいと願うこともあります、しかし宇宙、地球、すべては万物流転し循環を已みませんから止まることはありません。自分から今を感じて生きているときだけ、その流れの中で万物の御縁と一緒に生きることになります。

まずは今の自分が好きになれるよう、今の自分が仕合せだと感じられるよう「今を生き切る」ことを大切にしていきたいと思います。

人

人は人に魅力を感じるのは、その人の根底にあるものに惹かれるからです。例えば、その人の人間性、義理堅さ、また信念、人柄、人格、生きざまや生き方など、つまり私たちは「人」をみて自分が一緒に着いていくかどうかを判断しているものです。人を観るとき、自分は自分の中にある大切にしているものを観ています。自分の中にある大切なものをその人も持っていてそこに共感するものがあるからこそお互いの存在価値を認め合えるのです。

昔、ずっと若いころ私は人が自分に着いてくるのは自分の能力が高く、才能があるから従ってくれていると思っていた時がありました。自分の存在価値は、自分が誰よりも周りの人と比較して能力が高く結果を出しているから人が着き従うのだろうと思っていたのです。その頃は、自分のできるところや能力の高さを周囲に認めさせようと躍起になり、失敗を隠し、できない自分を見せないようにし、完璧な存在であるように振舞っていました。さらには組織において人が言うことをきいてくれるのは、自分には立場や肩書があるからだろうと仮初の自分を構築してはその立場や肩書通りであるように演じていました。

他者評価ばかりを気にして、周りが着いてくるような人になろうとしていて頑張っていると次第に、周りが自分の何を認めてくれているのが分からなくなっていきます。自分に自信があるのならいいのですが、実際の社会では比較、競争、争い、評価と日々にそういう圧力の中に存在しますから周りの声が怖くて自分の自信が持てなくなっていきます。自信がなくコンプレックスばかりが増えれば増えるほど、より能力ばかりを頼ってしまうのです。そして能力が高まれば高まるほどに反比例して自分の存在価値の自信がなくなっていくのです。さらに悪いことに能力だけで人を判断する物差しが強くなればなるほどに、他人の評価も能力ばかりを重視するようになっていきます。言い換えれば、その人ができる人かできない人か、能力があるかないかを基準に見るようになるのです。そうしてしまうと、大きな勘違いがはじまり「人」を観なくなっていきます。人を観なくなり能力だけになればもはやその人は、単なる道具や機械のようになっていくのです。こんな人には誰も着いていきたいとは思わなくなります。なぜなら人と人にならないからです。

人間は人格や能力は生きていく上でどちらも欠かせません。それがバランスよく成熟するためには、お互いに理念を共有し理念を中心にしてそのどちらも磨き上げ、人格と能力を高め続けなければなりません。今、たとえ人格が追いついていなくても年を積み重ねて経験を糧に精進していけばそのうち人格は成熟していきます。能力もまた然りで、鍛錬していけばその能力もそのうち成熟し成果も出てくるのです。

だからこそ、すぐに完璧を求めるのではなくもともと完全であることを自覚し、人間はお互いに同じ目的を握り合って弱い自分、できない自分、人格的に未熟である自分を認め合い、互いに助け合って支え合っていくなかにこそ「人」である価値があるのです。

人がもしも「人」を観て選ぶのなら、その人は必ず時間の経過と共に成長し成熟していきます。その紆余曲折のプロセスこそが豊かなことであり、そういう豊かさを一緒に味わえるからこそ人生で出会える仲間や同志の醍醐味もまたでてくるのです。

人間の夢や志は、その豊かさを味わえるためにあるといっても過言ではありません。人が生きていくというのは、仕合せになることであり、仕合せになるというのは「人」になることであり、それが「人生」の幸福になるのです。人生の幸福は心の豊かさを得ることですから、人としてお互いに認め合うことが私たちの大切な人生目録なのです。

今から未来の人々の人生を豊かにしていくためにも、人の魅力に気づかせて人の魅力を引き出せる生き方をしていきたいと思います。子どもたちの憧れるような人を目指していきたいと思います。

自然のセンス

日々に鉄瓶でお茶を沸かして飲んでいる炭実践をしている中で火について色々と深まってきています。火といっても一概に火とは呼べず、蝋燭の火、ガスの火、灯油の火、薪の火、炭の火、炭の火の中でも木炭、石炭、備長炭、竹炭などどの火も同じ火は一切ありません。さらに言うならその時の湿度や空気、季節やタイミングなどでも火は変わってきます。

火と一括りにして火と呼びますがこのような感覚が人間本来のセンスを鈍らせているようにも思います。同様に、空も水も同じものは一つもありません。無限に組み合わせがあり、同じものがないのに人はそれをただの空と呼び、それを水と呼びます。

頭や知識は、その物体を認識するために文字や言葉にして分類分けましたが実際は分類分けなどがまったく意味をなさないのが自然なのです。

火はその揺らぎ熱さ、温度、見た目、範囲、容、光、燃焼具合、燃える素材、燃える環境によってその火の姿が変わります。例えば、ガスの火はとても強く炭の人はまったく異なり近づくとトゲトゲします。石油の火はもっと強くトゲトゲしてまるで尖った岩山のように差し込んできます。

それとは逆に天然の植物油や、もしくは炭などはほんわかする軟らかく弱い火が出ています。特に備長炭などは周りを包み込んでくるような春の日差しのようなぬくもりが出てきます。

人間は感覚を研ぎ澄ませていけば、火は単なる火ではなくなり同様に水も空も単なる水や空ではなくなるということです。どれくらいのセンスで日常を過ごしているか、今は頭でっかちになってやれスケジュール管理だの、やれ衛生管理など、栄養管理など、人間の思いどおりにするように先ほどの分類された知識をフル稼働していますが本来の自然科学というものはそのセンスが前提にあっての科学であったはずです。人間主導の科学は理に適うこともなく本来の道理から反してしまい本末転倒です。

センスなき科学というものは、どこか限られた狭い世界のみで通用する知識のように私は感じます。センスは自然ですから、センスのセンサーを高めていくことで自ずから自然の科学は身につくように思います。

引き続き、五感、六感、いやすべての感覚を研ぎ澄ませ子どもたちのために今を見つめていきたいと思います。

和ろうそくの心

日本の伝統に和ろうそくというものがあります。和ろうそくが持つ「あかり」は懐かしく今でも暗闇に照らせば心が和みます。このあかりは60万年前から使われていたといわれますが、日本で和ろうそくがはじまったのは奈良時代に中国からはちみつを用いた「蜜ろう」というものが入ってきたことからです。その後、平安時代には松脂を使ったろうそくが開発され、その後室町時代から現在まで櫨(はぜ)の実を使ったものが和ろうそくの代表となっています。

手作りでしかつくれず原料も天然のものを利用した和ろうそくは高級品であり、庶民には手がなかなか出せず菜種油を使う家庭が多かったといいます。しかし明治時代になると、洋ろうそくが急速に普及し各家庭にろうそくが広がりました。今では電気が普及しほとんどろうそくは日常の生活から消えてしまっていますが、改めて和ろうそくの価値が見直されてきているとも言います。

和ろうそくと洋ろうそくの違いは、同じろうそくと言っても原料を含めてすべてが異なります。例えば、和ろうそくは世界の中で日本にしか存在しない天然の櫨の実の原料に対し、洋ろうそくは石油系のパラフィンという原料です。ろうそくの芯も、い草の髄から取れる燈芯を使うのに対して洋ろうそくは糸を使います。最も異なるのは、和ろうそくは手作りで一本一本作るのに対して反対に洋ろうそくは機械で大量生産することができます。そこからわかるように金額も和ろうそくは高価で洋ろうそくは安価です。

肝心なあかりはどうかと言えば、灯せばすぐにわかりますが暗闇を包み込むようなあかり、そして情緒がある揺らぎ、また炎の落ち着いた柔らかい様、そのほのかに燃えていくときの優しい音、和紙の燻る薫り、そのどれもが和の風情を醸し出します。

いつも私はこの和ろうそくを観るとき、いのちを完全に燃焼し尽くしてあかりの余韻を空間に遺すこの存在に尊敬の念を覚えます。

同じ燃えるにしても燃え方があり、燃え様があります。これが翻っていのちにたとえると、生き方と生き様です。和ろうそくには、日本人としての連綿と繰り返しつながり結ばれてきた姿があるように感じて灯すと先祖に触れる気がして懐かしくいつも心が揺さぶられ深く感動するのです。

今は時間にあくせくし忙しくて心をなくして自分を見失い、また魂が傷ついている人が多くいるからこそ、私はこの「和ろうそく」の火を用いて人々の心を癒したいと思うのです。

聴福庵は炭を用いているところばかりが注目されますが私の中では「火」が中心であるということを重んじているのです。暮らしの中の火は、いのちそのものですからそのいのちをどのように扱うか、どのようにつつみこみそのものを感じるかは火の姿によって物語るを読めばいいのです。火はいのちとの対話のつなぎ役なのです。

和ろうそくを用い、子どもたちの心にいのちの火を包み癒し灯し続けられるように実践を続けて深めていきたいと思います。

 

 

佇まいと庵

佇まいということを深めていると「場」ということがどのようなものであるのかを実感します。この佇まいと場とは必ず一体になるものであり、場があるから佇まいが存在します。空間の美というものは、この場の関係性によって仕上がり、そのつながりの中で私たちがしっくりと来ることで実感することができるものです。

この佇まいについて少し書いてみます。

例えば、私は和室や庭を構成するときその場に何を置けばしっくり来るのかを観ることにしています。明らかに、その物と物とがつながり調和するときそこには確かな佇まいができてきます。

この佇まいの意味は、大辞林には(1 立っているようす。また、そこにあるもののありさま。そのもののかもし出す雰囲気。「家並みの佇まい」「庭園の落ちついた佇まい」2 身を置くところ。暮らし方。また、なりわい)とあります。

この佇まいというものは、その本人のことではなく場が主体になっているのがわかります。つまりは、場というものはその関係性や共鳴性、共感性や響き合いなどといった物と物、物と人、その空間の中に何が発生したかという妙を観ているのです。そしてこの佇まいが落ち着いてくると、自ずから空間の中に余韻が出てきます。

今、古民家再生をしている庭園然り、和室然り、しっくり来るまでには様々なご縁を活かしきっていかなければそれは顕れません。それは人とのご縁は当然のこと、物とのご縁、そのほか、時間とのご縁、物語とのご縁、心とのご縁、導かれるご縁、神仏の御縁など様々なご縁を活かしきったときにこそ佇まいは顕現します。

まるではじめからそれがそこにあったかのようなもの、またお互いに一緒に一体になって自然になるようなもの、そのしっくりとくる場には確かな佇まいがあるのです。その佇まいは、すべてのご縁に活かされた場であり、その空間にはご縁が凝縮されて永遠にいのちが生き続けていきます。その空間に何を入れて、何を遺すか、そこには子々孫々まで真心を通じさせ、その場において伝承も継承も伝道も教育も行われていくのです。

なぜ日本家屋は場によって教育を行えるか、そこには佇まいがあるからです。その佇まいを活かすのは、その場で暮らした日本的人物、分を弁え謙虚に生きた生きざまと一体になって残存するのでしょう。私にとっての日本家屋はの場は庵です。

庵とは昔ながらの質素な佇まいの家のことを言います。「庵」は古くは「いほり」と読み、その古形である「いほ(庵)」が動詞「いほる」を生じ、その連用形「いほり」が名詞化したものです。そしてかつて人は岩穴に住んだことから「いほ」は「岩」に通じるともいわれています。

一家が暮らすその庵の中には、そこに暮らした人々の祈りや願い、そして信念や理念があります。そういうものをどれだけ子どもたちに譲っていくかは、場を主体にしてどれだけ学び磨き上げたかという一人一人の生き方が決めます。

日々の場は、すべて自分が創り出しているという自覚を忘れずに丁寧にじっくりと場を練り上げていきたいと思います。

 

本物の義人

現在、NHK大河ドラマでは真田丸が放映されています。私は10歳のころ、南総里見八犬を読んで真田十勇士に強く憧れ、それから図書館で真田幸村の伝記を貪るように読んだのを今でも鮮明に覚えています。

義に厚く、自らの信念を貫いて最期まで幸村らしく挑んだその人生の様子に子どもながらに格好よく感じ、感動して何日も眠れない夜を過ごしました。今思いかえせば、私はこの「義」という言葉にとても精神が刺激され、今でもこの「義」を追い求めて挑んでいく日々を過ごしているようにも思います。

真田幸村は、義に厚いというエピソードはあちこちに遺っています。例えば、関ヶ原の戦いの時には東西両軍からの誘いがあった時も「恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか。」と撥ね退け、自分は恩義に報いるのみと本来の大義に生きることを述べました。

また大阪夏の陣では、徳川から10万石で寝返らないかと誘われたのを突っぱねて、その後、信濃の国50万石ではどうかと改めて寝返りの催促があったときも「十万石では不忠者にならぬが、一国では不忠者になるとお思いか。」といい、私は決して日本国半分をと言われても一切寝返るつもりはないと断じます。「いざとなれば損得を度外視できるその性根、世のなかに、それを持つ人間ほど怖い相手はない。」といいます。つまりは、損得を一切考えないその精神、そういう人間ほど怖いものはないぞと言います。義に厚いというのは、ここからも十分感じられます。

そしてこれは私が好きな高杉晋作もいいそうな言葉ですが「夢をつかんだ奴より、夢を追っている奴の方が、時に力を発揮する。」と幸村はいいます。つまり夢をつかんでいる人間よりも、いつまでも志を持って夢に挑む方が時に偉大な力を発揮するぞというのでしょう。

「人の死すべき時至らば、
潔く身を失いてこそ勇士の本意なるべし。」

これは意訳ですが「義人たるもの命を捨てても目的を達成しなければならないときがもしもやってきたのなら、潔く玉砕することがまことの勇士というものだ」と言います。

その言葉通り、最期は関東軍百万の軍勢に対して「今はこれで戦は終わり也。あとは快く戦うべし。狙うは徳川家康の首ただひとつのみ。」と潔く突撃しその義の生き方を世の中に燦然と照らしていのちを燃やし尽くします。

幸村の軍は、大軍の中を突き破り最期は徳川家康の本陣まで辿り着きその馬印までなぎ倒します。その真田軍の姿に徳川家康は人生で二度自害を覚悟するほどの、ギリギリの状態に追い込まれたといいます。そして日本全国の武将たちが、その真田幸村の勇士を称え「真田日本一の兵」と呼ぶようになりました。この戦は、関東軍は結果としては勝ちましたがこの幸村の「義」によって半分は負けたとも言えます。「義」とは美しさがあり、後世まで歴史に燦然とその生き方を遺します。本来の武士の本文とは何か、武将の本質とは何か、そういうものを時代に流されず最期まで貫いた幸村こそ理念や初心を守り切った本物の義人です。この本物の義人のこの生き様はその後の日本の勇士やサムライたちの心に日本人としての美しい生き方を遺すという大勝利を収めたのです。

こういう生き方を通じて世の中で示す存在というのは、永遠にその存在価値が物語として遺り子々孫々の心に道が示されていきます。これは真田という一族を遺した兄と、真田という生き方を遺した弟の物語。しかしこの真田家に私はとても多く生き方を学ぶものがあります。

時代が変わっても、私はいつまでもこの真田の義の生き方に憧れ続けています。引き続き、子どもたちのためにもこの義の心が私たちの中にあることを伝承し自分の生き方を通して伝道していきたいと思います。

信じる価値

価値というものがあります。この価値はそれぞれの価値観が決めるものですが、ある人は石ころだと思っているものが宝石であり、ある人がゴミだと思っているものが至宝だと思うこともあります。

これはそれぞれの人の持っている価値基準によって左右されていくものです。しかし価値にはそういう人の価値観で左右されないものがあるように思います。それは時間をかける価値です。

今の世の中はすぐに結果を求めてきます。もしくは結果が出ないものを無価値のように刷り込まれているところもあります。取り組んでいる時間こそが価値だとは思わずに、その結果が早くでることだけを焦って評価します。時間をかける価値がないとまではいきませんが、1か月で結果が出るものと1年で出るもの、10年で出るものと、30年で出るもの、そして100年懸って出るものと1000年後に出てくるのでは明らかに価値が異なるということがわからないのです。

実践というもの一つをとっても同じく、本物の価値というのは時間の経過と共に証明されていきます。その人生を何に懸けたか、そして何に捧げたかという価値は時間の経過と共に必ずにじみ出てくるからです。

つまり結果から評価するのが価値ではなく、結果以上の価値が観えるかというものが真価というものなのです。人生ではそれを生き様ともいい、古今の覚者はそれを大義とも呼びます。

歴史の中でその時代に如何に結果が出ずに無価値だと思われていたとしても時間の経過と共にその価値は燦然と輝いてくるものです。なぜなら時が魂を磨いていくからです。そしてその価値が結果としてはじめて人々に認識されるとき、その価値の意味を理解できるようになっていきます。

しかしその人物は結果を気にして取り組んだのかということになると、結果よりも大事なものを優先したということは自明の理です。その人物が結果がすぐに出ないことに嘆き焦るようでは、それだけの偉大な価値を創出することができなかったはずです。それは例えば空海然り、聖徳太子然り、松尾芭蕉然り、二宮尊徳然りです。

人は願いを持ちますし、祈りを持ちます。その願いや祈りは、時空を超えて今の私たちの心の中に永遠に一緒に生きていきます。それは結果ではなく、常に経過の中に息づいているものです。いわば、心の中に一本の御柱が貫かれるがごとく志として伝道され続けます。

改めて生きるということが何か、そして本物の価値とは何か、人間一度は人生一生の醍醐妙味の中でそれを掴まなくてはと感じます。なぜなら大義に生きてきた先人たちの御魂に触れることではじめて人は信じることの価値を学び直せるからです。

信じる世界には結果がありません。

ただ信じるだけです。

あなたたちにはこの信じるという価値が観えていますか?

これからも信じて信じ切っていく中で、自分のできることは少ないけれどできる限り子どもたちに時間をかける信じる価値を伝承していきたいと思います。

 

本物の美しさ ~燦然美~

先日、伝統のある京町家で本物の美しい和室を体験する機会がありました。お昼過ぎ、申の刻の陰翳礼讃を肌で感じ、凛としたその空間の厳しさと包み込むような和かな暗闇に心寛ぎました。雪見障子から眺める奥庭は、四季折々の色々に彩られ季節が室内へ透過され自然と一体になって静寂に入っていきました。

その和室のおもてなしをする主人の真心が感じられ、今までその家がどのような家だったか、どのような暮らしを営んできたのかがわかります。自分の内面の深いところを観てもらうようで、その主人の間にはその家代々の大切にしてきた生き方が刻々とその空間に深く沈んでいます。

一言でいえばその媚びていない空間は、あまりにも自然体でありあるがままの心を開いて受け入れてくれている美しさがありました。この美しさとは一体何か、自然とは何かということです。

媚びるというのは、どこかよく見せようとか、よく見られないとか誰かを気にしている状態です。その状態は自然ではなく、媚びているといってもいいと思います。媚びているものはどこか、凛としたものとはかけ離れ、心を閉ざしている雰囲気があります。

しかし媚びない姿はこの反対で、自分らしくいて自信にあふれ、自然体であり心は常に万物の世界に開かれていてどんなことも一円融合に受け容れる寛さがあります。一言でいえば媚びないというのは、生き方を貫いてきた姿ということです。

どんなに時代が変わっても、どんなに環境が変化しても、どのような生き方をするかは自分自身で決めることができます。流されて自分を持たず、大衆に迎合して自分を失ってしまうことは周りを見ていればすぐにわかります。しかしそんな中でも、最近世界遺産に指定された富岡製糸場のように「売らない、貸さない、壊さない」と信念を貫き媚びない姿を遺したことで今でもその価値は燦然と輝いています。

大事なものを守り続けるというのは、主人の信念が決めるものです。どんなに好条件でうまい話があったとしても、決して本質を見失うまいと覚悟を決めた姿にはその人物の美学があります。

この美学を貫くとき、媚びない姿が顕れ同時に本物の姿、自然体も顕れるのです。

自然が美しいのはなぜか、それはそのままあるがままであるからです。人間はもっと自然に習い、あるがままの美しさ、自然体の素晴らしさを学び直す必要を感じています。自分らしいことを諦め、ただ周りもそうだからと大衆に流されて大切なものをゴミくずのように捨ててしまっているうちになくしてしまうものは何よりも大切な自分自身の御魂かもしれません。

どんな時代であっても、大義を貫きその大義に生きようとする生き方には本物の美しさがあります。私が尊敬しているその家は、有り難いことにその凛とした佇まいのままに京都に遺っています。そんな家のご主人と時代を超えてお会いできる一期一会は、私の人生にとってはかけがえのない勿体ない邂逅です。

また引き続き、日本人としての生き方の御指南をいただくためにもその空間に今後ともご挨拶に伺いたいと思います。

ありがとうございました。

土をつくる

昨日、自然農の畑に春野菜の種を蒔きました。畑も人が手入れをすることで畑らしくなります。畑に人がいかなくなればあっという間に雑木林のように野生に帰ります。作物を作り続けることで、そこに畑ができるのはそこには「場」ができるからです。

実際に畑をつくるというのは、土をつくるということです。これは別に野菜をつくることが目的ではなく、私たちの方が土に親しみ関係を結んでいくということです。土がよくなってくればくるほどに、そこの居心地がよくなってきます。居心地がよくなるというのはよく目が行き届いているということであり、小まめに草を取り払い土の状態を見守っているということです。野菜を育てることばかりを考えては土を育てないでいては、収穫はするけれど一向に土を耕さないことと同じです。これは仕事も同じく、お客様の環境を耕したり草取りをしたりせずに数字や収穫だけをやっていたらダメになるのと同じです。環境の中に生き方は顕れてきますから、自分の働きは環境に浸透していくことで土は醸成されます。

農の諺にも「精農は土をつくる、駄農は野菜をつくる」というのがあります。野菜ばかりをつくっているうちに最後は草も生えなくなるぞという意味です。

如何に土づくりが大事かということを、かつての農家は教訓にしています。

他にも似たものに「作を肥やさず土を肥やせ」や「作人上田」というものもあります。この作人上田というのは、農民を上農・中農・下農を三つに分けた古い農書の中の言葉で下農は雑草を、中農はイネを、「上農は土をつくる」と書かれています。そして上農になるには、まず人間を創る必要を説きます。そして上農になるためにも、まずは土からはじめなければなりません。

土というのは直接収穫とは関係がないようにも思われますし、土を耕し手入れをすることは根気もエネルギーも多大に消費します。目先のことを考えずに長い目で土を育てていくということは、そのために日ごろから草を敷き、土を触り、土を寝かし、一年の巡りを見据えて土に寄り添い生きていきます。

どちらにしても先祖たちがいうように、目に見えるところにばかりを気にして土を疎かにするというのは農では本末転倒であるということです。

他にも諺で農の実践で優れた人物を比喩し、「精農は草を見ずして草を取り、中農は草を見てから草を取り、惰農は草を見て草を取らず。」とあります。これだけ土と一体になっていれば自ずから経営は成り立っていくということでしょう。

これは畑だけに限らず、会社でも事業でも組織でも同質のことです。

最後に農に携わる人間として訓戒というものがあるように思います。人間として何を守っていけばいいか、人間として何を大切にしていかなければならないか、古来より語り継がれた農家の心構え「三粒の大豆」を紹介します。

「一粒は空を飛ぶ鳥のために 一粒は地の虫の中のために 残りの一粒は人間のために」

これは大豆を畑に播くとき、一つの穴に同時に三粒の豆を入れなさい。一粒は空を飛ぶ鳥のために、一粒は地の中の虫のために。そして残りの一粒は人のために播きなさいということです。

土をつくることの本質が示されています。

私は子どもの仕事は土をつくることだと思っています。そういう意味では、自然農も古民家再生も見守る保育を弘めることも何も変わりません。引き続き、自分のやっていることが何か、人生を通して土に寄り添い土から学び直したいと思います。