調和する生き方~ベテランの意味~

歳を経ていくと、体験を積んだ分の知識が増えていくものです。そして歳をとっていくのだからそれだけ様々なものが身に着いていきます。人は誰しも最初は新人で、その後、中堅などと呼ばれ、最後はベテランなどと言われます。それは経験年数と共に、それだけの経験と知識が増えていき立場や肩書なども変わっていくからです。

先日、ある人から老害という話を聞きました。そういうこともあるのかと私にはとてもショックな言葉でしたが、謙虚さを失えば誰しもそう呼ばれるかもしれないと感じたものです。

老害という言葉を辞書で調べると、「自分が老いたのに気づかず(気をとめず)、まわりの若手の活躍を妨げて生ずる害悪。」と書かれています。この対義語には老益というものもあり、主に「チームへの貢献度が高いベテラン選手、全体や組織への貢献度が高い経験豊富な謙虚な老人」ということでしょうか。

同じベテランでも、いつまでも自分が自分がと自分が全面的に前に出てしまい自分が正しい、自分がリーダーだといつまでも先頭でやろうとすると周りが育たなくなっていくように思います。逆に、自分よりも全体を思いやり若い人たちや経験が足りない人たちのフォローやカバーに入ることで次世代を育てたり、大事な局面で心を支えたりすればベテランとしての価値が引き出されていくようにも思います。

人間は誰しも老人になっていきますが、自分自身が今、どのような状況なのかを客観視し、自分自身がどうあることがもっとも全体の役に立つのかを考えて行動するにはやはり謙虚さや素直さが必要になるように思います。

そしてこの謙虚さや素直さは、感謝の豊かさと徳の積み方によって磨かれていきます。

経験することで何を磨いてきたか、老いていく中で何をそぎ落としてきたか、それが歳を経た時に顕著に顕れるのかもしれません。私も老いていますから、いつまでも過去のままでいることはできず降りていく時季を迎えています。尖がったり、偏ったりが磨かれて調和されて一円になる時期です。

降りていく時だからこそ「人は皆わが師」であると尊敬し心を高め、自分自身を謙虚に見つめて素直な感性を常に磨き直していきたいと思います。

 

終わりは始まり~はじまりの有難さ~

実践とは継続をすることですが、継続するのは目的を忘れないということでもあります。何のためにやるのかということが明確であり、そのために努力する人は自然体で日々に精進していくことができます。しかしこの目的がはっきりしていない人は、終わらせることが目的になったりしていますから何かが終わればすぐに気が抜けて継続が止まってしまいます。

目的がはっきりしていないから、楽になりたくなるのであり、楽になりたいために終わらせようとします。目的を忘れ頑張れば楽になると頑張っていけばいくほど、早く終わらせて楽になりたいという欲求にかられていくものです。

よく理由も精査せずに、やりたくないことをやらされてきてそれに抵抗して頑張ってきた人ほどこの終わらせたいという気持ちは強くなるのかもしれません。しかし少し考えてみれば分かりますが、この世の中に終わるものなどはないことがわかります。

太陽が毎日沈み、翌朝出てくるように寝て起きれば朝がくるようにこの世は循環して終わることはありません。これは死ねば終わりと思う人もいますが、植物のように枯れてもそれは肥料になって次の代の生になりますから人間もその人が周囲のための甦生循環の一つになります。

それなのにいちいち終わらせてしまっては、繋がりが途絶えてしまうからご縁が分からなくなるだけではなく内省して学ぶ循環が途切れてまた同じことばかりをしているような気持になってより疲れてしまうのです。

本来、終わりなどはないのだから継続するというのはつながっているものを辿っていると思ったり、これがどのような好循環になっているのかを思いその循環をより活性化していくためにその出来事は一つのプロセスだと思うことです。

そのように意識が切り替わるのならば、継続することが当たり前になっていきます。やったりやらなかったりするのは、すべてはつながって存在するということを自覚できていないからです。周りをみては、評価を気にし、みんなの期待や失敗や挫折を気にするからそれを終わらせようとして評価されるまでを頑張ろうとしますがそんなことを繰り返していたら不安と恐怖で新しいことをやることが楽しくなくなってくるかもしれません。

なんでも終わりばかりを気にするのではなく、これは始まりなのだと意識を変えるだけで継続することができるようになります。終わらせることが目的ではなく、目的は続いているのだから常にはじまりであると実践していくことが、楽ではなく楽しいを選んだことになります。

楽を目指して頑張る人と、楽しいを味わい努力する人では一生の間にとても大きな生き方や生き様の差が出てきます。それは人生の磨き方が異なるからです。どうせ磨くのなら、早く磨いて終わらせたいではなく磨くことそのものが仕合せだと感じることが自分を玉にしていくように思います。

引き続き継続の面白さ、「はじまりの有難さ」を感じながら子ども第一義の実践を味わっていきたいと思います。

人生の創作活動

人は自分という存在を自覚するのは、周りの人たちのことを深く知ることで理解できるものがあります。どのような家族や友人や仲間に囲まれているか、その環境の中で自分自身が形成されてきたことに気づきます。自分が今、自分を自覚できるのは与えられてきた環境やご縁によって自分自身になったともいえるからです。

そう考えてみると、自分はこれまでどう生きてきたか、そしてこれからどう生きていくかという事も考えていくことができます。生まれながらに恵まれた環境を与えられて、善い人、善い友、善い教えに触れてきた人は仕合せに気づきその恩恵に感謝しながら肯定的に生きていけます。しかし時として恵まれない厳しい環境を与えられてしまい、善いものに出会えない場合はなんでも否定的にしてしまうことがあります。

人生は巡りあわせではありますが、どのような道を生きてどのような人生を送るかは生れ落ちたところで決まります。与えられた場所に感謝して、その場所をもっと善くしていこうとする努力こそが人生の醍醐味であり、そこに不平不満を言って腐っていても何も変わることはありません。

自分自身を変えるということは、今の自分を創り続けるという努力が必要になります。それは日々に感動や感謝、そして感激をする心、感性を磨き、心を瑞々しくし続ける努力とも言えます。心が閉ざされて感情も冷めてしまえば、与えられた環境を活かすことができなくなります。また同時に環境を感じる力がなくなり、環境に流されてしまうようになります。

人間は環境を創造していくことができる生き物ですから、与えられた環境下の中で如何に五感を研ぎ澄まして自分自身を毀していくかは人生の命題であり、それぞれの大きないのちのテーマです。

人生は死ぬまで自分自身を創造していく創作活動です。

子どもたちにもその後ろ姿から何かを感じ取ってもらえるように精進していきたいと思います。

四時ノ循環

吉田松陰に「留魂録」というものがあります。これは処刑直前に江戸・小伝馬町牢屋敷の中で書き上げられた弟子たちや同志へ向けての遺書とも言えます。

その中の第八節に四時ノ循環というものがあります。原文を紹介すると、

「 一、今日死ヲ決スルノ安心ハ四時ノ順環ニ於テ得ル所アリ
蓋シ彼禾稼ヲ見ルニ春種シ夏苗シ秋苅冬蔵ス秋冬ニ至レハ
人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ酒ヲ造リ醴ヲ為リ村野歓声アリ
未タ曾テ西成ニ臨テ歳功ノ終ルヲ哀シムモノヲ聞カズ
吾行年三十一
事成ルコトナクシテ死シテ禾稼ノ未タ秀テス実ラサルニ似タルハ惜シムヘキニ似タリ
然トモ義卿ノ身ヲ以テ云ヘハ是亦秀実ノ時ナリ何ソ必シモ哀マン
何トナレハ人事ハ定リナシ禾稼ノ必ス四時ヲ経ル如キニ非ス
十歳ニシテ死スル者ハ十歳中自ラ四時アリ
二十ハ自ラ二十ノ四時アリ
三十ハ自ラ三十ノ四時アリ
五十 百ハ自ラ五十 百ノ四時アリ
十歳ヲ以テ短トスルハ惠蛄ヲシテ霊椿タラシメント欲スルナリ
百歳ヲ以テ長シトスルハ霊椿ヲシテ惠蛄タラシメント欲スルナリ
斉シク命ニ達セストス義卿三十四時已備亦秀亦実其秕タルト其粟タルト吾カ知ル所ニ非ス若シ同志ノ士其微衷ヲ憐ミ継紹ノ人アラハ
乃チ後来ノ種子未タ絶エス自ラ禾稼ノ有年ニ恥サルナリ
同志其是ヲ考思セヨ」

「今日死を決するの安心は四時の順環にい於いて得る所あり。
蓋し彼の禾稼(かか)を見るに、春種し、夏苗し、秋刈り、 冬蔵す。
秋冬に至れば人皆其の歳功の成るを悦び、酒を造り、 醴を為り、村野歓謦あり。
未だ曾て西成に臨んで歳功の終るを哀しむものを聞かず。
吾れ行年三十、一事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず實らざるに 似たれば惜しむべきに似たり。
然れども義卿の身を以て云えば、是れ亦秀実の時 なり、何ぞ必ずしも哀しまん。
何となれば人寿は定まりなし。
禾稼の必ず四時を経る如きに非ず。
十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。
二十は自ら二十の四時あり。
三十は自ら三十の四時あり。
五十、百は自ら五十、百の四時あり。
十歳を以て短しとするは蟪古をして霊椿たらしめん と欲するなり。
百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪古たらしめんと欲する なり。
斉しく命に達せずとす。
義卿三十、四時巳に備はる、亦秀 で亦実る、その秕(しいな)たるとその粟たると吾が知る所に非ず。
もし同志の士その微衷を憐み継紹の人あらば、 乃ち後来の種子未だ絶えず、自ら禾稼の有年に恥ぢざるなり。
同志其れ是れを考思せよ。」

自然界と等しく、いのちは永遠に循環しているものです。いつがはじまりでいつが終わりか、そんなものは本当はないに等しいものかもしれません。そう考えてみると、すべてのいのちが循環を已まないようにあらゆるいのちはその使命を全うしているともいえます。

そしてそれは傍から見れば、早死にした人であっても、結果がうまくいっていないように思われたとしても、その人にはその人の大切な役割があり、それを果たしているとも言えます。

同志や仲間たちに死を恐れさせず、自分の天命を全うせよと自分のいのちの最期に語り掛けて至誠であり続けよと教えます。塾生たちと一緒に、そして同志たちと一緒に、自分のすべての生命を受け容れ全うしようとする純粋な魂には感動するものがあります。

思想や志は、たとえ体躯が朽ちても永遠に遺るものであるのは循環が証明しています。如何に好循環を産み出すかは、その人の生き方と生き様次第です。

循環を忘れないようにいのちのままに魂を磨いていきたいと思います。

豊かな苦労と時間

昨日、吉野杉樽に漬けこんでおいた高菜の手入れを行いました。今年は収穫量が少なかったため、いつもの4分の1しかなく貴重な存在になっています。郷里の伝統の堀池高菜の甦生のために固定種の種を蒔き、樽にそれまでの菌を住まわせ環境を用意して6年以上になりますが今では暮らしの一部になっています。

手塩にかけて育てるという言葉もありますが、漬物は塩を入れて何回も何回も漬け直すことでいつまでも美味しく食べられます。そして樽もまた、塩分濃度によって発酵もすれば腐敗もしますから常に塩を入れ続けなければなりません。

特にこの青菜のものは、日ごろから食べようとするとあまりにも塩分が強いと塩辛くなりすぎて食べれませんから適度な塩分が必要になります。適度な塩分というものは、手間暇をかけて見極めていく必要があります。

当たり前に食卓に出てくる漬物一つでさえ、種を蒔き育苗をし、生育を見守り収穫をする。その後、道具や高菜を洗い天日干しをし、漬けこんだら何度も何度も漬け換えをする。その年月は最低でも一年以上、もう6年物の高菜は6年間それをずっと続けていることになります。

苦労と時間をかけてつくられていると感じるからこそ「もったいなく」感じ、そこにぬくもりと豊かさを感じます。

今ではお金さえあればなんでも買えて余剰にありすぐに捨てられるような環境がありますが、この手間暇の苦労と時間はそこには感じられないものです。自分で作物を育て、自分で食べるものを用意し、そしてそれを美味しく食べるという原始的な活動は、目には見えない苦労や時間を味わう貴重な存在として暮らしを豊かにしていきます。

本当の豊かさに気づいて、如何にそれを今の時代とのバランスを保っていくかはこれからを生きていく子どもたちの課題でもあり、今を生きる私たちの命題です。

引き続き、豊かな苦労と時間という実践を積み重ねながら本来の豊かさの意味を暮らしの大切さを子どもたちに伝道していきたいと思います。

理念=経営

企業をはじめすべての組織には、その組織を創るための目的というものがあります。何のためにそれを創り、そして何処を目指していくのかといったものですが目的と方針、方向性こそがその組織の運命を決めていきます。

またその組織で働く人たちは何かの判断をみんなで決めて協力していくとき、拠り所にしていくものがあります。それは原点でもあり、物事のはじまりに決めた初心だともいえます。

こういうものを理念と呼びますが、その理念を持ったままにみんなで力を合わせて協力して働くことを経営と呼びます。

つまりは本質として「理念=経営」であり、「経営=理念」です。これを勘違いして理念と経営を分けている人がいます。それは分けたのは経営者であり、経営者は「自分=理念」だと思い込んでいるからです。

経営者も組織の中の一人であって目的に向かって一緒に働く全体の一部です。組織の目的と方向性をその組織のだれよりも鮮明に明確に観えており、みんなが判断に迷ったときにそれを示唆したり、導いたり、思い出させたりするのが経営者の役割です。

理念があって働ける仕合せは、日々の経営の生き甲斐とも言えます。生き方と働き方とは、言い換えるのなら理念と経営のことです。それを一致させていくというのは、言っていることと遣っていることが一致しているということです。まさに理念経営とは言行一致のことであり、偉大な目的に向かってみんなで協力してその目指したところまでを言語化し明文化して、一人ひとりがはっきりと自分自身で観えるようになるまで浸透していることで実現します。

これを誰か任せにしたり、自分は知らなくてもいいとしていたらいつまでもその目的が達成されることもなく、またバラバラになって組織は次第に崩壊していきます。さらには言行不一致になれば不平や不満、正直者が馬鹿をみる組織になり次第にみんな諦めてその組織は腐っていきます。

生き方と働き方が分かれているということは、生き甲斐と遣り甲斐が分かれているということです。そんなものは本来なく、生き甲斐と遣り甲斐が一致するからこそその両方は成立するものです。

だからこそ大事なのは、理念経営を実践することだと思います。

それを邪魔するものは、マンネリ化であったり、歪んだ個人主義であったり、経営者の独善であったり、伝えられなかったり、振り返りがなかったり、そんな時間すらも設けていなかったりと色々と理由がありますが、本来、その組織の本質に立ち返ることが理念経営にしていくということです。

経営という字の本来の意味は、続いていく営みです。つまり永遠の営みとも言えます。理念経営とは、理念が永続していく仕組みのことです。組織はその時々で変化してひょっとすると滅んでいくことがあるかもしれません、それは国家においても然りです。

しかし滅んでも滅ばないで続いていくものこそが理念であり、それを実践することが理念経営の本質です。大義や信念、そして道を子孫へとつなげていくのが今を生きる私たちの使命ですから自分の代の私腹を肥やすための理念経営などはありません。

引き続き、子どもたちのためにも目的に向かって生き方と働き方、生き甲斐と遣り甲斐の組織を世の中の広め社會をさらに豊かにしていく手助けに邁進していきたいと思います。

 

湿式工法の瓦葺き3

昨日は再び屋根にのぼりみんなで土葺きでの瓦葺きを体験しました。職人さんが軽々とやっているのを見るのと自分たちでやるのでは勝手が異なり、瓦一枚を葺くのに大変な時間がかかりました。

しかしみんなで協力して葺いた瓦には愛着が湧き、そこに綺麗に波打ついぶし瓦の様子にぬくもりを感じます。日本の伝統的なものを伝統的なやり方で実践する、まさに心と技術が調和することで和の家が実現することを再確認する有難い機会になりました。

この後は数週間の間、土を乾かし仕上げにのし瓦や鬼瓦をのせて完成です。時間をかけて土を乾かす間もまた、味わい深い大切な時間です。のし瓦は屋根の棟に来る雨水を表側と裏側に流すために積まれる瓦の事を言います。そして鬼瓦は屋根の棟の端に置く大きな瓦のことでこれは厄除けと装飾を目的として設置されています。

少し鬼瓦を深めますが、この鬼瓦のルーツはパルミラにて入口の上にメデューサを厄除けとして設置していた文化がシルクロード経由で中国に伝来し、日本では奈良時代に唐文化を積極的に取り入れだした頃、急速に全国に普及したとウィキペディアにはあります。

この鬼瓦を眺めていると、家を守る存在が屋根であることをより実感します。中国での鬼は、厄災をもたらすものとして忌み嫌われますが日本のオニは厄災を転じて福にするオニです。

例えば、大みそかに山から降りてくる神さまを祀るのに神が鬼の姿に転じた行事が日本各地に残っています。人々は鬼を恐れながら囃(はや)し、もてなします。また仏教では敵対していた悪が仏法に帰依し仏法を守護するものとして鬼があります。日本では牛若丸と弁慶のように、純粋な魂や義を守る守護神としてオニのような強さを持つ存在を守り神として大切に接してきました。

この屋根のオニは、日本の精神を顕すものでありオニの存在が屋根を守り、私たちはいつも守られながら暮らしているということを忘れないということに気づかせてくれます。

家を思うとき、私は守られている存在である自分に気づきます。家が喜ぶかということは、守られているということに感謝してその家に住まうことをゆるされている自分たちがあると実感して楽しく豊かに暮らしていくことだと思います。

今回の瓦葺きから、日本建築が如何に「守る」精神に包まれているかを学び直しました。引き続き、聴福庵の離れの完成までのプロセスを味わい子どもたちに初心を伝承していきたいと思います。

湿式工法の瓦葺き1

昨日は、伝統工法ができる瓦葺き職人さんに聴福庵に来ていただきみんなで一緒に瓦葺きを土葺きによって行いました。最近では瓦葺きを拝見することも少なくなってきましたが、一緒に屋根にのぼり瓦を一枚一枚葺いていくことではじめて屋根瓦の魅力を再発見できます。素材もそうですが、職人さんの手仕事には感動することばかりです。

この土葺きというものは、 近江大津の瓦工である西村半兵衛によって発明された平瓦と丸瓦が一体化した「桟瓦」が発明され、その瓦の風と地震対策として土葺き工法が行われたといいます。この土葺きは湿式工法とも言われ、野地板の上に杉の皮などの下葺き材を敷き、その上に粘土を乗せ、その粘土の接着力で瓦を固定していく工法です。

ただ関東大震災後に建築基準法に「瓦葺に在りては引掛瓦の類を使用し又は野地に緊結すべし」という言葉が追加されて今ではほとんどが土を使用しない「引掛桟工法」になっていきました。土葺きの減少は著しく、ほとんどが土のない屋根で軽量化された瓦を用いられています。

今では重要文化財や国宝など旧工事法を保存しなくてはならない建造物だけで、一般住宅で見かけることはほとんどなくなっているといいます。

土葺きは、一つひとつの瓦の個性や形状をみて瓦職人さんの塩梅で瓦割をして配置され施工していきます。こだわっている職人さんになると、何回も何回も数多くの組み合わせを試していくので葺くのに相当な時間を要するともいえます。

確かに、どの瓦もまったく同じ瓦であればそんなことをしなくても並べられますが、かつては同じ瓦などなくそれぞれに癖があったり形が異なるものが焼きあがっていたわけですから瓦職人の腕前と技術次第で自然の風雨によってすぐに雨漏りやズレたりもあったのかもしれません。

雨漏りする家はそこから腐りシロアリが来ますから、如何に屋根は家の生命線であるかを実感します。「家を自然災害から守るという観点」でもう一度瓦を観ると、これは本当に大切な役目を果たしていることを実感します。

本日も屋根にのぼり土葺きを体験していきますから、このまま深めてみたいと思います。

 

 

家主と大工棟梁

昨日は、御蔭様を持ちまして上棟式を無事に済ますことができました。早朝より祭壇の準備をし、お神酒やお米、お塩にいりこを用い東西南北を清めるために四方固めの儀を執り行いました。

思い返せば昨年4月より古民家甦生をはじめてから大工棟梁と一緒に古いものや捨てられているものを拾い、一つ一つ家が喜ぶように甦生に手掛けてきました。何回も諦めそうになるところを助けてもらい、譲ることができない理念や信条から出てくる身勝手な無理難題を何度も受け止めて手を盡していただきました。

そしてお金にもあまりならず、手間暇もかかり、現代の儲け主義の経済観念からは程遠い私の仕事を心意気で支えてくださっています。家を支えるのが大黒柱だとしたら、その家の主人を支えてくださるのが大工棟梁なのかもしれません。人間に掛かりつけのお医者がさんがいるとしたら、家の掛かりつけのお医者さんは大工さんです。この安心感はとても大きく、長く共に暮らす家には欠かせない存在です。

私のようなど素人がここまで古民家甦生ができるのは、周囲に支えてくださっているご縁があるからです。上棟式の御蔭様でそのご縁の尊さを改めて感じる有難く感慨深い振り返りができました。家や家の主人にとっては暮らしを支える伝統の職人さんたちが減っていくのは本当に悲しいことで何とかしなければと思います。

その後は柱を組み立てていきながら作業は続けられ、お昼の直来では手づくりの「おくどさん」にはじめてかまど鍋を用い「ハレの日」の初のお祝いとしてトン汁をつくりました。具材は地場産野菜、味噌も自家製の手作りのものを使いました。また竈でご飯も炊き、左官職人さんたちも合流して一緒に食事をしました。

夕方の上棟式では、クルーの一人も一緒に屋根に上り四方餅を撒き、祝杯と共に私たちの会社の創作祝い唄である「円満祝い唄」をみんなで唄いました。

大工さんや鳶職の方にも古来から木遣り(きやり)という労働歌の祝い唄があります。これは木遣り歌・木遣り唄ともいわれ、由来は1202年に栄西上人が重いものを引き揚げる時に掛けさせた掛け声が起こりだとされています。私たちの祝い唄も同様に、どんなに苦しくて大変でも笑っていこう、すべてのことは福に転じていこうという歌詞になっています。

これまでの苦労と仕合せを噛み締めながら唄う円満祝い唄が心に染みました。同時にこの日本人の精神や真心が、未来永劫子どもたちにずっと伝承されてほしいと願い、家に祈りました。

引き続き、これからはいよいよ古建築の智慧を学び直すため古来の工法の瓦葺きの挑戦に入ります。いただいているご縁を大切にし、恩返しに換えていきたいと思います。

火から学ぶ

古民家甦生を実践する中で、囲炉裏や竈、和ろうそくなどかつての暮らしの火を中心に甦生していきますがこれはとても現代の暮らしとの対比をするのに重宝しています。

かつて日本の民俗学者である柳田國男氏にこのような記述があります。

「世の中が進んだということを今が昔とくらべてどのくらいよくなっているのかいうことを考えてみるのには火の問題が一番わかりやすいと思います。闇を明るくするために昔は大変な苦労をしたのであります。」

今では電気をつければスイッチ一つでどんな暗闇も瞬時に明るくなりますが、昔は夜を明るくするということは大変なことでした。昔のことを調べていると、かつては夕方になるとじわりと送電線から電気が流れてきて夜は電気が灯され、朝方には自然に消えていたといいます。スイッチなどもなく、水力発電などで電気を送電していたそうです。

明治の頃、若い留学生たちが欧米に渡航した際にガス灯で明々と照らされた夜をはじめてみたとき、きっと今では計り知れないほどの衝撃であったかもしれません。それほどかつては、夜は真っ暗であり火を灯しながら暮らしを成り立たせていました。

現代においては、コンビニを中心に明々と町中が照らされ、どこもかしこも街灯があり都会などはまるで昼間のようなネオンの明るさでにぎわっています。夜が失われたことと同時に、火の暮らしも失われたのです。

しかしこの懐かしい火の暮らしは、人間を内省的にし、心に豊かさとぬくもりを与えていました。ゆらゆらと揺らぐ炎には、まるでいのちの様相を実感し、その灯りによって精神が落ち着いて心が穏やかになったものでしょう。

なんでも便利になっていくと当たり前のことに感謝できなくなっていくものです。そしてそれは物だけではなく人に対しても感謝の気持ちが失われていくものです。不便さというものは、当たり前ではないことに気付けるものです。電気の有難さは電気が失われて気づきます、そして火の有難さも火が失われて気づきます。

便利になればなるほどにもっとも当たり前である大切な存在を忘れ、そうではない存在ばかりを気にしてしまいます。太陽であったり空気であったり水であったり火であったり、私たちはもっとも当たり前にあって大切である存在に日々に感謝できているでしょうか。

便利さという豊かさは、真の豊かさではありません。不便さの中にある豊かさは、当たり前の存在をいつも気づかせてくれます。昔の人々は、人間として感謝の心が磨かれていたからこそ自然そのままの暮らしで善かったのでしょう。敢えて技術的な豊かさに走らず、もったいない質素で慎ましい暮らしの中にある心の豊かさを大切にしたのかもしれません。

火から学ぶものを、様々な心のカタチにして子どもたちに伝承していきたいと思います。