お役目

遺志というものは時代を超えて受け継がれていくものです。しかもそのバトンは、受け継がれながら永続していくものです。肉体は滅んでも、魂は生きているという言い方をすることもありますが形を変えて生き続けているということでしょう。

これは歴史や伝統文化などに触れると、人はそれを直感します。

私たちは一代では為し遂げられなかったことを代々を重ねて為し遂げるのです。そこにはいろいろな人たちの想いが生きていて、その想いと共に歩み目的に向かってつながっていくのです。

私たちは想いが人をつなげていくのです。その想いは、歴史がつなぎます。

例えば、すでに失われてしまったような遺跡であったり、もう語り部がいなくなってしまったら終わりかというとそうではありません。遺跡も磨けばその失われたものが想いと共に顕現してきます。そして語り部も遺伝子を含め、深い記憶を持っている人たちが引き寄せられまた新たにそこから語り部となり甦生していくのです。

まるで眠っていたものを目覚めるように、そして地下水脈の水が井戸を通して溢れ出てくるように失われていたと思っていたものが見事に復活してくるのです。

私たちはその復活してくるものの呼び水になればいいということです。

現在、取り組んでいる歴史の甦生は日本人が代々受け継いできた生き方やあり方、そして精神や魂などの根源とのつながりを結び直す作業です。こんなことをしたからと何かすぐにメリットがあるわけでありませんが、ご縁を大切にしていくなかで渡された襷は次代へとつないでいく責任もあります。

子どもたちが安心して、仕合せな暮らしを伝承していけるように私のお役目を果たしていきたいと思います。

 

真の技術革新

現代は、最先端技術が次々開発されていきますがそこに人間が合わせるという進化をしています。つまり人間がロボット化していくような変化が増してきているように思います。

本来、テクノロジーは人間を支える大切なものですがその人間を苦しめたり不幸にするようなものになるのはそこに人間の欲が介在しているからです。どんなにいい技術を産み出してもそれを使うのは人間です。人間と技術は表裏一体であり、善い人間がいい技術を使えばその技術は道徳的になります。その反対に、欲に呑まれてしまう人間が技術を使えばその技術は悪魔的なものにもなるのです。

つまり人間と技術の発展は、常に人間のもっている資質が重要であり善い人間が使う技術でなければならないのです。不幸になるのは、その技術を悪い人間が使う時です。戦争も同様に、破壊兵器はますます強大で残酷になり地上の生き物を滅ぼすほどの威力になっています。そんなものを作り出すことを先人たちは望んでいなかったはずです。

だからこそ人間は最初に謙虚さを学び、後の世のことを考えた最先端技術を磨いていく必要があるように思うのです。

もっとも始まりのところが間違ってしまえば、それを修正するために産み出された技術が最先端技術となってしまいます。そうではなく、はじめのところをよく考え抜き、後世にとってこれはどうなっていくのかをよく吟味し、人間が不幸になるようなものを作らない、そしてそれも使わないとみんなで理解して取り組んでいく必要性を感じます。

しかしそうはいっても、すでに複雑に大量に出回っている技術がありどうにもできないのならせめて人間が真に豊かになるようにその技術を活用していくことが人間のためになると思うのです。

具体的に言えば技術を使って、人間に気づきを与えたり、人間が善くなったりするような仕組みを開発するのです。

私が今も取り組んでいる仕組みは、古いものと新しいものの調和、融合です。それは人間が真の豊かさを味わいながら、それをさらに増幅させるための技術です。

子どもたちのことをよく考え、未来に大切な優先順位がブレないようにさらなる真の技術革新を目指していきたいと思います。

今を生きる責任

昨日は、無事に20周年の振り返りを行い21年目に向けて気持ちを新たにしました。これまで支えてきてくださった方々の存在の大きさに改めて感謝する一日になりました。今では、本当にたくさんのご縁に恵まれ、私たちを今も応援し一緒に歩んでいく家族やパートナーが増えました。本当に有難いご縁に深く心から感謝しています。

よく私は大切なことを語るときに「懐かしい未来」という言葉を使います。しかしこれは決してむかしが一番いいからむかしに戻そうと言っているのではありません。最近は、コロナが流行してから以前みたいに集まりたいとか、むかしみたいに海外旅行に行きたいとか、すぐに過去がよかったというような言葉を聞きます。しかし今この時、この瞬間はすでに過去ではなく未来そのものになっています。

だからこそこの今である未来そのものが一番いいとなっていることが仕合せであり、そうやってこの一期一会の今を刷新していくことで懐かしい未来を継いで仕合せをさらに守っていったように思うのです。

先人たちは、自分たちよりも子孫が不幸になってほしいなどと願ったことはありません。今の自分たちの仕合せを同じように、子孫たちにも譲っていきたい、もしくはもっと仕合せになる世の中を創造してほしいと心から願ったはずです。そこには自然界のように無償の愛に満ちています。

だからこそ、今を生きる責任をもっている私たちはこの今をかつての先人や先祖たちが願ったように仕合せな世界にし、また同じように子孫にその仕合せを繋いでいきたいと思うのです。

人は人からされたことをまた他の人にしたいと思うようになります。この連鎖は、ずっと変わらずに今もこの世を支えています。だからこそ謙虚に、子どもたちの仕合せを願い誠実に今を善いものにしていくために精進していく必要があるのです。

過ぎた過去は戻ってきません、その過去を善かったものにするにはこの今をまさに善くしていくことだけに専念していくしかありません。今を見て今に生き切るのは、その時々のご縁を大切にしたいと願うからであり先人たちのような美しい生き方を子孫に繋いでいきたいと思うからです。

今があることに感謝して、いのちと調和していくことが真の豊かさになり心のままに生きることのようにも感じます。これからもいただいてきたご縁を感謝で結び直して、新たなご縁を結んでいきたいと思います。

ウェルビーイングではなく暮らしフルネス

現在、資本主義経済の行き詰まりをはじめコロナによる経済の低迷、また戦争による閉塞感など世界は暗い情報が増えています。そんな中、ダボス会議ではグレート・リセットといって今までの価値観を見直し、前提から見直そうという声が出ています。

リセットというのは、最初からやり直すという意味です。

シンプルに言えば、これは今のやり方ではこれ以上難しいから最初に戻すということを言っていますがではどうやって戻すのかということは議論されていません。それは戦争によって破壊されて縄文時代のように戻ることをいうのか、もしくは原点回帰というように人類が何を求めているのかということを真摯に考えて前提をひっくり返すのか。どちらにしても、それも人類が選択できるということなのでしょう。

具体的には下記のようなことがいわれています。

  1. ビジョンの再定義:自然との調和を保ちながら、社会のニーズに応える
  2. 透明性の確保:環境、社会、経済のパフォーマンスに関するデータを開示
  3. 外部性の内部化:環境的及び社会的影響を認識し、負の外部性を減らす
  4. 長期的なビジョン:会社、社会、自然を含む全ての重要な利害関係者に利益を
  5. 人を資産にする:社内の声を優先する
  6. 生産のローカライズ:エネルギー源や財源、流通のローカライズ
  7. サーキュラーエコノミーへの切り替え:環境および社会システムとの共存
  8. 多様性を受け入れる:価値観、所有構造、財務の多様性を認識

確かに、現状を維持しながら変革をしようとすると今の社会の在り方を換えていくことで幸福に近づこうとするのはよくわかります。しかしこれで本当にグレート・リセットするのかということどうでしょうか。

私は、そもそもの大前提がこれで変わっていくとは思いません。これはこれまでを換えようとはするのですがこれまでとの対比の中で大前提が変わることはないからです。

現在の行政の仕組みや国家の在り方なども根本は変わりません。それは今の仕組みを走らせながら新しい仕組みを入れようとするからです。一度知ってしまった便利さを手放せないように、人はそう簡単に元に戻ることはありません。そして長い時間をかけて教育してきた価値観を忘れることもなかなかできないからです。手段は目的を超えられません。目的を換えるには、具体的な智慧が必要でそこには常に今を磨き続ける努力が必要だからです。

私はこれまでのことを対比するウェルビーイングではなく、今を温故知新し根源的に甦生させる暮らしフルネスというものに取り組んでいます。これはもともと幸福を目指しているのではなく人間の暮らしをととのえていくことを実践していく方を目指しているのです。

今、世界は現状を換えずに変化することをみんな求めていますが今の国の仕組みがいつまでも変わらないようにそんな大きな変化はないように思います。しかし、時代は必ず後押ししてきて原点回帰するときが訪れると思います。

大事なのはその時、その原点回帰するものが残っているかということです。私が文化や知恵を伝承するのは、子どもたちがそれを受け取れるようにするためです。今の社会をどうするのかという運動は、私の役割ではないように思います。

私の役割は、一つ一つの先人の智慧を甦生し、実践し、歴史を紡いでいくことです。どの時代も、本当は同じ課題と向き合い続けて今があります。むかしも今も、本質的には人間の課題はなくなっていません。だからこそ、智慧が必要なのです。

子どもたちに智慧が伝承できるように、ウェルビーイングではなく暮らしフルネスを実践していきたいと思います。

変化の創造

成熟してきた業界のことを観察していると、今までの仕組みが邪魔をして変化が停滞していしまっているところがよくあります。その時代時代に、課題がありそれを解決するためにはじまるのですがその時に作った仕組みやシステムが陳腐化してくるのです。

その時は、それでよかったものが時代が経つとそれが変化の邪魔をするのです。そもそも移り変わっていくということが分かっていれば、移り変わる中で何が今の時代の要請なのかということを常にとらえて学び続けることができます。しかし、日々の忙しさに追われてそんな時間が取れなくなると次第に移り変わることを忘れてしまいます。

あまりにも目先のことや日々のことに追われていくと、人は変化に疎くなるのです。

変化していくためには、少し忙しさから離れて世の中の変化をよく見つめ直す時間が必要です。もしくは、忙しくしない日々を生き、常に変化というものを見つめる観察眼を養う必要があるように私は思います。

かつての人たちは暮らしの中でその観察眼を磨いてきました。

日々の小さな変化、自然の変化に目を凝らし、小さな虫一つ、植物の変化一つを気づき、そこから世界の変化を予測していました。自然界にも兆しというものがあり、世界の反対側で起きていることでも小さな自然の変化から想像することができるのです。

今は、テレビやインターネットで世界の反対側の情報も映像などで入ってきますがむかしは長い時間と小さな変化を観察することで情報を入手したのでしょう。もともと地球は球体ですから、投げたものは長い時間をかけて返ってくるものです。これは意識の変化も同様です。歴史が刻まれていく中で、人間の意識も少しずつ変化していきます。

コロナがあり、戦争があり、人間の心理や感情も刻々と変化していきます。

毎日は同じように見えても同じことは一つもありません。

その時々によく観察し、原点回帰しながらも何が変わったのかを見極めて順応していくしかありません。昔と比べてではなく、まさに今がどうなっているのかに集中するということでしょう。

子どもたちの未来のためにも、新たな変化を創造していきたいと思います。

守静坊の枝垂れ桜の徳

守静坊の枝垂れ桜を見学しに沢山の方々が訪れていました。もう何十年の前から訪れている人、最近知ってはじめて来られる方、色々な方が来られます。辺鄙なところにありますからほとんど場所も見つけられないところにあります。それでも桜を見に来てくれているのを感じると、ここに一つの出会いと一期一会があります。

私たちは花を見ます。しかしこれは花の方も私たちを見ているということもわかるはずです。お互いに見つめ合ってその心を通じ合うとき、私たちは花に心を映されて感動するのです。

自分の心が花の美しさを見て、その美しさを感じる心とつながるのです。

私たちの心というのは、目で見ている以上にその目には映らない何かを感じ取っています。私たちは自然の中に存在しているその何か、私はいのちともいいますがそれを心が観ているのです。

この地球のすべてはいのちを持っていることがわかり、いにしえの時代にはそのいのちが常に観えている時代があったのでしょう。日本でも、研ぎ澄まされた神社などはその姿がいつも観えるように自分を整え心を澄ませています。他にも飛鳥時代などの大工さんや職人さんを調べると、確かにその方々にもいのちが観えているのがわかります。

私たちはいのちをいちいち確認していたら、何もできなくなると思いそのいのちから一定の距離を持つようになってきたのでしょう。しかし、繋がっているいのちの世界から離れたことによって私たちは心を忙しくするようになっていきました。心が忙しくなることで、頭で処理するようになりましたがその分、本当の豊かさや仕合せからも遠ざかったともいえます。

人間は戦争を繰り返しますが、戦時中でも美しい心を保ち続けた人たちの姿もあります。真に地球に住む生命を保ちたい、真の人間のままで素直を保ちたいとみんな自分に打ち克って生きていました。

花は、そんな人間の心をよく知っているのかのようにいつも美しい心のままに私たちに正対してくれます。花のいのちは短いといいますが、私たちはこの花のいのちをみて心を落ち着かせることができます。

花も多種多様、心も多種多様、しかし、その花が持つ美しさに魅せられて心は動いていきます。

この守静坊の枝垂れ桜も孤高の美しさ、その心を映してきます。老齢になっても、理想を失わずいつまでも情熱を持ち気魄を放ち永遠の若さを宿す枝垂れ桜。

この枝垂れ桜に恥ずかしくないように、真摯に甦生に取り組んでいきたいと思います。

 

英彦山の甦生のはじまり

昨日は、英彦山の宿坊、守静坊に120人以上が集まりみんなで茅葺屋根の茅を運び入れました。大きなトラックで6台分くらいあったでしょうか。一軒の家の屋根にこんなにも大量の茅を使うのかと驚きます。先日、阿蘇に茅を刈りにいきましたがその作業も大変な作業でしたからこれをこの数と思うと、改めて職人さんたちの労力や仕事に頭が下がる思いがしました。

現在、この宿坊は昭和のリフォームで茅葺屋根がトタン屋根に変わっています。もう地元で茅を育てている人たちもなく、みんなで茅を葺く文化も消失しました。できないのだから他の方法でということで、トタンになったのでしょう。トタンは便利で、茅を丸ごと囲いますから茅に雨が染みこむこともありません。茅は、そのままにしていると傷みますから定期的なメンテナンスが必要になります。

むかしは、常に囲炉裏に火が入っていたから茅も燻されて防カビや防虫などもしてくれ長持ちしました。現代は、燻すこともありませんからすぐに茅も傷んでしまいます。どう考えてもトタンからわざわざ茅葺にすることは見た目が良いメリット以外には大きな費用がかかるし、この先もずっとメンテナンスできるかという問題があるからと二の足を踏む人が多いといいます。それはよくわかっています。一般的には無理だと諦めるかもしれません。しかし、私は別に家をリフォームしているのではありません。

私は、古民家甦生を通して日本の懐かしい未来を甦生しているのです。なので茅葺屋根は私にとってはメリットしかないのです。やらない理由はまったくないのです。この茅葺屋根を葺くという行為自体が、懐かしさの源流であり、現代にも連綿と続いてきた真の日本人の心を甦生することになっているからです。

昨日は、みんなで「結」(ゆい)という体験をしながら、たくさんの茅を運びました。みんなで声をかけあいながら、力を合わせて協力しました。午前中だけでは終わらず、その後は有志が残ってくださって残りの茅もほとんど運びました。体力も消耗し、大変ではありましたがみんな心は清々しく笑顔も多く、素晴らしい人たちが一緒に汗をかいてくださっていることで場所全体が輝いていました。そして200年の枝垂れ桜もそれを満開の花と共に美しく揺れながら見守ってくれていました。

この懐かしい未来の光景は、決して文字では伝えることができません。

この場に参加してはじめて、これが「結」(ゆい)なのかと、直観し実感するものです。私はこの光景がいつまでも子どもたちに遺して続いていけたらいいなと心から祈っています。

人はみんな、みんなのものだと分かち合う時、そして誰もが地球では家族の一員だと助け合う時、私たちはそこに繋がっている存在、結ばれている存在の有難さに気づきます。他人と貸し借りができるのも、そして知らない人たちでも協力し合えるの、その時、心はとても豊かになります。懐かしい先人の生き方や知恵に触れるとき、私たちは何かを思い出しています。その何かは先人が私たちに遺してくださった大切な心を伝承し、その当たり前ではないことに感謝を思い出しています。そして私たちはその結ばれてきた今までのご縁の尊さを思い出すのです。

私たちは、ずっとむかしから今も結ばれ合っています。それをまたこの時代も結い直すことが、これまでもこれからも仕合せになっていくための知恵なのでしょう。

英彦山の甦生のはじまりが、この結からであったことに深く感謝しています。

歴史の大切な1ページを皆さんと一緒に、結でめくれたこと一生忘れません。英彦山のお山の徳が引き出された瞬間を感じました。ここからは引き続き、徳を磨き、英彦山から日本全体へとその徳を顕現させ子どもたちの心のふるさとを甦生させていきたいと思います。

一期一会をありがとうございました。

仁聞の徳

歴史を調べていると、文献にあるものと文献のないものの辿り方があります。本来、文字で歴史を残すというのは改ざんされたり全体が観えるものではなかっため、大勢の人たちの口伝、もしくは石碑や場の景色や風景、他には何かしらの目印を残していました。

以前、何がもっとも歴史として遺るかというものを調べた研究者がいて文字がもっとも早く失われ、その逆に長く遺ったものは言い伝え、歌や舞などの神事であったということを聞いたことがあります。

確かに文章や文字は、その時代の価値観を反映していますし記録はできても記憶は伝承できません。記憶を伝承するのが先で、それを理解するのに記録が必要ですから本末転倒になってしまいます。

私はもともと記憶を優先するタイプで、歴史を辿るときは直観的に必ずその場所に行き、その記憶を辿るための目印を探します。その目印は、時には石碑石像であったり、樹木であったり、場であったり、風景であったり、道具であったり、人々の伝承や伝説、文化や芸能であったりと多種多様です。

記憶というのは、一体どこにあるものなのか?

これは人の脳の中にあるものなのか、私は記憶は脳で理解するものではないと思っています。記憶は、五感や六感を通して直観するものであり、その記憶はいつまでも場に佇み、磨き上げたり澄ませるときに徳のように顕現してくるものだと感じています。

私が何か古いものを甦生するとき、心身を清め、場を磨きととのえ、その記憶にゆったりと心や耳を傾けていきます。つまり「聴く」のです。聴いていくと次第に、どうしてほしいか、何を出してほしいか、どれを引き継いでほしいかなど、篩にかけられた記憶が残っていきます。もしくは、じわりとにじみ出てくるように、太古からの複雑な記憶が集まってきます。

それをカタチにして甦生させるとき、人々はその記憶をはじめて実感することができるのです。いくら隠しても、いくら改ざんしても、本当にあったことはなくなることはありません。ただ忘れているだけです。忘れたものは、必ず思い出すことができます。それは脳で思い出せなくても、心は思い出すのです。

私が英彦山の甦生に取り組んでから、ますますそのむかしの記憶が蘇るご縁が増えてきています。そろそろ思い出す時機が来ていることを思い、できる限りの人たちにその記憶を伝播していきたいと思います。

古の記憶を心で聴いて子どもたちと歩んでいきたいと思います。

 

道具の役割

道具というのは使われるなかで磨かれていくものです。特に使い手が徳のある人物であったり、その目的が偉大であればあるほどに道具の質も変化していきます。これは道具の話でもありますが、人間の話でもあります。

人間も道具と同じように、何か天や神意に使われることで磨かれ偉大になっていくものです。尊敬して已まない方々をみると、みんな一様に何かに使われている感じがします。

それは自分が使っているのではなく、何かしらの偉大なものに使役しているのです。それをよく人は、「神懸かる」という言い方をします。この神懸かるという言葉は、辞書を引くと「計り知れない、神霊の仕業かとも思われるような様子を表す表現。」とあります。別の言い方では「神霊が人のからだに乗り移る。また、人が普通と違うようすになることにもたとえていう。」ともあります。

つまり使い手の意志が道具に乗り移りそのものになっているということです。

これは自分の身体でも同じではないかと思うのです。魂が宿っているのが自分の肉体ということであれば、その魂懸かるのが自分ということです。純粋であればあるほど、精神を研ぎ澄ますほどに自分の魂が外側に出てきます。

私の尊敬している新潟の方がまさにそのような方で魂が外に顕現しています。純粋さや純粋性を磨き切ると、人は神懸かるのかもしれません。

日本刀のような美しさもまた、その魂を磨いていく中でこそ味わえる境地です。

英彦山に関わっていると、私の中の純粋性が磨かれていくように感じます。お山の御蔭で今まで感じなかったこと、観えなかったことなども近づいてきています。少しでも恩返ししたい、お役に立ちたいと取り組めばさらに純粋性が高まります。

これから何が起きるのか、わかりませんが心を澄ませて、魂を研ぎ澄ませ、邪魔にならないように道具としての役割を果たしていきたいと思います。

守静坊の枝垂れ桜

ついに念願の英彦山守静坊の枝垂れ桜が開花をはじめました。この枝垂れ桜は、文化・文政の頃(1804年~1819年)に、英彦山座主の御使僧として京都御所へ上京した真光院普覚という山伏が祇園枝垂の苗木を持ち帰り植樹したものだと伝わっています。

この枝垂れ桜の樹齢は約200年。高さ約15m、幅20mで、品種は一重白彼岸枝垂桜(ひとえしろひがんしだれざくら)と言われています。

京都の祇園の桜のことを調べていたら、祇園枝垂れ桜というものが円山公園にあることを知りました。円山公園は、八坂神社の東側にひろがる京都で最も古い公園です。

なんとこの品種も守静坊と同じで「一重白彼岸枝垂桜」なのです。かつて歌人・与謝野晶子も愛でたという大きな桜は、現在二代目のものです。初代のシダレザクラは、根回り4m、高さ12m、樹齢200年余あったそうですが昭和13年、天然記念物に指定されましたが、昭和22年に枯死したといいます。現在の桜は、これに先立つ昭和3年に、15代佐野藤右衛門氏が初代のサクラから種子を採取し、畑で育成したものを同氏の寄贈により、昭和24年に現地に植栽したものだそうです。現在の容姿は、樹高12m、幹回り2.8m、枝張り10mとあります。

不思議に思ったのですが、守静坊の枝垂れ桜と初代の枝垂れ桜の年代がほぼ同じです。これは私の直観ですが、この桜はもとは同じ桜だったのではないかと感じます。現在の2代目の円山公園の枝垂れ桜は京都は南山城の井手町にある地蔵院の枝垂れ桜を株分けしたものです。この地蔵院の枝垂れ桜の写真をみたら、守静坊の枝垂れ桜にそっくりなのです。

その当時に思いを馳せると、どのような物語があったのかを想像しロマンを感じます。それが200年の歳月を経て、このタイミングで京都と英彦山がつながり枝垂れ桜のご縁で日本文化や信仰を甦生する場が誕生するのです。

ご縁というものは、時空を超えていきます。

どこまでがシナリオ通りなのか、それは神のみぞ知る世界です。私はその天意を邪魔しないように器として支えていくのみです。

皆さんと一緒に、枝垂れ桜の物語を未来に紡いで子孫たちの平和を祈念したいと思います。